会議室にイーストエンド侯爵家の主だった者たちが集まっている。定期的に開催されている全体会議の為であるが、今日の主要議題はいつもとは違う。
同時に現れた盗賊手段のこと、そして忽然と消えてしまったヒューガの仲間たちに関する調査報告がメインだ。
「盗賊の掃討については問題なく完了いたしました」
盗賊討伐を途中から任された領地軍の軍団長が説明を始めた。
「うむ。盗賊が一度に現れた理由についても説明してくれ」
イーストエンド侯爵はすでに報告を受けている。それをこの場でもう一度説明させるのは、全員に情報を共有させようと考えているからだ。
「はい。当地に現れた盗賊たちは元々東方連盟内で活動していた者たちです。それが当地に現れた理由は、東方連盟内で盗賊団に対する一斉摘発が行われた為です」
「追われてきたということかい?」
チャールズはこの件について話を聞くのは始めて。イーストエンド侯爵への報告の場に同席出来なかったのだ。
「いえ、そうではありません。摘発というのは正しくないですね。正確には取引があったようです。取引内容はどこか別の場所へ移動するというものです」
「なんと!?」「ふむ」「盗賊なんかと!」
盗賊との取引という言葉に参加者たちが反応する。そんな反応が出るのを分かっていたのか、軍団長は一旦話を止めた。
「静かに! 話を続けて」
「はい。盗賊団と取引したのはマンセルおよびミネルバ、マーセナリーである事が確認されております。名目は戦争が始まる中で盗賊の相手をしている余裕はない。命を助けるから他の者も誘って別の場所へ行けです。別の場所といっても、その三国にそう言われては盗賊団の行き場所は西しかありません」
「三国の目的はなんだい?」
「捕えた中から主だった者を選んで訊問していますが、まだ分かっておりません。多くが、ただ取引に応じただけだと語っております」
厳しい尋問を行っている中で、このような証言しか出てきていない。捕まった者たちは裏の事情を知らない、ただの盗賊なのだ。
「盗賊ではない者が混じっていた件については?」
「それも分かっておりません。いくつかの集団が一緒になっていますので、知らない顔があっても何とも思わなかったと言っております」
「それに該当するような者は捕えていないのかい?」
盗賊から情報を聞きだそうとしても成果はあがらない。そうであれば裏事情を知っているであろう相手から聞くしかない。
「今のところは確認出来ておりません。ご指示があった通り、武器等で怪しい者を探しております。しかし、確認された者は全て戦いの中で命を落としております」
イーストエンド侯爵家にとって残念なことに、そういう人物は捕らえられていない。捕らえられるような事態は、絶対に避けなければならない者たちだ。命を惜しんで降伏する盗賊とは違う。
「確認されたのは何人かな?」
「実際にこちらで確認できたのは四人ほどです。ただ実数は二十人はいたように思われます」
「それはどこからの情報?」
「クラウ様のパーティーからです。ただその怪しいとされる者たちの武器は……」
「持っていかれてしまったんだね?」
チャールズの顔に苦笑いが浮かぶ。
「はい。恐らくは」
持っていったのは子供たちだ。証拠はないが、彼らの戦い直後の行動がそれを示している。
上等な武器を持っていた。そう報告されたはずであるのに、実際に残っていたのは何処にでもある量産品だった。他の人たちに気付かれないように、こっそりとすり替えられたのだ。どちらが盗賊か分からない。
「それは今更だね。となると全く分からないってことかな?」
「続きは私から」
発言の許可を求めてきたのはイーストエンド侯爵家の諜報組織を束ねる者。彼が会議の場に出てくるのは珍しいこと。それだけ重要な情報を間者が掴んだのだ。
「話せ」
「はっ。盗賊に紛れていたのは傭兵。元の活動拠点はマンセル、ミネルバ」
イーストエンド侯爵の許可を得て、諜報組織の長は話を始めた。
「やはり傭兵王か……」
「その証拠はつかめておりません。逃げるところを捕えた者は全体を知りませんでした。リーダー格の者がいたようですが、その者は既に死んでおります。ただ命令の内容は聞き出せました。討伐にきた傭兵を殺せです」
「……傭兵が傭兵を殺す?」
チャールズには理解出来ない命令。傭兵を殺されても、イーストエンド侯爵家そのものにはダメージはない。当然、パルス王国もだ。
「傭兵がいたと思われるのは小規模の盗賊団の中だけ。百人規模の盗賊団の中にはいません。その小規模集団も本来はもっと分散する予定だったようです」
「それはどういう意味だい?」
「私は情報を集めるだけです」
それを基に結論を出すのは主人の仕事。無責任にも聞こえる男の言葉を、チャールズはこう理解した。
「ふむ。私の推論を話そう。といってもほとんど情報通りだ。彼らの目的は当地の傭兵を可能な限り殺すこと。では何故そんな真似をするのか? 入れ替わろうとしていたのではないかな?」
男の言葉通り、主であるイーストエンド侯爵が自分の考えを説明してきた。
「入れ替わりですか?」
「元々いた傭兵を減らし、何者かの息のかかった傭兵に入れ替わらせようとしたのではないかと考えている。だから本当はもっと分散して、ギルドの依頼レベルに小規模にしようとしていたのではないかな。ところがこちらが最初からまとまった数を投入したので、急遽作戦を変えた。当初三十人と言われていた盗賊集団がまとまっていたのはそのせいだと考える」
ギルドへの依頼は三十人規模の盗賊集団五つの討伐。だがクラウディアたちが遭遇した盗賊集団は百人近い人数がいた。近くにいた三集団が集まったのだろうということは分かっており、最初からそういった事態を想定して近くにアジトを構えていたのだと考えられていたが、イーストエンド侯爵はそうではないと判断した。
「何故入れ替えようとしたのかまで細かく説明する必要はないな。いざという時の裏切り者を作る為しか考えられない。やり方としてはまさしく傭兵王のやり方だ。証拠などなくとも、今回の件に傭兵王が絡んでいるのは間違いない」
「今の段階で……」
「時間をかけるつもりだったのだろう。傭兵が一気に減ったからといって、そこに新しい傭兵がいきなり大勢現れては目立ちすぎる。そもそも傭兵が一気に減ることも望ましくない。関係ない傭兵が集まってしまうだけだからな。時間をかけて、徐々に入れ替えていく予定だったのだ」
「そうですね。しかしギルド内に裏切り者を置こうなんて、ふざけた考えですね?」
傭兵ギルドは絶対中立。その傭兵ギルドを戦争に利用しようなんて考えはかなり大それたことだとチャールズは思う。
「普通だ。傭兵ギルドは中立となっているが、それはギルドの組織のことであって、個々の傭兵がどうだかなんて分かったものではない。傭兵を使うくらいのことはパルスだってやっている」
「そうですか……」
傭兵ギルドの中立も建前。自分にはまだまだ分かっていないことが多すぎると、チャールズは少し落ち込んでしまう。
「とにかく、大きな企みは失敗した。だが問題は残っている。その対応を急がねばならない。まずはギルド内にいる傭兵王の息のかかった者の洗い出し。消すか泳がせるかは、どの程度の情報を知っているかで判断しよう」
「企みは失敗したのでは?」
「……何故まとまった数の傭兵が討伐に赴くことを盗賊が知っていたのだ? それを伝えた者がいたからだ。つまり、裏切り者は既にいる。これくらいすぐに気付け」
「すみません」
「もうひとつは盗賊の侵入経路だ。東方連盟側から当地へ、こちらに気づかれないで侵入出来る経路があるはずだ。それを至急見つけ出さねばならん。あの数の盗賊が通れたのだ、軍だって移動出来る可能性があるからな。軍を出動させてかまわん。急ぎ国境近辺を調べろ」
「はっ!」
この残処理を疎かにすると、また別の策略の実行を相手に許してしまう。それをイーストエンド侯爵は理解している。決して手を抜くことは許さない。
「残る問題は……見つかったか?」
「いえ、まだです。動き出しが少々遅すぎました」
イーストエンド侯爵の問いに応えたのは諜報組織の長。夏たちのことだ。
「まったく手がかりなしか?」
「動いている者たちの素性は見えてきました」
諜報組織が全力で動いて、何も掴めないでは立場がない。といっても長自身は少しも満足していない。目的は一つも果たせていないのだ。
「ほう。何者だ?」
「リバティー王国の残党ではないかと」
「リバティー王国……となると傭兵王との繋がりはなしか」
リバティー王国は傭兵王に滅ぼされた国。協力することはないとイーストエンド侯爵は考えた。
「その点での断言は出来ません。リバティー王国の旧臣は、ほんのわずかですが傭兵王に仕えております」
「その伝手があるか……やはり証拠が欲しいな。踏み込んで調べろ」
「…………」
イーストエンド侯爵の命令に対して、長は沈黙で応えた。
「どうした?」
「……どこまでの許可をいただけますか?」
「この際だ。手荒な真似をしてもかまわん」
これまでは強硬手段は控えてきた。それが成果をあげられない原因だとイーストエンド侯爵は考えているのだ。
「いえ、そうではなく、どの程度の人員の投入が許されるかです」
「……どの程度が必要なのだ?」
必要人員は長が判断すること。それを尋ねてくる長の意図を、イーストエンド侯爵は測りかねた。
「まだ全容を掴めておりません。最悪、全間者を投入することになるかもしれません」
「なんだと? そこまでの力があるというのか?」
「元々リバティー王国の間者の数はパルス一国のそれに相当します。ただ、どこまでの間者が流れたかは分かっておりませんので、最悪は、という言い方をさせて頂きました」
「そういうことか……驚かすな」
イーストエンド侯爵はホッとした表情を見せている。リバティー王国に仕えていた間者全員がヒューガの下で働いているはずがない。長の言う「最悪」はないと考えているのだ。
「最悪に備えて、よろしいですか?」
「ああ」
「では」
「いや、待て。備えるとは具体的に何を指している?」
わざわざ念押ししてきた長。そのような態度を見せたことはこれまでなかった。何かあるのだとイーストエンド侯爵は気が付いた。
「全員に臨戦態勢をとらせます」
「「「なっ!?」」」
参加者の多くが驚きの声をあげた。まったく想定していない言葉だったのだ。
「……何故そうなる?」
「侯爵様は強硬手段を許されましたが、こちらがそれを行えば相手も反撃してきます。当然の備えだと思いますが?」
「確かにそうだが……そこまでのことが出来る組織だと思っているのか?」
反撃はしてくるだろう。だがその反撃は容易に押さえ込める程度のものだとイーストエンド侯爵は考えていた。
「その件については既に報告しております。侯爵様は奴隷商人の襲撃を甘く見られているのではないでしょうか?」
「なんだと!?」
イーストエンド侯爵の顔に怒気が浮かんだ。家臣からこのような無礼な言われ方をされることなどない。周囲の人たちも、間者のまとめ役風情が何を言っているのかという顔をしている。
「父上。最後まで話を聞いたほうが……」
一人、チャールズは冷静に長がそんな言い方をする意味を考えた。無礼を咎められるのを覚悟で何を言おうとしているのかと。
「……続けろ」
「では。あの襲撃事件は起こった場所、時期を考えれば同時に百人は動いております」
「そこまでの数になるか……」
「襲撃の実行犯だけが全てではありません。情報を入手する役目の者も、奴隷だったエルフを保護する者もいたはずです。そして全ての事件が表に現れているわけではありません。貴族への襲撃も行われておりました。それには、奴隷商人を襲うよりも多くの手練れが参加していたはずです」
詳しい説明はイーストエンド侯爵ではなく、他の参加者に向けたもの。確認出来ている襲撃者の数が全てではないことくらいはイーストエンド侯爵には分かる。ただ、長の考えている数は想定以上だった。
「でも、かなりの人数が死んだり捕まったりしたのでは?」
総数はそうであったとしても多くの者が捕まったり、殺されたりしている。今現在の数はそれほどでもないのではないかとチャールズは考えた。
「あれはわざとであると結論付けられたはずです。そして百人近くが始末された。つまりそれだけの手勢を失っても問題ないということです」
「何倍もの人数が残っていると?」
「それはどうでしょう? かなり苛烈なやり方です。必要なのは人数ではなく信頼できる手練れ。そう考えたのではないかと私は考えております。数よりも質を選んだとすれば、残っている者たちは相当な手練れとなります。それを示すように、これまでこちらの手の者は良いようにあしらわれております。それでいてどちらも被害はない。その意味をもう一度お考えください」
「……殺さなくても済むだけの力を持っているということか」
「はい」
強硬手段を避けていたのは相手も同じ。イーストエンド侯爵は相手を過小評価しすぎだと長は言いたいのだ。
「お前の言っていることは、自分の組織の恥を晒しているのと同じだと思わんのか?」
だがイーストエンド侯爵は自分の非を認めなかった。諜報組織の問題として、長を責めようとしている。
「恥などという考えは私にはありません。冷静に判断しているつもりです」
「同じことだ。つまりお前は、任務を果たすことは出来ないと言っているのだな?」
「いえ。やれと命じられれば行います。それが間者としての務めです」
「ではやれるのか?」
「恐らくは今がぎりぎりでしょう。放っておけば人数も増えるかもしれません。質もさらに高まるかもしれません。そうなれば、私は任務を果たす為ではなく、ただ死ぬために赴くことになるでしょう」
「「「「…………」」」」
イーストエンド侯爵家の諜報組織はパルス王国内ではかなり優秀な組織だ。数はともかく質であればパルス王国のそれと互角かそれ以上だと考えられている。その諜報組織を率いる者がここまでの覚悟をしなければならない。それがどういうことか、ようやく周りも理解し始めた。
「ご決断を。いえ、もうひとつ情報が残っております。お伝えできるものは全てお伝えしてから今回の任務に赴くべきでした」
「……それは何だ?」
「ヒューガという人物について私なりに考えてみました。彼は敵と味方がはっきりしているのではなく、味方とそれ以外がはっきりしているのではないでしょうか? それ以外は敵対すれば敵、そうでなければ無関心。そういう考えを持つ人物であると考えます」
「……そう思う根拠は何だ?」
「貴族の犠牲者が少ないことです。彼はエルフを救出するだけで、基本、所有していた貴族には手を出しておりません。全てを把握しているわけではありませんが、助かった者とそうでない者の差は彼らに刃を向けたか否かです」
「それだけか?」
「貴族の為人などはまったく関係ありません。それにエルフの奴隷がいなければ、何もすることなく引き上げたという報告もあります。そこに人族の性奴隷がいたというのに。少なくとも、彼が純粋な正義でないことは分かります」
「……そんなことは分かっている」
盗賊討伐任務の中で見せられた子供たちの裏の顔について、イーストエンド侯爵は報告を受けている。クラウディアと夏の会話の内容も、側で聞いていた騎士によって伝えられている。
イーストエンド侯爵はそれを聞いて、恐れではなく嫌悪感を覚えた。今回、強硬手段を許可するのにも、それは少なからず影響しているのだ。
「それでも彼に敵対するのですか?」
「敵対?」
「侯爵様のご命令はそういうことです。侯爵様は彼が泣き寝入りするとでもお考えですか? 彼はそんな人物ではありません。こちらが攻撃すれば必ず反撃してきます。すぐには無理だと思えば、出来る時を待ってでも。彼に敵と認定されれば、先に息の根を止めない限り、狙われ続けることになります。これが全間者に臨戦態勢をとらせる理由です。機会は一度きり。そこで彼の命を奪う、もしくは二度と再起出来ないようにしなければなりません」
「……彼が傭兵王と繋がりを持っていれば、いずれ敵対する」
そこまでのことは考えていなかった、と素直に言えないイーストエンド侯爵だった。
多くの参加者がいる全体会議でこの話題を持ち出したことが間違いだ。ただ長としては、イーストエンド侯爵だけでなく参加者全員に正しい認識を持ってもらいたいという思いがあるので、この機会に話せたことは良かったのだが。
「その可能性は低いです。何故なら傭兵王が彼にとって味方になる理由がないからです。彼は利では動きません。彼が動くのは害によってです」
利ではなく害によって動く。ヒューガを評するに良い表現だ。チャールズはそう思った。その言葉と彼の中のヒューガのイメージが上手く重なったからだ。
「つまりお前は手を出すなと言うのだな?」
「それを判断するのはあくまでも侯爵様です」
「お前の話は手を出すなと言っているのと同じだ。イーストエンド侯爵家に、爵位も領地も持たぬひとりの男を恐れろと?」
これは強弁だ。長が警戒しているのはヒューガ個人はなく、彼が動かす組織だ。もちろん、それを造ったヒューガ個人も恐れているが。
「爵位も領地も持っている可能性はあります」
「仮にあったとしても、そんなものは自称に過ぎん」
「力なければそうでしょう。ですが、認めなければいけないほどの力を彼が持っているとすれば、いかがなさいますか?」
「大森林の全てを統べたとでも言うつもりか?」
イーストエンド侯爵にこの考えはない。だから長の恐れが理解出来ないのだ。
「そう考えなければドワーフ族の説明がつきません。ドワーフとエルフはどちらかと言えば仲が悪い。そのドワーフが、何故エルフが治める地に立ち入ることが許されるのでしょう? 誰の権限を持ってして、それが許されたのでしょう?」
「…………」
エルフでないとすれば、それはヒューガしかいない。長もこう考えて、ヒューガの持つ力を測っているのだ。かつてほどの規模ではないにしても、エルフの王国が復活している可能性を。
「彼は純粋な武力という観点でも、もっと力を持ちます。彼の仲間である子供たちの実力は確認致しました。あの子供たちを鍛え上げたであろうギゼン・レットー殿も大森林に向かった。彼が大森林にいる者どもを同じように鍛え上げたら……認識を変えて頂きたい。彼はこちらの都合で利用できる人間ではありません」
「対等な相手として対応を考えろというのか?」
「…………」
長はそう言っている。それをあえて問いにするイーストエンド侯爵は、受け入れるつもりがないのだ。
「最後の最後で口をつぐむか……盗賊討伐依頼に参加した仲間というのは、そこまでの者だったのか?」
残忍な戦い方をした。イーストエンド侯爵はそんな認識しか持っていなかった。子供たちの裏の顔に対する印象が強すぎたのだ。
「……それは私が。あくまでも部下からの報告ですが、彼らの戦い方はとても子供とは思えないようなものだったということです」
「それは聞いている。もっと具体的な話はないのか?」
「説明致します。まずは魔法からです。最初の一撃は森の中でこちらを待ち伏せしていた盗賊のうち、二十名ほどを倒しました」
「ふむ」
驚くほどの数字ではない。大規模魔法をまとまっている敵に使えば、それくらいは一度に倒せる。これは軍団長の説明が足りない。
「……盗賊の存在をこちらが確認していない状態でです。魔法を使ったのは一人の女の子。その女の子はクラウ様と同じ場所におりました。森の中の様子は見えていないはずです」
それに気付いて軍団長は捕捉した。
「……見えていないのに魔法を放ったのか?」
「そのはずです」
これは間違った情報だ。見えていた。目で見ていないだけで、魔法で敵の所在を確認した上で魔法を放っている。ただエイプリルとジュンの魔法に関する夏の説明が、この世界の人にはまったく意味不明なので、正しい情報が伝わらなかった。
「無茶をするものだ。それで?」
「三人の子供が森の中に入っていきました。彼等はまるでどこに敵がいるのか分かっているかのように、敵に向かって行ったと聞いております」
「探知魔法が使えるのだな?」
「恐らくは。ただ傭兵たちも探知魔法は使っていたのです。盗賊側はそれを欺いた。隠ぺい系の魔法を使っていたのだと思います」
「……子供たちの魔法は傭兵や盗賊よりも上だったと」
ようやく少しだけ子供たちの実力が認識された。といってもまだまだ正しい認識ではない。
「そうとしか考えられません。あとは斬り合いです。急所を狙って敵を倒していったそうです。全身を血まみれにしながら。ああ、魔法も飛んできたといっていました。どこから来ていたのか見えなかったが、最初に魔法を放った女の子たちでしょう」
「ふむ」
この辺りはイーストエンド侯爵を驚かせる内容ではない。新しい情報ではないのだ。
「ちなみに同時に飛んできた魔法は十や二十ではないそうです。ですが魔法を使っていたと思われる女の子たちはクラウ様を入れても五人です。数が合いません」
「それは分かっている」
軍団長は新たな情報を披露したのだが、イーストエンド侯爵を驚かせることは出来なかった。
「そうなのですか?」
「クラウも同時に十くらいの魔法は飛ばせる。それを行ったのだろう」
クラウディアも一人で多くの魔法を放つ。子供たちの魔法のベースは、ヒューガがクラウディアから教わったものだ。同じことが出来て当然。
「同時に十? 上級魔法ということですか?」
「クラウの魔法に初級も上級もない。込める魔力の量が威力だ。数は制御力に依存するらしい」
「そんな魔法が?」
「隠していてすまなかった。ちょっと特殊なのでな。表沙汰にしていなかった」
魔族が使う魔法だ。あまり大っぴらに使うものではない。と考えるのはイーストエンド侯爵やクラウディア本人。子供たちは元が何者の魔法であろうと気にしない。
「そうですか」
「だがもう隠しておけない。クラウの魔法をわが軍の魔法士にも取得させろ」
「父上!」
思わず声をあげたチャールズ。イーストエンド侯爵が自軍の魔法士を強化しようとする意味を、彼は正確に捉えている。
「相手が強くなるのであれば、こちらはもっと強くなれば良い。パルスの軍は大陸最強。その中でもイーストエンド侯爵は最強でなければならん。魔法士だけではない。軍全体をもう一度鍛え上げろ!」
「「「はっ!」」」
「ヒューガの仲間たちは追わなくても良い。今回はお前の望む通りにしてやる。その代わり、大森林周辺の監視を強化しろ。少しの動きも見逃すなよ」
「承知しました」
「会議は以上だ。解散」
「「「はっ!」」」
会議の終了を宣言して、イーストエンド侯爵は席を立つ。重臣たちもそれに続いて会議室を出て行った。ただ一人を除いて。
その人は目をつむったまま、身じろぎもしない。
「皆、出て行ったよ」
もう一人、会議室に残ったチャールズがその人、諜報組織の長に声をかけた。
「私のことはお構いなく。少し気持ちを落ち着かせているだけです。間者にあるまじき行動でした」
「何故? 理由があるのだよね?」
あえてそれを行う理由があった。会議の時からチャールズが考えていたことだ。
「当家の嫡男であるチャールズ様にお話し出来る内容では……いえ、逆にお話しするべきかもしれません」
「ここで聞いたことは決して父上には言わない。約束しょう」
イーストエンド侯爵に話せる内容ではない。そうでなければ会議の場で話しているはずだ。
「御心遣いに感謝します……ヒューガという人物です。全容は見えませんが、細かな情報を集めていて思ったことがあります」
「どのようなことかな?」
「とんでもない人物ではないかと……」
「それは僕も思っているよ。彼は常に僕の想像の上を行っている」
ヒューガが特別な人物であることはチャールズも分かっている。会ったことはなくても、彼が行ったことを知れば、そう思う。
「彼の人物像をずっと考えていました。相手を知るというのは間者にとって何よりも大切な事ですので」
「会議の時に言っていたね。理ではなく害で動く。この表現は僕にはしっくりきた。他にもあるのかな?」
「傭兵王のように狡猾で、レンベルク皇帝のように核たる信念があり、ドワーフ王のように強い仲間意識を持ち、パルス王のような強い意志を持った人物。パルス王については若かりし頃という条件付きですが」
「凄いな。全員が王だ」
これ以上ないと思えるほどの高い評価。ここまでとはチャールズも思っていなかった。
「分かり易い人物をあげましたので、過剰な評価となったかもしれません。ただ、彼はリバティーの間者を蘇らせました。これは凄いことです。彼等は亡国以前より仕える主に、自分たちの任務に失望しておりました。間者としては腐っていたのです。そんな彼等を命の保証のない任務に就かせ、そして彼らはそれをほぼ成し遂げた。よほど仕えるに足る主なのでしょう。間者にとって……」
長の熱い思いが伝わってくる。そうであるのに、それを語る長の顔は寂しそうだ。何故、そんな表情を見せるのか。間者にとって仕えるに足る主とはどういう人物なのかがチャールズは気になった。
「間者にとっての仕えるに足る主ってのはどういうものなのだろう? 僕は未熟だから、それを理解出来ていない。良ければ教えてもらえないか?」
「一番は情報を大切にしてくれる方です。情報というのは我等が命を危険にさらして手に入れたもの。それを疎かにされるのは我等の命を疎かにされているのと同じです」
「そうだね」
「そして我等に命を捨てさせてくれる方」
「えっ?」
命を疎かにしない主を求めると言った長が、命を捨てさせてくる主という正反対のことを言ってきた。
「矛盾しているように聞こえますか? 我等は命を惜しむものではありません。主の命には始めから命を捨てて任務を行います。それでもやはり我等も人。無駄死には嫌です。命を捨てるに足る任務であって欲しいと望みます。自分の死が活かされる。そう思わせてくれる任務を与える方であって欲しいと思います」
「ヒューガ殿はそういう主だと思った?」
長の説明を聞いてチャールズは理解した。次はヒューガのどういう点が長の言う良い主なのかを知りたくなる。
「チャールズ様は会ったこともないエルフの為に命を捨てられますか?」
「……そうだね。ヒューガ殿は彼らにそれをさせたんだね」
ヒューガは人族である間者たちに、会ったこともない、しかも他種族の為に命を捨てる覚悟をさせた。どうやってかは分からない。方法なんて関係ない。それをさせたという事実が、間者にとって優れた主だということを証明している。
「イーストエンド家はどうすれば良いと思う? ヒューガ殿に対して」
「それは私の領分ではありません」
「そうかもしれないけど、意見も情報のひとつ。それを活かすかどうかが主の領分でしょ?」
「……チャールズ様も中々臣下の使い方がお上手だ。そうですね。少なくとも実力の全容が見えない間は、絶対に敵対しないことです」
相手の実力が分からない状態で戦いを挑むのは愚かなことだ。その当たり前のことを、何故かヒューガ相手だと、イーストエンド侯爵家の人々は忘れてしまう。
「それは分かる。でも味方になるには?」
「……難しい質問です。これはまったくの私見ですが、素直に助けてと言えば良いのではないでしょうか?」
「はい?」
「困っている相手であれば、彼は懐に入れる可能性があります。そして一度懐に入れてしまえば、彼が裏切ることはない。こちらが裏切らない限り。ただ、あくまでも可能性であって必ず上手く行くものではありません」
「……それは父上には無理だな。父上がヒューガ殿に助けを求めるとは思えない」
イーストエンド侯爵はヒューガを対等な相手として認めようとしない。そんな彼が助けを求めるなど、絶対にあり得ないことだ。
「はい。ただパルス、そしてイーストエンド侯爵が常に強者のままであるとはお考えにならないほうがよろしい。今の大陸の情勢はそれほど先の見えない状況です」
「そんなに酷い?」
いざ話をさせると長はチャールズが驚くことばかりを言ってくる。本人もそれが分かっているので会議中は意見を控えているのかと思うほどだ。
「いくつもの思惑が同時に動いております。それぞれが絡み合った時にどう転ぶかが予測できません。その中で彼はジョーカーです」
「ジョーカー?」
「どの思惑からも外れています。それでいて、どれにも絡む可能性がある。勇者とは同じ世界の人間ですが敵味方は定かではありません。パルスとの関わりはクラウ様が絡めば良好、エルフが絡めば悪くなるでしょう。傭兵王とはリバティーの件で敵対する可能性があります。ドワーフとも何らかの繋がりがあるでしょうし、魔族ともありそうです。そして未確認ですが、ユーロンでもある人物と接触した可能性があります」
「動きがある所は全部か。そしてどう絡むかも分からない。確かにジョーカーだね」
「ただ一番高い可能性はどこにも絡まないです」
「……そうだね」
ヒューガは理ではなく害で動く。この長の評価通りであれば、ドュンケルハイト大森林にいる限り、ヒューガに動く理由は生まれない。独立独歩。それが一番可能性が高い。かつてのエルフの国もそうだったのだ。
「どこにも利害が発生しない彼であれば、イーストエンド侯爵家としては困った時に頼る先の候補程度に考えておけば良いのです。但し、何らかの事情で彼が敵に回る可能性は事前に潰す必要があります。監視するべきは彼ではなく、彼に接触しようとする者です」
「同じ監視を強化するにしても出てくる者ではなく、入った者を見ろということだね?」
「はい」
「じゃあ、それで頼むよ」
「……よろしいのですか?」
「父上の命令は大森林の周辺で少しの動きも見逃すな。ヒューガ殿たちを監視しろとは言っていない」
「……承知しました。では早速、任務に入ります」
諜報組織の長との話し合いはこれで終わったが、チャールズにはもうひとつ聞いてみたいことがあった。長の話を聞いて感じていたこと。リバティー王国残党の間者が羨ましいのではないか、という問いだ。だがこれはチャールズの立場では聞けない。長の忠誠を疑うことになるからだ。それに聞かなくても答えは分かっている。
ヒューガには他家に仕える人まで引きつける魅力がある。大きな人物だとチャールズは思う。新たな情報が入るたびにその大きさを彼は感じている。
それは預言の王としての大きさなのか。そうだとすればその王は誰の為の王になるのか。