月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第117話 過ごしてきた年月の重さ

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 ランスロットの決断で、グレートアレクサンドロス帝国は、帝都を出ての決戦を挑む準備に入った。帝国騎士団、帝国兵団では、これまで以上に厳しい鍛錬が行われるようになり、それは国軍にも波及していった。騎士団や兵団の緊迫した様子に、国軍の将官も只事ではないものを感じ取ったのだ。
 決戦への危機感が、ようやく軍部の意識を一つにまとまらせる事になった。帝国にとって良い傾向だ。
 一方で、不思議の国傭兵団の探索については、一向に成果が出なかった。それらしき目撃情報はあっても、それを確かめる頃には、何の痕跡も残っていない。その頃には、全く別の場所で目撃されており、それを追っても追いつける事はない。探索の網を張って、そこに掛かるのを待っていても、全く掛かる気配もない。あっという間に一月という期限が過ぎた。
 各行政府に、国境の砦に伝令が飛ぶ。帝都に軍を集結させる為の命令だ。全軍が揃うには数ヶ月が掛かる。それまでは軍の鍛錬と、不思議の国傭兵団の捜索、そして決戦に向けた作戦計画の検討が続く事になる。
 そんな中、マリアは完全に蚊帳の外に置かれていた。国軍の指揮権は、帝国兵団長であるライオネルに委譲という形で移されていて、鍛錬に関わる事はない。
 作戦計画に関しても、ボールス騎士団長とライオネル兵団長が中心となっており、口出し出来る余地は何もない。
 内政については、元々、あまり興味はなかったので、ずっと会議に参加する事はしていない。
 完全に第一線から引いた感じだ。これにはランスロットの意向もあるので、大きな声で文句も言えない。

「結局、何がどうなっているの?」

 この状況で、一番迷惑を被っているのはボルドー宰相だ。事あるごとにマリアに呼び出されては、今の状況の説明を求められている。

「……何がというのは、どの件についてでしょうか?」

「色々と考えたのだけど、どうして、皆がここまで焦っているか分からないの」

「……分からないですか?」

 マリアの言葉は、ボルドー宰相を驚かせた。マリアは馬鹿ではない、それどころか、学院時代は次席の成績だ。何故、今の状況を理解出来ないのかが、ボルドー宰相には理解出来ない。

「兵士の数は、こちらが圧倒的に多い。銃や大砲もある。マトモに戦って、負けるはずはなくない?」

「……銃や大砲が通用しないから、焦っているのです」

「通用しないって、それは戦い方を工夫すれば解決する問題よ。まずはそれを考える事から始めるべきよ」

「工夫ですか……」

 決して間違った意見ではない。銃や大砲の威力は、これまで何度も証明されている。何度か通用しなかったからといって、全てが否定される訳ではない。

「火や水を避ける工夫を考えれば良いのよ。こういった改善への取り組みが、物事を進化させていくの」

「……それについては、考えてみます」

 とりあえず、検討する事を、ボルドー宰相は約束する。実際に検討はさせる。だが、決戦に間に合うかは分からないのだ。

「実現出来れば、もう楽勝ね。これは私の功績になるかしら?」

「それは、実現してからの話で」

 実際に考えるのは、銃火器の製造責任者たち。功績は、それを実現した、その者たちに帰するのが普通だ。

「……やっぱり、戦いで結果を出さないと駄目ね」

 さすがに、マリアも無茶を言っていると、分かっていた。

「もう、宜しいのではないですか? 戦いは臣下に任せて、マリア様は帝国の皇后として――」

「冗談じゃない! 私に奥に引っ込んでろと言うの!?」

 ボルドー宰相の言葉を遮って、マリアは怒声をあげた。国政や軍事の場から、このまま消えていくのが、マリアには我慢ならない。自分が主役でないと、気が済まないのだ。

「しかし、陛下もそれを望んでおります」

「……ランスロットは、ただ私を独り占めにしたいのよ。それは私情というものじゃない?」

「それは……」

 ボルドー宰相は、返答に詰まってしまう。
 マリアは、ランスロットの妻だ。この世界では、女性の地位は低く、皇后といっても、公的には何の権限もない。ランスロットのマリアに対する措置が、私情から来るものであっても、何もおかしい事はない。

「ボルドーも困るわよね? 私が奥になんて行ったら、こうして会えなくなるわよ?」

 思わせぶりな台詞を口にしながら、近づいてくるマリア。ボルドー宰相は、慌てて距離を取った。

「どうしたの? 顔色悪いわよ?」

 マリアに気分を害した様子はない。それを見てボルドー宰相は、今の態度が誘惑ではなく、脅しだと察した。

「……戦いに出るとして、部隊はどうされるのですか?」

「旧親衛隊のメンバーを集めて」

「しかし、彼らは、行政府軍を率いる身で」

 マリアが言っている旧親衛隊が、自分も含む、学院時代からの取り巻きを指しているのだと、ボルドー宰相は分かっている。

「それは別の人にやらせれば良いじゃない。ライオネルにでも預ければ?」

「……検討してみます」

「ああ、行政府軍で使えそうな者は引き抜くように言っておいて。それで新親衛隊を作るから。数は五千は欲しいわね」

「はい……」

 とにかく、自分の部隊を最強に。マリアの希望はこれだ。他がどうなると関係ないのだ。

「歩兵部隊も編成して。爆弾は、鉄の箱にでも入れておけば平気でしょ? 爆発させる直前に、箱から出せば良いのよ」
 
 歩兵部隊の兵士が死ぬことを前提に、マリアは話している。箱から出して、直ぐに爆発させては、それは自爆だ。マリアの非情さを、改めて、ボルドー宰相は思い知った。

「後は、何が必要かしら?」

「……マリア様は、どのような部隊を考えているのですか?」

 強引に部隊を作って、それで何をするつもりなのか。それが全く意味のないものであれば、決戦に無駄な兵を作ることになる。

「リオンを殺せる部隊。リオンを討ち取る事が、最高の戦功でしょ?」

「確かにそうですが、危険過ぎます」

 リオンを、不思議の国傭兵団を倒す。これは、これまでずっと帝国軍部で、検討されている事だ。だが未だに、これといった方策が立っていない。

「彼を倒せるのは、私しかいないわ」

「確かに、マリア様は強いですが、リオンは……」

 マリアとリオン、どちらが強いかとなると、二人を知る者は、全員がリオンと答えるだろう。実際にマリアは、リオンに一度も勝った事がない。功績においても、数少ない実際の戦闘においてもだ。

「彼は私を倒せない。いえ、この世界の誰も、私を倒せないから」

「……失礼ですが、さすがにそれは」

「だって、私は異世界の勇者なのよ? この世界の主人公なの。最後に勝つのは私って決まっているの。だから、ボルドーも私に従い続けた方が良いわよ」

「……マリア様、物事に絶対はありません」

 マリアの言葉は、ボルドー宰相を従わせる所か、気持ちを離す事になった。この世界がゲームの世界であり、マリアは元々、その主人公であった事など、ボルドー宰相は知らない。マリアの思い込みを、異常なものだと、受け取ってしまった。

「それは分かっている。でも、主人公である私が、ここで死んだら、物語が終わってしまうわ」

 マリアが主人公の物語は、すでに終わっている。それをマリアは理解していない。

「仮に死ななかったとしても、帝国が滅びてしまう可能性はあります」

 不敬な発言だが、マリアの楽観を戒める為にボルドー宰相は、この言葉を選んだ。

「だから、私が勝たせるって」

「本当に勝てますか? マリア様が思っておられる以上に、帝国は追い込まれております。帝国の地位を築いた銃火器、そして銃砲弾の製造は今、完全に止まっているのです」

「えっ!?」

 マリアが初めて聞く情報だ。話すと面倒な事になると考えて、ボルドー宰相は報告しなかったのだ。

「傭兵団の活動は止まっていません。西部の工場は、ほぼ全滅。いえ、銃や大砲の製造工場は残っているのですが、製鉄所が全滅させられました。傭兵団の攻撃はそれだけでは終わらず、製造済みの鉄の強奪、銃砲弾の破壊活動に移っております」

「どうして、それを止めないの!?」

「数が多すぎるのです。傭兵団と言いましたが、明らかに、ただの盗賊と思える集団も多く混ざっており、数カ所を同時に襲撃される事も珍しくありません。軍を中央に集結しようと手薄になったところに、この事態です。対処が間に合いません」

「軍を中央に集めるなんて真似をするから」

「それをしなければ、どうなるかは、すでにマリア様はご存知のはずです」

 軍を分散したままにすれば、各個撃破されて、地方はグランフラム王国の手に落ちる。そうなれば、やはり、中央は孤立して、物資も届かなくなる。結果は同じだ。まだ、軍が残っているだけマシと言える。

「……良いようにヤラレっぱなしじゃない。本当に負けたりしないでしょうね?」

 ボルドー宰相の話を聞いて、ようやくマリアにも、危機感が生まれたようだ。

「負けないように、懸命に知恵を絞って考えているのです」

「……そう」

 つまり、まだ何も勝つ方策が見つかっていないという事だ。マリアの不安は、益々強くなった。

「今は、とにかく一丸となって、事態に対処する時です。マリア様も、国の為を考えて行動して頂けると、嬉しく思います」

 自分勝手な事を考えるな。これを丁寧にいうと、ボルドー宰相の言葉になる。

「……もし負けたら、私はどうなるかしら?」

「それはグランフラム王国次第です」

「普通はどうなの? 負けた国の王妃って、勝った国の王の側室とかにされるのかしら?」

「そういった例もありますが、それは国王の品位を落とす行為であり、多くの場合、後に揉め事の種になる事が多かったと思います。アーノルドが賢明であれば……いえ、やはり、私には分かりません」

 ボルドー宰相は自分の失言に気付いた。マリアは、負けてもアーノルドの側室になれるのであれば、良しと考える。そう思わせれば、大人しくしているはずだった。だが、ボルドー宰相は、処刑の可能性の方を強く示してしまった。

「……私は悪くないの。ランスロットに従っただけなのよ」

「はい。それであれば、寛大の処置が待っていると思います」

 マリアの言っている事は、デタラメもいいところだ。だが、ボルドー宰相は、それを肯定した。これでマリアが大人しくしてくれるなら、と思っての事だ。

「証明するには、どうすれば良いと思う?」

 だが、マリアの悪意は、ボルドー宰相の思考の斜め上を行っっている。

「証明ですか?」

「私の潔白を証明する方法よ。ランスロットと臣下が、全てやったという証拠があれば良いのかしら?」

 ランスロットに罪をなすりつけて、自分は助かろうという算段だ。

「……そのようなものはありません」

「無ければ作れば良いのよ。そうしないとボルドーも困るでしょう? 貴方、宰相だから、きっと巻き込まれる事になるもの」

 ボルドー宰相が巻き込まれたのは、マリアの悪事だ。そして又、新しい悪事に、マリアはボルドー宰相を巻き込もうとしている。そうしなければ、死ぬという脅しを込めて。
 ボルドー宰相の心の中に、初めてマリアに対する殺意が湧いた。実行に移す気にまではならないのは、それを行おうとすれば、殺されるのは自分だと分かっているからだ。

「……出来るとは思えません」

「出来る限り、やってみるしかないわね? 私も、いざという時に、頼れる人がいないか考えてみるわ」

 更に、マリアはグランフラム王国側で、自分の味方を作ろうとしている。自分の命乞いをしてもらう為だ。その伝手がある事を、ボルドー宰相は知っている。

「……私も考えてみます」

 結局、ボルドー宰相は、マリアを突き放せないままに終わる。もしかしてと思わせるものが、マリアにはある。マリアと長い時間を共に過ごしてきた、親衛隊の者たちだけが感じる、何かに過ぎないが。

 

◇◇◇

 グレートアレクサンドロス帝国が血眼になって探しているリオンは、帝国の副都となるキヨトにいた。灯台下暗しを、そのまま実現しているような状態だ。

「……君って、本当に悪党ね。少し帝国に同情してきちゃった」

 アリスが呆れた様子で、リオンに話しかけている。アリスも、リオンが手を伸ばしている範囲が、あまりに広すぎて、訳が分からなくなっていた。
 久しぶりに宿でのんびり過ごす時間が出来たので、色々と話を聞いていたのだ。

「帝国の方が悪党だ。俺の方は人助けに近い」

「貴族の令嬢は、まだ良いわ。でも盗賊を養うって、人助けと言わないから。役には立っているけど、それ以外の時は、盗賊そのままの事をしているんでしょ?」

 鉄や銃火器、砲弾などの貯蔵施設の襲撃は、盗賊を使っている。北部で暴れていた盗賊を、レジストが力づくで従わせた盗賊集団だ。この様な経緯なので、リオンが顔も見たこともない者ばかりだ。

「奪った鉄を売れば、結構な金が手に入る。それで足を洗う奴も出てくるかもしれないだろ?」

「盗品という事で、相場よりも安く買い叩いて、高く売る。しかも売る相手は奪った相手の帝国。これが悪党じゃなくて何なのよ?」

 盗賊が強奪した銃火器や砲弾を、買い取っては、溶解して鉄に戻し、他国の商人を装って、帝国に売っているのだ。

「養わなければならない人が沢山いる。今回の件では、かなり出費しているから、どこかで取り戻しておかないと」

「……そうだとしても、帝国に売って良いの?」

「製造までには時間が掛かる。それに火薬がなければ、銃や大砲を作っても、ただの鉄細工だ」

 リオンが狙ったのは製鉄所や、製造工場だけではない。火薬工場、その材料倉庫、そして、材料の採取所も襲っている。採取場が本命で、工場の襲撃は、帝国において最高機密となっている採取所の場所を、探る目的だったのだ。

「ホント酷い」

「全体の在庫の確認もしないで、馬鹿みたいに作り続けている方が悪い」

 こういう細かい管理が、帝国には出来ていない。こういう点でも、人材不足の影響が出ていた。

「そうだけど、悪党なのは、これだけじゃないもの」

「えっ? 何が? これ以外は、普通の作戦だろ?」

「軍を中央に集めるように誘導しておいて、その移動中の敵を叩く。悪党にしか考えつかない作戦ね?」

 各地に散っていては各個撃破される。グレートアレクサンドロス帝国に、こう思わせるのが、リオンの策だった。一つ一つ拠点を落としていたら、決着はいつになるか分からない。それに拠点攻略よりも、移動中の敵部隊を叩く方が容易なのだ。

「数では圧倒的に不利だから、何とかしようと、頑張って考えた結果だ」

 そのリオンが考える自軍の数は、不思議の国傭兵団の兵力を基準にしている。数千の軍勢で、総数で十万になろうという帝国軍を何とかしようと考える時点で、普通ではない。

「それで思い付く君を敵にする帝国に、やっぱり同情する」

「何、急に良い人になってる? 元々はアリスだって、相当な悪党だろ?」

「……そうだけど」

 急にアリスの表情が暗くなる。最近ではよくある事だ。

「もうそろそろ時間だけど、宿で休んでいるか?」

「何よ、急に良い人になって。元々は私の事、嫌いなくせに」

「そうだけど……」

 今度はリオンが表情を暗くする番だ。

「……知っているんでしょ?」

 リオンの反応を見て、アリスが、悲しげな表情のまま、尋ねてきた。

「……まあ、薄々は」

 気まずそうな表情で、リオンはそれに答える。

「やっぱり……いつ気付いたの?」

「随分前。連合の仕事を始めた頃かな?」

「そんなに前? どうして分かったの?」

 リオンの答えは、アリスの予想外だったようだ。驚きで、悲しげな表情が、少し薄れている。

「髪の色。出会って、直ぐに真っ白になったのに、少しずつ戻ってきた。それに何の意味があるのかと考えて、一つの仮説にたどり着いた」

「……私との契約の証。リオンは、私が居ないと魔力を失って死ぬようになっていたの」

「やっぱりな。魔力の感覚が違っていたのも、そう思った理由だからな」

 人の魔力には、それぞれ特徴がある。魔力の制御を、かなり鍛錬していたリオンは、自分の魔力の感覚を、しっかりと把握していた。

「君って、やっぱり凄いな。それだけで、気付くなんて。しかも、私がいつか消える事も」

「……髪の色が染まっていくに従って、自分の魔力が増えてきた。それにいつからか、逆に俺の魔力を持っていかれるような感覚に変わっていたから。アリスにとって魔力って、自分そのものだろ? 何か、弱っているのかと思って」

「魔力とは違うけど、大体あってる。世界であった私が、実体を持つには、それなりに無理しないといけないから」

 この世界であったアリスを構成するのは、世界の素。火水風土の精霊であり、魔法の力の源だ。それを維持するのに、リオンの魔力を必要としていたのだ。
 そうしていても限界はある。アリスは本来、とっくに世界の役目を終えて、無用になった存在なのだから。

「……正直に話すって事は、そろそろなのか?」

 ずっと隠していた事実を、急に話し始めた。死期を悟っての事なのかと、リオンは感じてしまう。

「分かんない。今すぐかもしれないし、一年後かも知れない。そもそも、最初は、こんなに保つなんて思ってなかったから」

「そうか……」

 いずれにしても、いつか、アリスは、この世界から消滅する。それは間違いない事だ。

「寂しい?」

「さすがに、これだけずっと一緒に居るとな。言っておくけど、俺はもうアリスの事、嫌いじゃないから」

「……じゃあ、好き?」

 わずかに笑みを見せて、アリスはリオンに尋ねる。

「えっ? それ聞くか?」

 アリスには残念だが、照れ屋のリオンが、そう聞かれて、素直に答えるはずがない。

「……だって、明日は消えてるかもしれないもん。最後に、リオンの本当の気持ちを知りたいって……」

 リオンの態度に、又、アリスの表情が一気に暗くなる。

「……まあ、好きかな? エアリエルの次だけど」

 その表情を見たリオンは、さすがに悪いと思ったのか、照れた様子で、好きと答えた。エアリエルの名を出したのは、照れ隠しだ。

「……後の言葉は余計。でも、好きって言った」

「ま、まあ」

「へえ、私の事、好きなのか。まあ、可愛い私だからな。好きになるなって言っても無理だよね?」

 先程までの、悲しげな雰囲気は、綺麗サッパリ消えている。

「……お前、騙したな!?」

 騙した訳ではない。アリスが消えるのは事実なのだ。それを分かっていて、敢えてリオンは怒って見せている。アリスがこれを望んでいると考えたからだ。

「そうか。とうとう、リオンも私の魅力に――」

 更に、リオンをからかおうとしたアリスの言葉を、爆発音が遮った。

「始まったみたいだ」

 爆発音の正体が何かを、リオンは知っている。リオンたちが仕掛けた事なのだから、当然だ。

「……邪魔された」

 リオンとの楽しい時を過ごせると思った所を邪魔されて、アリスは不満顔だ。

「……屋根に登ってみるか? 多分、見えるんじゃないかな?」

「良いの?」

「俺が一々指示しなくても、ちゃんとやってくれる」

「……じゃあ、行く!」

 行くと決めたら、あっという間だ。窓から飛び出して、建物の縁に掴まると、体重などないかのように、軽々と体を持ち上げて、屋根の上に飛び乗る。リオンも同じようなものだ。

「……あっちかな?」

 リオンが暗闇の先を指差すと、ほぼ同時に、遠くの方で、赤い火の粉が舞った。それに少し遅れて、爆発音が聞こえてくる。

「次は、あっち」

 又、別の方向をリオンは指差す。同じように、遠くで、炎が周囲を照らした。

「次は二カ所!」

 両手で違う場所を指差すリオン。連続した爆発音が届いた。

「……綺麗ね」

 街のあちこちから、火の手があがる。闇の中で舞う炎は、離れた場所で見ていると、まるで花火のようだ。現場は、大混乱になっているだろうが。

「こうして見ていると花火みたいだな。火薬は火薬だからな」

 爆発しているのは、街のあちこちに据え付けられた大砲や、砲弾の貯蔵所だ。夜の闇に紛れて、リオンの配下が、襲撃しているのだ。

「花火もそうだけど、リオンのマジックみたい」

 リオンが指差すと、炎が舞い上がる。確かにマジックでもしているようだ。

「種も仕掛けもあるけどな。だから、マジックか」

 爆発する順番を覚えている訳ではない。火の精霊が騒ぐ気配を感じ取って、その方向を指差しているだけだ。ただ、こんな事は、リオンを除けば、アリスくらいしか出来ない。

「……あんな遠くの精霊を感じられのだから、君はやっぱり、世界に愛されてるなぁ」

「愛してくれているのは、アリスだろ?」

「……馬鹿。やっぱり、君は……」

 この先の言葉をアリスは口にしなかった。リオンに抱きついて、顔を胸に埋めて、動かないでいる。

「……泣いているのか?」

「人でない私が……泣けるわけない……」

「そうか……」

 リオンの腕が、アリスの体を包む。
 出会ったばかりのアリスは、作りものの感情を装っていた。笑みを浮かべてもどこか無機質で、楽しそうにはとても見えなかった。それがいつの間にか、普通の少女のように見える時が増えていく。
 それによってリオンの気持ちが近づくと、アリスの感情も又、豊かになる。そして又、リオンの気持ちがアリスに寄り添っていく。
 二人は、こんな年月を過ごしてきたのだ。二人だけが知る、思い出を残しながら。