月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #94 想いを抱えた人たち

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 広い執務室。そこに置かれた大臣でも使いそうな大きな机。座り心地の良い椅子。働く環境としては申し分ない。マリ王国では下級役人であったユリウスにとっては、かなり恵まれた職場環境だ。グランと二人だけでなければ。
 目の前に山と積まれた書類。その全てを二人で片付けないとならないのだ。ユリウスは書類の山を見ているだけで疲労を感じてしまう。

「なあ、爺さん」

「…………」

「爺!」

「なんじゃ! 儂は爺と呼ばれるような年齢ではないわ。それにグランという名がある」

 爺呼ばわりされてグランは怒っている。実際にグランはアイントラハト王国では若いほうだ。エルフ族の人たちが平均年齢を引き上げているだけだが。

「その言葉づかいは爺のそれじゃねえか。じゃあ、グラン爺で良いか」

「……勝手にせい。それで何の用じゃ?」

 呼ばれ方などどうでも良い。アイントラハト王国では相手の態度にいちいち腹を立ててなどいられないのだ。もっぱらジャンたちが原因だが。

「なんでこんなに書類があるんだ?」

「仕事がそれだけあるってことじゃろが」

 そんなことはユリウスにも分かっている。聞きたいのはそういうことではないのだ。

「この国の住人は三千程度だろ? 弱小貴族の領地程度じゃねえか。そこで何でこんなに仕事があるか聞きてえんだよ」

「……ふむ。悪い質問ではないな」

「偉そうに……さっさと説明してくんねえか?」

「お主それで良く文官などやっていられたな?」

 グランは相手の態度を気にすることはしないようにしているが、ユリウスは国に仕えていた身。それでどうしてこの態度なのか疑問に思った。

「いられてねえよ。だから、ここにいる」

「なるほどな……民の数は確かに小貴族程度じゃが、国力が違う」

 疑問が解けたところでグランはユリウスの問いへの答えを返す。

「国力?」

「ああ、人の数を除く国力ならマリ一国に匹敵するかもしれんな」

「……まあ、一応は国だからな」

 貴族の領政と国政の違い。そういうことだとユリウスは受け取った。間違いだ。

「お主、思ったより頭が悪いな」

「なんだと?」

「怒る前に考えろ。本来、国力というのは民の数じゃ。軍事力だけではなく生産力にも関わってくるからな」

「……ふん、確かにグラン爺の言うとおりだ」

 何をするにも金が必要だ。その金は民から徴収する税金。徴収対象である民の数が、実際は土地の肥沃さなど色々と他にも条件はあるが、税収の多寡に影響を与える。

「その数が段違いに違うのに、国力が匹敵するとはどういうことじゃ?」

「なるほどな。それで何倍も働けってことか」

 頭数が少ない分を一人一人が何倍も働くことで補う。そういうことだとユリウスは理解した。これも間違いだ。

「やはり頭は良くないようじゃ」

「いい加減にしろよ」

「今のお主が本気のお主か? そうだとしたら、王に頼み込んで今の内にここを出て行くのじゃな。お前など王の役に立たん」

「てめえ……何様のつもりだ?」

「パルス王国筆頭宮廷魔法士。それが儂のかつての肩書じゃ」

「……嘘だろ?」

 そういうことを聞きたくてユリウスは「何様だ」などと言ったつもりはないのだが、返ってきた答えが意外過ぎて、そんなことはどうでも良くなった。

「嘘ではない。なんじゃ、儂が流刑になったことも知らんのか? 自分で言うのもなんじゃが、儂くらいであれは国から正式に公示されていると思うがな」

「俺は下級役人だったからな。そんな情報は入ってこねえよ」

「王の言った通りじゃ、お主は自分の立場の範囲内でしか物を考えることをしない。やはり役には立たんな」

「どういうことか説明してもらえねえか?」

 パルスの筆頭魔法士の肩書に恐れ入ったわけでは、本人はないつもりだが、グランがここまで言うなら話を聞こうと考えた。

「王に仕えている者は皆、一段も二段も上の立場から物事を考えようとしている。そうしないと王に付いていけないからじゃ。実際、儂は付いていけているとは思っておらん」

「言っていることは分かる。でもそんなことは珍しくないだろ? そうあるべきだなんてのはマリにいる時から言われていた」

「それは言われるだけだな。だがここではそれが現実になる」

「現実にってのは?」

「その考えたことが有用で、実現性があるのであれば、その者はそれを行う責任者になる」

「実力主義ね。それはもう分かってる」

 それはユリウスも分かっている。能力があれば新参の自分でも、重要な仕事を任せられるのだ。

「誰であってもじゃ。今日畑を耕していた者が、明日にはここで働いている。ここはそんな所じゃ」

「……それは俺の望むところだ」

 農民が国政の場にあがる。さすがにそれは普通ではない。だが実力があればその能力を発揮する機会を与えてもらえる。それはユリウスが望んでいた環境だ。

「だが、それが終わればまた畑仕事じゃな」

「ん? それは功績を認めていないってことだろ?」

「説明の仕方を間違えたか。儂が言いたいのは、畑仕事をしている者は、どうすればもっと収穫量があがるかを考える。もっと頑張ろうなどではないぞ。どこに問題があって、それを解決するにはどうすれば良いか。そういうことを考えておるのだ。自分の仕事はクワを打つだけ。そんな風に考える者はここにはいない」

「……ふむ」

「そして畑仕事を政務より下の仕事だなどと考えてはいない。そんな考え方をしていたらここでは処罰される。畑仕事は儂には出来ん。自分に出来ん仕事を下に見るなど思い上がりも良いとこじゃ。そして畑仕事がなければ国は成り立たんこともきちんと理解しなければならん」

 ユリウスは、そしてソンブも大抜擢を受けたわけではない。彼等の能力を発揮出来る場を与えられただけなのだ。

「……ずいぶんと志が高いことで」

 それを理解したユリウスは不満そうだ。

「そういう者でなければこの国で仕えることは出来ん。つまり、お主では無理だ」

「それくらいは出来るさ」

「……それだけではないのだがな。お主は王をどういう風に見た?」

「……変わり者だな」

「まあ、そうじゃな。それだけか?」

 ヒューガが変人であるという評価についてはグランも同感だ。

「話を聞く限りは理想主義者。正義感も強そうだ。人としては尊敬できるが正直、王としては少し甘いな」

「それが間違いじゃ」

「どこがだよ?」

「まずは理想主義。王は現実主義者だ。理想を掲げているのは、それがないと物事が間違った方向に進むと考えているからじゃ」

「理想を追うことで間違いを起こすこともある」

「現実主義者と言ったじゃろ? 理想を掲げてそこに進もうとしておるが、決して無理はしない。それにお主は理想と現実が相反するもののように思っているようじゃが、それも間違いじゃ。理想とは目標であり、現実は方法じゃ。現実は決して理想を追うことを阻害するものではない」

 あるべき姿が見えていても、そこに辿り着けるとは限らない。どこかで妥協が必要だ。だが妥協に慣れてしまえば、辿り着けるものも辿り着けなくなる。
 今、実現可能な最大の成果をヒューガは求めており、それが達成出来てもそれで終わろうとしない。

「さすが年の功。ずいぶんと悟った感じじゃねえか」

「悟ってなどおらん。じゃが年の功は間違っておらんな。経験はしておる。掲げていた理想を見失い、誤った道を進み、失敗した経験をな」

 どこか遠くを見るような目でこれを語るグラン。言葉は簡単であるがその中身の重さをユリウスは感じた。

「……それで流罪か」

「そうじゃ。儂は全てを失うところじゃった。命もな。それが王との縁によって救われた。命をではない。理想を追う心をじゃ」

 話は想定外に重いものになった。グランがここまでの想いを持って、アイントラハト王国で働いているとユリウスは考えていなかったのだ。

「……もしかして、他の奴等も王になんらかの恩を感じているのか?」

「今いる者たちは皆そうじゃな。儂の件は自業自得じゃが、他の者はそうではない。世の中に虐げられ、生き甲斐を失い、中には死ぬよりも辛い経験した者もいる。それを王が救ったのじゃ。仕えている多くの臣下は王が死ねと言えば何も言わずに死ぬ」

「……グラン爺は?」

「儂もじゃな。儂は既に一度死んでおる。今更、命など惜しくはない」

「でも正式な臣下じゃねえ。何故だ?」

 命を捨てて仕える覚悟を持つ人を、何故ヒューガは受け入れないのか。それがユリウスには納得いかない。

「儂がパルスの人間だからじゃ。パルスはエルフの恨みを買っておる。そんな儂が、突然やってきて王の知人だというだけで、臣下として認められるわけにはいかん。認められるに相応しいと思ってもらえるように、この国の為に何かをしなければならんのだ」

「……もしかして俺たちもか? 俺たちが認められなければならないのは王ではなく、仕える臣下たちに?」

「ああ、そうじゃ」

「おいおい、それは無理だろ? パルス人じゃなくても人族はエルフの恨みを買っている」

「それは先人たちに感謝するのじゃな。お主より先に仕えている人族たちは、エルフの為に命を捨てて働いた。そのことにエルフたちは心から感謝している。人族だからというだけで、恨みに思うエルフはここにはいない」

「……すげえ所だな。ここは」

 三千と少ししか国民はいない。だがその三千が全て王の為に命を捨てられる。マリ王国にそれだけの臣下はいたか。いないとユリウスは断言出来る。
 国力の差を埋めるのは一人一人の頑張りではなく、その頑張りを支える強い想い。ようやくユリウスはグランが言っていることを理解した。

「あと、王に正義感などないからな。身内に対する態度だけで、王を判断するのが間違いなのじゃ」

「じゃあ、あの王はどんな人物なんだ?」

「……それは自分で見極めろ」

「ちょっとくらい教えてくれても良いだろ?」

「まったく……味方はどんな手を使っても守ろうとする。味方以外はどうなろうが基本関知しない。敵と認識したものには一切の容赦がない。今言ったことについての善悪を一切気にすることはない。簡単に言えばこんなものじゃ」

「……なるほど。中々にはっきりした考え方だ」

 第一印象から描いた人物像とはかなり違っている。甘いのは味方に対してだけ。そしてその味方として認められる人は限られている。自分はその味方ではなく、今後厳しい目で評価されるのだとユリウスは考えた。

「三年の時がある。それだけの時があれば王がどんな人物かは分かるじゃろ。無理だと分かっておるのであれば、今すぐにここを出ろ」

「……今の俺じゃ無理か?」

「無理じゃな。お主には驕りがある。まさしく井の中の蛙大海を知らずじゃ。マリでは優秀じゃったのかもしれんが、それが世間知らずであったとすぐに分かる」

「そうかい。じゃあ、少なくともそれを知るまではいることにする」

「……まあ、いいじゃろ。無駄話はもう終わりじゃ。手を動かせ」

「ああ、分かった」

 三年の時を待つまでもない。仕事を始めれば、そう月日がかからずにヒューガがどのような人物かは分かる。ユリウスはアイントラハト王国の政策のかなりの部分を知る立場にあるのだ。それで人物像を描けないようであれば、仕えることなど出来ない。三年後、もしくはそれを待たずに命を失うことになる。
 国の中枢にいた人物を簡単に自由にするはずがない。これにユリウスが気付くのはそう遠くない時期だ。この時点で気付かないことが問題なのだ。

 

◆◆◆

 ソンブはヒューガに付いて、北の拠点までやってきた。王都を中心に四つの拠点があることについては、すでに教わっている。だが北の拠点はソンブが思っていたような場所ではなかった。
 都と違って荒れ果てた様子。それだけが理由とは思えない、漠然とした不安が胸に湧いてくる。何故、そんな思いが浮かぶのかソンブにはまったく見当がつかない。見当がつくはずがない。考えて思いつける理由ではないのだ。
 考えている場合でもない。今は王であるヒューガに同行しての鍛錬の視察の真っ最中。それを無駄にするわけにはいかない。そう思って、ヒューガの隣で鍛錬の様子を見つめているソンブだが。

「……あの」

「何だ?」

「あの人たちは兵士なのですか?」

 目の前で行われている鍛錬は一般兵のそれではない。もし目の前で鍛錬をしている人々が一般兵であれば、自分など必要ないと思ってしまうほどの実力だ。

「もう気付いた? ソンブは剣術とかの心得があったりするのか?」

「……はい。一応は」

「そうか。でも一応って感じじゃないな。あれを見て、すぐに兵士じゃないって気付くんだから。結構しっかり習った?」

「……はい。それなりに」

 あまり聞かれたくないこと。だからといって、王に対して嘘をつくのも躊躇われる。そう考えた結果の微妙な答えだ。

「今度はそれなりか……まあ、いいや。彼等は軍に属する兵じゃない。今のところはだけどな」

「今のところということは、いずれは軍に?」

「そう。あの中から特に剣術について見込みのある者は冬樹の軍に入れるつもりだ。軍といっても冬樹の所は正式には四人しかいないけどな。正式じゃないのを含めても五人か」

「部隊とも呼べませんね」

 それだけの数しかいない部隊を、どう戦術に組み込むのか。ソンブには思い付かない。

「そうだな。でも増やすとしても、せいぜい数人だよな。やっぱりハードル上げ過ぎかな? もう少しレベルを落とすか。その辺はギゼンさんに相談だな」

 冬樹の、冬の軍の活かし方が思い付かないのはヒューガも同じ。今はまだどういう位置づけにするかも決まっていない。

「ギセン殿とはどなたですか?」

「あそこで立って、皆を見てる人。あの人が彼らの師匠だ」

 ヒューガが指し示した場所にはギゼンが立っている。そのギゼンから発せられる威圧感にソンブは身を固くしている。

「……やっぱり結構やってるだろ?」

「いえ、それほどでは」

 ソンブの反応を見て、ヒューガはまた同じ問いを向けた。ギゼンが発する威圧感はたしかに強烈だ。だがそれは実力が及ばない人には感じられないものだ。

「ソンブに考えてもらいたいのはあれをどう使うか」

「どう使うかですか?」

「そう。エアルの軍は騎獣および白兵戦での攻撃主体。夏の軍は魔法主体。カルポの軍は防御に特化させようとしている。でも冬樹の軍についてどうしようか思いつかない」

「何故でしょうか?」

「漠然と考えているのは剣術主体での完全攻撃型。でも彼等はただひたすらに個を高めようとしている。組織での戦いも鍛錬し始めているけど、それも部隊としての動きじゃない。目指す方向が軍隊とはちょっと違うんだよな」

 彼等が学んでいるのは軍の戦い方ではない。剣術を極めること、そこまでの見込みがない者たちは間者として働く為の戦い方を学んでいる。

「鍛錬をすれば良いだけではないですか?」

「そんな余裕はない。彼等が目指す高みは遙か遠くだからな。そもそも目指したところで何人が到達できることか」

「あの、何を目指しているのでしょうか?」

 ヒューガの説明は漠然としていて、ソンブには理解出来ない。ただとんでもない高みを目指していることは分かるだけだ。

「一騎当千って感じかな?」

「一騎当千ですか……」

「こう言えば分かるか? 彼らが目指すのは、剣聖と呼ばれた人が到達した場所だ」

「剣聖ですか?」

 高みも高み。剣聖とは剣術を極めた者だけに許される称号。それは天性の為せる技であって、努力で到達できるものとはソンブには思えない。

「そう。ギゼンさんのフルネームはギゼン・レットー。ヤギ流の正統後継者だ」

「……生きていたのですね?」

 今現在、剣聖と呼ばれる人物は何人かいるが、彼等の剣術など過去の剣聖に比べれば児戯に等しいとソンブの師匠は言っていた。その師匠が言う過去の剣聖の一人にヤギ流のギゼン・レットーの名があったのだ。

「知ってるんだ? ギゼンさんの名を知ってるなんて意外だな。もしかしてパルスにいたことがあるのか? でも、年齢が合わないか。誰に聞いたんだ?」

「……剣を教えてくれた人です」

「そう。じゃあ、知っていてもおかしくないな。これで言ってること分かっただろ? 剣聖に成ろうとしている剣士が集まった集団は、戦争でどう使えばいいんだろ?」

 強者を集めた集団。それに戦術は必要なのかとソンブは思わなくもないが、それを言ってしまっては自身の存在価値を否定することになる。なんとか答えを出そうと考え始めた。

「……王は何人が到達できると思っているのですか?」

「分からない。なんたって剣聖レベルだからな。到達出来る可能性なんて無に等しい。ただ少なくとも四人には何とか届いて欲しいと思うな。これは王としてではなく個人の願いだ。冬樹、オクト、ノブ、ディッセの四人……ちょっとこれは贔屓だった。今の発言は忘れてくれ」

 ソンブは冬樹以外の三人の名は初めて聞いた。ヒューガが贔屓と言うからには特別な関係がある人物だと分かる。

「その方たちは普段はどのような仕事をされているのですか?」

 そうであればアイントラハト王国において重臣と呼ばれる立場にいるはず。ソンブはこう考えたのだが、間違いだ。

「その方たち? ああ、ガキどものことか。見ての通り、鍛錬をしてる」

「あの、ガキどもというのは?」

「あそこに小さいのが三人いるだろ? 他の奴らは各軍で鍛錬中。ああ、さっき見たか。エアルとカルポの軍に三人ずついた奴等。あと夏の下にも三人の女の子がいる」

「王は子供が好きなのですね?」

 重臣どころかまだ子供。その子供たちを重臣である冬樹と並べて話すヒューガは、子供が好きなのだとソンブは思った。色々と間違いだ。

「ん? ……どちらかと言えば嫌いだな」

「でも、子供たちを大切に思っていらっしゃいます」

「あいつらを子供だなんて思わないほうが良い。下手な大人よりもよっぽど強かだからな。接する時は気を付けろ。子供と思って上から目線でいると一発で嫌われるから」

「……はい、気を付けます」

 自分が思ったような関係ではない。ではどのような関係なのかソンブは気になった。

「それと、あまりジロジロ見てると……気付いたか」

 鍛錬をしていた三人がもの凄い勢いで駆けて来ている。見られている気配を感じて視線を向けたことで、ヒューガがいることに気が付いたのだ。

「ヒューガ兄、見に来てたのか」「……兄」「俺、強いだろ?」

「ああ。強くなったな。ジャンたちもさっき見てきたけど、一対一だとお前らのほうが強そうだ」

「強いぞ」「……まあ」「当然、俺のほうが強い」

「そうか。頑張ったな」

 楽しそうに三人と話すヒューガ。その様子を見ているとやはり子供好きなのではないかとソンブは思う。今のヒューガの雰囲気は他の人に向けられるものとは異なるように感じるのだ。そんなことを考えていたソンブだが。

「お前、誰だ?」

 オクトから問いを向けられることになった。彼等が見たことのない顔を放っておくはずがないのだ。

「……俺はソンブといいます。今日から王にお仕えすることになりました」

「おつかえって、何だ?」

「……王の下で働くことになりました」

「ふ~ん。エアルと一緒か?」

「はい。そうです」

 ソンブの言葉を聞いて、三人は顔を寄せ合って内緒話を始めた。

(エアルと一緒だってよ。ジュンとエイプリルのライバルってやつだな)

(……そうだね)

 本人たちは内緒話のつもりなのだろうが、ソンブには全部聞こえている。

(どうしてそうなるんだ?)

(だってエアルと一緒って言っただろ? つまり体の関係ってやつだ)

「えっ……?」

 何故、そういう話になってしまうのか。ソンブは驚いてしまう。

(でもあれ男だろ? ヒューガ兄は男もいけるのか?)

(ばっか。そんなわけあるか。あれは女だろ?)

「なっ?」

 さらにソンブを驚かせる発言。

「なあ、姉ちゃんは女だよな?」

「いえ、俺は……」

「女だろ?」

「…………」

 ソンブにそれを問うオクトの目は確信に満ちている。その目を見て、ソンブは何も答えられなくなった。

「オクト。お前、もう少し気を遣えよ」

 黙り込んでしまったソンブの代わりに口を開いたのはヒューガだ。

「気を遣うって何に?」

「本人が隠そうとしているの分かるだろ? 隠そうとしているってことは、何か事情があるはずだ。そういうことを勝手に暴いちゃ駄目だろ?」

 ヒューガもソンブが女性であることを見抜いていた。分かっていて気付かない振りをしていたのだ。

「……分かっていらしたのですか?」

「まあ」

「最初からですか?」

「最初は違和感だけだな。確信を持ったのは、そのあと一緒に拠点を回っている間にだ」

「何故でしょう?」

「だってソンブは女だろ?」

 ヒューガは時々すごく言葉足らずになる。ソンブはまるで子供たちと話しているような気分になった。

「……何故、分かったかが聞きたいのです」

「ああ。身なりとか気にしてる。わずかだけど香水とか付けてるみたいだしな。貴族とかの嗜みかとも思ったけど、それだけじゃあないような気がした。そう思って見ていると、振る舞いがやっぱり女性のそれだ」

「そうですか……」

 気をつけていたつもりだったのだが、それは自分の思い込み。無自覚なまま女性であることを自らアピールしていたことにソンブは気付かされた。

「もしかして貴族でもあるのか? その振る舞いもやけに上品だ」

「……素性についてまったくご存じないのですか?」

「細かい素性は聞いてない。俺が報告させたのは、その人の能力、物事への取り組み、不遇である理由とか。ソンブの場合は特に何もなかったな。推挙に値すると思うが俺自身の目で判断してほしいと言われた」

「それだけで……」

「忍びの者が自信を持って薦めたからな。ソンブなら思い上がる事はなさそうだから言っておくけど、三人の内での最高評価だ」

 このヒューガの言葉をソンブは素直に喜べない。カール・マック将軍の勇名は実績に裏打ちされたもの。それに比べてソンブには何の実績もない。素性も知らない相手を高く評価出来るはずがない。

「何故、そのような評価をされたのでしょうか?」

「さあ? もしかして軍師ってのが大きかったのかもな。軍事の相談相手って今いないから」

「……そうですか」

 ヒューガの答えはやはりソンブが喜べるものではなかった。ヒューガの評価はあくまでも推挙した人を信頼してのこと。ソンブ自身が信頼されているわけではない。それは当たり前のことではあるが、人に認められることに飢えているソンブは、どうしても落ち込んでしまう。

「大変だな。ソンブはこれから皆に認められなければいけない」

「はい」

「軍師は時に兵を死地に送り込むことがある。それを兵にやってもらうには、この軍師の言うことであれば大丈夫。そう思われていなければならない。これは俺個人の考えだけど、軍師であるのにもっとも必要なのは知識でも経験でもなく、覚悟だと思う」

「覚悟ですか?」

「将を、兵を殺す覚悟。しかもその将と兵はよく知っている人たちだ。信頼を得ようと思えば、彼らのことを良く知らなければいけない。彼等のことを良く知れば……殺すことが辛くなる。それが出来ないなら軍師なんてなるな」

「…………」

 ヒューガの言葉は自分の経験。ソンブにはそれが分かった。ヒューガは王として臣下の命を預かっている。命を預かると言うことは、その命を使う、国の為に死んでもらうということ。すでにその辛さをヒューガは経験しているのだ。

「なあ、グンシって何だ?」

 ヒューガの重い言葉を受けて、ソンブが黙り込んでしまった間に、オクトが割り込んできた。

「王に軍事についての助言をする者のことです」

「軍事……戦争のことだな?」

「はい」

「お前が? 出来るのか? ヒューガ兄は頭が良いからお前なんていらないと思うぞ」

 軍師がどのような存在かオクトは分かっていない。そんなことはどうでも良いのだ。これはヒューガの側にいることになった人への試しなのだから。

「必要とされるように頑張ります」

「頑張る……それは誰の為にだ?」

「王の為です」

 ソンブは試されていると気付くことなく、正しい答えを返した。ヒューガの為に頑張る人。これは彼等にとって最低限で、必須の合格条件だ。

「……まあ、良いか。じゃあ、頑張れ。ヒューガ兄、そろそろ戻る。師匠が怖い顔してこっち見てるからな」

「ああ、そうしろ」

「じゃあな!」「……兄、又」「まただな」

 元いた場所に戻っていく三人。

「……俺は……その……」

「その俺って必要か? 無理しているなら止めろ。自分を偽っている人を受け入れるほど奴等は甘くない。今回はギリギリ大丈夫だったけどな」

「……私はこのまま働いてよろしいのですか?」

「質問の意味が分からない。女性であることでその問いが出たのなら、ちょっと不安だな。だったらエアルはどうなる? エアルだけじゃない。この国では多くの女性が……そもそも性別を意識したことがない」

 性別を意識して役割を決めたことはない。ヒューガの考えだけでなく、エルフ族がもともとそうであるのだ。

「……ありがとうございます」

「御礼も無用……この話そのものが無駄か。ああ、でも一つだけ女性であることで問題があるな」

「それは何ですか?」

「あの三人はあっさりと引き下がったけど、女の子たちはな。しつこく追及されるかもしれないけど、事実として何もないのだから頑張って」

「……はい」

 何を頑張るのかの説明はないのだが、ソンブには想像がついた。ヒントは三人のヒソヒソ話にある。彼等はソンブのことを「ジュンとエイプリルのライバル」になると考えていた。ヒューガとエアルの関係についても話されている。それで分からないような鈍い頭では軍師など務まらない。これは軍事とはかけ離れたことだが。
 女性であることを隠すことなく、女性としての感情を持ったまま求める働き場が与えられるのだとすれば、全てを捨ててこの国に来たのは間違いではなかった。ソンブはそう思えた。