月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #82 更なる人材

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 ルート王国への来訪者は止まらない。今回の来訪者はグレンが待ち焦がれていた人物。相変わらず無愛想な様子で椅子に座っているのは、武具職人のザットだ。

「思ったより早かったですね。それに……若いですね」

 待ち焦がれていた相手だが、それを言うグレンの表情はわずかに曇っている。ザットは何人もの弟子を引き連れてきたが、誰もがグレンの予想を超える若さだった。

「半人前とも言えない駆け出し共だ」

「そうですか……」

 ザットの言葉に益々、グレンの顔が曇る。駆け出しの職人では自分の考えていることは実現出来ない。そんな思いからだ。

「それでどなたが此処に?」

「ん?」

「どなたがここに来てくれるのですか? それとも皆さんが?」

「……皆さんだな」

「そうですか」

 とりあえず職人の数は思っていた以上に揃うことになった。これで納得しようと考えたグレンだったが。

「お前、勘違いしているだろ?」

「勘違い?」

「皆さんは儂を含めた皆さんだ」

「えっ!?」

 とんでもない勘違いをグレンはしていた。まさか本人が来てくれるとは、誘った時からグレンは思ってもいなかったのだ。

「こいつらは駆け出し。だから放っておけなくて連れてきた。ここで一人前に育てるのだ」

「……本気ですか?」

「誘ったのはお前だろうが」

「いや……確かにそうですけど。まさか本人が来てくれるとは思っていませんでした」

「何故?」

「何故って。こういうのは嫌いでしょうけど、ザットさんはウェヌス一と呼ばれる武具職人ですよ?」

 そして大国ウェヌス王国一となれば、大陸全体でも何本かの指に入る職人であるはずだ。

「嫌いと分かっているなら言うな」

「しかし……」

「あのな。そう呼ばれることは正直に言えば誇りではある。だが、そう呼ばれるからといって儂は満足してない。技にこれで完成などないのだ」

 呼ばれるのが嫌なのは、本人はまだ自分の技量に満足していないからだ。ザットが求めているのは他者との比較結果ではなく、自分自身の納得だった。

「それは分かります」

「儂はまだまだ自分を鍛えたい。だが、来る仕事といえば満足するものなど一つもない。儂が最近本気で仕事をしたのはお前の剣、鎧兜を作った時だ。その前と聞かれれば、もう思い出せん」

 これにはザットの名声が邪魔をしている部分もある、ザットが作ったというだけで客は満足してしまう。グレンのように、あれが駄目これが駄目などという相手は滅多にいないのだ。

「ですが、この場所であれば鍛えられるという保証はありません」

「お前、自分で呼んでおいて」

「いや、来てくれたのは本当に嬉しいです。でも来て頂いたからには、ずっといて欲しいのです。満足出来ないからと去られては……」

 そうであるなら腕は落ちても若い職人に修行をしながらでも、ずっといてもらったほうが良い。若い職人の修行となるような仕事は山ほどあるはずだ。

「それはない」

「どうしてですか?」

「これは、あまり言いたくなかったが、そこまで心配なら言っておこう」

「はい」

「儂は運命という言葉は嫌いだ。だが、お前との巡り合わせには運命を感じておる」

「……何故?」

 ザットの口から運命だという言葉が出たことにグレンは驚いている。ザットが言っているように絶対に嫌いだと分かる。

「まずは久しぶりの本気の仕事の相手がジンの息子であったこと。こんな偶然があるか? お前がジンの息子などとは知らずに儂は仕事を引き受けたのだ」

「まあ、そう……ですね」

 グレンがもし両親に何事もなく暮らしていたら、そして、メアリー王女と親しくなることがなければ、ザットと出会うことはなかった。そのきっかけに勇者が絡んでいると気付いた瞬間、グレンは少しイラっとしてしまう。

「そして、そのお前がこの場所にいるということ」

「父親に紹介した場所だから?」

「違う。そもそも儂がどうしてジンに教えたと思うのだ。ここはな、儂の生まれ故郷なのだ」

「はい?」

 これについてグレンは全く考えていなかった。ザットがエイトフォリウム帝国について詳しい理由を少し考えれば分かることだった。

「もっとも儂は修行の為に若くしてここを出た。それほど思い入れはない。だが仕事に飽きていた儂に突然、その生まれ故郷の名が出てきた。そうなれば、もう戻るしかあるまい。里帰りだな」

「なるほど……ただ、そうなるとですね」

「何だ?」

「大変言いづらいのですが、ここはもうストークでもストーケンドでもありません」

 グレンがザットの故国を奪ってしまったことになる。

「何と?」

「今はルーテイジという名で呼ばれています」

「何故だ?」

「俺が王都から戻ってそうなりました」

「だから、どうしてそうなったのだ?」

「……国を建てました」

 悪あがきをしても、結局これを言うしか話がおさまるはずがない。

「何?」

「ルート王国という国になりました。ちなみに国王は俺です」

「……皇家は?」

「絶えました。皇家の血を引くソフィアが妻ですけど。それでも皇家を絶やして、その後で結婚した形にしました。ですから、ここは帝国とは関係ありません」

「……お前という奴は」

 ザットは心底呆れたという表情を見せている。

「すみません」

「そうではない。国を建てただと? そういう面白いことをどうして先に言わん?」

「面白い? でも、ザットさんにとっての祖国は」

「思い入れはないと言ったであろう。なるほどな、街の活気はそのおかげか」

 街に入った時に感じた活気の意味をザットは理解した。そしてザットが思っていた以上の仕事がここにはあることも。それは日常に飽いていたザットには望むところだ。

「はい。色々と作るものが多くて。それで本職の技が必要なのです」

「何を作りたいのだ?」

「それこそ沢山あります。ただ武器ということでは少し時間が掛かっても、どうしても作ってもらいたいものがあります」

「それは?」

「これです。すぐに聞きたくて用意しておきました」

 グレンは何枚もの紙をザットに向けて差し出した。様々な図が書かれた紙だ。

「……これは?」

 それを見たザットの目は大きく見開かれている。

「エステスト城塞にあった兵器の図面です。図面といっても実物を見て、何とか写しただけです」

「これを作りたいのか?」

「はい。人も少ないここを守るには、エステスト城塞を参考にするべきだと思いました」

「ふむ……」

 つい先ほどザットが思っていたこと以上の仕事が待っていた。

「武具とは、ちょっと違いますよね?」

「面白い」

「えっ?」

「こんな物は作ったことがない。だからこそ儂の職人魂が燃える」

「それは……良かったです」

 怒られることを覚悟していたグレンは、全く予想していなかったザットの高揚具合に、少し戸惑っている。

「だが、いきなりは作れん」

「それは分かっています」

「まずは小さな物を作る。それで仕組みを確かめて大きくする。それを繰り返していけば出来るはずだ」

 図面に書き込めていない部分、そして部材などについて試行錯誤しながら作っていくしかない。それでも出来るという手応えを何もする前からザットは感じている。

「……なるほど」

「工房は?」

「それが……まさか、こんなに早く来てもらえるとは思っていなくて。それにどう造れば良いのかも分からなくて」

「あるだろ? 儂が修行していた工房が」

「はい?」

「儂はここで武具職人を目指して修行したのだ。師匠の工房があるはずだ」

 もともと多くの人が暮らしていた街だ。なかったはずがない。それはグレンも分かっているが問題は。

「……壊してないかな?」

「何だと!?」

「いや、新しい建物を作るので色々と古い建物は壊してしまって。どの辺りにありましたか?」

「はずれだ。火を使うから周りは用水路で囲まれている。南だったかな?」

「……あれだ。一つの建物ではないですよね? 石造りの、それほど大きくない丸いのが近くにいくつかあって」

「ああ、それは釜だな。炭を作るための釜だ」

 ザットにはそれが何かすぐに分かった。つまり、グレンの頭に浮かんだ場所が工房だ。

「……良かった。もう少し遅ければ壊すところでした」

「ということはあるのだな?」

「はい」

「では、そこを使おう。傷んでいるかもしれないので補修はいるな。材料の調達が必要だ」

「石材や木材は山程、街中にあります」

「それはそうか。そうなると……鉄は?」

 肝心の鉄がなければザットは仕事にならない。

「それはまだ。見つけた採掘場を復旧中です」

「ふむ。だが用意は出来ると」

「はい。ゼクソンの採掘場で働いていていた者がいるので、おおよその仕組みは分かっています。それは俺もです。ああ、それとウェヌス国軍の防具は結構な数があります。壊してもかまいません」

「何でそんな物が?」

「戦争の時にちょっと拝借しました」

「……そういえば敵として戦ったのだったな。それは使えるな。溶かしてしまえば普通に使える。後は石炭か」

「セキタン?」

 石炭をグレンは知らなかった。

「石の炭だ。自然に出来た炭で黒くて石のように固い。薪よりもはるかに火力が強い」

「それはありません」

「あるだろう?」

「はい?」

 またザットはグレンの知らないものをあると断言してきた。まだまだルーテイジの情報を把握し切れていないのだ。

「山中にあるはずだ。儂の師匠が山中を歩きまくって見つけた場所だ」

「ザットさんの師匠って、そんなことまで?」

「凄い人だった。早くに亡くならなければ、儂はずっとここにいただろうな。未だに儂は師匠に及ばんと思っている」

 その師匠の偉大さが、ザットが自分の技量に満足しない理由の一つでもある。

「そうですか。場所分かりますか? すぐに探索させます」

「正直詳しい場所は儂も知らん。知っているのは南。街の外の真南にある山の中ということくらい事だ」

「すぐに調べさせます……どのような場所とかは?」

「採掘場と変わらんのではないか? 穴を掘ってその中から掘り出すそうだ」

「……実は誰か知っているのか? そうでなくても大丈夫ですね。それであれば分かると思います」

 周辺調査は徹底して行っている。とにかく何でも良いので過去の遺産、それだけでなく何かの資源を見つけることが、この街の発展を助けることになると思っているからだ。

「ふむ。やはり新しく事を始めるというのは面白い。弟子たちにも良い修行になるな。釜を造り、工房を造り、様々な道具も自分で造り、それで鍛冶をしたものだ。今は全てが揃った状態から修行を始める。そんな甘いことでは本物の技など身につかん」

「……そうですね」

 グレンの視線がさりげなく弟子たちに向かう。グレンの思った通り、弟子たちは師匠であるザットの遠回しの説教に身をすくめていた。

「では、早速工房の修復を始めよう。案内してくれ」

「はい」

 ザットの案内の為に席を立つグレン。

「……そう言えばお前、王なのだな?」

「そうですけど?」

「お前な。王に道案内など頼めるか? 誰かに命令しろ!」

「……はい」

 そう思うなら口調は? こんな思いは口に出せないグレンだった。そして更なる人材を確保した小国は、その発展を加速していくことになる。

 

◆◆◆

 今日もグレンは来訪者を迎えている。今回も待ち人来るだ。
 グレンの執務室。机を挟んだ反対側の椅子に小さくなって座っているのは、ゼクソンの盗賊の首領。仲間を連れていよいよやってきたのだが、その様子は前回よりも更に酷く緊張していた。

「思ったよりも遅かったな」

「はっ、はい」

「……何?」

「えっ、何だ、ですか?」

「あのな、今日は俺一人しかいないのだから、そんな緊張する必要ないだろ?」

「だっ、だって、貴方様は、王様ですよね?」

「あっ、そういう事」

 恐らくはここまで来るのに、いかにも王への謁見に向かうというような扱いを受けたのだ。ルート王国は元貴族や元文官ばかり。しかも伝統ある国であったので、形式ばったことを自然と行ってしまうのだ。
 ハーバードに注意しておこうとグレンは思った。

「おっ、おっ、王様に、会えるなんて、こっ、光栄、です」

「……面白いけど話しにくい。普通にしてもらえないか?」

 首領の様子が面白くて、グレンの顔には笑みが浮かんでいる。だがこのままでは、いつまで経っても話が進まない。

「でっ、でも」

「そんな緊張してたら、この先やっていけないから。口調も普段通りで。敬語なんていらない」

「む、無理」

「王様なんていっても、たかが二千人の国だ。大きな村の村長のほうが余程偉いだろ?」

 国といってもルート王国はその程度の規模なのだ。これで畏まったり、形式ばったことを行うほうがおかしい。

「……それはどうだ、でしょう?」

「だから無理して敬語は使うな。ちゃんと話が出来ない。王様だって思って緊張しているなら、王様の命令は聞くべきだろ?」

「……確かに」

「はい。普通に戻して」

「本当に良いのか?」

「しつこい。俺が良いと言っているのだから、誰にも文句は言わせない。だって俺、王様だし」

 首領の緊張を解こうと、ちょっとフザケタ言い方をしてみる。

「はあ……いやあ、驚いた。会いたいって言ったら、では王の部屋にご案内しますなんて言われてよ。こいつ何言ってやがんだと思ったら、本当みてぇだから」

 ようやく緊張が解けたようだ。グレンに対する緊張というより、ちゃんとしなければということへの緊張だったのだ。

「王であることは本当だな」

「どうしてそうなった?」

「まあ、色々あって。それで話を最初に戻すと、遅かったな? 二ヶ月半、遅くても三ヶ月では来ると思っていたのに」

「あ、ああ」

 また首領の態度が怪しくなる。

「また緊張か?」

「違う……ちょっと増えた」

「増えた?」

「連れてくる人数が。どうやら前にここに来てた間に話が広まってたみてえで。俺らも行くから待ってくれなんて感じでよ。それを待っていたら別から声が掛かって、また待ちだ」

 盗賊稼業から、罪を問われずに足を洗えて、真っ当な仕事に戻れる機会などそうはない。気になって詳しい話を聞いてみれば捕まらないどころか土地も貰える、税金はしばらく免除などの好条件。
 これでは一緒に行きたいという者たちが殺到するのも当然だ。

「それ、ちょっと困るけど。そんな大人数に移住されてゼクソンに知られるようなことになったら、捕らえて返せって言われるからな」

「まあ。でも平気だ」

「何が平気だ。ちなみに百がどれくらいに超えた?」

「百五十ってとこだな」

「五十か」

 もとが百。五割り増しくらいならと思ったグレンだったが。

「いや、百五十だ」

「えっ? 増えたのが百五十?」

「そう」

「どうしてそうなる? 倍以上じゃないか?」

 いくらなんでも増え過ぎだ。ゼクソン王国の規模で二百五十の盗賊となると、それがその家族も含めてだとしても、相当な数だ。

「不味いか?」

「信用出来るのか?」

「それは信じてもらうしかねぇ。俺だって誰彼構わず連れてきたわけじゃねぇ。必死に頼み込んできた奴らだけを連れてきたつもりだ」

「……それを信じるか。でも準備が出来ていない。ちゃんとした寝床はしばらく用意出来ないな」

 首領の仲間だって、グレンは完全に信じているわけじゃない。どちらにしても暫く監視は続くのだ。

「野宿?」

「まさか。建物はある。だが傷んでいる。それにベッドが作れてない」

「まあ、そのくれぇなら。雨露をしのげればこっちは問題ねえ。アジトだって、そんな立派なもんじゃねえからな」

「それは言えているか。しかし、話が広まったにしても多すぎないか?」

 盗賊同士繋がりがあることはグレンも知っている。だが、その繋がりは薄っぺらなもののはずだ。競争相手でもあり、時には敵対することだってあるのだ。

「ゼクソンはちょっとゴタゴタしてるからな。皆不安なんだ」

「そうなのか?」

「何でも王様が女だったって噂だ」

 ヴィクトリアの秘密が明らかになっていた。公然の秘密というものだが、それは身分の高い者たちの中での話で、一般国民にとっては寝耳に水の話だ。

「ああ。いよいよ明らかにしたのか」

「知ってたのか?」

「それは何度も話したから。さすがに気づく」

「そりゃそうか」

 首領にしても何でそんなことに今まで気付かなかったのだという思いがある。気付いていて知らない振りをしていたなど分からないのだ。

「でも、それで? 王様がなんだって盗賊には関係ないだろ?」

「何でも働きの良い奴が旦那になれるって話で。それで功績をあげようと張り切る奴らがいてよ」

「そういうことか。戦争が終わったとなると、それくらしか功績をあげる機会はないからな」

 何といっても直前の戦争の手柄は全てグレンが持って行ってしまったのだから。ということにはグレンは気付けない。

「それで稼ぐどころか逃げまわるので精一杯。もう生きていけねえってなってな」

「しかし盗賊までその話が知れるなんて。ゼクソンは大丈夫なのか?」

 国王が女性であった。こんな話は後を継ぐ人が決まってから明らかにすれば良いことだ。さすがにこれが分からないほど馬鹿ではないはず。

「さあ? それは俺には分からねえ」

「それはそうだな。それに結果としてゼクソンの治安は良くなるか」

 盗賊は一掃されるかもしれない。それは悪いことではない。

「まさか。本当の悪党こそ上手く立ち回って、残っていやがるからな」

「あれ? 意外だ」

「何が?」

「兵団の団長は知っているけど、そういう感じがしなかった」

 盗賊が上手く立ち回れるということは、ゼクソン王国軍に盗賊との不正な繋がりを持つ者がいるということだ。

「そりゃあ、そういうことは隠してるもんさ」

「……そうだけど。そういう奴もあの中にいたのか。少し残念」

「戦友って奴だからな」

「そこまでの意識はないな。まあ、今は他国の心配している場合じゃない。二百五十人か。全員が農民だったのか?」

 二百五十人も増えるとなると心配もあるが、やはり期待してしまう。ルート王国が求める人材はあらゆる分野に広がっている。

「他の仕事してた奴もいると思うけどな、なんせ、俺の仲間じゃねえから分からねえ」

「じゃあ、名簿を確認する」

「じゃあ、聞くな」

「先に聞いておけば、早く考えられるだろ? 早く考えておければ早く動ける」

「……真面目なこった」

 呆れ顔を見せている首領だが。

「真面目に働くのでは?」

 こんなことで呆れていては、グレンが治める国ではやっていけない。

「あっ、ああ、それは勿論だ。駄目だな、盗賊風(とうぞくふう)が抜けねえ」

「なんだよ、その盗賊風って?」

「そりゃあ首領なんてやるからには、それらしくねえと。部下が付いてこねえだろ?」

 人を従わせるには、いくつかの方法があるが首領は盗賊らしい威を見せることでそれを行っていたのだ。

「なるほど。盗賊の頭でも人の上に立つことに変わりはないか」

「そんなもんだ」

「これ以上は詳しい話を聞けなさそうだから、こっちからの話だ」

「ああ」

「まず農作業以外で手に職がある人は、それを活かす仕事に就いてもらう。とにかく色々なところで人手が足りていないからな」

「ふむ」

「次が開墾について。開墾の場所は東側だ。広さは十分だと思うが、それぞれで勝手に広げないで均等に分けるようにしてくれ。すでに区分けはしてあるから、それに従えば良い」

「ああ」

「その区分けした一角はそこを開墾する住民のものになる。ただし割り当てを受けられるのは成人以上だ。それときちんと農作業を続けること。場所取る為だけに開墾だけして放置すると没収」

「……ああ」

「農作業の経験がなく他にも手に職がない人。それも男性限定だが、採掘場での仕事がある」

「それってよ」

 採掘場での強制労働となるとそれは罰を受けると同じ、とやはり首領も考えてしまう。

「罪人を送るような場所じゃない。ちゃんと仕事の時間が決められていて休憩は取れる。それに一部を商売に回す予定だが、売った金は作業した者に渡される。当然、必要経費は引いた後だ」

「へえ。罰ではなく、仕事ってことだな」

「そうだ。出来れば希望者は出来るだけ多く欲しい。この国の産業になりそうなのは、今のところそれくらしかない。それに復興にはとにかく鉄が必要だ」

「ちょっと印象が悪いからな。採掘場なんて罪人が送られる場所だって意識が強え」

 これが一般的な意識だ。それだけきつい職場だ。そのきつい職場を作業分担や時間配分を上手く行って、ある程度改善したのがグレンの働いていた場所。それをさらに見直し、さらに収入も得られるようにグレンはしようとしている。

「それは知っている。だから仕事のやり方などは詳しく説明する。確かに仕事は楽ではないが、決してそういう場所ではないってことを分かってもらいたい。ああ、それと浴場とかの優先利用権をつける」

「何だ、そりゃ?」

「風呂に優先的に入れる権利」

「風呂? そんなもん」

「魅力ないか?」

「いや、そんなもん、噂には聞いているが入ったことねえ」

 こんなものだ。風呂を沸かす為の燃料代だって馬鹿にならない。一般庶民にとって身近なものではない。

「……じゃあ、まずは入ってもらうか、経験すれば良さが分かってもらえるかもしれない」

「ああ、それは頼みてぇな。風呂か……なんだか贅沢だな」

「逆に娯楽はそれくらいしかないってことだ」

「酒は?」

「……あのな」

「いや、良いよ。真面目にだな」

「毎晩飲めるほどはない。作れるものがいるのなら、それは出して欲しいな。但し、国で管理するから。作った酒は飲める人間に均等に分けるって感じだ」

 酒を造る技術者もいないのだ。仮にいても今のルート王国には毎晩飲んだくれでいられる余裕はない。
 仕事が大変というだけでなく、それだけの金を持っているものもいない。タダで飲めるのだから実はありがたいことなのだ。

「ああ、それが良い。酒で身を持ち崩すなんて、よくある話だからな」

「そういうこと。それくらいかな」

「分かった」

「定期的に報告してもらうから、ちゃんと状況は把握しておいてくれ」

「報告? 俺が?」

「だって居住者の代表者だから。住民代表として会議に出てもらうからな」

 しかも二百五十名の代表だ。発言力は小さくない。本人はそんなものは望んでいなくても。

「…………」

「出てもらうからな」

「嘘だろ? 俺は盗賊の首領だ。国のことなって出来るわけねえ」

「じゃあ、元村長とかでも良い。紹介してくれ」

「……俺だな」

 実は元村長でもあった。村ごと盗賊に落ちたのだ。自然の流れともいえる。

「はい。決まり。しかし、村長?」

「だから、首領になんてなっちまったのさ」

「なるほど。それはそうだ。別に住民代表だからって、何ってわけじゃない。困っていることとか会議の前に聞いて、それを俺に伝えるだけだ」

「……国王様だよな? 民が困っている話なんて聞くのか?」

「それが王だろ?」

「いや、いや。そんな王様、聞いたことねぇ」

 国王の顔を見たことがある者でさえ、滅多にいない。そういうものだ。

「それはそうだ。他国は何十万もの国民がいるからな。一人一人の話なんて聞けない。でも、ここにいるのは二千を超えるくらい。十分に聞ける数だ。ちょっと大きな村の村長が話を聞くのと一緒だ」

「……まあ」

 確かにグレンの言う通りではある。だが、それは数の上でのことで、どの国王でもグレンと同じ考えになるとは、首領は思えなかった。

「そういうこと。まあ、早くこの国の民になった特権だな。国に対して言いたいことを言えるなんて、二度と経験出来ないと思う」

「そりゃあ、そうだな」

「だからといって特権意識はなし。自分たちで国を造ったっていう誇りは持って欲しいけどな」

「……そうだよな。何だか凄ぇな。俺たち国造りに関わるわけだ」

「ああ」

 そんな経験をしたことがある民は、今、この大陸のどこにもいない。新しい国が出来ることなど百数十年なかったのだ。

「分かった。皆にもよく言っておく。国を良くしたけりゃあ頑張れ、そういうことだよな」

「そうだ。良くなるも悪くなるも自分たち次第。そういうことだ」

 グレンは気が付いていない。自分がこの国でやろうとしていることが、自分が否定した健太郎の言う国民主権に似た在り方だということを。
 国が大きくなれば、やがてこれは出来なくなるだろう。だが、この時に民に根付いた建国の誇りが、やがてルート王国の強さとなるのだ。
 時代が一歩先へ進もうとしていた。