月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #74 新生活の始まり

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 城に続く大通りを馬車の行列が進んでいる。もうすぐ領主であるイーストエンド侯爵の到着。それを迎える為に城門の前には多くの騎士が並んでいる。クラウディアもその迎えの列に加わって、チャールズの隣に立っている。ただ彼女の気持ちは、イーストエンド侯爵の出迎えではなく、別のことに向いている。
 夏と冬樹が王都を出て、イーストエンド侯爵の共に向かっている。この情報がすでにクラディアに伝わっているのだ。二人に会うのは久しぶり。いずれ会うことはあると信じていたが、今この時期に、このような形で再会出来るとはクラウディアは思っていなかった。
 やがて行列の中でも一際大きな馬車がクラウディアの、正確にはイーストエンド侯爵家の嫡子であるチャールズの前で止まった。

「父上、お帰りなさいませ」

 馬車から降りてきたイーストエンド侯爵に、チャールズが言葉を掛ける。

「ああ、出迎えご苦労。クラウも」

「はい。長旅ご苦労様です」

 イーストエンド侯爵に答えながらもクラウディアの視線は他を向いている。後ろに続く馬車からも次々と人が降りてきている。だが、クラウディアが求める顔は、その中にはなかった。

「彼等なら街にいる。今頃は宿を探している頃か。先に傭兵ギルドに行ったかもしれんな」

「そうなのですか?」

 クラウディアが考えていることを察して、イーストエンド侯爵は夏たちの居場所について説明した。クラウディアにとっては残念なことだ。

「とにかく落ち着き先を決めるのが先だと言っていた」

「ここで暮らすわけではないの?」

「そういうわけにはいかんだろ? 彼等はこの街で暮らすが、我が家に仕えるわけではないのだ。一応言っておくが、これは私ではなく、彼等から言いだしたことだからな」

「そう……」

 使用人でもないのに城内に住まわせるわけにはいかない。まして夏たちからそれを言い出したのだと聞かされては、文句は言えない。

「落ち着いたら会いに来ると言っていた。直に会える」

「分かりました……」

 再会が先延ばしになって、かなり落胆した様子のクラウディア。それでも今日のところは諦めるしかない。新しい暮らしを始めようというのだ。色々と忙しいだろうことは、なんとなく分かる。

「チャールズ、早速だが少し話をしたい」

「はい」

 クラウディアとの話に区切りがついたところで、イーストエンド侯爵はチャールズに話し合いの時間を求めた。やるべきことは山ほどあるので情報の共有を急ぎたい、だけでなくクラウディアのいない場で話をしたいのだ。

 ――そのまま城の会議室に入った二人。

「言うまでもないと思うが、魔族領への出征はもう行われている。私が王都を出て、すぐに出立しているはずなので、もうすぐノースエンド伯領に着くころであろう」

「その連絡は入っております」

 出兵した軍勢の状況については、イーストエンド侯爵領にも情報が届いている。

「こちらには国軍の二大隊が向かっているはずだ。迎える準備は出来ているか?」

「準備はほぼ終わっています。あとは国軍二大隊がどこに配置されるかによって、物資の輸送を整えるだけですが」

「北と南、それぞれ一大隊ずつだな」

「はい。我等は?」

 東の国境には二つの関所がある。そこにそれぞれ一大隊を置く形だ。それが正しいことかは、チャールズには分からない。分かるのはそれだけでは数が足りないということ。イーストエンド侯爵家の軍も国境に向かう必要があると考えている。

「しばらく動かん」

「……よろしいのですか?」

「問題ない、と言うか、どちらの守りを固めるべきかの判断がついていない。その後、何か分かったことはあるか?」

「マーセナリーは動きを活発化させています。もう隠すつもりはないようですね」

「それは分かっている。他国はどうだ? 何か連絡は入ったか?」

 パルス王国と直接国境を接しているのはマンセル王国とミネルバ王国の二国。マーセナリー王国はそのいずれかに侵攻するものとイーストエンド侯爵は考えていた。

「それが何も。マーセナリーの動きに気付かないはずがありません。ですが支援を求める使者はどちらの国からも来ておりません」

「それは……つまり、そういうことか?」

「はい。マンセルとミネルバの二国はマーセナリーに味方している可能性が高いです」

 二国が単独でマーセナリー王国に抗えると考えている可能性はなくはない。だがそうだとしても何も言ってこないのはどうかとチャールズは思う。

「マンセルとミネルバがマーセナリーに味方しているとなると、ますますどちらかに絞ることは出来んな」

 マーセナリー王国であれば二国のどちらに進軍したかを掴んでから軍を動かしても間に合う。だがマンセル王国とミネルバ王国の二国が軍を動かすとなれば、そうはいかない。

「パルスとしての方針は?」

「正式な使者が来るまでは国境を死守。要は手出しをするなということだ」

「……手遅れになります」

 チャールズが想定していなかった方針だ。

「国軍二大隊程度ではどうにもならない。ましてマンセルとミネルバが傭兵王についたとなっては、その二国を突破することも出来んだろう」

「東方連盟の全ての国が傭兵王の傘下になる。それを許すと?」

 パルス王国が動かなければマーセナリー王国は東方連盟を制圧してしまう。それを許す理由がチャールズには分からない。

「許すも何も他国のことだ。支援要請がない限り、こちらは手出し出来ん。要請もなしに兵を進めてはこちらも侵略軍になってしまうからな」

「傭兵王が東方連盟だけで満足するとは思えません」

 チャールズもそれは分かっている。だがいずれ戦うことになるのだ。そうであれば弱いうちに叩くべきだと考えている。

「そうだろうな。東方連盟の制圧に成功すれば、次に狙うはレンベルク帝国。そしてその次は我が国だ」

「勝てるのですか?」

 そこまでいけばマーセナリー王国は大国と呼ばれる領土を手に入れていることになる。容易に勝てる相手とは言えない。

「勝てると思っている。だから放っておくのだろう?」

「しかし……」

「恐らく軍は守ることを考えていない」

「……どういう意味でしょうか?」

「まだ想像に過ぎんが、を攻めるつもりなのではないかな? 傭兵王に東をまとめさせて、その上で討つ。そうすれば東は全て我が国のものだ」

「……そんな馬鹿な?」

 楽観的過ぎるとチャールズは思う。実際には軍もただ楽観的に考えているわけではなく、きちんと分析して結論を出したのだが、その内容を知らないチャールズにはそう思えてしまうのだ。

「そのつもりであれば、悪くない戦略だぞ? 仮に傭兵王が東を傘下に収められたとしても混乱はしばらく続くだろう。パルスが攻めても東全体が一枚岩で守るというわけにはいかん。攻める側としては付け込む隙は十分だな」

 戦いに勝ったからといって、それで終わりではない。残存する反抗勢力を倒し、または懐柔するなどして支配力を強めなければならない。それには、被占領国の状況によって大きく変わるが、それなりの年月が必要だ。

「父上はそれで良いのですか?」

「上手く行くのであれば良い。だが果たして上手く行くのか? ちょっと都合良く考え過ぎだ。まず前提として魔族との戦いを速やかに終わらせる必要がある。長引いては傭兵王に先手を打たれるからな。それだけではない。早く確実にだ。魔族の残党を多く残せば軍も分散される。それどころか東を向いている間に、横を突かれる可能性だって出てくる」

「そうですね」

 戦いに勝って終わりではないのは、魔族との戦争も同じだ。小数であっても反抗する勢力を残せば、思わぬ不覚をとってしまう可能性がある。

「それだけではない。西が同時に動く可能性を排除している。西に備えの兵を向けておいて、東に向かう時には西からの攻めはない前提で物事を考えているというのは矛盾した話だ。分かっていてそうしている可能性はあるがな」

「それはエリザベート様の考えですね?」

「なんだ、気付いていたのか?」

「クラウがその可能性を教えてくれました。今回の件はエリザベート様の謀略ではないかと」

「ほう。クラウもやるものだ。まず間違いない。文官から三名の寝返りが出た。これは新貴族派程度に出来る工作ではない」

「三名ですか……」

 エリザベートの謀略と聞かされていても、今ひとつ事の重大さが分からなかったチャールズ。三名もの裏切り者が出たと聞いて、ようやく強い危機感が湧いてきた。四エンド家が完全に押さえていたはずの文官を寝返らせるなど、簡単に出来ることではない。

「状況としてはこんな感じだ。それで……エルフの件は何か分かったか?」

「ヒューガ殿が絡んでいるという証拠は未だに掴めていません。接触出来たのも一度きり、それ以後はエルフの姿を見たという証言さえなくなりました」

「そうか……」

「どうされますか? これ以上、調査を進めようと思えば、あとは大森林を調べるしか手はないと思います」

「そうだな。問題はそれが出来るかだが……」

 ドュンケルハイト大森林は危険な場所。入って無事に戻れる可能性は、本来、無に等しい。

「ヒューガ殿が本当に絡んでいるのであれば危険は少ないかもしれません。それと彼等の中には人族がいました。それは人族であっても大森林を自由に出入りできる手段があるということになります。大森林を直接探らなくても、その場所を探るという手もあります」

 これについてはチャールズは楽観的だ。ヒューガが絡んでいるのは間違いないと考えており、そうであれば危険は少ないと思っている。これはヒューガというより、クラウディアに対する信頼だ。

「そうだな。よし、それを進めてくれ。あと私と一緒にきた者たちへの見張りを」

「……なるほど。向こうから接触するのを待つわけですね?」

 夏たちとヒューガは必ず接触する。夏たちからは無理でもヒューガのほうから。大陸のあちこちで活動しているヒューガであれば、それが可能だとチャールズも思った。

「ああ、そうだ。そしてこれについてはクラウには内緒にしろ」

「知られてはまずいのですか? クラウもヒューガ殿の行方は気にかけているでしょう? たしかに監視となると抵抗を感じるかもしれませんが」

「……ヒューガという男は思っていた以上の存在であるかもしれん」

「それはそうです。この大陸の全てのエルフに手を伸ばしているのですから」

 大陸各地にいる奴隷とされたエルフを救い出すなど、特別な力がなければ出来るはずがない。イーストエンド侯爵家が総力を挙げても難しいのではないかとチャールズは考えている。

「それだけではない。彼の存在がパルスにとって脅威になる可能性があるのだ。場合によっては彼と敵対するかもしれん」

「あの、それは? まさかクラウも敵にするということですか?」

「そのつもりはない……ある程度、話さねば無理か。ヒューガという男は王になる存在かもしれん」

「王ですか?」

 イーストエンド侯爵の口から飛び出してきたのは意外な言葉。これだけではチャールズはまったく意味が分からない。

「突拍子もないことを言っていると思うかもしれんが、とにかく最後まで聞け。パルスに伝わる勇者の伝承は知っているな?」

「はい。もちろんです」

「その伝承が歪められたものである可能性が出てきた。あれが予言したのは勇者の出現ではなく、王の出現であると。そして、その予言の王がヒューガである可能性がある。勇者の可能性も否定出来んが、それについては問題ない。問題はヒューガあった場合だ」

「……すみません。まだ、どういうことか分かりません」

「予言の王がパルスの王であるとは限らないということだ。勇者をパルスの王にするべく新貴族派は動いている。誰が権力を握ろうが、結果としてパルスに良い形に収まれば良いのだ。だがそれがヒューガであった場合、今現在、彼がパルスの王になるように物事は進んでおらん」

「……パルスの予言の王が別の国の王になるということですか?」

 それがパルス王国にどういう影響を与えるのか。まだチャールズには分かっていない。イーストエンド侯爵は言った通り、突拍子もない内容で頭の中がすぐに整理出来ないのだ。

「それはなんとしても防がなくてはならない。その為にも彼の行方を少しでも早く知りたいのだ。出来ればクラウに会わせたい」

「それは分かりますが、それとクラウが……あっ、そういうことですか……」

 クラウディアと会わせるのは良い。だがそれを預言の話がどう繋がるのか。チャールズも途中で気が付いた。

「パルス王家の血を引くクラウと預言の王であるヒューガ。パルスの王座に据える組み合わせとしては問題ないはずだ」

「……はい」

 他国の王ではなくパルス王国の王にしようと思えば、クラウディアと一緒になるのが一番だ。クラウディアは今は王家から籍を抜かれているとはいえ元は王位継承順第一位。さらにヒューガが預言の王であるというのであれば、他の誰よりも、二人はパルス王国の頂点として並び立つに相応しい。
 それはチャールズにも理解出来る。だが感情がそれをそのまま受け入れることを許さない。

「これがパルスにとって最善の方法だと考えている。だからこそ急がねばならん。今現在は最悪の方向に物事は進んでいると言えるだろう」

「最悪ですか?」

「彼はエルフの為に行動している。それが、彼が同行していたエルフの手伝いをしているだけであれば良い。だが、そうでなかったら? このまま事が成功で終われば、彼はエルフにとって大恩人だ。エルフの王として祭り上げられる可能性は無ではない」

 エルフ族とパルス王国の関係は悪い。大陸のどの国よりもパルス王国は恨まれているはずだ。預言の王がパルス王国の敵に回る。それをイーストエンド侯爵は恐れている。

「……もし、エルフの国がパルスへの仕返しに動いたら?」

「分からん。どれくらいのエルフが集まっているのか。戦力となるのがどれくらいなのか。実態は全く分かっていないからな。だが常に最悪の事態を考えていなければならない。最悪の事態は分かるな?」

「東西で戦争が起きている状況で、さらにエルフの国が介入してくることですね?」

「そこに、さらに魔族が絡めばさすがに厳しい」

「はい」

 パルス王国は大陸の全てを敵に回して戦うことになる。さすがにその状況でも勝てるとは、イーストエンド侯爵も言えない。

「それを回避する最善は?」

「クラウとヒューガ殿を玉座にですね……」

「それによって何が防げる?」

 さらにイーストエンド侯爵は問いを重ねる。これはいずれイーストエンド侯爵家を継ぐチャールズを教育しているつもりだ。機会を見つけて、こうやってチャールズに自分で考えさせているのだ。

「……エルフの介入。これはヒューガ殿がエルフと強い繋がりがある前提です」

「ああ。繋がりがあるから脅威になるのだ。その前提は正しい。あとは?」

「あと?」

 さらに重ねられた問いの答えは、すぐには思い付かなかった。

「……クラウと魔族の繋がりを使っての和解交渉。成功の可能性は低いかもしれんが無ではない」

「なるほど……」

 二人をパルス王国の玉座に据えることでエルフ族と魔族両方との和解がなるかもしれない。確かに最善の策だとチャールズは思う。あくまでもパルス王国にとっては。

「東と西だけならどうとでもなる。それだけの力をパルスは持っている。ヒューガの行方を探す。探した上でなんとかこちらへ取り込む。これが現時点の優先事項だ。そのつもりで動いてくれ」

「分かりました」

 チャールズが考えていたよりも遙かにヒューガは重要人物かもしれない。そしてそれはクラウディアも同じだ。そんな二人が出会ったのは運命なのか。だとすれば運命はどういった結末を用意しているのか。その運命の中で、自分はどんな役割を与えているのか、そもそも役割があるのか。チャールズはこんなことを考えてしまう。
 チャールズは大国パルス王国の貴族の頂点に立つイーストエンド侯爵家の嫡子。そうであっても、自分がちっぽけな存在に思えてしまう。

 

◆◆◆

 夏はまず傭兵ギルドに立ち寄った。さすがに王都にある本部とは比べものにならないが、この街の支店は他に比べれば規模は大きい。特殊な事情がある場所以外では、単純に依頼の数は住人の数に比例する。それだけイーストエンド侯爵領のこの街が大きいということだ。
 稼ぎの全てを傭兵仕事に頼っている夏たちにとっては幸いだ。この場所で仕事をしている傭兵の数もまた多いとなれば、意味はないが。
 ただそれを確かめるのは明日以降。今日、ここに来たのは依頼を受ける為ではない。そもそも午後のこんな時間ではろくな依頼が残っていない。

「いらっしゃいませ。ギルドへようこそ」

「はい。こんにちは」

「本日はご登録ですか?」

 見慣れない顔が現れたことで、ギルド職員は新規登録だと考えた、わけではなく、マニュアル通りの応対だ。

「登録というか、ちょっと聞きたいことがあってね」

「どのようなご用件でしょう?」

「この街に移ってきたのだけど、依頼はすぐに受けられるの?」

「傭兵ギルドへの登録はお済みですか?」

「王都で登録してる。必要な手続きは何もないの?」

 これで必要と言われたら面倒だ。子供たちも合わせて十四人が一斉に手続きを行うことになる。

「ギルドカードがあればどこの支店であっても依頼を受けることは可能です。時間が必要な手続きもございません」

 だがその心配は無用。傭兵ギルドはギルドカード一つで何でも出来る。この普通に考えればあり得ないのだが、そうなのだ。

「この辺の魔獣は強いと聞いたのだけど、王都の周辺と比べてどれくらいなのかな?」

「そうですね……単純に比較は出来ませんが、同じ種類の魔獣でも一ランク上だと考えていただいたほうが安全だと思います」

「ランクってギルドランクよね? そんなに違うんだ」

 たった一つとは夏は受け取らない。ギルドランク間の差、とくにC以上でのランク差がとても大きいことを知っているのだ。

「それくらいに考えたほうが始めのうちはよろしいかと思います」

「……ちなみに大森林の魔獣は? この辺よりさらに強いのよね?」

「大森林というのはドュンケルハイト大森林ですね? それはちょっとお答えできません」

「なんで?」

「分からないからです。強いのは間違いないですが、詳細についてはギルドでも把握していませんから……あの、ギルドの仕事に大森林関係のものはありませんよ?」

 傭兵ギルドはドュンケルハイト大森林に関わる依頼を受け付けない。ニーズはかなりあるのだが、そういう規則になっている。依頼を受けるのは傭兵の自己責任が原則とはいえ、成功可能性の極めて低い、ただ命を捨てるだけの依頼を受けさせるわけにはいかない、というのが一番の理由だ。

「そうなの?」

「傭兵ギルドが大森林に関わることは禁じられていますから。それがなくても関わらないのが身の為です」

「別に関わるつもりはないわよ。ちょっと聞いてみたかっただけ」

「……そうですか。変なことは考えていませんか? 勝手に大森林に入る事も禁止されていますよ」

「……大丈夫よ。それくらい知ってるわ」

 これは嘘。ただヒューガが現れるのを待っているだけでなく、こちらからも探りを入れようと夏は考えていた。だがそれは遠い先になりそうだ。

「聞きたいことは以上ですか?」

「ううん、まだあるの。ギルドって宿泊施設のあっせんもしてくれるのよね?」

「はい。ご希望ですか?」

「ご希望だけど、宿ではなく家の紹介も出来る?」

「家ですか?」

「ちょっと大家族だから、宿に泊まるよりも借家のほうが良いかなって思って」

 夏たちは大所帯だ。その上、どれだけの期間、ここで暮らすことになるかも分からない。傭兵として稼ぐつもりではあるが、鍛錬を行う時間も取らなければならない。節約は必要だ。

「そういうことですか。数は少ないですけど、紹介出来ます。手元にある中で良い物件がなければ、専門の業者も紹介出来ますから。ちなみにどれくらいの人数でしょう?」

「三十人くらい」

「……はい?」

「多すぎかな?」

 かなり多過ぎだ。そんな人数をギルドは想定していない。

「さすがにその人数が生活できる貸家の情報はないですね。それと言い忘れましたが、貸家の場合はまとまったお金が必要になります。相場はだいたい月の賃料の六倍ですね。その人数が生活できる家となると、見つかったとしても、けっこうな金額になりますよ」

「六倍? そんなに取られるの?」

「はい。保証料としてですので、家賃の滞納などがなければ、出る時にほとんど返ってきますけど」

「そう……まいったな。そうなるとやっぱり宿のほうが良いかな」

 この先、どうなるかは今の時点ではまったく分かっていない。出来るだけ手元資金は減らさないほうが良いだろうと夏は考えている。

「あの、それでも三十人となると一カ所で泊まれる芭蕉は限られます」

「そうよね。それに高くつくな」

「そうとは限りません」

「えっ?」

「まとまって泊まれる宿があるとすれば大通りに面している大きな宿か、誰も泊まらない不人気な宿のどちらか。後者を選べば宿泊代は逆に平均よりも安くなります。その代わり、建物やサービスについては一切期待しないでください」

 夏がイメージしていたのは前者だ。この街に来るまでの旅程でイーストエンド侯爵が宿泊先として利用していた高級宿、といってもその街の中ではだが。

「あるの?」

「一応、手元の情報では」

「一応って?」

「主人がかなり偏屈な人で部屋が空いていてもお客を入れない時があるのです。まあ、そんな所だから空いているのですけど。それに宿泊代もこの街のどこよりも安い、はずです」

「じゃあ、そこ紹介して」

「はい……ただ交渉はご自身でお願いします。主人の気分が良いか、気に入られれば泊まれると思います。宿泊費もふっかけられないでしょう」

「それって……まあ、良いわ。交渉してみないと分からないものね。その宿はどこにあるの?」

 交渉に失敗すれば宿泊費が高くなり、もっと最悪は泊めてもらえない。ただそれは交渉してみなければ分からないことだ。

「路地を奥に入った分かりづらい場所にありますので、地図を用意しますね。宿の名前はイガノサトです」

「……伊賀の里?」

「発音しづらいですよね? 以前は違ったのですが、偏屈な主人に代わってこんな変な名前になったのです。イガノサトです」

「……伊賀の里よね?」

「イガノサトですね」

「……何でもいいわ。じゃあ地図をお願いね」

「はい」

 ――ギルド職員から渡された地図を頼りに宿を見つけ出し、「さあ、交渉だ」と気合いを入れた夏だったが、宿の主人はあっさりと宿泊を許可してくれた。宿泊費も格安だ。
 その呆気なさを少し疑問に持った夏だったが、偏屈だと言われている主人の機嫌を損ねるのはマズいと考えて、素直に喜ぶことにした。
 これで住む場所は確保出来た。夏たちの新しい生活が始まるのだ。