月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第66話 裏イベント:メリカ王国迎撃作戦

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 最終的にメリカ王国迎撃戦におけるリオンの立場は、情報統制官というものに落ち着いた。戦地での様々な情報を収集し、それを分析し、分析に基いて自軍が行うべき行動を指揮官に進言する。
 決定権がないだけで、やらされる事は同じだ。指揮権を無くし、情報統制官などという訳の分からない役職をつける事で、リオンの戦功を目立たなくさせるというところで、国王と周囲の妥協があったという事だ。
 戦功さえ与えなければ、その力を利用する事に周囲も異存はない。結局、納得いかないのはリオンだけという結果になっている。
 そのリオンは今、何処に居るのかというと、王国南部の外れにある、名も無き村に居る。魔物の被害が広がる中で、住む者がいなくなり廃村となっている村だ。
 その廃村の寂れた建物の中が、迎撃軍の作戦中枢を担っているなどとは、王国の上層部の一握りの者たち以外には、知る者はいない。

「西方五キロの地点にメリカ侵攻軍部隊! 数は二百!」

 伝令の報告に建物の中に緊張が走った。五キロ先など、目と鼻の先だ。

「侵攻方向は!?」

 問いを返したのは、王国諜報部の人間だ。今回の戦いにおいて、リオンが真っ先に要求したのが、諜報部門の全面協力。それに国王は応えて、諜報部のトップであるジェイムをリオンに付けていた。

「まっすぐに北上しております!」

「斥候を出している様子はないのか?」

「もちろん、出しております。しかし、侵攻方向以外にはほとんど広げておりません」

「そうか……分かった、ご苦労だった」

 伝令の報告から、この村が見つかる可能性が低いと考えて、周囲の緊張が一気に解けた。そんな中で、リオンは、最初から緊張した様子もなく、ずっと地図を眺め続けている。

「聞いた通りです。敵の油断に救われましたな」

 そのリオンに諜報部のジェイムが話し掛ける。

「逆」

 地図に視線を向けたまま、リオンはこの一言を口にした。その態度と、否定的な言葉にジェイムはわずかにムッとした様子を見せている。

「……逆とは?」

「敵が侵攻方向以外に斥候を出さないのは、それによって、こちらに発見されるのを恐れているから。油断ではなく慎重なのです。余計な斥候を出さないで済むように村のある場所は調べあげているみたいですし」

「何故それが分かるのです?」

「これまで発見した敵部隊は全て、村や街のある場所を縫うように移動しています……今、発見した部隊の位置を早く地図に書いてもらえませんか? ずっと一点を見詰めているのは疲れます」

「……おい」

 ジェイムの指示を受けて、諜報部の部下が地図に印をつけようとする。

「もう少し右、行き過ぎ。そうそう」

 リオンの細かい指示にしたがって、地図の上に印が付けられた。その横には二百という部隊の数も。地図にはこういった情報がいくつも記されている。

「周辺地図にもお願いします」

 地図は一つではない。南部全体の地図と、この村の周辺地図もある。周辺地図にも同じような印が付けられた。

「さて、これで第一警戒線を突破した部隊の数は目出度く百になりました。合計すると、およそ二万五千という規模です」

「……全てを発見出来たとは思えませんが」

 練りに練って、張り巡らせた警戒線だが、それでも完璧であると言い切れない。諜報部員のかなりの数を今回の作戦には投入しているが、それでも全てをカバー仕切れない程にメリカ王国との国境線は長い。

「はい。少なくて三万。多ければ……どうでしょう? 四万くらいですか」

「四万……それは少なくないですかな?」

「周辺の村は街に気づかれないで侵攻出来る進路となると限られます。メリカ王国を何本かの侵攻路を定めて、そこに順番に二百から三百の部隊を送り込んでいます。これはもう明らかですね?」

「地図を見れば誰でも分かりますな」

 広域地図に書かれている線は、何箇所かに集中している。複数の部隊が同じ侵攻路を通っている事は、人目で分かる。

「地図に書かれている場所で、同じような侵攻路を探すと、せいぜい二箇所です」

「……そうなると同じ進路で、部隊をもっと送ってきますな。まだ、しばらくはこの場所ですか」

 リオンたちがこの場所に居るには理由がある。この場所が、警戒線上に配置している各偵察部隊から等距離にあるからだ。つまり、敵のど真ん中にいるようなものだ。

「それはどうでしょう?」

「四万では王都を落すには少なすぎる」

「やり方次第で、三万でも王都は落とせます」

「何だと?」

「今の王国における防衛上の問題は、防衛部隊の不足という事だけではありません。王都には魔物を恐れて、周辺から避難してきた人たちが大勢います。その全てが本当に避難民とは限らない。そう思いませんか?」

「……まさか、敵の間者の侵入を疑っているのか?」

 それを防ぐのは諜報部の役割だ。リオンはそれが出来ていないと言っている。ジェイムからすれば、自分たちの仕事を非難されているように思える。

「可能性の話です。私ならそうしますし、それさえ出来れば、三万でも王都は落とせます」

「間者の侵入など許していない」

「そうですか。それであれば安心です」

 ジェイムの言葉に、すぐに安堵を口にするリオン。それが却って白々しく思える。

「……信用してないのですかな?」

「いえ。ですが我が国の間者は、メリカ王国の都に侵入していないのですか?」

「それは……」

 当然、送り込んでいる。ただ、それを言葉にして認める事には抵抗があった。

「自分に出来ても敵には出来ない。私は自分に自信がないので、そうは考えられません。それに心配性なので、絶対に大丈夫だと言われても、何かしないではいられません」

「…………」

 リオンの皮肉にジェイムは返す言葉を失った。メリカ王国の間者は王都に居る。それは本来分かっている事だった。その前提で防諜対策を施すのが諜報部の役目なのだ。

「まあ、最終的な数は今はどうでも良いです。まだ侵攻してくる敵部隊が居ても、そろそろ動かないと」

「……理由を教えてもらえますかな?」

「敵の動き方が、分かってきました。縦に安全な侵攻路を確保して、そこに幾つもの部隊を通した上で、徐々に合流させていく。一つの侵攻路につき、約五千。それが全て纏まっては、各個撃破するにも、一つ一つの戦いに時間が掛かり過ぎます」

「……敵に知れますか」

 迎撃作戦の要点は、分散して侵攻してくる敵部隊を各個撃破していく事にある。当然、それは敵の他の部隊に知られてはならない。侵攻がバレているとなれば、撤退していく可能性が高い。それでは国王が望むような大打撃を与えられない。

「はい。何千にもなると、殲滅は難しい。ですから、合流前の数が少ないうちに攻撃を仕掛ける必要があります」

「殲滅?」

「敵を逃せば、こちらの攻撃がバレます。一人残さず殺さないと」

「……なるほど」

「その為には、二、三百で移動している間に攻撃を仕掛けたい。だから前に出ます」

「一気に前線までですか……」

 迎撃は王都のかなり手前からになる。それでも、南端に近いこの場所からは結構な距離だ。

「話を聞いていました? そんなところで待ち構えていたら、敵はかなり合流を進めています。俺は、今のうちに攻撃を仕掛けるといったのです」

「今のうちに?」

「前線の奇数部隊に伝令を。小隊に分かれて、現在地から一斉に南下せよ。進路は村や街を伝うように。つまり、メリカ王国軍とぶつからないように南下しろとという命令です」

「……そんな事が出来るはずがない」

 メリカ王国の侵攻軍と、グランフラム王国の迎撃軍の位置を入れ替える。ジェイムには実現出来るとは思えなかった。

「出来るようにするのが貴方たちの役目です。部下の方たちに命令をお願いします。全ての警戒線を破棄。部隊に合流し、斥候として南下を助けるようにと」

「ちょっと待ってくれ! それをしては当初の計画と大きく違ってくる!」

 せっかく準備していた警戒線を破棄。迎撃線も数を半分に減らしたのでは、当初のものよりも、かなり薄くなってしまう。当初の作戦計画は崩壊する、とジェイムは思うのだが。

「同じですよ。これは俺が考えた作戦です。この作戦の原則は討てる所で討つ、です」

「……失敗すれば」

「途中で接触すれば、そこで戦うだけです。その後も出来るだけ敵が合流を果たさない内に常に先手を取れば、なんとかなります。南下出来たほうが、敵の後背を突けるので、被害を大きく出来ると思いますけど」

 ジェイムの懸念など、まったく意に介する様子もなくリオンは答えを返してくる。気にしない所か、逆に、ジェイムは何を気にしているのかと、不思議に思っている雰囲気だ。

「……それが出来るのですな?」

「絶対とは言いません。でも不可能な作戦を考えたつもりはありません」

 ソルに言わせれば、リオンであれば、という前提がつくのだが、本人にはその自覚がない。

「……警戒線を解除。各隊の半分はそのまま前線の軍への伝令に向かわせろ。内容はフレイ情報統制官の申された通り。残りの半分はこちらへ合流。これより迎撃時の態勢に移行する。行け!」

 ジェイムの指示を受けて、この場に居た全ての諜報部の者たちが、次々と飛び出していった。この場に残ったのはジェイムと、苦笑いを浮かべているソルだ。

「何だ?」

 ソルの笑みが気に入らないリオンは不機嫌そうだ

「いや、予想通りになったなと思っているだけだ」

「何だ、その予想通りって?」

「結局、お前の考えた作戦は他の者では出来ない」

「それはない。同じような事をしているじゃないか」

「……誰が?」

「敵。小部隊に分かれての侵攻をしている。ある程度、決め事を作っているのは、恐らくは、動かされる軍の方が臨機応変に対応出来ないからだ」

「……そう思うのか?」

 今の説明だけではソルには判断出来ない。もっと話を聞いても無理だろう。同じかどうか判断出来るのはリオンだけだ。

「思う。敵の総大将って結局、誰なんだ?」

「恐らくは、オリビア・クロックフォード。メリカ王国の王女であり、戦女神と称される方だ」

 これはソルの推測に過ぎない。だが、リオンが高く評価するのであれば、この名しかないと思っている。メリカ王国の戦女神、姫将軍オリビア、この名はグランフラム王国にも鳴り響いている。メリカ王国最高の軍人の一人だ。

「へえ。王女の身分で軍を率いるなんて、もっと男勝りでガサツな性格だと思っていたけど、この作戦の進め方だとそうじゃないな」

「……かなりの美貌だと聞いている」

 戦女神は軍人としての力量だけでなく、女神として、その美貌を称える意味の方が強い。この情報を知っていて、リオンはガサツな性格などと考えている。ソルには意味が分からない。

「外見と性格は別。なるほどね、王女様が総大将ね」

「女性と考えて、油断しないほうが良い。はっきりとは伝わらないが、メリカ王国は南部諸国と何度も戦っている。戦女神、姫将軍は、その戦いの中で得た名だ。実力が伴ってのものだと思う」

「別に油断はしていない。まあ、王女様の事は後回しだな。早く場所を移らないといけないし」

「どこに移るのだ?」

「第三警戒線の指揮所。出来れば、もう少し前に出たいけど、それじゃあ、伝令の移動が大変そうだ」

 つまり、第三警戒線からもう少し王都に近づいたあたりが、迎撃戦の前線になるという事だ。どうして、この時点で、そこまで分かるのかと思うが、ソルは、それを聞くことは止めておいた。

「どうして、それが分かるのですかな?」

 ジェイムは黙っていないで、疑問をそのまま口にする。

「……何となく」

 答えはソルが思っていた通りのものだった。これで自分は一体何を学べるのか。もう何度考えたか分からない疑問が、又、ソルの頭に浮かんだ。

 

◆◆◆

 メリカ王国の侵攻軍が、予定の半分も進んでいない状況で、リオンは攻勢に出た。その手腕にはソルも呆れるばかりだ。
 小部隊の並行運用は、リオンの頭脳と、その手足となって動ける部隊、バンドゥ領軍があってこそとソルは思っていたが、今回、リオンが動かすのは王国騎士兵団だ。それでは思う通りに行かないのではないという懸念があった。
 その問題をリオンは簡単に解決してみせた。リオンが狙ったのは侵攻軍の野営地。それぞれの侵攻路上で野営に適した場所を洗い出し、そこに斥候を送る。先行している部隊が野営した後があれば、そこに周囲の自軍の部隊を集結させるように手配した。目的地に集合するだけなのだ。少々のズレは問題にならない。
 あとはメリカ王国の次の部隊が野営をしに来るのを待って、襲わせるだけ。しかも野営をさせた上で、日の出とともに奇襲させるというやり方を指示した。一人も逃さない、その為に、奇襲でありながらも明るくなるのを待たせているのだ。
 それは七本あるメリカ王国の侵攻路の全てで実行されている。どの場所に、どこから、どれくらいの人数を送るか。その指示は全て、リオンの頭から出ている。肩書が何であろうと、迎撃軍の指揮官はリオンだった。

「捕虜を一か所に集めろ! 急げ!」

 又、グランフラム王国側が奇襲を成功させた。すでに何度目かの勝利とあって戦勝後の対応も手際が良くなっている。

「戦いの痕跡を消せ! 決して見逃すなよ!」

 次の侵攻部隊を迎える為の、準備にも慣れたものだ。天幕などは綺麗に片付けて、戦いがあった事を示すような痕跡は全て消していく。この作業は徹底しなければならない。後からきたメリカ王国軍に不審を抱かせては、計画が台無しになってしまうからだ。
 もっとも、これもいつまでも続けられない。一度や二度であれば、まだしも、何度も同じ場所で戦いを繰り返していては、完全に痕跡を消し去る事など出来なくなる。注意深く見れば、すでに野営地の周囲に残る足跡も、異常と分かるような数になってきていた。

「そろそろ潮時だな」

 襲撃部隊を率いている将校の一人が、それに気付いて呟いた。これ以上は無理だと判断したのだ。

「これで戦いは終わりですか?」

 将校の呟きを聞いて、騎士の一人が尋ねてきた。

「いや、違う。他の部隊と合流して、北上する事になる」

「今度は北上ですか」

「それで最終決戦だ。先に進んでいるメリカ王国の侵攻軍の後背を突く。それで完膚なきまでに叩きのめせで、成功だ」

「挟み撃ちという事ですか」

「そうなるな」

「最初はどうなるのかと思いましたけど、いざ、蓋を開けてみれば、この結果。これを考えた指揮官は、恐ろしい人ですね」

「まあな。だが、まだ戦いは終わったわけではない。最後まで油断はするな」

 将校のこの言葉の半分は自分に言い聞かせているものだ。南下の命令を受けた時は、本当にどうなる事かと、この将校も思っていた。だが結果として、戦うのは自分たちの五分の一、多くても四分の一に過ぎない敵となった。戦いなので、死傷者が全くいないわけではないが、極めて少なかった。全く同じ戦い方をしているのだから、これは他の部隊も同じはずだ。一方で敵はこうして確実に数を減らしている。
 気を付けていても、勝利を確信して気持ちが浮かれてしまうのを押さえられないでいた。そんな浮かれた気持ちに冷水を浴びせるような事態が起こるのは、天罰なのか。
 天を世界と言い換えれば、そうなのかもしれない。罰を受ける理由は到底納得出来るものではないだろうが。

「敵影!」

 不幸を告げる言葉はこれだった。

「敵襲だと!? どこからだ!? 数は!?」

「方角は北! 数は……四千! いえ、まだ増えます!」

「何だと!?」

 自軍は千。これまでの戦いとは全く逆で何倍もの敵を相手にする事になる。とても勝ち目があるとは思えない。

「撤退だ! 速やかに後退する! 急げ!」

 後退といっても、進む先は王都方面とは正反対だ。敵が北から襲ってくる以上は、南に逃げるしかない。襲撃部隊は行く宛もなく、ただ敵に追われるままに南下を続ける事になった。
 この事態はここだけではない。他の場所でも同じ状況が起こっていた。メリカ王国の逆襲が始まったのだ。