月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #129 踏み出された一歩

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 ゼクソン王国の王城。その城内の謁見の間に文武の重臣が居並んでいる。玉座に座るのはヴィクトリア。本来の玉座の主であるヴィクトルは、そのヴィクトリアの腕の中だ。
 銀色の髪は両親譲り。まだ幼くありながら思慮深さを感じさせる、その瞳は父親似だと、グレンを知る人は皆、思う。
 その思慮深げな瞳がジッと見つめているのは、玉座の前に進み出てくる人物。それが誰かなどヴィクトルは分かっていないはずだ。まだ幼いからという理由ではあるが、そうでなくてもヴィクトルは、シュナイダーに会ったことがないのだ。
 玉座から少し距離を取って、立ち止まるシュナイダー。何も言わずに、その場に跪いて、頭を垂れた。
 しばしの静寂。それを破ったのはヴィクトリアだ。

「……戻りましたか」

 このヴィクトリアの言葉を受けて、周囲がざわめく。シュナイダーは反乱を起こして、追放された身。「戻ったか」は、反逆者に向けての言葉としては本来、相応しくない。

「……お許しが得られるのであれば」

 シュナイダーは許しを求めた。まだ帰還が叶ったわけではないと、シュナイダーのほうから示したのだ。

「許されるはずはありません。お前はまだ、償いに値することを何もしていないのですから」

 これも拒絶ではない。ヴィクトリアはこれからの貢献で、罪を許すと言っているのだから。

「……確かに。では、私に償いの機会を頂けますでしょうか?」

「それを与えたとして、お前は何をするつもりですか?」

 ここでヴィクトリアは遠回りをした。焦らしているわけではない。シュナイダーに覚悟を語らせようとしているのだ。

「陛下をお守りします」

「それは何から?」

「……あらゆる存在から、ヴィクトル様のゼクソン王としての立場をお守りする為、だったのですが、ここに来て、少し変わったようです」

 ゼクソン王国の王はヴィクトル。自分を敵に回してもヴィクトルを国王として支えろとシュナイダーはグレンから言われていた。ルート王国での滞在は、それを果たせる力を得る為の勉強の時間だと。
 だが今、シュナイダーが果たそうとしている使命は、それとは違う。

「どう変わったのですか?」

「陛下をお守りすることに変わりはありません。しかし、ゼクソン王国の為だけに、それを行うのではございません」

「我が国の為だけではない。では他に何があるのです?」

 答えが分かっている問い。それをヴィクトリアは発した。

「我が忠誠は、ゼクソン王国ヴィクトル陛下だけでなく、この旗の下にあります」

 こう言って、シュナイダーは持ってきていた包みを解いて、中にあった旗を広げてみせた。黒地に銀糸で刺繍された狼。その後ろには蔦が絡まる二本の剣が描かれている。

「……なるほど。こういう出来ですか」

 この旗を見るのはヴィクトリアも初めて。ルート王国を訪れた時に作ることは決めていたが、デザインは任せっきりだったのだ。

「ルート帝国皇太子ヴィクトル様! 我、ハインツ・シュナイダーに今一度、ゼクソン王国で働くことをお許し下さい!」

 どよめきが謁見室に広がった。ルート王国が帝国を名乗り、ゼクソン王国がその傘下に入ることについては、ここにいる重臣たちも当然、聞かされていた。だが、ヴィクトルが皇太子となることは今、初めて知ったのだ。

「……皇太子だと?」

 そして初めて知ったのはヴィクトリアも同じだった。

「はっ。ヴィクトル様をルート帝国の皇太子に定めるとのことです」

「それは駄目だ!」

「皇妃殿下。お言葉使いが戻っております」

 ヴィクトリアの口調が男性のそれに戻っていることを指摘するシュナイダー。動揺しているヴィクトリアに比べて、シュナイダーの心には余裕がある。それはそうだ。全てを知っていたのはシュナイダーだけ。わざと驚かせたのだから。

「そんなことは今は良い! ヴィクトルを皇太子にするなど、あってはならない!」

「皇后陛下がお決めになったことです」

「そんなことは分かっている。だが、ソフィア様の優しさに甘えるわけにはいかない」

 ソフィアの了承なしに、こんなことが決められるはずがない。そしてソフィアであれば、こういう決断をしてしまうだろうということもヴィクトリアは分かっている。

「そうお思いになるのであれば、将来の皇帝の母であるなどと驕ることなく、皇后陛下に真摯にお仕えすれば良いのではありませんか?」

「もちろんだ。しかし、今後、ソフィア様に男の子が生まれたらどうする?」

「そうなったとしても長兄であるヴィクトル様が皇太子であることに変わりはありません。皇妃殿下、これは当たり前のことであり、それを乱すことこそ、帝国の為になりません」

「それは……確かにそうだが」

 母親の出自に余程の問題がない限り、長兄が後を継ぐのは普通のこと。正妃から生まれた男子しか皇太子、もしくは王太子になれないなどという決め事こそ、特別なことだ。

「そのような余計な気遣いよりも、皇妃殿下は考えなければならないことがございます」

「……考えなければならないこと? それは何だ?」

「もう一人、男子をお生みください。ヴィクトル様がルート帝国の皇帝になった時に、ゼクソン国王を継ぐ男子がいないのでは困ります」

「お、お前……」

 シュナイダーの言葉に顔を赤らめるヴィクトリア。その二人の様子を見ている重臣たちは驚きだ。真面目一辺倒だったシュナイダーが、こんな風にヴィクトリアをからかうところなど、これまで一度も見たことがなかったのだ。

「これも成長というのかな?」

 そんな皆の思いを、ランガー将軍が代表して口にした。

「成長というより、染まったのだと思う。皇帝陛下の性格に」

 そのランガー将軍の問いに、笑みを浮かべてシュナイダーは答えた。

「持ち帰ってきたのは、その性格だけではないだろうね?」

「もちろん。ルート帝国の軍制は教わっていると思いますが、実際に鍛錬している様子を見ているのは私だけですから。ゼクソン王国軍に甘いところがあれば、遠慮なく指摘させてもらいます」

「望むところだ……カールとホルストは?」

 シュナイダーと共に当時のルート王国に追放された二人。その二人が何をしているかランガー将軍は気になる。

「あの二人は今、傭兵です」

「……少し羨ましいね」

 傭兵をやっているということは、グレンと共に行動しているということ。それは羨む気持ちが湧いてしまう。

「いつか共に戦えます。本当はそんな日は来ないほうが良いのかもしれませんが」

 帝国を名乗るのはウェヌス王国との戦いを覚悟してのこと。戦争など起こらないほうが良いのだが、必要があれば躊躇うことなく、それを行うしかない。そして必要は生まれるとシュナイダーは考えている。

「……忙しくなりそうだ。暇していたつもりはなかったけどね」

 

「うぉおおおおおっ!!」

 突如、謁見室に雄叫びが響き渡る。ゲイラー将軍の声だ。

「ここで気合い?」

「腑抜けな鍛錬を行っていたつもりはないが、やはり具体的な目標が出来ると気合いが入る。戦争なんてないほうが良いなんて、俺は言わない。戦うことが俺の仕事だからな」

「それは私も同じ。軍部だけでなく、文官の皆さんも忙しくなります。ウェヌス王国と正面から戦える国力を持たなければならないのですから」

「……代行を降りても、あの方は楽をさせてくれんな。まあ、分かっていたことだ」

 文官を代表してゲルハルト・ライプニツが愚痴を言う。愚痴といっても、それを言うライプニツの顔は嬉しそうだが。

「アシュラム王国に負けないように頑張って下さい」

「アシュラム? どうしてここでアシュラム王国が出てくるのだ?」

「アシュラムにも帝国から新たに人が派遣されます。軍人ではなく文官で、恐らくは優秀な人物でしょうから」

「……そうか。確かに負けられんな」

 アシュラム王国もルート帝国の傘下に入る。ゼクソン王国の属国としてではなく、ルート帝国の直下になるのだ。ゼクソン王国にとっては、アシュラム王国から見てもだが、唯一のライバル国。負けるわけにはいかないという思いが、ゼクソン王国の人々の心に広がっていった。

 

◆◆◆

 ほぼ同時期に、アシュラム王国も帝国から人を迎えていた。シュナイダーがゼクソン王国の人々に話した人物だ。
 その人物を迎えたアシュラム王国の人たちは、ひどく戸惑っている。現れた人物をどう扱えば良いのか分からないのだ。

「……もう一度、聞く。貴方は確かに皇帝陛下の命で、我が国に?」

 玉座に座るウォーレン王が、戸惑いながら再度、問い直した。

「はい。皇帝陛下からの書状に記されているはずですが。それだけではお疑いになるのも当然と、こうして帝国宰相にも同行して頂いております」

「……このようなことを聞くのは失礼だと分かっておりますが、貴方は本当にルート帝国の宰相なのですか?」

 ウォーレン王はペリウィンクル宰相に会ったことがない。帝国宰相だと言われても、真実か分からない。

「お疑いになるのも当然です。もっと良い人選をしてくれば良かったのですが、ウォーレン王と面識のある者が動けませんで。これについては申し訳なく思います」

 ウォーレン王が顔を知るのはグレン。そしてウェヌス王国との戦いの時に、グレンに同行してきたルート王国軍の部隊長たちだ。その誰もが、今回同行出来ていない。

「……では、貴国の兵と顔なじみの者が戻ってくるまで、もう少しお待ち下さい」

 部隊長はいなくても戦争に参加した兵士はいる。兵士といっても、ルート帝国では身分として騎士と兵士の区別がない。役職としてはそれなりの立場にある兵士なので、アシュラム王国の騎士と面識があるのだ。

「それでは皆さんの時間が勿体ない。話だけは進めませんか?」

「……そうですね。ただ待っているだけの時間は無駄ですね」

 万が一身分を偽っていたとしても、どうせただ待っているだけの時間だ。話を聞いても無駄にならないと考えて、ウォーレン王は同意した。

「貴国の弱点は策略に長けた人物がいないこと。これは皇帝陛下からの書状に記されているはずですので、ご気分を悪くされないで頂きたい」

「ええ。書状に書かれていなくても自覚しています」

 その弱点を銀鷹傭兵団に突かれて、アシュラム王国は危機に陥った。その窮地を救ったのが、グレンの策謀だ。ウォーレン王に指摘を否定する気持ちは全くない。

「その弱点を補う人物として、この者をお使いになって頂きたい。もちろん、それ以外の領域についても任せて構いません。能力は間違いなくあるはずです」

「……それはそうでしょう。なんといっても大国ウェヌスの宰相であった人物ですから」

 ルート王国が送り込んできたのは、アルビン・ランカスター。元ウェヌス王国宰相だ。能力は間違いない。

「それに貴国を陥れたランカスター侯爵家の一人でもある。謀略についてもそれなりの知識はあるでしょう」

「……毒をもって毒を制す、ということですか?」

「毒か薬かは使い方次第だと思います。少なくとも当人は、毒になるつもりはない、はずですが?」

 ペリウィンクル宰相は視線をアルビンに向ける。自分でも疑いを晴らす努力をしろ、という意味を込めて。

「もちろん。今の私がアシュラム王国を嵌めて、何の意味があるというのですか?」

 アルビンにはアシュラム王国に謀略を仕掛ける動機がない。絶対とは言わない。アシュラム王国の簒奪を企てる可能性は、完全には否定出来ない。だが、それに対して何の備えもなく、アルビンをアシュラム王国に送るはずがない。

「それに、あの皇帝陛下が私を野放しにするはずがない。違いますか?」

「その通り。変な動きをすれば、思っている結果になる」

「そういうことです。それに、私にはウェヌス王国と戦う動機があります。これについて詳細の説明が必要ですか?」

「……いえ、不要です」

 アルビンの父と兄は、ウェヌス王国で処刑された。ウォーレン王の立場では、自業自得だという思いがあるが、それでもアルビンがウェヌス王国に恨みを持っていることは、疑う必要はないと思える。

「逆にこちらから陛下にお聞きしたい」

「おい?」

 ウォーレン王に質問しようとするアルビンを、ペリウィンクル宰相は留めようと声をあげた。

「無礼は承知の上です。それでもここは、お互いの考えをはっきりと確認しておくべきだと思います。互いに疑いの気持ちを持ったままでは、物事は上手く行きません」

「……確かにそうだが」

 アルビンの説明にも一理ある。彼の能力を十分に発揮させるには、アシュラム王国の人々の理解が必要だ。

「構いません。何を聞きたいのですか?」

 ウォーレン王が許可を出す。アルビンの説明に納得してというよりは、もともとウォーレン王には、質問を投げられることへの不快感はないのだ。

「少々失礼なことを聞くことになりますが、ご容赦ください」

「……どうぞ」

「では。陛下は、そして貴国は、本気でウェヌス王国と戦う覚悟がおありなのでしょうか?」

「なっ!?」「無礼な!」「ふざけたことを聞くな!」

 自分たちの覚悟を疑うアルビンの問いに、周囲の臣下たちが反応した。もともとアルビンに対して、良い感情を持っていない彼等だ。こうなるのも当然。

「失礼なことをお聞きすると、お断りを入れたはずです」

 周囲の怒声にもアルビンは涼しい顔。それが更に人々の感情を逆なでするのだが。

「ええ。問題ありません」

 ウォーレン王は苦笑い。アルビンの問いに気分を害した様子はない。

「……お答えを頂けますか?」

 そのウォーレン王の態度に少し戸惑った様子を見せながらも、アルビンは問いの答えを求めた。

「戦う覚悟はあります、が答えですが、これでは納得しないでしょう。納得いく答えを返すには、問いの理由を聞かせてもらう必要があります」

「……確かに。理由は簡単です。私には、ウェヌス王国と戦うことに勝算があるとは思えません。陛下には私の見えない何かが見えているのかもしれませんが、そうでなければ、勝ち目のない戦いに挑むことになります」

「なるほど。勝ち目はありませんか……」

 アルビンの言葉に考える素振りを見せるウォーレン王。その様子を見てアルビンは、ウォーレン王にも勝算があるわけではないのだと判断した。

「負ければ国は滅びます。エドワード王は、皇帝陛下のように甘い人物ではないでしょう」

「……エドワード王がどのような人物か、私は知りません。ですが、あの方以上に恐ろしい人物でしょうか?」

「恐ろしい?」

 『あの方』がグレンを指しているのは間違いない。だがアルビンは、ウォーレン王の口からグレンに対して、恐ろしいという表現が出てくるとは思っていなかった。

「敵であったはずの貴方が、皇帝陛下の恐ろしさを知らないのですか?」

「……いえ、知っているつもりです」

 落ちこぼれ小隊の隊長であったグレンが、しかも敵国の捕虜となり、全ての力を失ったはずのグレンが、ウェヌス王国の貴族家で最も力があるといえたランカスター侯爵家の長年の野望を打ち砕いた。
 まさかのことを為したグレンを敵として恐ろしく思う気持ちは、アルビンにも当然ある。だが、ウォーレン王はグレンの敵ではないはずだ。

「私、そしてアシュラム王国は、皇帝陛下に返しきれないご恩があります。敵がどのような相手であろうと味方して当然」

「それは……そうでしょう」

 グレンがいなければウォーレン王は殺され、アシュラム王国は滅びていた。それを防いでくれたグレンに、たとえ国の存亡を賭けることになろうと味方しようという気持ちは、アルビンにも分かる。国を治める者としては、甘い考えだと思いながらも。

「ですが、それ以上に私は皇帝陛下の敵に回るのが恐ろしい。そんな決断をしては、その瞬間にアシュラム王国は滅びる。そう思ってしまうのです」

「…………」

 ウォーレン王の言うとおりかもしれない。そう思ってしまうアルビンも、やはりグレンの恐ろしさは理解しているのだ。

「皇帝陛下は、グレン様は私にとって憧れの存在ではありますが、それと同時に強い畏れを抱く相手でもあるのです。そのような存在に、どうして逆らうことが出来るでしょう?」

「……だから帝国の傘下に入り、ウェヌス王国と戦うわけですか」

「やはり、貴方は分かっていないようだ」

 笑みを浮かべて、これを言うウォーレン王。

「私が何を分かっていないと言うのですか?」

 王とはいえ、かなり年下のウォーレン王に馬鹿にされた気がして、少しアルビンは不満そうな口調で問い掛けた。

「倒す相手はウェヌス王国だけではありません。その先も戦いは続くはずです」

「……ウエストミンシア王国とも戦うと?」

「必然的にそうなるのではありませんか? いえ、違いますか。そうなることを我々は求めているのです。当然、勝利も」

 ウェヌス王国に対抗する為。それだけがルート帝国への臣従の理由ではない。ゼクソン王国もアシュラム王国も求めているのだ。ルート帝国による、グレンによる大陸制覇を。

「……確かに、私は分かっていなかったようです。帝国は必ずしも皇帝陛下の意向だけで動いているわけではないことを」

 ルート帝国の、その傘下国の行動は全てグレンの意思によるもの。そうアルビンは考えていた。だが、ウォーレン王の話で、そうではないと知った。グレンが大陸制覇など目指していないことをアルビンは、その言動から感じていたのだ。

「なかなか本人がその気になってくれなくて。王権を全て放棄した時は、どうなることかと思いましたが、そこは女性たちが上手くやってくれたようです。さすがは皇帝陛下の御心を掴まれた方々というところでしょうか?」

「……貴方様もなかなか、ということでしょうか?」

「それは褒めているのですか?」

「もちろんです」

 年若い未熟な王。アルビンはウォーレン王をそう思っていたが、それは思い違いだったと気が付いた。ウォーレン王は実際に若い。だが経験はなくても、賢王となる資質がある。
 但し、その資質を伸ばせるかどうかは、本人だけでなく周囲の働きも必要だとも思う。

「では、もう良いかな? 無駄話はこれくらいにして、これからのことを話したいのだけど」

「はっ。なんなりとお尋ね下さい。私の持てる全てをもって、お求めに応えられるように努めます」

 父と兄の敵討ち。それがアルビンの目的だ。だがそのついでに、賢王の資質がある王の支えになるのも悪くない。そう思った。
 ジョシュアに対して行うべきだったそれを、このアシュラム王国でやり直すのも悪くないと。

「ありがとう。よろしく頼むよ」

 この二人のやりとりを見て、ペリウィンクル宰相は安堵半分、不安半分といったところだ。なんとかアルビンは受け入れられた。アルビンのほうもウォーレン王に仕えることに納得した様子だ。それは良い。だがウォーレン王が感じさせる賢王としての資質は、将来の争乱の種とならないか。ヴィクトル皇太子は、彼を凌ぐだけの才能を持ち、それを育てることが出来るのか。そんなことを考えてしまう。

(……心配するだけ無駄。陛下であれば、だったらウォーレン王を皇帝にすれば良いと軽く言うだろうな。それにまだまだ気が早い。事はまだ始まってもいないのだ)

◇◇◇

 それぞれの国が、それぞれの始まりの時を迎えている頃。それを統べるはずの皇帝陛下は、そのような身分には全く見えないごく普通の、そう見えるだけで実際はそれなりの代物だが、軽鎧に身を固めて、騎乗の人となっていた。
 そのグレンに従うのは千騎ほどの騎馬隊。銀狼傭兵団を名乗る集団だ。

「陛下。そろそろ峠を越えます」

 先頭を進んでいるグレンに、すぐ後ろに続いているカール・イェーガーが話しかけてきた。

「間違えるな。俺は陛下じゃなくて、団長」

 そのイェーガーに、グレンは不満そうな声で返事をする。

「往生際が悪い。皇帝の座に就くことは受け入れられたではありませんか」

「あのさ。あの三人に結託されて、俺が逆らえると思うか?」

 皇帝の座など、グレンは望んでいなかった。全ての王権を放棄したのも、一時的な方便のつもりはなく、事が済んでもそのままのつもりだったのだ。
 そのグレンが皇帝の地位に就いたのは、ソフィア、ヴィクトリア、そしてマリアの三人に説得されたから。帝国を構成する利点を説かれたかと思えば、自分たちを捨てる気かと感情的に責められ、とにかくあらゆる手段を使われて説得され続け、最終的に受け入れざるを得なくなった。

「そうなると、ルート帝国の最高意思決定機関は、皇妃会議というわけですか」

「ああ。その通り。あの三人には勝てない」

 一対一の議論であれば、グレンにも勝てる自信はある。だが三人三様の性格や考え方を持つ彼女らを同時に相手にしては、説得は難しかった。
 論理的に説得しようとすれば、誰かが感情的になって邪魔をする。そうであればと、感情面から説得しようと試みても、同時にそれに成功することは困難。一人が落ちそうになれば他の二人が邪魔をして、上手くいかなかった。

「……今は良いですが、先々、面倒なことになりそうですね」

「それは大丈夫だと思う。彼女たちに国政をどうこうしようなんて考えはないはずだ」

「いえ、そうではなく。今は良いですが、この先、四人になっては二対二で意見が割れることも出てくるでしょう」

「……どこでそういうの覚えた?」

 イェーガーは四人になることが、もう決まっているように話している。四人目が誰を想定しているかといえば、フローラ以外に考えられない。自分をからかっているのだ、とグレン本人は思ったのだが。

「割り切れる数では不都合ですから、もう一人増やさないとですか。モンタナ王国に良い女性がいれば良いのですが」

 イェーガーは真面目に考えているようだ。グレンにとっては、もっと質が悪いが。

「あのさ……」

「ああ、見えてきました」

「何が……ん?」

 何が見えるのかと、先に視線を向けたグレンの目に映ったのは、街道の脇に並ぶ騎乗の二人。こんな場所で誰かと合流する予定はない、はずだった。
 だがイェーガーには心当たりがある。「見えてきた」という言葉はそういうことだ。

「……まさか?」

 近づくにつれて、グレンはその二人に見覚えがあることに気付いた。この場にいるはずのない二人だ。
 馬を駆けさせて、その場に急ぐグレン。そこにいたのは案の定、思っていた二人だった。

「お久しぶりです、団長。あっ、皇帝陛下と呼ぶべきでしたか?」

 先に団長とグレンを呼んだ人物。それはジャスティンだった。

「ようやく再会出来ました。また、よろしくお願いします」

 その隣に並んでいたダニエルも、グレンに挨拶を告げてきた。

「また……どういうつもりだ?」

 ウェヌス王国に戻った二人が、どうしてこの場にいるのか。ダニエルの「また、よろしく」という言葉で事情は分かっているのだが、あえてグレンはそれを尋ねる。

「ウェヌス王国を抜けました。行く場所は団長の所しかないので、よろしくお願いします」

「……アンナだったら、いつでも戻れる。王都を避ければ、二人で住める場所はあるはずだ」

「そうされても困ります。自分だけでなく家族も、姉と嫁ぎ先の家族まで、ルート帝国にもう到着している頃ですので」

「はい?」

 ジャスティンだけでなく、姉の嫁ぎ先を含めた家族全員での亡命。家族に危害が及ぶのを避けようと考えれば、そういう行動にもなると思うが、それを決断した家族にグレンは驚いた。

「姉が説得しました。あの姉ですから、誰も逆らえません」

「……俺の知る女の人ってどうして、そうかな?」

「えっ? 何がですか?」

「なんでもない。ジャスティンのところは分かった。でもダニエルは?」

 ジャスティンの家には、家族全員を説得出来る姉がいた。それは分かったが、そんな家族の存在を聞いたことがないダニエルの家はどうなのか。

「自分のところも全員で亡命させて頂きます」

「よく説得出来たな?」

 祖国を捨てて、辺境の小国に亡命する。そんな決断が、ただ息子がそうしたいというだけで、普通は出来るはずがない。ジャスティンの姉は普通ではないのだ。

「……すみません。機密を漏らしてしまいました」

「機密って……さてはジョシュア様の件か?」

「はい。それしか説得材料が思い付かなくて」

 正統な王がルート帝国にいる。ウェヌス王国への忠誠心が強くても、人によっては、心は揺れる。実際にダニエルの家族は、それで決断したのだ。もちろん、他にも理由はあるのだろうが。

「……お前等、お前等の家族も馬鹿だ」

「その結論は、まだ早いのではないですか?」

 ウェヌス王国とルート帝国。どちらに仕えることが正しいかは、まだ分からない。もちろん、ジャスティンはグレンに仕えることが正しいと信じている。

「そうです。それに自分たちが馬鹿と言われるかどうかは、団長次第でもあるのです」

 それはダニエルも同じ。この機会を逃せば、グレンと共に歩むことは出来なくなる。そう考えての決断だ。

「……それでも馬鹿だ」

「馬鹿で結構。事を為そうと思えば、時には馬鹿になることも必要です。そうでないと特別な存在になんてなれません。自分たちは歴史に名を残したいのです。当然、勝者の側で」

「まったく、どいつもこいつも……」

 自分の何に期待するのか。グレン本人にはそれが分からない。分かるのは、また背負うものが増えたということ。それは自分の意思で降ろすことは許されないものであること。
 そうであれば、それを背負ったまま、前に進むしかないのだ。前に進めば、今は分からない何かが分かるかもしれない。見えていない何かが見えるかもしれない。それを信じて。

 ――大陸に新たな帝国が生まれた。帝国を名乗るには、あまりにも小さな国が。元となったルート王国の建国時と同じように、多くの国々がその事実を知らないままに。
 だがやがて大陸に暮らす人々は知ることになる。ルート帝国の存在を。そして、グレン・ルートという人物を。