月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #105 ただ待つしかない人

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ローゼンガルテン王国の都。王城の一室でアルベルト王子は書類の束に目を通している。国王の座を継ぐ者として政務を行っているのではない。軟禁状態のアルベルト王子にはそんな権限は与えられていない。
 手元の資料は特別に頼んで入手したもの。ブルーメンリッターの戦闘報告書だ。ゾンネンブルーメ公国での戦いについての情報をアルベルト王子が知っても、それが敗戦の報告であれば別だが、キルシュバオム公爵家に困ることはない。そう判断されて閲覧を許可されたのだ。

「……魔王軍の意思は統一されていないのだね?」

「えっ?」

 突然、アルベルト王子から発せられた問い。クラーラは咄嗟に答えることが出来なかった。

「君は魔王軍と戦ったことがあるのではなかったかな?」

「あっ、あります。でも意思というのは?」

 クラーラは自分が元ブルーメンリッターの一員であったことを話している。隠していてもいつかは知れること。そもそも隠すことに意味はない。知られたからといって、何かが変わるわけではないのだ。

「最新の戦いでは魔王軍は組織として行動していない。魔族というのは本来そういうものだというのが通説だけど、戦争の初期ではそうではなかったのではないかな?」

「はい。魔王軍は人族の軍隊と同じように統制された行動をとっていました」

 ラヴェンデル公国で経験した最初の戦い。ローゼンガルテン王国軍は、通説とは異なる動きに戸惑い、苦戦することもあった。クラーラは実際に戦場に出て、そしてアルベルト王子は今回と同じように戦闘報告を読んで、それを知っている。

「そうであるのに最新の戦いでは魔王軍はバラバラに戦っているね。率いる将の問題ということなのだろうか?」

「それはあるかもしれません」

「個としては強力な敵だったみたいだ。強者だからこそ、上の言うことを聞かないということかもしれないね?」

「……そうですね」

 さきほどよりも小さな声で応えるクラーラ。

「ちゃんと考えている?」

 こう言われるのが分かっていたからだ。ブルーメンリッターが敵について何も考えないで戦っていたとはクラーラは思わない。だが十分だとも思っていなかった。クラーラはジグルスの周到な戦い方を知っている。それと比べてしまうのだ。

「……申し訳ありません」

「謝らなくても良い。将と思われる魔人を一人倒したが、連戦は難しいという判断らしいね。ただ勝った勝ったと自慢するだけで終わらないところは、ブルーメンリッターの指揮官は真面目だね?」

「そういう方です」

 学院時代のエカードに対しては良い感情を持っていなかったクラーラだが、卒業後、ユリアーナの呪縛から解き放たれた状態の彼の為人を知ってからは、考えを改めていた。
 好意を向けている女性への態度を見せられていたのだ。悪いものであるはずがない。

「彼に任せておけば魔人との戦いは大丈夫と思って良いのかな?」

「……きっと勝利してくれると思っています」

「そう……」

 返答に躊躇いがあった。その意味をアルベルト王子は考えている。クラーラはブルーメンリッターの一員だった。その彼女に即答を許さなかった理由は何なのか。気になるところだ。

「話を戻そうか。魔王の軍には統制された部隊とそうではない部隊がある。この違いは何だと思う?」

「……やはり率いる将の違いだと思います。統制がとれていた軍勢でも、常にそれを維持出来ていたわけではありません。混戦を作り出して……」

 奇襲によって敵を混乱させ、小数の部隊を本隊から引き離した上で待ち伏せしてそれを討つ。ラヴェンデル公国での戦いでジグルスが採っていた戦術の一つだ。

「どうかした?」

「いえ。軍としてまとまりがないのは魔族の弱点です。ただそれをある程度は抑えられる将とそうでない将がいるということだと思います」

「後者のほうが戦い易いのは間違いないね。なるほど。今回の戦いで苦戦したのはそれが理由かな? 陣地を守る戦いであれば、統制が乱れることは少ない。魔族の弱点が、結果として補われていたということかもしれないね?」

 決められた場所を守る戦い。一部の魔人にとっては退屈な戦いとなるが、陣地を飛び出すなどかなり勝手な動きをしない限り、孤立することはない。

「そうかもしれません」

「この先の戦いも多くが拠点攻略か……なかなか厳しい状況だね?」

 ゾンネンブルーメ公国での戦いは魔族に占領されている拠点を奪い返す戦い。普通に考えれば魔族側は防衛戦。そうであれば苦戦が予想される。

「……戦い方の工夫が必要かもしれません」

「たとえば?」

「私なんかでは思いつけません」

「では誰が思いつけるのかな? ブルーメンリッターにおける最高の戦略家、戦術家は誰だろう? エカード? それともレオポルドかな?」

 言葉を変えただけで問いの意味はさきほどと同じだ。ブルーメンリッターはローゼンガルテン王国の、ではなくキルシュバオム公爵家における最強の部隊。もしアルベルト王子が今の状況から逃れることが出来て、王国の実権を取り戻す為の戦いを起こすことになれば最大の脅威となる敵だ。その指揮官もしくは側近の能力がどの程度のものか知っておいて悪いことはない。

「最高の戦略家は……」

 またクラーラは答えに詰まる。アルベルト王子が求める答えとは別のことが頭に浮かんでしまったのだ。

「……ブルーメンリッター以外にいるのかな?」

 クラーラが答えるのに戸惑う理由をアルベルト王子は読み取った。表に出ない戦略家が存在しているのだとすれば、それはそれで重要な情報。なんとか聞き出さなければならない。

「あっ……で、殿下……」

 アルベルト王子はクラーラの背後に回り、後ろからその体を抱きしめる。頭の良いクラーラの隙を作るにはこういう行動が一番の方法。何度も彼女と接しているうちに、アルベルト王子はこれを知った。

「真面目な話ばかりだと退屈だ。このまま話を聞かせて」

 クラーラの耳元でささやくアルベルト王子。その左手は彼女の胸元に、そして右手はドレスの裾をたくし上げている。もともと油断させる為に女好きを装うとしていたのだ。それがクラーラに対して、有効であることはアルベルト王子には都合が良い。

「……だ、駄目」

「駄目なことなんてない。何度も言っているけど私たちは夫婦になるのだよ? さあ、話の続きを。君が思う最高の戦略家は誰かな?」

「……こ、こんなことされて」

 嫌がってはいるが完全には拒否出来ない。アルベルト王子の言う通り、クラーラは彼の妻になる身。まだ正式な結婚は先の話ではあるが、彼女を送り込んだキルシュバオム公爵家も早く関係を持つことを求めているのだ。
 体を使ってアルベルト王子を籠絡しろということだ。クラーラに出来ることではない。

「こんなことをされていても答えることは出来るよね? さあ、早く聞かせて」

「……んん」

 恥ずかしがっていてもアルベルト王子の手の動きにクラーラは反応してしまう。

「……もしかして会話抜きのほうが良いかな?」

 別にアルベルト王子はクラーラの体を求めているわけではない。彼女に自分の意図について、出来るだけ考えさせない状況にしているだけだ。

「……ジ、ジグルスさん、です」

「えっ……?」

 想定外の答えにアルベルト王子の手が止まる。

「……私は個人の力で戦っていただけで、軍事など分かりません。そんな私ですので、戦略家、戦術家は誰と聞かれても思い付かないのです」

「……それでもあえて言うならジグルス。ジグルス・クロニクスだと?」

「はい。戦場で彼が率いる部隊の動きは味方である私たちにも、いえ、私だけかもしれませんが良く分かりませんでした。でも気付くと勝っているのです」

 リーゼロッテが率いていたリリエンベルク公国軍であるが、作戦はジグルスが考えたものであるのは明らかだった。ジグルスが合流してから、戦況はローゼンガルテン王国側が優位に変わったのだ。

「……彼であれば魔族に勝てる?」

「どこまでジグルスさんに権限が与えられるかだと思います」

 ジグルスはリリエンベルク公国の小貴族。ローゼンガルテン王国軍全体を任せられる身分ではない。

「そう。彼が……でも彼は……」

 ジグルスはキルシュバオム公爵家に仕える立場ではない。アルベルト王子としては、本当に軍事の才がジグルスにあるのであれば、いざという時には味方になってもらいたい。だがジグルスは、すでに死んでいる可能性もある。

「ウッドくんは生きていると信じています。信じて、探しに行きました」

「ウッドくん?」

「学院時代に、一緒にリーゼロッテ様の元で戦っていた仲間です。ブルーメンリッターでも一緒でした」

「その彼がジグルスを探しに?」

 ブルーメンリッターの一員であったのであればキルシュバオム公爵家に仕える立場。アルベルト王子の認識ではそうなのだ。そのウッドストックが何故、ジグルスを探しに出たのかは大いに気になる。

「ジグルスさんの下で、本当に信頼し合える仲間と戦いたいと言って、ブルーメンリッターを辞めました。私も付いていきたかったのですけど……」

「……でも君は行かなかった」

 クラーラもブルーメンリッターを辞めようとしていた。だが彼女はキルシュバオム公爵家の養女となって、ここにいる。キルシュバオム公爵家に忠誠は向けていないとは判断出来ない。

「ウッドくんに危険だから駄目だと言われて……だからこそ一緒に行きたかったのに……でも、私は……」

 自分の気持ちを押し通すことが出来なかった。それに対する後悔の気持ちは今も消えていない。アルベルト王子との政略結婚の相手にされてしまったのだから尚更、消えることなどない。

「そうか……分かった。ありがとう。退屈が紛れたよ。自分の部屋に戻るがいい」

「えっ……?」

「……もしかして今日は最後まで許してくれるのかな? そうであればまだまだ一緒の時間を過ごしても良いけど?」

 クラーラの意外な反応。その意味を探ろうとアルベルト王子はこんなことを言ってみる。

「い、いえ! 戻ります!」

 顔を赤らめて、慌てて立ち上がって部屋を出て行くクラーラ。これはアルベルト王子の予想通りの反応。その様子を見たアルベルト王子は苦笑いだ。

(……困ったな。本当に面白くなってきてしまった)

 好色を装う為にクラーラにちょっかいを出しているのだが、近頃は彼女の反応に面白みを覚えている。自分を籠絡する為、そこまででなくても監視する為にキルシュバオム公爵家から送り込まれた女性、というのがクラーラに対するアルベルト王子の認識であるのだが、彼女の態度はそういうところを感じさせないもの。それが面白くなってきていた。

(案外、本当に好色なのか……別にどうでも良いことか。それよりも……)

 実際に自分がどうであるかなどどうでも良いこと。それよりも考えるべきなのはこれからのことだ。

(……もし生きているとすれば)

 妹のカロリーネ王女もジグルスの元に向かうはず。彼女以外にも、ウッドストックのようにジグルスを探す為にリリエンベルク公国に向かう人がいるかもしれない。

(まだ小さなものではあるだろうが、人の流れが出来ている。これに何の意味があるのか。その先に何があるのか)

 アルベルト王子には何の力もない。自ら動きを作ることは出来ない。そうであるので周りの情勢を見極め、自分の影響力が最大化したところで動くしかないのだ。それがたとえ、自死という選択であったとしても。

(……ラヴェンデル公国も読めないね)

 戦闘報告にはラヴェンデル公国軍についても記されていた。当初の予定にはなかった参戦。それも恐らくは完全に敵の不意をついた勝利を決定的にする動きだ。
 何故そんなことが出来たのか。ラヴェンデル公国軍は思っていた以上に優秀なのか、それとも。

(……想像で期待してもね。とりあえず今は、カロリーネだけに期待することにしておこう)

 もしカロリーネ王女がリリエンベルク公国に行き、ジグルスと合流することが出来たなら事態は大きく動くかもしれない。それがどういうものかはアルベルト王子には分からない。分からないが期待してみることにした。

 

◆◆◆

 キルシュバオム公爵を中心としたローゼンガルテン王国の統治は順調とはいえない状況だ。それはそうだ。前国王を弑逆しての国権の簒奪は用意周到に行われたといえるものではない。ユリアーナの扇動による影響を受けて、王都の軍事力の空白を突いて行動したというだけ。軍事的には成功ではあるが、その後の統治に向けての体勢が整っていたとはいえないのだ。
 キルシュバオム公爵とその臣下がどれだけ優秀であったとしても王国を安定させるのは容易なことではない。まして今は戦時。国民の不満は高まっている。魔王軍の占領地からの声は届いていない中であっても、それは明らかだ。

「……カロリーネ王女の下に人が集まっている? それは確かか?」

 報告を聞いたキルシュバオム公爵の顔がわずかに歪む。逃亡中のカロリーネ王女の下に集まった人たちは、現体制に不満を持っている人たち。そういうことだと考えている。

「間違いありません。ラヴェンデル公国領との領境近くの森の中に拠点を構えております」

「森の中?」

「王国軍の施設です。演習施設なのですが、近頃は使われることは滅多になく、無人となっていたようです」

 王国の中心部にはそういった施設がいくつかある。森や山の中、丘陵地帯など異なる地形を選んで演習場を造っているのだ。

「軍の施設か……」

 カロリーネ王女がその拠点の存在を知っていたとはキルシュバオム公爵は思わない。王国軍の軍人だった者の手引きによるものだと考えている。

「逃亡した軍人も合流しているものと思われますが、それだけではないようです」

「それだけではないとはどういうことだ?」

「庶民の中からも少なくない数が合流しているようです」

「……国民の間に不満が高まっているのは分かっている。だからといってカロリーネ王女に頼ろうとするのは愚かなことだな」

 戦争による物不足、それによる物価の高騰。徴兵によって稼ぎ手を失った人たちもいる。王国に不満を感じるのは仕方のないことだとキルシュバオム公爵も思う。だが、だからといってカロリーネ王女に頼って何になるのかという思いもある。

「如何しますか?」

「反乱の芽は早めに摘まなければならない。かといってカロリーネ王女を討ったことが広まるのもな……」

 さらに多くの人が集まって反乱を起こされては堪らない。鎮圧する自信はあるが、魔族との戦いが続いている中、軍に無駄な動きはさせたくない。
 では速やかに討伐するか、となるのだが、それには少し躊躇いがある。前国王の弑逆を良く思っていない国民は多いはず。その上さらに若い女性であるカロリーネ王女を討ったとなれば現体制への不信感はますます高まることが予想される。

「放置は出来ません。軍事施設の近くであれば人の目はないでしょう。規模が小さい今であれば、人知れず事を終わらせることが出来るのではないかと」

「……そうだな。それと同時に、ゾンネンブルーメ公国での戦勝の報を国内に広めるのだ。魔族との戦いを終わらせることが出来るのは誰か。それを分からせれば、反抗する者も少なくなるだろう」

「承知しました。すぐに手配致します」