月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #103 勝って兜の緒を締めよ

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 国王の死から半年以上も経つと国民感情も以前と変わらないものになる。街には相変わらず多くの弔旗が掲げられているが、住民の多くはそれに慣れており、特に気にすることなく日常生活を営むようになっている。表面上、王都は元の賑わいを取り戻していた。
 だが実際には、その状況に納得していない人々は少なくない。
 魔族侵攻軍の被害状況については、正式には公布されなかった。いずれ王となるアレックスの失点を公にするわけにはいかないという判断から、そう決められたのだが、兵には家族がいるのだ。自分の身内が戻ってこない、そして自分と同じような境遇の人が、どうやら多いことに遺族たちは気が付いている。
 国は何かを隠しているのではないか。そういった不信感が一部の国民の中に蓄積されていることに国政に携わる人たちは気付いていない。彼等は彼等で、魔族との戦いの痛手から国を立て直そうと忙しい日々を送っていて、そこまで目が配られていないのだ。
 そんな国政を担う者の中でも重鎮とされる三人が集まって話し合いを行っていた。

「つまり、あれか? サウスエンド伯はあのぼんくらの教育係になったわけだ?」

 ウエストエンド侯爵がかなり呆れた様子でサウスエンド伯爵に問い掛けている。その言葉には明らかに嫌味が含まれている。

「そんなつもりはないわ。時々、アレックスの部屋で話をしているだけじゃ」

「だからその話の内容だ。人の上に立つ者としての在り方だと? それが教育係でなく何なのだ?」

 サウスエンド伯爵は頻繁にアレックスの執務室を訪れている。本来の目的は、アレックスの心情を探り、出来る事ならエリザベートとの関係を悪化させて、こちらに取り込む。そういった策謀目的だったはずなのだが、サウスエンド伯爵はすっかりそれを放り出して、アレックスを一人前の王にしようと色々な事を教えている。

「まあ、あれがあんまりにも素直に聞くものだからな。つい話し過ぎてしまうのじゃ」

「だからと言って、本来の目的を忘れてどうする?」

 実際は本来の目的は既に達せられている。アレックスはエリザベートを何とか排除できないかと考えるようになっており、その彼が今もっとも信頼している人物はサウスエンド伯爵だ。あくまでもサウスエンド伯爵個人に対してだが、アレックスの気持ちはすでに取り込まれているのだ。
 だが、サウスエンド伯爵自身がその事に気付いていない為、周りからすれば「いったい何をやっているのだ」という事になってしまう。

「儂のやっている事は手段であって目的ではないわ」

「全く年寄は屁理屈が多くて困る。目的を達する為にはその手段が大切なのだろう?」

「それはそうじゃが……」

「サウスエンド伯がうまく出来ない様であれば、他の方法を考えるしかないぞ」

 これ以上文句を言っても無駄だと感じたウエストエンド侯爵は、話し相手をイーストエンド侯爵に変えることにした。

「うむ……別の方法を考える必要はないかもしれんな」

 二人の話を聞きながらも、ずっと目を通していた紙の束をイーストエンド侯爵はテーブルの上に置いた。

「何だ、それは?」

「さっき届いたばかりの報告書だ。宮務庁長官の間者組織について書かれている」

「ほう。それで何が書かれていたのだ?」

「ほぼ組織の全容が分かった」

「早いな。情報局長は随分と張り切ったようだ」

 イーストエンド侯爵から宮中にある自分が知らない間者組織の存在を聞いた情報局長は、その調査にかなりの人手をかけた。首をすげ替えられるとしたら次の機会は半年後の新たな王の即位の時。それまでに何とかそれを潰してしまいたかったからだ。

「それはそうだ。自分の地位がかかっているのだからな」

「それで内容は?」

「宮務庁長官の下にもう一人、間者の束ね役がいた。女官長だ」

「女官長だと? なんでまたそんな者が?」

「王妃もいない。女狐も自分に関わる事を除けば宮中には無関心だ。そうなると侍女のトップは女官長。ずいぶんと好き勝手やっていたようだな」

「それを脅されて間者の役目を?」

「いや、間者組織が先だ。実際の間者の役目をしていたのは侍女たちだ。だが本人たちには自分たちが間者をしているという自覚はないだろう。ただの好奇心で手を伸ばせば届く所にある情報を集めていたにすぎない。私にはよく分からんが、侍女の間では様々な噂が流れているらしいな。それが真実かどうか確かめたかった。そんな動機から始まったようだ」

「……随分と詳しい報告だな」

「その気になれば情報局はどんな手でも使う。そういう事だ」

「なるほど」

 おそらく侍女の数人が情報局によって自白させられたのであろう。その自白がどういう手段によって引き出されたものか、それを考えるとウエストエンド侯爵の気持ちも少し暗くなった。だが、彼もまた自分の領地を持つ施政者。それが必要な事であれば仕方ないと割り切る気持ちは持っている。

「そしてそれに宮務庁長官が気付いた。宮務庁長官には、彼女らが持っていた情報が宝の山にでも見えたのではないか? 処罰を下すどころか、それを自らのものにしようとした。あとは想像がつくだろ?」

「色仕掛けで女狐にたぶらかされた宮務庁長官は、その全てを女狐に差し出した」

「そういう事だ」

「ふむ。きちんとした王妃がいないだけで宮中というのはそこまで乱れるものなのか。ある意味、先代の王の罪ともいえるのじゃな。そして儂らの罪でもある」

「そうだな」

 先代の王はソフィア王妃が亡くなってからも頑なに次の王妃を娶る事を拒否し続けていた。その結果がこれだとすれば、サウスエンド伯爵の言うとおり、先代王にも罪はある。
 そして、自分の妹を大切に想う王の気持ちを考え、次の王妃を娶る事を強く推し進めなかったイーストエンド侯爵を含む、全ての国政にかかわる者達にも。

「それで届くのか?」

「難しいだろう。宮務庁長官と女官長を失脚させる事は出来るかもしれん。だがそれだけだ。あとは侍女が入れ替えられるだけで事は終わる」

「密通の証拠は無理か?」

「侍女の証言が取れたとしても、それだけでは追求するには弱い」

「耳目を塞いで終わりか。まあ、それでもかなり力を削ぐことは出来る」

「だが影響力は残る。ローズマリー様の母親であるし、アレックスを王にした貢献者でもある」

「だが表への影響は軽微だろ」

「そうだがな。どうせ王が代わるのであれば、全てを綺麗にしておきたいのだ。……もう少し考えてみる」

「女狐の件は一旦終わりだな。それで軍のほうはどうだ?」

「再編案を作らせた。まだかなり粗いがな」

 軍の再編案は国軍内で再検討をしている。だがイーストエンド侯爵は別にそれを用意した。国軍が出してくる再編案など、それがどんなものであれ、はなから認めるつもりはないのだ。

「資料は後で読む。概要だけを聞かせてくれ」

「わかった。国軍への補充兵は近衛軍から回す」

「近衛軍から?」

「そうだ。必要数は万とちょっと。近衛軍の兵数に少し足りない程度だろ?」

「おい。近衛軍を失くすつもりか?」

「もともと必要ないものなのだ。王を守る近衛であれば宮中近衛隊がある。王都の守りは王都防衛軍の役目だ。近衛軍などは領地を持たない貴族へ給料を渡すための口実に過ぎない」

 初めからそうだったわけではない。だがいつの間にかそうなってしまっていたのだ。

「反発がでかいぞ」

「国軍に移っても給料は出る。失うのは近衛という称号だけだ」

「それでもだ」

「この際だから、余計な勢力は一掃したい。先代が亡くなって王族派はなくなった。国政に直接関われるのは王ただ一人だったのだからな。そうなると残るは新貴族派だ。派閥の主導者であったグランはすでに消え、アレックスも王になる。実力者であり、国政に絡む立場である近衛軍団長の職を奪い、国軍中央団長も失脚させる」

「国軍中央団長を?」

「魔族侵攻戦の責任を勇者に押し付けて、それで終わりと思ったら大間違いだ。それにありもしない西方の不安を無駄に煽り、国軍を動かした。責任を追及する理由はある。この二人を除けば、軍部はこちらに取り込める。そうなれば新貴族派は崩壊だ」

「…………」

 イーストエンド侯爵が出来ると言うからには、出来るのであろう。ウエストエンド侯爵はそう思ったが、自派の勢力拡大を素直に喜ぶ気持ちになれなかった。

「それはもう勢力争いではなく、専横じゃ」

 その理由をサウスエンド伯爵が口にした。パルス王国にはもともと三派があった。王とあくまでも国政は王のものであるべきと言う考えを持った王族派。だが派閥のメンバーは現場にいる中間職のものがほとんど。王がいてこそ国政にわずかに影響力を持てたのだ。
 そして新貴族派。もともと近衛を派閥の中心としていたが、いつのまにか王族派であったはずの国軍も派閥に取り込んでいた。そしてエリザベートの力により文官も取り込み、一時は国政を押さえるかという勢いだったのが、これは見事に四エンド家の手によって、元に戻されている。
 イーストエンド侯爵は更に残りの者を国政の場から排除する事によって、新貴族派という派閥を消し去ろうとしている。
 だが、それを行えば国政は四エンド家を中心とした有力貴族派のもの。それも派閥の中で有力貴族と言えたものは裏切りの後、ほとんどが失脚させられている。今はもう有力貴族派というよりは四エンド家そのものなのだ。
 サウスエンド伯が言ったのはその事。そこまでいってしまえばパルス王国は四エンド家の物となったと言われかねない。

「言わせたい者には言わせておけ。パルスは、大陸は動乱の時にある。今こそ国をひとつにまとめなければならんのだ」

「まとまるのは王の下にじゃろ? パルス王国の最高位は王。それを支えるのが臣下であるエンド家の役割じゃ」

「あんな者の下でどうしてまとまれるのだ? あの男はパルスの王に相応しくない」

「では何故、あの者が王になるのを防がなかったのじゃ?」

「他に選択肢がないからだ」

「選択肢は他にもあった。イーストエンド侯がそれを選ばなかったのは、別の者であっても王として認める気がないからじゃ。侯は先代の幻想を追っておるのじゃ。覇気に満ち、人望に厚く、建国王以来の名君になると言われていた若き頃の先代の幻影をな。その頃の先代と他の者を比べて、こいつも駄目、あいつも駄目と判断しておるのだ」

「それの何が問題なのだ? 先代の能力を求めて何が悪い?」

 サウスエンド伯爵の言葉をイーストエンド侯爵は否定しない。優秀な王を求めるのは当然のこと。そう考えている。

「比較の仕方が間違っておるのじゃ。先代の最高の時期と、他の者の最低かもしれない今を比べて何の意味がある? 儂が幻影といったのはそういう事じゃ。末年の先代は優秀な王であったか? そもそも名君と呼ばれるような時期が先代にあったか? そしてアレックスがこの先、名君と呼ばれることにならないと何故決めつける?」

「サウスエンド伯はアレックスに肩入れしすぎだ。そんな夢のような可能性を追ってどうする?」

「可能性を求めて何が悪いのじゃ? それを否定してはどんな事にも未来はない」

 四エンド家でこれだけ真っ向から対立する事は今までなかった。今までも意見の相違は当然あった。だがさすがに三対一になれば一となった者は自分の意見を取り下げる。
 二対二になったとしても、それは個人同士のやり合いにはならない。双方が冷静にそれぞれの意見に耳を傾ける事になるのだ。そして意見を変える場合はじっくりと考えてそれを行う事になる。結論を出す時には双方の意見の良い所、悪い所をそれぞれが理解しているのだ。
 だが今回は個人のぶつかり合い。そして最大の問題はエンド家の話し合いではこれまでなかった個人の感情が意見に影響を与えている事。イーストエンド侯爵にとって先代は若い頃は親友とも呼べる仲であった者。それもイーストエンド侯爵に初めて敗北感を覚えさせた、尊敬し、憧れる存在であったのだ。関係は壊れていたが、それはお互いの立場が許さなかったからであって、奥の方にしまってあった個人の感情は、先代に対する想いは変わっていない。
 一方でサウスエンド伯爵にとってアレックスは出来の悪い生徒。出来の悪い子供ほど可愛いというような感情と共に、自分の足りないものを何とかして補おうと努力を始めたアレックスの懸命さを目の前で見ているのだ。アレックスが名君と呼ばれる事は恐らくないだろう。サウスエンド伯爵にはそれが分かっている。分かっていても、その努力を否定する事は出来なかった。
 お互いに簡単に引くつもりはない。そうなると二人の対立を収めるのはウエストエンド侯爵の役目になるのだが。

「おい、二人とも頭を冷やせ。その件はあとで冷静な時に話し合う事にするぞ。別の話題に移ろう」

 これまでであれば、意見を戦わせた後は四人で決を採った。ここでウエストエンド侯爵が決を採ろうと言い、どちらかを選べばそれで決まりだ。
 だがウエストエンド侯爵が選んだのは結論の先延ばし。自分がどちらかに加担すれば、それが結論となる。四人の時は必ずしもそうではなかった。自分が意見を変えても、相手側でも意見を変える者が出たりしたのだ。
 だから意見を決める時の判断に重さを感じなかったのだが、今はそうではない。ほんのわずか増した決断の重さ。それがウエストエンド侯爵に先延ばしを選択させた。
 一人減っただけで、四エンド家のバランスが微妙に狂っている。

 

「……そうだな。魔族の動向を聞かせてもらおう。それによりノースエンド伯領への軍の配置を見直さねばならん」

「そうじゃな。ちまちまと探っておっても埒が明かんので、まとまった部隊を魔族領深くに送ったのは伝えてあったな。その部隊から伝令が届いた」

「どうだった?」

「影も形も見えん、というのは言い過ぎじゃな。魔族らしき姿は確認できたが、とても軍を攻められるような数ではないという報告じゃ。発見した魔族はどちらかといえば行き場もなく、さまよっているという感じだと伝えてきた」

「……何とも言えんな。サウスエンド伯の判断は?」

「魔族領にはまとまった魔族はもういない。領土を放棄して離散したか、どこかに移動したか。そのどちらかだと思っておる」

「可能性としてはどちらだ?」

「今は両方じゃな。離散した魔族もいれば、まとまって移動した魔族もいる。そもそも魔族は全体がまとまっているわけではない。力ある何人かの下に集まっていたのじゃ。集まる先を持っている者はそこにいるであろうし、失ったものは離散した。今はと言ったのは、いずれそれが全てまとまる可能性があるからじゃ」

「厄介だな。それではどこを守れば良いか分からん」

「自分の被害隠しを優先したせいじゃ。もっと早く動いていれば足取りを終えたじゃろ?」

「今更だな。数も問題だぞ」

「先代ノースエンド伯が亡くなった戦いで、攻めてきた魔族の数は千数百と見積もっておる。それぞれ四大魔将が率いていたとして、単純計算で一人三百程か。生き残っているのは二人であるから最大で六百はまとまっている可能性があるな。それぞれ独立していれば三百が二か所じゃ」

「六百、大した数ではないな」

「だが離散したものが集まれば元の千数百じゃ。そしてその数に二万五千ものパルス軍がやられまくった。最終的には半分だから、敵に十倍の味方を殺された事になる。まあ、こちらの軍の質もあったがな」

「……それでも油断は出来ないか。さてどこにいる? 最少でも三百の魔族が身をひそめる場所」

「普通に考えれば、北の森林地帯じゃな。魔族領にも続いている。その奥深くを移動されれば、見つける事は困難じゃったろう」

「……まさか東はないだろうな?」

「東の森林地帯の事か? それは無理じゃ。そこに入るには、相当ノースエンド伯領に近づかねばならん。それを儂の軍が見逃すとは思えん」

「そうであればいいが……」

「どうしたのじゃ?」

 イーストエンド侯爵が珍しく不安そうな表情を隠さないでいる。

「魔族領から大森林への隠れた道はないだろうか?」

「……道はないと思うが」

「なんだ?」

「海を渡れば辿り着くかもしれんな。詳しい事は分からん。ノースエンド伯の所であれば詳しい情報があると思うが……何を心配しているのじゃ?」

「決まっているだろ?」

「大森林という事はヒューガとかいう小僧か。そんなに心配するような相手か?」

 ヒューガについてはイーストエンド侯爵から他のエンド家へも情報は伝わっている。だが話として聞いているだけでヒューガも、ヒューガに関わる人たちも全く知らない二人は彼のことをほとんど気にしていない。勇者と一緒に召喚された異世界人。あくまでもそこまでの認識なのだ。

「大森林には予想では千を軽く超えるエルフが集まった。そこに魔族が合流すれば、三千近くになるだろう」

「馬鹿にならん数ではあるな。しかし半分はエルフじゃ。個人としては分からんが軍としてはどうかな?」

 エルフの軍を人族は知らない。大森林の外でエルフが軍勢で戦った歴史、少なくともその記録はないのだ。だから、人族はほとんどの人がエルフと戦争というものを結びつける事が出来ない。なんとなく戦争は出来ないと考えているのだ。

「だが奴がいる。そしてその仲間たちも」

「イーストエンド侯らしくもない。見えない相手に何をそんなに怯えているのだ?」

「……見えないから怖いのだ。奴隷商人や貴族の襲撃の件、それで救出したエルフの移送。それ以降も大森林を見張らせていた。だがわずかに影が見えるだけで、実像は一切見えん。まともに見えたのは周りにいる人間だけだ。それも一瞬で消え去った」

「しかし、しょせん異世界人の子供だぞ? しかも半年で城を出されたのだ。勇者のように英才教育を受けたわけでもない」

「その程度の人間が大森林で生きて行けるのか? そんな人間が大陸全土のエルフを助けられるのか? そんな人間が大森林を統べられるのか?」

「しかし、それも推測に過ぎん。影が見えただけで、実像が見えんと言ったのはイーストエンド侯自身ではないか?」

「…………」

 ウエストエンド侯爵の指摘は正しい。イーストエンド侯爵の考えは全て状況からの推察に過ぎない。ヒューガが表に現れたのはエルフを引き連れてノースエンド伯爵領の北の前線に現れた時だけなのだ。ヒューガとエルフが結びついている証拠は確かにある。間者として送り込んだエルフがヒューガを王と呼んだ事実も。だが、逆に言えばそれだけ。実際に大森林にどれだけのエルフがいて、そこで何をしているかは全く分かっていない。
 それでもイーストエンド侯爵からヒューガへの警戒心は消えない。これまで手にした情報がことごとく自分の想像の上を行くものだからだ。
 イーストエンド侯爵には何度かの失敗はあっても大国パルスを思い通りに動かしてきたという自負がある。その自身を超える何かを持っているのではないかという不安が、彼がヒューガに対して強い警戒心を抱く理由だ。

「とにかく今はそんなあいまいな事に気を取られている場合ではない。目の前の魔族の問題を中心に考えるべきだと思う。俺の考えでは状況からいって、大森林と魔族が結びつくことはない」

「根拠はなんだ?」

「結びつきがあるのであれば、とっくにエルフは大森林から出てきている。後方から挟み打つ機会はいくらでもあったのだからな。だがそれをせずに魔王が討たれるのを黙って見ていた。ヒューガというのがイーストエンド侯の思う様な人物なら、戦機を逃すような真似はしないだろ。そして絶好の戦機を逃すようであれば、大して心配する必要はない」

「……そうだな」

 イーストエンド侯爵は完全に納得したわけではなかったが、とりあえず話を収める事にした。これ以上話をしても何も進まないのは分かっている。ヒューガという存在に脅威を感じていない二人には何を話しても無駄なのだ。
 彼等に脅威を感じさせる方法はひとつ。勇者の伝承が歪められたものであると説明する事。そしてその伝承はもしかするとヒューガを指すものである可能性がある事。
 だが、それも推測に過ぎない。彼等に信じてもらう自信はない。信じてもらえても困る。イーストエンド侯爵は自身が思う伝承が真実であっても、それがパルス王国を害するものであるのなら、その実現を阻止する意思を固めているのだから。
 この世界の秩序はパルス王国によって守られるもの。それはイーストエンド侯爵の信念なのだ。