月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #79 帰還

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 眼前には青々とした草原が広がっている。その向こうには遙か先まで連なる密集した木々。他の地域にある大森林とは似て非なる場所。それが精霊の地ドュンケルハイト大森林だ。
 帰ってきた。その光景を見た瞬間、ヒューガはそう感じた。ここが自分の戻る場所。いつの間にか、心からそう思えるようになっていた。
 そんなヒューガを迎えたのは、彼が心から大切に想う人。

「……お帰りなさい」

 潤んだ瞳のエアル。泣きそうになるのを堪えて笑顔を作り、ヒューガにお帰りの言葉をかけた。

「ただいま」

「ちょっと」

「えっ、何?」

 体を引き寄せようとヒューガが伸ばした手をエアルは拒んだ。それに驚いているヒューガ。

「……皆が見てる」

「えっ? それ気にする?」

「だって、貴方は王なのよ。そして私は貴方の臣下」

「そうだとしても、再会を喜ぶくらいは良いだろ?」

 拒んだエアルの手をゆっくりと下に降ろし、ヒューガは彼女の体を抱き寄せて、目の前にある髪に顔をうずめる。懐かしい香り。エアルの髪の匂いがヒューガは好きなのだ。

「背、伸びたわね?」

「そう。以前は同じ位置に顔があった。キスするには前のほうが便利だったな」

「……さすがにそれは駄目だから」

「それくらいの自制心はある。俺だって、さすがに恥ずかしい」

 抱きしめたいという強い欲求に従ったヒューガだが、さすがにそれ以上のことを他人が見ている前で行うつもりはない。エアルを抱きしめたのも無事に帰還出来た喜びで気持ちが高ぶっていたから出来たことで、もともとは恥ずかしがり屋の性格なのだ。

「さあ、皆が待っているわ。都に行きましょう」

「連れてきた人たちはどうする?」

「案内させるわ。えっと、その三人は南の拠点ね。残りの人たちは一旦、東に行ってもらうわ」

「そうなんだ」

 ヒューガがいない間に迎え入れる段取りが出来ている。奴隷にされていた人は南の拠点。それ以外の人たちは東の拠点だ。

「ええ、新しく来た人には最初に東の拠点に入ってもらうことにしているの。休息を兼ねて、そこで少し慣れてもらって、それから適した仕事をやってもらう。そんな感じ」

 東に向かう人たちの手前、慣れる為などとエアルは言っているが、それが全てではない。都に入れて良い人物なのか確かめる意味もあるのだ。

「そうか。あっ!」

「何?」

「ちょっと変わった人たちがいる。その人たちはどうしようか?」

「変わった人たちって?」

「えっと……彼女たち」

 やや気まずそうにヒューガは後ろのほうに控えていた彼女たち、淫魔族の人たちを指差した。気まずいのは事前に伝えておくのを忘れていた、からではない。

「……魔族よね?」

「そう」

「なんで魔族が? もうパルスとの戦いから逃げてきた魔族がいるの?」

「違う。彼女たちがいたのはユーロン双王国。そこで囚われてた」

「えっと……奴隷として?」

 ヒューガの「囚われていた」という言葉から、エアルは彼女たちもまた奴隷にされていたのだと受け取った。

「似たような感じだな」

「それで助けてきたの? エルフでもないのに?」

 助けたことについてはエアルに文句はない。ただ、ずっとエルフの奴隷だけを解放してきたヒューガが、何故、彼女たちは助ける気になったのかが分からない。

「助けたというのはちょっと違う。死にそうだったんだ、というか死ぬと思ってた。だから落ちついて最後を迎えられる場所でと思って連れ出したんだけど」

「元気そうね?」

 エアルの目には、彼女たちはとても死にそうには見えない。実際に彼女たちが元気だ。

「元気になった」

「どうやって?」

「それは……」

「王に精を頂きました」

 言い淀んだヒューガの代わりに、淫魔族の一人が元気になった理由を説明した。

「うわ、ちょっと!」

 それに焦るヒューガ。

「……貴女は?」

 エアルの目つきが厳しくなる。彼女の言葉を自分への挑発だと受け取ったのだ。

「私は淫魔族のサキと言います。よろしくお願いします」

「い・ん・ま? それって、あの淫魔よね?」

 さらにきつくなるエアルの瞳。完全に怒っている表情だ。

「はい。他に淫魔と呼ばれる種族は私が知る限りいません」

「ヒューガ!? 貴方、何を考えているの!? 淫魔を何故、ここに連れてくるのよ!?」

「彼女たちも行くところがないって言うし。故郷には戻りたくないらしい。事情があって」

 その故郷で彼女たちが騙されて、ネロのところに連れて行かれたのだ。戻る気になるはずがない。

「へえ……ねえ、貴女。精を頂きましたって、どういう意味かしら?」

「えっと……それは」

「ヒューガは黙ってて!」

「……はい」

 エアルに怒鳴られて、小さくなるヒューガ。とても王と臣下のやり取りではない。二人の関係はもう、この場にいる人たちには分かってしまった。

「あの……言葉通りの意味です。王の精を頂きました」

「そう……つまり寝たのね?」

「そうですね。そうでなければ頂けません」

 悪びれた様子もなくサキはヒューガと寝たこと認めた。

「なるほどね。エルフの救出で大変だと思ってたけど、楽しむことは楽しんでいたのね?」

「それは誤解だって」

「何が誤解なのよ!?」

「あの……私からご説明します。そのほうが良いと思います」

「……そう。じゃあ、説明してくれる」

 何故、サキから説明したほうが良いのか。どうやら特別な事情があるようだと分かって、エアルは少し冷静になった。

「私たちはある男に囚われていました。その男のせいで私たちが死ぬところだったのは本当です。私達自身もそう思っていました。もう自分たちは死ぬと。でも、そこに王が現れて、囚われの私たちを救ってくださいました」

「それは最初から疑っていないわ。私が知りたいのはどうしてヒューガと……アレになったかよ」

「すみません。それは私のせいです。私たちはその男に無理やり孕まされていたのです。鎖に繋がれた状態で何度も何度も」

「……そうなの?」

 想像していなかった悲惨な状況。望まない出産を強いられていたのだとすれば、それは自分が経験したよりもずっと辛いものではないかとエアルは思った。

「はい。死ぬと分かっていたのですが、いえ、そうだから尚更、そんなことが最後だというのが、どうしても我慢出来なくて。死ぬ前に、いえそのまま死んでも良いからと、助けてくれた王の寝所に忍び込みました。最後の思い出というつもりだったのですが、何故か少し元気になりまして。これはもしやと思い、何度か王にお願いしました。王の為に言っておきますが、王が自ら求めたわけではありません。それで私たちが助かるのであればと……」

「そう……はあ、なんだかな。そんな事情なら私には何も言えないわ」

 彼女たちの命を救うためにヒューガは受け入れたのだ。それはエアルの時と同じ。それを知ってしまえば、もうエアルは何も言うことはない。

「では?」

「ええ、文句は言わないわ。でも、ここでいいの? もっと住みやすい所があるんじゃない?」

 ドュンケルハイト大森林に魔族はいない。エルフにとっては聖地と呼ばれる土地であっても、魔族にとってはただ生きるに厳しい場所に違いないとエアルは思う。

「当てがありませんので。それにこんな私たちも少しはお役に立てるのではないかと」

「お役に?」

「あの……男性で困っている方がここにはいらっしゃると……」

「それって……ちょっと、それで良いの? それって娼婦扱いじゃない? 命を助けられたからといって、何にでも従う必要はないのよ?」

 自分はヒューガのどんな命令にでも従うつもりであるのを棚にあげて、エアルはこんなことを言う。

「……エアル様は優しいのですね? 淫魔が娼婦扱いされるのを怒るなんて」

「……そんなことないわよ」

「ただ気にしないでください。男性の精は私たちにとっては必要なものなのです。食事、といっては言い過ぎですけど、ある程度の周期で必要になるのは事実です。それによって我等は種族を維持出来ます。それに王は男の要求に応じて相手をしろとは言っていません。あくまでも私たちが必要になった時に希望者を聞いてくれと」

「でも、好きでもない相手と」

「……私たちはそういう存在です。それに恋愛となればまた別です。好きな方が出来たら、相手の方も望んでくれればですけど、その方とだけ。私はそうなりたいと思っています」

「それって。ヒューガの可能性もあるわね?」

「さあ、どうでしょう?」

 笑みを浮かべながら、意味ありげな言い方をするサキ。エアルを挑発しているつもりはない。淫魔族の自分にヤキモチをやくエアルが面白いのだ。

「もうひとり競争相手が出来た……」

「冗談です。王は命の恩人。それについては深く感謝していますが恋愛とは違います。まあ、恋愛以上かもしれませんけど」

「思わせぶりな台詞ね?」

「大丈夫です。私はエアル様も尊敬していますよ。その方の想い人を誘惑するような真似は致しません」

「……今、会ったばかりだけど?」

 尊敬していると言われても、サキとは今日初めて会ったのだ。

「淫魔に対して、好きでもない相手と、なんて心配してくれる人はいません。他にいるとしたらそれは恐らく王でしょう。私たちは、自分たちに対する偏見を結構気にしていたのです。私たちが人の精を奪うのは種族を存続させる為であって、淫靡な目的ではない。それは誰にも理解されてきませんでした」

「そうだったのね……でも淫魔族か」

 エアルの視線がヒューガに向けられた。彼女が何を考えているのか、ヒューガにはなんとなく分かる。

「ねえ、新しい名前付けてあげないさいよ。淫魔なんて名だからそういう誤解が生まれるんじゃない?」

「やっぱり」

 ヒューガが考えていた通り。エアルは新しい種族の名を考えるように言ってきた。

「本当ですか? 出来たら、お願いします。今現在の淫魔族の長は私たちを苦しめた男のいいなりです。私達としてはそんな者を長としていたくないのです」

 現在の淫魔族の長は、ネロと最初に関係を持った女性。ネロの言うがままに仲間を差し出した女性だ。それが分かったヒューガは、改めてネロの罪の重さを感じた。
 種族の名を捨てたいと思うほど、サキたちは自分たちは騙した相手を恨んでいる。恐らくはそれ以上にネロのことを。たとえ子供たちがネロを許しても、彼女たちが許すことはないだろう。そうヒューガは思った。

「これで良いか、ちょっと分からないな。リリスという名をどう思う?」

 彼女たちが強く望むのであれば、それは叶えてあげたい。それでまた何週間か寝込むことになっても。そう考えてヒューガは名前を考えてみた。

「何か意味があるのですか?」

「夜の魔女。他にも意味はあるけど、この意味が一番良いかな?」

「……良いですね。夜は私達の世界。リリス族、私は気に入りました。皆はどうですか?」

「ええ」「夜の魔女」「良い名です」「ふふ」「良いんじゃない」

 皆が「リリス」という名を気に入ったようだ。

「では王。私たちは新たにリリス族を名乗り、王に仕えることに致します」

「ああ、よろしく頼む」

 内心でヒューガはホッとしている。リリス族の名を付けても、魔力が抜かれる感覚はない。魔力切れで寝込まなくて済みそうだ。

「夜ということは、月の精霊であるルナたちの配下なのです」

「……違うから」

「あら、ルナ……どっちのルナ?」

 ヒューガに付いていったルナと、大森林に残っていたルナ。そのどちらのルナかエアルは尋ねたのだが。

「ルナたちはルナたちなのです」

 ルナたちにそんな意識はない。

「そうね。聞いた私が馬鹿だったわ。さあ、今度こそ都に行きましょう。っと、その前に」

「何?」

「ん? こういうのはちゃんとさせておかないとね」

 後ろに控えて、成り行きを眺めているだけだったエルフたちに向き直るエアル。何をするつもりかとヒューガが何も言わずに眺めていると。

「彼女たちの種族はリリス! 王がお決めになった名よ! 以後、彼女たちを淫魔と呼ぶことは許されません! 良いですね!?」

「「「「はっ!」」」」

 エアルの命令を受けて、エルフたちが一斉に同意の声をあげた。

「……エアル様」

 それを見たサキは、他のリリス族の人たちも感極まった様子だ。ここまでの厚遇を受けるなど、まったく思っていなかった。大森林に来たのは間違いではなかったと、これだけで思えた。

「エアル」

「何?」

「やっぱりエアルって良い女だよな?」

「……馬鹿」

 何も言わなくても自分が望む在り方をエアルは示してくる。それがヒューガは嬉しかった。ドュンケルハイト大森林に戻ってきたといっても、まだまだ厳しい状況は続く。それが分かっているヒューガだが、彼女が、信頼出来る仲間たちがいれば、きっと何とかなる。これは、そう思える出来事だった。

 

◆◆◆

 まずは南の拠点に寄って心に傷を負ったエルフを預け、残りの人たちは東の拠点に連れて行く。ヒューガが都にたどり着いたのは、それが終わったあとだ。
 拠点間の移動は扉を使っているので、それほど長い時間はかかっていない。それでもヒューガの帰還を待ちわびていた人たちにとっては、焦れったい時間だったようだ。

「エアル。遅いですよ」

 先に到着を伝えに扉の部屋を出たエアルに文句を言っているのはカルポの声だ。

「ごめんなさい。ちょっと話が長引いて」

「話ですか? 話ならここに来てからにしてくださいよ」

「そうね」

 ヒューガも隣の部屋に続く扉を抜けて、中に入る。そこにはヒューガが思っていた以上に大勢の人たちがいた。見た顔もあれば見知らぬ顔もある。見知らぬ顔のほうが多いくらいだ。

「それは俺のせいだ。俺がちょっと事前に伝えておくのを忘れてて」

「……王。お帰りなさい、我が王よ!」

「「「お帰りなさいませ!」」」

 カルポの声と同時に部屋で待っていた人たちが一斉にその場に跪く。

「えっと……そういうの慣れてないんだけど?」

「慣れてください。ヒューガ様は王なのですから。お疲れでしょう。まずは席におつき下さい」

 こう言ってカルポが案内したのは、他とは異なる立派な椅子。促されるままにそこに座ったヒューガだが、なんとなく居心地が悪い。
 それにヒューガが席についても、相変わらず他の人たちは立ったままだ。

「席についてもらっていいか? 話しづらい」

「「「「はっ!」」」

 ヒューガの言葉を受けて、はじめて全員が席に座る。そう取り決めてあるのは明らかだ。

「カルポ、最初に言っておく。面倒な儀礼はいらない」

「しかし」

「人と人の間に礼儀は必要だと思う。でも、それは強制されてやるもんじゃない。国といってもまだこれからだ。今は形に拘っている場合じゃなくて、もっと自由な雰囲気で盛り上げていく時じゃないか? まして新しい人たちが増えた今は、壁を作るような真似はしたくない」

「……分かりました」

 良かれと思って段取ったことがヒューガに否定されて落ち込むカルポ。

「悪いな。俺の為を考えてのことだったのだろう?」

 新しい人が増えたからこそ、ヒューガの権威付けが必要。カルポはそう考えて、儀礼を整えようと考えた。そうヒューガは理解している。

「……考えが浅かったと反省しています」

「そんなに落ち込むなよ。良いと思ってやったことを責める気はない。ただ今はまだそういう時期じゃないってだけだ」

「はい」

「さて、見知った顔もいるみたいだから、今ここには各集落の長が集まっていると考えていいのか?」

 何人かはヒューガ自らが支援活動に参加した集落の長。そうであれば他の人たちも同じ立場なのだろうとヒューガは考えた。

「はい。全員に集まってもらいました」

「分かった。じゃあ最初に彼らの意向を聞いておかなければだな」

「意向ですか?」

「そう。この大森林には二つの国がある。俺の国と元からあったエルフの国だ。どちらで暮らしたいか聞いておこうと思って」

「……はい?」

「必要だろ?」

「……ヒューガ、いえ、王。それは無用よ。少なくとも先にここにたどり着いた彼等の意思は確認してあるわ。全員がヒューガ王の国、アイントラハトで暮らすことを望んでいるわ」

 呆気にとられているカルポに代わり、これも呆れ顔のエアルが、意向の確認など無用だということをヒューガに説明した。

「そうか……でも長たちは本当にそれで良いのか?」

「良いと聞いてるけど?」

「言っておくけど、各集落の長がこの先も長でいられるとは保証できない。個人個人に適材適所で働いてもらうつもりだから、元の集落の人たちで集まっていられないし、小集団の派閥みたいなのが出来るのも望ましくない。それを理解しているか?」

「……そこまでは話していないわね」

「じゃあ、改めて確認しよう。今の話に賛同出来ない人はいるか? 長としてこれからも集団を率いていたいという人は遠慮なく申し出てくれ」

「「「…………」」」

 ヒューガの問い掛けに誰も答える人はいない。

「遠慮はいらない。それにこの国を出るとなっても、住む場所とかはきちんと保証する」

「「「…………」」」

「いない?」

 やはり、一人も声をあげる人はいなかった。それに驚いた様子のヒューガであるが。

「いないと思いますよ」

 カルポはそれを当然だと考えていた。

「そうなのか?」

「やっと落ち着いて生活出来る場所にたどり着けたのです。長でいるというのも中々苦労が絶えないものですよ? 彼等も疲れているのです」

「それはそれで問題なような……長じゃなくても苦労はするだろ?」

「そうだとしてもです」

 全員が全員、肩の荷を降ろしたいと考えているわけではない。それが必要であれば責任ある立場に就くことを受け入れる人もいる。だがそれは必要があれば、王であるヒューガに求められればの話だ。

「……そうか。じゃあ、全員がこの国の民になる、で良いんだな?」

「「「「はっ!」」」」

「分かった。カルポ、具体的な仕事の割り振りは?」

「……大まかには」

 自信なさげに答えるカルポ。言葉の通り、大まか、具体的ではないということだ。

「そうか……結局、何人が集まったんだ?」

「三千に近い数ですね」

「近い?」

「はい……えっと、問題ですか?」

 またヒューガの問いを受けて、不安げな表情を見せるカルポ。ヒューガが何を問題と考えているのかも分かっていない。

「それはそうだろ? 国なんだから戸籍くらいは作っておかないと」

「戸籍?」

 分かるはずがない。カルポは戸籍というものを知らないのだ。

「住人名簿と言えば分かるか? まあ、当面は税金を取るとかあるわけじゃないから、何に使うかと聞かれると、アレだけど」

「いつかは税金を集めるのですね?」

「どうだろう? ここがそういう国にはなるのかは俺にも分からない。今のところ共同生産、均等分配で問題ないからな」

「そうですね」

 実際はその共同生産、均等分配もギリギリで成立している状態。必要な食料を確保する為には、とにかく出来る人が出来ることを行う。不公平など感じる余裕はないのだ。

「とりあえず正確な人数を把握することだな。食糧の配給には必要だろ? 各集落の長はそれぞれ名簿を作ってもらえるか? そうだな……得意なことや、やりたい仕事なんかも一緒に確認してもらえるとありがたい。準備が出来たら俺の所に持ってきて」

「「「「えっ?」」」」

「王の所にですか?」

 全員を代表して、カルポが問いを発した。王であるヒューガに直接報告するという点に、皆は戸惑っているのだ。

「中身見たいから」

「……ということです。王の執務室に持参してください。名簿を記す紙などは僕が用意します」

「「「「……はい」」」

 どうやらヒューガは自分たちが思っていたような王ではない。それが良いことか悪いことか今は判断出来ないが、滅びたエルフの王国を、それもエルフ族ではないのに再興した偉大な英雄というイメージとは少し違うことは分かった。

「あとは現状の報告を頼む」

「はい。まずは都の整備ですね。これは後ほど実際にご覧になって頂いたほう早いでしょう。結界の拡張はほぼ完了しています。今現在は結界内の整備です。通路の整備はほぼ完了。建物についてはまだまだです。住むに必要な最低限な整備までといったところです」

「東と南の拠点は?」

「東の拠点の整備はほぼ完了というよりも、これ以上の拡張は困難です。南もかなり整備は進んでおります。そうですね……王が出られた頃の東の拠点と同等と考えてください」

 当初、暮らしていた東の拠点については整備もかなり進んでいた。今はもっとも遅れていて、且つ規模が大きい都の整備を集中して行っている状況だ。

「分かった。何か問題は?」

「一番の問題は食料の調達です。人数の増加に対して調達が十分とは言えません」

「そうか……対応は何か考えているか?」

 これは予想されていたことだ。ドュンケルハイト大森林そのものもまだ復興途上。ルナたち精霊が頑張っているが、一朝一夕でどうにかなるものではない。かつての実りを取り戻すまでには、まだまだ時間が必要なのだ。

「狩猟の人員を増やそうとしているのですが、そう簡単ではなく。今は春の軍に頼っている状況です」

「春の軍?」

「エアルの率いる者たちです。勝手に名を付けてしまいました」

「かまわない。じゃあ、カルポの所は秋の軍か?」

「そうです。ただ僕の軍は……」

「何か問題が?」

「カルポが忙しすぎるのよ。拠点の整備などの内政はカルポに任せっきり。鍛錬のほうに手が回ってないわ」

 エアルが代わりに事情を説明した。カルポの性格では、言い訳になると考えて、ただ謝罪して終わってしまうと考えたからだ。

「すまないな。内政が出来る人間か……誰か自信のある人はいないか?」

 長たちに尋ねてみたが返事はない。彼等もせいぜい数十人の集団をまとめていたに過ぎないのだ。自信がある人などと聞かれて、あると言える人はいない。

「内政のほうは俺も考えてみる。当面は食糧か……狩猟は分かったけど、畑のほうは? 東に作ってたよな?」

「それについてご相談があります」

 ヒューガの畑についての問いに、カルポとエアルの二人とは別の声が反応した。声の主はヒューガの顔見知りだ。

「シエンさんか。久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「それで、相談というのは?」

「ひとつは生産物を食糧に大幅に転換したいというものです。今は衣料品よりは食糧のほうが重要です」

 ヒューガが外に出る前は、繊維となる植物の生産を増やしていた。その方針を変更しようという話だ。

「それはかまわない。衣料品については別に当てがある」

「別にですか?」

「そう。外の世界で買ってくる。多分、大丈夫だと思う」

 ハンゾウたちの仲間が確保した商売のルートを使えば、衣料品などは調達出来る。問題は大森林への搬入だが、それもなんとかなるはずだ。エルフが移動してきたルートが使える。

「そうですか。それは良かったです。もうひとつは、畑の責任者を私の妻から別の者に変えていただきたいのです」

「別の? 誰だろう?」

「奴隷だった人族を覚えていますか?」

「ああ、あの人ね……引き受けてくれるかな?」

 土いじりが大好き、というよりそれにしか興味のない人だ。ヒューガも適任だと思うが、責任者という立場を引き受けてくれるかは疑問に思う。

「それはなんとか王が説得を」

「……分かった。話をしてみる」

「よろしくお願いします」

「畑もこれからだな……あとは何かある?」

「療養所の人手です。かなり対象者が増えましたので、面倒を見る人の手が足りません。面倒を見る側の負担がかなり大きくなっています。こう言っては彼女たちには申し訳ないのですが、相手をする側もかなり神経を使うものですので」

 奴隷にされていた多くのエルフを解放した。だが解放してそれで終わりではない。傷ついた心と体を回復させて、初めて解放出来たと言えるのだ。だがそれは容易ではない。

「かといって、誰でも良いというものでもないか……」

 心を病んだ人の相手をする側の大変さは、ヒューガも良く知っている。

「奴隷にされていた彼女たちの痛みを理解できる人が適任なのですが」

「今は回復した人が面倒を見ているんだな?」

「重症の人に対してはです。ただ絶対に大丈夫という人でないと任せることは出来ません。回復したと思っていても、やはり心の傷は残っています。世話をしている中で、それが表に出てしまうこともあります」

「……そうだな」

 奴隷にされた時の記憶は、そう簡単に忘れられるものではない。回復したといってもそれは、心の隅に置かれた痛みに耐えられるようになったに過ぎないのだ。

「王、よろしければその任は私達にお任せ頂けませんか?」

「サキさんか……大丈夫か? 辛い経験を思い出すことになるかもしれない」

 リリス族の彼女たちも辛い経験から立ち直った人たち。適任かもしれないが、再び心の傷を負うリスクは変わらない。

「私たちは一度死んだ身。それを思えば大抵のことは平気です」

「そうか……じゃあ、頼む。無理だと思ったら、すぐに言ってきてくれ」

「はい」

「あの、彼女たちは?」

 カルポがサキたちの素性を尋ねてきた。都で待っていたカルポたちはまだ、彼女たちが何者かを知らされていない。

「そういえば紹介してなかったな。彼女たちはリリス族。ここで暮らすことになった」

「……魔族ですね?」

「ああ。問題ないだろ?」

「もちろんです。王の国は種族に関係なく、これを忘れる者はこの国にいる資格のない者です。ただ大丈夫でしょうか?」

 種族の違いを問題にするような真似は、ヒューガが決して許さない。カルポはそれを良く理解しており、サキたちが魔族であることを気にすることはない。だが療養所で働くことについては不安がある。

「彼女たちも同じような目に遭っている。奴隷にされた人の気持ちは理解している」

「そうなのですか……分かりました。では詳細は僕のほうから後ほど説明します」

「はい。よろしくお願いします」

「いえ。こちらこそ」

 リリス族の人たちの仕事が早々と決まった。問題は山積みではあるが、一度は死を覚悟した、望んだといったほうが近い、彼女たちに生きる場が用意出来たことは良かったと、ヒューガは思えた。

「他にあるかな?」

「そういえば、人族の奴隷らしき者がもう一人いたわ」

「えっ? そんな人がいたのか?」

「最近現れたの。放っておこうと思ったんだけどね。首輪をされているからもしかして王の絡みかと思って」

「人族の奴隷を解放した覚えはないな。報告も受けてない。かといって問答無用で死んで貰うのも可哀そうか……会うだけ会ってみる。良い人ならここで働いてもらうってのも有りだし」

「そうね。人手は少しでも多いほうが良いわね」

「人手か……とりあえず名簿作成を急いで貰おう。他にも色々と問題はありそうだけど、それに対応する体制を整えるのが一番の課題みたいだ。じゃあ、これで一旦解散にする。他にも問題があったら、何でもかまわない。言ってきてくれ」

「では、解散!」

「「「「はっ!」」」」

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