月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第107話 それぞれの切り札

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 マリアにとってグランフラム王国との戦いは、決して負けられない戦いになる。ここで負けるような事態になれば、自身の軍部への影響力は失われる事となり、それが帝国全体への影響力の低下に繋がる事はマリアにも分かっている。
 皇后としてただ奥にいるだけの人生は、マリアには我慢できない。これからまだまだ自分の名を世の中に知らしめ、この世界の歴史に名を残すつもりでいるのだ。
 その為にマリアはグランフラム王国との戦いに向けて、万全の準備を整える事にした。
 各行政区に配置されている方面軍に動員を命じ、それの統率軍として、一時的に親衛隊を復活。督戦隊と併せて総勢五万にもなる兵力を集めた。更に大量の鉄砲、大砲等の銃火器を装備させて圧倒的な火力を持たせるなど、メリカ王国侵攻作戦よりもずっと強大な戦力を整えてみせた。
 その五万の軍隊をマリアは三つに分けて、バンドゥの北西南のそれぞれの国境に向けて進軍させる。グランフラム王国軍を分散させる事が目的だ。この三方面の同時侵攻はグランフラム王国にとって厳しい。
 国境防衛に配置している兵力は各三千。仮にグレートアレクサンドロス帝国が均等に分けても、約六倍の一万七千程の敵軍を相手にする事になる。中央のカマークに駐屯している一万を各国境に分散させれば三倍程度。守備側としては十分な数ではある。あくまでも銃火器などない従来の戦いで、且つ敵が均等に分けた場合は。
 まず間違いなくそうはならない。二方面はある程度の脅威を与える兵力にして、グランフラム王国軍を国境の砦に張り付かせた上で、どこか一箇所に戦力を集中させて突破を図ってくるはずだ。どこか一方向でも突破されて国境の内側に入られると、守りはかなり厳しくなる。
 グランフラム王国としては、何とか国境で防ぎ切りたいところだ。その為の方策を議論しているのだが、中々良い策が浮かばない。

「やはりバンドゥの外にいる貴族軍を呼び寄せるしかないのではないですか?」

「何度も言いますが信用出来ますか? それ以前に自領の守りを放棄するとは思えません」

 マーカス騎士兵団長の意見を、セイド宰相がすぐに否定した。すでに一度議論した内容で結論は出ている。打つ手が見つからない為に、マーカス騎士兵団長が蒸し返しただけだ。

「元ウィンヒールであれば、自領など持っておりません」

「そうだとしても、あまり当てにしない方が良いと考えます。ブリタリアの大軍が攻めてくるとなれば、降伏する者も間違いなく出てきます」

「それは、そうかもしれませんが」

 貴族軍を足してもグランフラム王国は三万。対するグレートアレクサンドロス帝国は五万の軍勢で、しかもそれが全てではない。メリカ王国との国境防御に配置している軍、各地の駐屯軍、そして中央の帝国騎士団などが存在しているのだ。単純に兵力を比較すれば、はなからグランフラム王国に勝ち目はない。

「確実に参戦が見込める数で、作戦は検討すべきと思います」

「それでは足りないから、こうして増援の話をしているのです」

「それは分かっています。しかし実際よりも多い兵数で、作戦を検討する事に意味がありますか?」

「ただ作戦を検討すれば良いというものではありません。勝てる作戦を考えなければならないのです。その為には今の戦力では厳しい」

 つまり今の戦力では負けると、マーカス騎士兵団長は言っている。

「……勝てませんか?」

「メリカ王国の砦は砲撃だけで崩壊し、何も出来ないままに国境を突破された。これが事実であれば勝てません」

 国境の砦は侵攻に備えて、かなり防御を強化しているつもりだ。だが落ちない城はない事を、軍人であるマーカス騎士兵団長は分かっている。

「……しかし、メリカ王国は、ブリタリア軍を撃退したとの話です」

「野戦で、しかも、メリカ王国軍の方が多い兵数でという条件です」

「いえ、勝因は雇った傭兵団の活躍だったという話です」

「それが事実だという証拠はありません」

 メリカ王国に送った使者がもたらした情報だ。グレートアレクサンドロス帝国の侵攻を防いだメリカ王国は、グランフラム王国との同盟を拒否した。その代わりというには、おかしな話なのだが、グレートアレクサンドロス帝国の撃退に力を貸したという傭兵団を紹介してきたのだ。
 マーカス騎士兵団長はそれを疑っている。職業軍人であり、世襲騎士の家系であるマーカス騎士兵団長としては、傭兵団という存在を認めたくないという気持ちもあるのかもしれない。

「しかし、万一事実であればいかがします?」

 セイド宰相も半信半疑なのだが、それで勝機が少しでも増すのであれば無理に拒否しなくても良いのではないかという考えだ。

「……もう呼んだのであれば、それについての議論は無駄な事です」

 マーカス騎士兵団長の言う通り、すでに傭兵団には、雇いたいという話は伝わっている。議論しても意味のない事だ。

「そうですね。騎士兵団長はどれだけの増援が必要と考えているのですか?」

「……せめて一万。この数があれば野戦を挑めます」

「野戦?」

 国境でグレートアレクサンドロス帝国軍の侵攻を防ぐ。これが大方針、というよりもこれしかない。籠城戦しか頭になかったセイド宰相は、野戦という選択を考えていなかった。

「籠城とは外部からの救援があって、初めて成り立つものです。ずっと篭っているだけでは、いつか必ず落ちます」

「……そうですね」

 グランフラム王国とグレートアレクサンドロス帝国には、国力の差があり過ぎる。長期戦になれば、間違いなく勝つのはグレートアレクサンドロス帝国だ。

「アレックス王子殿下、ハリー王子殿下、更なる増援を望めないでしょうか?」

 この場にはオクス王国のアレックス王子と、ハシウ王国のハリー王子も同席している。グレートアレクサンドロス帝国との戦いとあって、グランフラム王国から参陣を求めた結果だ。

「……気を付けた方が良い」

「何か失礼がありましたか?」

 アレックス王子の言葉の意味が、マーカス騎士兵団長には分からない。

「そのような態度では、雇えるものも雇えなくなる」

「……傭兵団の事ですか?」

「そうだ。気に入らない仕事は受けない。それが、どれほど高報酬であってもだ。その代わりに受けた仕事は必ず成功させる。そういう者たちだ」

「それは必ず成功する仕事だけを受けるからではないのですか?」

 マーカス騎士兵団長は、傭兵団に対して否定的な姿勢を崩さない。これをアレックス王子は気を付けろと言っているのだが、通じていないようだ。

「……メリカ王国による侵攻を防ぐ。これが必ず成功する仕事か?」

「メリカ王国の侵攻? しかし傭兵団を紹介してきたのは、メリカ王国ではないですか?」

 東方諸国連合とメリカ王国の戦いは知っているが、マーカス傭兵団は、まさか同じ傭兵団だとは思っていない。

「金で雇われる傭兵団だ。どこの国の味方になっても、敵になってもおかしくはないだろう?」

「しかし、それでは……」

 マーカス騎士兵団長は、どうしても傭兵に対して否定的な考えが消えない。騎士とは相反する部分があるのだから、仕方ないのかもしれない。

「契約がある限りは信用出来る。だからこそグレートアレクサンドロス帝国に雇われないように気を付けろと言っている」

「……契約があるといっても、やはり信用は出来ません」

 軍人であるマーカス騎士兵団長は、契約と言われてもピンと来ない。軍事上の協定などでも、それを進めるのは文官の役目なのだ。

「なるほど。どうしても受け入れる気にはならないか」

「大事な戦いです。信頼出来ない味方は敵よりも危険だと考えます」

 マーカス騎士兵団長の考えは間違っていない。重要な局面での裏切りは、戦いを決定づけるものだ。実際に王都奪回作戦においては貴族軍の裏切りが、グランフラム王国の敗北を招いたと言える。

「……では仕方がない。好きに戦えば良い」

 突き放したような雰囲気でアレックス王子は、マーカス騎士兵団長に告げた。実際に心の中では突き放している。それを素直に表に出しただけ。優しいと言えるのかもしれない。

「増援の方は?」

「増援を求めるのは良いが、我が国が裏切らないという保証はないと思うがな」

「なっ?」

「貴国の貴族が裏切ったのだ。どうして我が国が、最後まで貴国と行動をともにすると信じられる?」

「それは……」

 アレックス王子の言う通りだ。オクス王国にグランフラム王国に殉じる義理などない。そんな感情を抱かせるような態度をグランフラム王国は示していない。

「マーカスの非礼は詫びる。その上で増援の検討をしてもらえないか?」

 アーノルドが謝罪の言葉を口にする。両国の協力がなくては、グレートアレクサンドロス帝国との戦いは成り立たない。ここで離脱される訳にはいかないのだ。

「……打診はしてみるが、難しいのではないかな」

「理由を聞かせてもらえるか?」

「グランフラム国王も含めて貴国の全員が、東方諸国連合の事を忘れているようだ。メリカ王国が傭兵団を雇ったという事は、東方諸国連合とメリカ王国の戦いが止んだという事だ。そうなれば東方諸国連合が、次に矛先を我が国に向けないという保証はない」

「……東方諸国連合に加勢した傭兵団と、メリカ王国のブリタリア迎撃に関わった傭兵団が同じだと言うのか?」

「何を今更。さっきから、そう言っている」

 アレックス王子の言う通りだ。だが傭兵というものを知らないグランフラム王国の者たちには、耳で聞いていても理解出来ていなかった。

「敵であった相手に雇われる、いや、メリカ王国側がよく雇う気になったものだな?」

 つい先程までマーカス騎士兵団長が訴えていた事を、メリカ王国は全く気にすることなく雇った。それがアーノルドには信じられない。

「それは俺には分からない。メリカ王国に聞いてくれ。俺に分かるのは、メリカ王国の選択は正しかったという事だけだ」

「……そうだな」

 その傭兵団が戦いの中で、どれだけの活躍をしたのかまでは、アーノルドには分からない。だがメリカ王国に、敵であった傭兵団を雇おうと思わせるだけの力があるのは確かなのだと分かる。

「あとは運だな。雇えるか雇えないか、それ以前に戦いに間に合うかどうかだ」

 少なくとも幸運の絶頂という訳にはいかなかった。噂の傭兵団が現れる前に、グレートアレクサンドロス帝国の侵攻が開始されたのだ。

 

◇◇◇

 グレートアレクサンドロス帝国軍は、南北国境にはそれぞれ一万の軍勢を向かわせるにとどめて、残りの全軍をグランフラム王国との東部国境に集中させた。グランフラム王国側も予想していた事だ。
 どこか一点を突破されれば、戦況は一気にグレートアレクサンドロス帝国有利に傾くことは、お互いに分かっているのだ。
 帝国主力軍三万に対するはグランフラム王国軍一万三千とオクス王国、ハシウ王国の四千だ。兵力差はあるものの対抗出来ない程ではない。グレートアレクサンドロス帝国に銃火器がなければ。
 グランフラム王国は開戦当初から、大砲の威力を思い知らされる事となった。

 国境の砦はファティラース家の協力も得て、防御魔導が施されており、かなり堅牢になっていた。だがそれも途切れる事なく、撃ち込まれる砲弾の前には無力だった。
 実際にはよく耐えていると言えるのかもしれない。しかし投石器も魔法も届かない遠距離から、一方的に砲撃されている状況は戦っているとは言えない。
 砦の外に陣地を組んだグランフラム王国本軍の一万がなんとか野戦に持ち込もうとするが、重装歩兵の進軍も大砲の近接攻撃により阻まれる事となった。同じ戦法は通用しないという事だ。
 だがグランフラム王国側も無策ではない。対グレートアレクサンドロス帝国対策は考えていたのだ。
 戦場に投入されたのは周囲を鉄で覆われた大きな車。グランフラム王国軍では鉄車と呼んでいる。もちろん自走機能はない。中に居る兵士が押し歩いているのだ。
 盾よりも厚い鉄で覆われており、中に居る兵士に鉄砲の弾が届く心配はない。さすがに大砲の直撃を受ければタダでは済まないが、そうでなければ爆風や砲弾に仕込まれている鉄片や小石にやられる事もない。
 単純ではあるが有効な対抗策だ。弱点は機動力だが、鉄車の目的は敵に近づくこと、敵を近づける事だ。混戦になってしまえば、少なくとも銃の効果は大きく薄れるはずなのだ。
 更に鉄車が銃を塞ぐ壁となる事で騎馬隊の接近も用意になる。素早く動く騎馬を大砲が捉える事など出来ない。あとは運任せで敵に突撃するだけだ。
 その運任せの時を、グランフラム王国の騎馬隊は待っていた。

「微速、前進!」

 騎馬隊がゆっくりと前進を開始する。鉄車と騎馬隊の距離を離しすぎる訳にはいかない。そうかといって詰めすぎて、敵の前線に届く前に騎馬隊の足が鈍るような事になれば、大砲の餌食になる確率があがってしまう。微妙な加減が必要なのだ。

「まもなく、大砲の射程に入ります!」

「駆け足!」

 大砲の射程に入ったからには、ゆっくりという訳にはいかない。馬の足を早めて鉄車の後を追う。鉄車は、弓の射程に入ったところで前進を止めて、敵を攻撃する事になっている。
 騎馬隊の突撃を支援する為に、矢の攻撃で敵の鉄砲隊を牽制する役目だ。騎馬隊はその隙を突いて、一気に敵前線に突入を図る。歩兵部隊も大砲に狙われないうちに、騎馬隊に続く事になっている。とにかくタイミングが重要で、この為の訓練は何度も繰り返されている。
 騎馬隊と鉄車の距離が詰まる。鉄車が停止するのはもうすぐだ。こう後続の騎馬隊が考えた時、正面に土煙が見えた。敵も騎馬隊を出してきたと考えたのだが、それは間違いだとすぐに分かることになる。
 鉄車の隙間から見えたのは馬ではなく、牛だったのだ。何頭いるのかすぐに分からないほどの多くの牛が鉄車に向かって体当たりをかましている。牛は意識して鉄車を攻撃している訳ではない。ただ暴れまわっているだけだ。
 牛の群れの突撃に進軍を止められた鉄車。弓矢で敵を攻撃するどころではない。鉄車の外に出ては暴れ牛に襲われるだけだ。
 そこにグレートアレクサンドロス帝国軍からの砲撃が襲ってくる。動けなくなった鉄車は大砲の格好の的だ。やがて直撃を受けて、破壊される鉄車が出てきた。グレートアレクサンドロス帝国の策にまんまと嵌められた状況だ。
 これだけではない。更にグレートアレクサンドロス帝国軍から大量の暴れ牛が放たれる。前面を塞いでいた鉄車が破壊された事で空いた隙間をすり抜けて、暴れ牛が騎馬隊に向かってきた。

「ひっ、引け! 退却だ!」

 敵の意図を悟った指揮官が撤退の命令を下すが、この判断は少し遅かった。転回する前に突進してきた暴れ牛が、いきなり爆発したのだ。その爆発に巻き込まれた騎士が、地面に叩きつけられる。
 一頭だけでない。突進してきた牛は次々と爆発していった。

「下がれ! 退却だ!」

 先に進んでいた鉄車の中にいる兵士たちの運命がどうなるか。これが分かっていても、騎馬隊は退却を選ぶしか無かった。この場にとどまっては自分たちも又、全滅にするだけなのだ。
 
「馬鹿ね。あんな目立つものを作って、こちらに知られないとでも思っていたのかしら?」

 グランフラム王国軍の前線の混乱を見て、マリアは上機嫌でマシューに話しかけている。

「一応は隠していたつもりだったのでしょう」

「思っていたよりアーノルドは馬鹿よね? 情報を流している者の存在にも気付かないなんて」

「気づかれては、こちらが困ります」

「頑張って考えた策が呆気無く破られる結果になって、今頃、アーノルドはどんな顔をしているかしらね?」

「……さあ?」

 アーノルドを嘲笑する言葉を続けるマリア。これはそれだけ、アーノルドの事が気になっている証拠だ。今となってはマリアへの想いも大分薄れたマシューだが、それでもあまり気分の良いものではない。

「これで終わりかしら? 他にも決死隊とか用意しているのに使わないで終わったら、つまんないわ」

「……切り札は使わないで済むなら、そのほうが宜しいかと」

 決死隊。それがどれだけ残酷な任務か考えもしないでマリアが編成した部隊だ。牛の代わりに人を使う自爆部隊。切り札という理由ではなく、使わないでいたいと、マシューは考えている。

「じゃあ、次はどうするの?」

「グランフラム王国軍がこのまま引くようであれば、砦を落とし、国境を超えたところで陣地を構築します」

「陣地? このままカマークまで進軍すれば良いじゃない?」

「弾薬の補給が必要です。グランフラム王国の砦には恐らく魔導による特殊防御が施されています。予定以上に消耗が激しくて、このままカマークに進軍するのは不安です」

「かなり大量に運んできたはずよ?」

 実際にこの先にメリカ王国の戦いが控えている事など無視した量をマリアは持ち出してきている。それでもマシューは足りないと判断した。

「カマークも又、同じような魔導を施されている可能性があります。そうでなくてもカマークは、規模は小さくても帝都並に堅牢な城塞都市です。何と言っても五十万もの魔物の襲撃に耐え切ったのですから」

「……そうね」

 魔神戦役の話になるとマリアは途端に不機嫌になる。それが分かっていて、マシューは、敢えて話を持ちだしたのだ。不機嫌にはなるが慎重になる事も分かっているからだ。
 魔神戦役はマリアにとって大失態の連続だった。もう二度とあんな恥をかきたくないという思いが、マリアにそうさせていた。
 結果、グランフラム王国は退却した。鉄車は壊滅。それに騎馬隊にも大きな被害を出した。このまま野戦を挑んでも、グレートアレクサンドロス帝国軍に接近戦を挑む術がないのだ。
 戦況が決まると考えられていた国境の突破。グランフラム王国は、これをあっさりとグレートアレクサンドロス帝国に許すことになった。</p