月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #85 合流

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 パルス王国の王城よりも一層古めかしい雰囲気のこの場所は、かつてエルフの国の城だった。今その城の主はエルフではなく、異世界からやってきた人間。
 初めて見るドュンケルハイト大森林はとても美しかった。とてもこの世界で最も危険な場所と言われているとは思えない。緑豊かなその大森林はエルフの故郷、精霊が守る場所。その大森林の王としてヒューガはいる。
 城に着いてすぐに通された場所は大きな広間だった。パルス王国の国王と謁見した場所に比べれば、こぢんまりとはしているが、正面にある玉座はパルス国王が座っていたそれよりも重厚で権威を感じる。実際は古さで優るだけで、この場の雰囲気がそう感じさせているだけであろうが。
 その玉座に遅れて現れたヒューガが座った。

「よう、久しぶり。待たせたな」

「ちょっと!」

 緊張していた夏の心が一気に崩れ落ちた。

「何だよ?」

「もうちょっと何かないの? あんた王でしょ?」

 軽々しい態度。ついさっきまで感じていたのとは正反対に、とてもこれが王とは思えない。

「はあ? なんだ、それ?」

「もうちょっと権威ってものを示しなさいよ」

「それを言うなら、それが王に対する態度か? 良いんだよ、そういう形式張ったことをするほど、この国は大きくない。そんなことに気を使っている余裕はないんだよ」

 一時、カルポなどが中心になって導入しようとしていた儀礼的なものは、ヒューガの考えで廃止した。新しく来た人たちとの間に壁のようなものを造りたくないというのが一番の理由だ。
 今はそれで問題ない。形式を整えて権威付けなどしなくてもヒューガは人々が認める王なのだ。

「だったら、もっと普通の場所にしてよ」

「顔見せってなると、これくらいの広さが必要なんだよ。他にも広い会議室はあるけど、そこはまだ整備中だからな。それにここでは紹介だけだ。詳しい話は別の場所でする」

「そう。じゃあ紹介してよ」

「よし、こちらから順番に。エアルからだな」

 玉座を挟んで左右にエルフ族や人族が並んでいる。その人たちの存在も夏を緊張させていた原因だ。

「はい。私は春の軍の軍団長を務めているエアルといいます。皆様のお話は王から聞いております。よろしくお願いします」

 真っ先に名乗ったのはヒューガのすぐ左隣に立っていたエアル。

「次は僕ですね。先ほど既に名乗りましたけど改めて。秋の軍の軍団長と南の拠点の管理を任されているカルポです。よろしくお願いします」

 続いてカルポが自己紹介する。夏たちをここまで案内したのはカルポなので、名乗るのは二度目だ。

「東の拠点を任されているシエンです。よろしくお願いします」

 次はシエン。

「では私ですね。南の療養所の管理をしています。リリス族のサキといいます。よろしくお願いします」

 サキが自己紹介を聞いている夏の頭がわずかに傾く。初めて聞くリリス族とはどういう種族なのか、と思ったのだ。

「では私です。生産部門の管理を任されている権兵衛さんの副官をしています。シェリルといいます。よろしくお願いします。権兵衛さんは少し人見知りですので、私が代理でご挨拶に伺いました」

 続いてシェリル。権兵衛の代理と言っているが、彼は現場作業一筋なので実質的な管理者はシェリルだ。ということがいずれは夏たちにも分かる。

「シェリルさんはシエンさんの奥さんでもある」

「そう」

「そして、製造部門の責任者であるブロンテース。キュクロプス族だ」

(よろしく)

 頭に響く声。夏が一番気になっていた存在だ。外見は夏が知るサイクロプスそのもの。そんな存在が並んでいれば、それは気になる。
 そしてもう一人、プロンテースとは違う意味で気になる人がいる。その人は自己紹介を行わなかった。

「……もう一人、どこかで見たことがある人がいるんだけど?」

「グランさんだろ? なんだ、名前忘れたのか?」

「忘れてないわよ。なんでここにいるのか聞いてるの」

「グランさんは一時的な雇われの身だから臣下ってわけじゃない。でも人手不足だから結構色々なことをやってもらってる。関わることも多いと思って、顔見せに来てもらった」

「……そうじゃなくて大森林にいる理由よ」

 ヒューガはたまに馬鹿になる。変わっていないことを知って、夏は呆れている。嬉しくもあるが。

「ああ、そっちね。流罪。なんか策に嵌められて罪に落とされたみたいだ」

「本当なの?」

「一応、裏は取った。パルスで正式に発表されてるな。どこに流されたかは隠されていたけど」

「……策士が策にやられたのね。情けない」

「なんとでも言え。とにかく儂は今ここで働いておる。よろしくな」

 一番言われたくない言葉を夏に言われてグランは反応した。

「ええ。なんか複雑だけど」

「あと、ここにはいないけど、情報部門と商業部門の責任者がいる。会えるのは当分先だな。あと教育部門の責任者もか。まあでも、二人が城に来ることは滅多にない。会いたければ学校があるからそこに行ってくれ」

「学校まであるの?」

「ああ。でも、きちんとした教育課程なんてないぞ」

「当たり前でしょ。そこまで作ってたら驚くわ」

 それでも夏が思っていたより、ずっと形になっている。元々エルフ族の国があった場所であることは知っているが、夏のイメージではそれは人族の国のようにきちんとしていないのだ。元の世界で作られたイメージだ。

「そのうち作るけどな。こっちの紹介は終わり。そっちを頼む」

「ええ、えっとあたしからね。三枝夏、ナツと呼んで。ヒューガ……王とは同郷よ」

「お前が王って呼ぶなよ」

「これは公式の場でしょ? 言っておくけど、あたしたちはあんたに仕える為に来たの。あたしたちは臣下。それを忘れないで」

 特別扱いはされたくない。ヒューガだけでなく、すでに臣下となっている人々にも伝えたい言葉だ。

「……それが王に対する口の効き方? どう聞いても敬っているようには聞こえない」

「それはそのうち直すわよ。とにかくそういう事なの」

「なんだか変な感じ……まあどうでも良い。仲間であることに変わりはない」

「……そうね」

 意外と簡単にヒューガは受け入れた。それに夏は少し驚いている。自分で臣下だと言っておいて、実際は友達気分が抜けていないのだ。

「じゃあ、俺。高橋冬樹。フユキと呼んでくれ」

「フーだよな」「フーだな」「フーだよ」「フーなのに」「フーってば」「フーだよ」
「フーはフー」「だな」「だよな」「フーのくせに」「……フー」「俺はフーと呼ぶ」

 ようやく子供たちもいつもの調子に戻った。城に上がるなど初めてのこと。そんな機会があると想像もしていなかったので、緊張で固くなっていたのだ。

「おっ、やっと喋った。なんだよ、緊張でもしてたのか?」

「だって、ヒューガ兄が立派になってるからさ」「そうだよ、髪の色も違うし」「そうだよ」「でも恰好いい」「そうよね。やっぱヒューガ兄だわ」「ヒューガ兄、久しぶり」「ヒューガ兄、元気だったか」「ヒューガ兄、元気?」「ヒューガ兄会いたかった」「ヒューガ兄」「……カッコいい」「俺も恰好いい」

 こうなると今は公式の場、という最後に残っていた形式張ったものも吹っ飛んでしまう。

「おーい、お前等、自己紹介は?」

「おお、おいらはジャン」「フェブ」「マーチ」「エイプリルだよ」「メイ」「ジュンよ」「ジュラ」「オウガ」「セップだ」「オクト」「……ノブ」「俺はディッセだ」

「ということで、俺の義弟妹たちだ」

「……ヒューガ兄。おいらたちも臣下でいいぞ」

「ん? なんで?」

 まさかジャンの口からこんな言葉が出てくるとはヒューガは思っていなかった。

「ヒューガ兄は王だからな。王に弟妹が沢山いるってのは争いの元だ。だからおいらたちはヒューガ兄の臣下になる」

「……それ、誰に聞いた?」

 明らかにジャンの考えではない。

「ババアが言ってた」

「バーバじゃ。まったく、いい加減に人の名くらいちゃんと言わんか。そういうことじゃ。儂らは全員、ヒューガ王の臣下じゃ。そういう扱いにせい」

「そんなことを心配するような国じゃない」

「それでもじゃ。新参者の儂らが王の友達だ、弟妹だなどと言って大きな顔をしてはいかん。それはお主に迷惑をかけることになる」

 バーバも夏と同じことを考えている。それを徹底するという気持ちでは夏以上。元パルス王国貴族であったバーバは、政治の汚い部分も知っているのだ。

「……気を使わせたな」

「当然の配慮じゃ。ここに居させてもらうことを儂らはまず感謝せねばならん立場じゃからな」

「……まっ、形が変わるだけで大して違わないか。ここにいる人たちだって、普段俺に敬語を使うのは……あれ? 割とみんな使ってるな。使わないのはエアルくらいか」

「ちょっと、それ言わないで。私だって直そうとしているのよ」

「直そうとしてたのか? あれで?」

「仕方ないでしょ。ヒューガが二人きりの時は普通に話せって言うから。切り替えが難しいのよ」

「ん?」

 エアルの発言に夏が反応を示す。「二人きりの時」という言葉の意味を考えているのだ。もしかして男女の関係なのではないか。クラウディアを知る立場として、見過ごすことは出来ない。

「貴女。ヒューガ兄とはどういう関係なの?」

 だがその夏よりも早く、小姑が動いた。

「どういうって……王と臣下の関係よ」

「でも今、二人きりの時はって言ったわ。その二人きりとはどういう時間なの?」

「えっ? それ? それは……」

 子供相手に、子供でなくてもはっきりとは言いづらい。エアルは口籠もってしまう。

「……答えられないのね? ということは男女の関係ね」

 追及するジュンのほうは、そんなことは気にしない。

「男女のって……」

 ジュンの言葉にエアルは頬を赤らめている。その反応でジュンは、そして夏も確信した。

「ヒューガ兄にはディアという女がいるのよ。貴女、それを知ってるの?」

「ええ、ディアさんのことは知っているわ」

「知ってて? まあ、ふしだらな女」

 確信を得てたジュンの追及は攻撃性を強めている。

「ちょっと、ジュン!」

「いいからナツ姉は黙ってて! ヒューガ兄はディアが好きなの。貴女なんてきっと……そうよ、体だけの関係ってやつよ」
 
 さらにエアルを侮辱する言葉を口にするジュンであったが。

「……それの何が問題なの?」

「えっ?」「ええー?」

 それはエアルには侮辱にはならない。

「ヒューガが求めるのが私の体だけだとしても、私はかまわないわ。それでヒューガの役に立てるなら」

「……でも、ヒューガ兄の気持ちは」

「ヒューガの気持ちがどこを向いていてもよ。貴女は好きな男性が別の人を好きだと、もう好きじゃなくなるの? 私は無理。好きなものは好きなの。相手が振り向いてくれなくても、私は相手の為に出来ることは何でもしてあげたいと思うわ」

 もともとエアルの想いはこうなのだ。クラウディアの存在が彼女の想いを揺るがすことはない。見返りを求めることも、そもそもエアルは与えているという意識はないので、ない。

「私は……私だってそうよ! ディアなんかに負けないんだから」

「あら、貴女もヒューガのことが好きなのね? ふーん、妹って聞いていたけど、貴女はそうじゃなかったのね?」

「……今はまだ妹でも、もっと大きくなればヒューガ兄は私を見てくれるわ」

「そう。頑張ってね」

 エアルの顔に笑みが浮かぶ。きつい言葉を投げつけられた理由がヤキモチだと分かって、納得しているのだ。

「……子供だと思って馬鹿にしてるの?」

「馬鹿に? まさか。貴女は私と同じなんでしょ? ヒューガが別の人を想っていても、ヒューガが好き。私は体だけでヒューガの役に立つつもりはないわ。他のことでもヒューガの役に立てるようになろうと頑張っているつもり。だから貴女もヒューガの役に立てるように頑張って」

「……うっ、うん」

 ジュンは明らかに攻撃の意思を失っている。まさかの小姑の陥落。それに夏は少し焦りを覚えている。

「えっと、他の女の子もかしら?」

「そうよ。私もヒューガ兄のお嫁さんになるの」

 エイプリルもお嫁さん宣言を行った。少しホッとする夏。ジュンが落ちてもまだ他に小姑はいるのだ。

「そう。えっと、貴女は?」

「メイは妹で良いの」

「あらそうなの? 他の子より小さいからこれからかな? じゃあ、とりあえずはジュンとエイプリルは私の競争相手ね。メイちゃんもその気になったらいつでも言ってね?」

「なんで私とエイプリルは呼び捨てなのよ?」

 エアルが自分への態度を変えたと思って、またジュンに攻撃的な態度が生まれる。

「だって競争相手にちゃん付は失礼でしょ? 私と貴女たち二人は対等よ。だから呼び捨て」

「……そうね」

 だがそれはわずかな間。エアルの説明を聞いて、納得してしまった。

「でも忘れないでね? 競争はしていてもそれはヒューガの為。私はたとえ自分の競争相手であってもヒューガの為に頑張ってくれる人は好きよ。だから……そうね。良い競争をしましょう」

「ええ、私は貴女になんか負けないから」

「私も頑張る」

「メイもかな? 負けない」

「あら、メイちゃんも頑張るのは競うのね? じゃあメイ。そう呼ぶわ」

「うん。いいよ」

 小姑軍団、陥落。一番の壁であるはずの彼女たちを乗り越えたとなると、他の子たちにも動きは出てくる。

「それでエアルは、何でヒューガ兄の役に立ってんだよ?」

 一番に動いたのはやはりジャンだ。ヒューガの為に何をしているのか。結局、彼等が気にするのはこれなのだ。

「私は軍を率いているのよ。私自身もそうだけど、その軍も強くしようとしているわ」

「へえ、おいらたちと同じだな。でも軍ってのはないな」

「ここには二つの軍があるわ。私が率いる春の軍は騎馬隊。攻撃が主な仕事ね。カルポが率いる秋の軍は歩兵だけど守りに強い軍を目指しているわ。それぞれ得意なのがあるのでしょ?」

「キバタイって何だ?」

「ホーホー。ホーンホースっていう馬のような魔獣に乗って戦うのよ」

「……それ、かっこいいな」

 ホーンホースなど知らないジャンだが、魔獣に乗るという言葉の印象だけで惹かれた。

「あら、じゃあジャンくんは私の軍に入る?」

「ジャンで良い。でもな……見てから考える」

 さりげなく壁を一枚とっぱらったジャンだった。

「そうね。それが良いわ。あとは……」

「ジュンたちは魔法なのよ。でも攻撃のほう」

「ああ、だったらナツ殿の軍を作れば良いわ。夏の軍ね。フーユーキー殿も……」

「フーはフーよ」

 「おい?」という冬樹の抗議の声は流され、フーで確定することになる。

「えっと、ではフー殿は冬の軍を。それで季節の軍が揃うわ」

「季節の軍?」

 春夏秋冬の四つの軍。夏と冬樹が合流したことで、ヒューガの王国はさらに確たるものになる。当人である夏と冬樹は今はまだ何も知らないが。

「そう。それがこの国の軍。ヒューガ王を支える四軍よ。もっとも軍というには人数が少ないけどね」

「ねえ、だったらわざわざ四つに分けなくて良いじゃない?」

 夏は自分の軍を作ることに抵抗を感じている。軍事など分からない。そんな自分が一軍を率いられるはずがないと考えているのだ。

「それには理由があって……それは私ではなく、王から説明してもらったほうが良いですね。まだ紹介が終わってない者もいますので、その時に」

「なんだか気になるわね」

「では、もう少しだけ、季節の軍は別名属性軍でもあるわ。春は火、夏は風、秋は土、冬は水。私が説明できるのはここまでです」

「そう」

 火風土水。この世界の四属性だ。これを聞いても夏は何も分からない。冬樹に魔法は無理じゃない、なんて考えているくらいだ。この地は精霊が守る土地。それを分かっていれば、また違っただろうが。

「はあ、顔見せは台無しだな。バーバさん。他の人とは別の部屋で話をしよう。悪いけど、皆忙しい。一旦仕事に戻らせてやってくれ」

「ああ、かまわん」

「ヒューガ兄、エアルの軍を見に行っていいか?」

「エアル、予定は大丈夫か?」

「ちょうど午後の鍛錬よ」

「じゃあ、頼む。皆を連れて行ってやってくれ。あっ、夏と冬樹は残ってくれ。さっきエアルが言った通り、二人にはまだ紹介したい人がいる」

「ええ」「ああ、わかった」

 わざわざ個別に紹介しなければならない相手。エアルもなんだか思わせぶりな言い方をしていたことから、夏はまた驚くような相手なのではないかと考えている。
 ドュンケルハイト大森林は外とは別世界。到着してすぐに夏はこう感じていた。

 

◆◆◆

 ――ということで、只今、夏は驚き中。完全に言葉を失っている。
 別室に通されたところで、夏と冬樹の目の前に現れたのは透き通っているような、光輝いているような五人の、何か。魔族なのだろと夏は考えているが、これまで会った人たちとは明らかに異質な存在だ。

「紹介する。まず銀色のがルナ。俺と結んでいる精霊」

「精霊……あっ、精霊なの?」

 精霊が現実に、しかも目に見える形で存在している。何者か分かっても、やはり驚きだ。

「そう。赤いのはイフリート。結んでいる相手はエアル。黄色がゲノムス。カルポの相手。そして緑がシルフで夏の相手。もうひとりはウィンディーネで冬樹の相手」

「……私たちの相手?」

 相手と言われても夏には何のことか分からない。

「そう。この二人とそれぞれ結んでもらいたい」

「結ぶって?」

「仲良くなる。お互いを認め合うって感じかな?」

「……精霊との契約ね?」

 ヒューガの説明ではなんだか分からないが、元の世界での知識から夏は契約のこういうことだと考えた。

「まあ、そうだけど、あまり契約って意識は持ってほしくない。義務が生じるみたいだろ?」

「それは良いけど」

 義務が生じないのであれば、結ぶことで何があるのか。やはりヒューガの説明は分からないが、そうしろというなら夏は従うだけだ。

「なあ? 俺は剣のほうで手一杯だから今更、精霊魔法になんて用はないぞ」

「あたしは、どうなのかしら? 普通の魔法と精霊魔法の両方を使うことになるの? それはどうかな?」

「それくらいの考えで良い。精霊に頼るってのは間違いだから。お互いにお互いを助け合う。まあ、パートナーだな」

 精霊と結ぶことになると聞いて二人が、はしゃがなかったことにヒューガはホッとしている。この世界に来たばかりの二人であれば、もっと違う反応を示していた。それは精霊たちには好ましくないものであるので、心配していたのだ。

「……そんなんでいいのか?」

(かまいません)

「うわ? 何だ?」

 徒然、頭に響いた声に冬樹は驚いている。

「話しただけだよ」

「話せたんだ?」

「当たり前だろ? 全員普通に話せるよ。というか、いきなり声が聞こえたんだな」

 冬樹とウンディーネはまだ結んでいない。その状況で意思疎通が出来ることがヒューガは少し不思議だった。

(それはそうです。そういう関係ですから)

「でも結んでないだろ?」

(王も結ぶ前からルナの声は聞こえていましたでしょ? その時はまだルナは力ない存在ですから、わずかな声でしょうけど)

「……そういえばそうだった。じゃあ、すぐに結べそうか?」

 冬樹には、そしてまず間違いなく夏にも、適性がある。当たり前のことなのだが、精霊たちの感覚を持たないヒューガは、ウンディーネとシルフがそういうからそういうものなのだと考えていただけだった。

(受け入れてもらえれば、すぐにでも)

「だって。受け入れろ」

「ちょっと? 受け入れろってどうするのよ?」

「パートナーとして認めれば良い……あっ、やっぱり急がなくても良い。少し話をして、お互いを理解してからのほうが良いな。二人とも博識だから話していて楽しいと思う。大森林のことであれば、禁忌に触れない限り、大抵のことは教えてもらえる」

「じゃあ、そうするわ。私の相手はシルフさんよね?」

(そうよぉ~。よろしくねぇ~)

 夏もシルフと意思疎通が問題なく出来る。そういう存在なのだ。

「……力が抜けそう。こういう話し方なの?」

(まあねぇ~)

「精霊魔法って精霊の力を借りるのよね?」

(そうよぉ~)

「……慣れるのに時間がかかりそうね……でも、ヒューガはあまりそれに頼るなって言っているわ。それってどういう意味?」

(それは王の優しさなのぉ~。エルフはそう考えていなかったわぁ~。ただ精霊の力を使うだけぇ~。でもそれはぁ~。王のいうパートナーではなくてぇ~。主従の関係なのぉ~)

「なるほど。ヒューガらしいわね。あくまでも対等にって事ね。それは良いわ。でも、それだと私と結ぶことに何の意味があるの?」

(精霊のぉ~本来の役割はぁ~大森林の守りなのぉ~。その為にはぁ~)

(私が説明します。シルフの説明では時間がかかりすぎます)

 ウンディーネが会話に割り込んできた。

「……そうね。今回はお願いするわ」

(精霊は自然を守る為に存在します。エルフは本来、その精霊を助ける為に存在していたのです。それを多くのエルフは忘れていました。一方的に力を使われた精霊は大きく数を損ないました。今は王のおかげでその関係は改善されていますが。つまり)

「分かったわ。精霊も結んだ相手の力を使うのね? 自然を守る為の力として。それで、私の力を使うってどういうこと?」

(魔力を一定量もらうだけです)

「やっぱ魔力か……それであたしの魔力、枯渇しない?」

(絶対量と回復力によっては、する場合もありますね)

「それは困るわ」

 魔法の鍛錬が出来なくなる。もっとひどい状態であれば、魔法を使うこと、そのものが出来なくなるかもしれない。それでは夏は困るのだ。ヒューガの役に立つ為に、魔法を磨いてきた意味がなくなってしまう。

「困らないよ。そうやって消耗していれば、徐々に絶対量と回復力は上がっていく。前にやっていた鍛錬と同じだ。それを常時やっていることになる」

「なるほど。鍛錬として考えれば、わざわざ時間をとってやる必要がない分、良いわけだ」

「効果は少ないけどな。魔力切れを起こせば別だけど。それだけの魔力を精霊たちが一気に必要とすることは滅多にない。でもちりも積もればだ。他の事をやれる時間が出来るメリットのほうが大きいと俺は思ってる」

「なんだ、冬樹向きね?」

 冬樹の鍛錬は剣一筋だ。魔法の鍛錬に時間をとっていない。だがこれであれば、魔法の能力は上がらないが魔力の絶対量は増やせる。それは剣一筋であったとしても良いことだ。

「……そうだな。でも俺だとずっと魔力切れが続くような気がする」

「そうだとしても、死なないから平気だ」

「……お前、相変わらず無茶言うな?」

 冬樹の最初の師匠、コーチやトレーナーという表現が関係としてはあっているが、はヒューガだ。その時も、割と無茶を言われていた記憶が冬樹にはある。

「俺も何度か経験した。一週間気を失ってたこともあるな。でもそれくらいだと逆に効果は大きい。なんたって、ずっと魔力切れだからな」

「もう良い。俺にとっては魔力の絶対量が増えるのはありがたい。結ぶことになんの問題もない。それにヒューガが紹介する相手だ。信頼できる相手なんだろ?」

「私もかな。結んだあとのことは、ゆっくり考えれば良いか」

「もう良いのか?」

「ああ」「私も」

「じゃあ、始めよう。とりあえずお休み。一週間後に会おう」

「えっ!?」「ちょっと!?」

 体から魔力がごっそりと抜ける感覚が二人を襲う。魔法の鍛錬を続けてきた夏にとっても、ここまでの感覚は初めてのこと。今、二人が経験しているこれは完全な魔力切れ。鍛錬時に、ただ体がだるくなるのとは大違いだ。

(ヒューガの奴……目を覚ましたら……覚えてろ……)

 これが二人の最後の意識。周囲が漆黒に染まり、二人は気を失った。