魔神がその全容を現すまでに、そう時間が掛からなかった。もっとも、じっと魔神の様子を見ていた者も、何が全容なのかは分からない。それだけ異質な存在なのだ。
パッと見た感じは動物というよりは巨大な植物だ。もしくは、とてつもなく大きなミミズが何百匹も絡み合っているようにも見える。黒光りしている、うねうねとした触手のようなものが、人々にそう感じさせている。体がコールタールで出来ているイソギンチャクをイメージすれば、恐らくは一番近いのだろうが、これで具体的な形が思い浮かぶのはリオンくらいしかいない。コールタールどころかイソギンチャクもバンドゥの者たちは知らないのだ。
その魔神の周囲には、広い空間が出来ている。周囲を囲んでいた魔物の群れも、懸命に魔神から遠ざかろうとしている。近くに居ると、その触手によって絡め取られてしまうからだ。魔神にとって魔物も又、生け贄みたいなものかもしれない。
地面に倒れたまま、リオンはこんな事をボンヤリと考えていた。
魔物の群れの突破は、最初こそ激しい戦いとなったものの、途中からはそうでもなくなった、出現した魔神が、その触手で魔物を襲いだした事で、魔物はリオンたちと戦っている場合ではなくなったからだ。リオンたちが、大変だったのは、魔神から逃げようとする何千、何万という魔物の流れに逆らって進む事くらいになった。
それでも何とか、魔物の群れの輪を突破して、魔神の前に辿り着いた、と思った瞬間に、リオンの、そして最後まで付いて来れた者たちの体を、魔神の触手が貫いた。見た目に反して、鉄の棒のように硬い感触だった。
たった一撃で、リオンたちの戦闘能力は奪われ、地面に転がり、死を待つばかりとなってしまう。
あまりにも圧倒的な力だ。魔神といえど、神である事に違いはない。人の身で立ち向かえる相手ではなかったという事か。出血がかなりの量に及んだようで、リオンは自分の目が霞んできたのが分かった。意識も徐々にはっきりとしなくなってきた。
そんなリオンの耳に届く調べ。こんな状況で誰が歌っているのかと思ったが、それはすぐに間違いだと分かった。
「……ダ、ダ、メ……ヤ、……ヤ」
叫ぼうとしても、かすれ声しか出ない。それでも何とかして止めさせなくてはならない。気力を振り絞って、腕に力を入れて、自分の体を起こす。
「……や、やめろ……エアリ、エル……駄目だ」
歌のように聞こえた声は、エアリエルの詠唱の声。歌に聞こえるほどに、長い長い詠唱なのだ。こんな長い詠唱を必要とする魔法をリオンは一つしか知らない。
バンドゥの各党に禁忌と呼ばれる技があるように、王家と侯家にも奥義と呼ばれる魔法がある。ウィンヒール侯家のそれは最上級の治癒魔法、直後であれば死からさえ復活するといわれる魔法だ。それも一度に複数の人に掛ける広域魔法。究極の治癒魔法と言うものだ。
リオンを含め、多くの者が倒れる中、エアリエルはその魔法を使おうとしている。だが、それは顕現出来たとしても、バンドゥの技と同じように、自らの命を削る魔法だ。
「……エアリエル。駄目だ! 止めろぉおおおおっ!!」
リオンの叫びはエアリエルには届かなかった。瀕死のリオンが叫ぶ事が出来たのは、エアリエルの魔法のおかげなのだ。リオンの瞳に、城壁の上から落下していくエアリエルの姿が映った。
「……嘘だ! 嘘だぁあああああっ!!」
リオンの心を絶望が襲う。エアリエルの死だけではない。エアリエルが自らの命を捨てて自分を救っても、リオンには、やはり魔神を倒す術がないのだ。これではエアリエルの死は無駄死になってしまう。
「ふざけるな! ふざけるなぁあああっ! どうして俺から全てを奪おうとするっ!!」
リオンの叫びは、魔神に向けたものではない。リオンの怒りは、この世界に向けられていた。世界に抗って抗って、それでも駄目で、そうであればと世界の介入が終わる時を待っていた。ただ待っているつもりだった。
だが世界はそれを許さなかった。リオンを舞台に引き出して、その上で又、こうして絶望の淵に叩き落としてくる。自分を弄ぶような世界の在り方がリオンは憎くて憎くて仕方がない。
「俺にも何か与えてみろ! 俺だって異世界からの転生者だ! 転生者には恩恵ってものがあるはずだろ!? 聞いているのか神様! 聞いているなら、俺に力を寄越せっ!!」
やけくその叫び。溜まりに溜まっていた鬱憤を、ただ子供のように、何も考えずに吐き出しているだけの叫びだ。
ただ、それだけの叫びである、はずだった。
「力が欲しい?」
「……えっ?」
突然、聞こえてきた声。声のした方向に振り向いてみれば、まるで人形のように綺麗な少女が立っていた。どこかエアリエルに似た雰囲気を持つ、人形のように整い過ぎる顔の少女が。
「今、言ったでしょう? 力が欲しいって」
「……言ったけど」
「言う事を聞いてくれたら、あげても良いけど?」
「……お前、ディーネか?」
目の前の少女は水の精霊であるディーネを思い出させた。ディーネが完全に人の姿になったら、こんな感じではないとかリオンは思ったのだ。
「……惜しいかな?」
「じゃあ、サラか?」
ディーネでなければ、火の精霊のサラだ。リオンの側にいつも居る精霊はこの二人?しかいない。
「それも惜しい!」
「えっ? でも他には……まさかルフィーなのか?」
エアリエルの精霊の名をあげてみる。
「う~ん、それも惜しいけど、ちょっと違うのよね。じゃあ、ヒントをあげる」
「ヒント?」
「私はディーネだし、サラだし、ルフィーでもある。あと、もう一つでもあるけど、そのどれでもない。さて、私はダ~レだ?」
世界の素のどれでもあって、そのどれでもない。リオンには充分過ぎるヒントだ。
「……お、お前」
リオンの顔は、魔神が出現してきた時のように血の気を失って真っ青になっている。目の前に居るのは、リオンにとって魔神以上に恐ろしく、憎むべき敵、この世界に違いない。
「分かったみたいね? でも、せっかく会えたのに、その顔は嫌だなぁ」
「ふっ、ふざけるな! どうして世界なんてものが、俺の前に現れる! いや、そもそも、何だその姿は!?」
「……怒鳴り声も嫌い。自分で呼んでおいて、その態度は酷いと思う」
「俺が呼んだだと?」
「力が欲しくないの?」
「……そういう事か」
やけくその叫び。それに世界は応えたと言っている。これもリオンを馬鹿にした話だ。リオンが力を求める事態を作ったのは、この世界に違いないのだから。
こんなフザケタ状況をリオンが素直に受け入れるはずがない。世界の思い通りに行動するなど、真っ平ゴメンだった。
「あの女生きているから」
「な、何だと?」
リオンの気持ちを読み取ったように、世界がエアリエルの話を出す。
「あれで精霊に愛されているから。精霊たちは敢えて言う事を聞かずに、命を残したみたい。それに落下の衝撃も。まあ、こっちは風にとっては何てことない仕業ね」
「……エアリエルが生きている」
リオンにとって、喜ぶべき事だ。だが、同時に人質に取られたようなものでもある。リオンが世界の言うことを拒めば、エアリエルは魔神に殺される。
だから、ここで世界はエアリエルが生きている話を持ち出してきたのだ。
「更に朗報! あの女のお腹には赤ちゃんがいるの。さて、誰の子供でしょうか?」
「あ、赤ちゃん?」
誰の子供か、などと疑う気持ちはリオンには微塵もない。自分の子供に決まっている。そして、又、世界の鎖がリオンを縛る事になる。
「君たち二人は、死ぬ時は一緒なんて約束しているけど、それは赤ちゃんも入っているのかなぁ? 生まれる前の赤ちゃんは約束なんて出来ないわよねぇ?」
「……卑怯な」
「力が欲しいわよね? そうじゃないと、私、こうして出て来た意味ないから困るの」
遠回しの脅しだ。リオンに力を求めさせたいのだ。そして、世界がただの好意で力を与えるはずがないとリオンは思っている。
「……欲しい」
それでもリオンはこう言うしか無い。
「オッケー! じゃあ、あげる。その代わり……」
「その代わりなんだ?」
「君の全てを私に捧げなさい。私は君の全てが欲しいの」
「……な、何だって?」
受け取り方によっては、まるで愛の告白だ。世界が何を言っているのか、リオンは理解が出来なかった。
「だから、君の全てが欲しいの」
「……生け贄という事か?」
「う~ん。まあ、そう受け取ってもらっても良いかな? 私、神みたいなものだし」
何とも軽いノリの神である。だが、この少女が世界であるなら、言う通りに、神に等しい存在だ。
「生け贄か……」
「これを拒否すれば、あの女は死ぬだろなぁ。お腹の子供は、人の形になる前にオサラバね。そして君の後ろで、助けて、助けてって、懇願している雑魚キャラたちも」
「あっ……」
魔神を放置して死ぬのはリオンとエアリエルだけではない。バンドゥの者たちもだ。リオンを縛る鎖は、もう身動きが取れなくなるくらいに、重いものになっていた。
「さあ、どうする? 私の物になる?」
「……ああ」
「それじゃあ分からな~い! ちゃんと、俺は君の物だ、って言って」
「…………」
「言え。皆殺しにさせたいのか?」
つい先ほどまでの、おちゃらけた雰囲気は吹き飛んで、世界は冷気を感じさせるくらいの凄みを見せている。リオンでなければ、この言葉だけで跪いてしまいそうな圧迫感だ。
「……俺は……君の物、だ」
「はい、言ったぁ! 今の制約だからね? 約束を破ったら、大変な事になるから」
「……破る気はない。俺は言う事を聞いた。さっさと力を寄越せ」
先のことを気にしている時ではない。まずは魔神を倒さなければ、どうしようもない。
「その前に、私の物になってもらわないと」
「……じゃあ、さっさとしろ」
「う~ん。どっちにしようかなぁ。復讐の炎も好きだけど、理知的な水も好きだなぁ。悩むけど、ここは優しい青ね」
「ぐっ……ん、くっ」
何を悩んでいるのか思っていた所で、急に激痛がリオンの右目を襲う。火掻き棒で引っ掻き回されているかのような猛烈な痛みに、リオンの口からは、うめき声が漏れた。
「リオン様!」
何が起こっているのか理解出来ずに、呆然と成り行きを見つめていたソルや、マーキュリーたちだったが、リオンが傷つけられた事で我に返って、慌てて駆け寄ろうとしている。
「動かないで! 動くと彼を殺すわよ!」
世界が悪党そのままの台詞で、ソルたちの動きを制する。
「別に君たちを先に殺しても良いけどねぇ」
これはソルたちではなく、リオンに向けての脅しだ。それを察して、リオンは手でソルたちに動かないように指示を出した。
「う~ん、君は我慢強いなぁ。目をえぐり取られたのだから、叫んでも良いとこよ? さってと、いっただきま~す」
血だらけのリオンの右目を世界は、嬉しそうに口に入れて、咀嚼している。
「んん。暖かい。水の象徴の青なのに、暖かいなんて。美味だわぁ……何てね。冗談よ、私には田舎の老いぼれじ爺神みたいに、肉体そのものを求める悪趣味はないから」
「……辺境の古代神?」
リオンは、メリカ王国の王女に聞いた生け贄の話をふと思い出した。
「老いぼれ爺で充分だから。さてと瞳は返したから。さあ、魔神を倒しなさい」
「はっ?」
「右目返したから。見えるでしょ?」
世界の言葉で、リオンはいつの間にか右目の痛みが消えている事に気付く。試しに左目をつむってみると、確かに見えている。
「……本当だ。いや、そうじゃなくて、お前が倒すんじゃないのか?」
「私? どうして私が? だって君は魔神を倒す力を求めたのでしょ? 私は力を与えた。だから倒すのは君」
世界の言っている事は確かに正しい。納得いかない気持ちは残っているが、リオンは魔神と戦う覚悟を決めた。そうなると自分の力が何かを知る必要がある。
「……どんな力を俺に?」
「右目。今の右目は四精霊全てが見えるでしょう?」
確かに、リオンの目には、ディーネとサラ以外の精霊が見えている。片方はルフィーであると気配で分かるので、もうひとつが土の精霊だ。
「本当だ……って、そうじゃない!」
「何、それ? あっ、あれね? ノリツッコミってやつ。いやだ、面白~い!」
「ふざけるな! 四精霊が見えるだけで、魔神が倒せるか!?」
リオン自身の融合魔法、エアリエルとの融合魔法。それは既に試している。それで倒せていたのであれば、何十万もの魔物の群れに突入する必要もなかったのだ。
「四精霊の力があれば倒せるもん!」
「じゃあ、お前が倒せ!」
「それ無理。今の私は、後ろの雑魚キャラに毛が生えた程度の力しかないから」
「……はあっ? お前、世界だろ?」
「世界の力全てが、こんなちっちゃな体に収まると思う? 私の力はこの可愛い体に合わせた力だけよ」
「後の力は?」
「捨てた」
「……お前、馬鹿なのか?」
世界の力がどれほど巨大なものなのか、リオンには想像も付かない。だが、簡単に捨てて良いものでない事だけは分かる。それを平気でする世界がリオンには理解出来ない。
「ひど~い。君の為にこの体にしたのに」
「……分からない。どうして俺の為なんだ?」
「ええっ? ちゃんと私の話聞いてた? 私は君が欲しいの。つまり、君を愛しているの。きゃあっ、言っちゃった!」
人形のような世界の顔に、初めて表情らしい表情が生まれた。だが、今はそれを気にしている場合ではない。
「あ、愛してるって?」
「もう。人の愛の告白まで。女の子が皆、君の鈍感さを嘆く気持ちが分かるなぁ」
「ちょっと待った。どういう事だ? お前、何を言っている?」
確かにリオンは鈍感である。だが、世界の女心?など分かるはずがない。
「ずっと君を見ていた。イレギュラーな君だからね。最初は何かとんでもないことをしでかさないか監視するつもりだったの」
「……ずっと」
リオンが何をしていても、世界は全てお見通しだった。分かっていた事だが、世界本人の口から知らされると、何とも情けない気持ちになる。
「でも、君を見ていると私はワクワクした。君はどんなに不可能と思われる事でも諦めたりしない。懸命に頑張っている君の姿がいじらしくて、でも、私は自分の役目を守って、定められたストーリーを守ろうとした」
「だろうな」
世界には世界の役目がある。世界も又、ゲームの設定に縛られている一人だった。それが分かっても、世界に同情する気持ちは、リオンには沸かないが。
「そんな私、世界と、君は自分の大切な人の為に戦おうとした。そんな人居る? いくら君の半分は異世界からの転生者だとしても、何の力も与えられていない状況で、そんな覚悟が出来るとは思えない」
「……そうなのか?」
「そうなの。君こそが主人公だと思った。あんな、ストーリーをなぞる事しか出来ない馬鹿女よりも、君のほうが主人公に相応しいと思ったの」
「それは……」
それでは世界がストーリーを改変する事になる。世界の話を聞いても、リオンの頭は混乱するばかりだ。
「でも、私がこの世界である限り、それは出来ない。だからゲームから解放される、この瞬間に、私は世界である事を捨てて、君と人生を歩む事にしたの。君の人生では君が主人公で私はそのヒロイン。どう? 素敵でしょ?」
「……やっぱり馬鹿だ」
馬鹿というより、ただの恋に狂った女だ。リオンの周りに、他にこういう女性がいなかった訳ではない。ただ、世界ほどの行動力が、彼女たちになかっただけだ。
「馬鹿じゃないから。ホント酷いな。この姿だって君好みにしたのに。あの女がモデルなのは気に入らないけど、ほら、吊り目は直したの。可愛いでしょ?」
「……エアリエルのほうが可愛い」
「それを言う事は許さない。君は私の物になる事を約束した。だから、あの女の事も忘れて、その身も体も、私の物になるの」
「それは魔神を倒してからの話だ」
「だから、倒せるって言っているのに。仕方ないな。特別サービスだぞ?」
世界が、まるでタクトを振るう指揮者のように腕を動かす。
「なっ!?」
その世界の後ろに、いつの間にか魔神の触手が忍び寄っていた。だが、それは世界に届く前に、全て凍って動きを止められている。
「出来損ないのくせに、この世界の言葉理解出来るのね。しかし、私に力がないと知った途端に襲ってくるなんて、せっこい魔神ね。そんなヘナチョコでよくもまあ、私に成り代わろうなんて考えたものね」
世界の言うとおりに魔神は言葉が分かるようで、世界の挑発に反応して、声にはほど遠いが、低い耳障りな音を発してきた。
「さて、講義の時間。火を温度に見立てて、水を冷やして氷を作る。これを自分で考えたのは中々だけど」
凍りついていた魔神の触手が、突然、動き出した。氷を撒き散らして世界に襲いかかるが、世界はそれを見事にかわしていく。
「氷の特徴はその固さではない。固さなら、土の方が固い」
こう言いながらも、又、世界は魔神の触手を魔法で凍らせていく。
「では氷の特徴は何か? それはそのまま、その温度にあるの」
周囲に風が巻き起こる。これも又、世界の魔法だ。風は、水を巻き込み、それはやがて冷えて雪に変わる。魔神の周囲に局地的な吹雪が巻き起こった。
「生物は、それが活動するのに熱を必要とする。温度が下がれば、動きは鈍り、更に下がれば、動けなくなる。更に下がれば、死ぬ生物も出てくる。これがこの世界の理」
世界の解説をなぞるように、魔神の触手の動きが徐々に鈍くなる。
「さて、戦い方は分かった? さらにヒントを言うと、あの出来損ないは、新たな四属性で世界を作ろうとしていた。鉄、お金、毒、そして闇。ねえ、これで何が生まれるか想像出来る? この世界であえていうなら混沌。どんな醜悪な世界よ」
世界の最後の軽口はリオンの耳には入っていない。リオンは、すでに魔神との戦いに意識を向けていた。
「……とりあえず、出来そうなところからか。ディーネ、ルフィー」
リオンの呼び掛けに応えて、ディーネとルフィーが動きを活発化する。水は、より細かく分かれ、それを風が巻いて宙に運ぶ。竜巻か、それよりももっと複雑な風の動きが、魔神の頭上に現れる。
そして、耳をつんざく轟音と共に、眩い光が宙を切り裂き、魔神の体に直撃した。
「……細かな水滴は風に巻かれてぶつかり合い。それによって生まれた静電気が蓄積されて、雷に変わる」
「鉄には雷、だろ?」
「やっぱり君は私を退屈させないなぁ。次は何で楽しませてくれるの?」
「いくつも要らない。魔神の属性で弱点になるのは鉄。あえて加えれば水分としての毒くらいだ。この二つの弱点は、もう出揃った」
リオンに強気な言葉が戻った。これを言うからには、リオンには、魔神を倒す可能性がわずかであっても見えているのだ。
「そういうクールな所も好き。じゃあ、特別に手伝ってあげる。致命傷にするには、同時攻撃が必要ね」
「……雑魚キャラに毛が生えた程度で?」
そして、こんな嫌味をいう余裕も戻っている。
「私、謙遜という言葉を知っているの」
「……勝手にしろ」
「ええ。勝手にする。さあ、始めるわよ! これが、二人の初めての共同作業よ!」
倒さなければならない最大の敵と、こうして戦う事になるなど、リオンは思ってもいなかった。これが世界の謀であるとすれば、まんまとやられた事になる。
結局、ゲームの中では世界に勝つことは出来なかったという事だ。だからこそ、ゲームが終わる、その前に、世界は最後の策を弄してきたのかもしれない。
それが自分を手に入れる為というのが、何とも信じ難い事だが、騙されていようと何であろうと、これでエアリエルが守れるのであれば、それで良いとリオンは割り切った。
世界には勝てなかった。それでも今度は、大切な人を守る事が出来るのだ。これで満足するべきだと。
◆◆◆
平原に鳴り響いていた雷鳴が止んで、かなりの時が過ぎた後。外から聞こえてきた「戦いが終わった」の声を聞いて、カマークの人々は恐る恐る避難していた建物を出た。
外に出ても戦いの終わりを告げた者の姿はない。何がどうなったのか不安に思った何人かが、状況を確認する為に外壁の上に昇った。
その彼らが目にしたものは、動くものの居ない平原に転がる、数えきれない程の魔物の死体、それだけだった。
バンドゥを襲った魔神との戦いは終わりを告げた。これが本当の最終決戦の決着だ。だが、その経緯を知る者は、戦いからただ一人戻ったソル・アリステスしか居ない。