月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #81 新たな人材

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 少しずつ国としての形を整えようとしているルート王国に次の訪問者が現れた。銀鷹傭兵団のガルだ。一人ではない。もう一人同行者がいるが、それもグレンにとって見知った顔だ。

「よく分かりましたね? それは分かるか」

 銀鷹傭兵団はエイトフォリウム帝国との繋がりが深い。その関係がどのようなものは別にして。

「ローズの正体と数百の兵を連れて消えたことを知っていればな。そんな数を連れて行ける場所はここしかない」

「どこまで知っているか……国としては知られていないか」

 ウェヌス王国に知らせることはないと、グレンは判断した。そうなっては相手も色々と動きづらくなるはずだ。

「恐らくは。しかしローズの正体を知っている者を一番恐れているのではないか?」

「まあ。でも直ぐに動きますかね? そもそも直接的な動きは出来ないと思っています」

「そうなのか?」

「自由に動かせる軍事力を持っているなら、もっと違う動きをするはずでは?」

「……そうだな」

「ということで平気です」

「しかし、随分と活気があるな。以前を知る俺にとっては驚くばかりだ」

 グレンを王としてルーテイジはさらに活発に動き出した。実際はやっていることは変わらないのだが、それに関わる人たちの気持ちが違うのだ。 

「ちょっとありまして」

「おい、まだ信用してもらえないのか?」

「機密は簡単には漏らすわけにいきません」

「全く。そう言われると益々聞きたくなる。兵の数は分かる。しかし若い女もいたな。この場所は街も人も年老いていくばかりだと思っていた。それがどうした?」

「女性は訳有りの人に来てもらいました。もっと増やしたいのですけどね」

「はあ? 女を集めてどうする?」

「男ばかりでは。最低でも兵士と同数。それ以上か。結婚して子供を産み、そうなってくれたらと思っています」

 この場所で家庭を作り、ここが自分たちの生きる場所と思ってもらいたい。子供が増え、この国の未来を夢見ることが出来るようになってもらいたい。それがグレンの希望だ。

「……だったら、まずは自分がそうしろ」

「そうしました。子供はまだですけど、結婚はしました。つい、この間ですけど」

「何だと!?」

「した? したよな。結婚を申し込んで了承してもらえたのだから、それで結婚ですね。姓も変えたし、お互いが認めているし、周りも認めているから正式な夫婦です」

「そんなことで良いはずないだろ!? 相手は皇族だぞ!」

 グレンの話を聞いて、ガルは驚いて大声を上げてきた。

「皇族ではありません。それを捨てて妻になってくれました。俺が妻にしたのは平民のソフィアという女性です」

「そういうことなのか? しかし……もしかして姓はタカノか?」

「いえ、それも。それは俺が捨てました。今はグレン・ルートで、ソフィアはソフィア・ルートです」

「……何故だ?」

 グレンがタカノの姓を捨てる理由がガルには分からない。ガルでなくても他人には分かる理由ではない。

「異世界人であることを望まないからです。それと勇者として召喚された父親と重ねられたくない。そう思っています」

「気持ちは分かるような気もするが……ジンとセシルの復讐はどうするのだ?」

 ガルにはグレンは、ジンの息子であることを拒否したように聞こえた。

「少し形を変えます。復讐というより守るために戦うですね」

「どちらにしても戦うのだな?」

「はい」

「そうか。では良い」

 グレンの答えを聞いて、ガルは納得顔だ。

「何がですか?」

 その納得の意味をグレンは尋ねた。

「俺は銀鷹傭兵団を抜けた」

「……それは俺が望んだことでもありますが。それで?」

 こういうことだろうとグレンも予想はしていた。問題はこの先だ。

「だから、銀狼に協力することにする」

「……傭兵として?」

「個人的にだ。報酬などいらん」

「個人的に……」

 今のグレンに個人的に協力するというのがどういうことなのか、ガルは分かっていない。王になったことを伝えていないのだから当然だ。

「何だ? 不満なのか?」

「いや、そういうわけでは……」

「ん?」

 なんとなく煮え切らない態度のグレン。それを不思議に思って首を傾げるガル。その二人の間に割って入ってきたのは。

「くっ、くっ、くっ」

 何となく不快さを感じさせる笑い声だった。ガルの同行者クレインの笑い声だ。

「……その笑い変わりませんね? 直した方が良いですよ。子供の時から不気味に思っていました」

 グレンにとっては、気味悪くも懐かしくもある笑い声だ。

「すまないね。でも、ずっとこれで。もう直らないよ」

「無理にとは言いませんけど」

「しかし、早過ぎないかい?」

「……何がですか?」

 クレインの問いの意味をグレンは分かっている。

「王になるのが」

「何だと!?」

 驚きに目を見張るガルとは対照的にグレンの目は細められた。クレインは単純なガルのようにはいかない相手だと認識したのだ。

「それこそ早過ぎませんか? 気が付くのが」

「だってさっきの話はセントフォーリアの家名は絶えたってことだよ。それなのに街は活気にあふれ、元の旧臣たちは普通に仕えている。ちょっと考えれば分かるよね?」

「……確かに気付きますね」

 理由を聞いてみれば納得だ。自分であっても気付くだろうとグレンは思った。

「ガル。一国の王に向かって協力してやるはないね」

「待て、俺はまだよく分かっていない。王とは何だ?」

 ガルはまだ状況が分かっていない。エイトフォリウム帝国を継がないで、わざわざ新しい国を造るという発想はガルには思い浮かばないのだ。

「えっと、この街は今ルーテイジと呼んでいます。ルート王国の都で、ルート王国の王は俺です」

「ルート王国? そんな国を造ったのか?」

「国と言っても領土はこの周辺だけ。民は二千。名ばかりです。要は自称ですね」

「……だが自称のままでいるつもりはない。そうだな?」

 まだ戦いは続けるとグレンは言った。それで国を名乗るというのであれば自称で終わるはずがない。これくらいはガルでも分かる。

「当然です」

「どうやって認めてもらうのだ?」

「……ちょっと違う」

「何が?」

「認めさせるのです」

 この拘りはグレンの決意の表れだ。

「くっ、くっ、くっ」

「また……」

 クレインの笑い声にグレンは顔をしかめている。

「ああ、すまない。さて王よ。我らが貴方に仕えたいといったらどうされる?」

「……難しいですね」

「信用なりませんか?」

「実は本命は貴方だと思っていました」

 クレインがこの場に来たことを実はグレンは驚いていた。

「黒幕、ではなく黒幕に通じている銀鷹の裏切り者ってことだね?」

「はい」

 分かっていたことだが、このクレインの言葉はグレンの疑いを知っていて、ここまで付いてきたことを、はっきりと示した。

「一応、理由を聞かせてもらおうかな?」

「何も。強いて言えば傭兵といっても貴方は頭の方で働いていると思っていました。策謀家、そんな雰囲気です。それと父親が家に入れる数少ない人の一人だった。それだけですね」

「そして雰囲気も怪しい、かな?」

「まあ。確たる証拠はありませんが、信用するに足る証拠もありません」

「そうだね」

「それについては俺が保証しよう」

 ここでガルが話に入ってきた。

「今度はこちらが理由を聞きたいですね」

 ただ保証すると言われて信用するグレンではない。

「ジンが家に呼ぶということは信用されていた証拠だ。人を信用しないジンが信用した人物。それを信用出来ないのか?」

「出来ません」

 全く考えることなく、グレンは否定の言葉を口にした。

「おい!?」

「父親が暗殺を切り抜けていれば信用しました。でも、そうではない。そんな父親の目を信用出来ますか?」

「……確かに。では……これは、あれだな」

 まだ保証出来る理由があるのだが、それを口にするのをガルは躊躇っている。

「どうぞ。それで王の信用が得られるなら」

 そのガルにクレインは話すことを認めた。クレインの許しを必要とするような内容なのだ。

「……では。確かにクレインは人としては信用置けないところがある。だが、こいつの恨みは信用出来る」

「恨みを信用ですか?」

「銀鷹の中で、クレインほど貴族を憎んでいる者はいない」

 クレインが貴族の味方をすることは決してない。だから信用出来るという理屈だ。

「その理由は聞けるのですか?」

 恨んでいることが事実であると証明出来なければ、ガルの理屈は成り立たない。

「それは自分で説明しよう。ガルはうまく話せないだろうからね」

「ではお願いします」

「僕は子供の頃に家族を貴族に殺された。生き残ったのは自分だけだ」

「そうですか……」

 グレンと同じ。クレインにとって貴族は親の仇だった。

「母親とまだ幼い妹は、僕の目の前で代わる代わる、何度も何度も犯されてね」

「なっ……?」

「最後は犯されながら首を絞められて死んでいった」

「…………」

 グレンよりも遥かに凄惨な体験をクレインはしていた。そのことへの驚きと貴族への怒りでグレンは言葉を発することが出来なくなった。

「僕はそれを見ていた。目を閉じようとしても無理やり開けられ、どんなに泣き叫んでも、奴らは許してくれなかった。おかげで僕は女性を抱けなくなったよ」

「…………」

 クレインの衝撃的な告白に、グレンだけなく、その場にいた全員が絶句してしまった。そんな周りに対して、クレインは笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「別に男色じゃないからね。好きになるのは女性だよ」

「……いや、それに驚いているわけじゃなくて。何故そのような目に?」

「理由はない。たまたま近くで僕たち家族が遊んでいた。退屈なので虐めようと思った。怯える僕たちを虐めるのが楽しくなって、調子に乗って殺してしまった」

「馬鹿な……」

 あまりの理不尽さに、グレンの心に強い怒りが湧いた。薄れていた怒りが、その勢いを取り戻した感覚だ。

「分かるよね? 理由があれば、無理やり自分を納得させて諦めることも出来るかもしれない。でもないんだよ。たまたまそこにいた。それだけなんだよ」

「……そうですね」

「そして記憶だけであれば風化することも、もしかしたらあるのかもしれない。でも女性が抱けないんだ。それどころか裸を見ただけで吐いてしまう。それなのに女性を好きになれてしまう。決して抱くことなんて出来ないのに。冗談で言ったけど男色であればまだ救われたかもしれないね」

「…………」

 自嘲的な笑みを浮かべているクレイン。その笑みにグレンは想像も出来ない深い悲しみの気配を感じた。

「僕は貴族を許すことは永遠に出来ない。家族のことだけじゃなく、愛する女性を抱けない自分にしたことを許せないのだよ」

「だから銀鷹傭兵団の背後に貴族がいるとなれば、それは敵」

「そう。どうかな? 僕の恨みは信用してもらえた?」

「それが作り話でなければ」

「おっと」

 今度のクレインの笑みは、苦笑いだった。クレインは、この場の感情に流されないグレンに感心していた。

「ただ事実だとしても気になる点があります」

「何かな?」

「俺は別に貴族を敵に回しているのではありません。敵になった相手が貴族であるだけです。そして俺は必要であれば貴族も味方に付けますよ?」

 貴族は全て敵と考えていた、かつてのグレンではない。敵とは思えない人たちとの出会いがグレンの考えを変化させていた。

「……そうだね。そこは相容れないね。でも君は貴族を必要と思っているかい?」

「貴族の血が常に優秀な人材を生み出すのであれば」

 これは貴族の言い分だ。魔力というものが、貴族の血に宿るという考えが基となっている。当然、グレンは皮肉としてこれを言っている。

「遠回しな言い方だ」

「そういった慎重さがないから俺の父親はウェヌスから追い出されたと聞きました」

 貴族は必要ない。グレンの父は異世界の知識を持ち出して、これを主張してしまった。はっきりと口にしたわけではない。本人も強く思っていたわけではない。こう考えていると思われるような言動をしてしまったのだ。それが迂闊さというものだ。

「そうだね。それに意味も分かる。君は個人の能力を求めている。貴族を必要とは思っていなくて、この国でそれを作る気もない」

「……それは認めます。そもそもこの国で貴族になっても何の恩恵もない。働かないで食べて行ける人を作る豊かさはありません」

 グレンの口から出たのは、貴族を作れない理由だ。グレンの思想ではない。

「慎重だ。だが悪くない。上に立つ人間は八方美人でないとね」

「さあ?」

「僕にとっては合格だけど、どうかな?」

 自分が仕えることを許して貰えるのか、またクレインは尋ねてきた。

「勇者に付こうとは思わないのですか?」

「勇者? ここで勇者が何故出てくるのかな?」

「勇者の生まれた国は身分の格差などないそうです。そして、勇者はそれを正しいと思っている。それに勇者は誑かすには最適です。銀鷹を通じて勇者の側に付いて、勇者の力をウェヌスの中で高めてから一気に反乱を起こさせる。それで貴族はまとめて潰れます」

「……とんでもないことを考えるね」

 しかも実現出来そうに思えるところが、クレインを驚かせている。

「それを考えている人が恐らくいて、それが俺の敵です。そちらは貴族の権力を益々高めるでしょうけど」

「……へえ」

「そういう手もあります」

 銀鷹傭兵団に残ってもやり様はある。復讐をするのにグレンに仕える必要はない。

「勇者は駄目だね」

 クレインはグレンの提案を否定した。

「何故?」

「貴族を否定していない。彼は自らが貴族になろうとしている」

 勇者に貴族制度を失くす意思がなければ、グレンの策は成り立たない。

「はっ? 軍の頂点では飽き足らずに、次は貴族ですか?」

「そう。アシュラムとの戦いで勇者は見事に勝った。かなり兵は死んだけどね」

「そうですか」

「知らないのかな?」

「今は外に目を向ける余裕も、外に伸ばす手もありません」

 実際は外に手は伸びているのだが、それを誰かに話すつもりはグレンにはない。

「そう。アシュラムの戦いは勇者の大活躍で終わった」

「兵の犠牲は勇者に引きずられてですか?」

「よく分かるね」

「そういう戦いをしますから。自分が活躍しないと気が済まないのです」

 勇者である健太郎は強い。それはグレンも認めるところだ。だが、その健太郎と同じように戦わされる兵士は堪らない。健太郎の強さがあるからこそ、生き残れるような戦いをさせられるのだ。

「よく知っているのだったね。だが活躍したのは確か。その恩賞として勇者はトキオを領地にすることを望んだ。つまり貴族にしろと言うことだね」

「……さすがですね」

「さすが?」

 どうしてこの言葉が出てくるのかクレインには分からなかった。

「周りを敵に回すことを恐れない。それに気付かない鈍感さは、さすがです」

 褒め言葉であるはずがない。グレンは健太郎が嫌いなのだ。雑談程度の話題では、その感情を優先して話をしてしまうくらいに。

「勇者には辛口だね」

「個人的にもその鈍感で酷い目にあっています」

「そう。とにかく僕はそんな勇者に協力するつもりはない。貴族としての嗜みを知らない新興貴族なんて最悪だ」

「そうですか」

 この言葉でクラインの仇が新興貴族であることが分かる。貴族には貴族の流儀がある。本来は平民をいたぶる様な真似は貴族が恥じるべき行為の一つなのだ。それを恥と思わないのは、成り上がりの新興貴族に多い。

 

「さて、どうだろう? 君に仕えさせてもらえるかな?」

「……おっさんは、もうおっさんは良いか。ガルさんは分かる。でもクラインさんは何が出来る?」

「まだ試験は続くのだね? でも、そろそろ僕からも試させてもらいたい」

「試す?」

「僕に何をして欲しい?」

 クレインはグレンが聞きたいことの、反対の問いをしてきた。

「それを考える為に、今、何が出来るか聞いたのですけど?」

「それを聞かないで。ただ何を求めるか聞きたいのだよ」

 これがクレインにとってのグレンへの試しだ。

「……じゃあ、確認しながらで。銀鷹傭兵団は広く様々なところに根を張っている。でも末端の人は命令の意味を知らないで働いている。この認識は合っていますか?」

「合っているね」

 命令の意味どころか、自分が銀鷹傭兵団の組織の一部であることも知らない人がいる。

「では、命令が何処から来るかも良く分かっていない。これは?」

「……どうしてそう思ったのかな?」

「団長であるガルさんが知らないところで命令が出されていた。だから」

「……そうかもしれないね」

 組織の全容はクレインも把握していない。クレインが把握していないのだ。末端の者たちは何も分かっていないだろう。見知らぬ相手でも符丁などが合えば、それで信用してしまうことになる。

「そうであれば、末端の根の向き先を別の所に向けられますか? この国に根元を変えてしまうことが出来ますか?」

「そうきたか。銀鷹傭兵団を乗っ取りたい。そう言うのだね?」

「全てではありません。末端だけです」

「おや?」

「根元に近付けば近付くほど、不純なものが混じります。それは望むところではありません。俺が必要とするのは、何をしているか分からなくても言うことを聞いてくれる組織。それが根元を隠すことになります」

 全容を把握できない組織など、頼まれても取り込みたくない。それでは父親と同じ轍を踏むことになる。

「……繋ぎが必要だ」

「そうです。出来るかと聞いたのは、その選別が出来ますかという意味です。末端を乗っ取るなんて場所さえ分かれば難しくありません。完全に組み込む必要なんてないのですから」

「完全に組み込まない?」

「これまでと変わらない活動も続けてもらわないと。乗り換えがばれては利用出来ませんから。裏切りや騙しはここぞという一回。それで充分です」

「くっ……くっ、くっ、くっ」

 我慢できないという様子で、クレインはいつもの笑い声を漏らした。

「また、その笑いですか?」

「これは困ったね」

「……何がですか?」

「僕は貴族みたいな血筋の拘りは否定したいのだよ。でも、君は間違いなくセシルの血を引いている。君はセシルにそっくりだ」

「似ていると言われたことはないですね」

「外見じゃないよ。資質がそっくりだ」

「……母親のそういうのは知らなくて」

 母親が銀鷹傭兵団でどういう役割だったのか、グレンは想像もついていない。戦う力があるのは鍛錬を考えれば分かる。だが母親は父親とは違い、ずっと家にいたのだ。
 
「深窓の魔女は?」

「それは知っています」

「セシルの真価は魔導ではないよ。本を読むだけでそれを身につけてしまったこと」

「確かに凄いなとは思います」

 ほぼ独学で学んで、ウェヌス王国がその力を求めるくらいになったのだ。それは異常なことだとグレンも思う。

「そして、それは戦いに出ることを止め、魔導を使わなくなった後に発揮されたのだよ」

「……母親はずっと家にいたような?」

「そう。家にいた。セシルはね、家にいて赤ん坊である君を育てながら、聞いた情報だけで傭兵団を動かしたのだよ。策を考え、相手の策を読み切り、その対抗策を考える。それが謀略家であるセシルの恐ろしさだよ」

「……あの鬼母。俺を育てながら、何てことを考えてやがったんだ」

 子供を育てながら、敵とはいえ人を不幸に叩き落す策を考えていた。この事実は何となくグレンには気に入らない。

「くっ、君はセシルにそっくりだと僕は言ったのだよ?」

「……考えるのは好きです」

 母親と似ていると言われても、今のグレンは喜ぶ気になれない。

「さて、これで意地でも君に仕えたくなった。何としても君に信用してもらないとだね。ではもう一つ、とっておきの、とても大切な事実を告白しよう」

「はい」

「僕はね、セシルを愛していたのだよ」

「はあっ!?」「何だと!?」

 隣で聞いていたガルまでが驚きの声をあげた。思わず視線は交わすグレンとガル。ガルはただただ首を振って初耳であることを示していた。

「これは誰にも言っていない。ジンにも当然」

「母は?」

「……気が付いていないと思うな。セシルはとてつもなく頭が切れるのに、こういうことにはとんでもなく鈍感だったから」

「ふっ」

 グレンの横から、かすかな笑いが起こった。

「……ソフィア」

「グレンはお母様にそっくりね。鈍感なところが……ぷっ」

「笑うな」

「だって、そのままグレンのことよね? 頭が切れるのに、恋愛事には鈍感」

「そんなことはない」

「そっくり」

 グレンは母親の血を色濃く引いている。この話だけでソフィアは心から納得出来た。

「もう良いから。でも、よく家に来ましたね? 夫婦になった俺の両親を見るのは嫌じゃなかったですか?」

「別に。僕は女性との結婚なんて諦めているから。それに女性を抱くことは出来ないけど、子供は好きなのだよ」

「……あれ?」

 家にいた子供はグレンとフローラだ。

「そう。君を見に行っていた。途中からフローラも加わって、君たち兄妹を見ているのは楽しかった」

「でも全然遊んだ記憶はありません」

 グレンたちの相手はもっぱらガルが務めていた。クレインと遊んだ記憶はグレンにはない。

「見ているだけで楽しかった」

「時々、気味悪く笑っていたのは?」

「見ているだけで楽しかったから。つい、笑いが漏れてしまってね」

「……それで怖がられていたなんて、笑いで相当に損をしていますよ」

 クレインの笑い方を子供時代にはもっと不気味に感じていた。それをグレンは思い出した。

「別に構わないさ。本当に見ているだけで良かったのだよ。特に君たち兄妹はね」

「そんなに?」

「セシルに厳しくやられて落ち込む君を慰めるフローラ。フローラがちょっとでも転んだら、慌てて駆けて行って助ける君。それを見ているだけで幸せだった。僕が失ったものが目の前にあったのだよ」

「……そうでしたか」

 クレインはフローラに殺された妹を重ねていた。ただ子供が好きということではなく、亡き妹との思い出を重ねていたのだとグレンは思った。

「結局、色々と理由を付けたけどね。僕はセシルの息子である君の力になりたい。僕に幸せな気持ちを与えてくれた君とフローラの力になりたいのだよ」

「それを言われたら、認めないわけにはいかないですね」

 グレンはクレインを臣下として受け入れることにした。

「では臣従の許可を」

「はい。認めます。よろしくお願いします」

 この簡単なやり取りだが、王であるグレンが認めたんだ。クレインは正式にルート王国に仕えることになる。

「おい、俺は?」

 一人置いて行かれたガルは納得がいかない。

「ガルさんはこれ程の思い入れがないような……」

「ちょっと待て! 遊んでやったのは俺だぞ!」

「遊べば良いというわけでは……」

「嘘だろ?」

「はい、嘘です。ガルさんも仕えて頂けるのですね?」

 揶揄うのは、この程度で止めておいて、ガルの受け入れもグレンは認めることにした。

「もちろんだ。これからは臣下として仕える」

「ではお願いします。さて早速ですが担当ですね」

「早いな」

 仕えると決まれば、すぐに仕事だ。ルート王国にはやるべきことが山ほどあるのだ。

「考えていたことがあって、それにガルさんはぴったりです」

「おっ、将軍か?」

「いえ、住民に戦い方を教えてください」

「おい!?」

 グレンに与えられた仕事は、ガルには納得いかない内容だった。

「こう言っては失礼ですがガルさんは傭兵です。ウェヌス国軍を元にしているこの国の軍隊の戦いには合いません」

 銀鷹傭兵団の実戦部隊は五十名程度。その数の指揮官であれば、ルート王国は全く困っていない。下手をすれば、ウェヌス王国軍のそれさえ超える優秀な指揮官が揃っている。

「それを言われると……」

「そして、実は軍については、すでに外に手を伸ばしています」

「何!?」

「戦争ではありません。盗賊が使っている道をこの国のものにしようとしているのです。山中の獣道みたいな道を」

「奇襲の為か」

 戦争ではないと言っているのに、ガルの頭には戦いしか浮かばないようだ。

「いえ、交易の為です」

「交易?」

「勇者に聞きました。商売は安いところから仕入れて高く売れるところに売る。これが基本だと」

「……当たり前だな」

 誰もが当たり前と思える。だが、それが誰でも出来るのであれば、商人なんて必要ない。商人の中で格差なんて発生しない。

「その当たり前のことをするには商売の範囲を拡げなければなりません。ウェヌス国内だけだと価格の差はそれほどありません。そうならない様にされているからです」

「なるほど」

「そして情報を迅速に手に入れなければいけません。高く売れると思って品物を持っていったら、もう価格が下がっていたでは損しますから」

「……簡単ではないのだな」

「はい」

 グレンの説明を聞いて、ガルもようやく理解した。

「しかし、それと俺が住民に戦い方を教えることに何の関係がある?」

「軍は外に出ます。活動範囲が広がれば国を離れることも長くなる。その間に何者かに攻められたら?」

「そういうことか」

「守り切れるだけの武力が必要です」

 街の防衛には住人たちにも関わってもらう。これがグレンの考えだ。全国民を合わせても二千だ。そうでなければ、ルーテイジを守れないという事情もある。

「しかし、ちょっと鍛えた程度で」

「それも考えています。その準備はそれが出来る人が来てくれてからです」

「……本当に凄いな。なるほどセシルに似ているとクラインが言うだけのことはある」

「別にそれは嬉しくありません」

 ちなみにグレンは母親が嫌いなわけではない。苦手なのだ。かなり厳しく育てられたことでトラウマがあるともいえる。

「しかし王。僕は、貴方は勇者の知識を否定していると思っていたのだが?」

「勇者は異世界の仕組みをそのまま持ってこようと考えるのです。例えば今の話。勇者はこう言いました。取引所などというものを作って、そこで交易をすれば良いと。価格はそこで決められるので効率が良いと」

「合っているような」

「はい。勇者の言っている話とは規模が違うだけで、実際に今もそのようですから。でもそれでは高いものは高く、安いものは安く買えるだけのように思えます」

 需要のほうが多ければ高く、供給のほうが多ければ安くなる。それではグレンの思う利益にはならない。グレンは供給が多い場所で買って、需要が多い場所で売ろうとしているのだ。

「そうだね」

「ではどうすれば良いのかと勇者に聞いたら、答えは遠いところにいる人の声が聞こえる魔導はないのかです」

「それは……僕は聞いたことがないね」

 そのような便利な魔導があれば、必ず世の中に広まっている。そうでないということは存在しないか、とてつもなく貴重であるかのどちらかだ。

「勇者が話す仕組みは異世界のこの世界では想像出来ないような技術が元になっているのだと理解しました。つまり、この世界では実現出来ない」

「そうだね」

「異世界の知識で持ってくるのは考え方だけです。その考え方をこの世界でどう実現するか。それを考えなくてはいけません。勇者はそれをしようとしない。だから俺は勇者を否定するのです」

 これは健太郎だって出来るはずのことだ。だが健太郎はそれをしない。これは今のグレンには救いだ。

「よく分かった。それで僕は?」

「さきほどの話はもう少し詰めてからにしましょう。今は末端を取り込むより、こちらの動きを秘匿する方が優先です。それにそもそも、どれだけ銀鷹が広がっているのかを、まずは知りたいので」

「そうだね。それはきちんと説明した方が良い。分かったよ」

 そしてまた新たな人材がルート王国に加わることになった。特にクラインはこの先、謀略の類を一人で考えていたグレンの大きな支えになる。
 小さな国は少しずつ、その力を増していっていた。