魔人との戦いが終結して四年の歳月が経つ。グランフラム国王にとっては、ずっと薄氷の上を歩いているような気持ちの四年間だった。それだけ魔人との戦いはグランフラム王国に深い傷跡を残していたという事だ。
実際に国王は、いくつもの問題に対処する必要があった。
最初に直面したのは、意外にも外交問題だった。リオンに関するいくつかの騒動や魔人との最終決戦など、慌ただしい状況の中でグランフラム王国とメリカ王国との戦後交渉は中断されていた。グランフラム王国だけの問題ではない。メリカ王国側も自国に魔人が潜り込んでいる可能性をリオンに指摘され、その対応で大わらわになっていた。お互いに継戦も停戦も考えていられる状況ではなく、相手もそうである事が分かっている。戦後処理は後回しというのが、両国の共通認識だった。
だが魔人の件が片付くといつまでも放置しておく訳にはいかない。いよいよ交渉開始となったのだが、この放置は圧倒的にグランフラム王国に不利に働いた。
グランフラム王国は戦勝側だ。当然、交渉においては優位となり、賠償の落とし所を探る事が交渉の中心と考えていたのだが、この目論見は大きく外れる事となった。メリカ王国が戦争継続も辞さないという勢いで、強気な交渉を展開してきたのだ。
メリカ王国がこのような態度に出て来た理由は二つあった。一つは魔人との戦いにより、グランフラム王国は国力を大きく損ねており、それはメリカ王国の敗戦による損耗を大きく上回っているという事実だ。メリカ王国は軍事的には確かに被害は多かったが、国土を荒らされた訳ではない。回復力の差は大きかった。
そしてこの前提でメリカ王国を更に強気にさせたのは、リオンの不在だった。リオンが戦場に立つような事になれば、たとえ倍の兵力を有していても、何の安心材料にもならない。メリカ王国も再戦など考えはしなかっただろう。だがそのリオンはいない。本当に再戦になっても勝てるとメリカ王国側は考えていた。
この本気がグランフラム王国側を弱気にさせる。魔人との戦いが終わったばかりで、メリカ王国との戦争となれば、本当に負けるかもしれない。諜報部も王国騎士兵団も、組織再編はこれからという状況だったのだ。
結果、グランフラム王国は賠償金を得ることなく、メリカ王国と停戦する事になった。グランフラム王国のこの失態は、その権威を大いに損ね、周辺国への影響力を弱める事にもなる。
国王は夢見ていた覇者の座から大いに遠ざかることになった。
だが国王には、それを嘆いている暇もない。国内問題も山積みだった。
荒れ果てた土地の復興。農地を再生させなければならないのだが、それを行う農民の数が足りない。魔物の犠牲になった人たちも多いが、それに匹敵するか、それ以上の人々が農地を失い、税を納める事ができなくなって土地を離れていた。他の仕事にありつけた者は良い。だが新しい仕事など、そう簡単に見つかるものではなく、そういった者たちの行き着く先は盗賊などの犯罪者だ。
各地の治安が悪化し、さらに国民の苦しみは増す。そして又、土地を捨てて盗賊に落ちる者が出るという悪循環だ。
この問題が中々収束しなかった。農地の再生や盗賊の討伐などは、領主である貴族家の役目なのだが、その貴族家の多くに治める力がなかったのだ。
貴族といっても全てが裕福な訳ではない。貴族としての最低限の体裁を整えるので精一杯な貴族家の方が多いくらいだ。
土地を回復させようにも、その為の資金がない。軍事力らしい軍事力も持っておらず、盗賊討伐もままならない。こういった貴族領は復興に向かうどころか荒れる一方だった。
そんな貴族家に対して、当然、王国は手を差し伸べようとした。金銭的な援助や盗賊討伐軍の派遣など、出来る限り申し入れには応えていたのだが、その申し入れ数が圧倒的に少なかった。
多くの貴族家は王国に自家の実情を知られたくなかったのだ。慢性的な借金を抱えている貴族家もある、貴族家の義務である軍事力を全く持っていない家もある、そういった事情を王国に知られると自家が取り潰しになるかもしれないと、多くの貴族家が恐れた。
貴族たちがこう思うようになるには下地があった。バンドゥ領の危機に周辺の貴族家は何ら手を差し伸べる事をしなかった。手を差し伸べようにも何十万の魔物相手に戦う軍を持っていなかったのがその理由だ。
これが問題視された。有事には自軍を率いて事に当たるのが貴族の義務だ。それらの貴族家は、その義務を果たしていなかった事になり、それを知った国王が激怒した。リオンを失った事への苛立ちが国王の感情を爆発させてしまったのだ。
実際には、この怒りはすぐに治まった。軍事力を持っていたとしても、小領主では多くても千や二千程度だ。仮にそれが十家集まったところで、五十万かそれ以上となった魔物の群れと戦えるはずがない。問題は恩賞を乱発し、無用な貴族家を作り出して、領地を細分化し、しかもバンドゥ方面の国境を軽視して、そのような貴族ばかりを配置してきた代々の国王にある。
だが、この事実が何故か貴族の間に広まってしまった。何者かの意図が働いていた事は今となっては明らかだが、それを突き止めても意味はない。既に貴族は知ってしまっていたのだ。
結果として困窮した貴族家は、王国ではなく侯家を代表する有力貴族に頼る事を選んだ。恩を売る形となった有力貴族家の影響力は増し、それに比例して王家の求心力は失われる事になる。
国外では周辺国、国内では貴族家への影響力を弱める事となった王家は、今も苦境の中にある。それでもグランフラム王国全体として見れば、四年という月日は国力を回復させるに充分な時間であった。
しばらく開催を控えていた国王主催の舞踏会が開催される程に。
ほぼ五年ぶりとなる王国舞踏会。開催を待ちわびていた貴族家の夫人、令嬢たちは、ここぞとばかりに着飾っていて、その華やかさは、復興を実感させるという点では良いものだ。
正面の玉座には国王と王妃が並び、その横の一段下がった場所にアーノルド王太子が座っている。正室が居ない以上はこういう場でのパートナー役はシャルロットが務めるべきなのだが、本人は頑なにそれを拒否し、隣に座るどころか舞踏会に出席もしていない。
そんな玉座の周囲には多くの貴族たちが集っているが、前回とは少し様子が変わった事がある。
三侯爵が近寄らないこと。そして、それに遠慮して侯家の従属貴族も動こうとしない事だ。王家と三侯家の確執がここまではっきりと表に出る場面は、これまで一度もなかった。華やかな宴の中で、この事態に不安を抱いている者は少なくない。
今、玉座の周囲を囲んでいるのは、三侯家の影響下にない有力貴族。野心を持つ者にとっては、この状況は三侯家に成り代われるかもしれない絶好の機会。国王の歓心を買おうと必死だ。
「……内輪で争っている場合ではないだろうに」
周囲の様子を嘆いて、アーノルド王太子がポツリと呟いた。アーノルド王太子の言う通り、内輪で揉めている場合ではない。国外の脅威も決して無視出来る状況ではないのだ。
「メリカ王国に何か動きがありましたか?」
呟きに応えたのはキールだ。キールもこの舞踏会に招待されていた。
キールの今の立場は、バンドゥ領主であるアーノルド王太子の代官。男爵位も授けられている。男爵位のほうは魔人討伐における活躍に対する報奨で、代官の地位は他に適任者が居ないからだ。バンドゥの領民の王国に対する不審は根強い。中央から誰が来ても言う事など聞きはしないだろう。それがたとえ、アーノルド王太子自身であっても。
バンドゥの事はバンドゥの者に任せるしかない、と王国は考えた。そうなると適任者はキールしか居ない。他の党首は皆、亡くなっているのだ。白と黒は残っていても二人は表に出ていない。本人たちも陰の存在で居る事を望んでいる。
結果、キールは王国からの任命を受けた。自分たちが生まれ育った土地は自分たちで良くするのが当たり前。かつてリオンに言われた言葉をキールは忘れていない。
「……我が国に対する動きはない」
「その言い方ですと、他の事はあるのですか?」
「かなりの数の軍勢が北部から消えた気配がある。だが、その軍勢がどこに向かったかは掴めていない」
諜報部については、未だに組織として十分に回復していない。全員の素性を調べようにも、その全員を把握している者が誰も居なかった。恐らくはその全てを握っていたはずの諜報部長であった魔人ゴランは、何も情報を残さなかったのだ。信用出来るかどうか以前に、かなりの数の間者との繋がりが切れてしまっているのだが、それがどれだけかも王国は把握出来ていない状態だ。
「……魔物討伐の可能性はないのですか?」
魔人や魔神を倒したからといって、魔物が死んだり、消え去ったりした訳ではなかった。逆に束縛から解放された魔物は自由に移動して、大陸のあちこちに住み着くようになった。グランフラム王国の魔神討伐によって、逆に魔物の被害は他国にも広がったのだ。
今の魔物は積極的に村や街を襲うことはしない。それでも、これまでの魔獣に比べれば、事が起きた時の被害は大きく、各国は自国に住み着いてしまった魔物の討伐に追われていた。
「数が多すぎる。今度はメリカ王国が魔人と戦っているのかと思うほどだ」
「さすがにそれはないですか。そうなると……どこかで戦争を?」
「恐らくは。我が国の脅威が回復しないうちに、メリカ王国は周辺国の制圧に動いているというのが、上層部の見解だ」
「……それが終わればですか」
メリカ王国の考えは明らかだ。グランフラム王国との決戦の前に、他の脅威を取り除いておくつもりなのだ。グランフラム王国と全面戦争となれば、たとえ勝ったとしても被害は甚大になる。そこを第三国に突かれるような事態になれば元も子もない。
グランフラム王国との戦いは大陸の覇権をかけた最後の戦いにするべきで、そうであるから外交で強気に出ながらも、メリカ王国は休戦を選択したのだ。
だがグランフラム王国は一つ見落としている事がある。メリカ王国がグランフラム王国への備えを薄くしてまで、戦わなくてはならない国がどこにあるのかという事だ。
分かっても分からなくても、現時点ではグランフラム王国に直接の関係はないので気にしていないだけかもしれないが。
「バンドゥの様子はどうだ?」
「順調です。商人の流れもそのままですし、それに安心する事なく色々とやっています」
さすがに魔神との戦いの直後は近づく者もいなくなったカマークだが、やがて商人の流れが戻ってきた。元のように南部に流れる事にはならなかったのだ。
オクス王国との関税撤廃が変わらず維持されている事、そうであれば楽しみのあるカマークに寄りたいという欲求や、メリカ王国に表向きグランフラム王国と交易していると知られたくない為の迂回路としての利用等など、理由は様々だ。
「大したものだな。あの状況からよく立ち直ったものだ」
「バンドゥの者たちにとって、荒廃からの復興は二度目です。皆が何をすれば良いか分かっておりましたので」
「……そうだな」
その最初の復興を成し遂げたのはリオンだ。そのリオンによって、バンドゥの領民たちが教わったのは復興の方法ではなく、頑張れば出来るという諦めない気持ちだ。これがあれば、どんな状況でも対応出来る。
「何か手掛かりは得られたのか?」
何のとは周囲を気にしてアーノルド王太子は口にしないが、リオンの事だ。リオンが生きているかもしれない。この情報を得たアーノルド王太子は、その行方を探していた。
「かなり遠くまで足を伸ばしているようなのですが全く。それに……」
何かを言い掛けたのだが、キールはそのまま口を閉ざす。
「何かあるのか?」
「……相手が相手ですから。簡単ではないかと」
リオンの捜索に動いているのは黒の党だ。命令は現領主であるアーノルド王太子から出ているが、それに従って黒の党が動いているとはキールには思えない。恐らくは、黒の党は自らの意思で自分たちの忠誠を向ける唯一の相手であるリオンを探している。たとえ見つけていても、リオンが話すなと言えば秘密にしておくだろう。
この考えはアーノルド王太子には、はっきりと言い辛い事だ。
「そうだな。諦めずに、じっくりと取り組むしかないか」
「はい。あとは領軍ですが、数の方は何とか揃いました」
「その言い方だと質はまだまだか」
「志願兵の中には徴兵経験もない者がいます。それに騎馬の技術を会得するだけでも、三年は短いかと」
「そうか……」
バンドゥ領軍は、三年前からアーノルド王太子の命令で、その数を増やしてきた。失われた王威を取り戻すには力が必要だと、アーノルド王太子なりに考えた結果だ。
バンドゥの地で兵を養い、技量が上がったところで近衛に組み込む。リオンにとってのバンドゥ軍のように、自らの手足となる精鋭部隊をアーノルド王太子は求めていた。その為にバンドゥ領軍の数を大幅に増やしてきたのだが、事はそう簡単に上手くいくものではない。
厳しい鍛錬を繰り返してきても、子供の頃から武芸に親しんでいたバンドゥ党のようにはいかない。まして、その先の近衛騎士は多くが世襲で、子供の頃から武人として鍛えられている。それに追い付くことは容易ではない。
それでもアーノルド王太子は領軍の強化を続けてきた。実際には自分が直率する部隊としてはバンドゥ四党を中核とした部隊だけで満足している。新たに募集した兵は、その精鋭部隊を領地から動かした場合の防衛を任せる為なのだ。
何故、アーノルド王太子がここまで軍事力の強化に熱心かというと、守らなければならない者が居るからだ。
「いつバンドゥに?」
「……まだ具体的な事は決まっていない。困ったことに母上がな」
アーノルド王太子がいつバンドゥに行くかの話ではない。エアリエルとその子供の話だ。
「そうですか。気持ちは分からなくはありませんが」
王妃にとっては初孫になる。それも自分が不幸にした、と王妃は思っている、リオンの子供だ。手放すことなどしたくない。
「そうであっても、一日でも早く王都を離れたほうが良いと俺は思っている」
「……では陛下にお願いして」
「その陛下が問題なのだ」
「えっ?」
「……王威は大いに衰えている。それに反して、三侯家の勢いは益々増している」
やや声のトーンを落として、アーノルド王太子は話し始めた。周囲に聞かせて良い話ではないのだ。それを察して、後ろに控えていた近衛のランバートが前に出て来て、人が近づかないように牽制している。内緒話をしているのは明らかになるが、話を聞かれるよりはマシという判断だ。
「今、陛下に侯家の申し入れを跳ね除け続ける力はない」
「……何を申し入れてきているのですか?」
「一つにはシャルロットの事。ファティラース侯家から又、正妃にしろと言う話が来ている。その事自体に問題はないのだが……」
シャルロットの地位を正妃に変えることに、アーノルド王太子も異存はない。未だに形だけの関係だが、四年も一緒に居るのだ。シャルロットの年齢の事を考えても、ケジメをつけるべきだとアーノルド王太子は考えている。
だが、問題はエアリエルの子供。シャルロットの子供という事になっているので、シャルロットが正妃になれば、城を出ることなど出来なくなる。それをシャルロットもエアリエルも許すはずがない。
「……陛下も分かっているはずではないのですか?」
「ファティラース侯家との関係を改善出来る。それ以上の関係も期待出来るかもしれない」
王家が孤立しているような苦しい状況に耐えられず、国王は政略を優先しようとしている。施政者としては間違ってはない。だが、それに子供を巻き込むような真似はアーノルド王太子も納得出来ない。そもそもリオンを王族だと認めていれば、こんな事にはならなかったのだ。
「止められないのですか?」
「シャルロット自身が強硬に反対する事で何とか押さえている状況だ。つまり、陛下はこの件に関しては敵だ」
「それは……」
王太子とはいえ、さすがに国王を敵呼ばわりは問題だ。ましてアーノルド王太子はもう子供ではない。跡継ぎであっても、臣下としてのケジメを求められる立場なのだ。
「シャルロットの件だけではないのだ。ウィンヒール侯家に対しても、陛下は要求を受け入れかねない状況だ」
「それはまさか?」
ウィンヒール侯爵が要求してくるとすれば、それはエアリエルしか考えられない。
「ウィンヒール侯家に戻せば、侯爵の忠誠が取り戻せる。二侯家の支持を取り付けられれば一安心という事なのだろう」
「そこまで追い詰められているのですか?」
何に追い詰められているのは、三から二を引けば分かる。
「……詳細は俺も聞かされていない。だが陛下が危機感を覚えるような何かがあるのだろう」
「そうですか」
「とにかく耳に入る噂は悪いものばかりだ。特に俺を苛立たせるのが……」
「苛立たせる?」
「あの女だ」
アーノルド王太子の視線の先には多くの女性に囲まれて、嬉しそうに会話をしている女性の姿があった。誰もが振り返る程の美形。布の少ない、すっきりとしたドレスを着ているおかげでスタイルの良さもよく分かる。
間違いなくこの会場の中で一番の美女といえるその女性は、アーノルド王太子が久しぶりに見るマリアだった。
◇◇◇
多くの取り巻きに囲まれて、マリアは実に楽しげだ。取り巻きといっても学院時代のように男たちを侍らせている訳ではない。マリアを取り囲んでいるのは、マリアと似た装いに身を包んだ貴族夫人や令嬢たちだ。
「まあ、マリアさん。又、素敵な宝飾品を手に入れたのね? よく似合っているわ」
やや大袈裟に褒め言葉を口にしているのはサイモン伯爵夫人で、社交界では審美眼がある事で有名な女性だ。
「ありがとうございます。サイモン伯爵夫人に褒めていただけるなんて、作らせた甲斐があったわ」
サイモン伯爵夫人に褒められてマリアも満足そうだ。
「これも異世界の流行りなのかしら?」
「ええ。異世界で有名な宝飾職人のデザインを真似てみたの。自分でも良く再現できたと感心している自身作ですわ」
「そう。一見奇抜なように見えるけど、繊細な細工がとても洗練されていて上品だわ。異世界はやはり随分と文化が進んでいるわね?」
「どうかしら? 一定周期で流行り廃りが繰り返すというから、今はこの世界にあるような宝飾品が流行っているかもしれないわ」
「まあ、そうなの?」
「でも、少しずつ変わりながらなので、古さを感じさせる事はないと思いますわ」
暗にこの世界の宝飾品のデザインは古いと言っているようなものだ。
「そうね。マリアさんの宝飾品を見ると、悔しいけど事実だと分かるわ。この世界の職人では決して考えつかない独特な感性がマリアさんの宝飾品からは感じるわ」
サイモン伯爵夫人はマリアの話に同意を示す。これでマリアに文句を言える者は居なくなった。目利きにおいてサイモン伯爵夫人には、それだけの信用があるのだ。
「サイモン伯爵夫人がここまで褒めるなら私も欲しいわ」
これを言ってきたのはオークリー子爵家の令嬢、シェリーだ。
「全く同じ物はないですけど、似たデザインのを幾つか作ってありますわ」
「まあ、それは嬉しいわ。じゃあ、こうしましょう。皆で買いません? 全く同じではあれですけど、少しずつ違う形の宝飾品を全員で揃えるのって何だか素敵だわ」
「それ良いかも。私も乗るわ」
シェリーの提案に別の令嬢が同意を示す。そして又、別の令嬢も。こうなると仲間はずれになるのが嫌で、次々と自分もと言ってくる事になる。
「……あ、あの、私は今回は」
中には躊躇する者も居るのだが。
「あら? 貴女、私と同じものを身につけるのが嫌なの?」
こんなキツイ台詞を言われることになる。
「で、でも、この間、買ったばかりで」
恥ずかしくて、はっきりとは口には出来ないがお金がないのだ。だがこれを言っても。
「大丈夫よ。私からお願いしておくわ。だから心配しないで」
マリアがこんな事を言ってくる。何を心配しないでなのかこれでは分からないのだが、断りづらい雰囲気にはなる。
「じゃあ、決まりだわ。届くのが楽しみだわ」
更に社交界カースト上位者からのダメ押し。これでもう断る機会は失われる。無理をして買わされる者にとっては、ほとんど虐めに会っているようなものだ。しかもただの虐めではない。この積み重ねで背負う借金は驚くほどの金額になるのだ。
「では直ぐに用意させるわ。次回、会う時には間に合うように」
そして次回には又、マリアは新しい宝飾品かドレスを用意してくる。全員でお揃いになる事などない。こういう事をマリアは様々な社交の場で行っている。
これは決して、せこい小遣い稼ぎではない。マリアはもっと大きな事を考えているのだ。
「……久しぶりにお会いするから、ご挨拶をして来ようかしら?」
一段落ついたところで、ようやくマリアは睨むように自分を見ているアーノルド王太子に気がついた。元々話をしたかったのだ。
アーノルド王太子に会うのは四年ぶり、そして次はいつ会えるか分からない。この機会を逃すつもりはマリアにはない。