月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #95 王の帰還

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 グレンがルート王国を離れて、すでに半年以上が経つ。さすがに重臣会議の場は、国王不在を憂いた発言が目立つようになった。もっともそれは、一人の男が騒ぎ立てているだけに過ぎないのだが。

「いつになったら陛下は戻ってくるのだ?」

「また、その話か? ゼクソンが落ち着いたらという事ですから、まだ先だと思うが」

 苛立った様子でグレンの帰還を聞いているのはガルだ。それにウンザリした様子でハーバードが答えている。ここ最近の会議でのお約束の光景だ。

「しかし、さすがにこれだけ不在が続くと、民も不安に感じているのだ」

「ほう。そのような話があるのか?」

「当然であろう。ルート王国は建国したばかり。それなのに肝心の王がいないでは話にならん」

「そうなのか?」

 ハーバードの視線が、住民代表としてこの場にいるエドガーに向く。それにエドガーは首を横に振ることで答えた。そのような事実はないという意思表示だ。

「住民代表のエドガーは知らないようだが?」

「代表などという地位に就いて、民の声が届かなくなったのではないか? 偉くなった相手には本音は言い辛いものだ」

「しかし、その本音を吸い上げるのが住民代表の役目。それは民も知っているはずだ」

 民の声を聞く。これは国造りに積極的に参加してもらう為に必要だと考えられていて、かなり徹底させている。それが機能していないというガルの発言にハーバードは疑問を持った。

「それが重臣たちの耳に入ると思えば言えなくなるだろう」

「では何故、ガル殿の耳には入るのだろう?」

「俺は剣術の稽古をつけているからな」

 住民たちに戦い方を教えるのがガルの役目だ。人々と接する機会は多い。

「しかし、こうして重臣会議の場に出ている。私たちの耳に入るのは同じであるし、ガル殿も重臣と呼べる立場だ」

「俺は重臣になど見えない。そういうことだと思う」

「そうか……それであれば、少し考えなければならないな」

 住民たちの声が届かなくなっている。それが事実であれば手を打たなければならない。グレンがそれを知れば、大いに憂うことになるのは皆、分かっている。

「どうするのだ?」

「今、考えると言ったばかり。それを聞かれても考えている最中としか答えられない」

「そんな悠長なことで良いのか? 今が大切な時だというのに」

 ガルは執拗にハーバードに迫ってくる。

「それは私だって分かっている。だから、考えると言っているのだ」

「本当に分かっているのか? 分かっていれば、そのようにのんびりはしていられないと思うがな」

「どういうことかな?」

 思わせぶりなガルの言い方が気になって、ハーバードは問いを発した。

「民の不安はルート王国がゼクソンの風下に立つのではないかということだ」

「風下とは?」

「分からんのか? 陛下はルート王国よりもゼクソン王国を大事に思っているのではないかということだ」

 これが事実であればルート王国の人々にとっては一大事。

「……それは考えられないな」

 だがハーバードはガルの話を否定した。

「何故だ?」

「陛下からは事細かに連絡を頂いている。ゼクソンの方も相当に忙しいはずであるのに、決して指示を疎かにはしていない。それが理由だ」

 ずっと不在が続いているグレンではあるが、ルート王国の国政を疎かにはしていない。それを多くの指示を受け取っているハーバードは知っている。

「……しかし、それは民には分からない」

「では、どうしろと? 何か案があるのであれば言ってみたらどうだ? ただ騒ぎ立てるだけでは、何の意味もないのでは?」

「それは考えた。案もある」

「ほう。では、まずはそれを聞こう」

「一度きちんと、どちらが宗主国で、どちらが従属国かをはっきりさせるべきだ」

「……それに何の意味が?」

 ハーバードからみて、ガルの提案は良いものとは思えない。

「意味はある。ルート王国が宗主国であると知れば民も安心するし、それを誇りに思うだろう」

「ではゼクソンの民はどう思うのだろう?」

「それは……受け入れるしかないだろう。陛下に王権を預けるというのは、そういうことだ」

「今、それが必要とは私には思えない」

 ガルの提案はルート王国とゼクソン王国の関係を気まずくするだけ。これから協力して様々な物事を進めていこうという時期に、それは問題だとハーバードは考えている。

「ハーバード殿はそうかもしれんが、ソフィア王妃のことを考えてみろ?」

「私? どうして、ここで私が出てくるのよ?」

 いきなり自分の話を持ち出されてソフィアは驚いている。

「王妃様が正妃で、前ゼクソン王であったヴィクトリア妃は側妃。その立場は明確にすべきだと」

「必要ないから」

 ソフィアはそんな上下関係に全く興味はない。

「何を言うのですか? そういうことを疎かにしてはいけないと俺は思いますな」

「疎かではなく必要ないと私は言っているのよ。正妃だ側妃だなんて拘りは私にはないもの」

 グレンの側に居場所がある。それがソフィアには大事なのであって、他にも居場所を持つ人がいても、それは仕方がないと割り切っている。逆にガルの言う通りに序列を付ける方がソフィアには苦痛だ。そんなことをされても自分の劣等感を刺激されるだけだと分かっている。

「そういう王妃様の態度が側妃であるヴィクトリア妃を増長させるのですぞ」

「増長なんてしていないわよ」

「そうであれば、何故、挨拶にも来ないのですかな? 妃の立場であれば、いくらでも国を離れられるはず。正妃である王妃様に挨拶に来るのが筋というもの」

「意外。ガル殿って、そういうことに拘るのね?」

 傭兵であったガルが、奥向きの序列にここまで拘る理由がソフィアには分からない。

「俺がではなく、国としてそうするべきだと」

「その国としてって発言も意外ね。ガル殿って、国に仕えたことがあるの?」

「いや、ありませんな。ずっと傭兵稼業で」

「それなのに国として、に拘るの? やっぱり、意外よね」

「そんな意外、意外と言われなくても。俺も国仕えの立場になったので、そういう意識を持つようにしているのです」

「でもね」

 だが、そのガルの考えはソフィアにとっては有難迷惑でしかない。

「きちんと考えてくだされ。良いですか、国力を比べてしまえばゼクソンの方が遥かに強国と言えるのです。陛下のお気持ちを疑うわけではありませんが、どちらの国の王である方が良いかとなると」

「それを疑っているわけね?」

「そういうわけでは。しかし不在が長過ぎます。ルート王国も立ちあがったばかり、疎かにして良い時期ではないと思いますな」

「疎かになっているの?」

「今はそうでなくても、不在が続けばそうなります。違いますかな?」

「ハーバード、そうなの?」

「私はそうは思いません。陛下がゼクソンに詰めているのは、それも又、我が国の為であるからと考えます」

 国政が疎かになっていると言われて、不満げに眉を寄せながら、ハーバードは否定の言葉を口にした。

「だって」

「どうしてそう言い切れる?」

「それは陛下がゼクソンで何をしようとしているかを知れば、誰でも言い切れる」

「……何をしているのだ?」

 グレンが何をしているかガルは知らない。それを知らされる立場にはないのだ。

「国造り」

「そんなことは分かっている!?」

「分かっていないと思うな。ガル殿は国造りとは何だと思っている?」

 苛立ちを見せるガルに対しても、ハーバードは冷静に問いを発してきた。

「……そんなことは俺には分からん」

「では分かっていない」

「勿体つけないで話せ!」

 またガルは大声で怒鳴ることになった。

「何を怒っているのだ? 私には、ガル殿がムキになっている理由が分からん」

「……別に怒ってはいない。ただ、俺だって不安なのだ。陛下の手助けをしようとこの国に来た。だが、肝心の仕える主がいないのでは」

「それが間違っている」

「何だと?」

 自分の思いまで否定されて、ガルのハーバードを見る目に険しさが加わった。

「陛下がゼクソンで何をしようとしているか。それは陛下が長くゼクソンを離れても問題ないような組織を作る為だ」

「何?」

「人材を集め、必要な場所に置く。方針を定め、その具体的な方法を定め、後はただ担当者が為すべきことを為すだけ。そういう国の組織を整えれば、陛下が不在でも国は回る」

 国王は本当に重要な事項の意思決定をするだけ。その重要事項も出来る限り、最小限にする。そういう組織をグレンは整えようとしている。

「……そんなことが出来るわけがない」

「何故、そう思うのだ?」

「国には王が必要だ」

「しかし、国政の全てを王自らが行うわけではない。王とは方向性を定め、臣が為そうとすることに許可を出すだけではないかな?」

 グレンがやろうとしていることは特別なものではない。お飾りの王など過去にいくらでもいた。ただ多くの場合は、それを利用して不正を働く者が出る。それをしない人集め、それをさせない為の仕組みづくりが大変なのだ。

「……そうだとしても、王になったばかりの陛下にそれが出来るとは思えん」

「それはどうでしょう?」

 ここでポールが口を挟んできた。表情は常と変わらないが、口調はどこか冷めた雰囲気を漂わせている。

「何だ?」

 ガルの方もまだ若いポールに対し、やや高飛車な態度に出る。あまり関係が良いとは言えない二人だ。

「自分は以前、ウェヌスのトルーマン殿が陛下を評した言葉を聞いたことがあります」

「それが何だ?」

「陛下の価値は、個人の武勇や将としての資質ではないとトルーマン殿は申されました」

「……それで?」

 自分が知らないグレンの価値。それがあると知って、ガルもようやく真剣に聞く気になった。

「陛下の価値は組織を造り上げることにある。組織と手段を整え、誰がやっても同じ結果を生ませる。一人の英雄に頼るのではなく凡人が成果をあげる組織づくりの能力こそ、陛下の才能だと申されていました。陛下は今、それをゼクソンでやられているのだと思います」

「……それは実際に手腕を見ての評価ではないのだろう?」

 ポールの話を聞いて、ガルは疑わし気な表情を見せている。思いがけないグレンに対する評価内容に驚いているのだ。

「何を言っておられるのですか? ウェヌス国軍での陛下の手腕を評価しての話です」

「しかし、軍と国とは」

「同じです。先ほどからガル殿の話を聞いていて、自分は馬鹿にされているようで不快に感じておりました」

「何だと?」

「この国は全く歩みを止めておりません。生意気と思われるかもしれませんが、私は、陛下が望まれる成果をきちんと出しているという自負があります」

「思いあがりだ」

「そうかもしれません。しかし、問題があれば、陛下はそれを指摘してくださるはず。今のところ、自分は何の叱責も受けておりません」

 任せてはくれる。だが、きちんと責任を果たさなかったり、求める成果をあげていないことを許すほど、甘いグレンではない。それをポールは知っている。

「……しかし、実際に陛下は目でみたわけでは」

「それはそうですが」

「実際に見てこそ、問題があるか分かるのだ。書面か口頭かは分からんが、報告だけで判断出来るか」

 

「そうでもない」

 そこに割り込んできた声。その声に会議室にいる全員の視線が一箇所に集まった。視線の先、会議室の入り口に立っていたのはグレンだった。

「「「陛下!」」」

「なんだか盛り上がっていますね。ガルがこれほど雄弁だなんて初めて知りました」

「あっ、いや。陛下が不在ということで何か出来ないかと」

 グレンに揶揄するようなことを言われて、ガルは少し慌てた様子で言い訳をした。

「俺がいるときもそれくらい言いたいことを言ってもらいたいですね。これからはそうして下さい」

「あ、ああ」

「さてと。早速、報告を聞きたいところだけど、その前に紹介か。入って」

 グレンに促されて、会議室に数人の男たちが入ってくる。ガルだけが、その男たちを見て驚いている。

「新たにルート王国に来てもらうことになった。二人とも元ゼクソン王国の将軍だけど、この国では平兵士から始めてもらいます。後々は大隊長となってもらう予定だけど、それは働き次第。では自己紹介を」

「カール・イェーガーだ。反乱に与しながら陛下に救われた身。その恩に報いる為に、精一杯勤めるつもりだ。よろしく願う」

「ホルスト・ハスラー。カールと同じ身だ。一日でも早く認められるように頑張る。よろしく頼む」

 カールとホルストが順番に挨拶をした。これで終わりではない。もう一人、グレンが連れてきた者がいる。

「そして、もう一人。客将という立場です。何をしてもらうかは……まあ色々と」

「ハインツ・シュナイダーです。正直まだ気持ちの整理が出来ておらず、客将という立場にして頂きました。何が出来るか、一から探りながらとなります。よろしく御願いします」

 ハインツも結局、ルート王国に連れてくることになった。ゼクソン王国には置いておけない。それをハインツも分かっているので、悩みながらもグレンの下で客将として働くことを受け入れたのだ。

「以上の三人。それと兵士がざっと千追加」

「ちょっと待て!」

 三人の自己紹介が終わったところで、たまらずガルが声を上げてきた。

「何?」

「どれも反乱に与した人間ではないか? しかもシュナイダーは首魁だったはず」

「だから?」

「その様な者を何故受け入れる? いや、そもそも反乱を引き起こした処罰はどうなっているのだ?」

「処罰は国外追放」

「何?」

 ガルの根本的な勘違いはここにある。さきほどまでのソフィアやハーバードとの議論も、この認識がない為に出来るのだ。

「ゼクソン王国を追放されて、ルート王国に来た。そういうことだけど?」

「そんな馬鹿な……」

 ようやくガルは自分の認識の誤りを知った。宗主か従属かなど二国の間では意味はない。それぞれ完全に独立した国なのだ。

「おかしくはない。ゼクソン王国とルート王国は別の国だから」

「しかし、王はお前、ではない、陛下ではないか?」

「ゼクソン王国の国王はヴィクトル王。俺じゃありません」

「しかし、王権は」

「仮に俺がゼクソン王であっても同じこと。ルート王国とゼクソン王国は別の国です。ゼクソン王国での罪はルート王国には及ばない。もちろん、同盟国として引き渡しを要求されれば応えるけど、要求されることはない」

「当たり前だ」

 どちらの国も王権はグレンにある。都合の悪い要求など出されるはずがない。結局は別の国というのは臣下や国民に上下関係を作らない為の建前に過ぎず、グレンがどれだけ公平に両国を考えるかが全てで、それがグレンには、少なくとも今のところは、出来る。

「だから、三人はこの国で安心して働ける。全く問題なし」

「しかしな」

「意見は聞く。それが正しい意見であれば受け入れる。でも、この件についての異論は受け付けません。ルート王国の問題は人材不足。それを解消することが最優先であり、三人は迎え入れるだけのものを持っていると俺は判断しました。まだ何かある?」

「……いや、ない」

 国王であるグレンに、ここまで言われてはガルもこれ以上は何も言えない。

「他に意見がある人?」

 この問いに応えるものは誰もいない。そもそも、この場にいる多くの人たちにとって、グレンが今話した内容は既知のことだ。異論があれば、とっくにグレンに伝わっている。

「はい。満場一致ということで。では会議を再開しよう。三人も適当に座って下さい」

「「「はっ」」」

 グレンは上座。三人は新参ということで自ら選んで末席に並んで座った。それを確認したところでハーバードが立ち上がる。

「どこからに致しますか?」

「そうですね。街の防御について。ある程度は聞いていますが、三人に教える意味も含めて説明して下さい」

「はい。ではポール殿」

「はっ」

 ハーバードに指名されて担当であるポールが立ち上がった。

「国都の防衛兵器の設置状況をご報告致します。北面への設置は全て完了いたしました。北面に設置した兵器を用いての調練も順調に進んでおります。今のところ、設置兵器に問題はありません。兵の熟練度を高めることが課題と言えば課題です」

 武具職人であるザットとその弟子たちが作り上げた防衛兵器。その配備状況についてポールは説明している。

「調練は全兵士が?」

「いえ、まだそこまでは。一か月後に交替させる予定でおります」

「分かった。続けて」

「はい。南面についても設置はほぼ完了。今は微調整といったところです。遅くとも半月程で完了し、その後は試射と調練に移ります」

「予定通りだな。東西方面は?」

「着手したところです。特に問題は発生しておらず、小兵器だけですので、このまま順調に行けば完了予定は二ヶ月後となります」

「分かった」

 ルーテイジの東西南北全てに向けて、防衛兵器は設置される予定。それは順調に進んでいる。

「まだ説明が必要ですか?」

「いや、良い。ついでだ。このまま都内についても説明してくれ」

 ルーテイジ内の施設整備もポールの担当だ。

「はっ。居住区の拡張は一旦停止し、兵舎の拡張を優先して進めております。新たな兵は千名とのことでしたが、これ以上増える予定はございますか?」

 兵舎の拡張を優先させていたのは、ゼクソン王国から移ってくる兵士を受け入れる為だ。聞いていた以上の増員がないかをポールは尋ねた。

「兵士はない。ただ軍務に関わる武官は増える予定だ」

「何名程でしょうか?」

「悪いが決まっていない。ゼクソンの軍の再編とともに希望者を募ることになっている。まあ多くても五十程度だと思う」

「五十ですか?」

「多すぎるか?」

「収容は可能です。しかし、ルート王国軍にそれだけの人数が必要でしょうか?」

 ただひたすら鍛錬を続けているだけという理由はあるが、今はそれほど武官の不足に困っているわけではない。

「ああ、説明が足りなかったな。ルート王国軍の軍政だけをやるわけじゃない」

「と言いますと?」

「ウェヌス国軍の軍政について分かる範囲で説明する。相手からはゼクソン王国軍の軍政を聞く。それを併せて、新しい形を作る」

「我が国とゼクソン王国で共通のものにするということですか?」

「そうだ」

「そうなりますと軍そのものもですね」

「ああ。共同で軍事行動をすることを想定して、軍の仕組みや戦い方は出来る限り統一したい。ただ軍そのものについてはまだ先だ。再編もあるし、基礎調練などは合同で行う必要はないからな」

 ルート王国とゼクソン王国では軍の質に差がある。まずはそれをある程度まで揃えてからでないと軍事行動を共にすることは出来ない。

「分かりました。では兵舎の拡張は現在の計画のまま。それが完了した時点で再度、居住区の拡張に入ります」

「分かった」

「用水路関係について検討はしましたが、特に変える必要なしと判断致しました。ザット殿の意見も聞いた上での判断です」

「構わない。橋は?」

「何箇所かをかけ直します。ただ住民に不便を与えないように、一箇所ずつ取り組む予定です。現在は未着手。全体の完了予定も立っておりません。今は南面の兵器設置を優先させるべきと考えました」

「良いだろう。それくらいか」

「商業地域はまだ宜しいですか?」

 商業地域の整備は未だ手付かずの部分。それをどうするかポールはグレンに尋ねた。

「それは、もう少し待ちだな。ゼクソン王国のウェヌス王国との交渉結果次第で考える」

「ウェヌスとの交渉ですか?」

 ここでウェヌス王国が出てくる理由がポールには分からなかった。

「交易所の開設を要求している。それが受け入れられれば、物の流れが増えるはずだ」

「そこに我が国も参加するのですか?」

「まさか。あくまでもゼクソンとウェヌスの交易の場だ。この国の品物はゼクソンを通してとなる」

 ゼクソン王国を仲介として、ウェヌス王国との取引を行う予定だ。といってもそれほど重要視しているわけではない。

「分かりました」

「それくらいかな?」

「はい。以上です」

「軍は……それは明日にしよう。三人に現場を見せながら説明する。開墾の報告を」

 グレンの指示を受けてエドガーが立ちあがった。

「開墾と収穫を合せてご報告します。収穫については天候にも恵まれて余剰が生まれ、備蓄に回せました」

「そこまで?」

「農民の知恵は素晴らしいものです。我らがやっていたことは、所詮は真似事に過ぎないと思い知らされました。我らの数十年の経験では、数百年かそれ以上に受け継がれてきた知恵に遠く及びません」

「それは嬉しい誤算ですね」

 食料問題の解決は最優先事項の一つだった。それに目途がつきそうなことをグレンは喜んでいる。

「しかしながら、更に千人の兵の増加となりますと、耕作地はまだまだ足りません。それと多品種の同時栽培で、病気や不作の影響を減らすことも必要なようです」

「そうか。ただ開墾は新しくきた兵にも行わせる。それで速度はあがりますね」

「はい。開墾自体まだまだ周辺の耕作可能地の三割に過ぎません。それは多いに助かります」

「……開墾は出来る限り兵に任せて、本来の農作業に住民の仕事を移しましょう。住民には収穫を得て、国におさめているという気持ちを与えたい」

 ルート王国の国民として国に貢献しているという意識。これを持ってもらいたいとグレンは思っている。

「承知しました。そのように手配致します」

「山中の方は?」

「狩猟については、人数も少しずつ増えております。ただまだまだ覚えながらですので」

 猟師の増員も少しずつではあるが進んでいる。周囲を山に囲まれたルーテイジでは、山の恵みをうまく利用したいのだ。

「それは仕方がない。それ以外は?」

「これはまだ可能性の問題で実になるかはわからないのですが」

「かまいません」

「川の砂の中からわずかではありますが、金を見つけたそうです」

「……やばい。聞かなければ良かった」

 今のルート王国には外貨を獲得する手段がほとんどない。それは交易を困難にし、手に入れられるものが制限されてしまっている。ここで金が採取出来るとなるとなれば、この問題は一気に解決し、それによってやれることも増えてくる。
 だがそんな旨い話はそうそうない、とグレンは思おうとしている。

「鉱脈と呼べるほどのものかは何とも言えないと。あまり期待しないで欲しいと言われました」

「そうします。他には?」

「それ以外はまだ。もう少し人手が欲しいとも言われました」

「回せる人は?」

「報酬を約束してもよろしいですか?」

 仕事としてやらせるとなると、賃金を支払う必要がある。そういう方針でこれまでやってきたのだ。

「ハーバード?」

「大丈夫です。自給自足に努めてまいりました。支出はほとんどありません」

「そうか。それも聞いておこうかな」

「まず仕入れでもっとも多いのは衣服の類です。ただそれも糸の元となる作物を耕作することで失くそうとしております」

「出来るのですか?」

「断言は出来ません。ですが必需品ですので、試みることは必要かと。すでに種か苗木の仕入れを頼んでおります。次に紙。これも何とか出来ないかと考えましたが職人がおりません」

 人材不足は変わっていない。国としての形が出来てくると、やらなければいけないこと、必要なものが増えてくる。それを実現するためには今までいなかった人材が必要になるのだ。

「……ゼクソンに頼るか」

「そうして頂ければ。塩。これはどうしようもありません。可能性としては南の山を超えた先にあると言われている海へ出ることですが、果たして辿り着けるものか。辿り着けたとして、そこに何者かがいれば問題となります」

 ルート王国は周囲を山に囲まれているが、特に南は山岳地帯がどこまでも続いている。その先には海があるというのも、そういう話があるというだけで、誰も確かめたことはないのだ。

「それを試す余裕はないですね。諦めましょう」

「一方で武器の類の売却を始めました」

「それ、聞いているけど本当に良いのですか? ザット工房の名であれば高く売れるのに」

「ザット殿は失敗作が売れるのであれば良いだろうと」

「……弟子に求める要求が高いからな。全て失敗作と言いそうだ」

 売りに出しているのは失敗作。だが、ザットの言う失敗作は、失敗と言えるような品質のものではない。充分に一般に流通しているレベルのものだ。

「私もそう思います。ただ収入を得られることは我が国にとって大きい。先方も武器は売りやすいから助かると申しております」

「そうですね。ここはザット殿に甘えよう。それくらいですか?」

「はい」

「では、次は家畜か」

「はい。それは私から」

 こうして報告は続き、それに対してグレンは必要な指示を出していく。それを初めて見るシュナイダーたちは、新しく興った国の活気というものに圧倒されていた。
 国としての形。規模はともかくとして、その内容はゼクソン王国に優るとも劣らないものだった。