月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #110 戦いはこれからだ

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ブルーメンリッターを主力とするローゼンガルテン王国軍とユリアーナ率いる魔王軍が対峙したゾンネンブルーメ公国西部の街アーベントゾンネを巡る攻防戦は、その激しさを増している。ローゼンガルテン王国軍側が苦戦を強いられる形で。
 まずはアーベントゾンネの街に構築された広大な野戦陣地攻略に取り掛かったローゼンガルテン王国軍。深く掘られた堀を渡る為の簡易的な橋をいくつも作り、魔王軍がこもっている陣地の制圧を図ったのだが、まるで蜂の巣のように縦横斜めに掘られている堀をいくつも渡るのは容易ではなく、橋をかけるのに手間取っているところを周囲の敵陣地から矢や投石による集中攻撃を受けて甚大な被害を出すこととなり、その作戦は頓挫。そうであればと堀の中に部隊を入れ、いくつかの敵陣地を孤立させてから攻撃を仕掛けるという作戦を実行に移したのだが、当たり前だがそれも容易なことではなく、敵の反撃、それも魔物ではなく巨人族による襲撃を受けることになり、堀に入った部隊のいくつかは壊滅的な被害を受けることになってしまった。
 攻めれば攻めるだけ味方の被害ばかりが増える結果。ローゼンガルテン王国軍は今のところ為す術がない状況だ。

「魔物主体の部隊でここまでやれるとはね。正直、かなり驚いている」

 現在の状況は戦いを有利に進めている魔王軍にとっても驚きの結果だ。それは魔人では唯一ユリアーナに近い立場にあるフェンも同じだった。

「質で劣っていてもそれを補ってあまりある物量を揃えれば敵を圧倒出来る。こんなの常識よ」

 常識と言えるほどの軍事知識はユリアーナにはない。ただ元の世界の知識として、先の大戦で日本が米国に負けたのは工業力、生産力の差だと聞いた記憶がなんとなく残っているだけだ。

「……なんだか皮肉だね?」

「皮肉って、何が?」

「個の力で勝っている魔族はその優位を無にされるほどの数の力で人族に押されてきた。この戦場ではそれと逆のことが起きているということだね」

 質で劣る部分を量で補う。これは人族が魔族に対して行ってきた戦術だ。

「人族の数の力によって負けてきたのではないわ。質では勝っていると言い切る魔族の驕りが敗因よ」

「……その言葉が君の口から出るとは」

「どういう意味?」

 フェンの答えを聞かなくてもユリアーナ以外の人々は分かっている。世界最強を自認するユリアーナは魔族以上に驕っていると言える。そのユリアーナに魔族の驕りを指摘されても、素直に反省出来ない。

「とにかく君が率いるこの戦場では驕りはない。このまま敵をすり減らしていけそうかな?」

「どうかしら? 敵も馬鹿じゃないわ。いつまでも同じ戦い方はしてこないでしょ?」

「……どのような戦い方で来るかな?」

「さあ? 私で思いつくのは飛竜を使って何かしてくるかもしれないということくらいね……いえ、これは希望ね。攻撃してきて欲しい。敵が変なことを思いつく前に飛竜の部隊は殲滅しておきたいからね」

 ただ飛竜を戦場に投入してくるだけであれば、ユリアーナとしては望むところだ。攻撃を仕掛けてくる飛竜を撃ち落とすのは難しいことではない。嫌なのは自分が思いつかない特別な使い方をしてくること。今の魔王軍には空高く飛んでいる飛竜を攻撃出来る戦力はないのだ。

「……なんだか意外だね?」

「……さっきから何? まあ、何を考えているかは分かるけどね。どうせ私のことを何も考えていない馬鹿な女だと思っていたのでしょ?」

「白状するとそう。こちらに合流する前の君の評価はそういうものだったからね」

 ローゼンガルテン王国の目立った戦力に対してフェンは調べをいれていた。その調査結果ではユリアーナは、彼女が自分で言った通り、戦闘能力が異常に高いだけで知性のない女の子という評価だったのだ。

「男は利口な女は好まないから」

「はい?」

「男というのは馬鹿に思えるくらいの女の子が好きなのよ。自分より頭の良い女の子なんて絶対に無理。まあ、知的な女性が夜になるとすごく乱れるなんてのは男の欲情をそそるけど、それも体の関係を持つまでになるのが難しいから」

「……良く分からないけど、馬鹿な振りをしていたということかな?」

 フェンにはユリアーナの言っていることが理解出来ない。彼自身は優秀な女性に惹かれる性質なのだ。

「昔はね。こっちに来てからは振りというほど無理して演技はしてないわ」

 レオポルドたちと一緒にいた時は、ターゲットの男子生徒を落とすことやリーゼロッテを貶めること以外に頭を使う必要がなかった。使うつもりもなかった。馬鹿な女の振りをしていたのはこの世界に来る前のことだ。

「昔って?」

 馬鹿な女の振りをする必要があった事情とはどういうものなのかフェンは気になった。

「昔は昔よ」

 だがそれを話すつもりはユリアーナにはない。元の世界でのことというのが一番の理由だが、それを知っている相手だとしても話す気にはなれない。彼女にとってあまり思い出したくない過去なのだ。

「……なるほどね。とにかく君には戦術を考える頭がある。それによって魔王も納得の戦果をあげているわけだ」

「……魔王が何か?」

 あえて本心から忠誠を向けているわけではない魔王を持ち出してきたフェン。何か意味があるに決まっている。

「ここで戦っている軍以外は全てリリエンベルク公国の戦いに投入されるようだ。それも大魔将のほとんどが解任となった上で再編された魔王軍が」

「……私のところには、まだ大魔将軍に任命するという使者が来ていないわね」

 動揺する心をユリアーナは冗談でごまかしている。この場にいるのはフェンだけではない。本音を語るわけにはいかないのだ。

「そのうち来るかもね。ゾンネンブルーメの戦いは君に任されるわけだから」

 これまでの大魔将軍は魔王の地位を脅かす恐れのない人物ばかり。能力に関係なく、そういう人物が魔王によって選ばれていた。だが今回、無能な大魔将軍はすべて排除されることになる。フェンが選ばれていない時点で完全な能力主義とは言えないが、それでも大魔将軍に相応しいと認められる人物が選ばれることになる。そうしなければならないほど、魔王はジグルスに驚異を感じているということだ。フェンにとっては今更という思いはあるにしても。

「……他に移るにしてもやることはやってからにしてもらわないと。ゾンネンブルーメ公国軍はまだ生き残っているわ」

「さすがにそれは分かっていると思うけど……きちんと念押ししておいたほうが良いね」

 完全に戦意を失い、逃げ回っているだけのゾンネンブルーメ公国軍ではあるが、追いかける敵がいなくなれば当然動きは変わってくる。拠点奪回に動き出すのは間違いない。占領地の労働力もユリアーナの軍の物量作戦を支えている大事な要素。それを奪われるわけにはいかなかった。

「それとタバートの軍、ラヴェンデル公国軍もね」

「いち早く移動して、背後に回った部隊か……」

 ラヴェンデル公国軍は遠回りになることを厭うことなく、アーベントゾンネを避けて移動し、その後背に回っている。

「防衛線が突破されたのにもラヴェンデル公国軍の働きがあったそうよ」

「ソンネンブルーメ公国の軍よりも遥かに警戒すべき相手なのだね?」

「そう。なんか気になるのよね。こちらの思惑を全て知っていて、その上を行かれている感じ。タバートのことは知っているつもりだけど、私が知る彼からは感じなかった不気味さ。まるで……とにかく嫌な感じ」

 常に自分の思惑の上を行く相手をユリアーナは知っている。学院時代の彼女にとって唯一の、そして最悪の邪魔者であった人物。そしてユリアーナが魔王側に寝返る理由となった人物だ。

「きちんと対応出来る部隊を残してもらったほうが良いね。交渉は簡単ではなさそうだけど、やるだけやってみよう」

 大魔将軍が入れ替わっても、他人のお手伝い仕事を喜ぶ相手であるはずがない。魔人は、それも能力の高い魔人は特に自分が最高の評価を得られる場を求める。人の為に自分が犠牲になってなんて考えは持たないのだ。

「……戦力を集中させればリリエンベルク公国の戦いもケリがつくのかしら?」

「どうかな? ジグルスの勢力はただの裏切り者の集まりなんて言えない規模になっている。獣人系の種族の過半。有翼族と鳥人族はほぼ全てがついた。鬼人族もほとんど。それに闇王軍から離脱したエルフ族も間違いなくほぼ全員が合流したはずだ。もともと彼の母親であるヘルに従っていた人たちだからね」

 魔王が本気になるのも当然。ここまでの勢力になるのを許してしまった愚かさをフェンは内心では嘲笑っている。

「それでもまだ数ではこちらが勝っているのでしょ?」

「全軍ではね。リリエンベルク公国での戦いに投入される数では少し勝っているくらいさ。それに直接戦って、もしジグルスの力が父親に劣るものではないと分かったら更なる寝返り、そこまでいかなくて中立を選ぶ種族が出る可能性がある」

 これを言いながら、フェンの視線はさりげなくこの場にいる巨人族の指揮官たちに向けられている。彼らはジグルスの軍と直接戦ったことがある。その彼らがどう思っているか探る視線だ。
 その視線に気づいた人たちの多くがそれを避けた。ただ残念ながらその意味がフェンには判断がつかない。寝返りを疑われていると思って視線を避けたのか、そうではないのか。

「……魔族の忠誠心って、いい加減なものね」

「それは違うよ。滅多なことでは忠誠を向けないのは事実だけど、一度向けられた忠誠心は人族のそれに決して劣るものではないよ。だからこそ、前魔王バルドスの息子であるジグルスに寝返ることが出来るんだ」

 フェンのこの認識は完全には正しくない。前魔王バルドスとその片腕であったヘルの息子ということで、寝返りのハードルが低くなっているのは事実。だがアイネマンシャフト王国の国民となったあとの魔人たちは両親が誰であるかなど関係なく、ジグルスの志に共感し、彼に忠誠心を向けているのだ。

「じゃあ、いっそのことジグルスの下で一つにまとまれば良いじゃない」

「彼が人族の全てを敵として戦うと宣言すればそうなる可能性はあるかもね」

「彼はそうしない。それじゃあ、ただの魔王じゃない。彼は……あれよ、リーゼロッテが好きだから」

 ジグルスは自分に変わってこの世界の主人公になる。ユリアーナはそう信じている。魔人を統べるだけの王では元からいた魔王に成り代わるだけ。敵役であって主人公ではない。

「……人族との共存が本当に出来ると君は考えているのかい?」

「その質問、意味ある? 私は今ここにいるのよ?」

 ユリアーナは人族であるのに、正確には異世界人だが、自らの意思で魔王軍にいる。共存しようとしているのだ。さらに異世界人であるユリアーナはこの世界の人族ほど魔族への嫌悪感がない。彼女の意見は参考にならない。

「そうだね」

 ユリアーナが異世界人であると知らないフェンだが、彼女が特殊な思考を持っていることは分かっている。自分の問いに意味がないことは納得した。

「ひとつ分かったわ。貴方はきっと魔族の中でかなり優秀なのだと思うけど、英雄にはなれないわね」

「英雄?」

「なんとなくそう思っただけよ」

 不可能を可能にするのが英雄、物語の主人公だ。異種族共存を不可能だと決めつけているフェンは英雄の器ではない。ユリアーナはそう思った。そしてそれを実現しようとしているジグルスは、自分が望む道を進んでいるのだと確信した。

 

◆◆◆

「おっ? おおっ!? おおおおっ!?」

 周囲をキョロキョロ見ては驚きの声をあげているカロリーネ。

「王女殿下……?」

 そんな彼女の反応の理由がジグルスは分からない。

「王女殿下ではない。妾のことはカロリーネと呼べと言ったはずだ」

 ローゼンガルテン王国王女という肩書は無用のもの。そう決めたカロリーネは自身を名で呼ぶようにジグルスに伝えていた。

「……カ、カロリーネ」

 恐る恐るカロリーネを呼び捨てにするジグルス。王女の肩書をなくすことはジグルス側の都合でもあるのだが、呼び捨てにすることにはやはり躊躇いを覚えてしまう。

「妾の名はカッカロリーネではない」

「……分かっています。呼び捨てを躊躇っただけです」

「妾も分かっている。からかっただけだ」

「……ご機嫌ですね?」

 恥じらうことなく笑えないボケをしてみせるカロリーネは、浮かれているようにしか思えない。

「そうか? 自分でもよく分からないが、ご機嫌というより衝撃が強すぎて頭が混乱しているのではないかな?」

「ああ……」

 グラスルーツの街を出てブラオリーリエに入ったカロリーネを迎えたのはジグルスとリーゼロッテ、だけでなくジグルスに従う魔族の部族長たちも一緒だった。旧リリエンベルク公国軍とアイネマンシャフト王国軍は正式に協力して戦うことになったので、多くの魔族がブラオリーリエに入っているのだ。
 当たり前だがカロリーネはその事実に酷く驚いた。詳しい事情をジグルスから聞いて表向きは落ち着いたのだが、頭の中はそう簡単には整理出来ていなかったのだ。

「なんとも信じがたい光景だな」

 ローゼンガルテン王国貴族であったリリエンベルク公爵家の街を魔族が普通に歩いている。それだけでなく、人族の兵士と立ち話をして笑っていたりするのだ。魔王軍との戦場から、間があったにしても、この場所に移ってきたカロリーネには現実のものと思えない。

「完全に確執がなくなっているわけではありません。ただこの街にいるのは軍人ばかりですから。共に命をかけて戦う相手となれば敵意を向けるわけにはいきません」

「だがジークの国では軍人以外も共に暮らしているのだろう?」

「はい。ですがそれも死を覚悟した上でのこと。助けてくれる相手を選べるような状況ではなかったからです」

「……そうか」

 カロリーネの表情が暗くなる。リリエンベルク公国の民をそこまで追い込んだ責任はローゼンガルテン王国にある。そう思ってしまったのだ。

「王女であることを捨てたはずでは?」

 そんなカロリーネの思いを読み取ってかけられた言葉。

「そうだった……とは言ってもな。王女であったという過去が消えるわけではない。妾を恨んでいる民も多いだろう」

「いないと思いますよ? 王家の人間だからというだけで恨みを向けるほど愚かではありません。もし、いたとしてもこの国では責められるのはその人のほうです」

 そんな愚か者は一人もいないと言いたいが、国民となった人々、一人一人の思いまで把握しているわけではない。いないとは言い切れない。ただジグルスは、その恨みを支持する人は少数であると信じている。

「気にしてもしょうがないか。それよりも今は目の前のこと……戦いが近いのだな?」

「はい。冬の間は少し落ち着いていられたのですが、いよいよ戦いが再開するようです。しかも恐らくはこれまで以上の激しさで」

 ゾンネンブルーメ公国で戦っていた魔王軍の多くが撤退したことなど、敵の動向はある程度掴んでいる。まだ姿を現してはいないが、ゾンネンブルーメ公国から消えた魔王軍がこの地での戦いに参戦してくるだろうことは容易に想像出来る。

「そうか……勝てそうか?」

「勝つために出来ることの全てを行うつもりです」

「勝敗を聞くなど愚かなことであったな。では妾も、妾が出来ることを全力で行うことにしよう」

「お願いします」

「おお。んっ……おおっ!?」

 戦いに向けて気合を入れた、はずだったのだがカロリーネはその気合が抜けてしまうような声をあげた。

「どうかしましたか?」

「忘れておった。ウッドストックはどうした?」

「はい?」

「ウッドストックとは一緒に行動していた。砦から逃げる民の護衛をあの者にお願いして……」

 グラスルーツまで一緒に来ていたはずなのだが、ヨアヒムとの面会には騎士だけが同席していて、カロリーネはそのままブラオリーリエに来てしまった。

「グラスルーツに置き去りにしてきたわけですね。分かりました。可哀そうなので迎えに行かせます」

「お、おお……」

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