月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #99 覚悟

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄
 ウェヌス城内の会議室ではゼクソン王国との交渉結果についての報告が行われていた。それを聞いた出席者の誰もが思ってもみなかった内容に愕然としている。
 ランカスター宰相にいたっては強く拳を握りしめて、あからさまに怒りを示している。

「もう一度、言ってみろ」

 怒りに震える声でランカスター宰相は、エステスト城砦から戻ってきた伝令に再度の報告を促した。

「メアリー王女殿下はゼクソン国王代行グレン・ルートに輿入れすると……」

「どういうことだ!?」

「なっ!?」

 ランカスター宰相に先んじて怒りの声をあげたのは、ジョシュア王太子だった。そのことでまた出席者の間に驚きが広がっていく。

「ご存知なかったのですか?」

 ランカスター宰相もジョシュア王太子のまさかの反応に怒りは吹き飛び、狐につつまれたような顔をしている。

「我はトルーマンに適任者を派遣するように命じたのだ。グレン・ルートと対等に交渉出来るとなればトルーマンの関係者。いや、トルーマン本人が行くものとばかり思っていた。しかし、妹はいつの間に城を出たのだ? そんなことも知らされないとは困ったものだ」

「そういうことであれば婚姻は無効ですな」

 どうやらメアリー王女の独断だと分かって、ホッとした様子のランカスター宰相。

「……まあ、こうなっては仕方ないか」

 だが、思いがけない言葉がジョシュア王太子の口から飛び出してくる。

「王太子殿下!?」

「ゼクソン王国との婚姻の約定は確かにあった。国王代行グレンに相応しいとなれば、妹しかいないであろう」

「しかし、約定はゼクソン国王と」

「まさか宰相は王女である我が妹に赤子に嫁げというのか?」

「いや、それは……」

 そんな聞き方をされてはその通りとは言えない。そもそもメアリー王女が嫁ぐことにランカスター宰相は反対なのだ。

「実際の王権はグレンにあるのだ。問題はないのではないか?」

「しかし、国王ではない」

「我に娘でもいればな。しかし、我は妃も迎えておらん。そうなれば婚姻を実現するには、この形しかあるまい。それに妹は元々ゼクソンに嫁ぐ予定だったのだ。元の鞘に収まった。そういうことであるな」

「……ウェヌス王家の王女を側妃にされるのですか?」

 ランカスター宰相は何とかジョシュア王太子の気持ちを変えようと必死だ。

「ふむ。それはあるな」

「では」

「だが、それは妹がどう思うかだ。重要なのは我が国とゼクソンとの関係が友好的になるかどうか。我が妹とグレンは知らない仲ではない。かつては主筋であった妹だ。グレンも蔑にすることはあるまい。やはり、最適な形だな」

 ジョシュア王太子が考えを変えるはずがない。こうなることは知っていてメアリー王女を送り出したのだ。

「……ではお認めになるのですか?」

「そう申している。そもそも宰相は何故反対なのだ? 妹をゼクソンかアシュラムへ輿入れさせるべきと宰相は我に言っていなかったか?」

「それは……その時とは状況が違います」

 ジョシュア王太子の言う通り、メアリー王女の他国への輿入れを勧めたのはランカスター宰相だ。策略の為であるが、それをこの場で言えるはずがない。曖昧な返答で誤魔化すしかなかった。

「同じだ。我が国はゼクソンと改めて友好関係を築く。やり直しと申しては戦争で亡くなった兵には申し訳ないが、これで両国に争いがなくなれば少しは慰めになるであろう」

「……分かりました。ただ交渉は別です。それについては、この場で判断をします」

 ランカスター宰相は一旦引くことにした。交渉の過程でいくらでもご破算にする機会はある。ここでゴリ押しをしてジョシュア王太子の意見を無に出来るほどの力はまだランカスター宰相にはない。

「勿論だ。報告を続けてくれ」

「はい。捕虜の返還については前回と同条件。返還金についても同様です」

「問題ないな」

「返還金の交渉は為されないのですか?」

 ランカスター宰相が疑問を呈してきた。

「値切るのか? 大国ウェヌスがそれをするべきだと?」

「……いえ、結構です」

「では次」

「ゼクソンに残る兵の家族の移住の件です。名簿の提出については先方も了承しました。引き渡しは国境ということ、費用負担もこちらの申し入れ通りです。ただ家族の範囲については条件の見直しを求めてきております」

「何を言ってきたのだ?」

 ジョシュア王太子が何かを言う前に、ランカスター宰相は使者に尋ねた。何とかこの場の主導権を取り戻そうとしている。

「兄弟姉妹についてです。未成年者もしくは怪我や病気で働けない者は移住対象にして欲しいとの申し入れです」

「断れ」

「はっ?」

 ランカスター宰相の言葉に使者は驚きの声をあげた。

「兄弟姉妹は含めない。この条件は変えられない」

「しかし、残されても生きていけません」

 使者はこの条件は妥当だと思っていたのだ。それをランカスター宰相が拒否したことを意外に思っている。

「そうであれば家族は移住しないであろう。移住などは本来認めたくないのだ。家族と一緒にいたければ我が国に戻ってくれば良い」

「……王太子殿下?」

 使者はジョシュア王太子に意見を求めた。この使者はランカスター家の息がかかっていない。それはそうだ。そういう者を選んでいるのだから。

「宰相の言にも一理ある。だが我は反対だ」

 ジョシュア王太子はランカスター宰相の意見を否定した。

「……理由を教えて頂けますかな?」

 当然、ランカスター宰相は納得がいかない。

「移住の件。すでに噂が広がっているそうではないか。我は民に恨まれたくないからな。どうしてもと言うのであれば、反対したのは宰相ということにしてくれるか」

「……噂とは?」

 ランカスター宰相の眉が顰められる。またジョシュア王太子が知っていて、自分が知らない情報が飛び出してきた。それを怪しんでいる。

「宰相の耳には入っておらんのか。勇者軍は同胞を討とうとした。それで祖国に戻りたくないと捕虜の兵が言い出した。ゼクソンはそれを受け入れ、兵の為に家族まで呼び寄せようとしている。そんな噂だな」

「……ゼクソンの謀ではないですか。交渉相手としてやはり信用なりません」

 噂になった内容は市井に出回るような情報ではない。ランカスター宰相は何者かが意図的に流したとしか考えられなかった、のだが。

「噂の出所はトキオと聞いているが?」

「えっ?」

 いきなりトキオの名が出て健太郎は戸惑っている。

「何を驚いている? 自分のところから噂が広がっているのだ」

「嘘?」

「嘘と言われても、そういう報告だ」

「大将軍?」

 ランカスター宰相も疑わし気な目で健太郎を見ている。あり得る話だと思ったのだ。

「僕は知らない」

「知らないではなく、兵に箝口令も布かなかったのか?」

「……してない」

 この健太郎の言葉で噂の出所が勇者軍であることが確定した。

「全く……しかし条件までは……いや、良い。ゼクソンに制限する理由はないな」

「では家族の件も合意と。次だ」

 ジョシュア王太子は移住者家族の条件変更についても受け入れることを決定した。すぐに次の条件の話に移る。

「交易所の条件については、設置だけを合意して物品や関税などの調整は別協議にしたいとのことです」

「……それは何も議論する余地はないな」

 さすがにこれだけではランカスター宰相にも文句の付けようがない。

「では合意と。次だ」

「はい。相互不可侵条約ではなく、同盟条約への変更については」

「何だと!?」

 ランカスター宰相が驚きの声をあげた。この件もランカスター宰相は全く知らないことだった。

「あの、申し上げた通りですが」

「その様な申し入れを行ったのですか?」

 ランカスター宰相は問いをジョシュア王太子に向けた。さすがにこれはメアリー王女の独断で出来ることではない。

「言わなかったか? もっと友好的なものにしたいと言ったはずだが」

「……確かに。しかし何故、同盟など」

「ゼクソンは強い。まあ頼ることなど無いだろうが、万一の時の備えだ」

「……なるほど。悪くはありません。しかし、受け入れないでしょう」

 ウェヌス王国はゼクソン王国に負けているのだ。その力を利用しようと考えるのは当然のこと。だが、利用されると分かっていてグレンが受け入れるはずがないとランカスター宰相は考えた。

「いえ、同盟で構わないと」

「何だと!? それは本当か?」

 使者の答えはランカスター宰相が驚くものだった。

「エステスト城砦にはグレン国王代行自らが現れました」

「まさか」

「メアリー王女殿下がそう紹介されたので、間違いはないかと」

「……そうか。本人がそれに同意したのだな」

「はい」

「…………」

 グレン本人が同盟を受け入れた。それを知ったランカスター宰相は考え込んでしまった。必ず裏があると疑っているのだ。

「どうした? こちらが申し入れて相手が同意した。良いのだろ?」

「グレンが同盟を認めた意図が分かりません」

「それは妹の説得のおかげではないか?」

「そんなはずは」

 メアリー王女の説得だけでグレンが受け入れるはずがない。

「宰相は妹の働きを否定するのか?」

 ランカスター宰相の言葉にジョシュア王太子が文句を言ってくる。

「いえ、そうではなく。グレンはそのように甘い男とは思えません」

「否定しているではないか」

「しかし、一国の王が情に流されて自国に不利な条約を結ぶでしょうか?」

「不利か? ゼクソンが望めばこちらも軍を出すのだ。対等ではないか」

「……まさか」

 ジョシュア王太子の言葉でランカスター宰相は一つの可能性に思い当たった。

「どうした?」

「ゼクソンはアシュラムに攻め込むつもりなのかと」

 ウェヌス王国は、ランカスター宰相はアシュラム王国に攻め込むつもりだ。その先手をゼクソン王国が取ろうと考えることは充分にあり得る。

「それはまさかだな。我でも分かる。度重なる戦争の痛手から立ち直るには時間が掛かる。他国に攻め込む余裕などあるまい」

「普通はそうですが、相手はグレン・ルートです」

「宰相はグレンをどう評価しているのだ? 所詮は代行と言ってみたり、やけに高く評価してみたりと言っていることが変わるな」

「……それなりに評価はしております」

「そうか。そうなると手放したのは痛かったな……今更か」

「はい」

「さて条件は合意となった。念の為に父上に決裁を仰ぐがすでに話を通してある。問題はないな。調印の準備を進めておけ」

「……はい」

 何となくうまく事を進められたような気がランカスター宰相はしている。何かがおかしいという思いが胸から消えない。

「これで良いか? 良ければ我は早速、父上の下に行きたいのだがな」

「以上です。では解散にしましょう」

 ランカスター宰相の会議終了の宣言を受けて、まずはジョシュア王太子が退席する。それを待って残りの出席者も会議室を出て行った。
 一人残ったランカスター宰相は、深い思考に沈んでいった。

 

◆◆◆

 会議を終えて父であるウェヌス国王に会いに行ったジョシュア王太子。講和条件について決裁を求めるという名目であるが、実際の話はそんなものではない。
 私室のソファに座ってゆったりとお茶を楽しんでいるウェヌス国王。それとは正反対にジョシュア王太子は切羽詰まった様子で父王に詰め寄っていた。

「父上。政務に戻って頂けませんか? 我だけではランカスター家の専横を許すばかりです」

 今回の会議では何とか押し込めた。だが、それは準備に準備を重ねた上で、さらに不意打ちをかけたからだ。正面からの議論では勝ち目がないことをジョシュア王太子は分かっている。

「それをなんとかするのはお前の役目ではないか。国政はお前に任せた。ウェヌス王家の次代の王として、それを乗り越えてみせろ」

 ウェヌス国王はジョシュア王太子の懸命の訴えにも聞く耳を持たない。いつもの事だ。

「事は今起きているのです。父上の代です」

「だから任せたと言っておるではないか」

「……どうしても国政に復帰するおつもりはないのですか?」

 ウェヌス国王が願いを聞き入れてくれないことは分かっている。ジョシュア王太子は一つの決意をもって、今日はこの場に来ていた。

「儂には今の混乱を収める力はない。そうであれば後進に任せるのが正しい選択だな」

「では任せて下さい」

「だから任せておる」

「そうではありません。我に父上の力の全てを譲って下さい」

 初めから父親本人は頼りにはしていない。ジョシュア王太子は自分で何とかするつもりだ。だが、それを行うにはあまりに自分が無力だと分かっている。 

「……儂に退位しろと?」

「そこまでは申しません」

「では力とは何だ?」

「ランカスター家の野心は今に始まったことではないはずです。それを抑えてきたのは父上の忠臣たちではありませんか?」

 ランカスター侯爵家は何代にも渡って王の座を狙い続けていたはず。そうであれば、それを防ぐために戦っていた者たちもいるはずだ。それは現ウェヌス国王にも。
 ジョシュア王太子はその力を求めている。

「それは……」

「違いますか?」

「それは儂の力ではない。それに皆、隠居している。かつて持っていた力も今はない」

「権限はなくても知恵と力と王家への忠誠があります。それを我に譲ってもらいたいのです」

「……本気でランカスターに歯向かうのか?」

 ウェヌス国王はようやく真面目にジョシュア王太子の話に耳を傾ける気になった。ジョシュア王太子の思いの強さが伝わったのだ。

「歯向かおうとしているのはランカスター家です。我は王家の人間としてそれを許すことは出来ない。ウェヌス王国を、王家を守るのが嫡子である我の役目ではないのですか?」

「ジョシュア、お前……」

「父上が戦わないのであれば、我が戦います。その武器を譲っていただきたい」

「いつの間にお前はそんな強くなったのだ?」

 出来の悪い息子であったはずのジョシュア王太子。だが今、ウェヌス国王の目の前にいるのは、国を憂い、王家の行く末を憂い、王族としての責任を背負って立ち上がろうとしている勇敢な王太子だった。

「……強くはありません。ですが、王になると定められた我は周りから無能と言われようと、王になる覚悟だけは定めようと思っておりました。それが今ようやく少し形になりました」

「そうか……ひとつ聞かせてもらえるか」

「何でしょうか?」

「グレン。ジンの息子のレン・タカノをどう思う?」

「……それほど知っているわけではありません。聞いた話だけであれば、敵ではなく味方にしたいと思っております」

 何故ここでグレンの名が出てくるのか不思議に思いながらも、ジョシュア王太子は正直な思いを言葉にした。

「嫉妬はないのか?」

「はい?」

「この時代で無から一代で王になった。そんな男に嫉妬を覚えないのか?」

「……嫉妬などは感じません。幼い頃から弟と、妹とまで比較され馬鹿にされ続けた我です。嫉妬して嫉妬して、嫉妬し過ぎてもうそのような感情は失いました」

「……そうか。儂はジンに嫉妬した」

「グレンの父にですか?」

 ウェヌス国王がグレンの父親について話すのは初めてだ。しかも口から出てきたのは嫉妬。思いがけない言葉にジョシュア王太子は驚いた。

「召喚され、儂の力になるはずだったジンは、勇者に相応しい力を見せつけた。それはまだ良い。だがジンは堂々と間違っていることは間違っていると言う度胸があった。それを愚かと言う者もいる。だが、臆病な儂にはそれが羨ましかった」

「しかしジン・タカノは逃げ出したのでは?」

 ジョシュア王太子はグレンの父親がウェヌス王国を逃げ出した真相を知らない。

「それは逃げ出しもする。殺されるところだったのだからな」

「何ですって?」

「あれは貴族を否定した。身分で職が決まるのは間違いで、能力で職を決めるべきだと。それを恨まれて命を狙われた。儂はジンを裏切ったのだ」

「……裏切ったというのは?」

「ジンの言葉に儂も密かに共感していた。貴族を否定するつもりはない。だが、能力は正しく評価されるべきだとは思った。平民であっても力があれば側近に登用しても良いと。その儂の気持ちが貴族たちに気づかれた。ジンが命を狙われたのは儂のせいだ」

 世襲を廃止して実力主義の組織を作る。ウェヌス国王にもそんな理想を求める気持ちがあった。能力はともかく気持ちの方は、初めから今のようではなかったのだ。

「……それで?」

「それを押しとどめることが儂には出来なかった。自分の力の無さをまざまざと思い知らされた。そして儂はジンを切り捨てた。自分の保身の為にな」

「……そうでしたか」

「ジンは逃げた。しばらくして傭兵団を結成し、我が国に敵対し始めた。恨まれている。そう感じて儂はますます自分が嫌になった。王でいることが嫌だった……今もだ」

 これが、ウェヌス国王がまとう怠惰の衣の裏に隠れる本当の思い。どんな理由があっても国王としての責務を放棄するのは間違っている。そうであるが、ウェヌス国王の心はそれが出来るほど強くはなかった。

「……ひとつ疑問が」

「何だ?」

「何故、ケンを召喚したのですか? ジン・タカノへのそういう思いがあったのであれば、それを討つ為にケンを召喚するなど」

「流されただけだ。やり直せるという気持ちもわずかにあった。だが、あれはジンとは違う。己の欲求を満たす為に行動しているだけだ」

「そうでしたか」

「儂に忠臣などいない。いればジンはああならなかった。ランカスター家の野心は以前からだが、動きだしたのはそれほど遠い昔ではない。防いでなどいない。相手が準備していただけであろう」

「……わずかな力であっても」

 期待していた力はなかった。だからといって止めますとはジョシュア王太子は言わない。これが父王との違いだ。同じように無能と陰口を叩かれていてもジョシュア王太子には心の強さがある。

「それであっても戦うと?」

「はい」

「そうか……では、儂のわずかに残った力をお前に譲ろう」

「それは?」

「聞いた通りだ。これ以後はジョシュアを主として仕えろ。儂が命令することはないが、例えそれがあってもジョシュアの命を優先させる。これが儂からの最後の命令だ」

 二人しかいないはずの部屋で、ウェヌス国王は誰かに向かって命令している。何をしているのかと怪訝そうな面持ちで、それを見ていたジョシュア王太子だが。

「……御意」

 その命令に答える声があった。姿は見えない。声だけ、それもどこから聞こえてきたかも分からない。

「……今のは?」

「ウェヌス王国の諜報部門には表と裏がある。表はお前も知っている通りだ。王のみに忠誠を誓うとなっているが実際は怪しいものだ。だが裏は違う。存在は秘匿され、王の為だけに生きることを宿命付けられた者たちだ。裏切ることはない。あるとすればウェヌスが滅びる時だ」

「そうであれば信頼出来ます」

「これが儂の残された、お前に渡せる唯一の力だ」

「ありがとうございます」

 この力がどんな役に立つのか、ジョシュア王太子には分からない。それでも父王は確かに自分の力を譲ってくれた。ジョシュア王太子はそのことに素直に感謝している。

「……ジョシュア」

「はい」

「すまない。全てをお前に押し付けてしまう儂を許してくれ」

「……その言葉は我が無事に乗り越えられた時に改めて受け取ります」

「そうだな」

 この翌日。王位はジョシュア王太子に譲られることになった。
 何の理由もない状況での退位。ウェヌス王国の歴史の中では初めてのことだが、既に政務の全てをジョシュア王太子に丸投げしていたのは周知の事実。いよいよ王位も放り投げた程度にしか受け取られなかった。
 これが戦う覚悟を定めた新王ジョシュアが成したことだと、この時点で気付いた者は誰もいなかった。