月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #93 試される人たち

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 カール将軍はヒューガとの謁見を終えて、部下たちが待っている場所に向かった。
 そして辿り着いたのは、王都から離れた場所にある東の拠点。そう聞かされているだけで、実際に移動したカール将軍に離れた場所に移動したという実感はない。扉を一つくぐっただけなのだ。
 その東の拠点にある建物の一室で部下たちは待機していた。

「王との謁見はいかがでしたか?」

「うむ」

「……あまり良くなさそうですね?」

 カール将軍の反応が鈍かったことで、首尾良くいかなかったのだと部下は判断した。他の部下たちも、その多くが落胆を顔に表している。

「……いや、そういうわけではない」

「では?」

「この国の王は何とも言葉で表しづらい人物なのだ」

 部下と共に国に殉ずるつもりだった。それを止めたのはリバティー王国の旧臣だったという人物。始めは信用出来なかったカール将軍だが、何度か話を聞いているうちに、それが真であることが分かった。同じように亡国を経験する者として、相手の言葉に耳を傾けた。
 国に殉じても何も残らない。それであればやり残したことを別の場所で果たしてみないか。それは国王に疎んじられ、十分な働きが出来なかったカール将軍には、とても魅力的な言葉だった。それでも国への忠誠心が、それを受け入れることを拒んでいた。
 しかし、部下を道連れにすることが本意なのかと問われれば、それを完全に拒むことも出来なかった。ふたつの想いに挟まれて思い悩んでいたカール将軍の心を、生き残ることに傾けたのは、不遇なままで一生を終わらせたくないという部下たちの想いと、仕える主を語る時のその人物の顔だった。
 生き残って良かった。おかげでこの命を新しい主の為に捨てることが出来る。そう言った男の顔は、彼にはとても眩しかった。
 臣下にそこまで思われる人物に会ってみたい。そう思ってここまで来たが。予想からは随分外れた人物だった。何とも判断出来ない。名君とは思えなかった。そうかといって愚かにも思えない。掴みどころがない。そう表現するしかない。それが異世界人故なのかも分からない。
 とにかく三年の時がある。その中で見極めるしかないのだろうとカール将軍は考えている。

「将軍?」

「ああ、すまん。少し考え事をしていた。とにかく三年間はここで過ごすことになる。そういう約束をしてきた」

「三年ですか? それはやはり仕えるに値する王ではなかったということですね?」

 期限を切ったということはこの国に骨を埋めるつもりにはなれないということ。カール将軍が忠誠を向けるに相応しくない国王だったのだと部下は受け取った。

「いや、違う。お互いに見極める期間がそれだけ必要ということだ。王のほうも直ぐには仕官を認めるつもりはなかったようだな」

「よく分かりません。では何故、我等をここに呼んだのでしょう?」

「人手が足りんのだ。とにかく仕事はたくさんあるようだぞ。我等の仕事はとりあえずここにいる兵の鍛錬だ。一人前の軍に仕立て上げるのが私の仕事だな」

「そうですか。それはここの人たちに同情しますね? 将軍の鍛錬がどんなに厳しいか、王は分かっていないのでしょう?」

「だろうな。とりあえず今日は視察だ。鍛錬場が何カ所かあるらしい。そこを一通り案内してもらえることになっている。さすがに全員は無理だろうから、千人長までを集めておいてくれ」

「はい。分かりました」

 それでも十人を超える人数だ。カール将軍が連れてきた部下は二百人にもなる。これでも一般兵は逃がしてきた結果で、将官クラスのほとんどは彼に付いて来ている。万の軍勢を率いることが出来るだけの人数だ。
 それだけの人数であるのでヒューガも慎重になっている。カール将軍だけでなく彼等の適性も確認しなければならない。彼等が東の拠点で待たされていたのはそういうことだ。

 そう待つことなくカルポが向かえに来て、鍛錬場の案内が始まった。最初は新兵を訓練している場所。また王都に戻ることになるのだが、これも扉一枚のこと。何の苦労も感じない。
 案内された鍛錬場では多くの兵が……地面に寝ていた。

「これは見苦しいところを見せてしまいましたね? 丁度、休憩時間だったようです」

「休憩だとしてもだらしがないな。軍というのはもっと規律があってしかるべきだ」

「それは次の段階です。彼等はまだ個人の力を鍛えているだけです」

「規律というものは最初にしっかりと叩きこむものだ。それがあとの訓練を効率的なものにする」

「なるほど。分かりました。少し考えてみます」

 思った以上に未熟。目の前の有様を見てカール将軍は想った。それは彼の部下たちも同じ。呆れたような、困ったような顔をしている。困った表情はこんな奴等を一人前に鍛えるのかという思いからだ。

「ああ、休憩は終わりですね」

 カルポがこう言うと同時に鍛錬場に鐘の音が響いた。それを聞いて素早く立ち上がる新兵たち。その反応はカール将軍にも満足いくものだった。
 すぐに、いくつかの集団に分かれての鍛錬が始まる。鍛錬場の外周を走る者たち。素振りを始める者たち。そして、カール将軍には意味の分からない運動をしている者たち。

「カルポ殿、あれは?」

 その運動をしている人たちを指差してカルポに尋ねてみた。

「筋力訓練ですね。今、彼らがやっているのはスクワットというものです。スクワットと言っても分からないですよね? 王の世界で編み出された鍛錬方法です。下半身の力を高めるのに有効なんですよ」

「あんな運動でか?」

 彼らが行っているのは、ただ立ったり、しゃがんだりを繰り返しているだけ。体が鍛えられるようには思わなかった。

「あれで結構きついんですよ。実際にやってみれば分かります」

「うむ……おい、誰か真似してみろ」

「はい。私が」

 部下の一人が自ら申し出てきた。笑顔を見せているのはその部下も訓練にならないと考えているからだ。その部下はすぐに、同じように立ったりしゃがんだりの運動を始めた。

「ああ、背筋は伸ばしてください。効率が悪いですし、怪我の元になります」

「背筋。はい、わかりました」

「ああ、かかとは地面につけたままで。あとは完全にしゃがまないでください。始めからそれをやると怪我します。太股と地面が並行になったところまで……ああ、そこ。それで良いです」

「はあ、分かりました」

 カルポの言う通りに姿勢を正すカール将軍の部下。

「あとは……そうですね。息を吐きながらしゃがんで、息を吸いながら立ち上がる。ああ、手で勢いを付けては駄目です。太股の前だけでなく、後ろとお尻も意識して、最初はゆっくりと」

「……はい」

 細かな約束事を説明するカルポ。だが言われたほうはそれに何の意味があるのか分からない。

「……良いですね。そんな感じで続けて下さい」

「……はい」

「どうだ?」

「きついとは感じないですね。これで鍛錬になるのでしょうか?」

 部下もカール将軍から厳しく鍛えられている。少しストレッチを行ったくらいでは辛さなど感じない。

「部下はこう言っているが?」

「それはそうでしょう。きつくなるのは、もう少し数が行ってからです。新兵のノルマは最低五百回。これを決められた時間内に千回を超えられるようになれば卒業です。卒業基準は他にもありますけどね」

「……たとえば?」

「今、やっている中だと走っているやつですね。この鍛錬場の周回を二刻、百周以上が基準です」

 筋力試験だけでなく走力試験もある。どちらかといえば、後者のほうが重要視されている。春の軍以外は基本、徒歩で戦うことになる。速く長く走ることが求められているのだ。

「……それはどれくらいの距離なのだ?」

「えっと、確か、百五十リーですね」

「百五十リーを二刻以内でだと? そんな馬鹿な」

「間違えていますか? 距離の単位はエルフにはないものなので、間違って覚えたかもしれません」

 カール将軍の反応からカルポは自分の記憶違いである可能性を考えた。

「間違いだと思う。そんな長い距離を二刻以内でなど走れん」

「おかしいな。ああ、ちょっと待ってください」

 カルポは懐から紙を取り出して書かれている内容を確認している。訓練内容や求められる基準が記された紙だ。

「……合っていますね。これは新兵の卒業基準を書いたものです。ほら、ここに書かれています。ランニングっていうのがそれのことです」

「……そんな……この素振りも?」

「素振りも、というか全部です。この基準を超えることが出来るようになったら、次の鍛錬です。シニアコースと呼んでいます。ちなみに目の前の彼らはジュニアコースです」

「そのシニアコースの鍛錬の中身はどんなものなのだ?」

 さらに上の基準がある。カール将軍は内心ではかなり驚いている。

「それはこの後、ご案内します」

「あの?」

 割り込んできた声はスクワットを行っていた部下だ。

「どうした?」

「もう止めて良いでしょうか?」

「どうした? 飽きたのか?」

「いえ……もう、続けられません」

「……わかった。止めて良し」

 カール将軍の許可を得た途端に、その部下はその場に座り込んでしまった。カルポに言われたことを忠実に守って、スクワットを続けていた証だ。
 その様子を見たカルポは少し安心した。少なくともその人は、地味な鍛錬を怠ける人物ではないと分かったからだ。

「全員がこれを出来るのだな?」

「いえ、全員ではありませんね」

「そうか」

 カルポの答えを聞いて、カール将軍はホッとした。ただこれは少し判断が速すぎた。

「手足の不自由な者もいますから、全員に適用しているわけではありません」

「……それ以外の者は?」

「一度、上級コースに上がった者でも基準に達していないのが分かれば、やり直しです」

「「「…………」」」

 カール将軍だけでなく部下たちも唖然としている。基準に達する自信がないのだ。

「あれ? ああ、皆さんは大丈夫です。皆さんは個の力でなく、集団戦の知識や技量で働いてもらうのです。別にジュニアコースに入ってくださいなんて言いません」

 この言葉を聞いて、安心して良いのかとカール将軍は考えた。基準とされている数字が実戦でどれだけ役に立つかはカール将軍には分からない。だが、必要とされる理由があるはずなのだ。

「……次に行こうか」

 それは上のコースを見れば分かる。カール将軍はそう考えた。

「ええ、分かりました。ご案内します」

 次にカール将軍たちが案内されたのは大森林の西の外縁部。狩り場でもあり、草原が広がっている。

「ここがシニアコースの鍛錬場です。カール殿、ファーストネームでお呼びしても良いですか? エルフ族にはラストネームというものがないのです」

「かまわん」

「では。カール殿たちに鍛えて頂きたいのはあそこにいる部隊です。僕が率いる軍で秋の軍と呼ばれています。軍と呼ぶには少ない人数ですけどね」

 秋の軍の数は二百名ほど。人族の国であれば中隊程度の規模だ。

「どんな鍛錬をしているのだ?」

「今は五人一組での連携訓練です。陣形の変化、防御時の連携などの鍛錬をしています」

「指示系統は?」

「僕の下に五十人を率いる人。そして五人組にそれぞれまとめ役がいます」

「うむ……まあそんなものだな。問題は?」

 五人を一小隊として指揮官を置き、それを十隊まとめて一中隊として中隊長を置く。中隊規模は小さいが、体制としてはおかしくないとカール将軍も思う。

「そもそもエルフには集団戦という概念がないのが一番の問題です。それに今は特に自信を喪失していますね」

「自信を喪失している? その理由は何だ?」

 士気が落ちているのは大問題。そうカール将軍は考えた。

「それをこれからお見せします。今から模擬戦を行います。相手はエアル率いる春の軍。人数は百です。僕の軍が防御線を構築します。その後ろにある旗を取られたら負け。防ぎきれば勝ちです」

「攻める方が少ない? エアル殿の部隊はどこに?」

「ちょっと待ってください。今、合図します。すぐに始まりますから」

 こう言うとカルポは一歩前に出て、軽く腕を前に振った。それと同時に空高くあがる光の玉。それはある程度の高さに到達したところで、閃光と共に弾けた。

「今のは何だ?」

「合図です。ほら来ました」

 カルポは合図に魔法を使っている。それを見て少し驚いたカール将軍であったが、現れた集団にはもっと驚かされた。黒い馬に乗った集団が、カルポの部隊の正面に現れたのだ。

「魔法の使用は?」

「防御魔法は全力で使います。攻撃はほどほどに」

 攻撃魔法がなければ騎馬隊にも勝機はあるのかもしれないとカール将軍は考えた。カール将軍も馬は戦いには使えないと考えている一人。それがこの世界では常識なのだ。

「しかし、速いな」

 騎馬の集団の足はカール将軍が思っていたよりも遙かに速い。それはそうだ。春の軍が騎乗しているのは馬ではない。それは額から伸びている角で分かる。

「……あの馬のような生き物はなんだ?」

 角を確認してカール将軍も、馬ではないことが分かった。

「ホーンホース。ホーホーと呼んでいます。簡単に説明すると魔獣です」

「魔獣に乗っているのか?」

「ええ、王が群れのリーダーと仲良くなったのがきっかけです。魔獣といっても、心を通わせた相手の言うことは聞いてくれます。それ以上ですかね? 自分でどう動けば良いか判断することもあるみたいです」

「そうか……」

「そろそろですね」

 地面の何カ所からか、春の軍の行く手を塞ぐように土の壁が立ち上がっていく。精霊魔法を初めて見るカール将軍には驚きの規模だ。
 だがそんな規模の魔法にも春の軍の勢いが止まることはない。壁の間をすり抜けて前に進んでいく。その春の軍に向かってさらに土、というよりも石礫のようなものが雨のように降り注いだ。

「カルポ殿?」

「何ですか?」

「攻撃魔法は使わないのでは?」

「全く使わないわけではありません。威力の弱い魔法は使いますよ。そうでなければ僕の軍に勝ち目はありません」

「それはそうだが」

 実際に広範囲であるだけで、威力はそれほど強くない。精霊魔法の特徴だ。一点に魔力を集中させて威力を高める魔族の魔法に比べればの話だが。
 さらに火の壁が地面から噴き上がる。

「あれは?」

「エアル側の防御魔法ですね」

「火で土を止めるのか?」

「こちらの方が属性の相性では有利ではありますけど、そんなことは関係ありません」

 土に火では効果的とは言えないが、それは問題とはならない。春の軍は魔法を武器とする部隊ではないのだ。

「関係ない?」

「そろそろ仕掛けてくる頃なんですよね。どこからだろ? うわ! あそこか!?」

 あそこだけではカール将軍にはどこだか分からない。カルポの目線を追って、場所を確かめると。

「あれはどうやって? 魔法を使ったのか?」

 春の軍の別働隊が秋の軍のすぐ側まで近づいていた。

「いえ、単純に隙を突かれただけです。僕の軍が自信を喪失している理由があれなんです。先頭に小さな子供たちがいるでしょ?」

 言われて良く見てみると、確かに子供と思えるくらいの小柄な人物が先頭を走っている。

「王の縁者の一人です。一番小さいマーチが僕の軍の隙をことごとく突いてくるのですよ。どうしてそんなことが出来るのか理由を聞いても分からない。ただ何となく一番安全そうな場所が分かるって言うんです。正直、彼にはお手上げです。ですから最終的には何とかエアルの軍の攻撃を防げるように兵を鍛え上げてください」

「……その子供は何才なのだ?」

 カール将軍もマーチのような感覚を持たないわけではない。だがそれは経験により得られたもの。それも常に感じられるものではない。

「さあ、彼らは自分の年齢を知りません。いつ生まれたか分からないのです」

「年齢を知らない?」

「パルスの王都にある貧民区の生まれですから。親の顔も知らない子供がほとんどです」

「……戦いの経験は?」

 孤児の身で何故そんな能力があるのかとカール将軍は不思議に思う。これには残念ながら偏見が含まれている。

「剣は習っていますよ。ギルドの仕事もしていたと聞いています」

「戦争は?」

「あるわけないでしょう? 子供ですよ」

 戦争の素人。そんな子供にやられる側がより酷いということか。そこまでにはカール将軍にも見えない。そうであれば、もう一度、もっと条件の良い場所で確かめてみるしかない。

「もう一度、仕切り直してもらえるか?」

「かまいませんが。何故ですか?」

「部隊の中で動きを確かめたい」

「指揮するのですか?」

「いや、それは無理だ。兵をよく知らない。視点だけ指揮する者のそれに変えて見てみたいのだ」

「わかりました。じゃあ、止めます」

 

 また閃光が空に走る。それを見て、全兵士が模擬戦を止めた。駆け寄ってくる一騎。髪の色とシルエットでエアルだとカール将軍にも分かった。

「何かあったの?」

「カール殿が僕の軍の中に入って、もう一度模擬戦を見たいそうだ。だから仕切り直してくれ」

「そう……分かった。元の配置に戻るわ」

 エアルは部隊に戻りながら、何度か剣を振っている。合図を送っているのだ。それを見た春の軍の人々がそれぞれ元の位置に戻っていった。
 それを確認してカール将軍はカルポと共に秋の軍の中に入った。
 閃光が空に走る。模擬戦の始まりだ。エアルを先頭に騎馬集団が見えてきた。子供たちはそのすぐ後ろを走っている。先程と展開は同じ。騎馬の足止めの為に土の壁がいくつも立ち上がる。それを躱して前に出てくるエアルの部隊。火柱がいくつか立ち上がったのが見えた。

「……いない!? 何処だ!?」

 火柱に気をとられていたつもりはなかったのだが、子供たちの姿が見えなくなっている。

「……左翼です! 左翼に別働隊がいます!」

 カール将軍の問いに答えたのは同行している部下。左翼から騎馬部隊がまっすぐに突っ込んできているのを見つけたのだ。

「左翼! 防御体制を固めて!」

 カルポの指示で、左翼の兵が陣形を固めて騎馬の突入に備えようとしている。だが、反応が遅い。それに陣形も整っていない。

「二人! 左翼の兵の指示につけ! 陣形を整えろ!」

「「はっ!」」

 左翼の対応の遅れを見て取ったカール将軍は部下を送り込むことにした。

「攻撃魔法の準備を」

「いつでも準備は出来ていますよ」

 さらにカルポに魔法による攻撃を求める。

「……そうか。では、左翼からくる騎馬が半リーのところで一斉攻撃を」

「了解です」

「正面の部隊は!?」

「右に回り込もうとしています!」

「右翼へ同じく二人回れ! ……この際だ。中央に残り」

「「「「はっ!」」」」

 部下を必要な場所に配置し、迎え撃つ体勢をとるカール将軍。全面的に秋の軍の指揮をとるつもりだ。

「左翼、射程圏内に入ります! ……転進!」

「何だと? いや、かまわん! 撃てっ!」

 左翼から突き進んできていた部隊が中央への転進を行った。だがそれは守る側には好都合。横っ腹を向けた部隊への側面からの魔法攻撃を試みることに決めた。的は大きい。カール将軍は成功を確信している。
 秋の軍の魔法を防ぐためと思われる火の壁が、転進した部隊の側面に立ち上がった。だが魔法攻撃は続行。ダメージは十分に与えられるとカール将軍は考えている。

「いや! 左翼まだいます!」

「何だと!?」

 左翼から騎馬隊が突入してきた。転進したはずの騎馬は、ほんの数騎。陽動だとカール将軍は判断した。

「陣形を固めろ! 来るぞ!」

 迎撃の命令を下すが、さすがに間に合わないとカール将軍も考えている。騎馬、正確には騎獣だが、の突撃を生身で防ぐことは出来ない。

「カルポ殿、そもそもこの部隊で騎馬を防ごうというのが無理なのではないか?」

「……そうですか」

「ん? 騎馬のままではないのか?」

 左翼から接近してきた部隊が次々とホーホーから飛び降りている。

「ああ、さすがにそれは不公平ですからね。ホーホーを使うのは手前までです」

「なるほど。であれば、ここからが本番だな」

「中央から敵!」

「なんだと!? 右翼!」

「馬だけです! 兵がいません!」

 春の軍は徹底的に秋の軍の目を欺こうと策を弄してくる。中央からはエアルを先頭に縦列でまっすぐに向かってくる部隊。左翼からは五十騎程。ほぼ半々の戦力に見える。

「いえ! いました! 右翼に敵兵。数は十!」

 だがまだ陽動は続いていた。

「……陣形全体を左に向けろ! 右翼は最低限で良い!」

 カール将軍は陽動と思われる右を切り捨てて、左翼と中央に集中することにした。

「いや、それは……」

 カルポのつぶやきが耳に届いたが、部隊への指示を優先。秋の軍は左翼側に五十程を残して、残りを中央と右翼に半々としての配置。
 陣形は整っている。部下たちの指示が上手く行ったのだとカール将軍は判断した。

「来るぞ! 隙間を塞げ! 一人として敵を通すな!」

 迎撃態勢は整っている。春の軍も魔獣を降りて徒歩で戦うとなれば、数で優っている秋の軍が優勢。カール将軍の計算はこうだ。

「どれくらい耐えれば、こちらの勝ちなのだ?」

「……敵の殲滅です」

「そうか……」

 殲滅までとなると時間がかかる。それでも勝ちは動かない、はずだった。
 敵味方がぶつかり合う。エアルの勢いで秋の軍の中央が押し込まれている。

「右翼! ……なんと?」

 カール将軍は中央の守りを固める為に、右翼側に敵の撃退を急がせようとしたのだが、それは上手くいかない。右翼にはそんな余裕はないのだ。
 陣形が完全に乱れている。その中心にいるのは三人の子供たちだ。

「すみません。ちゃんと伝えれば良かったですね。右翼の十人が敵の精鋭部隊です。こちらの兵五十では、あれは止まりません」

「いや、謝るのはこちらだ。勝手に指揮を執っておいてこの失態とは」

「まだです。ジュラ、オウガ、セップ、右翼に回れ!」

「遅い!」「早く言え!」「三人抜けたらエアルが止まんない!」

「エアルは僕が押さえる! いいから行って!」

「「「了解!」」」

 カルポに指示で駆け出していったのは三人の子供たち。その子供たちもヒューガの縁者なのだろうとカール将軍は思った。パルス王国の孤児がどのようなきっかけでヒューガと縁を結んだのかも気になる。

「残念でしたぁー!」「動くのが遅いんだよ!」「そうそう」

 カルポの指示は手遅れだった。春の軍の子供たちはジュラたちの迎撃を躱して、目の前に現れた。

「えっと、二人とも敵か?」

「いや、僕だけだよ」

「じゃあ、カルポの負け決定じゃん。三体一じゃあ、無理だろ?」

「そうだね。僕の負け」

 そう言いながら、カルポは後ろにある旗を自らの手で倒した。

「いえー! また勝ったぁー!」

 春の軍の勝ちだ。最後は自ら指揮をとったにもかかわらず負けた。それはショックではあるが、ただ落ち込んでいても何も変わらない。秋の軍の問題点はすでにいくつか見えている。まずはそれを改善することからだ。

「終わったみたいだな」

 後ろから掛けられた声にカール将軍が振り向くと、そこにはヒューガが立っていた。隣にはソンブもいる。

「不甲斐ないところをお見せしました。申し訳ありません」

「鍛錬だから。勝ち負けはどうでもいい。それに相性の問題が大きそうだ」

「相性ですか?」

 相性という意味では土属性魔法の秋の軍のほうが有利。カール将軍はそう考えていた。

「そう……ソンブから説明してやってくれ」

「俺ですか?」

「何が問題か分かってるだろ?」

 これが分からないようでは軍師として役に立たない。なんてことをヒューガは考えているわけではなく、自分が分かるのだから分かるはずだと考えて、花を持たせるくらいのつもりで説明させようとしたのだが。
 問われる側は当然、試されていると受け取ってしまう。

「……では。カルポ殿は土属性の防御魔法を使っていますが、あれはエアル殿の軍には逆効果です」

 気合いを入れた様子で説明を始めるソンブ。

「逆効果ですか?」

「はい。エアル殿の軍の武器は機動力であるのに土属性の防御魔法はエアル殿側の動きを見えづらくしています。それが逆効果という意味です。両軍の魔法でうまく自軍を隠し、相手の不意を突く。それがエアル殿側の戦術の基本だと思います」

「そうか。土属性では、わざわざは相手を見えなくしているのですね?」

 ソンブの説明に納得した様子のカルポ。結果としてヒューガの思惑通りに、カルポを感心させることが出来た。そして感心しているのは隣で聞いていたカール将軍も同じだ。

「ということで、カルポの軍も土属性だけに拘るのは止めるように。夏の軍と併せて兵の再編を行う。各属性を均等配置だな」

「……明確な編成ではなく、混合にしたらいかがでしょうか?」

 ヒューガに認めてもらいたいソンブは、カルポに相性について説明するだけでは満足しなかった。

「混合?」

「春の軍は特殊ですので、他軍との兼任は無理でしょう。ですが夏の軍と秋の軍はその時々の戦術に合わせて、兵の分配を組み替えても良いのではないかと考えました。そういう兵を育ててはいかがでしょうか?」

「……言っていることは分かる。でもすぐには無理だな」

「……そうですか」

 進言が受け入れられなくて落ち込んだ様子のソンブ。だがヒューガは拒絶したのではなく、今は無理だと言ったのだ。

「完全な兼任は無理だ。固定させる兵と動かせる兵を分ける必要はあるだろう。その為には戦術を固めなくてはならない。それ以前に個々の兵を鍛えるのが先だけどな」

「……そうですね。まずはそこから始めることにします」

 兵の配分を考える前に、戦術を固めなければならない。ヒューガの意図が分かったソンブは、ホッとした顔を見せている。

「頼む。それで将軍から見た問題点は?」

 続けてヒューガはカール将軍に問いを向けた。当然、カール将軍もソンブと同じよう試されていると感じている。

「兵の動きがまだまだ。陣形が頭に入っていない。かなり基礎的な事から始めなければならないと思う」

「……あとは?」

「装備にも問題がある。あれで騎馬を防げというのは無理だ」

「それは既に製造に入ってる。その内に揃うだろう。あとは?」

 さらに問題点の指摘を求めるヒューガ。ここまでのことはヒューガもすでに分かっていたのだとカール将軍は受け取った。

「……将官クラスも未熟」

「それを解決するには?」

「教育だろう」

「じゃあ、それも頼む。将軍自らでなくてもかまわない。部下の人たちは兵を統率することに慣れていそうだ」

「分かった」

「とりあえずは、それくらいかな? じゃあ、俺は北に行くから、ここで」

 カール将軍の部下に将官教育を行うことを頼んだところで、ヒューガは話を終わらせて、その場を離れていった。カール将軍としては不満足な結果だ。求められる進言が出来た手応えがまったくなかったのだ。
 甘く見ていた。人手が不足しているからといって、個々の能力が劣っているわけではない。能力に関しては劣っているどころではない。少数精鋭を地で行っているのだとカール将軍は判断した。
 ヒューガに認められるには考えを改める必要がある。そうでなければ、この国に残ることは出来ない。