月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #69 王国を守る盾

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 勇者が帰還し、いよいよ魔族領侵攻作戦の開始が間近に迫っている。そんな状況であるのに、アレックスはエリザベートの下へ日参する羽目に陥っている。
 大事な時期だ。疑いを持たれるような行動は取りたくないのだが、それがエリザベートには通じない。毎日、報告を求められても大きな進捗などあるものではない。そうアレックスが説明しても分かってもらえないのだ。

「グランの件はどうなっているのです?」

「審議のほうは進んでおりません」

「何故ですか? 邪魔者はとっとと始末してしまえば良いでしょう?」

 エリザベートの考えは正しい。拘束という手段に出たからには、もう後戻りは出来ない。速やかに事を終わらすべきだ。

「そういうわけにいきません。なんだかんだ言って、ユートとミリアはグラン殿の事を気にかけています。今、強引にグラン殿の処分を進めれば、反発を招く可能性があります」

 グランを切り捨てる決断をした美理愛であったが、少し時間が経って、気持ちが落ち着くとそれを後悔してしまう。悪人になりきれない、というのは好意的な言い方で、要は優柔不断で、人の目を気にする性格なのだ。

「勇者など放っておけば良いのではないですか?」

「魔族との戦いはこれからです。彼等を無視するわけにはいきません。それに……」

「なんですか?」

「陛下がグラン殿の処分に乗り気ではありません」

「……そうですか」

 国王に対してはエリザベートも強気な言葉を吐けない。どれだけ周囲がエリザベートを嫌い、陰口を叩いていても彼女を今の立場から追い出すことが出来るのは国王だけだ。その国王は警戒しなければならない。

「ユートとミリアの働きかけが影響しているのだと思いますが、それだけではない様にも思えます」

「どうするつもりですか?」

「逆に審議を長引かせます。少なくとも魔族領への侵攻作戦が始まるまでは」

「悠長なことですね?」

「それによりグラン殿を拘束しつづけることが出来ます。要は邪魔されなければ良いのですからそれで十分かと」

 事が実行に移され、成功してしまえばもうグランは何も出来ない。殺さなくても拘束され続けていれば、目的は果たせる。

「……良いでしょう。それで勇者の様子は? その後、何か分かりましたか?」

「いえ、あれ以降、ユートがおかしくなった様子はありません。ミリアの言うとおり、疲れがたまっていたことによる一時的なものではないかと思っています」

 この世界の今の時代には精神鑑定なんてものはない。特別取り乱すことがなければ、精神に異常を来していても分からないのだ。逆に正常であっても周囲が理解出来ない行動を取っていれば、異常だと見なされたりする。エリザベートやネロなどはその例となりかねない存在だ。

「そうですか。残念ですね。勇者の弱点を掴んだと思ったのに」

「別に残念だとは思っていません」

「……でも負けたのでしょう? 鍛錬での立ち合いで勇者に」

「それは?」

「妾が知らないとでも思っていたのですか? そなたは立ち合いで勇者に負けた。一度や二度ではなく、一度も勝てなかったが分かりやすいですね?」

「……はい」

 優斗はアレックスが驚くほど強くなっていた。実戦経験が彼を成長させた。彼の心に内在する狂気が、たがを外したとも言える。

「どうするつもりですか? 対応は考えているのでしょうね?」

「これから考えます」

「やはり悠長ですね。そなたが勇者に勝てないのであれば、どうやって勇者を抑えるのです? 少なくとも魔王を倒した後、しばらくは勇者には消えてもらわなくてはならないのですよ? そなたが王になる最大の障壁は勇者。それを忘れているわけではないでしょう?」

「もちろんです」

 忘れてはいない。ただここまで高い障壁だと思っていなかっただけだ。

「まあそんなことだろうと思って、妾も策を準備しています」

「策ですか?」

 エリザベートの考える策など、ろくなものではない。アレックスは出来ることなら聞きたくないと思った。

「殺してしまっても良いのですが、勇者の力を利用できればそのほうがより良い。大陸制覇が楽になりますからね。勇者に言うことを聞かせる。その為の策です。詳細は準備が整ったら教えます。中々大変なのですよ。ふむ、そう考えると妾にも少し時間が必要ですね。出立はいつになりそうですか?」

 アレックスの願いが通じたわけではないだろうが、策の具体的な内容は話さないまま、エリザベートはスケジュールを確認してきた。

「最低でもあと三ヶ月は必要です」

「時間が必要だとは言いましたが、そんなに必要ではありません」

「エリザベート様のご都合に合わせているわけではありません。兵を出すには、色々と準備が必要です」

「何の準備ですか?」

 これを説明することに何の意味もない。中身をエリザベートが理解しようとしまいと何も変わらないのだ。

「……まずは出征する部隊の選定」

 それでもアレックスは説明しないではいられない。拒否してもエリザベートが許すはずがない。無駄な時間が増えるだけだ。

「ん? 近衛が出るのではないですか?」

「それだけでは足りません。国軍からも出します。それと一番の問題は……ノースエンド伯が出征への参加を希望している事です」

「断れば良い」

「そんなことは出来ません。伯爵家の希望ですよ? それになにより魔族領への侵攻となれば、ノースエンド伯爵領が前線への補給基地となります。そこの領主軍が参加するのは当然と言えば当然なのです」

 戦場近くの領地の領主が参戦を求めているのに、それを断ることなど簡単には出来ない。本人だけでなく、周囲を納得させる理由が作れない。

「ふん、では仕方がないでしょう。良いではないか。兵が多くなるのは良いことです」

「そういうわけにはいかないのです。ノースエンド伯自身が参加するような事態になれば、爵位から総大将の座はノースエンド伯になります。そうなればこちらは思うように動けません」

 行動の自由を奪われてしまっては、計画は失敗する。それどころ実行に移すことも出来ない。

「問題ばかりですね。どうしようとしているのですか?」

「せめて領地に留まってもらうように話を進めようとしています。最前線の補給地の守りはなによりも大事だという理由で。ただ今のところ、大勢は伯の領地軍の出征を認める方向に傾いています。なんといっても有力貴族側は発言力が違いますので」

 パルス王国貴族の最上位である四エンド家の一つノースエンド伯の意向に反することが出来る人は少ない。まして他のエンド家もそれを支持しているとなれば皆無となる。国王が雄一の存在だが、国王を動かす術をアレックスは持っていない。

「……まったく、何から何まで妾がやらなければいけないのですか? それが最終的に決まるのはいつです?」

「遅くとも一月以内には」

「出来るだけ決定を出征のぎりぎりまで延ばしなさい。それと金を用意しなさい」

「金ですか? それはどれ位?」

「多ければ多いほど良い。集められるだけ集めるのです」

「集められるだけ? 使い道を聞いてもよろしいですか?」

「金の使い道は買収以外に何があるのですか?」

 金の使い道はそれだけではない。買収はどちらかといえば稀な使い方だ。ただ王家に生まれ育ち、嫁ぎ先も王家であるエリザベートは自ら金を使って物を買ったことがない。使用人に給金を払うのもエリザベートではない。

「お相手は?」

「それをそなたが知る必要はありません。これは最後の最後まで取っておきたかった切り札ですからね。転びそうな人物が万一知られたらそれで終わりです。そして一度それをやってしまえば、もう二度目は使えません。裏切ると思っていない者が裏切るから物事をひっくり返せるのですよ」

「はい」

 この陽に言い切れるのは、そういう人物と以前から接触を図っていたからこそ。エリザベートの謀略は自分に関係なく進められていたのだとアレックスは思った。

「さて軍の選定は済みました」

「いや、まだ」

「済んだようなものでしょう。あとは何ですか?」

「兵糧、武具の準備、そして兵の鍛錬。一番大きいのは軍全体の再配置です。これが最も時間がかかります」

「何故そんなことを行う必要があるのですか?」

「魔族領への侵攻を開始すればそれだけ王都の守り、パルス全体の守りが薄くなります。万一の他国の侵攻に備えて、守るべき所に兵を置き直さなければなりません」

 魔族との戦いだけに集中しては、他国に隙を見せることになる。これくらいのことは当たり前に考えている。

「具体的には?」

「まずは東。傭兵王を中心として東方に不穏な様子があるとの報告が来ているようです。それの備えですね」

「ほう。それはつまり、イーストエンド侯が領地に戻ると言うことですか?」

 アレックスの説明はエリザベートにとって悪いものではなかった。

「可能性はありますが、具体的には決まっていません」

「戻らせなさい。そうですね、あとは西にも不穏な動きがあるでしょう?」

「西ですか? そんな報告は聞いておりません」

「不穏な動きはあるのです。そしてその為にウエストエンド侯も領地に戻らなければならない。あとは南ですね。さすがに南は無理ですか……そういえば、何やら盗賊が騒いでいるという話がありましたね。あれはどうなりました?」

 事実などどうでも良いのだ。四エンド家を王都から追い出すことが出来るのであれば。その為の方策をエリザベートは考え始めた。

「……詳しくは知りませんが落ち着いたようです。かなりの盗賊が討伐されたと聞いています」

「でもまだ残っているでしょう。南で騒ぎ出しますね。その盗賊は」

「あの? さっきから何を言っているのですか?」

「こんなことも説明しなければ分からないのですか? もう少し自分の頭を使いなさい。四エンド家を王都から引き離す為の策略ですよ。魔王討伐の出征後、その者たちに王都にいられては面倒です。特に新しい王の選定時にはね」

「新しい王の選定?」

「……そなたとローズマリーの婚儀を決める時です」

「ああ、そういう事ですか」

 自分が王位に就く為と知って、アレックスの気持ちは少し和んだ。エリザベートが強引な手段を取ろうとしていることに対する否定的な気持ちも薄れてしまう。

「反対する者は出来るだけ少ないほうが良いでしょう? ましてや、もっとも発言力がある四エンド家がいないというのは、そなたに有利に働きます」

「おっしゃる通りです」

「話が分かったら段取りを進めなさい」

「いったい何を?」

「……西に不穏な動きがあるという報告をでっち上げなさい。実際に小さな動きくらいはあるはずです」

 一つため息をついた後で、エリザベートをアレックスが行うべきことの説明を始めた。ため息は何故、自分が説明しないと分からないのか、というアレックスへの呆れの気持ちから出たものだ。

「そうなのですか?」

「……ユーロンが動くかもしれないという風に話を大きくして、ウエストエンド候を何としても領地に返すのです。南については実際の盗賊を動かせば良いでしょう。ちょっと派手にさせれば良いのです」

「盗賊を動かせと言われても……」

「いないのですか? 手を回せる盗賊の知り合いが?」

「いるはずがないでしょう!? 盗賊ですよ?」

 ますます呆れた様子のエリザベート。ただこれはアレックスが可哀想だ。盗賊の知り合いなど、普通はいない。ましてアレックスは、近衛とはいえ軍人であるからには、それを討つ側の立場だ。

「それくらい作っておきなさい。そなたは本当に役に立ちませんね」

「そんな理不尽な……」

「金でなんとかしなさい。伝手くらいは教えてあげます」

「……はい」

 何故そんな伝手があるのか。気になるが聞くのは恐い。アレックスは了承するだけで終わらせた。

「あとは何かありましたか?」

「……特になにも」

「では話は終わりですね。下がりなさい」

「えっ?」

「何ですか?」

「……いえ何でもありません」

「ふふふ……欲しければ跪きなさい」

「……跪く?」

「妾が欲しいのでしょ? 欲しければ、抱きたければ、跪いて妾にお願いするのです。そうですね……エリザベート様、私は貴方のしもべ。どうか私に貴方のお情けを、これが良いでしょう。さあ、アレックス、妾にそなたの情けない姿を見せておくれ」

 冗談じゃない。この言葉が口から出ない。頭では思っているはずなのに、そんな真似が出来るかと思っているはずなのにアレックスはそれを声に出来ない。
 エリザベートとの逢瀬を重ねていくうちに、アレックスはどんどん逆らうことが出来なくなっている。それがどんなに無茶な要求であっても。
 屈辱の気持ちは心に残っているはずなのに、自然に膝が折れてしまう。そして、それを見て嬉しそうに微笑むエリザベートの姿に喜びを感じる。
 自分は淫魔にでも魅入られてしまったのだろうか。アレックスの頭の片隅にそんな思いが浮かんだ。それもわずかな間だ。

 

◆◆◆

 玉座に座る国王の前にパルスの中枢を担う文武高官が勢ぞろいしている。担当レベルでの細かな打ち合わせをこれまで何度も重ね、今日はいよいよ王の裁可を頂く日。
 この場にいる全員が魔族領への侵攻に全面的に賛成しているわけではないが、侵攻そのものがすでに決定事項。行うからには失敗させるわけにはいかない。「ドュンケル大森林の悲劇」の再来など、決して起こしてはならないのだ。

「それでは僭越ながら、近衛軍団長の私が進行を務めさせて頂きます」

 近衛軍団長が会議の進行役。それを聞いて苦々しい顔をしている参加者がいる。近衛軍団長という地位に就いているが、本人に近衛軍をまとめる才覚がないことは明らか。ただのお飾りなのだ。
 そんな彼が進行役を務めるのは今回の作戦においては近衛軍が主体となる為。お飾りの軍団長であっても地位的には近衛軍の長である彼の役目となる。

「まずは今回の作戦に参加する軍の編制です。大きく三軍に分かれております。侵攻軍。これは実際に魔族領に攻め込む軍です。近衛第一大隊から第五大隊、それとパルス国先軍及び中軍、各軍標準編成で総勢二万五千。総大将は僭越ながらわが軍の……」

「ちょっと待て!」

 近衛軍団長の説明を遮る声をあげたのはイーストエンド侯爵。魔族領侵攻作戦に否定的な考え持つ参加者の中でも筆頭だ。

「……何でしょうか? まだ説明の途中ですが?」

「聞いていた話と違う。侵攻軍にはノースエンド伯の軍が参加するはずだ」

 近衛軍だけに任せるには不安がある。お目付役としてノースエンド伯爵が参戦することになっていたはずなのだ。

「その件ですか……それについて軍部のほうで相談した結果、ノースエンド伯の軍には補給地の防御任務についてもらうことにしました」

「そんな許可は出ていない」

「この会議がその許可を得る場だと思いますが?」

「なんだと?」

 近衛軍団長は、イーストエンド侯爵に対して強気な態度に出てきた。自分がお飾りであることを自覚している近衛軍団長は、周囲を気にして常に低姿勢でいるような人物だ。そんな彼がパルス王国貴族の頂点にいるイーストエンド侯爵に反抗的な態度を取るなど、普通ではあり得ない。
 何かある。イーストエンド侯爵の胸に嫌な予感が広がっていく。

「よろしければ続きを?」

「ああ、続けろ」

「では。侵攻軍の総大将は近衛軍第一大隊長であるアレックスが務めます。続いて、前線への補給拠点の防衛軍としてパルス国後軍第一大隊および第三大隊。これは物資の前線への運搬任務も担います。そしてノースエンド伯の領地軍はその後方になる伯の領地をそのまま守っていただきます」

「ふざけるな! 儂の軍が領地を守るのは当たり前だ! それは作戦に参加していないと同じだろ!?」

 近衛軍団長の説明に、今度はノースエンド伯爵が声をあげた。

「……ノースエンド伯。これはあくまでも案です。最後まで話を聞いてください」

「貴様、何様のつもりだ?」

「……続けます。後方物資の運送および護衛任務についてはサウスエンド伯の軍にお願いしたいと考えています」

 ノースエンド伯爵の問いを無視して、近衛軍団長が話を先に進めた。その内容も四エンド家の一人、サウスエンド伯爵を刺激するものだ。

「……なぜ我らの軍が、わざわざ南から北へ出向かねばならん? 他にふさわしい軍があるだろ?」

「他の軍には魔族領侵攻作戦とは別の任務があります」

「……説明してもらおう」

「はい。まずは東方です。東方連盟においてマーセナリー王国の活動が活発化しているのは皆様ご承知の通り。今回の侵攻作戦を我が国が開始する事で、その動きがもっと具体的になる可能性があります」

 マーセナリー王国に動きがあるのは事実だが、活発という表現は正しくない。今の時点では密やかな動きと言うべきだ。そんな外国の情勢を何故、近衛軍団長が知っているのか。
 入れ知恵をした者がいる。ではそれは誰か。四エンド家の面々の警戒心がさらに強まる。

「……だから?」

「万一に備え、東国境の防衛を強化する必要があります。パルス国後軍第四大隊および第七大隊、そしてイーストエンド侯にもその任に当たって頂きたい」

「…………」

 近衛軍団長が何故知っているかは置いておいて、情報は事実。国境の守りを固めるのは間違いではない。

「イーストエンド侯?」

「続けろ。まずは、と言ったからには先があるのだろう?」

「……はい。西、ユーロン双王国においても不穏な動きがあります。それに備えてウエストエンド侯の下にパルス国後軍第八大隊から第十大隊を派遣いたします」

「いらん」

 ウエストエンド侯爵は、近衛軍団長の説明をたった一言で切り捨てた。

「はい?」

「ユーロン双王国の動きなど微々たるものだ。末弟王がわずかに軍らしきものを動かしているにすぎん。そんなもの脅威でもなんでもない」

 ユーロン双王国の動きについては、かなり誇張されている。事実はウエストエンド侯爵が言った通りで、末弟王であるネロが軍、と呼べる規模ではない数をただ動かしているだけだ。

「……では候のみで?」

「儂も必要ない。息子がおれば十分」

「そういうわけには……今は小さくても、ユーロン双王国全体が動き出せば、恐れながらご子息だけでは」

「お主はウエストエンド家を馬鹿にしておるのか? たとえユーロン全体が相手でも息子だけで十分。その程度には鍛えておる」

「しかし……」

「いらんと言っている」

「…………」

 虎の威を借るだけの近衛軍団長ではここが限界。これ以上、話を進めようとするならば、上の人間が出てこなければならない。そう四エンド家の人々が考えていた、その時。

「では、採決を取りましょう。その上で王の裁可を仰げばよいのでは?」

 案の定、話に加わってきた、それも先に進めようとする人物が出てきた。宮務庁長官のケルベリスト伯爵。四エンド家が想像して以上の大物だ。
 ただ宮務庁長官は新貴族派ではなかったはず。それはそうだ。爵位は伯爵であり、宮務庁長官という地位も得ている。既得権益者であり、新貴族派から見れば、敵であるはずなのだ。

「はい。では早速。軍部の提出する本案に賛成の方、挙手願います」

 手を挙げたのは、近衛軍団長は当然、国軍中央軍団長、国軍地方団長、王都防衛軍団長、憲兵隊長官、辺境護民長官、情報局長も賛成に回っている。手をあげなかったのは軍務長官と宮中近衛隊長。軍部は七対二。もともと軍部の意見として提出された案だ。こういう結果であるのは当然。
 では文官はとなると、文官で手をあげているのは宮務庁長官だけでなく、司法庁長官と商務庁長官まで。文官十人のうち三人が寝返ったことになる。
 
「賛成十、反対九。賛成多数ということでよろしいですね? では本案で王の裁可を仰ぐことにいたします」

「…………」

 呆然としている四エンド家の人々。自分たちが支配下にあった文官側から三人の裏切り者が出た、というだけでなく、ここまでのことが出来る黒幕が何者か分かったのだ。

「イーストエンド侯。王への裁可は太政大臣である侯よりと定められております」

「ああ、わかった。王、臣下の議論を尽くされました。今こそ王のご裁可を」

 国王に向かって裁可を求めるイーストエンド侯爵。その視線はまっすぐに国王に向いている。不敬と、イーストエンド侯爵でなければ、周囲から叱責されるだろう態度だが、そんなことは気にしていられない。
 イーストエンド侯爵は王に気付いて欲しいのだ。これが誰の企みであるかを。

「……許可する」

「……はっ!」

 だが国王はイーストエンド侯爵の期待に応えてくれなかった。内心、ひどく落ち込んでいるイーストエンド侯爵。
 ここまで落ちぶれたのかという思い。もしかすると気付いていて認めてしまったのかという思いも浮かんだ。そうであれば国王はパルス王国が滅んでも良いと考えていることになる。そんなことはあり得ない。あって欲しくなかった。
 玉座を立って、去って行く国王の背中を見ながら、イーストエンド侯爵はこんなことを考えていた。

「では、軍部は本案にて至急準備を進めます。皆様お疲れ様でございます」

 近衛軍団長を先頭に賛成派の軍部高官は、露骨に喜びを表して謁見室を出ていく。一方で賛成した文官たちは四エンド家と目を合わせないようにこそこそと。
 反対した文官も、信じられない結果に半ば茫然としながら出て行った。もしかしたらこの一件が今後の彼らの去就に影響を与えるかもしれない。
 謁見室に残ったのは四エンド家のみだ。

「良いのか?」

 最初に口を開いたのはウエストエンド侯爵。イーストエンド侯爵に向かって問い掛けた。

「今回は負けだ。敵のほうが上手だった」

「そうだな。まさかここまで手を伸ばす力を持っていたとは」

「油断だな。まさかここであの女が動くとは……」

「やはりそうか?」

「間違いないだろう。後宮の女狐、エリザベートが動いた。問題は何を企んでいるかだ」

 新貴族派の為に動いていたのではない。エリザベートはそんな人物ではないと全員が思っている。

「……想像がつかん」

「女狐は今回、宮務庁長官を始め多くに裏切りを唆した。しかし裏切なんてのは一度しか通用しない。つまり切り札を使わなければならない程、今回の出兵案を通すことは重要だった」

「目的は明らかに我等を王都から離すこと。その間に何をしようとしているか。いや国軍も離しているか。王都は近衛が圧倒的に優勢……そこまで考えているのか?」

 王都から近衛軍以外に勢力を排除して、何をしようとしているのか。最悪のケースは、すぐに頭に浮かんだ。

「わからん。だが可能性がないとは言い切れん」

「決断が必要かもしれん。王を守るかパルスを守るか」

「ユーロンは動くか?」

「今はその動きはない。だが女狐が黒幕となると油断は出来ない。自分の欲望を満たすこと以外で、あの女が動くとなれば、出身国であるユーロンの為くらいだろう」

 ネロの動きについてはウエストエンド侯爵はまったく気にしていない。だがエリザベートが裏にいるとなれば、それは逆に油断させる為の動きではないかとまで思ってしまう。

「傭兵王は間違いなく動く。こちらが動くのに合わせてだ。問題はパルスまで一気に手を伸ばすつもりがあるか。あるとすれば届くのはいつかだ」

「北での戦いの中、東と西が動く……パルスを守ることになりそうだな」

 短期で状況をひっくり返すのは無理。そうであれば現状取るべき、最善を選ぶしかない。それが何かとなれば、他国からの侵略を防ぐこと。その為には、たとえ辺境の一領主に落ちることになっても四エンド家は健在でなければいけないと彼等は考えている。彼等の祖先はそういう存在だったのだ。その結果として軍功をあげることになり、高位貴族になったに過ぎない。

「……我等はパルスを守る盾。その使命を忘れてはならん」

 自らに言い聞かせるようにこれを言うイーストエンド侯爵。
 パルス王国を守る盾になる。それが彼等、四エンド家が代々背負ってきた使命なのだ。彼等にとって守るべきはパルス王国、パルス国王ではない。それがたとえ、かつては親友と考えていた相手であったとしても。