グレンはメアリーを連れてゼクソン王都に戻った。ウェヌス王国との交渉の詰めはこれからだ。最終的な調印式にはまだ時間が必要となるので、一旦エステスト城塞から引き上げることにしたのだ。本当はルーテイジに戻る方が近かったりするのだが、現時点ではメアリーを連れていくわけにはいかない。メアリー本人の問題ではなく、侍女などウェヌス王国からの同行者が大勢いるからだ。
その二人の到着を待ち構えていたのは、青筋を立てたヴィクトリアだった。
「えっと……」
青筋はヴィクトリアの怒りの最上級。怒るだろうとは思っていたが、ここまでとはグレンは思っていなかった。
「報告は受けている。ウェヌスのメアリー王女を娶ったそうだな」
「講和条件がそうなっていた」
「……知っている」
その講和条件を結んだウェヌス国王はヴィクトリアだ。知らないはずがない。
「じゃあ、怒るな」
「怒るに決まっているだろ!? 俺達はまだ新婚なのだ! それなのに別の女を連れ帰ってくるなんて!」
「新婚って……」
新婚生活を楽しむ気持ちがヴィクトリアにあるとはグレンは思っていなかった。
「新婚だろ?」
「……確かに。その点は悪いと思っているけど自業自得だろ? 講和条約を結んだのはリアだ」
「騙されたのだ」
「騙された方にも責任はある」
「……こういう時は素直に怒られろ」
文句を言っても言い返してくるグレン。求める反応が得られなくてヴィクトリアは拗ねた顔を見せてくる。
「そうしようと思っていたけど、いきなりだから」
グレンも初めから開き直るつもりはなかった。だが青筋を立てて怒るヴィクトリアを見て、少し意地になったのだ。
「それで? その女が新しい側妃か?」
グレンの後ろに控えるメアリーを顎でしゃくるヴィクトリア。
「態度悪すぎ」
「側妃になったのは俺の方が先だ。つまり、俺の方が席次は上」
「そういうところ拘るよな」
「別に自分だけの為じゃない」
ヴィクトリア本人には実は席次にそれほどの拘りはない。グレンに対する怒りも、メアリーへの横柄な態度もわざとしていることだった。
「……ソフィアを立てる為か」
「そうだ」
「それは分かるけど、まずはきちんとした挨拶からだろ?」
「では私からね」
グレンの後ろに控えていたメアリーがここで前に出た。ヴィクトリアに向かって優雅におじぎをして、真っ直ぐに視線を向ける。
「ヴィクトリア様。初めてお目に掛かります。ウェヌス王国より参りましたメアリーと申します。至らないところが多いかと思いますけど、どうぞよろしくお願い致します」
「あ、ああ」
あまりに丁寧なメアリーの物言いにヴィクトリアは少し面食らっている。
「リア、挨拶」
「ああ。ヴィクトリアだ。よろしく頼む」
メアリーとは正反対にぶっきらぼうな挨拶を返すヴィクトリア。これはわざとではない。地だ。
「元婚約者と、こういう形でお会いするなんて、不思議な気分ですわ」
そんなヴィクトリアにもメアリーは愛想良く接している。幼い頃から身に付いた社交的振る舞いが自然と表に出ている。
「俺もそう思う」
「……まだ国王としての振る舞いをされているのですね?」
ヴィクトリアの言葉遣いからこう考えたメアリーだが。
「してないが」
「でも」
「あれ、素ですから」
ヴィクトリアの態度に戸惑うメアリーの耳元でグレンが囁いた。
「えっ?」
「男として育てられたから、あの口調が普段の口調」
「あの態度も?」
「そう。リアには女性らしい振る舞いなんて出来ない」
「…………」
グレンに事情を聞かされてもメアリーの戸惑いは消えない。益々強くなったと言ってもいい。
「聞こえているぞ」
「聞こえるように言った。そのほうが気が楽では?」
「どうしてそうなる?」
「……それもそうか」
メアリー王女のように優雅に振る舞えないことにコンプレックスを感じるかと思ったのだが、よく考えてみればヴィクトリアは双子の妹として人前に出ていたことがある。振る舞えないのではなく、振る舞いたくないのだ。
「だから何を?」
「何でもない。他に話はないのかな? 無ければ部屋に案内したいのだけど」
「……ある」
「じゃあ、話せ」
「今晩は俺だからな」
「はっ?」
「俺だってしばらくグレンと離れていたのだ。だからグレンの今晩の相手は俺」
「……それはこの場でする話?」
ヴィクトリアの直截的な言い方にグレンは苦笑いを浮かべながら文句を言った。二人きりであれば、まだ違う反応を見せられるのだが、この場にはメアリーもいるのだ。
「今しないでどうする? 部屋に案内した途端になんてされたら、今晩出来ないだろ?」
「しないから」
それにグレンなら夜も出来る。身体的にはであって、気持ち的に出来るかは別問題だが。
「とにかく今晩は俺。別に夜に拘っているわけじゃないからな。順番はきちんと守らないと」
「でも、それでしたら」
ここでようやく顔を真っ赤に染めて言葉を失っていたメアリーが復活した。
「何だ?」
「ソフィア様が先ではありませんか?」
「ん?」
「正妃はソフィア様ですから、一番はソフィア様ですわ」
「……聞いていないのか?」
メアリーはソフィアの居場所を知らない。それはルート王国についても知らないということになる。妻として娶るメアリーに、それを告げていないことにヴィクトリアは驚いた。
「何をですか?」
「グレン?」
「何も話していない。誰が聞き耳を立てているか分からないから」
「もしかして供回りも連れてきたのか?」
「当たり前だろ? 王女の身で一人旅なんて出来ない」
そしてその者たちはただメアリーの世話をする為だけに同行してきたわけではない。ゼクソン王国で見聞きしたことを、ウェヌス王国に伝える役目も担っているのだ。
「それはそうだが良いのか?」
「それも話をしてからだ。だから部屋に案内しろと言っている」
「部屋ってあの部屋か?」
「そうだ」
「それを早く言え。寝室かと思った」
「寝室だろ? リアのだけど」
「じゃあ、すぐに行こう」
「ああ。じゃあ、メアリー……こちらです」
「ええ」
訳の分からないままに、グレンの後をメアリーは追っていく。ヴィクトリアの先導でたどり着いた部屋は城の奥にあるヴィクトリアの寝室だ。
「椅子は勝手に使え」
「ええ」
そう言われたメアリーが動く前にグレンは椅子を二脚持ってきてベッドの側に置いた。
「……俺にもそういう優しさをみせろ」
それを見たヴィクトリアがグレンに文句を言う。
「そうして貰いたいなら、たまには儚げな様子を見せろ」
「無理だな」
グレンに無理に優しくしてもらうより、自分らしくいる方がヴィクトリアには大事だ。儚げに振る舞って優しくされても嬉しくはない。素の自分を受け入れてもらうことが喜びなのだ。
「さて、まずはソフィアの話からだな」
「ソフィア様はどうかされたの?」
あらたまってソフィアについて話そうとするグレンの意図が分からなくて、メアリーは少し不安そうだ。
「正妃はソフィア、側妃にヴィクトリアとメアリー……ということになっていますけど」
「その間は何だ?」
これから話を始めようというのにヴィクトリアが突っ込んできた。
「割り込むな。呼び捨てに慣れないだけだ」
「妻だろ?」
「あのな。俺にとっては生まれ育った国の王女だった人だ。それに何度も話す機会もあって、ずっと王女殿下と呼んでいて、敬語だった。急には変えられない」
「……それはあるな。慣れるしかないな」
口調を直せないという点ではヴィクトリアも同じだ。
「言われなくても分かっている。話を戻しますと、ゼクソン王国だけで見ると正妃はヴィクトリアになります」
「えっ?」
「遠回しで分からないですね。はっきり言うと、俺は別の国の国王で、ソフィアはその国の后なのです」
「……国って、それは何処にあるのかしら?」
別の国と言われてもメアリー王女には全く見当がつかない。
「これから話す内容は絶対に誰にも言わないで下さい。独り言でも駄目です」
「そこまでの話なのね?」
「今は隠しておきたい話です。この部屋についても説明しておきます。この部屋は床下、天井、壁など防諜対策を施しています。完璧かは分かりませんが、何度もゼクソンの間者に侵入を図らせて、それが出来なくなるまで色々と仕組みを造りました。ですから密談はここで行うことになります」
「分かったわ」
情報の秘匿。これがルート王国を、ゼクソン王国を守ることになる。グレンはこの点については徹底して対策を施そうとしている。
「メアリーの部屋も同じようにします。それまでの我慢です」
「我慢ってなんだ?」
グレンの我慢という言葉に不満そうな反応を示すヴィクトリア。
「ここ寝室だから。リアはメアリーの寝室に出入りしたいと思う?」
「ちょっと嫌だな。前の夜が自分の番じゃないと更に嫌だ」
「……そこまで言わなくて良いから。さて話を戻します。国名はルート王国」
「それでルートと改姓したのね?」
グレン・ルートを名乗る意味がようやくメアリーにも分かった。だがまだまだ秘密はこれからだ。
「国といっても国民は五千にも届かない街程度。都もここより小さくて、拠点はそこだけ。国と言えないような国です」
「それでも国を名乗るのね。場所は?」
「帝国の最後の都」
「そんな……どうしてその場所に?」
さすがにウェヌス王国の王女であったメアリーはエイトフォリウム帝国についての知識は持っていた。だが帝国とグレンの繋がりが分からない。
「ソフィアの元の名はソフィア・ローズ・セントフォーリアです」
「……皇家の方だったのね」
これにはメアリーもかなり驚いた。青い瞳を大きく見開いている。
「はい。その縁でゼクソンを出た後に、そこに移りました。それからソフィアと結婚して、それもきっかけになって建国することになりました。ソフィアはルート王国の王である俺の后であって、ゼクソンには関係ありません。ですから表向きはヴィクトリアがゼクソン国王代行である俺の后となります。建前ですけど」
「…………」
「どうしました?」
「ソフィア様には会えないわね。その国に私は行けないわ」
これを言うメアリーの表情は暗い。ソフィアに会えないことを本気で残念に思っている。
「どうしてですか?」
「帝国を辺境に追いやったのはウェヌスよ。王族であった私は恨まれているわ」
「それは平気です」
「そんなはずないわ」
「ルート王国は帝国とは関係のない国です」
「でも、ソフィア様は皇家の方よ。国民も帝国の民よね?」
「順番で言うと、ソフィアはセントフォーリアの姓を捨てました。それで皇家は絶えました。平民となったソフィアと俺が結婚し、姓をルートに変えた。ルート王国の建国はその後です」
ルート王国とエイトフォリウム帝国が無関係であると分かってもらう為にグレンは、メアリーにルート王国建国までの経緯を話した。
「……どうしてそうなったのかしら?」
「ですから、ルート王国と帝国は別の国だと住民たちに示す為です。帝国復興の想いを捨ててもらう為とも言えます」
「それは必要だったの?」
「はい。最初の住民は千と少し。そこに六百程の兵が合流しました。その後でゼクソンから二百五十程の流民と生まれも育ちも違う人達が移住してきました。そういう中で最初からいた住民に特権意識を持たせたくなかった。それと多くが元貴族です。貴族には戻れない。それを分からせたかったからです」
「そう……」
グレンの話を聞いたメアリーに新たな驚きが生まれた。グレンの国は他にない特殊な国だと感じたのだ。
「だからメアリーがルート王国の住民に恨まれることはない。たとえ、それを言う人がいれば、その人はルート王国の建国の精神に反する。国民である資格がない」
「大丈夫なのね?」
「はい。それに国民の三割は元ウェヌス国軍の兵士ですから」
「えっ? そういうことなの?」
「ルート王国は、ウェヌスとゼクソンの混在です」
「……貴方って人は」
「どうしました?」
「ルート王国はケンの言っていた国に近いのじゃなくて?」
貴族がいない国。身分格差がない国。健太郎が盛んに訴えていた国の正しい在り方だ。健太郎から聞かされていた時は、夢物語と受け取っていたが、グレンはそれを実現しようとしているのだとメアリーは思った。
「たまたまです。それにぜいぜいが大きな村程度の規模だった国です。村に貴族なんていません」
「そうだとしても……今はそれを言っても仕方がないわ」
それがゼクソン王国にまで広がったとしたら。この可能性は口にすべきではないと思って、メアリーは話を終わらせた。
「少し落ち着いたらお連れします」
「楽しみにしているわ」
「さて本題です」
「えっ、今のは違うの?」
ここまでで充分にメアリーは驚かされている。これ以上何があるのかと戸惑うことになった。
「前振りですね。何故、ルート王国の存在を隠したいか。それが本題なのです」
「そうなのね」
「俺が敵と定めているのは、銀鷹傭兵団。俺の両親が作ったとされている傭兵団です」
「エステスト城塞での話で出た傭兵団ね……作ったとされているってことは実際には違うのかしら?」
「いくつかの傭兵団が集まって銀鷹傭兵団は生まれました。ですが、これも本質ではありません」
「……分からないわ」
ここまでの説明ではメアリーには何のことか全く分からない。それはそうだ。グレンはまだ肝心のことを話していない。
「それを今から説明します。銀鷹傭兵団の背後にはウェヌスの貴族がいる。ランカスター家がそれだと俺は思っています」
「……ここでランカスターが出てくるのね」
ようやくメアリーにも分かる話が出てきた。ランカスター侯爵家こそがウェヌス王家の敵。この認識はメアリーも持っている。
「証拠はありませんが状況がそれを示しています。銀鷹傭兵団の目的はウェヌス王国に混乱をもたらすこと。それは俺の父の目的と同じかもしれませんが、目指すところが違います」
「……反乱の下地を作ることね?」
「そんな感じです。国を乱し、民の不安や不満を増大させ、それを現王家への不信につなげる。王家の力を弱めることで簒奪の下地を作る。そういったところでしょう」
「そう……」
グレンの説明はメアリーにはピンと来ていない。ウェヌス王国はそこまで混乱はしていないと思っている。
「たかが傭兵団と思っていませんか?」
「違うのね」
「傭兵団として行動しているのは、極々一部に過ぎません。城塞でお話した通り、この国にも深く根を張っていました。アシュラムも同様かもしれません。そして本拠地であるウェヌス王国には、どれだけ広がっているのか想像もつきません」
「……そうね」
どれだけ口で説明されても、やはりメアリーには目の前にある危機として認識出来ない。
「まだ実感が湧きませんね。では、この国で何をしようとしていたかを説明しましょう。これも状況からの推測ですが、まず間違いないと思います」
それを見て取ってグレンは説明を変えることにした。
「ええ」
「ゼクソンでの目的はこの国そのものを奪うこと。ただその前の下準備もありました。俺が捕虜になった最初の戦いの目的はトルーマン前元帥とゴードン前大将軍の排除です」
「どうして、それが必要だったの?」
「お二人の争いはあったにしてもウェヌス軍は、貴族の影響力を一切受け付けない組織でした。貴族であるほうが肩身の狭い組織でしたから。そうさせていたのがお二人です」
「……軍を自由に動かすため」
「はい。当時の軍の頂点を一掃し、勇者が頂点に立ちました。更に勇者軍を本来のウェヌス軍とは別物とした。それで他国への侵攻は思うがままです。勇者の扱い易さはご承知の通り。貴族が要職を占めている文官はランカスター家の影響力が絶大です」
健太郎が勝手に暴走しているように見せることで自分たちの野心を隠すことも出来る。ランカスター侯爵家にとって健太郎は実に都合の良い存在だ。
「実際にそうなったわ」
「はい。勇者軍を主力とした再侵攻となりました」
「でも、それは貴方が防いだわ」
「それで講和となりましたが、交渉を思い通りに進めて密かにヴィクトリアとの婚姻を条件に含めました。今度は誰と決めることなくです」
「ヴィクトリア様の夫になった者が王になる。それでゼクソン王国は手に入るわね」
自分の婚姻にこんな裏があったと知って、メアリーの内心は複雑だ。その策謀のおかげで、こうしてグレンの横にいられるという意味でも。
「ところが彼女に男子が生まれた」
「グレンの子」
「はい」
「それを口実に反乱を起こさせたのかしら?」
「結果としてです。俺とヴィクトリアの間に子供が出来るなんて予測はつきません。それがなくても反乱は起きていたと思います。」
「どうして?」
「ウェヌスの人間が王になることを素直に認めると思いますか? 素直に認めれば、王になる。認めなければ反乱を起こさせる。そして鎮圧という名目でゼクソンから反対勢力を一掃する。後者の場合は、ヴィクトリアは生きていなかったでしょう」
婚姻を受け入れようと受け入れまいとゼクソンの王権はウェヌス王国の誰かに移る。そういう予定だった。
「……凄い策だわ。でもランカスター家の者が王位に就けるとは限らないわ」
「はい。恐らくはそれで戦功をあげる勇者を王にしたでしょうね」
「それではランカスター家は」
「最初は誰でも良いのです。占領した国に王を置くという前例が作れれば」
「……まさか?」
グレンの説明の意味をメアリーは理解した。メアリーが周囲に認められていたのは外見だけではないのだ。
「さすがですね。そうです。エイトフォリム帝国の形を変えた大陸支配。ですが最後の結果は同じです。帝国の支配下にあるはずの王国は反旗を翻し、独立する。その中でランカスター家が王になった国が大陸の覇権を握る」
「そこまで考えていたなんて」
「これはさすがに状況証拠もありません。ただランカスター家が王になるには、どうすればいいかを考えた結果です」
「やっぱりグレンが黒幕みたいだわ」
証拠も何もなく、それを思いついたということは一から策謀を考えたようなもの。メアリーはこう思って、これを言ったのだが。
「はい。それに近いです」
「えっ?」
「どこまでかは知りませんが、俺の母が考えた謀略が含まれているようです」
「……嘘よね?」
グレンの母親についての知識はメアリーにはない。このような謀略を考え付く母親というものも全く想像出来ない。
「嘘だったら良いのですが。俺の母は謀略に狂っていたそうです。銀鷹傭兵団の背後に本来の敵がいると知りながら、謀略を考え、それを相手に教えて、それを実行させた。それをまた自分が謀略で防いでみせる。ただの遊びです。ですが、その遊びで多くの人が死に、多くの人が不幸になります」
「グレン……」
母親が犯した罪を告白するグレン。自嘲的な笑みを浮かべて淡々と話しているが、メアリーにはそれが凄く辛そうに見える。
「それを何とも感じない狂った母を、死んだ母の亡霊のような謀略を俺は止めなければいけません。俺の敵は死んだ実の母なのです」
「そんなの……それではグレンが悲しすぎるわ」
「そうでもありません。この事実を知りながら、それでも俺の側にいてくれる人が俺にはいます」
「ヴィクトリア様」
「それにソフィアも。他にもいます」
この事実を知っている人はそれほど多くはない。だが、これを知っても誰も自分から離れることなく、自分を支えようとしてくれる。それがグレンにとっての救い。
「私も貴方の側にいるわ。何が出来るか分からないけど、貴方を支えたい」
そしてメアリーも同じだった。
「……そう言ってくれると思っていました。それを聞きたかったのです」
「もし、言わなかったら?」
「別に。俺が歯向かうことはもう敵に知れています。何も変わりません。ただ側にはいられない。それは残念ですが」
「側にいるわ。私は貴方の妻。もうずっと前から、王女であることを捨て、貴方への想いを優先してきたの。貴方が私の全てなの」
「……はい。ありがとうございます」
言われなくても知っている。グレンは、自分が死んだと思って、ボロボロになってしまっていたメアリー王女を見ているのだ。彼女の想いを疑う気にはなれない。
「細かい話は、まだ色々ありますけど、それは追々説明します」
「そう。じゃあ……私は失礼しようかしら」
ここはヴィクトリアの寝室。話が終わったからには退散しようと考えたメアリーだが。
「……グレン、部屋に案内してやれ」
ヴィクトリアがグレンにメアリーを部屋まで送るように言ってきた。
「ああ」
「今日は良いから」
「はっ?」
「真面目な話を聞いていたら疲れた。今日はゆっくりと寝たい」
「……どうした?」
ヴィクトリアが嘘を言っていることは明らか。メアリーへグレンを譲ろうということなのだが、そう考える理由がグレンには分からない。
「……抱けば少しは遠慮が消えるのではないか? お前たちの会話を少しやける。メアリーは凄く大事にされている感じだ」
「馬鹿」
メアリーへの気遣いではなくヤキモチ。それが何ともヴィクトリアらしい愛情表現で、グレンは疎ましさよりも微笑ましさを感じてしまう。
「うるさい」
「本当に良いのか?」
「何度も言わせるな」
「じゃあ、甘えようかな。えっと……」
ヴィクトリアの言葉に甘えようと思ったグレンだが。
「部屋……送ってくれるのね?」
メアリーの顔は、首筋まで真っ赤に染まっている。
「そ、そうですね……」
それを見たグレンの顔にも朱が上る。男女の関係を意識するとグレンとメアリーの間にはどうしようもない恥ずかしさが生まれてしまう。
そんなぎこちない態度の二人に、ヴィクトリアの怒りが爆発した。
「俺の前で良い雰囲気を作るな! さっさと出て行け!」
その言葉に後押しされて部屋を出ていく二人。その後は――
次の日からは少し、二人からぎこちなさを感じなくなった。それを見て、やはりヴィクトリアはヤキモチを焼くことになる。