月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #94 シナリオを失った今、先に何があるのかなど分からない

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ブラオリーリエに残った鬼王軍に対してジグルスは積極攻勢に出ている。数の上では敵は予想通り、魔物が増員されて一万五千。それに対して味方は二千と圧倒的に劣勢であるが、そんなことで怯んではいられない。数で優位に立てる状況など元から期待していない上に、あからさまな陽動に乗って敵がわざわざ数を減らして戦いを楽にしてくれたのだ。この機会を逃すわけにはいかない。
 とはいえ数は力。機動力に勝るジグルス陣営は、その長所を活かした戦術を駆使して戦っているが、それでも五分に持ち込むのが精一杯の状況で、決定的な打撃を与えられる隙を見出せないでいる。

「真剣に戦っているのだろうな?」

「王よ。さすがにその言葉は聞き捨てならない。我等は戦いにあたっては常に全力であたっている」

 ジグルスの呟きにその彼を背に乗せているグラニが文句を言ってきた。

「そうだろうけど……」

 元は彼等にとって味方であった鬼王軍。ましてフレイが敵の一人であるグウェイに「死ぬな」と言っていたことをジグルスは知っている。

「我等はそれなりの覚悟をもって、王に仕えることを選んだ。その覚悟を疑うのか?」

「……そうだな。悪かった。戦いが思うようにいかなくて、少し苛ついていた」

「敵も必死なのだ」

「……魔物だからって侮れないか」

 ジグルスたちの行く手を阻んでいる部隊の多くは魔物だ。個々の力では格下の魔物相手に苦戦していることに、実際にジグルスは苛立っていた。
 ジグルスの味方は魔王側に比べれば遙かに少ない。数を減らしたくないのはリリエンベルク公国軍と同じなのだ。

「一旦、離脱する! 隙を見せるな!」

 ジグルスは後退を決断した。敵の作戦は明らかだ。魔物の犠牲を厭うことなくジグルスたちを強引に囲み、その機動力を奪う。足が止まったところで周囲から、これも魔物の犠牲など気にすることなく、魔法や投石などで攻撃するというものだ。
 それが分かっているジグルスは、味方の足が完全に止まる前に、離脱することを選択した。

「ああ、邪魔!」

 だが離脱は容易ではなかった。魔物の群れは逃すまいと、離脱しようとするジグルスたちの前に立ち塞がってくる。それを討ち払いながら進むジグルスたち。

「どけぇええええ!」

 周囲に群がる敵に向かって、剣を振り回すジグルス。ルーも大鎌を振るって近づく魔物を確実に屠っているのだが、その数は一向に減らない。

「厄介だな……」

 死を恐れることなく突進してくる魔物の群れ。五倍の数であっても魔物相手であれば打ち破ることは出来る。だが魔人軍に従っている魔物の総数はこの何十倍もいるはずなのだ。
 開戦当初から魔人軍が多用している魔物の数で押す作戦。この先、さらに数を増やされて同様の作戦を実行されると、ジグルス側としては面倒だ。今の味方はローゼンガルテン王国軍として戦っていた時の十分の一にも足りないのだから。

「隊列を組み直せ! 怪我人は参加しなくて良い!」

 一旦、囲みを抜けたところで隊列を整え直す。今回も無理をするつもりはない。本当の戦いは魔物を突破した後。鬼王軍本体との戦いなのだ。
 ジグルス側の軍勢が隊列を整えている様子を見て、魔物も動き出す。整然と、とは言えないがジグルスたちの正面に並び始めた。
 その様子をしばらく、じっと見ていたジグルス。

「……なあ、一つ聞いて良いか?」

「何か?」

「魔物って、何の為に戦っている?」

「彼等に大義などない。戦えと命令されているから戦っているだけだ」

 魔物は魔人に従っているだけ。魔人軍において、ただの駒のような存在に過ぎない。

「そうか……」

「それが何か?」

「いや……良く見たら、怯えているのが分かって」

 死を恐れずに向かってくる魔物。ジグルスはそう思っていた。だが今、正面に並ぶ魔物には明らかに怯えが見える。戦いを恐れ、それでも命令だから仕方ないと諦めて戦いに赴く人間の兵士たちと同じ雰囲気をジグルスは感じていた。

「所詮は魔物だからな。我等とは違う」

「……もし本当にそうだとしたら、魔物のほうがマトモだ」

「何と?」

「誰だって死ぬのは恐い。どんなに立派な理由があっても、家族の為とかであれば尚更、死ぬことなく共に生きたいと思わないか?」

「それは……そうだが……」

 グラニも本当の意味で死を恐れていないのではない。自分の命を捨てても守りたい人たちがいるから、戦っているだけ。死を求めているわけではない。

「まったく死を恐れない人がいるとしたら、それはきっと生きることを諦めているからだ」

「生きることを諦めているから……」

「そんな人がマトモと言えるか? 死を恐れるのは普通のことだ。それを恥じる必要なんてない」

「…………」

 ジグルスの言葉は魔人の常識とは異なる。強さを求める魔人は、死への恐怖を認めることはない。それは弱さと受け取られるからだ。

「恐れを認めないほうが……なんて話をしている場合じゃないか。前に出てくれ」

「なに?」

「前に出ろ。ゆっくりで良い」

「王よ?」

 あえて「ゆっくり」と言うからには突撃命令ではない。ジグルスの意図がグラニには分からない。

「嫌なら一人で行く」

「……承知した」

 ジグルス一人で行かせるわけにはいかない。グラニたちは近衛。向かう先に常に同行し、王を守るのが近衛の使命なのだ。
 ジグルスが命じた通り、ゆっくりと前に進み出るグラニ。それを見て、魔物たちはざわめいているが、攻め寄せてくるまでではない。

「……死にたくないか!?」

 ジグルスの問い掛け。それを受けて魔物たちのざわめきが大きくなる。

「お前たちは何の為に戦っている!?」

 続く問い掛け。それに答える者はいない。自分たちに向かって問い掛けていることを、まだ多くが理解していないのだ。理解したとしても、やはり言葉は返さないだろうが。

「この戦いの先にお前たちには何がある!? 自分たちの身を犠牲にしたその先に、お前たちには何が残る!?」

 魔物たちの反応がなくてもジグルスは構わずに、問い掛け続ける。この問いに意味があるかなどジグルスも分かっていない。ただ何もしないではいられなかっただけだ。

「死にたくないなら武器を置け! 意味のない戦いの為に、命を捨てる必要なんてない!」

「何を馬鹿なことを言っている!? 貴様等もいつまで馬鹿話に耳を傾けているのだ! さっさと動け! 奴を殺せ!」

 魔物の群れの中には指揮官役の魔人が紛れ込んでいる。その魔人が魔物たちに命令を発した。

「馬鹿なことを言っているのはお前だ! お前は何の権限があって彼等に命令している!? どんな権利があって、彼等に命を捨てさせようとしている!?」

「……訳の分からないことを言うな!」

「何が分からない!? 俺はお前に彼等の命を捨てさせる権利があるのかと聞いているだけだ! 何をもって彼等の生きる権利を奪うことが許されるのか聞いているんだ!」

「そんなものは……」

 考えたこともない。魔物は命令に従うもの。それだけだ。

「お前たちの生きる権利を奪う資格は何人にもない! だが生きる権利は自分たちの手で守らなければ、簡単に奪われてしまうものでもある! お前たちはどうする!? 生きるのか!? それとも理不尽な死を受け入れるのか!?」

「……王よ」

 魔物に向かって訴えかけるジグルスの意図は、グラニには分からない。グラニもまた魔物の犠牲を何とも思わないで、これまで戦ってきたのだ。

「戯言に耳を傾けるな! 奴を討て! 命令に背けばどうなるか分かっているだろ!?」

 また魔物に向かって攻撃命令が発せられた。今度の命令は脅しも含んだものだ。それを聞いた魔物たちが動きを見せる。ジグルスたちに攻めかかろうとしているのだ。

「……引き上げだ」

「……承知した。引き上げ! 下がれ!」

 

◆◆◆

 ブラオリーリエでの戦いが終わったからといってジグルスは暇ではない。拡張中の拠点の様子を見たり、冥夜の一族がもたらすリリエンベルク公国各地の情報確認等など、やらなければならないことは山ほどある。ジグルスの勢力には文官と呼べるような存在がいない。ほぼ全てをジグルスが考え、指示しなければならないのだ。
 ジグルスが離れた後の軍勢を指揮するのは、それぞれの長。フレイ、グラニ、エルフ族のガンド、そして戦闘には参加していないが斥候役を務めている有翼族の長ナーナの三人だ。

「……何故、王は軍を引かせたのだろう?」

 今日の戦いは中途半端で終わっている。その理由をフレイはグラニに尋ねた。ジグルスを乗せていたグラニであれば、詳しい事情を知っていると考えたのだ。

「……良く分からん」

「分からんって……王を乗せていたのだろう?」

「もちろんだ。王の命令を全体に伝えたのは俺だ。だが何故、王が撤退を決めたのかは分からない。分かっているのは魔物が関係しているのだろうってことくらいだ」

「ああ、あれか……」

 魔物に訴えかけていたジグルスの言葉は、フレイも聞いていた。だがフレイもグラニ同様、何故、ジグルスがあんなことをしたのか理解出来ていない。

「魔物たちは怯えていると言っていた」

「怯えている?」

「死を恐れていると」

「それは……まあ、そうだろうな。魔物なんてそんなものだ。大義があって戦っているわけではない」

 フレイもこういう考え方だ。魔物を人として見ていない。彼が特別なのではない。ほぼ全ての魔人が、人間だって同じように考えているだろう。

「王は魔物のほうがマトモだと言っていた。死を恐れるのは当然で、そうでない人は生を諦めているのだと」

「……また難しい話を」

「家族の為、仲間たちの為に俺たちは戦いを始めた。命を惜しんではいない。だが、出来るなら未来を家族や仲間たちと共に生きたいとは思う。王に言われて、この気持ちに気付いた」

「……そうだな。俺も……生きられるなら生きたい」

 グランの話にはフレイも同感だ。そうであってもやはり「死にたくない」という言葉を口にすることには抵抗を感じている。

「王は魔物にも憐れみを感じたのだな」

「優しさか……美点ではあるが……」

 優しいだけでは目的は果たせない。それはジグルスの父であるバルドルが示している。

「それは違います」

 ここで二人の話を聞いているだけだったナーナが口を開いてきた。

「何が違う?」

「ただ魔物を哀れんだというのではないと思います。優しさでは彼はものを考えない。彼はもっと打算的です」

 優しさもジグルスの一面。だが所詮は一面に過ぎないとナーナは考えている。

「では何だ?」

「私が思うに、彼を突き動かしているのは怒りです」

「怒り……復讐心ということか?」

「それも違う。そういう具体的なものではありません。何か漠然としたものへの怒り。私はそう感じています」

 両親の復讐。これもジグルスの目的の一つ。だがやはり目的の一つに過ぎない。復讐よりも優先することがジグルスにはある。

「よく分からん。そもそも何故、お前にそれが分かる?」

「母代わりですから」

「…………」

「冗談。彼はそんなに復讐に拘っていない。私たちがこうしているのがその証です」

 ナーナもフレイも、グラニも元は敵だ。特にフレイはジグルスの両親と戦った獣王軍の一員。二人の死に関わっている。

「ヨルムンガンドだけを復讐相手と考えているのかもしれない」

「そうだとしても他は見逃すことが出来る程度の恨みだってことです」

「……では何に対する怒りだ?」

「それは分かりません。彼自身も分かっていないのかもしれませんね」

 ナーナが考えた通り、ジグルスには自覚がない。彼の怒りはこの世界に向けられたもの。この世界を動かすゲームシナオリ。それによって理不尽な目に遭う人々。死を与えられる人々もいる。それはジグルス自身も。
 この世界に生きる全ての存在を束縛する何かに、ジグルスは怒りを向けているのだ。だがこんなことは彼等に分かるはずがない。ジグルスの行動の原動力に怒りがあることを見抜いたことさえ特別なのだ。

「……何の権利があって魔物に命を捨てさせるのだと言っていた」

 敵の指揮官に対してジグルスは怒っていた。二人の話を聞いていたグラニは、それを思い出した。

「権利……そんなものはないな」

「ああ。だが俺たちはそれを行っていた。それを何とも思っていなかった。王の言う通りなのだ。命を捨てて戦っても魔物たちは何も得られない。魔物はただ死ぬ為だけに戦わされているのだ」

「そうだな……」

 こんなことを考えたことなど一度もなかった。ジグルスに出会わなければ、彼を知らなければ一生考えることなどなかったはずだ。考えた結果、何が変わるのか。その変化が良いことなのかフレイには分からない。ただ魔物の命を軽視していたことが正しくないことだけは間違いない。

「……彼は何を得るのでしょう?」

「なに?」

「王は、この戦いに勝ったとして、何を得るのでしょう?」

「魔王の座、なんて望んでいないか……」

 ジグルスは王になった。だがそれも多種族をまとめる手段として国という形を選んだから、仕方なくその地位に就いただけだ。それをフレイは知っている。

「……王に引き込まれたと思っていましたが、逆かもしれませんね。私たちが王を望まない戦いに巻き込んだのかもしれません」

「もともと戦争を仕掛けたのはこちらだからな」

「強い想いもなく」

「そんなことはない。目的はある」

 食料不安の解消。それが魔人たちが戦う理由だ。種族の存続に関わる問題であり、なんとしてでも解決しなければならないものだ。

「でも目的を達する為に何が最善かなど考えていませんでした。ただ魔王に命じられるまま、不満を感じながらも何か別のことをするでもなく、戦争に参加した」

「それは……」

「私も同じ。戦うことに何の疑問も感じませんでした。王に出会うまでは」

「……今は違う?」

 これを聞くフレイは疑問、とは異なるが不安がある。今行っていることが正しいことか自信がないのだ。それでもジグルスに従っているのは、魔王ヨルムンガンドが行っていることも正しいとは思えないから。

「戦争などないほうが良い。これは間違いありません。それでも私たちは戦わなければなりません。矛盾を抱えながらも、より良い未来に繋がると信じて」

「最高ではないが、最善か」

「そう信じています。ただこれも王に責任を押しつけているだけのように感じています」
 
 ジグルスであればそれを実現してくれる。そう信じて従うことは、ジグルスに依存していることではないか。こんな風にもナーナは思っている。

「……仕方ない。王とはそういう存在だ」

「ガンド殿……」

 割り込んできたのはエルフ族のガンド。あまり会話に加わろうとしないガンドが珍しく発してきた言葉。それにナーナは少し戸惑っている。

「巻き込んでしまったなどと考える必要はない。王には王の戦う理由がある。リリエンベルク公国を、いや、仲間を守ることか」

「……その仲間に私たちは入っていません」

「それはどうかな? 王は自分の目的だけでなく、我等のそれも背負おうとしている。行動の多くはその為だ」

 今もそうだ。ジグルスは魔人たちの拠点を、食料を生産出来る拠点構築の様子を見にいっている。今頃は問題を解決する為に、もしくはより良い拠点にする方法がないかと頭を悩ましているに違いない。

「それが責任を押しつけているということではないですか?」

「それはさっき言った。王とはそういう存在だ。多くの人が彼に期待する。彼であれば我々の暮らしを、未来を良くしてくれると。真の王とは自らなろうとしてなるものではなく、周囲に求められて上に立つものだ。彼はそういう存在になろうとしているのだ」

「真の王……」

「だが実際にそうなれるかどうかは支える者たちの働きが影響する。バルドル殿にはそういった存在がいなかった。まったくいなかったわけではないが、力が足りなかった。さて、我等が王はどうなのだろうな?」

「……同じ失敗を繰り返すつもりはありません」

「俺もだ」

「当然、俺も」

 ジグルスをバルドルの様な目に遭わせるわけにはいかない。その為には、彼を支える自分たちがもっと頑張らなければならない。ただ戦うだけでなく、ジグルスの、彼の国の為に何が必要かを考え、それを実行していかなければならない。ガンドの話を聞いて、ナーナたちは改めて心に誓った。
 少しずつ、まだ少しずつではあるが、アイネマンシャフト王国は国になろうとしている。目に見える形だけでなく、人々の意識の中でも。