月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第12話 年齢詐称?

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 第七七四特務部隊の臨時会議。定例会議では見ない顔まで揃っている。前回任務の内容はこれまでの考えを大きく変えてしまうもの。その異常事態に関係部署の責任者が全て集められているのだ。今、報告に立っているのは公安調査局。

「鬼が組織を形成しているという噂は以前からありました。今回それが事実であると分かったということです」

「それだけでは何も分からない。これまでの調査結果を報告しろ」

 あっさりと報告を終わらせようとする公安調査局長に文句を言ってきたのは国防軍情報部長。情報機関という点では同じであるが、そうであるからこそ仲は悪い。お互いに自分たちの握った情報を秘匿し合っている関係だ。実際に文句を言っている国防軍情報部長も鬼の組織に関する情報を別に持っており、それを隠している。

「……構成員の人数不明。リーダー不明。拠点不明。分かっているのは鬼とひとくくりに呼んでいるが全く別物だということだ」

「そんなことは今回の戦闘報告を見れば分かる。他にないのか?」

 監視システム、そして自家発電装置の破壊という計画的な行動。そもそも普通に会話をしたという時点でこれまでの鬼とは違う。

「それは私ではなく教授に聞くべきだ。鬼についてはあまりにも情報管理が厳しすぎる」

 鬼という存在についての情報は超機密事項。公安調査局長でさえ情報にアクセス出来ないという異常さだ。そんな中で鬼について語れる者がいるとすれば、それは精霊エネルギー研究の第一人者であり、その能力を買われて精霊科学研究所の所長となった斑尾(まだらお)教授しかいない。

「鬼であっても元は人。知能はある。その程度に差があるだけだ」

 その斑尾所長が鬼について説明してきたが、その内容は薄っぺらなものだ。

「組織を形成するという点については?」

 それだけで終わらせないようにと国防軍情報部長が質問をする。

「それも同じ。人と同様の社会性を持っているだけのこと」

「社会性では良く分かりませんな。彼らはどのようにして仲間を見つけているのですかな?」

 組織を作るには当たり前であるが仲間を集めなければならない。だが鬼の場合、それは簡単ではないはずなのだ。

「……それは実に興味深い点だ。是非調査をして結果を教えてもらいたい」

「そういう問題ではない。探知システムにひっかからない鬼がいるのではないかと言っているのだ」

 鬼が出現すればそれは探知システムによって見つけられ、すぐに討伐部隊が動く。それをどうやって逃れて組織に合流しているのか。これは討伐を行う軍としては大問題だ。

「探知システムに欠陥があるとでも言いたいのか?」

「そう思われたくなければ今の質問に答えてもらおう」

 斑尾教授が会議の場に出てくることは滅多にない。この機会に聞き出せることを全て聞いてしまおうと情報部長は考えている。

「……欠陥ではない。感度を上げすぎれば誤検知も出てくる。そうなれば困るのは軍ではないのか?」

「鬼を逃がすよりはマシだ。斑尾教授も分かっているはずだ。鬼が組織的に攻撃を仕掛けてくることがどれだけ脅威かを」

 特務部隊の出動体制は一体の鬼を討伐することを前提にしている。前提というのは建前でそれだけの力しかないが実際のところだ。その状態で複数の、それも戦術を持った鬼の襲撃が頻発するような事態になればどうなるか。

「一般兵士の出動数を増やせばいい。鬼と戦う為の武器は用意されている」

「対鬼戦用兵器の供給量は少なすぎて戦力にならない」

「それについては何とかしよう。数さえ揃えば問題ないはずだ。実際に前回鬼を倒したのは研究所が開発したスピリット兵器だからな」

「……それは間違いないのですか?」

「もちろんだ。量産体制はかなり整ってきている。それに新兵器の開発も順調だ。これが出来上がればもう鬼は脅威ではない」

「ふむ……それは朗報だな」

 情報は引き出せなかったが、対鬼戦用兵器の供給量の増加の約束はとりつけた。それで情報部長は満足することにした。もともと情報部長は若い第七七四特務部隊員に頼る今のあり方を良しとしていない。通常兵士で対応出来る体制が出来るのは喜ばしいことだ。

「そういえば前回の戦いで鬼を倒した隊員はスピリット兵器を驚くほど使いこなしたそうだな」

 さりげなく聞いているが斑尾教授が会議に出てきたのは、この報告を聞く為だ。尊のスピリット兵器の使い方は開発者である彼でさえ驚くものだったのだ。

「本人はたまたまだと言っている」

「たまたまだと?」

「適当に狙ったら当たっただけだと」

「まさかそれを信じたのか?」

「信じてはいないが、嘘であるという証拠もない。全てのシステムが停止状態で記録が何もないのだ」

「目撃者がいるはずだ。そいつらは何と言っている?」

「……まるでそれ自体が意思を持つ本物の精霊のようだったと」

 本物の精霊など精霊宿しである特務部隊の陸士たちでも見たことはないはず。そう思えるくらいに複雑な動きをしていたということだ。

「……ふむ……実に興味深い。是非とも研究対象とするべきではないかな?」

「それは是非。兵器が良くなるのはこちらとしても有り難い」

「ではその彼を研究所に送ってもらおう」

「研究するのは兵器であって彼ではない。違いますか? それとも斑尾教授は彼には他の人にない特別な力があると思っているのですか?」

 情報部長は今度は尊の情報を引き出そうとしている。尊が何者であるか。これも情報部には知らされていない。それが不満なのだ。

「……特別かどうかは分からないが、彼には他の兵士が出来ないことが出来た。それを研究しようと思うのは当たり前ではないかな?」

 情報部長の求める答えを斑尾教授は口にしなかった。その意思も、実際の答えも持っていないのだ。

「この際だからはっきりさせましょう。彼は何者なのです?」

 遠回しに聞いてもはぐらかされるだけ。情報部長はストレートな質問を投げかけた。

「……それは私ではなく彼の管理者である葛城陸将補に聞くべきだな」

「葛城陸将補?」

 答えづらい問いを斑尾教授はまんまと葛城陸将補に振ってみせた。

「彼は過去の記憶を失っているので何者かと聞かれても本人も答えられないでしょう」

 内心での苦々しい思いを隠して葛城陸将補は答えにならない答えを返す。

「……そうであっても分かっていることは共有するべきではないかな?」

「そうですね……保護された時、彼は鬼に襲われていました。ただし、それが事実であるかは分かりません」

 ここで無理に情報を隠そうとしても他の部署との確執を生むだけ。こう考えて葛城陸将補は分かっていることは話すことにした。もともと尊についての情報は少ない。意地でも隠さなければならない情報は葛城陸将補には何もないのだ。

「どういうことだ?」

「巨大な『穢れ』の反応を探知しました。それは一瞬のことだったのですが、念のために現場に隊員を送ったところ、そこには多くの死体がありました。彼を保護したのはその時です」

 実際の状況はこの様な簡単なものではないのだが、それをわざわざ詳しく話す必要はない。

「……それは彼が行ったことなのか?」

「彼かもしれませんし、彼の妹かもしれません」

「妹?」

 ここで葛城陸将補は秘密にしておくべき情報を暴露した。秘密にしておきたいのは葛城陸将補ではないからだ。

「彼には妹がいます。彼はその妹を助けたくて我々に保護を求めました」

「その妹はどうした?」

「それは斑尾教授に聞いて下さい。妹は研究所の管理下にあるはずです」

 葛城陸将補が尊の妹について話したのは斑尾教授への意趣返し。都合の悪いことを自分に振ったお返しだ。

「斑尾教授。そうなのですか?」

「……妹は確かに研究所にいる」

「研究所で何をしているのですか?」

「治療だ。その妹は……穢れている。その穢れを払う方法を研究しているところだ」

 少し迷った様子を見せたが斑尾教授は事実を話した。ここで下手な隠し立てをして情報部が変な動きをすることを警戒したのだ。尊の妹が穢れていること以上に、研究所には隠したいことが山ほどある。

「鬼を研究所に? いや、それよりも穢れの治療など可能なのか?」

「それは今の段階では何とも言えない。だがこれが実現すれば鬼の脅威はなくなるかもしれない。研究意義はかなり高いものだ」

 尊の妹を研究所で抱えている理由としては文句の付けようのないもの。こういった会議の場に出る以上は、これくらいの答えは考えてある。

「穢れた妹を……同士討ちの可能性があるわけか」

 鬼と化した妹であれば他の鬼を殺せてもおかしくはない。情報部長の中で尊に関する疑問が一つ薄れた。間違いではあるが。

「理解していただいたところで、兄についての結論を出してもらえるかな。対鬼戦用の武器もしくはその運用が強化されれば今回の鬼の組織は脅威とはならない」

「それの結果が出るまではどうするのですか?」

 斑尾教授の要求に答えたのは情報部長ではなく葛城陸将補。まんまと丸め込まれた様子の情報部長には任せておけないと考えたのだ。

「それは七七四の仕事だ。研究所が考えることではない」

「ではその七七四の意見を言わせてもらえば、現時点で今回の鬼に対抗出来るのは天宮と古志乃のコンビだけ。その唯一の戦力を失うことになれば七七四はその任務を果たせなくなる可能性があります」

 葛城陸将補は尊を研究所に渡すつもりはない。斑尾教授のこれまでの説明が嘘であることを葛城陸将補は知っているのだ。本気で鬼の脅威をなくそうと思えば研究所が研究を止めればいい。それをしない研究所の優先事項は鬼の脅威を低減することではない。もっともこれは研究所だけではなく、国の意思でもある。

「……それほど長い期間ではない」

「本当にそう思っていますか? 彼が、まだ何も出来ていない貴方たちに協力すると?」

「そこは何としても協力してもらう」

「どうやら貴方は何も分かっていないようだ。そのような人に彼の妹を預けておくことも自分は疑問に思います」

「何だと!?」

 精霊エネルギー研究の第一人者である斑尾教授にとって、何も分かっていないという言葉は侮辱以外の何ものでもない。

「とにかく七七四としては彼を研究所に預けるつもりはありません。この件はこれで終わりです」

「…………」

 尊は葛城陸将補の管理下にある。その葛城陸将補が駄目だと言えば、それを無理押しすることは少なくともこの場では出来ない。斑尾教授は沈黙で不満を示すだけで終えることにした。

「結局、古志乃尊が何者であるかは何も分からんな」

「それはそのうち分かるでしょう。彼の記憶がなくても彼を記憶している人間はいるはずです。そしてそれは恐らくはそう遠くない場所に」

 葛城陸将補の言う遠くない場所は物理的な意味ではない。尊の鬼に関する知識は普通ではない。それは尊が鬼という存在に触れる位置に長くいたと考えるべきだ。国防軍でなければ鬼の側で。なんといっても妹は鬼なのだから。七七四の仕事を続けていればきっと尊を知る者が出てくるに違いないと葛城陸将補は考えている。
 そしてその時には斑尾教授が、研究所が、もっといえば政府のトップが隠している何かが明らかになるに違いないと。

 

◆◆◆

 古志乃尊は何者か。これを考えているのは上層部だけではない。もっと尊に近い位置にいる人たちもそれは気にしていた。
 第七七四特務部隊の本部で遊撃分隊の指揮官である立花と天宮が並んで端末をのぞき込んでいる。

「これ大丈夫なのかな?」

「同僚のことを良く知ろうと思うことの何が悪いのですか?」

 不安そうな立花分隊指揮官に対して、天宮は強引に情報を取り出させようとしている。これではどちらが上官か分からない。

「それはそうだけど……あっ、出た。機密扱いじゃないのか?」

 あっさりと尊の情報は検索出来た。年齢といい、得体の知れなさといい尊は怪しすぎる。立花分隊指揮官は、まず間違いなくその情報は閲覧制限が掛かっているものだと思っていたのだ。それを探る行動さえ許されないくらいの機密レベルで。

「……何も書いてありません」

「そうだね」

 検索は出来たが表示されている情報は何もないも同じ。姓名と出身地、それと生年月日くらいだ。

「……それにこれ、おかしくないですか?」

「何が?」

 尊に関するわずかな情報。その中にも天宮が疑問に思うことがある。

「この生年月日だと彼は二十歳を超えていることになります」

「あれ? 本当だ。これじゃあ、私とそう変わらない年齢だ」

 端末に映る尊の生年月日は立花防衛技官とそう変わらないものだった。

「登録ミスでしょうか?」 

「そうだろうけど……この年齢でこの出身地ってことはあれだね」

「あれって何ですか?」

「世界同時多発テロ。彼の出身地は越州の中頸城、日本で唯一標的にされた原発があった場所だ」

 世界原発廃止宣言、そして日本政府が精霊エネルギー研究に傾倒するきっかけとなった事件。尊の情報はその事件に関連する内容であることを立花分隊指揮官は天宮に説明した。

「……そうだとするとどうなのですか?」

「まあ、それは調べてみないと分からない」

 こういうと立花はまた端末を操作し始めた。今度は軍の情報ではない。一般的なネット情報の検索を行っている。「テロ犠牲者」「古志乃」「中頚城」といったキーワードで検索を行うと。

「あった……本人の名前じゃないな。これだと断定は出来ないけど家族である可能性はある」

 犠牲者の名前に古志乃の姓がある。これだけでは尊の家族だと断定は出来ないが、そうなのだろうという思いが何となく二人には湧いている。

「……殺されたのですね?」

「両親ともに施設職員だったみたいだね。テロの犠牲者。その家族の可能性があるのか……」

「……これは何ですか?」

 検索に引っかかったのはテロの情報だけではなかった。それとは違うニュース情報も表示されている。

「……あっ、これは自分も覚えている。子供だったけどかなり話題になった事件だからな」

 そう言いながら立花防衛技官は検索結果の詳細を確認する。

「これって……彼の名です」

 ニュースに載っていた名前は古志乃尊。尊本人だった。

「そうか……彼はあの彼だったのか。これはちょっとびっくりだ」

「これって何ですか?」

 一人で納得している様子の立花防衛技官に少し苛立った様子で天宮は詳細を尋ねる。

「当時かなり騒がれた行方不明事件だ。まず妹が先に行方不明になり、その三日後に妹を探すといって飛び出していった兄も戻ってこなかった。それだけでも不思議なのだけど行方不明になった場所がね」

「何かあるのですか?」

「はるか昔から神隠し伝説がある場所だった。そこで兄妹が消えたということで面白おかしく報道されていたね。その場所は昔から立ち入り禁止だったのだけど、事件以降は潜り込む馬鹿が多くて。それも話題になっていた記憶がある」

「……その彼がどうして七七四に?」

「というかいつ見つかったのだろう? 妹も見つかったのかな?」

「妹……古志乃桜ですか……」

 記事に書かれている妹の名を天宮は確認する。だからといって何があるわけでも分かるわけでもないが。

「なんだか、ますます謎が深まったね。両親がテロの犠牲者で、さらに神隠しにあった男の子って」

「そうですね……それに年齢も」

 記事が尊本人であれば軍の情報に載せられている生年月日は正しいということになる。

「確かに……彼は一体どういう人生を歩んできたのだろう」

 普通の人生でないことだけは分かった。だがそれは調べる前から天宮には分かっている。戦いの時にわずかに垣間見た尊の本性とも考えられる恐ろしい雰囲気。それは普通の人が持つものではない。一般の人に比べれば特別な存在である第七七四特務部隊のメンバーでも持っていないものなのだ。