月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #63 野心

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 野営地はひっそりと静まり返っている。戦いが終わるたびに優斗は不機嫌になる。それがあまりにも続いた為、いつしか戦勝の宴を行うことはなくなった。戦勝の喜びは、多くの人にとっては勝利よりも生への喜びが強いだろうが、とにかくそれぞれが胸の中で噛みしめているだろう。
 それでも最近は少し落ち着いてきた。一時期はもう戦うことなど無理ではないかと思うくらいに。優斗の様子はおかしかった。周りの目を異常に気にして、時に虚勢を張り、時に怯えたり。そうかと思えば、別人かと思うほど陽気に騒ぐこともあった。
 それを一般の兵に気付かせないように、グランは色々と気を遣ったが、今はそれを全て聖女である美理愛に任せている。美理愛と一晩過ごせば、優斗の気持ちは落ち着く。それが分かったからだ。それが正しい方法なのかはグランにも分からない。だが彼には他に勇者を落ち着かせる術がないのだ。
 その美理愛が、珍しく夜が明けぬうちに天幕から出てきた。

「どうされた。何か勇者様に問題があったのですかな?」

「師匠、私にまでその言葉遣いは無用ですよ」

「そういう訳にはいかんのじゃ。これは勇者様との約束ですからな」

 ある日突然、優斗はグランに言葉遣いを改めるように言ってきた。グランが偉そうな態度で接するから、周りが自分を侮るのだと言って。
 誰も侮ってなどいない。グランがそう説明しても優斗は聞かなかった。とにかく周りの目を気にする。それが未だにグランが不安を感じるところだ。
 実際、兵は誰も優斗のことを侮ってなどいない。それどころか、多くの兵がその強さを恐れている。そう、恐れているのだ。本来望んでいたのとは異なる形。尊敬と敬意ではなく、力で優斗は兵を従えている。グランの誤算だ。

「……優斗は少し疲れているのです。心労というものでしょう」

「分かっております。勇者様には重い使命を負わせている。それを思えば、少しくらいの我がまま……我がままと言うのは失礼ですな。少しくらいの要求など、大した問題ではない。ましてや言葉遣い程度の事で儂が文句を言うことなどありません」

「すみません。でもそのうち元の優斗に戻りますよ。実際、一時期に比べればかなり落ち着いていますから」

「それは良かった。それも聖女であるミリア殿のおかげですな」

「……そうであれば嬉しいのですが」

 落ち着いていると言っても、一時に比べればのこと。自分のおかげなどと言われても、美理愛は喜べない。

「それ以外に理由はないじゃろ。それで話は戻るが、何かありましたかな?」

「いえ、特に問題が起こったわけでは……ただ、いつになったら王都に戻れるだろうと優斗がしつこく聞くので。それは師匠に聞くのが一番だと思いました」

「……前に話したはずじゃが?」

「ええ、でも計画というのは進むうちに変わるものだろうと」

「……あと二カ所。それが済めば王都に戻る。半年もかからんだろう」

「変わりありませんね」

「まあの。予定期間のほとんどは移動時間じゃからな。そんなに変わるものではない。まあ、魔族を先に誰かが倒していれば計画も早まるじゃろうが、そんなものはおらん。少なくともパルスには」

「そうですよね。あと……」

「まだあるのか? いや、あるのですかな?」

「宴は行わないのですか?」

「それは……戦勝の宴を言っておるのですかな?」

「はい」

「理由はご存じのはずじゃが?」

 宴を行わなくなった理由は美理愛も分かっているはずだ。

「はい。すみません。でももしかして宴を行わないのは、自分に気を遣っているのではと優斗が気にしてまして……」

「それは……しかし、そう言われたからといって、いきなり始めるのはどうじゃろう?」

 実際、宴を行わないのはユウトを気遣ってのこと。その通りだと言えば、また優斗はそれを気にしてしまう。かといっていきなり再開しては、それもまた、優斗のせいだったと認めるのと同じだ。

「わかっています。私も聞いた形を取りたいだけです」

「こんな事は聞いて良いのか……勇者様は本当に大丈夫じゃろうか?」

「……今は疲れているだけ。私はそう思います」

「そうか……ではこうお答えくだされ。宴を開かないのはそれによって民に負担をかけると思っていたからじゃと。実際に物資を消費することが民への負担につながるのは事実。勇者様はそれを望まないだろうと愚考した結果だと」

「そうですね。それは良い説明だと思います」

「……王都に戻るのを早めますかな?」

「でも、それでは……」

「魔族を残していくのは確かに問題じゃが、それが魔王との戦いの脅威になるかと言えば、そうでもない。それよりも今は勇者を休ませるほうが大事なように思えるのじゃ」

「本当に大丈夫でしょうか?」

「戦いに影響はない。問題は勇者様がそれを認めるか……」

「そうですね。優斗は責任感が強い。途中で任務を放棄する。そんな風に考えては決して認めないでしょう」

「残りの魔族……ふむ。あと一カ所だけ、それで王都に戻ることにしますかな」

「それでどうやって優斗に納得させるのですか?」

「もう一カ所の魔族はほとんど表に出てくることはない。魔族の住処があるのは間違いないが、自ら出てきて民になにかをすることはないはずじゃ。それであれば、民に被害を及ぼす心配はない。あとはその魔族は魔王領に引き上げたようだと勇者様に告げれば良いじゃろう」

 実際には、出てきたとしても目立つことはない。密かに民に危害を及ぼすだけで、それであれば魔族を放置して引き上げたとしても優斗が責められることにはならないとグランは判断した。
 魔王との戦いに臨むにあたって、全ての魔族を倒す必要がないのは本当だ。あくまでも目標は魔王領の占領。今行っている戦いは優斗の勇者としての名声を高める為以外の意味はない。魔王領の防衛戦に参加するつもりの魔族はとっくに向かっているはずなのだ。

「師匠が大丈夫とおっしゃるなら私はそれでかまいません」

「ではそう勇者様に伝えてくだされ。魔族の件はまだ、少し時間をおいてからが良い。今日のところは予定を聞いたら『今は予定通りだが、少し気になる事があって調査を出している』とでも伝えてくだされ。しばらくしたら調査の結果、そういうことが分かったと」

「はい。分かりました」

「そうなると三ヶ月以内に王都に戻ることになる。そのあとは、いよいよ魔王領での戦いが始まる。その日の為に、とにかく勇者様を休ませてやってくだされ。頼みますぞ」

「はい」

 この話し合いの結果、グランの計画は早まることになる。ただこれがなくても計画通りに物事が進むとは限らない。まったく別の計画になる可能性もある。グランの知らないところで。

◆◆◆

 ユーロン王国末弟王ネロの城。今日もその一室で男爵は得てきた情報を報告している。王妃の座に目が眩んで、ネロに取り入ろうとしている者は他にもいるが、熱心さにおいては男爵に並ぶ者はいない。ネロが勇者の情報に興味を持つということを知ったからこそでもあるが。
 
「勇者が王都に戻ろうとしている? 本当かい、それは?」

「はい。我が家の手の者が掴んだ情報でございます」

「そう……おかしいな。もう一カ所、魔族討伐を行うはずなのに……」

 勇者の行動予定をネロは把握している。これは男爵からの情報ではない。

「……あの、それは何処からの情報でしょう?」

「あっ、気になるよね? 君が知らない情報を僕に伝えた人がいる。そういうことだからね」

「はい……」

 勇者に関する情報の価値を知っているのは自分だけ。男爵はそう考えていたのだ。それが他にもいると思って、悔しそうな顔を見せている。

「でも気にしなくて良いんじゃないかな? 君の情報が確かなら、その者は僕に嘘の情報を与えたことになる」

「はぁ……」

「もしかして自分の情報に自信がない?」

「いえ、移動している方向からいって、王都を目指しているのは間違いないと思われます」

「じゃあ、心配はいらないよ」

「はい……」

 ネロにフォローの言葉を掛けられても男爵の表情は浮かないままだ。だが、がっかりしているのは実はネロも同じ。ネロには一つの計画があったのだ。
 それは淫魔を使って、勇者をいじめるという計画。勇者は心が弱い。魔族であろうと何であろうと殺すということに抵抗を感じているはず。その弱点を突く方法として一見魔族に見えない子供たちを勇者に殺させることで、心を傷つけようと考えたのだ。子供を策略の道具に使おうとするネロに、親としての愛情などない。

(王都に戻られたら実行出来ない……こちらから情報を流すか。まだ魔族がいるって……悪くはない。その機会を利用して、エリザベートと話も出来る。一度、詳細を確認しておきたいところだったからね)

 パルス王国行きを考えたネロ。実現出来るのであれば良いが、それには一つ問題がある。父王が認めてくれるかだ。普通に考えれば、許可など出ない。

(……ちょっとくらい不興を買っても今更だ。それに適当に引き延ばしていれば、いずれ計画も動き出す。そうなれば僕にかまっている暇なんてなくなるからな)

 父王を怒らせたとしてもネロの立場は変わらない。すでに冷遇されているのだ。その状況をひっくり返す為にネロは行動している。これはネロが兄を押しのけてユーロン双国の王になる最初で最後の機会。リスクを恐れていられない。

(……そう。これは最後の機会。剣も魔法も才能のない僕が王になるには、この計画をやり切るしかない……駄目だな。また調子に乗ってる。もっと慎重にならないと。僕には謀略の才能なんてない。今回の件はたまたま思い付いただけだ。それを忘れちゃいけない)

 自分が王になるにはどうすればいいか。英雄になるにはどうすればいいか。ネロは必死に考えていた。その結果、頭に閃いたのは『救国の英雄』という言葉。
 国の危機を救う英雄になる。だがその為には国が危機に瀕しなければならない。ユーロン双国を危機に陥らせるような力を持った国はパルス王国しかない。傭兵王がもう少し近くにいてくれれば、その線もあったが。さすがに東の果てから西の果てまでやってこれない。やってくるとしたら、それはもう手も足も出ないくらいの力を持ってからだ。
 そうなるとやはりパルス王国しかない。パルス王国にユーロン王国を攻めさせる。その上でパルス王国に勝つ。ユーロン王国を解放した英雄王、それがネロの目指すもの。
 始めはただの夢物語だった。強国のパルスに勝とうというのだ。叶うはずのない願望を夢見て、ただ自分自身を慰めるだけ。だが淫魔がネロに力を与えた。彼に無条件で従う強力な魔法集団。どうして自分の子は全員が全員、膨大な魔力を持っているのか不思議に思っていたが、その理由も分かった。子供たちは生まれるときに母親の魔力を奪い取っているのだ。魔力が子供の形になったと言っても良いくらいだ。
 淫魔は次々と死んでいく。その理由は分かったが、まったく問題の解決にはなっていない。無尽蔵に子供を増やすことが出来ないことに変わりはない。
 ではどうするか。こちらの力に限界があるなら、相手の力を弱めれば良い。そこで勇者を壊そうと考えたのだが。

(勇者を消すために貴重な戦力を削ることになるのか……やっぱり勇者の件はパルスに任せよう。エリザベートがうまくやるだろう。僕のもう一つの切り札。僕の最愛の妹エリサベート。彼女も無条件で僕に従ってくれる数少ない人の一人)

 ネロの計画にはエリザベートも絡んでいる。彼女の行動は全てネロの為なのだ。
 勇者を排除し、貴族同士の争いを激化させてパルス王国の国力を疲弊させる。その上で他国、ユーロン王国に攻め込ませる。そしてユーロン王国との戦いで更に疲弊したパルス王国をネロが倒す。完全に倒す必要はない。ユーロン王国を解放したところで停戦協定を結べば良い。それについてもエリザベートが動くことになる。
 それまでは兄たちにも頑張ってもらうつもりだ。頑張って戦って、死んでもらうのが、ネロにとっては理想的な筋書き。エリザベートも良く理解しているはずだ。

(……わざわざ会いに行っていらぬ警戒を持たせる必要はないか)

 エリザベートに会いに行くことをネロは考え直した。父王に自分の思惑を知られてはいけない。下手の動きをして、気を引くのは避けるべきだと考えた。

「…………ごめん。また考え事で待たせてしまったね。貴重な情報をありがとう」

「いえ、ネロ様のお役に立てば幸いです」

「情報は以上かな? そうであれば玄関まで送らせよう」

「いえ、結構です。もう道筋は覚えました」

「そう? そうだね、もう何回も来てるからね。じゃあ自由に歩くことを許可しよう。これは君の貢献に対する前払いってところだ。わずかばかりのものだけどね」

「ありがとうございます」

 勇者がパルス王都に戻れば次はいよいよ魔族領での戦い。その時、計画が動き出す。もう止めることは出来なくなる。失敗すれば、恐らく待っているのは死。その覚悟を定めなければならない。
 

 

◆◆◆

 勇者の動きを気にしているのはユーロン王国のネロだけではない。勇者本人を意識してのことではない。その動きがそのまま大国パロス王国の今後の動向に影響すると考えられているからだ。

「それは確かなんだろうな?」

 ようやく待ちに待った情報を部下が届けてきた。これが事実であれば、いよいよ彼の、傭兵王の野心が動きだす時。ずっと大人しく時を待っていたが、本来はそんな真似は彼の性に合わない。戦いの場こそがもっとも輝ける場所なのだ。

「へい。勇者の軍勢は確かに王都に向かってます。あと半月もすれば到着するかと」

「そうか。そうなるといよいよ魔族との戦いが本格化するわけだ。それはいつだ?」

「さすがにそこまでは……」

「役に立たねぇな。それくらい調べられねぇのか?」

 部下がもたらした情報は待ちに待ったものだが、その内容は薄い。それでは自分たちの動きを決められない。

「無茶言わねぇでください。パルス王都はギルド本部がある所ですぜ。そんな所であっしらが表立って動けるわけがねぇ」

「表立って動けなんて言ってねえだろうが! 裏で情報を仕入れろって言ってんだよ!」

「表が裏でも同じでさ。ギルドにとってあっしらは商売敵。それどころか裏切りもんだ。素性が知れた途端に……大将は俺らに死ねって言ってんですか?」

「ふん。それくらいの覚悟もないのか?」

「戦場でならいくらでも死んでみせますがね。それ以外の所で死ぬなんざ、真っ平ゴメンですぜ」

 戦いに臨むにあたって情報収集も大事な仕事。だが彼の配下にはそういう意識を持つ者がほとんどいない。傭兵にはそういった仕事を得意とする人もいるはずなのだが、そういった人物は彼に従おうとしなかったのだ。

「そういえば盗賊どもはどうした?」

「へっ?」

「連絡がつかないんだろ? 理由は分かったのか?」

 戦場以外では使えない臣下の代わりに情報集めなどをやらせている盗賊集団。その盗賊たちとの連絡も、何故か途絶えている。

「ああ、そのことですかい。どうやらおいしい仕事を見つけたみたいで、別の場所に行っちまったみてぇです」

「……なんで引き止めないんだ?」

「盗賊をですか? そりゃあ無理ですぜ。あいつ等は利のある所に行く。それを止めろって言われてもね」

「その利で引き止めれば良いだろ?」

「そんな金はありやせん。それとも大将が出してくれるんですか?」

「その大将ってのはいい加減にやめろ。俺は王だぞ」

「そうでした。どうしても傭兵時代の癖が抜けませんでね。傭兵王で良いですかね?」

「そう呼べと前から言ってる。それで金があれば止められるのか?」

「うーん。もう手遅れですね。金を持っていこうにも相手が見つかりません。これまでと全く別の奴らでも良いですか?」

「かまわん。とにかく情報を集められる者たちを確保しろ」

「わかりやした。当たってみます。でも少し時間がかかりやすよ」

 傭兵王の部下はたいていこんな感じだ。自分の判断で物事を動かすということがない。自分勝手に動くことは傭兵王も望んではいないが、いちいち指示しなければ何も動かないのでは国政など上手く行かない。
 そうであればと占領国の旧臣を引き上げて使おうと考えたが、それも今のところ上手く行っていない。有能な人物ほど自ら死を選んだり、野に隠れたりして仕えようとしないのだ。
 愚かな王に対して何故忠誠を向けるのか。初めは理解出来なかったが、今は少し分かってきた。王個人ではなく国に対する忠誠なのだと。国の歴史がそういったものを造っているのだと。
 成り上がりの傭兵王の国にはそれがない。今の臣下たちはそのほとんどが、ただ美味しい思いが出来るから従っているだけだ。良い国にしようなんて志を持つ者はいない。
 傭兵王は人材を求めている。そしてその解決法として侵略を選んだ。今までやってきたことと変わらないが、今度は失敗しないと考えている。占領国の土地ではなく人を奪う。それを意識して戦おうと考えているのだ。

(それが成功すれば、その次は……)

 それが上手く行ったら次はレンベルク帝国。そしてそれが成功したら次は。

(やってみせる。俺はこの大陸の覇者になる)

 パルス王国は隙を見せようとしている。魔族との戦いが始まれば東でこれから起きる、傭兵王が起こす争乱に介入する余裕などなくなる。
 その隙に大陸東方を統べることに成功すれば、傭兵王の次のターゲットはパルス王国となる。東方連盟とレンベルク帝国を統べたあとであれば、大国パルスを倒すのも夢物語ではない。レンベルク帝国を手に入れる前であっても、魔族との戦いで大きく疲弊するようなことになっていれば勝てるかもしれない。傭兵王の夢は広がっていく。
 大陸は大動乱の時代に突入しようとしている。それを望む望まないに関係なく、人々を巻き込もうとしている。