月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第109話 まずは肩書きを捨てるところから

 

異世界ファンタジー 異伝ブルーメンリッター戦記

 慎重に進められるはずであったブルーメンリッターによるアーベントゾンネ攻略戦だが、エカードたちの思惑から外れ、戦闘開始からいきなり激戦になった。攻められる側の魔王軍が想定外の構成を仕掛けてきたのだ。
 アーベントゾンネの壁を超えてくる地を影らす大量の投石。飛んでくるのは石だけではない。堀に近づいたブルーメンリッターの部隊に向かって、あちこちの丘から矢の雨も降り注いでいる。
 味方を圧倒する敵の遠距離攻撃。そうであればと一旦距離を取ろうとしたブルーメンリッターだが、敵はそれも許さなかった。堀の中から次々と飛び出してくる敵の影。その時になってようやくエカードたちは、自分たちが戦っている相手が魔物の部隊であることに気がついた。正確には飛び出した魔物たちが隊列を組み、人族には意味の分からない雄叫びをあげて突撃を仕掛けてきた時に。
 ローゼンガルテン王国騎士団の重装騎士並に完全武装の魔物たちは、ひと目見ただけでは魔物だとわからなかったのだ。重武装の魔物たちは素早く隊列を整えると後退しようとしているブルーメンリッターの部隊に追撃をかけた。後方から襲いかかられてはたまらないと反転して迎撃体制を整えるブルーメンリッター。だがそうなると魔物たちはその場で盾を構えて防御陣形をとり、長い槍を使って攻撃するだけになる。ではその隙を見て後退しようとすれば、すぐにまた背後から襲いかかってくる。なんとも嫌らしい戦い方だ。
 犠牲が増えるのを嫌って、エカードは騎馬部隊を出して援護しようとしたが、その部隊に対しては矢の雨が襲いかかってきて、思うように援護が出来ない。ブルーメンリッターは魔物相手にまさかの苦戦を強いられていた。

「魔物にあんな戦い方が出来るとは……」

 目の前で繰り広げられている戦いの様子に唖然とした表情のエカード。

「……驚きだね。でも驚いているだけでは今の劣勢を覆すことは出来ないよ」

 レオポルドもかなり驚いているのだが、エカードの右腕は自分であるという意識がこの言葉を発せさせた。一緒に驚いているだけでは右腕としての役割を全う出来るはずがないのだ。

「そうだな……とにかく態勢を立て直すことか。マリアンネ! 支援部隊を邪魔している奴らをなんとか出来るか!?」

「任せて!」

 エカードから指示を受けたマリアンネが魔法士部隊を率いて前に出る。
 やがて部隊から放たれた魔法が、後退する味方の支援に向かった騎馬隊に向けて矢を放っている敵部隊に襲いかかる。小山を囲む塀の中に飛び込んでいく、いくつもの魔法。塀の中の様子は見えないが、襲いかかった魔法の数は敵にかなりの被害を与えたのは間違いないと思えるもの。事実、矢の攻撃は止んでいる。

「次よ!」

 一箇所を沈黙させたところで、次の標的に攻撃を向ける。放たれる矢を燃やし尽くしながら敵陣地を攻撃していくブルーメンリッターの魔法士部隊。その威力の前に、矢を放っていた敵陣地は次々と沈黙していった。

「反転攻勢の準備だ!」

 矢の勢いが弱まったところでエカードは反転攻勢の準備を整えるように指示を出す。敵は魔物の部隊。遠隔攻撃の勢いさえ衰えれば、恐れる敵ではない。
 魔法士部隊から最後の止めとばかりに一斉に魔法が放たれる。それは前線にある中では一際大きい敵陣地に向かって飛んでいった。それに合わせて反転攻勢の命令を発しようと構えるエカード、だが。

「なっ!?」

 敵陣地から宙に放たれた魔法。それは味方の魔法をすべて飲み込んで、それでもその威力をわずかに衰えさせただけでブルーメンリッターの魔法士部隊に襲いかかった。

「……しまった! マリアンネ! 下がれ!」

 魔法士部隊を襲ったのは魔法だけではない。前線の敵陣地攻撃のために前に出ていた魔法士部隊に、敵陣地の全てから矢や投石が降り注いでいく。避ける隙間もないほど降り注ぐ敵の攻撃。なんとか魔法で迎撃しようとした魔法士もいたが、圧倒的な量の前では防ぎ切ることなど出来ず、多くの魔法士が地に倒れていく。数が減れば攻撃を防ぐことはさらに困難になる。魔法士たちは矢と投石の直撃を受けて動けなくなっていった。

「マリアンネ!!」

 マリアンネの名を叫びながら駆け出していくレオポルド。まだ敵の攻撃が続いている状況で、一人で向かっていくなど無茶な行動であるのだが、それを止める冷静さは今のエカードにはない。ブルーメンリッターの魔法士部隊は壊滅といえる被害を受けてしまったかもしれないのだ。

「……まさか……罠か?」

 敵は魔物の部隊と考えて無意識に油断していたのか。敵陣地を攻撃することばかりを考えて、不用意に前に出たところを狙い撃ちにされた。まさかと口にしたエカードだが、目の前の事実は罠にはまったとしか思えない。

『ほーほっほっほっ! この私の作戦にものの見事にハマったわね! 愚か者たちめ!』

 そしてそれを証明する声が敵陣地から響いてきた。その声は口調こそ少しおかしなものになっているが間違いなく良く知ったもの。その事実は、罠であったことなどどうでも良いと思ってしまうくらいに、エカードたちを驚かせることになる。

「ユ、ユリアーナ……」

 ユリアーナが魔王側に寝返ったことはすでに知っている。だがいざこうして戦場で相まみえることになった今、エカードは動揺を抑えられない。

「ここから先は私が相手をしてあげるわ! 覚悟するのね! ブルーメンリッターが王国最強なんて言われたのは私がいたから! 私という花が抜けたブルーメンリッターなんてただの草よ! 花の騎士団じゃなくて草の騎士団を名乗りなさい! おーほっほっほっ!」

「…………」

 アーベントゾンネ攻略戦の初戦で魔法士部隊の壊滅という甚大な被害を受けることになったブルーメンリッター。まさに出鼻をくじかれたという格好で、その戦意を多いに落とすことになった。魔法士部隊の壊滅という事実以上に、敵の指揮官がユリアーナであるという事実によって。

 

◆◆◆

 ローゼンガルテン王国の貴族家軍に攻められるところをジグルスによって助けられたカロリーネ王女は、ワルターたち元ローゼンガルテン王国騎士たちと共にリリエンベルク公国に入った。砦に集まっていた有志の人たちも一緒だ。
 カロリーネ王女たちが連れていかれたのはグラスルーツ。リーゼロッテの兄ヨアヒムが治めるリリエンベルク公国最後の砦、ということになっている街だ。カロリーネ王女だけであればまだしも、ワルターたちが同行している状況で真実を明らかにするわけにはいかない。そういうことだ。

「王女殿下、よくぞご無事で。道中ご不自由はなかったですか?」

 会議室でカロリーネ王女を迎えたヨアヒム。笑みを浮かべて挨拶の言葉を口にした。

「おお。正直、最初は心配であったが慣れれば快適なものだった」

 ここまでの移動は飛竜。それも飛竜に吊るされた箱の中に入っての移動だ。初めての体験にカロリーネ王女はかなり不安だったのだが、それも最初だけ。慣れてしまえば、天候が良かったという条件はあるが、長時間、馬車に揺られているよりも余程快適なものだった。

「それは良かった。さあ、お座りください。王女殿下を立たせたまま、お話するわけにはまいりません」

「うむ」

 ヨアヒムの対応がかしこまったものであるので、カロリーネ王女のそれもそれなりのものになってしまう。しかもこの場にはワルターたちもいるのだ。椅子に座ったカロリーネ王女の背後に立ったまま並ぶ騎士たち。和やかな雰囲気で話を、というわけにはいかない。

「……失礼ですが、ヨアヒム殿。貴殿の立場は?」

 さらに固い表情でワルターがヨアヒムに問いかけてくる。彼はヨアヒムの、というよりリリエンベルク公国の対応に不満を持っているのだ。王女であるカロリーネをただの会議室で、しかも最上位者とは思えないヨアヒムが出迎えたことに。

「私の立場ですか? そうですね……父からはあとを頼むと言われておりますが、公式なものはありません」

「それは一体?」

「ご存知ないですか? リリエンベルク公爵であった祖父は亡くなりました。その後、王国から父の継承についてなんの通達もありませんので、公式にはリリエンベルク公爵は不在ということになります」

「それは……そうですか。それでお父上があとを頼むと言われたというのはどういうことなのでしょうか?」

 リリエンベルク公爵位についてローゼンガルテン王国からなんの通達もないというのはヨアヒムの嫌味だ。それが分かったワルターの表情から不満の色が薄れ、代わりに不安が浮かんでいる。リリエンベルク公爵家はローゼンガルテン王国を恨んでいる。カロリーネ王女の扱いが悪いのはそのせいだと考えたのだ。

「父は王都に向かったまま音信不通になりました」

「なんと?」「何?」

 ワルターだけでなく、カロリーネ王女の口からも驚きの声が漏れる。

「おそらく父はこの事態を予測していたのでしょう。王都に発つ前に今お伝えした言葉を残していきました」

「……ヨアヒム殿。お父上のことは王女殿下はまったくご存知ない」

「分かっております。そうですね……こちらからはっきりと話をすることにしましょう。父のことがなくても、我々にはローゼンガルテン王国は自分たちを見捨てたという思いがあります。領民の気持ちを考えると、王女殿下を無条件に歓迎するわけにはいかないのです」

 カロリーネ王女の来訪を大々的に歓迎することなく、ひっそりと会議室で迎えることにしたのはこれが理由だ。リリエンベルク公国の領民たちにとってローゼンガルテン王国はローゼンガルテン王国。まだ王家とキルシュバウム公爵家は区別されていない。

「それは分からなくもないが、しかし……」

 リリエンベルク公国の人たちの気持ちは理解出来る。リリエンベルク公国に救援の軍を送らないことにはワルターも不満を抱いていたのだ。だからといってカロリーネ王女の待遇が悪いことを受け入れるわけにはいかない。

「良い。妾が今ここにいるのはローゼンガルテン王国の王女だからではない。ジークの友人だからだ」

「王女殿下?」

「詳しいことは分からん。だがジークは妾が王女であるから会いに来ることを躊躇うことになった。そういうことなのだ」

 ジグルスが助けに来たのはそうしなければ自分の命が危なかったから仕方なく。そうでなければここに連れてくることはもちろん、会いに来ることもなかった。そうカロリーネ王女は理解している。

「申し訳ありません。私には理解出来ません」

 ワルターはカロリーネ王女とジグルスの友情が、本当に身分を超えたものであることを理解しきれていない。自国の王女を助けるのは当たり前という思いがあるのだ。

「ジークと共に行動するには、ローゼンガルテン王国における肩書を捨てなければならないということだ」

「なんと?」

 これだけではワルターには、やはり理解出来ない、情報が足りなすぎる。

「……さすがは王女殿下、いえ、ジグルス・クロニクスに友と認められた御方と申し上げるべきですか」

 笑みを浮かべてこの言葉を口にしたヨアヒム。ヨアヒムはカロリーネ王女の察しの良さに感心している。言葉にした通り、王女という身分によってジグルスの友になったわけではない。それに相応しいものを持っているのだと。

「お主たちはどうする? すでにローゼンガルテン王国騎士団からは除名されているはずのお主らではあるが、それを受け入れる気はなく、今もまだ王国騎士のつもりであるのだろう?」

「我々は……はい。王女殿下のおっしゃるとおりです」

 ワルターたちは王国騎士としてカロリーネ王女に仕えている。キルシュバウム公爵家に奪われた王国を真の支配者の手に取り戻すというのが、彼らの目的だ。

「妾はこの先、王女としてではなく一人の人間として行動する。お主らが変わらず王国に仕えたいのであれば、この先は別行動になるな」

「ま、待ってくだい! まだ何の情報も得ておりません。そのご決断は早すぎるのではないでしょうか?」

 リリエンベルク公国の状況についてまだヨアヒムから何も話を聞いていない。迎えにきたジグルスもここまでの移動では別行動で何も話せていないのだ。まだ何事かを判断出来る時ではないとワルターは思っている。

「……お主らにはここが戦場に思えるか?」

「……いえ、思えません」

 城に来る途中で少し見ただけではあるが、通りを行き交う人々の表情からは戦時の緊迫感や悲壮感が見られなかった。ワルターもそれを意外に思っていたのだ。

「街の雰囲気だけでなく、ジークも、それにリーゼロッテもどうやらここにはいないようだ。戦場はここ以外の場所。そしてその場所に向かうには、おそらくローゼンガルテン王国における肩書が邪魔になるのだ」

「それは一体どのようなわけで?」

 ワルターの視線はヨアヒムに向いている。カロリーネ王女の言っていることは事実なのか。事実だとすればそれは何故なのかの説明を求めてのことだ。だがヨアヒムは柔らかな笑みを浮かべているだけ。口を開こうとはしなかった。

「分からない男だな。ヨアヒム殿は意地悪をしているわけではない。何故それが必要かを聞くことにさえ、王国を捨てる覚悟が必要だということだ。だからといって口先だけでの覚悟は通用しない。妾が認めない」

「……アルベルト王子はどうされるおつもりですか?」

「兄上を助けるために出来るだけのことはする。だが妾が大事なのは兄上の命。ローゼンガルテン王国王子の命ではない」

「王子殿下にも肩書を捨てることを求めると?」

「……それは兄上が決めることだ。兄上にとってローゼンガルテン王国を取り戻すことが何よりも大事であり、妾の助けがその実現を妨げるものであれば、兄上は妾の手を払うであろう」

 兄であるアルベルト王子には彼なりの考えがあるはず。それが自分と異なるものであるならば、違う道を進むことになるとカロリーネ王女は考えている。そう考え、覚悟を決めなければならないと。

「もし、リリエンベルク公国の目的がローゼンガルテン王国への復讐にあり、王子殿下を敵として戦うようなことになればどうなさるおつもりですか?」

「ふむ……それは考えていなかったな」

 可能性は否定出来ない。リリエンベルク公国の人々はローゼンガルテン王国を恨んでいる。

「ひとつだけお伝えしておきましょう。彼の目的は彼にしか出来ない方法で戦いを終わらせることです。目的を果たすためにローゼンガルテン王国を敵とする可能性があることは否定しませんが、それは復讐などというものではありません」

「……彼というのはジークのことだな?」

「ええ、そうです」

 カロリーネ王女の問いにまた笑みを浮かべるヨアヒム。

「そうか……ジークがな」

 リリエンベルク公爵を継ぐべきヨアヒムの目的ではなく、学院時代に直接的な主従関係にあったリーゼロッテの目的でもない。自分自身の目的のためにジグルスは動いている。その意味をカロリーネ王女は理解している。

「これ以上のことは本人に直接お聞きください。王女殿下、いえ、カロリーネ様であれば話を聞いても問題ないでしょう」

「そうか。では聞きに行こう」

「すぐにお発ちになりますか?」

「もちろんだ」

 カロリーネが答えを発するのとほぼ同時に会議室の扉が開き、騎士姿の男たちが中に入ってきた。リリエンベルク公国、ではなくアイネマンシャフト王国の騎士たちだ。

「彼らがご案内します」

「…分かった」

 席を立って扉に向かうカロリーネ。ワルターたちもそれに続こうとしたが、迎えの騎士たちの槍が彼らの行く手を遮った。

「何をする!?」

「貴方達には同行する資格がない。理由は言わなくても分かっているはずです」

「しかし……」

 理由はこれまで話していたこと。ワルターたちはまだローゼンガルテン王国騎士であることを捨てていない。

「今すぐ結論を出す必要はありません。この地で考えてみたらいかがですか? 丁度、兵士の訓練に人手が足りなかったところです。手伝っていただけるとありがたいですね」

「……分かった。そうさせてもらう」

 視線を向けたワルターにわずかに頷いてみせたカロリーネ。それを見てワルターはグラスルーツに残ることを決めた。リリエンベルク公国領内で何が起きているのかは知りたい。だがそれを知るためにローゼンガルテン王国の実権をキルシュバウム公爵家から奪い返すという目的を捨てる決断は出来ない。
 結論を先延ばしにするヨアヒムの提案はワルターにとってありがたいことだった。

「……名もなき勇者か」

「それは何ですか?」

 ワルターが漏らしたつぶやきの意味を問うヨアヒム。

「名もなき勇者たちよ。立ち上がれ。王女殿下が人々に向けていた言葉だ。民衆相手だからそんな呼びかけをしていたのだと思っていたのだが……我らにもそれを求められることになるとは……」

 騎士であることを捨てるのは名を捨てるのと同じ。ワルターはこう考えてしまう。他の騎士たちも似たようなものだ。ただこれは彼らの勘違い。カロリーネはそんなつもりで語っていたわけではない。ジグルスたちと行動を共にするのに、騎士を捨てる決断を求められているわけでもない。

「名もなき勇者ですか……確かに今はまだ無名かもしれませんね」

 ジグルス・クロニクスの名はローゼンガルテン王国の軍部では良く知られている。魔人軍との戦いの初期において活躍したリリエンベルク公国の指揮官として。だが今のジグルスはまだ世に知られていない。小さいとはいえ魔族を含む多種族を統べる王としてのジグルスは。
 ただそれも今の内だけ。ジグルス、ジークフリート・クロニクスの名はやがて大陸全土に響き渡ることになる。ヨアヒムはそう信じている。