月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして #60 バンドゥへの帰還

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 王都からバンドゥへの帰路は、下手な行軍訓練よりも遥かに厳しいものだった。リオンが進む足を急がせたのだ。本来であれば、各街に寄って、レジストの者たちに状況を確認しながら、帰るつもりだったのだが、近衛騎士と同行している状況で、そんな事が出来るはずがない。
 レジストの仕事を諦めた分は、一日でも早くバンドゥに戻って、領政に専念しようという考えだ。キツイのは見習い近衛騎士だけではない。近衛侍女たちも、彼女たちの方が、苦しい思いをしていた。男女の違いがある上に、鍛え方も段違いなのだから当然だ。
 しかも厄介な事に、リオンは別に嫌がらせでこれをさせているのではなく、本気で彼女たちも鍛えようと考えていた事だった。普段は厳しい言葉を吐きながら、本当に辛い場面になると優しく励ましてくれるリオンに、ヴィーナスでさえ文句を言えなかった。ヴィーナス以外の近衛侍女の中には、リオンに懸想するものまで出る始末だ。
 その辺りは、エアリエルがきっちりと釘を刺すどころか、杭を刺すくらいの厳しさを見せて押さえ込んだので、少なくとも道中は何事もなく終わった。少なくとも、としているのは、領地に戻ってからも、そのあとのほうが、油断が出来ないからだ。
 リオンにはエアリエルでもどうにも出来ない悪癖がある。エアリエル以外の女性の体には全く興味がないくせに、迫られると抱いてしまうという、とんでもない習性だ。
 女性との行為に価値を認めていない分、ハードルも低いという事なのだろうが、エアリエルとしては堪らない。貴族家に生まれたエアリエルは個人としての感情は別にして、妻としては女性関係には寛容だ。問題は、この件に関しては、いくら怒ってもリオンに理解してもらえないという事だ。エアリエルとの行為と、それ以外の女性との行為は、リオンの中で全く意味合いが違っている。それはエアリエルにとって、嬉しくもあり、困った事でもある。
 これは全くの余談として、とにかくリオンたち一行は驚くべき早さで、バンドゥの地に戻った。 

「……何だか、凄いな」

 カマークの街の喧騒を見てリオンが呟いた。

「自分の領地ではないのか?」

「はあ? 領地に決っているだろ?」

「では、どうして驚いているのだ?」

「長~く、領地を離れていて、久しぶりに戻ったら、以前よりも活気があるので驚いただけだ」

 リオンは、わざと長くを強調してみせる。ソルには直接関係ないのは分かっているが、それでも近衛であるソルは王国のそのものにリオンには思えてしまう。

「……領主は必要ないという事か」

 ソルもただ言われたままでは終わらない。

「何だと?」

「そういう事ではないのか?」

「……それは国に国王が必要ないと言っているのと同じだな」

「そうは言っていないだろ?」

「同じ事だ。なるほど、我が国の近衛騎士はなかなか過激な思想を持っているようだ」

「……この話は止めだ」

「良いだろう」

 こんな下らない口喧嘩もすでに何度目か分からないくらいに行われている。関係が深まったというには、まだまだ遠い二人だった。
 ソルとの口喧嘩を終えて、改めてリオンは街の様子を眺めている。大通りは活気に溢れていて、嘗てのカマークを知る者は、まるで別の街に来てしまったのかと錯覚するくらいだ。
 リオンの知らない店もいくつも開いている。ソルに言われた時は頭に来たが、自分が居なくても、バンドゥの地が復興の足を止めていなかった事が、リオンは堪らなく嬉しかった。

「……嬉しそうだな」

 そんなリオンに凝りもせずにソルが話しかけてくる。これは意識しての事だ。リオンから話しかけてくる事はまずないので、自分から話し掛けるしかないのだ。

「それはそうだ。初めてこの街に来た時はこんな風じゃなかったからな」

「戦争だけでなく政治も出来るのだな」

「それは違う。お前が言った通りだ。領主なんて居なくても、街は発展する。そこに住む人達が本気で頑張ればな」

「……そうか」

 口喧嘩になるのを恐れないで話しかけていれば、たまにこんな言葉も聞ける。そして、こういう時の言葉が、リオンの素なのだとソルは感じている。相手の身分や立場を意識しないで話している時のリオンの瞳はソルには普段よりも輝いて見える。

「おっ? 出迎えだ」

 リオンの視線は、少し先に居る人々に向いている。城からの出迎えではない。フォルスとその店の者たちだ。ソルはフォルスたちの事は知らないが、リオンの反応から、心を許している者たちなのだとすぐに分かった。

「お帰りなさいませ、大将」

「ああ。ただいま。忙しいのに悪いな」

「いえ。店のほうは泊まりの客を一通り迎え終わって落ち着いたところです」

「そうか。しかし、何だか凄い事になっているな」

「王国でもっとも安全な場所という噂が広まっているようです。ちなみに、自然なほうで」

 レジストの者たちが意図して広めた噂ではないという事だ。事実としてバンドゥは、王都に続く街道も含めて、今もっとも安全な外国との交易場所だ。

「……そうか。店も増えたな」

「それは大将の指示でしょう?」

「そうだけど」

 新規参入の積極的な受入と支援。確かにリオンが指示した事ではあるが、ここまでの事になるとはリオンは思っていなかった。実際にここまで店が増えたのは、誘致策のおかげだけではない。やはり、安全で人が集まる場所という事実が広まったのが大きいのだ。

「安全で、珍しい物が手に入る街。これが今のカマークです」

「珍しい?」

「色々あって簡単には説明出来ませんね。時間がある時に見て歩くと良いですよ。食い物、生活用品、農具などなど、とにかく色々な物が売っています」

「分かった。そうして見る。さて、話したい事は一杯あるけど、仕事の邪魔したら悪いからな。又、別の時に寄る」

 このリオンの言葉を受けて、周囲から一斉に文句の声があがる。リオンの顔を見るのは久しぶりだ。全員が山程話したい事があるのだ。
 それを何とか宥めて、リオンはその場を後にした。リオンも早く仕事に戻る必要がある。居なかった間も、常に情報は得ていたが、それでも知らない事は多いはずなのだ。

「……変なことを聞いて良いか?」

 又、ソルがリオンに話しかけてきた。

「何だ?」

「さっきの女性たち。あれは……」

「……職業の事か?」

「ああ、そうだ。いや、別に職業で差別するつもりはない。ただ王都でも同じような女性たちと親しくしていたような」

 ソルの言っているのは、王都での凱旋式での事だ。リオンの帰還を出迎えたのは貧民街の住人たちだが、その中には当然、娼婦たちも大勢居た。そして、娼婦らしい、積極さでリオンにまとわり付いていたのを、ソルは近くで見ていた。

「……まあ、知り合いは多いな」

「そうだろうな」

「別に彼女たちの相手をしたわけじゃないからな。その逆で、彼女たちとの関係は一切ない」

 ソルに変な誤解をされたくないと、リオンは言い訳をしたのだが、これは少し余計だった。商売ではないとすれば、何なのかとソルが疑問を持ってしまったのだ。

「……では、どうしてあんなに好かれるのだ?」

 そして、ソルはその疑問を真っ直ぐにリオンにぶつける事に決めている。とにかく、色々な事を知りたいからだ。

「それは……あれだ」

 まさか、自分は娼館の主人の更に主人だとは言えない。それくらいならまだ良いが、そこから裏社会との繋がりまで探られては困る。

「あれとは何だ?」

「……俺の育ての親は娼婦だからな。それでじゃないか?」

 誤魔化す為に咄嗟に考えた嘘だ。ただ、必ずしも嘘とは言い切れない。自分を育てていた大人が女性である事をリオンは知っている。貧民街での女性の仕事など限られているのだ。

「……娼婦に育てられた?」

 さすがにこの話はソルの想像の範囲外だったようだ。ソルは驚きで大きく目を見開いている。

「悪いか?」

「あっ、いや、別に」

「誤魔化しても無駄だ。俺は物心が付いた時から、ずっと偏見の目で見られてきたからな。そういう感情はすぐに分かる」

 自分の両目を指差しながら、リオンはソルに告げる。娼婦に育てられたという事など、オッドアイある事で受けた仕打ちに比べれば何でもない。そういう気持ちも込めてだ。

「……そうか」

 リオンが受けた仕打ちがどのようなものか、ソルには分からない。だが、少しだけ、リオンの複雑な性格が生まれた理由が分かった気がした。そのほとんどが誤解であったとしても、ソルにとって悪いことではない。

 城の前に来ると、又、出迎えが居た。今度は、当然、城の者たちだ。だが、これはリオンには驚きだ。カマークに城にはわざわざリオンを出迎えるちような臣下はいないはずなのだ。
 実際に待ちかまえていたのは、臣下ではなく、食客であるジャンたちだった。

「へえ、しばらく離れていると、こういう待遇が待っているのか」

「そんな冗談を聞いている暇はない」

 リオンの冗談は少なくともセプトには受けなかった。

「暇はないって、何か急ぎの事あったか?」

 緊急の事態があれば黒の党の者が伝えに来るはず。そんな報告はリオンは受けていない。

「今さっき使者が来た」

「使者? 早いな、俺たちを追い越したのか」

 使者と聞いて、リオンの頭に浮かぶのは、王都からの使者くらいだ。

「そうではない。使者はオクス王国からの使者だ」

「……はい?」

 セプトの答えは、あまりにも意外過ぎて、リオンの頭に入らなかった。

「だから、隣国のオクス王国の使者が現れた」

「何をしに?」

「王子が友好の使者としてカマークを訪問したいそうだ。それを伝えに来た」

「……意味が分からない。友好の使者なら王都に行くべきだろ?」

「その辺の事情は知らない。とにかく、カマークに来るので、よろしく頼むという話だ」

「ん? ちょっと待て。その使者はどこだ?」

「お前の帰還を急いで伝えたいと、自国に戻っていった」

「俺の承諾も得ないで?」

「……それもそうだな」

「おい?」

 この辺はセプトのうかつさだ。もっとも、セプトは別に外交官を目指して勉強してきた訳ではない。たまたま、魔物の件で隣国との交渉が必要となって、たまたま、忙しくなかったセプトが引き受けただけだ。
 失敗を責めるのは酷というもので、リオンもそのつもりはない。

「それは悪かった。だが、隣国の、それも王子が来るという話だ。どう迎えて良いのか、正直、俺たちにはさっぱり分からない」

「……それで出迎えか。そんな事だろうと思った」

「まあ、そう言うな。使者はどうやら、この街に長く滞在してお前の帰還をずっと待っていたようだ。ようやくお前が戻ってきたという事でかなり使者のほうも焦っていた。そう時を経ずに、やってくると思う」

「準備を急がなければか。担当は……エアリエルだよな。この中で一番詳しいのは」

「……まあ、やってみるわ」

 エアリエルも社交の知識がある程度で外交など知らない。自信などないが、それでも、平民の者たちよりはマシな方であるのは間違いないので、引き受ける事にした。

「あとは、近衛。お前も手伝え」

「はっ?」

「近衛なんだから、賓客の迎える場を警護した事くらいあるだろ?」

「それはあるが、それと歓迎の準備は別であろう?」

「この場に居る者たちは、お前以上に知らないのだから、文句を言わないでやれ」

「……自分は騎士であって」

「やれ。やるという言葉以外は聞こえない」

「……失敗しても知らないからな」

「よし。では二人で……二人で? お前、エアリエルに変な気を起さないだろうな?」

「起こすはずがないだろ?」

「あっ、何だその言い方は? お前はエアリエルの魅力も分からないのか?」

「あのな、自分はそれにどう答えれば良いのだ?」

 分かると言えば、変な気を起こすと文句を言われるのは目に見えている。こうして答えないことが正解だ。

「……まあ良いだろう。何とか用件を知りたいけど、他国を調べるのはな。どんな防諜をしているかも分からないし」

 それに黒の党を危険に晒すリスクを犯すほどの事柄でもない。外国と何かを取り決める権限などリオンにはないのだ。オクス王国だって分かっているはずで、それであれば、本当にただの友好の使者である可能性は高いとリオンは判断している。

「探るのは迎え入れた後だな。ホームであれば、手はいくらでもある」

 これで隣国の件は一旦終わり。リオンには他にも聞きたい話が山程ある。会議室に場を移して、話をする事にした。到着初日から、リオンは忙しい時間を過ごす事になった。

 

◆◆◆

 会議室に入ったものの、すぐに打ち合わせという訳にはいかなかった。その前に色々と片付ける事があったのだ。まず最初は。

「申し訳ありません」

 リオンが会議室に入るなり、マーキュリーが深々と頭を下げて、謝罪してきた。だが、リオンには何の事だか分からない。

「……何か仕出かしたのか?」

「えっ? いや、違います。俺は何も問題は起こしていません」

「じゃあ、何で謝る?」

「父が……リオン様を裏切りました」

 キールたちが、リオンから離れて、魔人討伐を続けている事は既にバンドゥに伝わっていた。マーキュリーはそれを裏切りと取ったのだ。

「……裏切りは大袈裟だろ?」

「リオン様の指揮を離れて、勝手に行動するのですから、裏切りです」

「王国の命令に背くことは出来ない。俺も認めた事だ」

「しかし……」

 マーキュリーはその王国に従った事も納得出来ないのだ。王国からの独立を目指していたはずの、青の党が、王国の為に働こうとしている。打算的な所をマーキュリーは感じている。それに反発するのは、マーキュリーが若いという事だ。

「少なくとも、キールは裏切っていない。それは分かっている」

「えっ?」

「俺だってどういう経緯で今回の事態になったかくらいは、調べさせた。それぞれ考えている事は違うようだが、キールはバンドゥの為と思って決めたみたいだ。裏切りなんかじゃない」

「……そうですか」

 リオンの言葉を聞いて、マーキュリーはホッとした表情を浮かべている。自分の父親が、リオンを裏切ったとは最初からマーキュリーは思っていない。だが、マーキュリーも理由は知らされておらず、言い訳のしようががなかったのだ。だが、自分が言い訳する必要もなくリオンは理由を知っていた。とりあえずは一安心だ。

「任務が終われば領軍全てがバンドゥに戻ってくる。それを裏切りというのは大袈裟だ」

「はい」

 キールだけでなく、他の者たちも裏切りとは思っていない。他党の者たちの不安を消すために、リオンはこれを示す必要があった。だが、調べたはずの動機を話す事はない。知らせないほうが良いと思っているからだ。
 バンドゥ四党がマリアたち、本人たちにとってはアーノルド王太子、に付いた動機で、共通しているのは現実を知ったという事だ。魔人討伐においては他を寄せ付けない活躍をした彼らだが、それでも近衛騎士団、王国騎士兵団が居る王国と戦って勝つなど、夢物語だと分かった。元々、心の奥ではそう思っていたのだが、実際に見て、接することで、変えることの出来ない事実だと認めざるを得なくなった。バンドゥの独立など不可能だと。
 この事実を認めた後の考えが大きく二つに割れた。
 王国の一員としてバンドゥの地位を高める、その為には、次代の王であるアーノルド王太子の下で、功名を挙げるべきだと考えたのが、黄の党のアペロール・ケルプ、それに同調したのが赤の党のカシス・ルートだ。
 一方でキールはバンドゥの将来は、リオンに任せるべきだと考えた。次代のバンドゥをどうするかはリオンと共に考えるべきだと。それに緑の党のモヒート・グリューンも同意した。
 では、その二人が何故、アペロールやカシスと行動を共にしているかというと、リオンと共に考えるのは、次代のバンドゥを担う者たちであるべきだと考えたからだ。キールはまだしも、他の党首とリオンの距離は遠い。それが縮まる気配もない。それではリオンを領主としてバンドゥの地に根付かせる事は出来ない。現党首たちは、一歩引いて、リオンと同年代の若者たちに任せるべきだと。
 それがリオンが調べさせた四党首の考えだ。バンドゥの事を考えているという意味で、裏切りとは言えない。だが、四党首の考えが割れている事を知れば、バンドゥに残った者たちの考えも割れてしまうかもしれない。そう考えてリオンは、話すことをしないのだ。

「さて、では会議を始める」

「はっ……ん?」

 マーキュリーの目がここで初めて、リオンの後ろに控えているソルに向いた。自分の立ち位置であるはずの場所に居るソルに。

「……お前、誰だ?」

「ああ。挨拶がまだだった。自分は近衛騎士のソル・アリステスだ」

「近衛だと!?」

 ソルの自己紹介を聞いて、マーキュリーは目を剥いている。明らかに誤解していた。

「王国の近衛。俺の近衛じゃない」

 マーキュリーの勘違いを正そうと、リオンが説明した。

「あっ、そうでしたか。そうですよね。リオン様の近衛は俺の役目です」

 ホッとした様子のマーキュリー。だが、そのマーキュリーの言葉に今度はソルが反応した。

「……お前が近衛だと?」

「何だ? 文句あるのか?」

「お前、フレイ子爵に近衛として仕えるだけの能力があるのか?」

「能力だと?」

「守れるほど強いのか? 助言が出来るほど、頭が良いのか? そもそも近衛として本当に信頼されているのか?」

「……お前に言われる筋合いはない!」

 肯定出来るものが一つもない以上、マーキュリーは怒鳴るしかない。

「筋合いはある。自分も近衛騎士だ。近衛に相応しくないものが近衛を名乗るのは、納得がいかない」

「……相応しくないと決めつけるな」

「では相応しいと証明してみせろ」

「上等だ! では俺と勝負しろ! 俺の力を思い知らせてやる!」

「ああ、良いだろう! 近衛は軽々しく名乗れるものではないと、きっちりと教えてやる!」

 と何故か盛り上がってしまった二人。会議を始めたいリオンとしては、実に迷惑な話だ。

「それ、あとでやるか、勝手にやるかのどちらかにしてくれ。俺はこれから会議だから」

 熱くなっている二人とは真逆の冷めた様子で、リオンが割って入った。

「……じゃあ、後で」

 マーキュリーのこの一言で、ソルの戦いは後日に回される事になる。リオンに認められなければ、マーキュリーとしては戦う意味がないのだ。そして、ソルも自分では気づかないが、それを望んでいた。