月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第115話 家族の形

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 グレートアレクサンドロス帝国軍の、かなりの数が帝都を発って、南下したという情報を受けて、グランフラム王国軍は動き出した。予定通りの進軍だ。
 予定外だったのは、帝都へ向かう途上の街が、次々と白旗をあげて傘下に入ってきた事。しかも、それを成したのは、グランフラム王国に従っている貴族軍なのだから、驚きも倍増だった。
 勝手に軍事行動を起こした点を咎めるべきだという声もあったのだが、恩賞に期待を膨らませた表情を見せて、目の前に現れた貴族たちの顔を見ると、さすがにアーノルドは、それを言い出すことが出来なかった。
 功を労い、改めての恩賞を約束する、と告げたのだが、それは貴族たちの不評を買うことになる。落とした街は自分の物になるのではないかと、貴族たちが訴えたのだ。
 そんな約束はしていないと告げれば、確かにそう聞かされていると返ってくる。どうして、この様な話になるのかと、事情を詳しく聞いたところで、アーノルドは頭を抱える事になった。
 リオンから伝わった情報だったのだ。貴族たちはリオンが王族である事を、当然知っている。リオンからの伝言は、グランフラム王国の意思だと受け取っていた。
 半分は嘘である。リオンからの使者は各街が容易に落ちること、それを利用して戦功をあげるべきだと、それぞれの貴族たちに伝えていた。更に、もしグランフラム王国が恩賞として認めなかった場合の対処法として、リオンを悪者にする事を伝授していたのだ。実際に悪者である。
 これが見事に嵌った。これからグレートアレクサンドロス帝国との決戦という状況で、貴族たちに不満を感じさせるような真似は、グランフラム王国には出来ない。貴族たちの言い分を受け入れて、落とした街を領地とする事を許した。
 ただ、グレートアレクサンドロス帝国との決戦には、参戦を許さなかった。グランフラム王国の、貴族たちへの不審は消えていないのだ。
 貴族たちには、北部に進撃するように命令が下る。南部と同様に、グレートアレクサンドロス帝国軍を、帝都から引き離すための陽動作戦という名目だ。

 これらの措置を終えたところ、グランフラム王国軍は、進軍を再開した。行く手を阻む軍は現れない。前回と同じ状況だ。

「戦場は、やはり帝都か」

 馬を進めながら、アーノルドが呟いた。

「敵の火器が、威力を発揮するのは、拠点攻防戦です。当然の選択ではないかと」

 隣を進んでいるランバートが、その呟きに答える。

「それは分かっている。分かっていて、そこに攻め込む事が正しいのかと、思っただけだ」

「別の戦略もあると?」

 あるに決まっている。グランフラム王国は、王都奪回という御題目に拘り過ぎなのだ。

「リオンが何を考えていたのか知りたかったな」

「……完全にへそを曲げていましたから」

 エアリエルたちを引き取る事を条件に、依頼を引き受けたリオンだったが、それ以外は、何の見直しを求める事なく、グランフラム王国の要求を、そのまま飲むだけだった。
 アーノルドが意見を求めても、こちらは依頼された内容を行うのみと繰り返すばかり。考えていたはずの、戦術の一端も見せることはしなかったのだ。

「始めの王都奪回の依頼を引き受けたという事は、何かあるはずなのだ」

 地下から攻め入るのではなく、他の方法が。それをアーノルドは、懸命に考えている。

「どうして上の方たちは、リオン様を毛嫌いするのでしょう? 兄弟、力を合わせてと、考えるのが普通ではないですか?」

 ランバートの言う上の方とは、セイド宰相とマーカス騎士兵団長の事だ。二人は、どうしてもリオンを受け入れようとしない。アーノルドの地位を脅かす存在として、敵視しているのだ。それが、アーノルドへの侮辱に近い考えだと、思ってもいないで。

「俺の為、というだけではないのかと思っている」

「と言いますと?」

「リオンの本質は変革者なのだ。これまでの常識を打ち壊して、新しい秩序を作ってしまうほどの」

「つまり、革命を引き起こすと?」

 古い王朝を打ち倒して、新しい王朝を立てる。そんな革命家は、この世界の歴史にも、何人か登場している。

「……そうなるな。古い秩序の側であるセイドやマーカスは、本能的に受け入れられないのではないか?」

「しかし、リオン様は、れっきとした王族です。革命は革命でも、新たなグランフラム王国を作り上げてくれるのではないですか?」

「本当にそう思っているのか?」

「……いえ。あの方にグランフラム王国への忠誠心などありません。この戦いが終わっても、この国に留まることはないと思います」

 ランバートも分かっている。アーノルドの近衛として、リオンの動向は可能な限り、注意深く観察していたのだ。分かっていても、それを認めたくないので、口では反対の事を言っているだけだ。

「まあ、気持ちは分かる。リオンから目を離すのは怖いからな」

 アーノルドには、ランバートの気持ちが分かる。二人とも、リオンを出来るだけ、近くに置くべきだと考えている。その方が安心だと。

「捨てるような事をしなければ、グランフラム王国の為に……といっても無理ですか?」

「そうだな。捨てられたから、生きていられたとも言える」

 オッドアイの赤子が生まれたと知られれば、その場で殺されていてもおかしくない。オッドアイとは、それだけ忌み嫌われる存在なのだ。セイド宰相とマーカス騎士兵団長には、そんな思いもあるのかもしれない。
 グランフラム王国が今の様な事態になったのは、呪われたリオンのせいだと。

「……捨てられた後の境遇を知るかぎり、今、生きている事が奇跡という事ですか」

 捨てられた事を幸運だとは、口が裂けても言えない。貧民街で、まだ幼い孤児が生きられる可能性は限りなくないに等しい。実際、フレイは、亮が転生しなければ、死んでいた。

「そうだな。だからこそ、今のリオンがあるのかも知れない」

 生きるだけで精一杯の環境。それが、どの様なものかは、アーノルドには、どれだけ考えても分からない。

「陛下には失礼かもしれませんが、城育ちでは、ああはなれないですか?」

「……なれないだろうな。どこか発想の元が違う」

「そうですか」

「その発想からの戦略を知りたかったのだがな。南部の新しい情報は入ったか?」

 せめて南部で、どう動いているかを知ることで、リオンの考えの一端を探ろうと、アーノルドは考えた。

「はい。予想通りというべきか、驚くほどの早さで、支配地域を広げております。このまま行けば、南部全体を押さえてしまうのではないかと思うほどの勢いです」

「……三千の軍勢で、どうやって?」

 戦闘に勝てるのは分かる。だが、支配地域を維持するには、軍事だけでなく、政治も必要だ。

「その辺の詳しい情報は入っておりませんが、支配地域は、概ね安定しているようです」

「領政を担当する者が居る? それとも本人が……いや、それで出来る事ではない」

 リオンは元バンドゥ領主であり、領地を驚くほど発展させた実力がある。そうだとしても、軍事との掛け持ちでは出来るはずがない。それ以前に、手足となって働く者が必要だ。
 こう考えるアーノルドは忘れている。領政に関しては、旧グランフラム王国で五本の指に入ったであろう優秀な領主が、バンドゥには二人も居た事を。

 

◇◇◇

 グレートアレクサンドロス帝国の南部領。今となっては、そう言って良いか分からない場所だが、その南部の街の一つであるクレイが、不思議の国傭兵団の拠点となっていた。拠点といっても、軍のではなく、支配地域の政の中心という意味だ。

「……暗殺されたあの方は、仕事を私に押し付けて、どこで何をしているのだ?」

 執務室で、山と積まれた書類に囲まれながら、文句を言っているのは、元ファティラース国王のダグラスだ。

「西よ」

 ダグラスの問いに答えたのは、その娘であるシャルロット。シャルロットも執務を手伝っているが、書類の数はずっと少ない。ダグラスのように沢山広げてしまっては、隣に座っているフラウが、ぐちゃぐちゃにしてしまうからだ。

「西? 帝国の本拠地ではないか。そんな所に何をしに行っているのだ?」

「帝国軍の数を減らすには、武器を減らすしかないって」

 帝国軍の強みは、素人同然の兵士でも、銃火器を持たせれば、それなりの戦力になる事。兵士をいくら討っても、すぐに補充されてしまうのだ。それを防ぐには、戦力の元となる銃火器を減らすことと、リオンは考えた。

「……なるほど。それにしても危険な真似を」

「その為に死んだ事にしたのよ。帝国を油断させる為にね」

「それだけではないだろ? あの方に暗殺者を差し向けたという事で、帝国の評判は完全に地に落ちた。帝国に正義などないと、多くの者が感じているはずだ」

 レジストが積極的に、この事実を広めている。そのおかげで南部においては、積極的に帝国を支持する者の数は確実に減っている。

「そのあの方って呼び方、何?」

「……他に呼び方が思いつかない」

「リオンで良いじゃない?」

「あのな、元はグランフラム王家の生まれだ。私にとっては主筋だぞ? 呼び捨てにするには抵抗がある」

 グランフラム王家に成り代わろうという野心を持っていながらも、忠誠心もまた身に沁みついている。グランフラム王国の侯爵というのは面倒な性格だった。

「そういうのリオンくんが嫌うの分かっているくせに」

「それは分かっているが、名を呼ぶのもな。ちょっと気が早いだろ?」

「……気が早いってどういうこと?」

「いや、あれだ……お前が、その、あの方の、あれになれば義理の父となるわけだから」

 シャルロットがリオンの妻になればダグラスは義理の父になる。それを意識して名を呼ぶことを避けているのだ。

「それ……気が早いとかの問題じゃないから」

 ダグラスの話を聞いたシャルロットの顔が曇る。

「ん? まさか……振られたのか?」

「振られてないから!」

「じゃあ、何だ?」

「……私なんかがと思って」

「はあ?」

「リオンくんはやっぱり特別な人だなと思って。そのリオンくんの隣に私みたいな普通の人間が立っていいのかなって」 

 久しぶりに会って感じた気持ち。リオンは以前のリオンよりもさらに大きくなっている。そのリオンが持つ風格のようなものにシャルロットは気後れしている。

「……難しいな。お前は王妃になるに相応しくあるように育ててもきたつもりだ。だから気後れする必要などないと思う。だが一方で父親としては、もっと普通の人と一緒になって欲しいとも思う」

 ダグラスの思いは複雑だ。娘の想いは叶って欲しいという気持ちはあるが、一方でリオンのような男に嫁いで、普通の人生が送れるはずがないという心配もある。

「お前らな、無駄話ばかりしていないで仕事をしろ」

 悩んでいるダグラスにセドリックが文句を言ってきた。セドリックもダグラス同様に、書類に埋もれている。元侯爵二人が、支配地域の政治をリオンにやらされているのだ。

「無駄話と言うな。私にとっては大事だ」

「俺からすれば今更、悩むなと言いたいところだ。お前が味わった思いを、俺は、ずっと前に経験しているのだ」

「……どうやって克服した?」

「……娘がそれで幸せだと言うなら、納得するしかない。それに今はフラウの側にいて、幸せを実感出来るからな。フラウ、爺爺の所に来るか?」

 フラウに向かって、笑顔を向けるセドリック。

「ん」

 椅子から降りて、トコトコとセドリックに向かってフラウは歩き始めた。甘やかしてくれるセドリックが、フラウは大好きなのだ。

「フラウ。今はお仕事中。邪魔しては駄目よ」

 そんなフラウをシャルロットが止める。二人の祖父が、あまりに甘やかすので、シャルロットは自然とフラウに厳しさを見せるようになっていた。

「……ん」

 不満そうな顔をしながらも、フラウは又、シャルロットの隣に戻っていった。セドリックにとっても残念な事だ。

「ほら、お前がサボっているから、フラウと遊ぶ時間が取れないではないか?」

「私のせいにするな。だが、まあ、少し進めなくてはだな」

 やらなければならない事は山程ある。長引く戦乱は、南部も大いに傷つけていたのだ。

「……しかし、よくもまあ、これだけの資料を集めたものだな?」

 セドリックたちの前に積まれている書類は、その多くが支配地域における政を考える上での参考資料だ。農政、商業政策等など、様々な資料が集められていた。

「驚きなのは、帝国のものらしい資料まである事だ」

「何だと?」

「恐らく異世界の知識なのだろうな。細かく農業のやり方が書いてある。カンザワが発展した理由の一つが、これで明らかになった」

「どうやって入手したなど考えるまでもないか。驚くべきは、いつから、これだけの準備をしていたかだな」

 リオンが持つ力、そして、整えていた復讐の準備。その一部は、セドリックとダグラスも、既に知っている。

「バンドゥで考えたものもあるようだ。これを全て活用して、本当に良いのか? これが成功して良い思いをするのは、グランフラム王国ではないか」

 旧グランフラム王国において、最も発展した二領地で施された政策。これが全てうまく行けば、南部は驚くほど豊かな土地になる。だがそうなれば、グランフラム王国は黙っていない。理由をつけて、南部の領地を奪おうとするだろう。
 リオンに対するグランフラム王国の警戒心の強さを、ダグラスは知っている。

「この土地に住む人たちの為よ。彼らが豊かになれれば、それで良いの」

「良心としてはそうだが、政治は良心だけでは、うまく行かない」

 元侯爵らしい意見だ。だが、リオンがそんな甘い性格ではない事を、ダグラスは忘れている。

「リオンが言うには、国を奪うには土地を奪っても駄目だって」

「ほう。では、どうすれば良いのだ?」

「人の心を奪う事だって。それで国は奪うことが出来、奪った後の統治も安定すると言っていた」

「……なるほど。彼の策は心を取ることを基本としているのだな」

 シャルロットの説明を聞いて、ダグラスは納得した。バンドゥ領主であった時から、リオンは常に人の心を意識して、活動をしていたのだと。リオンが行っていたと思われる情報操作、情報流布は、全てその為だったのだと。

「策だけで出来る事ではない。策だけでは、リオンには付いていけん」

 ダグラスの考えの一部をセドリックは否定してきた。リオンの中核となる配下は、リオンに対して絶対の忠誠心を持っている。それは策などで生まれるものではない。

「では、何だと言うのだ?」

「分かり易く言えば、誠意だな」

「最凶の謀略家と呼ばれていた彼が誠意?」

 グランフラム王国の貴族であった時、リオンは味方からも恐れられていた。最凶の謀略家は、王国の誰かがリオンを評した言葉だ。

「相手によって変わるのだ。ヴィンセントに対して、リオンは誠意を持って接していた。決して侮ることなく、媚びる事もなく、ヴィンセントの為となれば、時には厳しい顔を見せる事もあった」

「そうか」

「そのくせ、ヴィンセントの為であれば、非道な事も平気で行う。今もそうだ。リオンの行動は、ヴィンセントの復讐の為にある。もう何年その為にリオンは生きているというのだ」

「これを聞くのは、どうかと思うが、貴様の息子はそんなに優れた男だったのか?」

 ウィンヒール侯家の出来損ない。これがヴィンセントに対する一般的な評価だ。死ぬ間際の行動によって、貴族としての心持ちは高く評価されるようにはなったが、能力の評価まであがった訳ではなかった。

「親馬鹿に聞こえるだろうが、才能はあった。ただ、その才能が開花するには、人よりも時間が必要だっただけだ」

「大器晩成というやつか。それは、やはり、親馬鹿の評価だな」

「何とでも言え。だが実際にヴィンセントの言葉は今、南部の者たちに認められてきている。それを広めているヴィンセント党は、リオンの配下ではないそうだ。つまり、彼らは本心から、ヴィンセントの言葉が正しいと信じて活動してくれているのだ」

「……なるほど、ここで花開いたと」

 死んでからの評価など、本人には喜びを感じる事など出来ない。だが、その人と親しかった者たちにとっては、嬉しいことだ。

「これも、リオンが従者として仕えていたからこそだ。やる気も自信もなかったヴィンセントを見事にリオンは、その気にさせたからな。この事に、ようやく感謝出来るようになった」

 ヴィンセントをその気にさせた。それによってヴィンセントは、罪を負わされる事になったとも言える。父であるセドリックは、この事をずっと恨みにも思っていた。

「しかし、知れば知るほど、とんでもない人物だな」

 こう言いながらダグラスは、心配そうな視線をシャルロットに向けた。人並み外れた力を持つ者が夫としても優れているとは限らない。むしろ逆のケースの方が多いのだ。

「そんな目で見ないでよ。さっきも言った通り、私だって自分が凡人であることに悩んでいるの。でもだからこそ側にいたほうがいいかなとも思うの」

「どういう事だ?」

「リオンくんだけじゃない。エアリエルさんも常人とは違うものを持っている。二人とも平穏な人生を送れる人間じゃないの」

「……そうかもしれないな」

 リオンの影に隠れて目立たないでいるが、エアリエルも又、英雄の資質を持っている。人を惹きつける魅力、人を従わせる威というものが自然に備わっているのだ。

「だから凡人である私が普通の暮らしを作ってあげるのよ。普通と言えるかは微妙ね。でも妻であり母である私がいて、子供たちがいる。家族の温かみが感じられる場所を作れるのは私かなって」

 フラウの頭を撫でながら、これを話すシャルロット。その姿を見て、ダグラスは涙が出そうになった。自分の娘が強く、立派に成長したと実感したのだ。

「それも大変な事だ」

「そうなの。リオンくんは愛された事がないから、愛し方を知らないのよ。フラウと二人きりになると固まってしまうのよ。ねえ、フラウ?」

 ダグラスは普通の暮らしを作るという事が、どれだけ難しいものかというつもりで言ったのだが、シャルロットには通じなかったようだ。

「うん」

「フラウも人見知り。困った父娘ね?」

「ちがうもん! わるいのは、リオンだもん」

「ああっ、父親を呼び捨てにして。駄目でしょ?」

「だって、みんなリオンとよんでるもん。リオンもいいって」

「……あの照れ屋」

 リオンが何故そんな事を言ったのか、直ぐに分かる。フラウに父と呼ばれるのが照れくさいのだ。
 こんな二人のやり取りを、温かい目でダグラスとセドリックは見ている。シャルロットの言う家族の温かみが目の前の光景からは感じられる。これは二人共が、ずっと以前に失い、忘れていたものだった。