月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #119 揺れ動く大国

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 勇者軍によるストーケンド襲撃。たとえトキオという独自の駐屯地を持っているとしても、多くの犠牲者を出した戦いだ。それを秘匿しておくことは出来なかった。仮に犠牲が少なくても同じこと。襲撃の情報は間者を通じて、ジョシュア国王の耳に入ることになる。
 存在を忘れ去られていた国相手であっても、他国への出兵であることは事実。それを無断で行ったことは、許されるはずがない。

「……帝国に攻め入った。これは間違いないのだな?」

 重臣会議の場では、ジョシュア国王自ら、事実関係の確認を行っている。ランカスター宰相に任せるわけにはいかないからだ。

「……多分」

 問い詰められているのは健太郎。責任者であるのだから、当然そうなる。

「多分とは何なのだ? 軍を率いていたのは大将軍であろう?」

「そうだけど……僕はそこが、その何とか帝国だなんて知らなくて」

「知らなかった? 大将軍。そんな言い訳が通じると思っているのか?」

 健太郎のいい加減な答えに、ジョシュア国王は呆れ顔だ。健太郎としては事実を語っているつもりなのだが。

「言い訳って……そう聞こえるかもしれないけど」

「大将軍は軍の最高責任者。しかも自らの軍を率いて、それを行ったのだ。責任逃れは見苦しくはないか?」

「……責任は取る」

「どんな風にとるつもりなのだ?」

 責任を取るといっても、健太郎が考えることだ。大したことではないとジョシュア国王は考えた、のだが。

「大将軍を辞任する」

「……はっ? 今、何と言った?」

 まさかの言葉に、ジョシュア国王は自分の耳を疑うことになった。それは他の会議参加者も同じだ。

「だから大将軍を辞める」

 健太郎は重ねて、辞任の意思を口にした。

「辞めてどうするつもりだ?」

「どうするって……それを決めるのは僕じゃない」

「確かに……」

 処罰は自分で決めるものではない。それは当たり前のことだ。その当たり前のことを健太郎が口に出したことに、皆が驚いている。

「希望を言って良いなら言わせてもらう。僕には剣しかない。だから、その剣を活かせる仕事を続けたい」

「本当に良いのか?」

「誰かが責任を取らなければいけない。それが出来るのは僕以外にはいない。そうだろ?」

「……その通りだな」

 まだジョシュア国王は信じられない気分だが、健太郎が自ら口にしたからには、そうしてもらうつもりだ。健太郎の存在が、軍へのランカスター公爵家の介入を許していると言っても良い状態なのだ。

「それで僕はどうすれば良い?」

「……しばらくは謹慎だな。その間に、この先の処遇を決める」

 大将軍の罷免。これは迷うことではないが、その後の処遇となると考えることが多くある。
 健太郎の言うとおり、勇者としての力は活かすべきだ。だが、悪意を持つ者たちに、その力を利用されるような立場には置けない。

「……謹慎ってどこで?」

 大将軍を辞めるのは良い。だが謹慎については、少し抵抗がある健太郎だった。

「それは自室で」

「……出かけるのはなし?」

「謹慎だからな」

「女の子……も当然なしだね?」

「謹慎にならんからな」

 部屋にこもって女の子と一日中イチャイチャしているのは謹慎ではなく、ご褒美だ。許すわけにはいかない。

「……鍛錬は? 剣を練習する為に、鍛錬場に行くのも駄目かな?」

「それは……良いのではないか? あくまでも剣の練習が目的であれば。ただし見張りはつくからな」

 鍛錬は口実の可能性があるとジョシュア国王は疑っている。そうでなくても、見張りは付けることになるが。

「かまわない。謹慎はいつから?」

「今からだ」

「分かった。じゃあ、部屋に戻る」

 席を立って、会議室を出て行く健太郎。あまりに素直なので、会議の参加者たちは狐につままれたような顔をしている。

「……さて大将軍の処遇はまた後で考えるとして、トキオの軍をどうするかだな。元帥、意見はあるか?」

 ジョシュア国王は問いをスタンレー元帥に向けた。軍に関することなので、それは当然、ではない。本来であれば、今回の一件では、スタンレー元帥も責任をとらされてもおかしくないのだ。

「トキオの軍は指揮官を替えるだけで良いのではないでしょうか?」

「そうなのか?」

「せっかく駐屯地に造り替えたトキオを、また元に戻すのは惜しいですし、費用もかかります」

「そうだな」

 それにランカスター侯爵家に返却するのも惜しい。どちらかといえば、こちらの方が本当の理由だ。

「それに兵士たちに罪を及ぼすのはおかしな話です。彼等は命令に従っただけですから」

「確かに兵たちに罪はないな」

 スタンレー元帥の意見に、すぐに同意を返すジョシュア国王。あらかじめ下打ち合わせをしていたのだから当然だ。

「問題は大将軍です。空席となったその地位に誰を置くか」

「序列でいけばどうなる?」

「ハーリー将軍とカー将軍。この二人のいずれかとなります」

「……二人ともアシュラム戦役での苦難を乗り越えて帰還し、戻ってはすぐに反乱勢力の討伐に功をあげた。どちらか一人を選ぶのは難しいな」

「では二人ともを大将軍にし、それぞれ軍をお任せになってはいかがですか?」

「良いのか?」

「もともと大将軍は一人だけに限る地位ではございません」

 ゴードン元大将軍とスタンレー元帥。二人も同時期に大将軍だった。実力も権力も、ゴードン元大将軍が上だったが。

「ふむ。それもそうだな。ではそうしよう」

「はっ」

 この瞬間にウェヌス王国軍は貴族の、ランカスター侯爵家の支配から逃れることになった。まだ多くの貴族が要職にいるが、頂点を替えてしまえば人事は思うがまま。勇者軍からも貴族勢力は一掃されることになる。

「さて、軍の措置についてはこれで良いな」

 今回の決定について異論がないか確認するジョシュア国王。
 口を開く人はいない。心の中では、不満どころか怒りを覚えているだろうランカスター宰相も黙ったままだ。ここで異議を唱えても決定を覆せないことを彼は知っている。それがまたランカスター宰相にとっては屈辱で、内心の怒りを強めている。

「続いてはエイトフォリウム帝国への対応か。どうしたものかな?」

「……無視しておけば良いのではありませんか?」

 軍のことには口を出さなかったランカスター宰相だが、これについては意見を述べてきた。外交は宰相の管轄。ここで黙っている理由はない。

「侵略しておいて、知らんぷりか? それはどうかと我は思うが?」

「今更です。我が国が帝国に何をしたか、陛下は当然ご存じのはず」

「……それはもちろん知っている」

 帝国の都を奪い、大陸の隅に追いやったのはウェヌス王国。それが今更、何を詫びるのか。ランカスター宰相はこう言っている。これには、その通りだと周囲も思う。

「そうであれば改めて、出兵を考えても良いのではないですか?」

「出兵だと?」

「エイトフォリウム帝国は我が国の軍を追い払う軍事力を持っております。それを放置しておいて、よろしいのでしょうか?」

「……問題があるというのか?」

 ランカスター宰相の逆襲。それに耐えられるか、ジョシュア国王は不安になる。

「帝国は間違いなく、我が国を恨んでおります。その帝国が戦う力を得て、何をするでしょう? 反乱勢力の討伐は成功したとのことですが、それよりも遙かに危険な存在が残ったのではないですか?」

 これはある程度、真実を語っている。エイトフォリウム帝国ではなくルート王国ではあるが、その王であるグレンはウェヌス王国にとって大いなる脅威。
 その恨みは、ランカスター侯爵家に向けてのものだが、ウェヌス王国も被害を受けないとは言えない。実際にこれまで散々な目に遭ってきているのだ。

「……それはこちらの対応次第ではないのか?」

「果たしてそうでしょうか? それが分かる者はこの場にはおりません。エイトフォリウム帝国の野心を知る者はいないのです」

 ランカスター宰相の言葉は、真実を知っている人たちに向けたものだ。グレンをこのままにしておいて良いのか。このままでは、いつかウェヌス王国は飲み込まれてしまうのではないのか。
 真実を、グレンを良く知る人たちにとって、この懸念は共感出来るもの。それを狙っていた。

「では我が確かめてみよう」

「はっ?」

 だがランカスター宰相の訴えは、ジョシュア国王には届かない。

「やはり、ここは無視ではなく、礼節をもってあたるべきだと我は思う。我自ら、エイトフォリウム帝国に行き、話をしてこよう」

 ランカスター宰相が何を企もうと、ジョシュア国王はそれに惑わされることはない。グレンは同盟者。個人的に協力を誓ってくれた相手だ。その相手を疑う気には、まして裏切る気になど決してならない。

「……何かあれば、いかがするおつもりですか?」

「我は何の心配もしていない」

「そのお考えは甘いと申し上げます」

「そうは思わん。しかし万が一、まずあり得ないが、我に何かあった時は、エドワード大公を呼び戻し、王にすれば良い」

「エドワード大公を、ですか……」

 かつて強い嫉妬心を抱いていたはずの相手。そのエドワード大公に玉座を譲ることを、ジョシュア国王は何とも感じないのだとランカスター宰相は知った。

「ん? そのほうが我が国にとって良いなんて思って、我を殺すなよ?」

「……お戯れを。冗談でも、そのようなことは口にしないで下さい」

 ランカスター侯爵家にそのような考えはない。わざわざ敵を手強くする必要はないのだ。

「笑えなかったか? どうやら我は冗談の才能もないようだ。では真面目な話に戻そう。エイトフォリウム帝国を訪問する件だが」

「それはまず別の者が」

「別の者とは?」

「……外交担当を送ります」

「それが礼節のある対応というものか? 侵略をしておいて、担当者を派遣するだけでは、相手は不快な思いをするに違いない。我が駄目であれば、せめて……」

 国王であるジョシュアが行かないのであれば、それに次ぐ高位の人。それが誰かとなれば。

「……私が参ります」

 ランカスター宰相となる。これはランカスター宰相にとっては命がけの任務となる。復讐を求める相手の前に、自ら赴くのだから。

「そうか。では任せよう。宰相の交渉が上手くいけば、次は我が行く。これを逆に関係修復の良い機会にしたいからな」

「……交渉を成功させるべく、尽力いたします」

「おお、頼むぞ」

 にこやかな表情のジョシュア国王とは対照的に、強ばった表情のランカスター宰相。ここまで追い詰められるとは思っていなかった。そしてその思いは彼だけでなく、ランカスター侯爵家全体の思いだ。

 

◆◆◆

 王都でジョシュア国王がランカスター侯爵家との政争を優位に進めている頃。それを支援する立場であるエドワード大公は苦い顔だ。
 ここまでの力を持つとは思っていなかった。エドワード大公の思いはこれだ。

「アシュラムとの戦いの結果が、そんなことに……」

 第二次というべきアシュラム戦役の結果、利を得たのはゼクソン王国、というよりはグレン。アシュラム王国の王権まで握ってしまったことに、エドワード大公は焦りを覚えている。

「……二国の国力を足しても、我が国には及びません。それにどちらも戦争で傷ついておりますので」

 エドワード大公の懸念は部下にも分かる。王都での会議でランカスター宰相の説明を聞いて、恐れを抱いた臣下たちと同じだ。

「戦争で国力を損ねたのは我が国も同じ。それにグレンはゼクソン王国一国で我が国の侵攻を退けたのだよ?」

「はい……」

 実際にはグレンは一戦で、これ以上戦えないと思わせただけ。ウェヌス王国が相当の犠牲を覚悟して、全面戦争を仕掛けていれば結果は異なっていたはずだ。
 だがウェヌス王国にはそれが出来ない。大陸制覇を目指すウェヌス王国は、ゼクソン王国との戦いだけで国力を損耗するわけにはいかないのだ。
 これが敗北した理由であるのだが、それをどこまでの人が分かっているのか。大国意識が、ウェヌス王国の隙となっていることに気が付いているのか。

「ランカスターの野心を挫くのは良い。だが、その影響が国に及ぶようでは問題だね」

「確かにそうですが……」

 グレンに対する危機感を煽るようなことばかりを口にするエドワード大公に、部下は戸惑っている。ランカスター侯爵家という共通の敵を持つ味方という思いがあるのだ。

「私が心配しているのは兄の方だ」

 部下の気持ちを読み取って、ランカスター大公は、懸念はジョシュア国王にあると説明を始めた。

「陛下ですか……」

 ジョシュア国王の何が心配かを部下は聞こうとしない。心配な点であれば聞くまでもなく、数え切れないほどある。

「そう。陛下はグレンと渡り合えるかな? グレンと我々の敵は同じ。これは間違いない。でもグレンは目的を達する為には手段を選ばないはずだ。ウェヌス王国のことなんて考えないよ」

 部下に聞かれなくても、エドワード大公は自ら考えを語り始めた。だが、これは部下にとっては今更の話だ。

「ですからエドワード様は早く王都に戻られるべきだと申し上げているのです」

 ジョシュア国王への不安は今に始まったことではない。部下はずっとエドワード大公に王都に戻るように進言していた。それを受け入れなかったのはエドワード大公自身だ。

「ただ戻るだけではね」

「権限の問題ですか?」

「そう。ただ王都にいて、兄に助言するだけであれば今と変わらない。これまではそれでも上手くいった。ただ……これから先は、また違った展開になると思う」

「違った展開……それはどのようなものでしょうか?」

 この先、状況がどのように変わっていくかを見通す力は、部下にはなかった。

「ただランカスターだけを敵視しているだけでは駄目だ。それではウェヌス王国は、グレンの踏み台にされてしまう」

「踏み台ですか?」

「我が国が戦う度に傷を負い、その度にグレンが力を増していったら、やがて我が国はグレンに膝を屈することになる」

「……ま、まさか」

 さすがにそれは考えすぎ。これが部下の思いだ。

「今は楽観視が許される時期ではないよ。いいかい? これはトルーマンが恐れていた状況だ。グレンがウェヌス王国の英雄で収まってくれていれば良いが、それを飛び抜けてしまった時を恐れるとトルーマンは語ったらしい」

 グレンに対するトルーマンの評価。それをエドワード大公は耳に入れていた。

「彼は……我が国の英雄ではありません」

 グレンはすでに飛び抜けてしまっている。トルーマンが語ったという評価を聞いて、ようやく部下も強い恐れを抱き始めた。

「なんとかして、彼にもう一度、枠を嵌めなければいけないね。そしてそれが出来るのは、兄ではない」

「……どうされますか?」

「今はまだ良い案は浮かんでいない。でも必ず、我が国とグレンの両方が望む結果を得られる方法を考えなくてはならない」

「はい」

「……トルーマンにも相談しなければならないな。彼には今の状況に対する責任がある。グレンの素性を隠さないでいれば、一人で抱えていないで相談してくれれば、このような状況にはならなかったはずだからね」

「では、すぐに使いを送ります」

「ああ、頼むよ」

 第二次アシュラム戦役の結果は、ウェヌス王国に大きな衝撃を与えた。その衝撃を受けて揺れ動く人々。それぞれがそれぞれの思惑に従って、動き始めることになる。