月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #92 招聘された人たち

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 ドュンケルハイト大森林の奥深くにそれはあった。彼が知る王都、王城とはかなり趣は異なるが、ここは間違いなくこの国の王が住まう場所。彼はエルフの王国にやってきたのだ。
 もっとも正面の玉座に座っている人物はエルフ族とは思えない。かろうじてエルフかもしれないと思わせるものがあるとすれば、それは髪の色。ダークエルフの特徴である銀髪くらいだ。
 彼はその銀髪の国王に会うためにここにやって来た。はたして、その甲斐があったかどうかはこれから分かる。

「さてと、とりあえず挨拶からだな。俺がこの国の王、ヒューガ・アルベリヒ・ケーニヒだ。こんな所まで足を運んでくれてありがとう」

「ダクセン王国軍カール・マック。礼を言うべきはこちらだ。我が兵の命を救ってもらえたことには心から感謝している」

 彼よりも先にヒューガに挨拶を返したのはカール・マック。ダクセン王国の将軍であり、その勇名は彼の耳にも届いている。もっとも彼の名が広く知られているのは、その武勇だけではない。

「別に感謝されることじゃない。こちらに下心があっただけだ」

 正直に話すヒューガ。それは間違いだと彼は思う。カール・マック将軍は生真面目で有名なのだ。

「……だとしても命を救ってもらった事実に変わりはない」

 案の定、カール将軍は少し気分を害した様子だ。交渉下手。ヒューガに対して、彼はこう判断した。ここに来たのは無駄足だったかもしれないとも。

「感謝がいらないってのは、それと引き換えに頼みがあるからだ」

「……聞こう」

「その前に。将軍は兵を率いるのが得意なんだよな?」

「……それ故に将軍という地位を与えてもらったつもりだ」

「それを証明出来るか?」

「証明?」

 ヒューガの問いに戸惑うカール将軍。こんなことを要求されるとはまったく考えていなかった。

「配下の者から優秀な将軍であるとは聞いている。その報告を信じてないわけじゃない。だからこうして来てもらったのだけど、実際に見たわけじゃないからな」

「証明など出来ん」

「無理か……まあ、それもそうか。悪い、余計なことを聞いた。本題に移ろう。将軍には」

「まずはその前に!」

 ヒューガの言葉を遮って声をあげたカール将軍。ヒューガの要求は自分の実力を疑うものと考えて、完全にへそを曲げた感じだ。

「聞きたいことがあるならどうぞ」

「私はまだ王に仕えると決めたわけではない。王の手の者ともそういう約束だった」

「だろうな」

 そんなことはヒューガも知っている。ハンゾウが勝手な約束などするはずがない。

「知っていた……では何故?」

「何故、何故と聞かれるのかが分からない。どういう意味だ?」

「……何故、仕官のことを問おうとするのかと聞いている」

 まずはお互いのことを知ることから。王であるヒューガのことだけでなく、国についても知らないと仕官など決められない。カール将軍はこう考えたのだが。

「そんなこと聞いてないけど?」

「しかし、今」

「今? 話を途中で遮るから勘違いしたんだろ? 俺が言おうとしたのは、ここにいるカルポに集団戦での兵の率い方を教えて欲しいってことだ。実際に兵の鍛錬をしてもらえばもっと助かるな」

「……私の立場は?」

 ヒューガは自分をこの国でも将軍に任命しようとしていた、とカール将軍は考えたのだが、それは間違いだった。

「とりあえず客将扱い。期間は三年。その後どうするかは自由にしてくれ。一応、その時には退職金を用意する予定だけど具体的な金額まで今は決められない。一生は遊んで暮らせるってのが無理なのは確かだな」

「はあー」「もう」「まったく」「どうしてこうかな」「やれやれじゃ」

 ヒューガの説明を聞いて呆れているのはエアル等、周りの臣下たち。何を馬鹿正直にと頭を抱えている。

「……それであればかまわない」

 命を救って貰った代償は軍の指導。しかも礼金まで用意すると行っている。それを断れるほどカール将軍は恩知らずではない。

「じゃあ、頼む。細かな内容はカルポと直接話してくれ。あっ、部屋は個室ってわけにはいかないからな」

「……かまわん」

「よし。じゃあ、次だな。えっと」

「ユリウス・マザリウス」

 カール将軍との話が終わって、ようやく彼の番がやってきた。

「マリの人だな。お前にはちゃんと聞かないと。得意分野は?」

「得意と言われてもねぇ。一通りはこなせるつもりだ」

「それは一通り、平均的にこなせるって意味か。それとも全てのことで他を上回る実力があるって意味か?」

「……後者のつもり」

 まさかこんな返され方をするとはユリウスは思っていなかった。一度は自信満々で答えたことも、こんな風に確認されると、重ねて答えるのを恥ずかしく感じてしまう。

「へえ、凄いな。そんなに自信があるんだ。じゃあ質問。お前に絶大な権力があったら、傭兵王とどうやって戦った?」

 質問したヒューガに他意はない。自分は優秀だと答えたユリウスに素直に感心している。

「そんなこと考えてねえよ」

「そうなのか? でもお前、マリの文官だったんだよな?」

「俺は下級役人。そんなことを考える位置にいねぇ」

「でも役人だよな? 何? お前って自分の地位で思考の幅を調整する口?」

 また相手を怒らせるようなことを口にするヒューガ。だが今回は、ユリウスの態度も決して好感が持てるものではなかったことで、周囲も呆れ顔を見せるだけ。ため息は声にはならなかった。

「じゃあ、王は考えていたのかよ?」

「傭兵王について? そんなに真剣には考えてないな。こっちには関係ないし」

「じゃあ、どこまで考えていたかを教えてくれ」

 誤魔化しは許さない。そんな気持ちでユリウスは説明を要求する。

「考えていたこと……どこから話せばいいんだ? まっ、適当でいいか。まずは傭兵王に侵略の意図があったのは明らかなんだから、それへの対応だな。一番は、レンベルク帝国を引き込むこと。これが出来れば後背を気にしてそうそう動けなくなるだろうから有効だけど、まあ無理だな」

 それが出来たらマリは苦境に陥っていない。これくらいのことはユリウスではなくても思い付く程度の内容だ。ただヒューガにとってもこれは話を始める為の取っかかりに過ぎない。

「次はパルスを引き込むこと。外交で出来ればそれが望ましい。でも駄目なら、マンセルかミネルバの兵に偽装してパルスを攻めるとかでも良い。要はパルスを東方連盟の争いに引き込めれば良い。魔族との争いを抱えている状況ではパルスは間違いなく穏便にまとめようとするはずだ。パルスが調停に入れば東方連盟を纏める前の傭兵王では逆らえないだろう。それが不調な時、まあ同時でもいいか。マンセルとミネルバへの牽制。どちらか、もしくは両方にすり寄る。当然双方に気付かれないように。要は離間だな。三国の同盟は一時的なものだ。いずれ利害は対立する。それを早めてやる」

「……それは三国が同盟を結んだ事実を知ってるから思いつくことだ」

 ヒューガの策そのものは否定出来ない。だが、それは三国同盟を知っている今だから思い付く策だとユリウスは考えた。確かにそうなのかもしれないが。

「マリは知らなかったのか? それは驚きだ。東方連盟に関係ない俺でも知ってたのに。それで無策だったわけだ」

「知っていた?」

「ちょっと調べれば三国が、とういうより傭兵王が二国に手を伸ばしていたことは分かる。傭兵王の息のかかった貴族は両国に何人もいたからな」

「まあ……」

「なんか前提が違うな。これじゃあ話しても意味ないか」

 ヒューガの言うとおり、判断の基となる情報量が違っている。それでは現状のマリの状況との比較は出来ない。ただユリウスには、ヒューガが情報に重きを置いていることは分かった。

「……じゃあ、戦いが始まってからは?」

「始まった時点で負けは決まってるけどな。その確信が出来たから傭兵王は動いたんだろ? 対策ってのは物事が始まる前に打つものだ」

「では手はないと」

「ひとつある。要は傭兵王がいなければ騒乱は収まる。他の二国を無視して、もっと言えば自国を捨てて他国の軍とともに傭兵王を倒す。それと並行して暗殺を狙うだな」

「暗殺はわかるが、自国を捨ててってのは何だ?」

 傭兵王を亡き者にする。これも特別なことではない。マーセナリー王国は傭兵王がいてこその国であることは、他国も分かっているのだ。
 だが、ヒューガの言う「自国を捨てて」の意味がユリウスには分からない。

「言葉の通り。自国がどこに占領されようとかまわず傭兵王の軍に向かう。そうすれば二国対一国、勝ち目はある。それにさすがにそれは予想しないだろうから傭兵王の不意を突くことも出来る。初戦で崩せる可能性はあるな」

「民はどうすんだ? 見捨てるのか?」

「見捨てる? 民は王が誰であろうが平穏に暮らせれば問題ないだろ? もしかして傭兵王の軍ってそんな無法なのか? だったら攻められる前に逃がせばいい。国を捨てるつもりなんだから、民がどこに行こうがかまわないだろ?」

「……言ってることが滅茶苦茶だ」

 ヒューガの言う通りにしては戦争には勝てても国を保てない。

「だから初めに言ったろ? 真剣に考えてないって。それに戦いが始まった段階で負けだってことも。それを引っくり返そうとするんだから、無茶をするのは当たり前だ」

「……もう良いよ。それで? 俺は何をすればいいんだ?」

 これについてこれ以上、議論を続けても無駄。ヒューガが退屈な相手ではないことは、ユリウスにも分かった。

「そうだな。グランさんの手伝いだな。仕事内容は内政全般。期間は三年」

「……手伝いねぇ。ちなみにその三年ってのは何か意味があるのか?」

 ヒューガはカール将軍にも同じ期限を告げていた。軍事と内政が共に三年。この意味がユリウスは気になった。

「三年で国を整える。他国に存在を知られてかまわないくらいにな」

「今は知られては困ると……つまり三年間はここから出られないってことか?」

「そうなる。もしかして聞いてなかったのか?」

「聞いてねぇよ。でも別にかまわねぇよ。三年間働いてやる」

 外に出る必要は今のユリウスにはない。隠棲しようとしていたのだ。その場所がドュンケルハイト大森林になっただけのこと。と考えるのは大きな間違いなのだが、この時点では分からない。

「じゃあ、決まり。じゃあ、次の人」

「はい」

「……えっと?」

 次の相手は名乗ることをしなかった。

「名は捨てました」

「そう。分かった」

 名を捨てたと言われて、あっさりとそれを受け入れるヒューガ。これにはユリウス、そしてカール将軍は驚きだ。名を奪うのは刑罰の一つ。相手は罪を犯した人物かもしれないのだ。

「王にお願いがあります」

「何?」

「俺は三年という期間を定めることなく、ここで仕えたいのです」

「俺? えっと……それは今すぐには許せない」

 相手の要求をヒューガは拒否する。

「何故ですか?」

「この国は特殊だ。ここにはエルフ族だけではない。魔族と呼ばれる種族もいる。客人としてのドワーフ族も、それ以外の種族もいる。そういう人たちとうまくやれる人と分からない限り、この国の民として認めるつもりはない」

 その能力を評価し、求めてここに来てもらった人であっても無条件でこの国の民として受け入れることは出来ない。今はまだ、この国に足りない能力を借りるだけのつもりなのだ。

「王が考えるうまくやれる人とは?」

「偏見のない人。種族、生まれ、境遇、その全てに対して」

「なるほど……ですが、それに拘っては国は大きくなりません」

「大きくする予定はない。仮にそれが必要になるとしても早くて三年後。それまでに国の核を固める」

「核とは?」

「基と言い換えても良い。人的には国の意思と気持ちを同じくする人を完全に固める。国を大きくする時が来たら、その人たちを中心にして共通意識を広げていくって感じかな?」

 種族など気にすることなく共に行動出来る人たち。今、この国にいるのはそういう人々だ。その結び付きを揺るぎないものにしてから、その輪を広げていく。万一、異質な人が混じっても決して壊れない核の部分をヒューガは造りたいと考えているのだ。

「そうですか。確かにそういう方法もあります。今の段階でここに呼んだということは、我等もその核の候補になれるのですね?」

「そう」

「つまり、三年を待たずとも王に認められれば正式に臣下として認められる場合もある?」

「その通り」

「分かりました。ではそうなるように努力致します」

 結局はヒューガに認められるかどうか。能力だけでなく人格においてもだが、それで困ることはない。

「得意分野は軍政って聞いているけど?」

「まあ、そうです」

「……完全に合ってるって感じの言い方じゃないな。本来は?」

「……俺は軍師です」

 問いへの答えに周囲の人々の多くが首を傾げている。軍師が何か分からないのだ。 

「そういうことね。確かに軍政って言われたら不満か。そうなると何してもらうかな?」

 だがヒューガはその意味を問うことなく、話を進めている。それはそうだ。ヒューガにとっては夏と冬樹にとっても、知らない言葉ではない。

「軍師をご存じなのですか?」

 ただ、それには名乗った側が驚いた。

「知ってるけど。そういえば戦略、戦術どっちが得意?」

「戦略ですか?」

「あれ、軍師なんだよな? 戦略は外交、軍政も含めた全体的な戦争方針の立案。戦術は実際の戦場での戦い方。そういうことじゃなくて?」

「……いえ、合っています」

 どうやらヒューガは本当に軍師とは何かを知っている。それは驚きであり、喜びでもある。

「じゃあ、どっち?」

「どちらでも。ただ……」

 ただ問題が一つあった。

「ただ?」

「俺はあくまでも勉学のみです。実務としては認められませんでした」

 机上の知識であって、実戦に生かしたことがないという問題だ。

「……実戦経験がないのか……まだ見習いってこと?」

「いえ。そもそも何故、王は軍師をご存じなのですか? 軍師というのは俺が勝手に名乗ったもの。そんな職制は本来ありません」

「あっ、そうだったかな……」

 相手の問いにヒューガは動揺を隠せなかった。まさか軍師という言葉が、この世界にはないとは思っていなかったので、完全に不意を突かれた形だった。

「王! 教えていただきたい!」

 相手はその動揺を見て、大声で追及してくる。

「……隠してもいずれ分かるか。俺はこの世界の人間じゃない。別の世界から召喚されてきた。そしてその世界には軍師というものが認められていた。今は参謀というのかな? そういうことだ」

「なんと? 王は勇者だったのですか? つまりこの国はパルス……」

「違う。俺は勇者じゃない。勇者と一緒に召喚された人間だ。言っておくけどパルスとも全く関係ないからな。そもそもパルスと関係があったら、エルフたちが従ってくれるわけがないだろ?」

「確かに。しかし、そうですか。軍師は別の世界には存在している。俺のやってきたことは間違いなかったのですね」

 ヒューガが異世界人であったことを驚くよりも、軍師が別の世界に存在していたことのほうを気にしている。ただこの反応は特別なもの。ユリウスとカール将軍は驚きので顔色を変えている。

「つまり、あれか……お前はこの世界で初めて軍事を学問として体系立てたんだな?」

「はい。その通りです……いえ、初めてとは断言出来ません」

 戦略、戦術を考える人は他にも大勢いる。カール将軍もその一人だ。だがその多くは経験に基づくもので、学問として確立しているわけではない。

「孫武みたいなものだな。その前にもいたかな? 記憶にないな」

「ソンブ?」

「俺の世界で同じことをした人……いっそのこと、そう名乗って見るか?」

 名を捨てたというのであれば、新しい名が必要。ヒューガは元の世界に実在した人物の名を提案した。

「ソンブ。よろしいのでしょうか? 俺がそんな先駆者の名を名乗って」

「先駆者っていっても別の世界の人間だからな。かまわないんじゃないか?」

「ではお言葉に甘えて、今後はソンブと名乗らせて頂きます」

「ああ……じゃあ、まずは俺にこれまでまとめた内容を説明してくれ。問題なければ、それに基づいて軍制をもう一度考え直してみる。基本的な戦術も含めてな。それの立案も頼むことになるからそのつもりで」

「は、はい」

「それが出来たら、まずは各軍の長であるエアル、カルポ、夏、冬樹にその内容の講義。それを徐々に彼らが選ぶ上級将校へ広げていく。あとは……色々相談することもあるから定例会議にも出てもらおう。それ以外に参加する会議はあとで教える」

「……あの、よろしいのですか? 俺は実務の経験が」

 ヒューガはソンブにアイントラハト王国の軍事のかなりの部分を任せようとしている。少なくともソンブはそう受け取った。

「経験はこれから積めば良い。平気だ。皆、試行錯誤しながらやってる状態だから。俺自身もな」

 これはソンブを励ます言葉ではない。実際にそうなのだ。軍を、国を動かした経験がある人などアイントラハト王国にはいない。

「……ありがとうございます」

「礼を言われることか? 大変過ぎて、あとで恨むことになるかもよ」

 そうだとしてもソンブにとっては嬉しいことだ。光が当たることなどないと諦めていた自分の努力。その成果を活かす機会を得られたのだ。

 

「さて、以上かな?」

「ひとつ聞きてえ」

 ヒューガの問い掛けに反応したのはユリウスだった。

「何だ?」

「何故そいつはそんな風に抜擢されて、俺はお手伝いなんだ? その優男と俺の何が違う?」

「そう言われてもな……ソンブの仕事を出来る人は他にいない。だからソンブに全てを任すことになる。お前の仕事は今、グランさんがやっている。だからグランさんと一緒。それだけのことだ」

 ヒューガには特別、ソンブを抜擢したつもりはない。そもそもアイントラハト王国の臣下に、その仕事に序列はないのだ。

「そのグランってのはそんなすげえのか?」

 だがそんなことはここに来たばかりのユリウスには分からない。

「本人の前で答えづらい質問するなよ」

「おい? それは儂に満足していないと言っているようなものじゃ」

「……怒るなよ。仕事が回り切ってないのは事実だろ?」

「それは仕事の量が多すぎるからじゃ。一人でやれることには限界がある」

 どれだけ優秀であったとしてもこなせないほどの仕事がこの国にはある。特にグランが担当している領域は広く、軍事を除く国政のほぼ全てと言っても良いものなのだ。

「俺もやってるだろ?」

「王と臣下ではやることが違うじゃろ?」

「そうだとしても」

「ちょっと待てよ」

 ヒューガとグランの会話にユリウスが割って入ってきた。もともとはグランが割り込んだのだが。

「何だ?」「何じゃ?」

「一人でやっているのか?」

「そうだ」「そうじゃ」

「……二人で答えなくて良い。そこに俺が手伝い……つまり、俺は内政のナンバー2か?」

 王であるヒューガの下にはグランしかいない。そのグランの下に就く自分は内政分野における二番目の地位に置かれることになる、とユリウスは考えたのだが、これは間違い。

「違うな」

「違うのかよ!?」

「序列なんてないから。そもそもグランさんも俺の正式な臣下じゃない。だから順番なんて関係ないな」

「……それは俺の考えた方策が国のそれになるってことか?」

 ユリウスも地位を求めているわけではない。マリ王国では、下級役人だったユリウスの意見が通ることなど、上司を軽蔑する気持ちを隠そうともしなかった彼にも原因があったが、ほとんどなかった。それに嫌気がさして役人を辞めようと考えていた。だがこの国はどうやらそうではない。

「それが良いものであれば」

「なんてこった!」

 ソンブを羨む必要などなかった。ユリウスもまた大抜擢を受けていたのだ。彼がそう思うだけで、ただ人材不足だというだけだが。

「ちなみに今はどんな仕事がある?」

「あとでグランさんに聞けよ。ここでひとつひとつ説明していられない」

「じゃあ、今もっとも力を入れていることだけでも良い」

「……食糧政策。主に生産調整と狩猟調整だな。後は資源関係。資源があるのは分かっているが、必要採掘量が定まっていない。まだ今は需要を調査している段階。それと併せて製造工程の見直し。いつまでもドワーフ族だけに任せておけないから、お願いする物と自分たちでやる物の選別をしてる。あっ、あとは衛生管理だな。これが一番大変。一人一人の意識づけから管理方法の策定、人員の確保。なかなか労力がいる。あとは……」

「もっとも力を入れているものを聞いたつもりだけどな」

 これは半分、誤魔化しだ。ヒューガの説明はユリウスには良く分からなかったのだ。

「……やることが山積みだからな。どれが一番というのはない。それぞれ関連してくる部分もあるから、同時並行で進める必要がある」

「それを二人でやれと?」

「そうだな」

「いつまでこれが続く? 何か考えてんだろ?」

 思っていた以上にヒューガは様々なことに考えを巡らしている。人手不足については、すでに案があるのではないかとユリウスは思った。

「考えてるけど手が付けられてない。基礎教育が終わったあとの専門課程を作ろうとしてんだけど、先生がいなくて……そう言えば内政全般が得意って言ってたな?」

 外部から人材を招聘するだけでなく、国内で人材を育てることも考えている。だがまだ考えているだけで、物事は進んでいない。

「……ああ、言ったな」

「よし。じゃあ、学校の先生も頼む。教えるのは得意な内政全般」

「おい! 人使いが荒すぎるだろ!?」

「食事も住居も提供してもらえるんだ。それくらいやれよ」

「そういう言い方をするからには、さぞ豪華なんだろうな?」

「……分かった。一番良い部屋を用意しよう」

「それはどんなのだ?」

 ヒューガの答えに少し間が空いたのが、ユリウスは気になった。贅沢を求めてこの国に来たわけではないので、どうでも良いのだが。

「どれでも好きなのを選べ。基本的に住まいは全部同じだからな。中は好きにして良いぞ」

「……それは一番良いとは言わないな」

「同じなんだから全部が一番だろ? あっ、日当たりは違うな。俺の部屋は日当たりが良い。おかげで早起きには困らない。あとは城までの距離で選ぶのもありだな。通勤時間が短いって良いだろ?」

 この世界で通勤時間を気にする人はいない。仕事場と住まいが遠く離れている人など、極一部しかいないのだ。

「……どうでも良い。そういうの興味ねえし」

「なんだよ。じゃあ豪華なんて言うな」

「働きに見合う報酬を、って言いたかったんだよ。まあ、別にそれもどうでも良いけどな」

「仕方ないな。じゃあ午後のティータイムにお茶を出してやる。特別だからな」

「……じゃあ、それで良い」

 報酬はすでに得ている。実力とやる気があれば誰であろうと抜擢される。生活は質素倹約。偏見のない国。先を考えた国造り。この国にはユリウスが求めていたものがある。そうでなければ国として成り立たないという事情があるからだとしても。
 とりあえず無駄足にはならなかった。ユリウスは内心で安堵している。