月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #98 ハーレム?

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 軽く口づけを交わした後のグレンとメアリー王女。二人とも少し照れた様子で顔を赤くして、それ以上何かをすることはなく、それでいて離れることには抵抗があるようで体を寄せ合ってソファに座っている。ソフィアとヴィクトリアがこの光景を見れば、何を純情ぶっているんだと怒りそうな状況だ。
 もっともメアリー王女は純情そのものなので、お前らとは違うとグレンが文句を言い返す余地はあるが。

「……えっと、このままでは個人的な約束で終わってしまいますので、仕事をしましょうか?」

 二人の結婚はゼクソン王国とウェヌス王国の講和条約の中での条件の一つ。講和条約は成立しているので問題ないといえば問題ないのだが、これだけで終わるわけにはいかない。この先のことは話し合う必要があるのだ。

「……そうね」

 それはメアリー王女も同じ。使者としての役目はきちんと果たさなければならない。

「でも良いのですか? 貴女が交渉相手というのは」

「交渉内容に問題がありそうであれば、兄に伺いを立てるわ」

 さすがにこれについてはメアリー王女もけじめをつけている。そうでなくては、自分の我が儘を許してくれた兄に申し訳ない。

「それはどちらの?」

 メアリー王女には兄が二人いる。普通に考えればジョシュア王太子なのだが。

「……両方」

 メアリー王女の答えはこれだった。この件にはエドワード大公が絡んでいる。グレンにとっては、ここに来る前から分かっていたこと。

「エドワード大公は何故、今になって?」

 分からなかったのは、何故、今になってエドワード大公は国政に関わろうとしているのか。しかも仲の悪かったはずのジョシュア王太子に協力する形でだ。

「それは……正直分からないわ。ここに向かう途中で伝言を受け取っただけだから。でも兄二人が協力して、事にあたってくれるのは良いことだと私は思うの」

「そうだと良いのですが……」

「もしかしてグレンにとっては困ったことになるのかしら?」

 グレンはウェヌス王国と戦っている。敵の王家がまとまることは、グレンにとっては都合が悪いのかもしれないとメアリー王女は考えた。

「王女殿下は」

「王女殿下って……」

 敬称で呼ばれたことに不満そうなメアリー王女だが。

「あっ、いや、でも、まだ、その……」

 さすがにそれは無理というもの。お互いの気持ちを確かめ合っただけで、正式には何も始まっていないのだ。

「そ、そうね」

 顔を真っ赤に染めているメアリー王女。先走りしてしまったことに気が付いて、照れているのだ。

「今は王女殿下のままで。仕事の話ですから」

「……分かったわ。それで?」

 メアリー王女は気を取り直して、表情を引き締める。

「王女殿下はどこまで知っているのですか?」

「ランカスターが謀反を企んでいる。エドワード兄上はそれを何とか阻止したいと思って動いているわ」

「そうですか……」

 ランカスター侯爵家の野心については掴んでいて当たり前。そこからどこまで深いところまで調べられているか。それが問題だ。

「……駄目かしら?」

 グレンの反応を見たメアリー王女は不安そうだ。

「傭兵団についてエドワード大公から何か伝えてきましたか? 王太子殿下からでもかまいません」

「……特には」

「それでは……」

 何も分かっていないと同じ。トルーマン前元帥を通じて、危険を知らせたつもりだったのだが、その甲斐はなかったことになる。

「傭兵団に何かあるのかしら?」

「長くなるので詳しくはここでは話しませんが、ゼクソンでは五十人を超える敵を捕えました。軍、文官、侍女、一般の民、潜り込んでいた場所は様々です」

「ゼクソンで?」

 ウェヌス王国で謀反を企む者たちが何故、ゼクソン王国にいるのかがメアリー王女には分からない。

「はい。そういう敵なのです。恐らくアシュラムにもいます。他国にそこまで根を張っているのです。エドワード大公が軽く考えていなければ良いのですけど」

「そこまでなんて……」

 グレンの話はメアリー王女にとって衝撃だ。他国でそうであればウェヌス王国内ではどうなのかという話になる。

「もっと他の国々にも根を張っているかもしれない。そこまでになると、ウェヌス内ではなく他国が裏にいるか、少なくとも協力している可能性も出てきます」

「ウェストミンシア王国ね」

「まだ可能性です。いずれにしろ何の力もない一大公が立ち向かえる相手ではありません」

「だからジョシュア兄上と協力しようとしているのではなくて?」

 エドワード大公は無力でも、ジョシュア王太子と協力すれば。メアリー王女がそう考えたのだが。

「王太子殿下がウェヌス王国の中枢を掌握していたら、そもそも戦う必要もない。そう思いませんか?」

「……そうね」

 ジョシュア王太子に力があれば問答無用にランカスター宰相を更迭すればいい。さらにランカスター家の息のかかった有力者を粛清すれば事は済む。だが、そんな強権を振るえるほど王家に力はない。逆に謀反の口実を与えるだけだ。

「まあ、でも動き出したことは悪いことではありません。問題は下手な動きをしないことですね」

「…………」

「……すいません。この言い方は失礼ですね」

「グレンから見ると、エドワード兄上も頼りなく見えるのね?」

 メアリー王女にとっては自慢の兄。その兄が動き出したのだから大丈夫。そう思っていたのだが、グレンの見方は違っていた。

「頼りなく見えるというか……トルーマン閣下にほのめかしたのは俺ですが、やっぱり、あの方はこういう謀略事には向きませんね。大きく動く前に戦える態勢を整えないと。これは王太子殿下にも伝わっているはずですけど」

「態勢って? グレンには何か考えがあるのかしら?」

 王家だけでは不足とグレンは言っている。では誰を味方につければ良いのか。メアリー王女としては是非とも聞きたいところだ。

「考えというほどのものはありません。俺が知っている人は軍部に限られていますから。ただ、その中であえて言うならゴードン元大将軍は味方に引き入れるべきですね」

「えっ? でもグレンは」

 グレンとゴードン元大将軍は友好的といえる関係ではない。グレンがそのゴードン大将軍を仲間にするように薦めてきたのは、メアリー王女には意外だった。

「過去の出来事や好き嫌いは別として、あの方には謀をめぐらす力があります。政争もお手のものでしょう」

「……そのゴードンを追い落としたのはジョシュア兄上よ。難しいわ」

「そう王太子殿下が思われているのでしたら、殿下も事態を正しく認識しておらず、本気で戦う気になっていないということです」

「そうね」

 真の敵と戦う為であれば、頭でも何でも下げればいい。王太子としてそれが出来ないと言っているとすれば、その程度だということだ。

 

「黒幕はランカスター侯爵家。これさえも正しいか分からない。戦える態勢もない。その様な状態で戦意を表に出しては逆に潰されるだけです」

「……そんな相手とグレンは戦っているのね」

 グレンにも決して力があるわけではない。それでもグレンは戦っているのだとメアリー王女は認識した。自分たちがどれだけ甘かったかも。

「まだ本格的には戦っていません。向こうは軽く見ているか、利用出来ないか探っているところでしょう。ですが俺はゼクソンの王権を握ってしまった」

「敵は本気になるわね」

「恐らくは。それに対抗する為の準備が五年という期間です。その前にも仕掛けてくるでしょうけど、不可侵条約を結べば無条件で軍は動かせません」

「……同盟は?」

「同盟はウェヌス国内で反乱となった場合に、ゼクソンから軍を出す理由づけですね?」

「そうよ」

「それを利用されてアシュラムとの戦争にゼクソンが巻き込まれる可能性があります」

「……考えていなかったわ」

 敵と戦う為の力を借りる為の策が、敵に利用される可能性がある。考え方だけでなく策の甘さも知った。グレンが態勢の整っていない状態で動くなというのも納得だとメアリー王女は思えた。

「王太子殿下の陣営に策士がいない証拠です。それを探すべきです。ゴードン元大将軍と言いましたが、本当は別の人が良いですね」

「そうなの?」

「ゴードン元大将軍は知られ過ぎです。ゴードン元大将軍を囮にして、裏で別の策を動かす。そういう人が必要です」

「それをエドワード兄上が務めるのでは駄目なのかしら?」

「う~ん。優秀な方なのでしょうけど、王都にいなくてどこまでのことが出来ますか? 人をどれだけ動かせるのでしょうか?」

 頭で考えているだけでは策など上手くいかない。情報収集、しかも出来る限り最新の情報を得ること。そして策を実行する上での様々な事前準備等。大公領に籠もって出来ることとはグレンは思えない。

「……王都に戻ってもらえば?」

「それをするとゴードン元大将軍と同じ。敵の注目の的になります。動向は全て調べ上げられ、策を実行するどころか逆手に取られるかもしれません」

 エドワード大公には情報秘匿を行う力もない。グレンはそう考えている。

「……敵が注目しない意外な人物が良いのね?」

「はい。そうです」

「……目の前にいるわ」

 グレンの事情を分かっていないメアリー王女は、もっとも相応しいのはグレンだと思った。だが今、敵が注目しているのはウェヌス王家ではなくグレンの方だ。グレンは自分の国を守る為、守れる力を付けることで精一杯。ウェヌス王家を支援する余裕はない。

「俺もまた敵を引きつける囮になります」

「囮?」

「ゼクソンかアシュラム。その玉座を奪えるなら、それを優先するでしょう。無理となれば、いよいよウェヌス国内で反乱です。それに備える期間が王家には必要なはず」

 メアリー王女に少し気を使ってこんな言い方をしているが、敵にとってもウェヌス王家の優先度は低いという意味だ。

「ランカスター宰相は専横という評判を恐れなくなっているわ」

「ゼクソン王国での戦いが思うようにいかなかったですから。悪いことではありません。それだけ相手も焦っているということです」

「その焦りが王家に向くことはないのかしら?」

「絶対とは言いません。でも俺ならまだ王家に手は出しません。まだ場は整っていないと思いますから」

「場?」

「俺が思うに敵は簒奪という形を避けようとしています。今、王家に手を出せば間違いなく簒奪と言われます。周辺国からはどんな形でも非難されるでしょうが、だからこそ国内では支持されていないと他国の干渉を防げません」

「国内で支持……」

 簒奪を支持される。それは現ウェヌス王家が国民に見放されたことを意味する。それを思ってメアリー王女の気持ちは沈んでしまう。

「今はそこまで酷くはありません。だから王家に対する敵の動きはまだ鈍い。ランカスターの専横に不満を覚えている人も多いのではないですか?」

「そうね。あれだけ周りの反感を買ってどうするのかしら?」

 国内の支持を得ようと思っているなら、ランカスター宰相の振る舞いは間違っている。それは王家にとっては良いことではあるが。

「それ以上に反感を買う存在がいれば良いのです」

「……勇者」

「はい。ただ利用の仕方がまだ分かりません」

「利用って?」

「たとえば勇者独特の我儘を利用して占領した国の王にしてしまう」

「えっ?」

「ウェヌスは帝国となって占領国に王を置くと言う前例を作る。本人はもっと大きな国。さっきは協力の可能性を言いましたが、ウェストミンシア王国の王になんてなれば、いきなりウェヌス帝国と同等の国力を持てますね。他の王国にも反乱をおこさせて全土を征服することも可能です」

「そうね……」

「あとは勇者にウェヌスで反乱を起こさせて、それを討つことで王になるという方法もあります。まあこれが一番簡単かな?」

「簡単なの?」

 目を見開いて驚きを見せているメアリー王女。反乱が簡単に起こるなどあってはならない状態だ。

「勇者は物語の主人公。主人公は王になって当然。そしてウェヌスの現王家が悪政を施いていると吹き込まれれば、悪を倒す正義の味方だってはりきって反乱を起こすに違いない」

 健太郎たちの妄想。これも利用しようと思えば利用出来る。案外、敵は妄想の中で生きている方が利用しやすいと思っているのではないかと、グレンは思い始めている。

「そうかも……でもそれを討つのは?」

 健太郎がウェヌス国王のままでは意味がない。反乱を起こした健太郎を討つという名目でランカスター侯爵家は動くはずだが、勇者を簡単に討てるのかメアリー王女は疑問に思った。

「討つだけならどうとでも。別に戦場で討つ必要はありません。ただ問題はそれをするとウェヌス王国はガタガタになります。玉座についても他国の侵略を招くことになる。だからこれは最後の手段です」

「……ねえ、もしかして黒幕って貴方なのかしら?」

 もしグレンの思う通りに動けばウェヌス王国は滅ぶことになる。グレンにとっての敵はどこまでの範囲なのかメアリー王女は不安に思った。

「あっ、今それを言われると……」

 メアリー王女の指摘は違う意味でグレンに動揺を誘うことになる。黒幕が自分の母親である可能性はあるのだ。

「どうしたの?」

「……説明は別の時でお願いします」

「そう……それを防ぐには?」

「さあ、それはこれから考えます」

「今、惚けたわね?」

「何故?」

「方法は別にして私だって分かるわ。ウェヌスに他国を取らせないことよ」

 グレンの恍けるタイミングは少し早かった。

「……はい」

 そうだとしても、たったそれだけのことでグレンの嘘を指摘してくるメアリー王女は少し厄介な人かもしれないとグレンは思う。ヴィトリアならまず気付かない。そしてソフィアは多くの場合、分かっていない振りをしてくれる。

「そして、それを防ぐ度に王になってしまったら」

「…………」

「その人が王、もしくは皇帝になるわ」

 ルート王国の王でありながらゼクソン王国の王権を手にした。メアリー王女は気付かないうちにグレンが惚けたかった理由の一つを口にしてきた。

「全て防げて、その国に王として認められればの話です」

「でも貴方なら出来るかも」

「何故?」

 実はメアリー王女は事情を知っているのではないか。そう疑うくらいの話の展開に、グレンは内心で驚いている。

「勇者だから」

「……勇者の息子です」

 ただ続く言葉は少し逸れていた。ここで勇者という言葉が飛び出す理由が、グレンには思い付かない。

「あら、そうかしら?」

 メアリー王女は急に、まるで悪戯っ子のような無邪気な笑みを見せてきた。

「……何ですか?」

 一方でグレンは、急にメアリー王女がそんな嬉しそうな顔を見せてきたことに疑問を覚えて、怪訝そうな顔をしている。

「覚えているかしら? 『シスコン勇者のドキドキハーレム創造』。題名だけならグレンのことよ」

「俺はハーレムなんて」

「あら、これでも私はウェヌス一の美女と呼ばれたのよ?」

「自分で言いますか?」

「ここは言わせて。ゼクソンのヴィクトリア様もかなりの美形なのよね?」

「ま、まあ」

 外見は。実物に会った時に、メアリー王女がどう感じるか。グレンは少し心配になった。

「ソフィア様も独特な雰囲気を持った綺麗な人だったわ」

「えっ? どうして?」

 ソフィアの容姿をメアリー王女が知っていたことにグレンは驚いた。

「騎士団官舎で見たわ」

「……見たって、見に来たのですよね?」

 騎士団宿舎は王女であるメアリーが頻繁に訪れる場所ではない。その逆でまず用のない場所のはずだ。

「いいじゃない。気になって仕方がなかったのよ」

「だからって見に来ますかね」

「それくらい許してくれても良くない?」

「……それはまあ、禁止する権限もなかったですけど」

 少し砕けた口調のメアリー王女。グレンはなんだか時が戻ったような気がした。そうであれば良いなと思ってしまう。

「もう分かったでしょ?」

「何を?」

「まだ惚けるの? グレンは三人の美女を妻にしているのよ。これがハーレムじゃなくて、何なの?」

「……嘘だ」

 グレンが全く気付いていなかった状況を指摘してきたメアリー王女。やはりグレンにとって少し厄介な女性のようだ。