月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第90話 タリア王国奪回作戦

異世界ファンタジー 悪役令嬢に恋をして

 イリア王国とタリア王国は元々一つの国だった。だがある時、王位継承を巡っての内乱が起こり、それが決着つくことなく終わった事で、二国に分裂したままとなった。元々豊かというには程遠い国だったのだが、二つに分裂した事で益々貧しくなった。
 特に何の資源も産業もないタリア王国は、何とか国を維持するだけで精一杯という状況で、それが逆にメリカ王国を代表する他国の野心を刺激する事なく、独立を保ててきた理由の一つであるのだから皮肉な事だ。
 だがメリカ王国は占領による利ではなく、メリカ王国にとっての東方の安定を求めて侵攻を開始。それに抗う力はタリア王国にはなく、呆気無く都は陥落し、国王は討たれる事になった。
 先代のタリア国王は初めから覚悟していたようで、メリカ王国の侵攻が明らかになった時点で、当時は王子であったアルベルト二世とその側近たちを都から逃していた。アルベルト二世王が助かったのは、このおかげだ。
 ただ命が助かったというだけで反抗する兵力などなく、ただ他国が戦っているのを何も出来ずに見ているだけだった。
 その屈辱の時もまもなく終わる。タリア王国奪還作戦がいよいよ始動したのだ。

 反抗の足掛かりの地に選ばれたシエナはタリア王国第三の都市だ。もっともその規模はバンドゥのカマークにも劣る。大きさについてはカマークに軍事用の外周部があるからこそではあるが、街の活気では更に遠く及ばない。歓楽街であるカマークは、夜になっても酒場や娼館の明かりが通りを照らしているが、シエナの夜の街は真っ暗闇だ。
 その暗闇の中を動く集団が居る。すぐ先も見えないような闇の中でも、全く恐れる様子はなく全力で駆けている集団は、全身を黒装束で覆い、夜の闇に溶け込んでいる。少し離れてしまえば、その存在には気付かないだろう。
 集団が向かっているのはシエナの中心にある城。先頭を駆けるのはリオンだ。
 やがて見えてきたのは城を囲む堀。それに近づいても、リオンに駆ける勢いを弱める様子はない。逆に勢いを強めて、そのまま堀に向かって飛び込んだ。
 局地的な突風がリオンの体を宙に持ち上げる。その風に乗ってリオンは堀を飛び越え、その先にある城壁の上に降り立った。
 周囲を見渡して、しっかりした木を見つけると、腰に結んでいた縄を解いて、それを木に結びつける。何度か強く引いて外れない事を確認したところで、こんどは反対側を引く。それに応えるように縄が引かれた。
 あとは木の上に昇って気配を消す。それもわずかな時間だ。すぐに縄を伝って、黒装束の集団が次々と堀を渡ってきた。
 全員が揃ったところで、一人が先頭に立って、周囲を警戒しながら奥に進む。あらかじめ城の様子は調べてある。警護に見つからないように目的地に向かうだけだ。その警護もそれほど厳しいものではない。警護についているのはメリカ王国の兵なのだが、その警戒の目はどちらかと言えば内に向いている。反乱を起させないように見張ることが主目的なのだ。
 結果、警護に見つかる事もなく、リオンたちは目的地にたどり着いた。壁に並んでいる窓はどれも真っ暗。わずかに数か所、薄明かりが漏れているくらいだ。
 上を見上げて目標を確認すると、リオンは小さく呟いた。

「……ノーム。三階の窓だ」

 リオンの呟きが終わった途端に、地面が盛り上がる。それはリオンたちを乗せたまま、高く伸びていった。それと同時にどこからか鐘の音が鳴り響く。城に仕掛けられていた魔道具が、魔法の使用を感知して鳴っているのだ。
 それを聞いた警備兵の叫び声があちこちから聞こえ始めるが、その時にはもうリオンたちは窓を破って目的の部屋に飛び込んでいた。
 相手を確認する事もしない。ベッドの上で上体を起こした男の頭を鞘に入れたままの剣でリオンは殴りつける。その隣に居た女は別の者が拘束している。叫び声をあげる間も与えない素早さだ。

「すぐに配置につけ」

 リオンの指示に、手の合図だけで部下たちは応える。そのまま幾つかの集団に分かれて散開していった。部屋に残ったのはリオンと二人の部下だけだ。

「俺が敵を引き付ける。二人は隠れて周囲の警戒を。敵が同じような手を使わないとは限らないからな」

 これにも又、無言のまま手だけで返事をすると、それぞれベットの陰と天井に潜り込んだ。こうしている内に周囲の喧騒は徐々に大きくなってくる。
 廊下を駆ける足音。扉が開いて光が差し込んでくる。それに照らされた影に向かって、炎が襲いかかった。兵士の絶叫が廊下に響き渡る。

「敵だ! ご領主様の部屋だ!」

 この声に応えて廊下の喧騒が大きくなる。侵入者の存在を知って兵が集まってきているのだ。
 廊下の人の気配が濃くなるが、部屋に入ってくる者は居ない。魔法を警戒しているのだ。だが兵たちにとって残念な事に、リオン相手には無駄な行動だ。
 廊下に飛び出した火の玉と風の刃は、直角に曲がって陰に隠れている兵士たちに襲いかかる。壁の向こうで炎に焼かれ、風に身を切り裂かれた兵たちが叫び声をあげて、のたうち回っている。

「さ、下がれ! 距離を取るんだ!」

 指示の声が聞こえてくる。それを聞いたリオンの顔に苦笑いが浮かぶ。これで実は壁の裏に隠れているというなら分かるが、そうでなければわざわざ敵に動きを知らせているだけだ。
 罠ではないと判断してリオンは廊下に出た。罠であっても不覚を取るつもりなどないが。

「……ま、まさか」

 廊下の明かりに照らされたリオン。灰色の髪、真紅の瞳。顔のほとんどが黒い布で覆われていても、この二つの特徴で相手が誰だか兵には分かる。

「魔王だぁああああっ!!」

 四属性だけでなく、それ以上の魔法を使うリオンは魔王と呼ばれている。魔族はこの世界には存在しない。魔王とは魔人の王という意味だ。リオンにとって敵であった魔人。その王と呼ぶのは変な感じだが、メリカ王国は蔑称として使っているので、細かな事はどうでも良いのだろう。
 相手がリオンと知って怯える者、手柄をあげる機会と張り切る者。兵士の反応は様々だが、統制が取れていない事は間違いない。

「お前たちに選択肢を与える。メリカ王国に従って死ぬか、アルベルト二世王に忠誠を誓って生きるか。どちらかを選べ」

 更にリオンの言葉が兵士に混乱を与える。元タリア王国の兵士はアルベルト二世王の名が出た事で、明らかに動揺の色を見せている。メリカ王国の者たちはそれを感じて、これも又、動揺している。ここで反抗されてはリオンの言う通り、この場で死ぬ可能性が高くなる。

「アルベルト二世王に従うのなら、俺に協力しろ! メリカ王国の者たちをこの街から一掃する!」

 決断を促すリオン。メリカ王国側としては、リオンの思う通りにはさせられない。

「魔王を討て! 討てば報奨は望みのままだ!」

「敵は一人だ! 恐れるな!」

 何とかリオンを討たせようと声をあげる。そのせいで的にされるとは思いもしないで。
 命令の声をあげた者たちが、次々と近くに居た兵に討たれていく。元タリア王国の兵ではない。それに扮したリオンの部下だ。
 この行動が流れを作り、タリア王国の兵とメリカ王国の兵の全面的な戦いが始まる。こうなれば、もうリオンたちはタリア側の支援をするだけだ。指揮官クラスに的を絞って、それを討っていく。命令系統を失ったメリカ王国の兵たちは戦意を失い、城はタリア王国側によって徐々に制圧される事になる。
 夜が明ける前には制圧は完了。城に掲げられていたメリカ王国の旗は降ろされ、タリア王国の旗が靡くこととなった。シエナ制圧作戦は、こうして住民に知られないままに始まり、そして終わった。

 

◇◇◇

 夜が明けて、人々が異変に気づき始めた頃、アルベルト二世王一行がシエナに入った。この時間に合わせる為に近くで待機していたのだ。奪回はアルベルト二世王によって為されたと人々に知らしめ、反抗の機運を盛り上げる為だ。
 本当はリオンたちと同行するのが一番だったのだが、そんな危険な真似は周囲が許さなかった。リオンも足手まといになると分かっている者を連れて戦う気はない。

「……まさか、本当に落ちるとは」

 アルベルト二世王の側近の一人であり、今はタリア王国軍の将軍を称しているステファン・アリバートは、シエナ陥落を喜ぶ事を忘れて呆然としている。
 闇討ちのようなやり方で街が落ちるとは思っていなかったのだ。

「ステファン。その言い方は失礼ではないか?」

「あっ、申し訳ありません」

「僕ではなく、フレイ殿に謝罪するべきだ」

「……大変失礼致しました」

 アルベルト二世王の言葉を受けて、素直に謝罪を口にするステファン。だがリオンには謝罪などどうでも良い。それよりも気になるのは。

「フレイという名は誰に?」

「あっ、僕とした事が……名を騙っておられたのですね?」

「いや、それはどうでも良いのですけど……ああ、エルテスト国王陛下からですね?」

 勘ではあるが、まず間違いないと思って、リオンはこういう聞き方をした。

「はい。素性を教えて頂き、正直驚きましたが、納得もしました。魔神戦役の英雄は人を相手にしても強いのですね?」

 アルベルト二世王は実に素直にネタ元を教えてくれた。

「そんな話まで。まあ、良いです。どうせいつかは知られる事です」

「今回の作戦も見事でした。街一つ落としたというのに犠牲はなしなんて」

「あっ、それは違います。貴国の兵士の何人かは奪還作戦で命を落としております。俺との話は後回しで、まずは貴国の兵を労い、死を悼んであげるのが先ですね」

 こんな事を言っているが、タリア王国の兵を巻き込んだのはリオンだ。途中からはタリア王国の兵士にほとんど戦いは任せて、自分の部下には安全な戦いだけをさせていたのだ。

「そうでした。ご助言ありがとうございます。では又、後ほど」

 そんな事は知らないアルベルト二世王は、礼を言って、兵たちの所へ向かっていった。

「怖いねえ。君の主は男の子まで誑かすんだ」

 珍しくアリスがマーキュリーに向かって、話しかけている。マーキュリーと話したいのではなく、こうする事でリオンをからかっているのだ。

「男が惚れる男だからな。タリア国王の場合は、憧れという感じのようだが」

 マーキュリーのほうはアリスの言葉に真剣に答えている。リオンにとっては、この方が恥ずかしい。

「くだらない事を言っていないで、次の準備を急げ」

「伝令はすでに送りました。しかし……本当に落すとは。それはタリア国王が憧れるのも当然でしょう」

 タリア王国のステファン将軍と全く同じ台詞がマーキュリーの口から出る。マーキュリーも今回の作戦については半信半疑だった。自分が活躍出来ない不満もあっての事だ。

「別に俺の手柄じゃない。敵領主の人柄から周囲の評判、内心の思いまで調べあげて、それを利用してみせたチャンドラたち、黒の党の功績だ」

 敵領主には人望などまるでなく、多くの部下が仕える事に不満を抱いていた。メリカ王国が都を落とすと、真っ先に忠誠を誓ったような人物だ。元々碌な者ではないのだ。
 黒の党はそれを調べただけで終わらずに、部下の不信感を更に増幅させるような工作をいくつも試みた。最初から裏切っていてメリカ王国の侵攻の手引をした、その功績で一人だけ、メリカ王国本国での高い地位を手に入れたなど、タリア王国への忠誠心が薄い者も、不満を抱くような噂を次々と流した。
 更に、これはと思う者に密かに接触し、領主への裏切りを示唆。タリア国王への忠誠が厚い者はその忠誠を利用して、そうではない者は金で転ばすなどして、内通者を増やしていった。
 こういった下準備を十分に行ってから、城に侵入したのだ。
 どこでも通用する策ではないが、シエナであれば成功するとリオンは判断し、実際に成功してみせた。
 だがこれは反攻作戦の第一歩に過ぎない。ここから本格的な戦いが始まるのだ。

 

◇◇◇

 シエナが奪還された事を知ったメリカ王国軍は、すぐに再奪還の為の軍を編成したのだが、進発には二週間の時を必要とした。シエナを落としたのが不思議の国傭兵団だと知って、性急な進軍を思いとどまったのだ。
 東方諸国連合がタリア王国の奪回に動くことは予想していたが、いきなりシエナを狙うとは全く考えていなかった。何といってもメリカ王国本軍が居るヴェノティアからわずか五日。すぐに反撃出来る距離であり、街の防御力もそれほど高くはない。
 そんな場所を何故、リオンが狙ったのか。何か罠があるのではないか。メリカ王国は疑心暗鬼にとらわれて動けなくなった。
 策を探る為に情報収集に走り回って掴んだのは、東方諸国連合軍がシエナに集結しようとしている事実。メリカ王国としては待ちに待っていた状況だ。
 こうなるとさすがに警戒ばかりしていられない。東方諸国連合との決着をつけるべく、軍を進発させる事とした。
 周囲を警戒しながらの慎重な進軍でも八日でシエナまで到着。そこには先に到着していた東方諸国連合軍が、陣地を構築して待ち構えていた。それを許す時間をメリカ王国は与えてしまったのだ。
 これこそ策だったのかと悔やんだメリカ王国であったが、東方諸国連合を決戦の場に引き出せた事はメリカ王国側の策も又、成功したという事だ。
 あとは堂々と雌雄を決するのみと、東方諸国連合軍に向けて攻めかかったのだが、前進したメリカ王国軍に東方諸国連合の陣地、そしてシエナから雨あられとばかりに石が降ってくる。それが止んだと思えば、次は日が陰るくらいの矢の雨が降り注いだ。
 結局、東方諸国連合の陣地に辿り着くことなく、メリカ王国軍は引くことになった。
 そのメリカ王国軍の様子をシエナの外壁の上から眺めているタリア国王とステファン将軍の顔は、敵が引いたというのに、不安気だ。

「良いのか? この勢いで石や矢を放っては、すぐに尽きる事になる」

 シエナと陣地には大量の投石器や投射機が運び込まれている。だが、飛ばす石や矢が無くなれば、それはただのガラクタに変わる。
 リオンはステファン将軍が心配になる程の、石や矢を一度の攻撃で使用していた。

「いつかは尽きます。それが三日や四日伸びても大して意味はありません。今、大切なのは、戦いの開始を少しでも遅らせる事です」

「どうして遅らせる必要が?」

 陣地の構築はほぼ終わっている。シエナの外壁の修復や補強もあらかた出来上がったはず。時間があれば、更に強化する事は出来るが、それこそ一日二日で出来る内容など大した意味はない。

「出来れば戦わないで、終わらせたいので」

「……何だって?」

 シエナが決戦の地。ステファン将軍はこう聞かされている。これはタリア国王も、他の国王や将軍も同じだ。

「ここで正面から戦えば、たとえ勝ててもそれなりの被害は出ます。タリア王国を奪回出来たら、どうせ次はペイン王国だって言い出しますよね? それを考えれば、ここで勝負なんて出来ません」

「それは分かるが、どうやって戦わないで済ますのだ?」

「ここで戦っている場合ではないという事態が起これば、メリカ王国軍は引きます」

「それは何だ?」

 リオンの説明は漠然としていて、ステファン将軍には分からない。ただストレートに聞かれてもリオンは困ってしまう。わざと漠然と話しているのだ。

「……こういう事は成功した後で、どうだ凄いだろって顔をして説明するものでは? 先に話して失敗したら、相当恥ずかしいですよね?」

「そうかもしれないが……それでも気になる」

「……メリカ王国がグランフラム王国に野心を抱いているように、メリカ王国に野心を抱いている国はあります」

 これで察しろ。こんな雰囲気を思いっきり見せて、リオンは話した。

「メリカ王国を攻める国があると? そうだとしても、どうして都合よくそんな事が起こるのだ?」

 ステファン将軍のこの言葉を聞いて、リオンは大きく溜息をつく。ステファン将軍が、リオンの苦手というか、面倒くさいタイプだと分かったからだ。一を聞いて十を知るとまでは言わないが、リオンはそれに近い人との会話を好む。エアリエル、そしてグランフラム王国の近衛騎士団長、更に言うとアリスがこのタイプだ。
 ただステファン将軍のようなタイプが嫌いかと言うと、そうではない。ヴィンセントは自分が理解出来るまでしつこく尋ねる事が多く、そういった時、リオンはこれも根気よく分かるまで説明していたのだ。
 従者をしていた事で身に付いたのか、元々そうなのか。リオンは意外にも世話好きな一面も持っていた。

「都合よく起こったのではなく、起こそうとしているのです」

「……どうやって?」

「少しは自分で考えたらどうですか?」

 これは、かつてヴィンセントに向かって、よく口にしていた台詞だ。

「スマン。ただ自分には策略とかの才はないので」

 そしてこういう言い方は、ヴィンセントがよく使っていた。こうなるとリオンは、出来の悪い教え子に熱心に教える先生のような態度に変わる。

「……まず東方諸国連合がメリカ王国と戦っているという現状。これは野心を刺激される状況です。メリカ王国は軍をかなり東に偏らせています。当然、他方面は薄い」

「確かに。だが、それだけでメリカ王国に攻め込む気になるのだろうか?」

「なりません。だから、その気にさせる材料が必要になります。それを用意して、相手をその気にさせるのが策というものです」

「具体的には何を?」

「東方諸国連合がメリカ王国軍を追い出すだけで戦いを止めないという事。これで単独で戦う事にはなりません」

「……そんな事がいつ決められたのだ?」

 そんな話をステファン将軍は初めて聞いた。ステファン将軍が聞いていないという事は、タリア国王も聞いていないという事。そうなるともう東方諸国連合の総意ではない。それはそうだ。

「決めてないと思います。俺が勝手に言ったことなので」

「はっ? そんな事をして良いのか!?」

「東方諸国連合の王や重臣の誰かが言えば問題です。でも俺は傭兵。一時雇いの者が言ったことなど知らないと言い張れば良い」

「それはそうかもしれないが……」

 リオンの行為に疑問を感じるという事は、ステファン将軍はまだ若く、そしてマトモな人物だという事だ。

「全く嘘をついた訳でもありません。メリカ王国軍を追い出したところで、戦いを止めるとも決まっていませんから」

「……まあ」

 リオンの理屈だと、この世に嘘などなくなる。絶対にという物事は、世の中そう多くはないのだから。

「それに材料はこれだけではありません。ちゃんとしたのを用意しています」

「それは何だ?」

「メリカ王国の街を一つ譲ると言いました。要らなければ他の国に譲るか、メリカ王国に返すとも」

「……はっ?」

 言葉の意味は分かっても、内容が理解出来ない。メリカ王国の街を譲るとは、どういう事を言っているか、ステファン将軍には見当も付かない。

「軍を進めるだけで街が手に入る。これは魅力的なはずです。この誘惑に耐えられるかというと、耐えられなかったようです」

「……つまり?」

「メリカ王国の南部にローランド王国が侵攻しました。この情報がその内、正面のメリカ王国軍にも届くはずです。それを聞いて、どう動くか。これが奪回作戦の行方を左右します」

「……街を譲るとは」

 戦いの行方よりも、今はこちらの方が気になるステファン将軍だった。

「内緒です」

「……そうか」

 リオンの持つ力は一国と同等とエルテスト王国のコルネリウス四世王は言った。本当にそうなのだと、ステファン将軍だけでなく、タリア国王も思った。しかもその一国の力は自国では及びもつかない、下手をすれば東方諸国連合のどの国も及ばない力なのかもしれないと。
 リオンは目的に向かっての歩みを止めていなかった。そしてこの先、その歩みは益々加速していく。力を求める事への躊躇いがリオンの中で薄れているのだ。