月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #95 将来の為に

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 今日は週一回行われている全体会議の日。大会議室には各部署の責任者たちが集まっている。新たに加わった三人も参加だ。その三人が増えただけで会議の様子はかなり違うものになっている。色々な物事が動き出し、もともと取り組んでいた問題もその解決の勢いを強めようとしている。

「作物は食物へ完全に移行しました。多くは麦を栽培することになります。順調に行けば六の月が経つ頃に、最初の収穫を迎えます。また権兵衛さんの指示で麻の耕作地は残しています」

 生産部門の責任者であるシェリルが報告を行っている。生産物の内容を見直したのだ。

「麻? どうして?」

 食料生産に完全に移行したと言いながら、麻を作ろうとしている。その意味がヒューガは分からない。

「食用になると言っています。また油も取れると」

「麻って食べられるんだ?」

 麻が食べられることなどヒューガは知らなかった。

「はい。権兵衛殿としては成長が早く、使い道も色々あるので、主要な農作物にしたいようです」

「そうか……それは悪かったな。最初から詰めておけば良かったな」

「大丈夫です。権兵衛殿はドワーフ族のビールに興味津々です。麦の収穫とその後のビール造りを今から楽しみにしています」

 収穫は六か月後。ヒューガにとっては随分と先の楽しみと感じるのだが、権兵衛にとってはそうではないらしい。だが、そんなことよりも無愛想な権兵衛が喜んでいるという報告がヒューガは気になった。権兵衛とシェリルはそれを分からせる、もしくは分かるくらい打ち解けているということだ。

「他には?」

「権兵衛殿は耕作地を増やしたいそうです。今の場所を拡張するのではなく、別の場所に作りたいと」

「……効率が悪くないか?」

 農作業の担当者は増やしているが、その多くは未経験のエルフ族。まだまだ権兵衛に頼っている部分は大きい。そうであるのに場所を分散しては、権兵衛の負担が重くなるとヒューガは考えた。

「そうなのですが、万一問題が起きた時に一カ所だけでは全てが駄目になる可能性があるそうです」

「問題……ああ、疫病とか害虫とかかな?」

「王はご存じなのですね?」

 これを言うシェリルは疫病や害虫については分かっていないということだ。責任者であってもシェリルも農作業は初心者。知識は権兵衛に遠く及ばない。

「……イナゴって知らない?」

「知りません」

 害虫の例を出したつもりだったが、シェリルはイナゴを知らなかった。

「バッタは?」

「バッタ、ですか……」

「……木の葉や草を食べる虫」

「ああ、緑用虫のことですね。緑用虫はいくらでもいますけど、それが何か?」

 この世界には似た昆虫として緑用虫がいる。だが害虫であるという認識はないようだ。

「それが大量発生することはないのか?」

「緑用虫の大量発生……私は聞いたことがありません」

「……大森林の外では?」

「あるな。あれを心配していたのか。以前、マリ国内の耕作地のかなりの部分がそれにやられたことがある。あれは確かにやべえな」

 答えたのはユリウス。大森林の外の国では事例があった。ヒューガとしては残念なことだ。

「それを防ぐ方策は考えられているのか?」

「火で燃やすことくらいか。せっかく実ったものも全て燃えちまうが、被害を減らすにはそれしかねえだろ?」

 残念ながらヒューガ予想していた答え。その方法は大森林で使うにはリスクがある。イフリートたちであれば、うまくコントロール出来るかもしれないが、それは聞いてみなければ分からない。

「……耕作地の分散を考えるべきか」

「はい。自給率を上げるには今の広さでは足りません。拡張はいずれにしても必要になります」

「分かった。進めてみてくれ」

 いつまでも権兵衛に頼りっきりではいられない。担当者たちが独り立ちする良い機会になるかもしれないとも考えて、ヒューガは事を進めることにした。

「あとひとつだけ。蚕の養殖についてです。人員増加と作物からの材料採取を止めたことにより、蚕の養殖規模を拡大させたいと思っています」

「必要な対策は?」

「場所と人手です。場所は現在の三倍、人員は二倍も必要ありません」

「……カルポ。対応の可否を」

 シェリルの提案に対してヒューガは判断する材料を持っていない。カルポにそれを任せた。

「場所については問題ありません。建物の建築にもすぐに入れます。問題は人員ですね」

「……特殊技能は必要か?」

「糸にする時には。蚕を育てることについては、決められたことをきちんとやってもらうだけですので真面目であれば良いかと思います」

 不真面目な人はこの国にはいない。本質的にそうであっても仕事に対しては真面目に取り組む人ばかりだ。つまり、多くの人が対象者になれるということ。

「……南から希望者を募る。全体への話は俺からするけど、個別面談はサキに頼もう。俺からだと命令と受け取られかねない」

 だがヒューガは南の拠点にいるエルフたちに任せることにした。性奴隷から解放されたあと、療養を続けていた人たちだ。

「承知いたしました。最初の人選もお任せください」

 ヒューガの考えに療養所の責任者であるサキも同意した。いつかは社会復帰をしなければならない。その機会として悪くないと二人とも考えたのだ。特別な能力が不要だというだけが理由ではない。リリス族以外の他人との接点を持つという点で、シェリルと権兵衛は適任だと考えたのだ。権兵衛の場合は、分け隔てなく無愛想であるのだが。

「あとは……交易による不足分の補充は順調か?」

 全体会議には商業部門の管理責任者のソウキュウも参加している。ただソウキュウの役目はあくまでも情報の取りまとめ役。全体を統括している人物は他にいる。ルソンという名だ。

「はい。商人の囲い込みはすでに完了。相手はパルスの貴族が密かにグラン殿を支援していると思い込んでおります」

「仕入値は?」

「当初予算よりはかなり低く抑えられております。これは相手が貴族に恩を売ることを優先した結果です。それでも相場よりは高いですから、こちらは恩に感じる必要はまったくありません」

「どれくらい続けられそうだ?」

「恐らくパルスの戦争が続いている間は大丈夫かと。主要人物が王都を離れていることでパルスは緩んでおります。取り締まられる心配はそれほどありません。唯一の問題はイーストエンド侯爵領ですが……それも当面は大丈夫かと」

 相変わらずイーストエンド侯爵家の監視は続いている。ただその監視は積極的な介入を試みるものではないもの。そう変化したと情報部門は考えている。

「他に問題はないか?」

「あるとすればパルス王国が物不足になる可能性です。物価に影響を与えるかもしれません」

「それ問題か?」

 パルス王国で問題が起きたとしても、それはヒューガにはアイントラハト王国にも関係ない。パルス国内の物価が上がれば、売る側に回れば良いのだ。

「拡大してもよろしいですか? 少々目立つかもしれません」

 その結果、大きな利益をあげては商会が目立つことになる。目立てば既得権益者、既存の大商会が商売の邪魔をしてくる可能性がある。それをソウキュウは懸念している。

「……止めておこう。勝負をかけるのはもっと後だ。計画通りに進める」

「承知しました」

 ヒューガは時期尚早だと考えた。大商会と正面から向き合うのは、もっと小勢力を吸収して力をつけてから。それと同時に相手の力を弱めてから。そういう計画なのだ。

「次に移ろう」

「はい。では製造部門です。ブロンテース殿より試作品があがってきました。春の軍向けの軽装防具、僕の軍の重装防具の二種類です」

「弓は?」

「もう少しかかるそうです。試作品については今のところ大きな問題は感じていませんので量産に入ります。問題があるとすれば、僕の軍は盾の使い方を知らないということです」

「それは将軍のところに教わるんだろ?」

「はい」

 集団戦の戦い方、それ以外にも人族の軍の戦い方の指導はカール将軍とその部下の役目。盾を使った戦いも当然、彼等が指導することだ。

「あと、基礎鍛錬の一部をやり直します」

「どうして?」

「防具をつけるとその重さで今までと同じように動けません。前と同じ動きが出来るくらいに鍛え直す必要があります」

「……そうだな。任せる」

 鎧を身につければ当然、動きは鈍くなる。それを元と同じようにするのは簡単ではないとヒューガは想ったが、カルポたちがやる気なのであれば、わざわざ止める必要はない。

「ついでだ。軍についての問題はないか?」

「では自分から」

 声をあげたのはカール将軍。会議の場では初めての発言となる。

「どうぞ」

「部下たちも鍛錬に参加させてもらいたい。基礎訓練、ジュニアコースだったかな? それにだ」

「今更?」

「王はそう言うが部下は、自分自身もだな。あのジュニアコースの卒業基準などクリア出来ん。指導する立場として、それは問題だ」

 指導者は全ての面で、とまでは言わないが、教える相手よりも優れていなければならない。それだけでなく教える相手と同じ動きが出来なければ、適切な指導が出来ないという不安もあってのことだ。

「……良いだろう。自由にすればいい。どれに参加する?」

「いくつかあるのか?」

「基礎体力、基礎魔法、基礎剣術、基礎弓術、基礎馬術。将軍が言っているのは基礎体力のことだと思う。俺としては基礎魔法もやっておいたほうが良いと思う」

「基礎魔法は習得していると思うが……自分が思っているのとは違うのであろうな?」

 あえてヒューガが行うべきという鍛錬だ。自分が考えているようなものではないとカール将軍は判断した。

「違うな。将軍が考えているのとは全く別物だ」

「ちょっと、ヒューガ。良いの? 将軍たちはまだ正式に仕えると決めてないじゃん」

 ここで夏が口を挟んできた。教える魔法は、人族にとっては、特別なもの。部外者に教えるべきではないと想ったのだ。

「……でもな。基礎魔法をマスターしないと上の課程は出来ないだろ?」

「それはそうだけど……」

 ただ体を鍛えるだけで、アイントラハト王国軍の基準はクリア出来ない。魔力を効率的に活用してようやく届くレベルなのだ。

「それについては私に任せてもらうわ。秘密を守らせる術を私は持っているから。仕えないと決めたときは私が対処するわ」

 セレネは解決策を持っている。人族にとってはダークエルフの呪いと呼ばれるものだが、そこまではこの場で説明する必要はない。

「じゃあ、セレネに任せる。ということで、参加は可能だ。基礎体力は自主練習だ。好きな時間に決められた課題を消化すればいい。基礎魔法は夏が教える。コツは今まで習った魔法は全て忘れること」

「全て忘れる……それの意味はなんだろう?」

 この世界の魔法に精通していればいるほど会得は難しい。イメージが大切であり、余計な知識はそれを作りあげることを阻害する。

「夏に教われば意味はわかる」

「承知した」

 ただそれは口で説明しても分からない。実際にやってみるしかないのだ。

「あとは、俺から報告がある。東方連盟の動静だけど、三人は聞きたくなかったら出てっても良いぞ?」

「かまわん」「問題ないね」「問題ありません」

 聞きたくないどころかその逆だ。捨てたとはいえ母国の動静は気になる。

「そう。まずはダクセン王国からだな。王都は陥落した。でも意外にも踏ん張っている」

「何と?」

「王族がとっとと王都を逃げ出したのが幸いした。しかもバラバラに。各地で王族を旗印に軍がまとまってる。ダクセンって変わってるんだな」

「変わっているとは?」

「王族の王への忠誠が薄い。なんか皆が王になろうって野心を持っている感じだな。おかげで王がいる場所を落としても、それで終わらない。それでいてプライドは高いのか、誰も寝返ろうとしていない。誰か一人くらい傭兵王側に寝返って、保身を図るかと思ったんだけどな」

「……なんとなく分かるな」

 ヒューガが感じた通り、プライドが高いのだ。成り上がりの傭兵になぞ膝を屈したくないという思い。自分こそが王に相応しいという思い。現実を見ずに感情だけで判断するのは、カール将軍を冷遇した国王と同じだ。

「傭兵王の動きも駄目だ。右往左往している。理由は分かる。どこか一カ所を攻めれば、他の王族が自分の勢力を広げようとする。それを防ぐのに、また別の所の移動するって感じ。油断していたのか何なのか、とにかく決着は長引きそうだ」

「そうか……」

 決着が先延ばしになるだけで、ダクセン王国の敗北は変わらない。そうカール将軍は判断した。

「次はマリ」

「おお、もう滅亡したか?」

 カール将軍とは異なり、ユリウスは母国への感傷はまったくない様子だ。

「滅亡して欲しいのか? 残念だけど、これも長引くぞ。攻めてるミネルバがな……傭兵王に引きずられて十分な準備が出来ていないうちに開戦したんじゃないかな? 軍の動きが鈍い。補給も確立していないようだ」

「どっちもどっちだねぇ」

「ただマリの軍は思っていたより強いんだな。戦いは有利に進めてる」

「王は戦馬鹿なんだよ。戦では優秀、内政では馬鹿って言ったほうが分かり易いか?」

「分かり易いな」

 国王を戦馬鹿呼ばわり。マリ王国にいた時からこうだったとしたら、不遇だったのは自業自得ではないかとヒューガでさえ思う。

「あの、アシャンテは?」

「頑張ってるほうかな? ただマンセルが慎重だってのが一番の理由だな。これは意外だった。マンセルとミネルバは傭兵王にうまく使われているだけだと思っていたけど、マンセルは違ったみたいだ。ミネルバみたいに焦って軍を出すような真似をしていない。ちゃんと準備を整えてる」

「しかし、マンセル王国は自分の守る砦を攻めてきた」

 カール将軍が守っていた、守らされていたという表現が正しいか、砦を攻めたのはマンセル王国軍。かなり早い段階での侵攻だった。

「それがおかしいだろ? マンセルの相手はアシャンテ、なぜダクセンを攻めた?」

「……先を考えてのことだと?」

「おそらく。傭兵王がダクセンを攻め取ってもしばらく混乱は続く。アシャンテ攻めはその間にと考えているのだと思う。マンセルは自国の国境を固めることを優先したんじゃないか? 将軍のいた砦の位置関係は?」

「なるほど。ダクセンから国境の細い街道を抜けた位置にある、守るには適した場所だ」
 
「……なんでそんな場所に?」

 それはマンセル側からは開けた場所にある砦ということになる。守りにくいかは現地を見ないと分からないが、あえてそこに砦を築く必要はあったのかとヒューガは思う。

「元はマンセルのものだ。昔の戦いでダクセンのものになった」

「破棄という考えはなかったのか?」

「守ることだけを考えればそれが正しい。だが、そこを破棄すればマンセルを攻めるのは容易ではなくなる」

 マンセル王国を攻める場合の最前線となる砦。あくまでも攻める場合に必要な砦だ。

「そこに将軍は送り込まれた?」

「……王が考えている理由でな」

 つまり王に死ねと言われたのと同じだ。国への忠誠厚いカール将軍も、さすがにそこまでされては愛想が尽きる。ドュンケルハイト大森林にだって来ようと思う。

「まあ、そんなわけで東方連盟の戦いはまだ続く。戻りたいと思う人は言ってくれ。これが最後の機会だ。この機会を逃せば、次は三年後。どうする?」

「「「…………」」」

 戻るという人はいない。ユリウスあたりは怪しいと考えていたヒューガには、意外な結果だ。
 三年後にこの国はどうなっているのか。ヒューガには漠然とではあるが、思い描いている姿がある。だがそうなる保証はまったくない。ようやくそれらしくなってきたばかりのアイントラハト王国。一つの問題で全てが壊れてしまう可能性もあるのだ。
 それでも彼等は理想に向かって進んでいく。一歩一歩、確実に。

 

◆◆◆

 パルス王国を挟んで、ドュンケルハイト大森林の反対側。ユーロン双王国の西部の城にネロはいる。ユーロン双王国に今のところ、大きな変化はない。ネロの領地にも。変化があったとすれば、ネロ自身の心境だ。
 居室の椅子に座り、その少し前に立つ子供に視線を向けているネロ。

「……ゴサン。お前はゴサンだろ?」

 ネロの言葉を聞いて、言われた子供は落ち込んでいる。

「えっ? 違った? 嘘……じゃあ、ゴサンは? ゴサン、出てきて!」

 ネロの呼びかけに部屋の隅に置かれていた衝立の陰から、別の子供が出てきた。この子がゴサンだ。

「……ああ、似てる。っていうか似すぎだよ」

 並んで立つ二人の顔はそっくり。間違えても仕方がないと思えるくらいだ。

「よし。次こそは……じゃあ、交替」

 衝立の裏に引っ込んでいく二人。すぐに一人の子供が衝立から出てきた。

「ええ……また似てるな……ゴ、またゴだな……ゴニ! ゴニだろ!?」

 だがこれも間違い。子供は顔を横に振って、間違いであることをネロに教えた。ただ今度は落ち込んだ様子はない。笑顔さえ見せている。

「……じゃあ、お前、誰?」

「……ゴサン」

 子供の名前はゴサンだった。ゴサンは一度引っ込んで、また出てきたのだ。

「ええっ!? それズルい。ズルいな!」

 まんまと騙されたネロは、大声で文句を言っている。本気で怒っているわけではない。楽しんでいるのだ。

「……あの、ネロ様」

 そのネロに声を掛けてきた女性がいた。

「えっ? あっ、ああ、久しぶりだね? 戻ってきたの?」

「はい……あの、ネロ様は何を?」

「名前を覚えている。かなり覚えたと思ったのだけど……実際に当てようとしても顔が似ていて。それはそうだよね? 全員、僕の子供だ」

「えっ……?」

 ネロの言葉に驚きを見せる女性。

「君の子供は完璧に覚えたから。まあ、一番目だからね」

 女性は淫魔族。ネロと最初に関係を持ち、子供を産んだ女性だ。その後、同族の女性を騙してネロに差し出したことで、リリス族と名乗るようになった女性たちからは裏切り者として恨まれている淫魔族の長だ。

「私の子供の名を……どうしてですか?」

 子供たちの名前はいい加減なものだ。母親に番号をつけて、さらに生まれた順番と組み合わせて名前にしているだけ。彼女の息子はイイ。一番目の女性の一番目の子だ。
 ネロにとっては覚えるつもりのない、ただの番号だったはずなのだ。

「……友達に怒られた」

「友達……ですか?」

 ネロに友達と呼べる人物がいる。それは女性にとって驚きだった。

「友達って呼ぶと彼に怒られるね。実際は友達になるのは断られた」

「そうですか……」

「彼に言われた……えっと、大きな声では言えないな。僕は子供たちに殺されるかもしれないって」

 ここにはその子供たちがいる。ネロは声を潜めて、女性に説明を始めた。

「そんなことは……」

「真実を知ったらそうなる可能性は高いよ。その覚悟がないわけじゃないのだけど、彼は子供たちを親殺しにしてしまうことを怒っていた」

「…………」

 これを聞いた彼女は、ネロが友達と呼ぶその人がどういう人物なのか気になった。

「彼は僕が子供たちと本当の信頼関係を築けたら友達になっても良いと言ってくれた。大切に育てろって」

「……それで名前を覚えようとしているのですか?」

「そう。だけど、ちょっとゲームをしているみたいで楽しい。子供たちも楽しんでいるみたいだ」

 ネロに名前を間違えられると悲しい。だが、さきほどのようにネロに間違えさせようと企む子供もいる。少なくともネロは自分たちに興味を持っている。以前とは違い、自分の子供としての興味だ。それを彼等は感じているのだ。

「そうですか。楽しんでいますか……」

「そうだ。久しぶりだから家族で食事しようか?」

「食事、ですか?」

「……違うよ。普通の、いや、君たちにとってはあれが普通か。えっと……僕にとっての普通の食事」

「……それを、家族で?」

 家族なんて言葉も今初めて聞いた。あまりの変化ににわかには受け入れられないのだが、嬉しいことは嬉しい。彼女はネロを愛しているのだ。同族を裏切るほどに。 

「……他の子が羨ましがるかな?」

「皆で食事をすれば良いのではないですか? 私が生んでいなくても、皆、ネロ様の子供たち。家族です」

「そうだね。じゃあ、そうしよう」

「……あの、その友達という人は誰なのですか?」

 まだ信じ切れないが、もしネロのこの気持ちが真実であるなら。彼女はそれをもたらした人物を知りたかった。

「それがどこの誰かは分からなくて。分かっているのはその彼は奴隷を解放しているってこと。全土で活動しているって言っていたから、知っている人は知っているだろうね」

「調べないのですか?」

「それをしてまた彼に会えるというなら正直、悩むね。でも、彼はそれを望まない。僕は約束の時を待つことにしている」

「そうですか。もしかして……いえ、分かりました」

 彼女が裏切った同族を逃がしたのがその人物ではないか。奴隷の解放と繋がる行動だと彼女は考えた。勘違いが入っているが、相手が何者であるかについては正解だ。
 ただネロが望まない以上は、調べる必要はない。彼女にとって望ましい変化をもたらしてくれたことに感謝するだけだ。

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