ランスロットの決断で、グレートアレクサンドロス帝国は、帝都を出ての決戦を挑む準備に入った。帝国騎士団、帝国兵団では、これまで以上に厳しい鍛錬が行われるようになり、それは国軍にも波及していった。騎士団や兵団の緊迫した様子に、国軍の将官も只事ではないものを感じ取ったのだ。
決戦への危機感が、ようやく軍部の意識を一つにまとまらせる事になった。帝国にとって良い傾向だ。
一方で、不思議の国傭兵団の探索については、一向に成果が出なかった。それらしき目撃情報はあっても、それを確かめる頃には、何の痕跡も残っていない。その頃には、全く別の場所で目撃されており、それを追っても追いつける事はない。探索の網を張って、そこに掛かるのを待っていても、全く掛かる気配もない。あっという間に一月という期限が過ぎた。
各行政府に、国境の砦に伝令が飛ぶ。帝都に軍を集結させる為の命令だ。全軍が揃うには数ヶ月が掛かる。それまでは軍の鍛錬と、不思議の国傭兵団の捜索、そして決戦に向けた作戦計画の検討が続く事になる。
そんな中、マリアは完全に蚊帳の外に置かれていた。国軍の指揮権は、帝国兵団長であるライオネルに委譲という形で移されていて、鍛錬に関わる事はない。
作戦計画に関しても、ボールス騎士団長とライオネル兵団長が中心となっており、口出し出来る余地は何もない。
内政については、元々、あまり興味はなかったので、ずっと会議に参加する事はしていない。
完全に第一線から引いた感じだ。これにはランスロットの意向もあるので、大きな声で文句も言えない。
「結局、何がどうなっているの?」
この状況で、一番迷惑を被っているのはボルドー宰相だ。事あるごとにマリアに呼び出されては、今の状況の説明を求められている。
「……何がというのは、どの件についてでしょうか?」
「色々と考えたのだけど、どうして、皆がここまで焦っているか分からないの」
「……分からないですか?」
マリアの言葉は、ボルドー宰相を驚かせた。マリアは馬鹿ではない、それどころか、学院時代は次席の成績だ。何故、今の状況を理解出来ないのかが、ボルドー宰相には理解出来ない。
「兵士の数は、こちらが圧倒的に多い。銃や大砲もある。マトモに戦って、負けるはずはなくない?」
「……銃や大砲が通用しないから、焦っているのです」
「通用しないって、それは戦い方を工夫すれば解決する問題よ。まずはそれを考える事から始めるべきよ」
「工夫ですか……」
決して間違った意見ではない。銃や大砲の威力は、これまで何度も証明されている。何度か通用しなかったからといって、全てが否定される訳ではない。
「火や水を避ける工夫を考えれば良いのよ。こういった改善への取り組みが、物事を進化させていくの」
「……それについては、考えてみます」
とりあえず、検討する事を、ボルドー宰相は約束する。実際に検討はさせる。だが、決戦に間に合うかは分からないのだ。
「実現出来れば、もう楽勝ね。これは私の功績になるかしら?」
「それは、実現してからの話で」
実際に考えるのは、銃火器の製造責任者たち。功績は、それを実現した、その者たちに帰するのが普通だ。
「……やっぱり、戦いで結果を出さないと駄目ね」
さすがに、マリアも無茶を言っていると、分かっていた。
「もう、宜しいのではないですか? 戦いは臣下に任せて、マリア様は帝国の皇后として――」
「冗談じゃない! 私に奥に引っ込んでろと言うの!?」
ボルドー宰相の言葉を遮って、マリアは怒声をあげた。国政や軍事の場から、このまま消えていくのが、マリアには我慢ならない。自分が主役でないと、気が済まないのだ。
「しかし、陛下もそれを望んでおります」
「……ランスロットは、ただ私を独り占めにしたいのよ。それは私情というものじゃない?」
「それは……」
ボルドー宰相は、返答に詰まってしまう。
マリアは、ランスロットの妻だ。この世界では、女性の地位は低く、皇后といっても、公的には何の権限もない。ランスロットのマリアに対する措置が、私情から来るものであっても、何もおかしい事はない。
「ボルドーも困るわよね? 私が奥になんて行ったら、こうして会えなくなるわよ?」
思わせぶりな台詞を口にしながら、近づいてくるマリア。ボルドー宰相は、慌てて距離を取った。
「どうしたの? 顔色悪いわよ?」
マリアに気分を害した様子はない。それを見てボルドー宰相は、今の態度が誘惑ではなく、脅しだと察した。
「……戦いに出るとして、部隊はどうされるのですか?」
「旧親衛隊のメンバーを集めて」
「しかし、彼らは、行政府軍を率いる身で」
マリアが言っている旧親衛隊が、自分も含む、学院時代からの取り巻きを指しているのだと、ボルドー宰相は分かっている。
「それは別の人にやらせれば良いじゃない。ライオネルにでも預ければ?」
「……検討してみます」
「ああ、行政府軍で使えそうな者は引き抜くように言っておいて。それで新親衛隊を作るから。数は五千は欲しいわね」
「はい……」
とにかく、自分の部隊を最強に。マリアの希望はこれだ。他がどうなると関係ないのだ。
「歩兵部隊も編成して。爆弾は、鉄の箱にでも入れておけば平気でしょ? 爆発させる直前に、箱から出せば良いのよ」
歩兵部隊の兵士が死ぬことを前提に、マリアは話している。箱から出して、直ぐに爆発させては、それは自爆だ。マリアの非情さを、改めて、ボルドー宰相は思い知った。
「後は、何が必要かしら?」
「……マリア様は、どのような部隊を考えているのですか?」
強引に部隊を作って、それで何をするつもりなのか。それが全く意味のないものであれば、決戦に無駄な兵を作ることになる。
「リオンを殺せる部隊。リオンを討ち取る事が、最高の戦功でしょ?」
「確かにそうですが、危険過ぎます」
リオンを、不思議の国傭兵団を倒す。これは、これまでずっと帝国軍部で、検討されている事だ。だが未だに、これといった方策が立っていない。
「彼を倒せるのは、私しかいないわ」
「確かに、マリア様は強いですが、リオンは……」
マリアとリオン、どちらが強いかとなると、二人を知る者は、全員がリオンと答えるだろう。実際にマリアは、リオンに一度も勝った事がない。功績においても、数少ない実際の戦闘においてもだ。
「彼は私を倒せない。いえ、この世界の誰も、私を倒せないから」
「……失礼ですが、さすがにそれは」
「だって、私は異世界の勇者なのよ? この世界の主人公なの。最後に勝つのは私って決まっているの。だから、ボルドーも私に従い続けた方が良いわよ」
「……マリア様、物事に絶対はありません」
マリアの言葉は、ボルドー宰相を従わせる所か、気持ちを離す事になった。この世界がゲームの世界であり、マリアは元々、その主人公であった事など、ボルドー宰相は知らない。マリアの思い込みを、異常なものだと、受け取ってしまった。
「それは分かっている。でも、主人公である私が、ここで死んだら、物語が終わってしまうわ」
マリアが主人公の物語は、すでに終わっている。それをマリアは理解していない。
「仮に死ななかったとしても、帝国が滅びてしまう可能性はあります」
不敬な発言だが、マリアの楽観を戒める為にボルドー宰相は、この言葉を選んだ。
「だから、私が勝たせるって」
「本当に勝てますか? マリア様が思っておられる以上に、帝国は追い込まれております。帝国の地位を築いた銃火器、そして銃砲弾の製造は今、完全に止まっているのです」
「えっ!?」
マリアが初めて聞く情報だ。話すと面倒な事になると考えて、ボルドー宰相は報告しなかったのだ。
「傭兵団の活動は止まっていません。西部の工場は、ほぼ全滅。いえ、銃や大砲の製造工場は残っているのですが、製鉄所が全滅させられました。傭兵団の攻撃はそれだけでは終わらず、製造済みの鉄の強奪、銃砲弾の破壊活動に移っております」
「どうして、それを止めないの!?」
「数が多すぎるのです。傭兵団と言いましたが、明らかに、ただの盗賊と思える集団も多く混ざっており、数カ所を同時に襲撃される事も珍しくありません。軍を中央に集結しようと手薄になったところに、この事態です。対処が間に合いません」
「軍を中央に集めるなんて真似をするから」
「それをしなければ、どうなるかは、すでにマリア様はご存知のはずです」
軍を分散したままにすれば、各個撃破されて、地方はグランフラム王国の手に落ちる。そうなれば、やはり、中央は孤立して、物資も届かなくなる。結果は同じだ。まだ、軍が残っているだけマシと言える。
「……良いようにヤラレっぱなしじゃない。本当に負けたりしないでしょうね?」
ボルドー宰相の話を聞いて、ようやくマリアにも、危機感が生まれたようだ。
「負けないように、懸命に知恵を絞って考えているのです」
「……そう」
つまり、まだ何も勝つ方策が見つかっていないという事だ。マリアの不安は、益々強くなった。
「今は、とにかく一丸となって、事態に対処する時です。マリア様も、国の為を考えて行動して頂けると、嬉しく思います」
自分勝手な事を考えるな。これを丁寧にいうと、ボルドー宰相の言葉になる。
「……もし負けたら、私はどうなるかしら?」
「それはグランフラム王国次第です」
「普通はどうなの? 負けた国の王妃って、勝った国の王の側室とかにされるのかしら?」
「そういった例もありますが、それは国王の品位を落とす行為であり、多くの場合、後に揉め事の種になる事が多かったと思います。アーノルドが賢明であれば……いえ、やはり、私には分かりません」
ボルドー宰相は自分の失言に気付いた。マリアは、負けてもアーノルドの側室になれるのであれば、良しと考える。そう思わせれば、大人しくしているはずだった。だが、ボルドー宰相は、処刑の可能性の方を強く示してしまった。
「……私は悪くないの。ランスロットに従っただけなのよ」
「はい。それであれば、寛大の処置が待っていると思います」
マリアの言っている事は、デタラメもいいところだ。だが、ボルドー宰相は、それを肯定した。これでマリアが大人しくしてくれるなら、と思っての事だ。
「証明するには、どうすれば良いと思う?」
だが、マリアの悪意は、ボルドー宰相の思考の斜め上を行っっている。
「証明ですか?」
「私の潔白を証明する方法よ。ランスロットと臣下が、全てやったという証拠があれば良いのかしら?」
ランスロットに罪をなすりつけて、自分は助かろうという算段だ。
「……そのようなものはありません」
「無ければ作れば良いのよ。そうしないとボルドーも困るでしょう? 貴方、宰相だから、きっと巻き込まれる事になるもの」
ボルドー宰相が巻き込まれたのは、マリアの悪事だ。そして又、新しい悪事に、マリアはボルドー宰相を巻き込もうとしている。そうしなければ、死ぬという脅しを込めて。
ボルドー宰相の心の中に、初めてマリアに対する殺意が湧いた。実行に移す気にまではならないのは、それを行おうとすれば、殺されるのは自分だと分かっているからだ。
「……出来るとは思えません」
「出来る限り、やってみるしかないわね? 私も、いざという時に、頼れる人がいないか考えてみるわ」
更に、マリアはグランフラム王国側で、自分の味方を作ろうとしている。自分の命乞いをしてもらう為だ。その伝手がある事を、ボルドー宰相は知っている。
「……私も考えてみます」
結局、ボルドー宰相は、マリアを突き放せないままに終わる。もしかしてと思わせるものが、マリアにはある。マリアと長い時間を共に過ごしてきた、親衛隊の者たちだけが感じる、何かに過ぎないが。
◇◇◇
グレートアレクサンドロス帝国が血眼になって探しているリオンは、帝国の副都となるキヨトにいた。灯台下暗しを、そのまま実現しているような状態だ。
「……君って、本当に悪党ね。少し帝国に同情してきちゃった」
アリスが呆れた様子で、リオンに話しかけている。アリスも、リオンが手を伸ばしている範囲が、あまりに広すぎて、訳が分からなくなっていた。
久しぶりに宿でのんびり過ごす時間が出来たので、色々と話を聞いていたのだ。
「帝国の方が悪党だ。俺の方は人助けに近い」
「貴族の令嬢は、まだ良いわ。でも盗賊を養うって、人助けと言わないから。役には立っているけど、それ以外の時は、盗賊そのままの事をしているんでしょ?」
鉄や銃火器、砲弾などの貯蔵施設の襲撃は、盗賊を使っている。北部で暴れていた盗賊を、レジストが力づくで従わせた盗賊集団だ。この様な経緯なので、リオンが顔も見たこともない者ばかりだ。
「奪った鉄を売れば、結構な金が手に入る。それで足を洗う奴も出てくるかもしれないだろ?」
「盗品という事で、相場よりも安く買い叩いて、高く売る。しかも売る相手は奪った相手の帝国。これが悪党じゃなくて何なのよ?」
盗賊が強奪した銃火器や砲弾を、買い取っては、溶解して鉄に戻し、他国の商人を装って、帝国に売っているのだ。
「養わなければならない人が沢山いる。今回の件では、かなり出費しているから、どこかで取り戻しておかないと」
「……そうだとしても、帝国に売って良いの?」
「製造までには時間が掛かる。それに火薬がなければ、銃や大砲を作っても、ただの鉄細工だ」
リオンが狙ったのは製鉄所や、製造工場だけではない。火薬工場、その材料倉庫、そして、材料の採取所も襲っている。採取場が本命で、工場の襲撃は、帝国において最高機密となっている採取所の場所を、探る目的だったのだ。
「ホント酷い」
「全体の在庫の確認もしないで、馬鹿みたいに作り続けている方が悪い」
こういう細かい管理が、帝国には出来ていない。こういう点でも、人材不足の影響が出ていた。
「そうだけど、悪党なのは、これだけじゃないもの」
「えっ? 何が? これ以外は、普通の作戦だろ?」
「軍を中央に集めるように誘導しておいて、その移動中の敵を叩く。悪党にしか考えつかない作戦ね?」
各地に散っていては各個撃破される。グレートアレクサンドロス帝国に、こう思わせるのが、リオンの策だった。一つ一つ拠点を落としていたら、決着はいつになるか分からない。それに拠点攻略よりも、移動中の敵部隊を叩く方が容易なのだ。
「数では圧倒的に不利だから、何とかしようと、頑張って考えた結果だ」
そのリオンが考える自軍の数は、不思議の国傭兵団の兵力を基準にしている。数千の軍勢で、総数で十万になろうという帝国軍を何とかしようと考える時点で、普通ではない。
「それで思い付く君を敵にする帝国に、やっぱり同情する」
「何、急に良い人になってる? 元々はアリスだって、相当な悪党だろ?」
「……そうだけど」
急にアリスの表情が暗くなる。最近ではよくある事だ。
「もうそろそろ時間だけど、宿で休んでいるか?」
「何よ、急に良い人になって。元々は私の事、嫌いなくせに」
「そうだけど……」
今度はリオンが表情を暗くする番だ。
「……知っているんでしょ?」
リオンの反応を見て、アリスが、悲しげな表情のまま、尋ねてきた。
「……まあ、薄々は」
気まずそうな表情で、リオンはそれに答える。
「やっぱり……いつ気付いたの?」
「随分前。連合の仕事を始めた頃かな?」
「そんなに前? どうして分かったの?」
リオンの答えは、アリスの予想外だったようだ。驚きで、悲しげな表情が、少し薄れている。
「髪の色。出会って、直ぐに真っ白になったのに、少しずつ戻ってきた。それに何の意味があるのかと考えて、一つの仮説にたどり着いた」
「……私との契約の証。リオンは、私が居ないと魔力を失って死ぬようになっていたの」
「やっぱりな。魔力の感覚が違っていたのも、そう思った理由だからな」
人の魔力には、それぞれ特徴がある。魔力の制御を、かなり鍛錬していたリオンは、自分の魔力の感覚を、しっかりと把握していた。
「君って、やっぱり凄いな。それだけで、気付くなんて。しかも、私がいつか消える事も」
「……髪の色が染まっていくに従って、自分の魔力が増えてきた。それにいつからか、逆に俺の魔力を持っていかれるような感覚に変わっていたから。アリスにとって魔力って、自分そのものだろ? 何か、弱っているのかと思って」
「魔力とは違うけど、大体あってる。世界であった私が、実体を持つには、それなりに無理しないといけないから」
この世界であったアリスを構成するのは、世界の素。火水風土の精霊であり、魔法の力の源だ。それを維持するのに、リオンの魔力を必要としていたのだ。
そうしていても限界はある。アリスは本来、とっくに世界の役目を終えて、無用になった存在なのだから。
「……正直に話すって事は、そろそろなのか?」
ずっと隠していた事実を、急に話し始めた。死期を悟っての事なのかと、リオンは感じてしまう。
「分かんない。今すぐかもしれないし、一年後かも知れない。そもそも、最初は、こんなに保つなんて思ってなかったから」
「そうか……」
いずれにしても、いつか、アリスは、この世界から消滅する。それは間違いない事だ。
「寂しい?」
「さすがに、これだけずっと一緒に居るとな。言っておくけど、俺はもうアリスの事、嫌いじゃないから」
「……じゃあ、好き?」
わずかに笑みを見せて、アリスはリオンに尋ねる。
「えっ? それ聞くか?」
アリスには残念だが、照れ屋のリオンが、そう聞かれて、素直に答えるはずがない。
「……だって、明日は消えてるかもしれないもん。最後に、リオンの本当の気持ちを知りたいって……」
リオンの態度に、又、アリスの表情が一気に暗くなる。
「……まあ、好きかな? エアリエルの次だけど」
その表情を見たリオンは、さすがに悪いと思ったのか、照れた様子で、好きと答えた。エアリエルの名を出したのは、照れ隠しだ。
「……後の言葉は余計。でも、好きって言った」
「ま、まあ」
「へえ、私の事、好きなのか。まあ、可愛い私だからな。好きになるなって言っても無理だよね?」
先程までの、悲しげな雰囲気は、綺麗サッパリ消えている。
「……お前、騙したな!?」
騙した訳ではない。アリスが消えるのは事実なのだ。それを分かっていて、敢えてリオンは怒って見せている。アリスがこれを望んでいると考えたからだ。
「そうか。とうとう、リオンも私の魅力に――」
更に、リオンをからかおうとしたアリスの言葉を、爆発音が遮った。
「始まったみたいだ」
爆発音の正体が何かを、リオンは知っている。リオンたちが仕掛けた事なのだから、当然だ。
「……邪魔された」
リオンとの楽しい時を過ごせると思った所を邪魔されて、アリスは不満顔だ。
「……屋根に登ってみるか? 多分、見えるんじゃないかな?」
「良いの?」
「俺が一々指示しなくても、ちゃんとやってくれる」
「……じゃあ、行く!」
行くと決めたら、あっという間だ。窓から飛び出して、建物の縁に掴まると、体重などないかのように、軽々と体を持ち上げて、屋根の上に飛び乗る。リオンも同じようなものだ。
「……あっちかな?」
リオンが暗闇の先を指差すと、ほぼ同時に、遠くの方で、赤い火の粉が舞った。それに少し遅れて、爆発音が聞こえてくる。
「次は、あっち」
又、別の方向をリオンは指差す。同じように、遠くで、炎が周囲を照らした。
「次は二カ所!」
両手で違う場所を指差すリオン。連続した爆発音が届いた。
「……綺麗ね」
街のあちこちから、火の手があがる。闇の中で舞う炎は、離れた場所で見ていると、まるで花火のようだ。現場は、大混乱になっているだろうが。
「こうして見ていると花火みたいだな。火薬は火薬だからな」
爆発しているのは、街のあちこちに据え付けられた大砲や、砲弾の貯蔵所だ。夜の闇に紛れて、リオンの配下が、襲撃しているのだ。
「花火もそうだけど、リオンのマジックみたい」
リオンが指差すと、炎が舞い上がる。確かにマジックでもしているようだ。
「種も仕掛けもあるけどな。だから、マジックか」
爆発する順番を覚えている訳ではない。火の精霊が騒ぐ気配を感じ取って、その方向を指差しているだけだ。ただ、こんな事は、リオンを除けば、アリスくらいしか出来ない。
「……あんな遠くの精霊を感じられのだから、君はやっぱり、世界に愛されてるなぁ」
「愛してくれているのは、アリスだろ?」
「……馬鹿。やっぱり、君は……」
この先の言葉をアリスは口にしなかった。リオンに抱きついて、顔を胸に埋めて、動かないでいる。
「……泣いているのか?」
「人でない私が……泣けるわけない……」
「そうか……」
リオンの腕が、アリスの体を包む。
出会ったばかりのアリスは、作りものの感情を装っていた。笑みを浮かべてもどこか無機質で、楽しそうにはとても見えなかった。それがいつの間にか、普通の少女のように見える時が増えていく。
それによってリオンの気持ちが近づくと、アリスの感情も又、豊かになる。そして又、リオンの気持ちがアリスに寄り添っていく。
二人は、こんな年月を過ごしてきたのだ。二人だけが知る、思い出を残しながら。