月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #97 愚者の愚策

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 目の前にそびえるのは真っ黒に染まる城。魔王城と呼ぶには優美な雰囲気を醸し出す城。そう考えた美理愛は自分の思い込みを反省することになる。ヒューガは言った。「魔族の魔は悪魔の魔ではない。魔力の強い一種族の呼び名に過ぎない」と。頭では理解しているつもりだったその言葉を、本当の意味で理解していないことに気付かされたのだ。
 美理愛たちはその魔族との戦いを繰り返し、いよいよここまで辿り着いた。
 城の周りを、陣を固めて取り囲んでいるパルス侵攻軍の兵たち。一方の城はひっそりと静まり返っていて、城壁にも一切魔族の姿は見えない。つい先日までの激戦が嘘のようだ。
 正面から進軍してきた魔将の四軍に前方を塞がれた。だがそれはいずれ起こる戦い。逆に言えば待ちに待った正面からの戦いのはずだった。
 ここが決戦場と優斗が率いる部隊を先頭に全軍が魔族軍へ突撃した。だが、それもいつもの罠だった。優斗との戦いをうまく避けて、逃げ回る魔将たち。それにつられて全軍が前掛かりになったところで、新たな魔族軍が後方に現れた。
 伏兵は想定内のことで備えはあった。そこに来るまでに何度も煮え湯を飲まされてきたのだから。
 ただ唯一の誤算はその伏兵を魔将が率いていたという点。前に現れた魔将の半分は偽物だった。備えに置いていた後備の部隊は一瞬で蹴散らされ、そのまま軍を叩き割るように突き進む魔族の伏兵部隊。
 優斗が後ろに下がろうとすれば、前にいた魔将が邪魔をする。では前を先にと追えば逃げられる。前後に分かれたパルス王国軍。そこに更に突き進んできたのは、横から現れた魔獣の群れだった。黒い牛のようなそれは、角を振り回して、真っ直ぐにパルス王国軍に向かってくる。
 完全に策にはまり、身動きの取れなくなったパルス王国軍。そんな彼等を救ったのは、いつの間にか追いついていたノーストエンド伯爵家軍だった。
 なぜその軍がそこにいるのか、誰にも分からなかった。だがそんなことはどうでも良い。
 魔族の伏兵の更に後方から突き進んでくるノースエンド伯爵家軍。その数は決して多くはなかったがその勢いは凄まじかった。まったく止まることを知らず、魔族軍を蹴散らして前進し続けるノースエンド伯爵家軍。その突撃を止める為に、先頭で暴れまわっていた魔将が後方に下がっていった。
 その後は完全な混戦。魔力切れでフラフラになるまで美理愛は戦い続けた。
 勝ったのかどうかも誰も定かではなかった。分かったのは、突然、魔将が引き上げたこと。そして、ノースエンド伯爵家軍の全滅に近い被害。ノースエンド伯爵自身が魔将との戦いに挑み、戦死したこと。
 それでもパルス王国軍は前進を続けた。戦いはまだ終わっていない。美理愛もそれは分かっているが味方の犠牲を弔うこともなく、次の戦いに挑むことには空しさを感じた。

「敵だー!」

 前方の陣から敵の来襲を告げる声が聞こえてきた。美理愛が何を感じていようが、戦いはまた始まる。

「美理愛、行くよ!」

「ええ」

 優斗が部隊を率いて、前に向かって駆けて行く。後を追うのは、この戦いの中で彼につき従うようになった兵士たち。優斗が信頼する兵士たちだ。
 彼等を死なせたくない。美理愛はそう思っている。彼等のおかげで優斗はかなり落ち着きを取り戻している。今の彼にはなくてはならない存在なのだ。その為には魔族を倒さなければならない。決意を新たにして、美理愛は優斗たちのあとを追った。
 やがて見えてきたのは、魔王城の城門を出た所で暴れ回っているたった一人の魔族。

「……どういうことかしら?」

「分からない。でもあれは魔将の一人だ」

「そうね」

「他のやつが出てくる前に倒したい。行くよ、皆!」

「「「おお!」」」

 魔将がたった一人で正面から現れるなど、これまでの戦いではなかったこと。それを疑問に思わなくはないが、罠でなければ、逆に魔将を倒す絶好の機会だ。そう考えて優斗は兵士を率いて、前に進んだ。

「我に宿りし魔の力よ! その力を顕現し、大いなる力で敵を滅ぼせ! 水の槍よ! 今こそその力を示せ! ウォーターランス!」

 その彼等を支援する為に魔法を唱える美理愛。彼女が使える上級魔法の中で最も得意なウォーターランス。魔将相手ということで、美理愛は初手から全力で行くことを選んだ。
 氷の槍が何本も魔将に向かっていく。魔法の発動を検知されたのか、魔将が美理愛に視線を向ける。にやりと笑ったように見えるその顔。攻撃は失敗、そう考えた美理愛だったが。

「えっ……?」

 水の槍はそのまま魔将の体を貫いた。

「美理愛、良くやった! 今だ! 皆、一斉に行くよ!」

「「「おお!」」」

 優斗たちが氷の槍に貫かれて動きの弱った魔将に向かっていく。
 美理愛の魔法を魔将は避けられたはずだった。これも何かの罠かもしれない。美理愛の心に不安が広がる。

「我こそは魔将第三位ケルベス。腕に覚えのある奴らはまとめてかかって来い!」

「言われなくてもな! 勇者、優斗! 参る!」

「優斗! 気を付けて!」

「分かってる!」

 剣を構えて魔将に挑む優斗。だが魔将は優斗を見向きもしない。ただ周りにいる兵に向かって剣を振り回しているだけ。その剣の一振りで、何人もの兵の首が飛んでいる。
 魔将の振り回す剣をかいくぐるようにして近づく優斗。一気に懐に入って、自らの剣で魔将を切りつける。それでも魔将はかまわず、ただ数を殺すことを目的としているかのように、周りの兵を切り裂いていく。
 終いには、優斗に背を向ける始末。当然、優斗はその隙を逃さない。背中から剣を深々と突き立てた。

「……甘いな。勇者なんてのはこんなものか」

「なんだと!」

「背中まで向けてやってるのに一撃で殺せないとはな。しかも、剣まで俺の体に残してやがる。一体お前何を習ってきたんだ?」

「…………」

「まあ、いいか。それで? 誰が止めを刺してくるんだ?」

 魔将の言葉に戸惑う美理愛。その言葉はまるで自ら死を望んでいるかのように聞こえる。なんとなく周りの兵も、その雰囲気に気押されていて、誰も魔将に向おうとしない。

「……はあ、ちょっと予定と違ったな。もう少し華々しく散りたかったんだが、パルスのアホどもはそれもさせてくれないらしい。では仕方ない」

 魔将は背中に刺さっていたユートの剣を自らの手で抜いた。傷口から血が噴き出すのもかまわず、その剣を自らの首に当てている。

「魔王様、言いつけを破ってゴメンな。ケルベスは今、お傍に参ります。ふんっ!!」

 ――魔将の首が落ちた。
 事態が呑み込めなくて誰も動こうとしない。目の前で起こったことが何なのか理解出来ないのだ。そんな戸惑う人々の中、状況を動かしたのは、いつの間にか近くに来ていたアレックスだった。

「これはもしや……近衛!」

「「「はっ!」」」

「城内に突入する! 急げ!」

「「「はっ!」」」

「ちょっとアレックス? どういうこと?」

 城内へ突入しようとしているアレックスの意図が美理愛には分からない。これまで何度も罠にはまっている。今のこれも策である可能性はなくないのだ。

「ここで待機していてください。私たちが先行します」

「危ないわ。まだ魔将を一人倒しただけよ」

「いいから! 皆の者、行くぞ!」

「アレックス!」

 美理愛の制止をまったく気にすることなく兵を引き連れて、城門から中に突入していくアレックス。その数は決して多くはない。やはり無謀な行動だと美理愛は思った。

「ミリア、僕たちも行こう!」

 それは優斗も同じだ。

「そうね」

 ユートと彼が率いる兵たちと共に美理愛も慌てて後を追う。
 警戒しながら城内を進む美理愛たち。だが魔族の姿は一切見えなかった。時折、城の中から聞こえる喧噪は近衛の兵たちと思われる声。それを聞いた美理愛の頭に「略奪」という言葉がよぎった。
 最初に辿り着いたのは謁見の間と思われる広間。そこにも誰もいない。さらに奥にある扉を開いて、城の奥へと廊下を進んでいく。
 やがて何者かが騒ぐ声が聞こえてきた。アレックスの声だ。

「急ごう!」

「ええ」

 声のした方向へ急いで向かう美理愛と優斗。廊下の奥のほうにある部屋からその声は聞こえてきた。

「パルスは死者に対する礼儀もないのか?」

「大人しくその首を渡せ」

「欲しければ力づくで取るのだな。もっともお前にそんな力があるとは思えん」

「…………」

「そこをどけ!」

 アレックスの話相手と思われる人物が部屋を出て廊下に現れた。美理愛も何度か見たことがある魔将のひとり。肩に年老いた女性を担いでいる。
 力無いその様子からその女性は亡くなっているのだと美理愛は考えた。「死者」という言葉を聞いていたからだ。

「……勇者か」

「魔将だね?」

「ああ、そうだ」

「では、僕は君を討たなければならない」

「……勇者も同じか。死者にムチ打とうとする。では、押して通らせてもらう」

「させない!」

 剣を構える優斗。魔将は遺体を担いだままだ。
 かまわず相手に切りかかる優斗。左斜めから相手に打ち掛かった剣は魔将が抱えた遺体を切り裂こうとしている。それを庇うように剣を差し出す魔将。二つの剣が交差したまま、力での押し合いになった。

「卑怯なことだ」

「うるさい! 魔族が何を言う!」

「ふん。これが卑怯でなくて何なのだ?」

 そう言う魔将の胸から剣が突き出されていた。背中から貫かれた剣。その剣の持ち主はアレックスだ。

「今だ、優斗! とどめを!」

「あっ、ああ」

 さらに魔将に向かって、ユートが剣を突き刺す。体の中で交差する二つの剣。

「魔王様……申し訳ありません……」

 絞り出すようにそれだけを言うと、そのまま口から血を噴きだして、魔将は遺体を担いだまま床に倒れていった。

「早く、首を取れ!」

 アレックスの指示で近衛の兵が魔将の首、ではなく、老婆の遺体の首を切ろうとしている。

「アレックス、何をしているの?」

「魔王の首を取っているのです」

「魔王?」

「ええ、これが魔王ですよ」

 アレックスが突き出した首。白く染まった髪。皺だらけの顔。瞳の色は閉じられていて分からない。普通の老婆のように見えるその女性が魔王なのだ。

「では魔王討伐は終わりなのね?」

「ええ、終わりです」

 呆気ない終わり方。特に戦いらしい戦いもなく魔王城は落ちた。あまりの呆気なさに美理愛は戦いの終わりを実感出来ないでいる。

「魔王城の掃討は別の部隊に任せて、一旦、外に出ましょう」

「ええ」

「……終わった」

 優斗の、心からホッとした様子の声。勇者として果たすべき仕事が終わったのだ。安堵の気持ちが湧くのは当然のこと。
 その声を聞いて美理愛も終わりを実感することが出来た。

 

◆◆◆

 野営地は大賑わいだった。辛い戦いだった。多くの兵たちが死んでいった。だからこそ、今の喜びは大きい。戦争に勝った喜びよりも、戦争で生き残れた喜び。兵の本音はそういうものだ。
 その歓喜に美理愛も優斗も巻き込まれた。次々と現れては酒を勧めてくる騎士や兵士たち。無礼講というのはこういうものなのだと美理愛は知った。
 酒が飲めない美理愛は飲むふりをして誤魔化していたが、優斗は勧められるままに飲み続けた。嫌々ではない。背負っていた重い荷を下ろせて、騎士や兵士と同じかそれ以上に喜びを爆発させていた。
 ただそれも永遠には続かない。すっかり酔っぱらって眠ってしまって優斗。それを良い機会と捉えて、美理愛も宴の席から離れ、天幕に入って休んでいた。
 かなり疲れを感じているので、すぐに眠れると思っていた。だが美理愛も自覚はないが気持ちが高まっているのか、何故か寝付けないでいる。

「聖女様、起きていますか?」

 その美理愛に掛けられた声。いつもであればすぐに反応する美理愛であるが、今日はもう人の相手をするのには疲れてしまっていた。返事をすることなく、寝たふりをして相手が去るのを待つことにしたのだが。
 突然、首に何かがかかる感触。起きようとしたのだが、すぐにそれが何かに気が付いて、寝たふりを続けることにした。

「どうだ?」

「ああ、ばっちりだ」

「よし。じゃあ、一旦引き上げるぞ」

「おい、引き上げるのかよ。もったいない」

「女のほうのお楽しみはアレックスに報告してからだ。なに、報告を聞けばアレックスはすぐに王都に出発する。そうすればその後で何をしようが知られることはない」

「そうだな。ちょっとの我慢か」

 天幕から人の気配がなくなるのを待って、美理愛は首を探る。間違いない。ヒューガに教わった首輪と同じものだ。以前、練習した通り、首輪を流れる魔力を強引に捻じ曲げて首輪を外す。

(……どういう事かしら。この首輪は隷属の首輪と言われるものよね。何故、それを私に付けようとしたの?)

 何故、隷属の首輪が自分に付けられたのか考える美理愛。深く考える必要もなく答えは出る。男たちの会話がヒントだ。想像するだけで美理愛は体が震える。

(そんな目にあったら私は……)

 以前見たエルフたちの姿を美理愛は思い出した。
 震える体をなんとか押さえつけて、ベッドから立ち上がる。

(彼等はアレックスの名を出していた。この件にアレックスが関与している可能性は十分ね。そうなるとここはもう安全な場所じゃないわ。どうするの? ……ユート、まずはユートに話さないと)

 ここまで考えたところで美理愛はまた男たちの会話を思い出した。「女のほうのお楽しみは」と言っていた。優斗にも何かしようとしている。それは間違いない。

(今すぐにユートの所に行かないと。でもこの軍全体が私たちの敵だとしたら……分からないわ。どうすればいいか分からない)

 どうすれば良いのか考えても答えはすぐに出てこない。とにかく優斗の所に行こう。二人になれば何か良い案が浮かぶはず。そう考えた美理愛は天幕をそっと脱け出して、辺りを探る。
 少し離れた所が騒がしい。耳を澄ました美理愛に聞こえてきたのは兵たちの声。部隊が移動しようとしているのだと分かった。そしてその中にはアレックスもいるはず。首輪を付けた男たちはそんなことを言っていた。そして、お楽しみはアレックスがいなくなった後だとも。

(……覚悟を決めましょう。怯えないで、彼らが私にしようとしたことを考えるの。彼等は殺されても仕方のない人間なのよ)

 美理愛は一度、自分の天幕の中に戻って、何度も何度も段取りを考える。剣での戦いで勝てる自信はない。確実なのは魔法だが、詠唱には時間が必要であり、大規模魔法は、当たり前だが、接近戦には向かない。
 コントロールが下手。ヒューガに言われたことを思い出す。

(……こんな時に思い出すのがあの子のことだなんて。なんだか複雑だわ……どうやら来たようね)

 美理愛の耳に男たちの声が聞こえた。

「……聖女様」

「なんですか?」

「おっ? 起きていたのですか?」

 美理愛が起きていたことを知って、少し驚いた様子の男。

「はい。周りが少し騒がしくて。何かあったのですか?」

「ええ、アレックスが王都に出立しました」

「こんな時間にですか? それはまたどうして?」

 美理愛が思っていた通り。だが、言葉では軽く驚いて見せる。

「やつには急いで王都に戻らなければいけない事情があるのです」

「では置いて行かれた私達はこれからどうするのでしょう?」

「これからですか?」

 男の顔が醜くゆがんだ。欲望にまみれたその顔は見ているだけで美理愛は気分が悪くなる。こんな男に自分の体が自由にされるなどあってはならないと思う。

「聖女様はゆっくり我等と楽しみましょう」

「楽しみ? それはどういったものでしょう?」

「それをこれから教えてあげますよ。教えてあげるから、まずは跪いてもらいましょう」

「……どうして私がそんなことを?」

「いいから、やりなさい。お前はもう俺たちには逆らえない。これは命令だ」

 男は美理愛に命じてきた。それに対して、どう反応するべきか悩む美理愛。戸惑いながらも、ひとまずは男の言う通りにしようと地面に跪いてみる。

「そうです。どうですか? 聖女様ともあろうお方が地面に跪くなんて」

 美理愛の戸惑いを従属の首輪に逆らおうとしての反応だと男は受け取った。嫌々ながらも逆らえずに地面に跪く。そういう反応を男は求めているのだ。

「これはどういうことなのですか?」

 まだ演技を続ける美理愛。

「それを教えて差し上げます。貴方が首にしているのは隷属の首輪といって……ん?」

 だが美理愛の演技はあっという間に無駄になる。首輪が外れていることに男が気付いてしまった。そうなるともう躊躇している余裕はない。

「魔の力よ、その力を顕現し、敵を貫け、ウォーターボウ!」

「なんだと!」

 水の矢が男達に向かって飛んでいく。この距離であれば外すことはない。ただ美理愛としては一人には生き残って欲しかった。詳しい事情を聞きたいのだ。
 だがその望みは叶わない。二人とも即死だった。そうなるとこの場にいる必要はない。美理愛は優斗がいるはずの天幕に向かった。
 中の様子を伺うが話し声は聞こえない。わずかに優斗のうめき声が聞こえるだけ。それで十分。優斗がいて、拘束されているのであれば助ける以外の選択肢はないのだ。
 足音を忍ばせて、天幕の中に入る。
 目に入ってきたのは、背中を向けた裸の男。その先には同じく裸で四つん這いになっている優斗だった。

「優斗!?」

 衝撃の光景を目撃して、思わず大声をあげてしまう美理愛。

「美理愛!? ……見ないでくれ!」

 美理愛の声に振り返った優斗だが、すぐに自分の顔を布団にうずめた。

「おや、聖女様ではないですか? どうしたのです? 貴女もお楽しみではなかったのですか? あいにく私は女性より男性のほうが好みでしてね。貴族の嗜みというものです。貴女は他の人を楽しませてあげてください」

「ふざけないで!」

「おや、逆らうのですか? 貴女も……首輪がない? そ、そんな馬鹿な?」

「死になさい!」

「うぐっ」

 行為を続けたまま自分のほうを向いていた男の背中に、美理愛は持っていた槍を突き刺した。背中から腹までを槍で突き通された男は、そのままベッドから転がり落ちていく。

「優斗! 大丈夫?」

「僕は……僕は……」

「ちょっと待ってて。今、首輪を外すわ」

 美理愛は優斗に嵌められている首輪の魔力を強引に捻じ曲げて外す。それが終わると今度は床に散らばっている服をかき集めて、ユートに渡した。

「……これは一体、何なんだい?」

 洋服を着ていくうちに少し優斗の気持ちも落ち着いたようで、冷静な声で首輪について美理愛に尋ねてきた。

「隷属の首輪というものよ。無理やり奴隷にする時に使うものらしいわ」

「……僕は逆らえなかった」

「分かっているわ。これはそういう首輪なの」

「なんでこんなものを僕に?」

「それは……私も何が何だか分からないわ」

 隷属の首輪を付けられた理由は美理愛も分からない。それを知る者は他にいる。

「……助けて」

 ベッドの下からうめき声が聞こえてきた。美理愛に槍を突き刺された男の声だ。

「優斗にこんな真似をして、よく助けてなんて言えるわね?」

「……いや、助けてやろう。美理愛、回復魔法を」

「良いの?」

「……そのままで回復してやればいいさ」

 久しぶりに現れた能面のような酷薄な顔。それも仕方がないと美理愛は思う。酷く恨まれるようなことを男は行ったのだ。

「魔の力よ。その力を顕現し、この者の傷を癒せ。ヒーリング」

 回復魔法の光が男の体を照らす。回復をしたといっても槍が刺さったまま。放っておけば、また弱って死ぬことになる。

「さて、これで話せるよね? 死にたくなければ何故、僕たちにこんな真似をしたのか話してもらおうか?」

「それは……」

「このまま死ぬかい? 別に僕はそれでもかまわない。実際、君を今すぐにでも切り刻んであげたいくらいだ」

「話します! ですから命だけは助けてください!」

 優斗の脅しに男は屈した。

「じゃあ、話して」

「……私たちの計画には勇者は邪魔なのです」

「邪魔?」

「もしこのまま勇者が凱旋すれば、やがて貴方はローズマリー様を娶り、パルスの王になるでしょう?」

「……それで?」

 もともとそういう計画だったはず。そうであるのに自分が邪魔と思われるのはおかしいと優斗は思う。

「パルスの玉座はパルス人のものです。異世界人になど……いえ、勇者とはいえ、異世界からきた方に玉座を渡すわけにはいきません」

「……なるほど。僕でなければ、誰が玉座に座るのかな?」

「……アレックスです」

「アレックスにはその資格があるんだ? 彼の家は決して有力な貴族ではなかったはずだけど?」

 予想された答え。だがアレックスは本来、王になれるような身分ではないはず。そのアレックスがどうして選ばれたのか優斗は疑問に思った。

「……戦の功績があります。魔王を討ったのはアレックス。そういうことになります」

「それで急いで王都に戻ったのね?」

 夜中だというのにアレックスが移動した理由。それが美理愛には分かった。

「そうなのかい?」

「ええ、ついさっきここを離れたわ。そういうことなのでしょう?」

「……はい。真実を知るのは近衛と」

「僕たちだけか」

「そうです」

「つまり僕たちは最初から利用されていたわけだ。アレックスとグランに」

「グランは……いえ、何でもありません」

 グランは関係ない。だがそれをわざわざ説明する理由を男は持っていない。

「この先、僕たちはどうなる?」

「勇者としての力はこの先も利用するつもりでした。今後の戦いの為に」

「だから僕たちを奴隷にしようとした?」

「……そうです」

 従属の首輪で支配されれば裏切りを知ったとしても逆らうことは出来ない。勇者は武器。武器を武器として使うだけのつもりだった。

「でも、それは失敗した。そうなると僕たちはどうなるんだろう?」

「……邪魔であることに変わりはない」

「なんだって?」

「もういい。どうせ、私は助からん。聞きたいことを聞けば、お前は私を殺すつもりだろう?」

「……だったら?」

「死ぬさ。お前を恨みながら死んでやる。何が勇者だ? お前なんぞは何も知らずに、ただ我等の思惑通りに動いていた道化だ。これからも愚かに踊り続ければ良い」

「じゃあ、死んで」

 いつの間にか優斗の手には剣が握られていた。それを軽く横に振っただけで、男の首は宙に舞った。

「優斗……」

「パルスに居場所はないね……」

「そうね」

「パルスは僕たちの敵だ」

「優斗?」

「敵は滅ぼさなければならない」

「私たちにその力はないわ」

 いくら勇者でも、たった一人では国を滅ぼすことなど出来ない。美理愛が協力したとしても同じことだ。

「勇者なのに?」

「魔族を見れば分かるでしょう? 魔将は強くなかった?」

 魔将は強かった。その魔将が四人いても魔族は戦いに負けた。優斗がいたから。それが理由ではない。数の力に押し切られたのだ、と美理愛は考えている。

「……そうだね。軍が必要だ。僕に従う軍が。それを手に入れなければならない」

「どうやって?」

「分からない。それはこれから考えるよ。とりあえず、ここを離れよう」

「どこに行くの?」

「……今日は疲れた。とりあえず休みたい。丁度良い場所がある。そこを借りることにしよう」

 優斗の口から出てくるのはいつも通りの穏やかな声。だが美理愛には分かる。その声に、以前ユートを支配していた狂気の感情が込められていることが。