街の路地裏にひっそりと佇む建物。外から見れば粗末な建物だが中に足を踏み入れると、外観からは想像出来ない豪華な内装になっている。特にこの執務室は家具もかなり立派な物が置いてある。普通の仕事をしていては、決して手に入れられない高価な家具だ。 街の路地裏にひっそりと佇む建物。外から見れば粗末な建物だが中に足を踏み入れると、外観からは想像出来ない豪華な内装になっている。特にこの執務室は家具もかなり立派な物が置いてある。普通の仕事をしていては、決して手に入れられない高価な家具だ。 その金持ちの主は執務室の、これもまた立派な机に座って、震えている。彼の目の前にいるのは客ではない。招かざる客が現れたのだ。
「……こんな真似をしてタダで済むと思っているのか?」
「そんな脅しで止めるくらいなら、始めからこんなことはしねぇよ」
「お前等だろ? 各地で奴隷商人を襲っている盗賊は?」
噂はとっくに耳に入っている。それなりに警戒をし、守りを固めていたつもりだった。だが盗賊は、あっさりと執務室まで侵入してきてしまった。
「だとしたら?」
「いつか痛い目に遭うぞ」
「少なくともそれは今日じゃねぇな。さっさと吐いてもらえねぇか? あんだろ? 顧客名簿」
「そんなものはない」
「じゃあ、死ね」
白状しようとしない奴隷商人に、盗賊は一歩近づき、背負っていた剣を抜く。見る人が見ればすぐに分かるかなりの業物。とても盗賊が持つような代物ではない。
「おい! そんな事をすれば――」
「そんな事をすれば? その続きは『名簿は手に入らなくなる』か?」
「…………」
「だんまりは肯定と同じ。死にたくなければ出せよ」
「……どうせ殺すのだろ?」
素直に言うことを聞いたからといって命が助かる保証はない。それどころか殺される可能性のほうが高いと奴隷商人は考えている。
「殺されねぇで済む方法はあるぞ。ひとつは大人しく名簿を出すこと。もう一つは、俺達に協力することだ」
「協力?」
「奴隷を持ち込む盗賊を教えること。あとは正規の手続きでこっちが望む奴隷を手に入れること。分かっていると思うが難しい仕事だぞ。成り上がり貴族様は好みがうるせぇからな」
「貴族? 貴族がこんな真似を?」
盗賊の背後に貴族がいる。まさかの事実に奴隷商人は驚いている。
「いけねぇ、口が滑った。今の言葉は忘れろ。忘れることが出来ないなら死ぬだけだ。返事をもらおうか? 協力するかどうかも含めてな。どうする? 考える時間は少ねぇぞ」
「……分かった。協力する」
「忘れる、がないな?」
「……忘れる」
死にたくなければこう言うしかない。とにかく今の状況から無事に抜け出すことが大事なのだ。
「よし。じゃあ、まずは名簿だ。どこにある?」
「その本棚の後ろ。二段目に隠し棚がある」
「口で説明しないでお前が取れよ」
「…………」
「取れねぇのか? それはつまり、俺を騙したってことだな」
悪事を働く者の考えることは同じ。こういった罠はすでに経験済みだ。さすがに初めての時に助かったのはただの運だが、そういう罠があると一度知ってしまえば、引っかかることはない。
「本当の場所は? まあ、吐かなくても探せばいいだけだ。この部屋にあるのは間違いないんだからな」
「…………」
「もう良い。分かった。そいつが座っている椅子の下だ。さっきから手がそこをうろついている」
「何だって!?」
突然、天井の上から聞こえてきた声に奴隷商人は酷く驚いている。その反応は当たりだと言っているようなものだ。
「驚いていないでそこをどけ。どかなくても無理やりどかすだけだけどな」
「何で分かったんだ? いや、そんな事はどうでもいい。今度こそ本当に協力する! だから殺さないでくれ!」
「間違いないみたいだな」
この方法もこなれてきた。人というものは、それを隠そうとすればするほど、その隠し物を意識してしまう。視線が向いたり、逆に必死に隠し場所を見ないようにしたりと。
何回か質問を重ねて、相手の反応を見る。反応を見るのは別の者。尋問者が視線を外している間に、隠し場所を見るというのは典型的な反応だ。
男をどかして椅子を探る。クッションの中におかしな感触があった。剣の刃でそれを切り裂くと、中から紙の束が出てきた。目的の顧客名簿だ。
「新しい情報はあったか?」
「ん。都市連盟の街の名がある。なかなか良い情報だ。そっちは?」
「奥の小部屋に隠されていた。すでに外に連れ出している」
「何人だ?」
「一人」
「そっか……まあ少ないのは良いことだ。出来るだけ辛い思いをした者は少ないほうが良い。助けた後も大変だしな」
「ああ」
助けたといっても、それで終わりではない。心に傷を負ったエルフ。その傷を癒せて初めて助けたことになるのだ。それは中々に切なくて辛い仕事だ。そもそも仕事と割り切るような考えではやりきれない。心から相手を思いやることが最低条件。それが出来て初めて相手と正面から接することが出来るのだ。
そんなことを思って、感傷に浸っている暇はない。普段であればこれで引き上げなのだが、今日はもう一仕事残っているのだ。
「おい、終わったのか?」
その一仕事の相手が、タイミング良く姿を現した。
「もう少しだ」
「ん? まだ生きてるじゃねぇか。さっさと殺しちまえよ」
「今やるところだった。それをお前が邪魔するからだろ? 探し物がまだ終わってねえ。もう少し待ってろ」
「……じゃあ、戦利品を増やして良いか?」
「戦利品? 何の事だよ?」
「奴隷だよ、奴隷。良いだろ? ここには結構な上玉がいるみたいなんだ」
下卑た笑みを浮かべながら、これを言う男。
「またそれか? それは禁止されてんだろ? 奴隷なんて足手まといだ」
男の見事過ぎる演技に笑みが浮かびそうになるのを堪えながら、厳しい言葉を投げ返す。
「はあ? 我慢してれば、いつか好きにさせてやる。テメエはこう言ったよな?」
「ああ、言ったな。だからもう少し我慢しろ」
「もう少しって、いつだよ!? この仕事も残り少ない。この機会を逃したら、いつ機会があんだよ?」
「うるせぇな! テメエ馬鹿だろ! 元から許す気なんてねぇんだよ! それを馬鹿がうるせぇから適当なことを言っただけだ」
「……何だと?」
約束は嘘。それを知らされて驚いている男、ではない。驚いているのは言い合いをしている男以外の者たちだ。
「なんだ、その間抜け面は? 馬鹿はこれだから困んだよ! いいからとっとと引き上げの支度しやがれ」
「ふざけんな! テメエ、よくも俺を騙しやがったな!」
さらに挑発する言葉に男はさらに怒りを募らせる、演技をする。
「だったらどうする?」
「ぶっ殺してやる!」
「はっ! テメエに出来んのかよ?」
「調子に乗るな! 一人じゃ駄目でも、皆でかかればどうにかなんだよ! おい、テメエら今の話は聞いたな!?」
「ああ」「おお」「ふざけやがって」「やっちまえ!」
「なんだと!? 貴様ら、刃向かってただで済むと思うな!」
「知るか! やっちまえ!」
という流れで同士討ちが始まる。あとは適当にやられた振りをしながら、相手を倒していく。相手が五人だろうと所詮はただの盗賊。他にはない厳しい鍛錬を乗り越えたサスケに敵うはずがない。
最後は残ったの争いのきっかけとなったサスケと男、セイカイだ。二人が相打ちを演じたところで。
「ひえー!」
同士討ちの目撃者となった奴隷商人が逃げる。かくして奴隷商人を襲っていた盗賊の一集団は全滅したのであった。
「よし、引き上げるぞ」
「ああ」
◆◆◆
周りを林に囲まれた街道を三台の馬車が移動している。その周りには護衛と思われる傭兵たち。人数は八人。決して少なくない数。奴隷商人はかなり奮発したようだ。 それだけの傭兵を雇っても採算が合うということは、どれだけ高価な奴隷を運んでいるのか。すでに調べはついている。ただ問題は護衛の傭兵たち。通常であれば襲撃を見送るケースではあるが。
「丙で行きます。ジン、任せます」
「おう」
サイゾウの指示に応えたのはジンパチ。この仕事の間は本名では、もともと本名ではないが、呼び合わないことに決めていた。
「ゾウ、弓を」
「了」
ジュウゾウもこの場で待機。といっても当然、彼にも役目はある。相手に見えないように身をかがめたまま、弓の準備を始めた。
「私とスケでそれぞれ前と後ろを率います。さて皆さん、行きますよ」
馬車が近づく。通り過ぎるのを待っていたカマノスケが三人の手勢を率いて後方から馬車に襲い掛かった。
「出たぞ! 盗賊だ!」
相手の反応は早い。これは予想していたものだ。それでも動いたのは半分。そうなると襲撃側も残りを出すだけ。
「行きます!」
カマノスケたちと同じく四人で、サイゾウは前方から馬車に向かう。人数としてはこれで五分。ただ人数が五分なだけで戦力としてはそうではない。
正面から向かった襲撃者に残っていた四人の傭兵が対峙した。これで完全に馬車の足は止まる。
「まだですよ」
傭兵に動く気配はない。あくまでも迎え撃つ体勢。だがそれは襲撃側の予定通りの展開だ。
「うぉっ」「なんだ!」「馬が!」
突然真ん中の馬車に繋がれた馬が暴れ出し、前にあった別の馬車を、少しぶつかりながらも躱し、さらに前に並ぶ傭兵たちを蹴散らすようにして、サイゾウたちに向かってきた。
「今です! お宝は先頭の馬車! 敵が乱れている間に突っ込むのです!」
「うおっしゃ!」
仲間に指示を出しながらサイゾウは、横を通り過ぎる馬車にしがみついている御者に苦無を当てる。御者が馬車から転げ落ちるのを確認。あとはジンパチにお任せだ。正面の馬車に向かう仲間を放っておいて、街道から林の中に飛び込む。カマノスケも今頃は同じ事をしているはずだ。
残った襲撃側はまったく歯が立たない。傭兵に次々に拘束されていく。問題はない。彼等が捕まってもこの先の計画に影響は出ない。影響を与えるとしても、それは好影響だ。
◆◆◆
ようやく傭兵ギルド、というよりギルド長が個人的には張った網に、ヒューガの手の者が引っかかった。東方連盟では完全な空振り。ヒューガたちの動きがパルスに移ったと見て、ギルド長側も網をパルス王国内に張り替えた。それでもすぐに成果はあがらなかった。 ギルド長の配下がいる依頼はすべて成功していた。それはそうだ。襲ってくる者がいないのだから。完全に見極められている。そう思って諦めかけていたところに、ようやく網に掛かったとの報告をカインが持ってきたのだ。
「詳しい説明を頼む」
「はい。護衛任務に参加したのは八人。そのうち四人がこちらの手の者です。襲ってきたのは八人の盗賊ですが、恐らく他にも潜んでいたものと思われます」
「何故だ?」
「馬車を引いていた馬が不自然に暴れ出したそうです。あとから調べたところ、矢が刺さっているのが分かりました。恐らく、弓で馬を射て暴れさせ、その隙に何かをしたものと思われます」
「おい、何かとはどういうことだ?」
カインの報告は曖昧だ。そうなる理由がギルド長には分からない。
「護衛任務そのものは成功です。襲ってきた盗賊のうち、四人を刺殺。二人を捕らえました」
「残りの二人、いや三人に奴隷を奪われたということか?」
「それが……奴隷商人はその事実を認めておりません。一人も奪われることなく無事だったと言われたそうです」
「……分からんな」
「奪われた奴隷は恐らく非合法の奴隷です。ですので奴隷商人はそれを認めなかった」
非合法奴隷を所有していたことが知られれば、自分も罰を受ける。この奴隷商人に限らず、被害者のいつもの反応だ。
「そうか、すまんな。基本的なことを忘れていた。彼等の目的は非合法奴隷。それは当然だ。捕らえた二人からの情報は? やはり口は堅いか」
「いえ、それが簡単に口を割りました」
「そうなのか?」
「具体的な背後関係までは分かりません。分かっているのは、それが貴族だということです」
「貴族?」
意外な言葉がカインの口から飛び出してきた。黒幕はヒューガだと考えているギルド長にとって、何故、貴族が関わっていることになっているのかが分からない。
「はい。彼等はそう言っています。自分たちの後ろには貴族がついている。こんな真似をしてタダで済むと思うなと」
「自分たちのやったことを理解しているのか? そんなことを言える立場じゃない」
「そうですね。でも貴族の後ろ盾があれば助かると思っているようです。自分たちが奪っていたのは非合法の奴隷。非合法のものを非合法に奪ってそれが罪になるのかと。まあ全く見当違いとは言いませんが、奪ったものが非合法だからといって罪が消えるわけではないってことを分かっていないみたいです。しかも奴隷商人から財産を奪ったことも忘れている。彼等のやったことは立派な強盗です」
「なんともお粗末な……そんな者が……」
「はい?」
「いや、そんな者が、こんな大それたこと出来るのかと思ってな」
ギルド長は危うくヒューガの名を出してしまうところだった。ヒューがの手の者にしては、ずいぶんと質が悪い。さらに貴族の手を借りているというのも意外だ。
「逃げた残りの盗賊の足取りは?」
「完全に消えました。現場から少しは追えました。おそらく奴隷にされていた者の足跡でしょう。でも途中からそれも完全に消えております」
「なんだかチグハグだな。捕まった者たちと逃げた者たちでは全く別の集団のようだ」
「実際そうなのではないでしょうか?」
「……そう思う根拠は?」
カインの説明にはまだ先がある。ここまでの説明の裏にある真実を彼はまだ話していない。
「襲ってきた盗賊は八人。前後から四人ずつで襲ってきました。でも実際に戦闘に参加した盗賊は六人です。前後それぞれ一人ずつが戦闘時には姿を消していました。そして姿を消す前までは、逃げた二人が指示を出していたようです」
「つまり、どういうことだ?」
「わざと捨石にした。こちらに始末させようとしたのではないでしょうか?」
「……そのことを捕まえた盗賊に話したか?」
「言いました。でも、別に何とも思っていないようです」
仲間の裏切りを知れば、協力的になって色々と話すかもしれない。そう考えてのことだが、それは上手くいかなかった。
「何故だ? 自分たちを置いて逃げたんだ。恨み言の一つもあるだろう」
「何度も同じことがあったようです。指示は出せても戦いは苦手。そいつらはそういう奴だと」
裏切りを裏切りと思わせない為に、事前にいくつもの布石を打っている。それに捕らえられた盗賊たちは、まんまと嵌まっているのだ。
「それで良く文句が出なかったな?」
「逃げたときは分け前はなし。そういう約束というか、決め事だったようです。これまでは自分たちの分け前が増えて幸運だった。でも今回は逃げたあいつらが幸運。こういう認識です」
「では、実際にそうなのではないか?」
少し調査が深入りしすぎている。ギルド長はそう思い始めた。非合法奴隷を奪っている者たちの黒幕は貴族。この結論で、ギルド長は良いのだ。
「そうでしょうか?」
「そうでないと言える根拠はあるのか?」
「ちょっと気になって調べてみました。気になったのは、ずっと網に引っ掛からなかった彼らが何故、今回に限ってかかったのか」
「……分かったのか?」
「分かったとは言いませんが、おかしな状況にあります。最近になって急に奴隷商人への襲撃が失敗しています。正確ではないかもしれません。そもそも事件として認識されること事態が少なかったのですから」
「ちょっと分からん」
「ギルド長がこの件を変だと感じたのはあくまでも盗賊からの護衛依頼が増えたからです」
「そうだな」
「では事件となったのは何件でしょうか? 今まで我々が認識しているのはせいぜい護衛依頼が失敗した事により襲撃があったと分かった件数だけです。これは依頼なしに襲撃されたものが事実を隠していることが原因です」
「そうだな」
非合法奴隷を奪われても、訴え出ることは出来ない。事件化していない襲撃は明らかになっているものの何倍もあるとカインは考えている。その通りだ。
「でも最近、襲撃そのものの失敗が事件化しています」
「何故だ?」
「理由はいくつかあります。盗賊同士の仲違いにより殺し合いになったもの、巡廻が駆けつけたことによるもの、件数はそれほど多くありませんが、表沙汰になるものが出てきました。そしてそのいずれも、ほとんどの盗賊は死んでいます」
「死んでいる?」
「はい。もうひとつ共通点があります。貴族が絡んでいるという証言。目撃者、戦いになった巡廻兵。証言者は当然違いますが、いずれも盗賊がつい漏らした言葉だと言っています」
「……複数の証言者か。それが事実だと受け入れるのはおかしいことか?」
複数の証言者がいる。だがそれでもカインはそれを疑っている。その理由がギルド長には分からない。
「事実かもしれません。死んだ盗賊、生きている盗賊、その両方が同じ証言をしているのです。そしてさらにそれを裏付けるものがあります」
「それは何だ?」
「噂が流れ始めてます。奴隷商人の襲撃がいくつか起こっていて、その目的が非合法奴隷の解放であること。それと共にその件は、心ある貴族が非合法奴隷の存在に心を痛めてやったことだと。あえて自分の手を汚しても断行したものだと。更にもうひとつ。もしかして勇者ではないかなんて話まで出てます」
「勇者だと?」
貴族の次は勇者だ。裏を知っているつもりのギルド長だが、それを疑う気持ちが湧いてきてしまう。
「根拠がある話ではありません。でもひっそりと確実に広まっています。これが広がれば貴族も否定しづらいです。貴族が非合法の奴隷を抱えている。公然の秘密と言えますが秘密であることに違いはありません。話が盛り上がれば、貴族に対する平民からの風当たりは強まるでしょう。だが一方で同じ貴族が正義の味方になっているという話も広まっている。それに便乗して貴族の中にそういう者がいると勝手に認める貴族も出てこないとは限りません。自分たちへの風当たりを弱める為にです」
これがヒューガの仕業とすれば、良くここまで頭が回るものだとギルド長は感心する。頭が良いのは分かっていたが、ここまでとは思っていなかった。いやこの場合は、これでもかというくらいに策を打ってくる地道な努力を褒めるべきか。
だがカインはこの状況で、これは事実ではないと読んでいる。カインもまた人並み外れた能力を持っているということだ。
「……もしかして俺は、お前を見損なっていたか?」
「はっ? なんですかそれは?」
「お前がここまで頭が切れるとは思っていなかった」
「……そんなことはありません。でもそう言ってもらえると嬉しいです」
「俺は、お前が満足する仕事場を与えていなかったのではないか?」
ギルド兵に相応しい戦闘能力、そして良く気が付くところを買って、副官として働かせていた。だが任せていたのは、あくまでも自分が考えたことを実行する役目。カインに自ら考えさせることはしてこなかった。
「もういいですよ。そんな心配は無用です。でもそうですね。あえて言えばこんな面白い相手は初めてです。今回の仕事は中々やりがいがありますね」
「そうか……この先を聞いても良いか? 相手がどうしようとしていると考えている?」
「……そうですね。私が思うに非合法な活動はそろそろ終わりだと思います。ここ最近の失敗がそれを示しています。非合法な活動を終える前にそういった活動しか出来ないもの……いや違いますね。真実を知らせるに値しないものを始末しようとしている。そういうことなのだと思います」
「ほう。そうなるともう終わりか」
終わらないとギルド長は思う。これまでの動きから考えると、まだ西が残っているはずだ。そしてヒューガは中途半端なところで止めるような男ではない。最後まで奴隷の解放を行うはずだ。
「いえ。非合法の次は、合法的手段で目的を果たす。そういうつもりだと思います」
「合法的? それはどういうものだ?」
「奴隷は金で買えます。まあ非合法奴隷の売買が合法かと言われると困りますけど」
「金で買う? 確かにそうだが、そんな金を持っているかな?」
「持っていると思いますよ。奴隷商人の襲撃によって、かなりの金を手にしているはずです。高額な奴隷の売買をしている奴隷商人の財産ですからね。想像できないような大金なはずです。その金を使って奴隷を買いあさる」
「……なるほど、しかし奴隷商人が応じるか?」
ヒューガであれば、やりかねない。カインの説明を聞いて、ギルド長もあり得ると思い始めた。
「金を積まれれば、応じるでしょう。商人とはそういう者です。それに先ほどの噂が効いてくるかもしれません」
「噂?」
「自分はある貴族の使いだ。その貴族は非合法の奴隷の存在に心を痛めている。そこでなんとかそういった奴隷を買い取りたい。そういう奴隷がいれば紹介してくれ。こんな感じです。良心的な奴隷商人であればこれで十分、そうでない場合は、応じなければどうなるかは、既に多くの奴隷商人が証明しているってことで」
「なるほど、脅しも併せてか。それは応じざるを得ないな」
これまで聞いてきた話が全て繋がった。恐るべきヒューガ、そして、それを読んだカイン、というのがギルド長の心境だ。
「そうした者が現れたら、それが本当の今回の事件を引き起こしている者たちです」
「切れすぎだな」
「……読みすぎましたか?」
「まあ。だが俺が聞いたことだ。それに文句は言わん」
「すみません。でもギルド長以外にはこんなことは話しません。不味いですよね? 本当の黒幕が捕まったら」
「……どうして、そう思う?」
「……更にやってしまいました」
カインは黒幕とギルド長の繋がりまで察していた。こうなると惚けても無駄だ。ギルド長は正直に話すことにした。
「もう良い。お前が思っている通り、今回の黒幕は恐らく俺が知っている人物だ。そしてその人物に俺は捕まって欲しくない。しかし……お前はそいつに似ているな。そいつもお前と同じ、余計な話が多い。相手に話し過ぎて警戒させてしまうところがある。まあ、そいつの場合はどうにも憎めないところがあって、こちらも、まあ良いか、なんて思ってしまうのだがな」
「そうですか。一度会ってみたいです」
「そうさせてやりたいが、それは出来ない。会わせたくないというのではない。そいつの本拠地はここではないかという所があるが、そこに行かせるわけにはいかないのだ」
「それは……」
「それが何処かは考えるな。そいつが最後まで無事でいればいずれ分かる。そいつはどうやらそういう存在だ。今回の件でそれが良く分かった」
「では、その時を楽しみにしてます」
ヒューガとカインが組むとどういうことになるのか。ふとギルド長はこんなことを思った。同じようなのが二人。組ませるよりも戦わせたほうが面白いのかもしれない。カインはヒューガを超えられるか。これはヒューガのほうが現時点では上だという前提だ。それにギルド長は気付いた。
「カイン、お前、今回の件を防げるか? 防げたかと聞いたほうが良いか?」
実際のところはどうなのかをギルド長は確かめたくなった。
「……ひとつ思いつきました」
「ほう。超えられるのか?」
「……囮の奴隷を大勢用意して、その周りをそうですね……たとえば千人くらいの兵で守ります。別に兵の数は三千でも四千でもかまいません。その上で囮の奴隷を散々に弄る。口ではいえないようなひどいことを公然とやり続けるわけです。そうすれば恐らくその人は現れるでしょう。明らかに罠だと分かっていても。そういう人ではないかと思います」
「……そんなことしたら大問題になるだろ?」
カインの考えた策は、ギルド長がまったく思い付く可能性のない、とんでもないものだった。実際に実行すればかなりの非難を浴びる。そもそも実行が許されるのかと疑問に思う内容だ。
「ちょっと大げさに言ってみました。要は非合法奴隷という後ろめたいことを隠していては対処できないと言いたかったのです……もしかして私をその人と張り合わそうなんて考えてますか? いくらギルド長の命令でもそれはお断りします。今回の分析でも私は情報を集めて後を追っているだけです。一度も前に出られていません。そんな相手と勝負して勝てるはずがありません。一手も二手も先に行かれて、散々な目に遭うだけです」
「そうか」
どうやら組ませたほうが無難なようだ。ただギルド長はそんな日が来るとは思っていない。普通であれば。
ヒューガは普通ではない。現に今、出来るはずがないと考えていたことを実行に移し、成功に向かって進んでいるのだ。来るはずのない日が来ないとも限らない。 その相手が、自分よりずっと年下の小僧だと知った時、カインはどういう反応を見せるだろうか。それを思ったギルド長は少し楽しくなった。それを知った時のカインの顔を見てみたいと思った。