月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第109話 英雄の帰還

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 城壁の上から西を望むとグレートアレクサンドロス帝国軍の姿が見える。遂にカマークに到着したのだ。
 まずは陣地を固めようとところなのだろう。その場から近づいてくる事はなく、何やら慌ただしく動いている様子が見える。
 この距離でもすでに大砲の射程内なのだ。まずは大砲の据え付けと周囲を守る陣を組み、そこから陣地を広げていくのは帝国軍のいつものやり方なのだが、それはグランフラム王国の者たちには分からない。

「……何とか傭兵団とやらはどうした!? アレクサンドロスはすでに到着しているではないか!?」

 カマークの外壁の上で、マーカス騎士兵団長が部下に怒鳴っている。怒鳴られている部下は堪らない。不思議の国傭兵団がどうしているかなど分かるはずがないのだ。マーカス騎士兵団長だって、それは分かっている。ただの八つ当たりだ。未だにアリスに対するマーカス騎士兵団長の怒りは治まっていなかった。

「傭兵団は本当に来るのか?」

 アーノルドの方は冷静で、傭兵団の行方を知っている可能性のある唯一の人物に問いかけている。

「……もうすぐ来るのではないかな?」

 だがその唯一の人物、アレックス王子も不思議の国傭兵団がどこにいるか分かっていなかった。

「……マーカス。出撃の準備は出来ているのか?」

「もちろんです。城門の前に控えさせておりますので、いつでも出撃可能です」

 邪魔をするなと言われたので、一応はカマーク内に留めてはいるが、グランフラム王国軍はいつでも出撃出来るように外周部に集まっていた。
 かつてリオンの指示で外周部に据え付けた投石器なども、いつでも使える状態になっている。大砲の射程には遠く及ばないのは分かっているが。

「敵の陣地構築が終わる前に――」

「あれかな?」

 アーノルドの言葉を遮ってアレックス王子が声を出した。だが何だか頼りない言い方だ。

「……あれとは、あれが傭兵団か?」

 アレックス王子の言葉を受けて、先を見つめがらマーカス騎士兵団長が問いかける。

「恐らくそうだな」

「そうだなって、たった一騎ではないか!?」

 遠く見えるのは騎馬が一騎。それがゆっくりとグレートアレクサンドロス帝国軍の陣に向かっている。

「よく見ろ。二人だ」

「一騎も二人も同じ事だ! あれでどうやってアレクサンドロスに勝てるのだ!?」

 マーカス騎士兵団長は怒りで、他国の王子への礼儀も忘れている。ただでさえ怒りが治まっていないところにこの状況だ。仕方ないといえば仕方ない。

「ちょっと値切り過ぎたかな? だがまあ、二人で現れたという事はそれで十分だという事だ」

 マーカス騎士兵団長の怒声にも全くアレックス王子は堪えた様子はない。いつもの事であるが、今は笑って済ませられる状況ではない。

「本気で言っているのか?」

 アーノルドの言葉にも、やや怒りの感情が漏れている。

「本気だ。あの二人は不思議の国傭兵団で最強の二人。一騎当千という言葉があるが、俺が知る限りそれを超える」

「敵は二万だ。それに銃や大砲もある」

「俺が依頼したのは敵を全滅させろではなく、大砲を使えないようにしてくれだ」

「……マーカス! すぐに出陣の準備だ!」

 アレックス王子の言い訳を聞いていても仕方がないと、アーノルドは出撃命令を発した。

「邪魔をすれば、潰すと言われたはずだ」

 それに対して、アレックス王子が警告の言葉を発する。

「たった二人に潰される我が軍ではない!」

 だがそれは却って、アーノルドの怒りを爆発させる結果になる。それでもアレックス王子は怯む様子もなく、淡々とした口調で話を続けた。

「それはどうかな? あの二人が何と呼ばれているか教えてやろう。団長のアリスが氷の女王、そしてもう一人は雷帝だ」

「それが何だ?」

 通り名を聞かされても、それでアーノルドが納得出来るはずがない。

「この通り名はもっとも新しいもので、一番長く呼ばれていたのは魔王、そして災厄の王だ」

「……何だと?」

 どこかで聞き覚えのある通り名。それが何かと思い出したところで、アーノルドが驚愕の表情を見せる。その様子を見て、勿体つけた話し方をした甲斐があったと、アレックス王子は満足気だ。

「エアリエル様!」「エアル!」

「なっ?」

 そこに割り込んできた叫び声。ソルとシャルロットが焦った様子で、外壁の下を覗き込んでいる。何が起こったか把握したアーノルドが慌てて下を覗き込むと、丁度、エアリエルが地面に降り立つところだった。すぐに駆け出すエアリエルを見て、一安心というところなのだが。

「シャルロット殿、私はエアリエル様を追いますので、フラウ様を頼みます!」

「え、ええ!」

 シャルロットにフラウを任せて、ソルが走って、この場を離れていく。

「さすがは姫。この距離で見抜くか」

 アレックス王子が感心した様子で呟いている。この言葉で、アーノルドは自分の考えが間違いではなかったと分かった。

「……そういう事なのか?」

「姫があんな行動を取る理由が他にあるのか?」

「生きていたのか……」

 

◇◇◇

 外壁の上でそんなゴタゴタが巻き起こっているなど知ることもなく、リオンとアリスはナイトメアに二人乗りして、グレートアレクサンドロス帝国軍に向かっていた。

「アリの~♪ ままで~♪」

 リオンの背中に抱きつきながら歌うアリス。かなりご機嫌な様子だ。

「お~い。それ大丈夫か?」

 どこかで聞き覚えのある歌詞を歌うアリスに、リオンが突っ込む。

「何が? これは私のオリジナルソング。氷の女王のテーマよ」

「……曲名は覚えてないけど、そのままじゃないよな?」

「オリジナルだって言ってるでしょ? 蟻の~ままで~死んでしまいなさい~雑魚キャラたちよ~♪」

 リオンの知る曲とは全くかけ離れていると分かって一安心。そもそも曲になっていない。

「……なるほど、音痴か」

「オリジナルって言ってるでしょう! だから私の音程が正しいの!」

 その時々で音程が変わる歌はオリジナル曲と言えるのだろうか。こんな疑問をリオンは飲み込んだ。

「なんでも良いけど、離れろよ。もうすぐ射程に入るぞ」

「ダーメ。もっと見せつけてやるの」

 アリスがご機嫌なのはこれが理由だ。エアリエルが見ている前で、リオンとイチャついてヤキモチを焼かせようとしているのだ。

「そういう事か。道理でさっきから背中がゾクゾクすると思った」

 これがエアリエルの殺気が近づいているせいだとまでは、リオンも気がついていない。

「ふっふ~ん。キスしちゃおっかなぁ?」

 更に挑発しようと、背中からリオンに顔を近づけるアリスだが。

「冗談はここまで。戦いを始めるぞ」

 リオンの真剣な声に、動きを止めて視線を正面に向けた。

「ちぇっ。じゃあ、トットと終わらせよっと」

 正面のグレートアレクサンドロス帝国軍の前線が銃を構えている。射程内に入る時は、目前に迫っていた。リオンの背中に抱きついていたアリスは、不安定さをものともしないで、リオンの肩の上で立ち上がる。

「行くぞ」

 リオンは、そんな状態のアリスに構わずに、メイトメアを全力で駆け出させた。

「行くわよ! それっ! それぇっ!」

 揺れを全く気にする様子もなく、リオンの肩の上に立ち続けるアリスは、指揮者のように腕を振るっている。それに合わせて、進行方向に次々と氷柱が立ち上がっていった。

「もう少し、マトモな掛け声ないのか?」

「……蟻の~♪」

「それそれで良い」

「……ひどい」

 無駄口を叩いている間も、アリスの魔法は止まらない。リオンたちとグレートアレクサンドロス帝国軍の間は、氷柱の林のような状態になっていった。
 グレートアレクサンドロス帝国軍からは、すでに銃が放たれているが、氷柱に邪魔されて、リオンたちには届かない。一方でナイトメアは、立ち並ぶ氷柱の間をもの凄い勢いで駆け抜けている。

「そろそろだ。ディーネ、ルフィー頼む」

 リオンの声に応えて、ディーネとルフィーたちが宙に舞い上がる。それはやがて荒れ狂う嵐となって、グレートアレクサンドロス帝国軍に向かっていった。
 襲いかかる暴風雨に、帝国軍の前線は大混乱。何よりも兵が手にしている銃が、雨に濡れて使い物にならなくなっていく。

「……雷帝。最近はこう呼ばれてるみたいだけど?」

 魔法攻撃の成功にもアリスは不満気だ。

「火薬相手に雷じゃあ非効率だろ? 水か火、これが一番」

 氷柱の林を抜けても銃による攻撃はほとんどない。あっても散発的な銃撃では、ナイトメアの動きなど捉える事は出来ない。
 駆ける勢いを全く緩める事なく、ナイトメアは帝国軍の前線に向かう。

「お前がアレックス王子に騙されるから」

「何がよ?」

「まだ気付いていなかったのか? 大砲って陣の一番奥だ。それを無効化するって事は、その手前の銃も手投げ爆弾も無効化するって事だろ?」

「……ああっ!」

 金三百の仕事を、まんまと三分の一の報酬でやらされる事になっていた。

「もう二度と交渉事はお前に任せないからな。さてと、サラ、出番だ!」

 リオンの周囲を火竜が飛び回る。それはいくつもに分裂し、そして一斉に四方八方に散っていった。
 少し間を置いて、グレートアレクサンドロス帝国軍のあちこちから爆発が巻き起こる。

「もう少し運用を考えろよな。いつでも使えるようにしてるって事は、簡単に火が付く状態って事だ」

 爆発が止まらない。兵士が持っていた爆弾はリオンの魔法によって爆発。その爆発によって又、近くの爆弾に火がつくという、帝国軍にとっては最悪の連鎖が起こっていた。
 あちこちで起こる爆発で帝国軍の陣形はズタズタ。多くの兵士が地面に倒れて、呻いている。その間をリオンたちが乗るナイトメアは駆け抜けていく。

「あれが本陣ね。どうする?」

 陣の深くまで駆け抜けてきて、奥にある本陣が見えてきた。

「依頼の対象じゃない。目標はその近くの大砲だ。まあ、巻き込まれてくれれば、ラッキーって事で」

「そうね」

 両手を天に向けて掲げたリオン。その腕の先に火竜が集まってきた。それはやがて、一つにまとまり、鳳に姿を変えていく。

「……行けっ!」

 正面に向かって腕を振るう。炎の鳳は、それに合わせて、正面の大砲群に向かっていく。目標は大砲そのものではない。その後ろに積まれている砲弾の山だ。
 これまでとは規模が違う大爆発が地面を、空気を震わせる。爆風が何もかもを吹き飛ばし、舞い上がる土煙が視界を塞ぐ。
 それが収まった時、大砲群があったはずの場所には、大きな穴が残るだけとなっていた。

「依頼完了だな。このまま裏を抜けた方が楽かな?」

 大混乱に陥っているとはいえ、まだ一万を超える兵士が前衛にはいる。吹き飛んでしまった本陣を抜けた方が、敵と戦う手間が省けるという判断だ。これが更にエアリエルを怒らす事になるのだが、この時のリオンには分かるはずがない。

 地面に転がる帝国軍の兵に、一応は警戒しながら、リオンは奥へと進んでいく。

「あれ? 元気な奴がいた」

 立ち上がっている兵士を見て、リオンが軽く驚いている。凄まじい爆風の中でも、無事でいた兵士もいたようだ。

「お、お前……」

 リオンを見て、動揺を見せている帝国軍の兵士。

「……顔見知りだっけ?」

 その反応を見て、リオンはすぐに殺すことを思い止まった。

「まさか、リオン・フレイか?」

「顔見知りだ。えっと……あっ! あの女のハーレム要員の一人だ」

「ギル・ステラだ!」

 ハーレム要員呼ばわりに、ギルは怒鳴り声をあげるが。

「名前を聞いた覚えはないな。お前にとって、俺なんか眼中になかっただろ?」

「それは……」

 リオンの言う通り、ギルに名乗った覚えはない。出会った頃のリオンは、ただの従者だ。ギルが気にする相手ではなかった。

「他にも居るはずだな。そこで死んだ振りをしている奴がそうかな?」

 ギルの後方に倒れているのはマシューだ。本陣に建てられた建物の中にいた。それで爆破の直撃を免れた事は、ギルたちにとって幸運だった。今のところは。

「違うなら用はないから、殺すけど?」

「……マシュー・バートンだ」

 リオンが本気だと察して、ギルが名を告げた。それを聞いたマシューは、倒れていても無駄だと悟って、ゆっくりと立ち上がる。

「まだいるはずだけど、どうでも良いか。別に今は用がある訳じゃないからな」

「……生きていたのだな?」

「死ぬわけにはいかないだろ? 俺にはまだ、やり残した事がある」

「お前一人が戻ったところで、グランフラム王国は元には戻らない」

 これはギルの強がりだ。その一人に今、散々にやられたばかり。絶対に戻らないとは言えない。ただギルは誤解している。リオンは、グランフラム王国の為に、戻ってきた訳ではない。

「グランフラム王国がどうなろうと、俺には関係のない事だ」

「何だと?」

「お前たちの主に伝えておけ。そのうち預けていたものを取りに行く。その時までせいぜい楽しんでおけと」

「……預けていたもの?」

「今に分かる」

 これを告げると、リオンはギルたちに背を向けて、この場から去ろうとする。そのリオンに対して、ギルたちは何も出来ない。
 リオンの後ろにはアリスが座っていて、じっとギルたちを見つめている。冷たい殺気に晒されたギルたちは、アリスの得体の知れなさを敏感に感じ取っていた。
 それだけではない。リオンの放つ覇気がギルたちに動くことを許さないのだ。

「……マシュー。マリア様に急いで報告を。リオン・フレイが戻ってきたと伝えるのだ。急げ!」

 

◇◇◇

 外壁の上ではグランフラム王国の者たちが、呆然と事の成り行きを見つめていた。この距離では戦いの詳細など分からない。見えたのはグレートアレクサンドロス帝国軍の中で、次々と爆発が起こり、兵士が混乱している様子。そして、それまでとは規模の違う大爆発によって、グレートアレクサンドロス帝国軍の後方が吹き飛んでしまう様子だ。
 何が何だか分からないが、グレートアレクサンドロス帝国軍が一方的にやられている事だけは分かる。

「攻めなくて良いのか?」

 アレックス王子が複雑な笑みを浮かべて、アーノルドに話しかける。アレックス王子も、まさかここまでの事になるとは思っておらず、内心ではかなり驚いているのだ。

「……そうだな。マーカス! 出撃だ! アレクサンドロス軍を討ち果たせ!」

「は、はっ!」

 アーノルドの命令で我に返ったマーカス騎士兵団長が、慌てて外壁を降りていく。周囲が一気に慌ただしくなった。

「あのアリスという娘は、エアリエルと同じ力を持っているのか?」

「……姫の前では言えないが、それ以上だな。魔法に関してはリオン殿と同じ力だ」

「リオンと同じというと?」

「氷の女王の通り名を教えたはずだ。アリスはリオン殿と同じように、単独で氷の魔法を使う」

「複数属性持ちか……」

 氷魔法が複数属性の融合である事は、すでに知られている。マリアが使う融合魔法と、同じものだと考えられていた。

「ちなみに、報酬の金貨百枚だが」

「分かっている。こちらで負担する」

 アーノルドの言葉を聞いて、アレックス王子はホッとした表情を見せている。小国の第二王子であるアレックス王子には金貨百枚なんて払えない。父である国王に頼めば国費から出してもらえるかもしれないが、こっぴどく怒られる事は間違いない。

「しかし、何故、リオンは傭兵なんて仕事をやっているのだ?」

「……生きるためではないか?」

「死んだ事にして?」

「それは俺には分からない。色々と事情があるのではないか?」

「それはそうだろうが……」

「そんな事よりも、この先どうするのかを考えるのだな。グレートアレクサンドロス帝国との戦いはこれで終わりではない。戦いが続くのであれば、不思議の国傭兵団の力が必要なのではないか?」

「……ああ、勿論だ」

 そう思っているからこそアーノルドは、リオンが、エアリエルを置いてまで、グランフラム王国を離れた理由を知りたかったのだ。
 リオンはただ力を貸してくれという言葉だけで、味方するような人間ではない。だからといって、アリスが吹っ掛けてきた法外な報酬は払えない。力を借りる方法が思いつかないのだ。

「そういえば?」

 エアリエルに頼んで見るしかないかと考えたアーノルドは、そのエアリエルがリオンの後を追って行った事を思い出した。久しぶりの再会を果たしているのかと、アーノルドは考えたのだが。

「リオン。絶対に殺してあげるわ」

 エアリエルはリオンに逃げられて、頭に血を上らせていた。

「いや、殺しては不味いのではないですか?」

 そんなエアリエルを、ソルが懸命に宥めている。

「……じゃあ、謝罪百回を千回にするわ」

「まあ、それくらいで」

 無責任な事を言うソルだった。

「愛しているも千回にするわ。千回で、一晩持つかしら?」

「どうでしょう? さすがに一晩は無理ではないかと思います」

 更に無責任な事を言うソルであった。

「……じゃあ最初から、一晩中にすれば良いわね?」

「そうですね」

 この会話をリオンに聞かれたら、一晩中、謝罪させられるのはソルになるだろう。

「……帰ってきたと考えて良いのかしら?」

 このまま、また消えてしまうのではないか。こんな不安がエアリエルの心には広がっている。

「絶対とは言えませんが、少なくとも姿は見せたのです。大きく前進したのではないですか?」

「……そうね」

「物事が動き出します。そんな予感がします」

 エアリエルたちにとって、グランフラム王国の動乱がどんなに激しくても、何も動いていないと同じことだ。リオンを探しに出る。この目的は一歩も進んでいなかったのだ。
 リオンがバンドゥに姿を現したという事実は、エアリエルたちにとって物事が大きく動き出す予感をさせるには十分な変化だ。
 実際に物事は大きく動き出す。エアリエルたちにとってだけでなく、グランフラム王国にとっても。
 乱世を治めるのは英雄の仕業。その英雄が帰還したのだから。