月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #110 決裂

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 婚姻の儀に続いて、新王即位の儀が行われて数日後。一般の人々の生活が普段のものとなったと同じように、王城に勤める人たちも宴の気分を振り払い、日々の仕事に勤しんでいる。そしてそれは国政を担う重臣達も同じ。
 今日も定例の閣僚会議が始まった。玉座に座るのは即位の儀を終え、新たなパルス国王となったアレックス。彼にとってはこの場に出るのは初めてのこと。まして王としての立場である。緊張で固くなっているように見えるのは仕方がない事だろう。

「王のご臨席も頂いた。早速会議を始めよう」

 進行役はいつも通りイーストエンド侯爵が務めている。

「まず初めに軍の再編案だ。これについては、軍務長官がまとめた再編案がある。これの審議を行おう」

「ちょっと待ってください。再編案は国軍より提出する事になっていたはずです」

 イーストエンド侯爵の提案に異議を唱えたのは国軍中央団長。

「その再編案がいつまで経っても出てこないからだ」

「それは……」

 それは軍政側が現場である国軍の再編案に協力しないからだ。その言葉を国軍中央団長は飲み込んだ。最初からこうするつもりだったことが分かったからだ。だから予算案も軍政側で認めようとしなかったのだと。

「では、軍務長官。説明を頼む」

「はい。国軍の再編案を説明するにあたり、問題点を先にご説明します」

「ああ」

「まず問題点のひとつ目は再編にかかる経費です。そもそも魔族領への侵攻および他方面への国軍の派遣で、当初予算を超えた経費が掛かっております。これ以上の軍事費の拡大は望ましくない。そう考えました」

「確かにそうだな」

「もうひとつは兵を補充した場合の質の問題です。新兵を徴兵したとしても、一定の訓練の後でないと役に立ちません。その間、再編は止まる事になります」

「予備役の招集は?」

 予備役というのは既に兵役期間を終えた後に軍を離れた民のこと。彼等はすでに新兵訓練を終えている。中には実戦を経験した人もいる。

「それについては現時点では望ましくないと判断しました」

「何故だ?」

「予備役を招集すれば民の不満が高まります。その多くは一家の生計を支える者であるからです。新王が即位してすぐにその様な真似をしては、それはそのまま王への不満になります」

「なるほど。確かにそうだな」

 軍務長官の説明に納得したような様子を見せているイーストエンド侯爵だが、これはもともと彼が中心になって立案したもの。今、軍務長官が話したことをイーストエンド侯爵は当然知っている。
 二人のやりとりは審議を行っている形にするだけの芝居なのだ。

「今、ご説明した問題を前提に今回の再編案は考えられています」

「では具体的な内容を説明してくれ」

「はい。まず国軍への不足兵の補充には近衛軍の兵を充てます」

「なんだと!? では近衛はどうなる?」

 軍務長官の発言に当然、近衛軍団長は文句を言ってくる。

「解散です」

「ふざけるな!」

「近衛軍団長、ここは王がご臨席の場だ。その様な発言は慎むべきだろう。軍務長官、続けてくれ」

 怒りを露わにしている近衛軍団長を押さえ込みにはいるイーストエンド侯爵。イーストエンド侯爵にこのように言われては近衛軍団長も大人しくするしかない。逆らえばどうなるか分かっているのだ。

「近衛軍の全兵を国軍に移せば、兵数はほぼ元の国軍通りになります。これはただの数合わせではありません。先ほどの問題点を全て解決することが出来るのです。近衛軍の解体により、近衛軍の予算は不要になります。また武具等についても新たに調達する必要がない。予算上の問題は解決です」

「うむ。それで?」

「あとは皆様もお分かりでしょう。新兵訓練は当然終わっていますし、民が不満に思うこともありません」

「……しかし、近衛軍を解体して王の守護はどうなる?」

「そうだ。近衛は王を守る盾。それを失くすことなど許されん」

 イーストエンド侯爵の問いに同調する近衛軍団長。イーストエンド侯爵になんらかの思惑があるのは分かっているが、近衛軍がなくなれば自分も軍団長の地位を失うことになる。黙っていることは出来なかった。

「新たな王の守護部隊を組織します」

「それでは同じではないか?」

「私は軍ではなく部隊と言いました。規模が全然違います。そもそも奥での王の守護は宮中近衛隊があります。宮中近衛隊の兵数は?」

「五十二名です」

 間髪入れずに答えたのは宮中近衛隊長だ。

「そうです。奥を守る宮中近衛隊がこの数です。表を守る近衛もその数で十分です」

「近衛軍は王都を守る役目もある!」

 軍務長官の言い様にまた近衛軍団長は声を荒らげてしまう。納得出来ない、出来るはずないが、思いを押さえられないのだ。

「いえ、ありません。お忘れですか? 王都の守りは王都防衛軍の役目です。近衛軍にはその職責はありません」

「だが……」

「新たな王の守護を担当する部隊は三十名で編成します」

「少ないではないか?」

 三十名では宮中近衛隊よりも少ない。

「宮中近衛隊は陛下だけでなく、王妃殿下を含め複数の王族の方々の守護も担っております。一方で親衛隊、新しい部隊は親衛隊と名付けようと思っています。親衛隊は王のみを守護する部隊。数が少なくなっても仕方がないかと」

「それは王に対して失礼ではないか!?」

「近衛軍団長のお言葉こそ、私は失礼かと思います」

「なんだと?」

「王を守る盾は近衛だけではありません。国軍地方軍は他国から侵略を防ぐ盾。中央軍もその任を負っています。そして王都の守りは先ほども言ったように王都防衛軍の役目です。親衛隊は王城に敵が至った場合の盾です。近衛軍団長は他軍が易々と王城への敵の侵入を許すとでも思っているのですか?」

「それは……」

 軍務長官はあらかじめ想定されている問答に沿って話を進めている。近衛軍団長にそれを覆す、もしくは想定していない観点からの追及が出来れば、まだ話は違ってくるのかもしれないが、残念ながら彼にそういった才覚はない。彼は軍人なのだ。

「私からの編成案の説明は以上です」

「もう終わりか? 新しい隊を作ろうとするなら、その体制も考えねばならないだろう?」

 イーストエンド侯爵はさらに詳細な説明を求めてきた。一気に片を付けるつもりなのだ。

「案は考えてありますので、それも説明致しますか?」

「ああ、この際だ。考えてきたことは全て説明するべきだと思うぞ」

「では、親衛隊にはいくつもの役職は必要ありません。これは宮中近衛隊に倣いました。新たな役職は親衛隊長のみ。その親衛隊長にはノースエンド伯を推薦いたします」

「何だと!? 私ではないのか?」

 近衛軍の代わりであれば、自分がその任に就く。そう近衛軍団長は考えていた。これまでの彼の懸念は万の兵を率いる軍団長から隊長への降格となることまでだったのだ。

「新たな部隊ですから、新たな人事が必要になると考えます。それに近衛軍団長の処遇は、別の議案で審議にかける予定でしたので」

「私の処遇?」

「はい。魔族領侵攻作戦についての戦況分析が完了しました。魔王を討ち取った事で戦勝となってはいますが、国軍に与えた影響は甚大です。侵攻作戦の主導者として、まったく責任を取らないというのはいかがなものでしょう?」

「……それは……しかし……」

「他に責任を取る者がいるというのであれば、どうぞ、発言を」

「……あれは勇者の責任だ」

「勇者の立場は近衛軍預かりです。つまり勇者の責任は近衛軍の責任です」

「では……いや、何でもない」

 他に責任を取る者がいるとすれば、それは総大将だったアレックスだ。だがそのアレックスは今では国王。国王に責任を取らせろとは言えない。

「それに近衛の将の多くが魔族残党の襲撃時に残っていたはずです。ですが、生き残った兵から事情を聞いたところ、それらの将が兵を統率したという事実は確認出来ませんでした。それどころか逃げようとした姿を見たとの証言が多くあがっています。これは明らかな軍法違反」

「それはその将たちの問題だ」

「一人、二人であればそうです。ですが近衛軍の将で兵を統率しようとした者は誰も確認出来ていないのですよ? これはもう、将個人の問題ではなく、軍そのものの問題と考えて良いと私は思います」

「……私にどうしろと言うのだ?」

「私からは何も。この場合の出処進退はご自身で決めるものでしょう?」

「軍を退けと言うのだな?」

 近衛軍団長の地位は近衛軍が無くなることで既に失っている。実際は近衛軍の解体はまだ決裁されていないのだが、それが既成事実のようになっているのだ。
 軍団長の地位を返上では責任を取った事にならない。残された方法は軍そのものから離れること。

「『私からは何も』と言いました」

「……わかった。私は引退する」

「そうですか。引き際を心得た見事な決断だと思います。イーストエンド侯、よろしくお願い致します」

「ああ。では近衛軍団長から勇退の申し出があった。意見のある者はいるかな?」

 意見と言われても本人からの申し出である以上、反対出来るはずがない。そうでなくてもこの流れで慰留出来る人物などいない。何か話すとすれば、罰としての軽重について。それももっと重い罰を要求するだけだ。

「「「…………」」」

 そんな発言を行う人はいない。

「特になければ、陛下への報告に移る。陛下。近衛軍団長の引退の申し出について何かお言葉を」

「お言葉?」

 急にイーストエンド侯爵に話を振られたアレックスは戸惑っている。自分に決断を求める前には採決があると聞いていたのだ。それにイーストエンド侯爵が伝えた言葉は、判断を問うものでもない。

「長年の忠勤を労うお言葉が一言あればよろしいかと」

「……そうか。近衛軍団長、ご苦労だった。個人としても世話になったから、その礼も言っておこう」

「……はっ」

 これで終わり。元近衛軍団長はがっくりと肩を落として、部屋を出て行った。

 

「では、次の報告を情報局長から」

「はい。報告いたします。宮中において不穏な輩の存在が確認されました」

「不穏な輩だと?」

「国政にかかわる情報を勝手に盗み見、もしくは盗み聞きした上で、それを他の者にまで広めています」

「なんだと? そんな者がいるのか? それは誰だ?」

 イーストエンド侯爵の芝居はなかなかに堂に入っている。

「奥に仕える侍女どもです。そして更にそれを指示している者がいます」

 情報局長は一旦、ここで言葉を切り、同じ列に並んでいる宮務長長官を横目で見る。すでに事態を理解している宮務庁長官は、顔を真っ青にしている。

「指示した者は女官長、そして宮務庁長官です」

「……証拠は……証拠はあるのか?」

 やや震える声で宮務庁長官が情報局長に聞く。

「侍女の証言はすでに得られております。証拠の品もその侍女から。商務庁や司法庁の機密情報の写しをいくつか所持しておりました」

「なんと……」

 これは宮務庁長官にとっては誤算だった。侍女が入手した情報は全て自分の手元にあるものだと思っていたのだ。だが何人かの侍女はそれを自分の手元に残していた。多くはただの気まぐれ。持っていたことを忘れていた者さえいた。

「侍女たちが情報を入手していたことは間違いありません。そして彼女たちは始めは女官長、後に宮務庁長官の指示でそれを行っていたと証言しています」

「そんな馬鹿な!?」

 この情報局長の報告には宮務庁長官は全く心当たりがない。侍女への指示はあくまでも女官長を通じて行っていたのだ。

「違うと?」

「そんな真似をした覚えはない」

「では奥の捜索許可を。身の潔白を証明するには、それが一番の方法です」

「……分かった。陛下の許可を取った上で後日」

 拒否することは出来ない。それでは疑いを濃くするだけだ。

「今です。すぐに調査に入ります。陛下もいらっしゃる。今、この場でご許可を得れば良いではないですか?」

「今は会議中だ」

「後日では身の潔白は証明出来ません。何も見つからなくても、証拠を隠滅したものと判断されます」

「しかし……」

 宮内庁長官の悪あがきなど通用するはずがない。情報局の動きを掴めていない段階で、結果は決まっているのだ。

「では私が情報局長の権限で王の許可を得ます。情報局は陛下の直轄。その権限は持っておりますので。陛下、情報局員の奥への入室許可をいただけますか?」

「……許可する」

 許可を出したアレックスだが、内心はかなり不安になってきている。国軍再編の話といい、内容は納得できるものだ。個人的には自身が所属した近衛軍がなくなるのは寂しい気持ちがあるが、国費や国民感情を持ち出されれば、アレックスにはそれを優先すべきという思いがある。良い王でありたい。そう思っているからだ。
 だが、目の前で行われていることは何だろう。それなりの理由をつけられて失脚させられるのは、アレックスを王にする為に協力した人たちだ。
 もちろん、彼らがそうしたのは自分が良い思いをしたい為だと分かっている。アレックスに特別な親愛感情はない。だが先ほどから見ていると、まるで追い詰められているのは自分のような気がしてきている。

「では早速に。宮中近衛隊長、兵への伝達と奥の案内を指示願います」

「承知しました」

「今の時点での私からの報告は以上です。あとは調査が終わり次第、結果を報告致します」

 結果はすでに決まっている。宮務庁長官の執務室からその証拠が出てくることになっているのだ。情報局長が欲しかったのは奥へ正式に立ち入ってそれを入手したという事実。そして、第三者である宮中近衛隊をその現場に同席させること。
 これで反エンド家派と言える派閥の主要メンバーが国政から排除された。残る実力者は国軍中央団長だが、魔族侵攻作戦の責任を近衛軍団長に負わせることで、国軍中央団長を追及する事柄が今はない。
 それでも良いとイーストエンド侯爵は判断した。元々、国軍中央団長は情勢を判断して王族派から新貴族派へ鞍替えしただけの人物。派閥をまとめて何かを行うだけの能力はない。

「では次の議案に移ろう。魔族領の件だ。魔族領の取り扱いをどうするか。これを議論する必要がある。誰か意見はないか?」

「……魔族領侵攻戦の恩賞になるという話があったはずですが?」

 恐る恐るといった様子で、国軍中央団長が問いかけてきた。粛清されるとすれば次は自分の番。それが分かっていて出しゃばりたくないのだが、部下たちの論功勲章の問題である。まったく何も言わないというわけにはいかないのだ。

「誰に対する恩賞とするのだ? 戦功があった者に私は心当たりがない」

「しかし勝ち戦となれば、何もなしというわけにはいかないのでは?」

「それは国軍内の階級を上げることで対処すれば良い。領地を与えるくらいの戦功ではないだろう?」

「……分かりました」

「戦功を考えるとすればそれは陛下ご自身。魔王を討ち取ったのだ。そういう意味で国の直轄地という扱いで良いのではないか?」

「しかし、それですと魔族領の整備は全て国費ということになります。相当な経費が必要になります」

 異論を唱えたのは工務庁長官。国の事業となれば魔族領の整備は彼の管轄になる。イーストエンド侯爵の意見に反対というよりは、工務庁の予算を心配しての発言だ。

「逆に言えば、それだけの費用を負担出来る貴族がいるのかということになる。領地の整備は貴族の負担だ。それだけの資産を持つ貴族がいるか?」

「いるとすればエンド家の方々です」

「だが我等エンド家は既に十分な領地を持っている」

「……そうなると整備の為の国費をどう捻出するかですが」

「そんな金はない。国軍の再編は最低限の予算で済みそうだといっても、それ以外にも傷病兵への保障、戦死した兵への慰労金。出て行く金は莫大だ」

 旧魔族領の資源が活用出来るようになるまでには時間がかかる。軍の再編はそれを待っていられないというのがイーストエンド侯爵の考えだ。

「……放置するということですか?」

 領土の整備は自身が長官を務める工務庁の仕事だ。予算の問題はあるにしても、何も手を付けられないというのは、工務庁長官には残念な決定だ。

「完全に放置しておくわけではない。ノースエンド伯領から近い所にある資源の採掘は進めるべきだな。それにより国庫の収入が増えれば、それを使って、徐々に開発範囲を広げていけば良いのだ」

「それでも初期投資は必要になります」

「それを算出してもらおう。まずは工務庁から案を出してくれ。その計画に基づいて最終案を検討することにする」

「承知しました。生産庁はどうされますか?」

 採取した資源を利用して物を生み出すのは生産庁の管轄。その為の予算も必要だ。

「……すぐには必要ないだろう。どれだけの資源があって、どれだけ採取できるか分からんのだ」

「ではそれらの調査を先に進めることにします」

「ああ、頼む」

 やりとりを黙って見つめているだけのアレックス。彼の裁可どころか意見も、誰も聞こうとしない。自分はまったくの飾り物。ある程度は覚悟していたが、ここまで露骨だとさすがにアレックスは気が滅入ってきた。
 この状態がずっと続くのだとしたら、自分は一体、何の為に王になったのか。当初は王になる目的などないに等しかったアレックスであったが、サウスエンド伯爵の薫陶により、今は志を持ち始めている。
 だが、それを国に活かす術がない。国政に自分の影響力は全くないのだ。

「さて、話し合う議題はこれくらいか。今日の会議は終わりだな」

 そんなアレックスの心情をまったく顧みることなしに、イーストエンド侯爵は会議を終わらせようとしていた。

 

「いや、もう一つ議案がある」

 それを止めたのはサウスエンド伯爵。

「もうひとつの議案? そんなものは聞いていないが?」

「伝えていないからな。議案といっても儂の一身上の事じゃ」

「……何だろう?」

 訝しげな表情を見せるイーストエンド侯爵。そんな話は一言もサウスエンド伯爵から聞いていないのだ。

「儂は隠居することにした。財務大臣の座だけではなく、サウスエンド伯爵の爵位も返上する」

「何を言っているのだ? 冗談にしても笑えない」

「冗談ではない。本気じゃ」

「……隠居してどうするつもりだ?」

 冗談ではないことはサウスエンド伯爵の目を見れば分かる。だがその意図は、瞳の真剣さだけでは読み取ることなど出来ない。

「さあ、どうするかの? 隠居のあとは無位無官の身。何をどうしようが自由じゃな」

「そういうわけにはいかない」

「いかんと言われてもな。出処進退は個人の決断じゃろ?」

「サウスエンド伯……」

 サウスエンド伯爵の言葉は近衛軍団長に対する処遇への皮肉。イーストエンド侯爵はそう受け取った。

「では陛下。儂の隠居を認めて頂けますかな?」

「……私はどうすれば良いのです?」

 サウスエンド伯爵に問われても、アレックスには答える言葉が思いつかない。

「財務大臣については後日、後任がこの場で決められるでしょう。伯爵位をどうするか。誰かに継承させるか、それとも廃位にするか。そのご決断を」

「……サウスエンド伯爵の爵位は伯の嫡男に継承して頂きます」

 四エンド家の一つ、サウスエンド伯爵位を廃位にするなんて決断はアレックスには出来ない。であればサウスエンド伯爵の身内に継いでもらうというのが当然の選択だ。

「敬語はいりませんな。継承させろ、それで良い」

「……ええ。では伯爵位はそのまま嫡男に継承してもらう。領地も同じだ」

「ありがたき幸せ。儂に成り代わり、息子は精一杯、王の為に働くことでしょう」

「サウスエンド伯自身には……」

 アレックスには何故急にサウスエンド伯爵がこんなことを言いだしたのかが分かった。王になったあとも自分の側にいて、力になって欲しい。そんな自分の我が儘にサウスエンド伯爵はこんな形で応えようとしているのだと。

「儂は?」

「私の相談役となってもらおう」

「畏まりました」

 すぐに相談役任命を受けるサウスエンド伯爵。頭の中では、相談役などという都合の良い役職を咄嗟に思いつけたものだと感心している。

「サウスエンド伯?」

 この状況を受け入れられないのはイーストエンド侯爵。サウスエンド伯爵の意図がまだ読めないでいる。

「陛下の決定じゃ。まさかイーストエンド侯はそれに逆らうつもりか?」

「しかし……相談役とは何だ?」

「言葉通りの意味じゃろ? 王からの相談に応える者じゃ」

「そんな役職はパルスにはない」

「新しい役職を作って悪いのか? では親衛隊長というのは何だ? 新しい役職じゃろ?」

「……何を考えている?」

「パルス王国の安定を」

 イーストエンド侯爵はエンド家に全ての権限を集中させることで国政を安定させようと考えた。一方でサウスエンド伯爵はそれを専横と捉え、国王と有力貴族との力の均衡を図ることで国を安定させようと考えた。この考え方の違いが、二人を対立させることになったのだ。
 結果としてサウエンド伯爵の財務大臣からの退任、伯爵位からの引退はそのまま決定し、王の相談役として王城に留まることになった。
 これらの決定はやがてパルス王国全土に伝えられ、驚きと共に喝采を持ってそれを受け止めた人々が出てくることになる。
 国王を権力の中心とした姿こそ国の正しいあり方という信念の下に王族派に属していた人たち、そして有力貴族の専横を本心から憂い、国の為に何とかしようという想いを持って新貴族派に属していた人たち。
 そういった人たちが結集し、前サウスエンド伯爵、フランク・パウエル相談役を中心とした新たな親王派が立ち上がることになったのだ。