月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第42話 動き出した世界

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 簡易な柵で囲われただけの放牧場。そこに三十頭あまりの馬が放たれている。キールが約束通りに揃えた馬だ。三十頭は決して多い数ではないが、伝令という目的だけであれば、十分な数といえる。もちろん、キールがそう思われる数で調整した結果だ。
 そして、キールが揃えたのは馬だけではない。伝令役を務める兵士たちも、二十名程、揃えていた。兵士といっても、どの顔も若い。リオンとそう変わらなくみえる年令の者ばかりだ。
 これも意図的なもの。キールは、リオンとの関係は次代に任せてみようと考えていた。代々受け継いた志など関係なく、若者たちがリオンを見て何を感じ、その結果、どうしたいと考えるかを知りたかった。
 すでに溝が出来ている自分たちよりも、打ち解けやすいのではないかという打算もあっての事だ。
 だがこの打算は、初めからちょっと躓いている。

「エアリエル様、もっと体の力を抜いて。ずっと緊張していては、すぐに疲れてしまいます」

「え、ええ」

 乗馬の訓練。自分も一緒にやりたいとエアリエルが言ってきた。確かにエアリエルも馬に乗れたほうが良い。リオンは迷うことなく了承して、この場に連れてきたのだが。

「手綱はもっとやさしく。急に引いては馬が驚いてしまいます」

「分かったわ」

 いざ、エアリエルの乗馬訓練が始まると、リオンはイライラが止まらない。

「なあ、馬を教えるのに、同乗する必要があるのか?」

 隣に立っているキールにリオンは問いかけた。教えている男は、エアリエルに後ろから抱きついているかのように、密着して教えている。それがリオンは気に入らないのだ。

「ま、まあ。落馬の心配もありますから、ああして後ろから支えるのは必要かと」

「……密着し過ぎじゃないか?」

「いや、間が空いては、支えられませんので……」

 キールは懸命に言い訳をしている。なんといっても、リオンを苛立たせているのは自分の息子、マーキュリー・ブラウなのだ。

「……そうか」

 キールの説明は、全くのデタラメではない。それがリオンにも分かるので、文句は言えない。そうなると苛立ちを治めるきっかけがない。

「じゃあ、私が教えようかな?」

「ん?」

 不意に背後から聞こえてきた声は、女性の声だった。この場にエアリエル以外に女性が居るはずがない。何者か、とリオンが後ろを振り返ってみれば、リオンとそう変わらない年頃の女性が立っていた。

「初めまして、ご領主様。私はヴィーナス・ヴァイス。エアリエル様の侍女を務めます」

「……雇うといった覚えはないが?」

「では今、雇うと言って下さい」

「どうして?」

「エアリエル様に乗馬を教えるのは、同じ女である私が適任かなって?」

「雇う」

 リオンの弱点を突いた、見事な提案だった。

「じゃあ、決まり。では、まずは馬鹿マーキュリーを馬から叩き落としてきます」

「ああ。任せる」

「い、いや、ご領主様?」

 叩き落とされるのは自分の息子だ。キールが慌てて、割り込んできた。

「何だ?」

「叩き落とさなくて、普通に交代させれば良いのでは?」

「……それだと面白くないだろ?」
 
「面白くある必要はありません。ヴィーナス、君も物騒な事は言わない」

「はぁい。じゃあ、普通に交代してくるね」

「ああ。それで頼むよ」

 その場から離れていくヴィーナス。普通に交代すると言ったが、向かった先で、マーキュリーと何か言い争いをしている。仲が良いのか、悪いのか、とにかく二人は口喧嘩が出来る仲という事だ。

「宜しいのですか?」

「それはあの子を雇った事か?」

「はい」

「それは俺が聞くことだな。バンドゥ六党はこれで良いのか?」

 ヴァイスの姓を持つヴィーナスが、白の党の関係者である事は明らか。党首であるルジェの娘であろうとリオンは考えている。実際にその通りだ。
 この状況は青の党と白の党が、六党としてではなく、独自で行動をしているとしか思えない。リオンは、それをキールに尋ねている。

「良い事なのかは、今は分かりません。ですが私は、バンドゥの将来を考える良い機会だと思っております。過去の思いを受け継ぐのか、新しい生きる道を見つけるのか。そういう時かと」

「そうか。まあ、それについては、俺に何かを言う資格はない」

「領主であってもですか?」

 キールは、リオンの言うような、線を引かれる状況を望んでいない。新しい生きる道は、リオンに付き従って、バンドゥを豊かにする方向に向かって欲しいのだ。

「今、領主であるからといって、ずっとそうであるとは限らない。少なくとも俺はこの地では余所者だ。ここに住む者たちが、ずっと積み重ねてきた想いは、俺には分からない」

 この地の者が持つ王国への恨みは、リオンの持つ恨みとは違う。あえて恨みという言葉は使わなかったが、リオンはこう言っている。

「だからこそ、過去を見直すきっかけにご領主様はなれるのです」

「……そうか。そのご領主様だけどな」

「はい。何でしょうか?」

「くすぐったいから止めてくれ」

「はっ?」

「だから、ご領主様って呼ばれると何だか恥ずかしいから、別の呼び方に変えてくれ。リオンでもフレイでも良いから。あっ、男爵様はない。それも嫌だ」

 ずっと敬称を付けて呼ぶ方だったリオンだ。様なんて付けられるのは、どうにも違和感があって嫌だった。それを黙って受け入れていたのは、嫌と言えるだけの関係でもなかったから。
 リオンの中で、キールとの距離が少し縮まっていた。

「……御屋形様」

「様?」

「……上様」

「だから様はいらない」

「……殿」

「バカ殿みたいだ」

「……これ以上は思いつきません」

「じゃあ、考えておいて。さてと、見てないで、俺も練習するか」

 元々自分がうまくなりたくて頼んだ乗馬の訓練だ。リオンも練習に入ることにした。さすがに、エアリエルのように、後ろに人を乗せて習う必要はない。王都からここまでも馬で来たのだ。それなりに乗ることは出来る。
 飛び乗るようにして、馬にまたがるとリオンは一気に馬を駆けさせた。独学の、かなり強引な乗り方のようにも見えるが、乗られている馬の動きは不思議と滑らかで、キールも驚くほどだった。

「これは……マーキュリーでは教えられないな」

 マーキュリーでは型にはめるような教え方しか出来ない。それではせっかくのリオンの騎馬の動きを駄目にしてしまうようにキールは感じた。
 結局、リオンの馬の師匠はキールが務める事になる。そして剣についても。この日を境に、キールは政治事への関わりからは一歩引いて、リオンの師匠に徹するようになった。

 

◆◆◆

 会議室での打ち合わせ。動いている施策が増えてきた事で、リオンは定期的に全体会議を行うことに決めた。個別の打ち合わせでは、他への影響を把握し切れなくなってきたからだ。
 会議机には、領政の関係者が揃って座っている。
 上座のリオンから見て左側がバンドゥ党の面々、右側が元王国学院生徒というところなのだが。

「マーキュリー。どうしてお前がここに居るのだ?」

 カシスが斜め前に座っているマーキュリーに尋ねた。

「リオン様の近衛としてです」

「近衛だと?」

「はい。領内警備隊長兼近衛兵団長です」

「……キールはどうした?」

 マーキュリーがそんな役職に就いたなど、カシスは初耳だった。キールに問い質そうとしたのだが、そのキールがこの場に居ない。

「父は、自分は政治には不向きだと言って。これからは領軍の仕事に専念するそうです」

「何だと?」

「元々、役職があるわけでもないですし」

「……ヴィーナス?」

 この場に新たに加わったのはマーキュリーだけではない。隣にはヴィーナスも座っていた。

「何?」

「お前はどうして此処に居る?」

「私は、エアリエル様の近衛侍女だから」

「近衛侍女?」

「エアリエル様の身の回りのお世話と警護が私の仕事」

 これも当然、カシスは初耳だ。ちなみにリオンも初耳なのだが、隣のエアリエルが楽しそうに微笑んでいるので、何も言わないでいる。

「……リジュは?」

「頭はこの場に出る事を許されていないと思うけど?」

「頭?」

 リジュの返事に反応したのはリオンだ。

「母親でも、一族の序列はきっちりと。それがうちのやり方なの」

「いや、それは何となくわかるけど、言葉遣いは別なのか?」

「……細かい事は良いじゃない」

 ヴィーナスの言葉遣いが、一族のしきたりではない事はリオンにも分かった。

「さて、そろそろ会議を始めるが、もう一人の出席者は身内だと考えて良いのか?」

 リオンの言葉の意味が分からずにカシスはキョトンとした顔をしている。それは他の者も同じだ。反応を示したのはただ一人。

「……未熟」

 黒の党のブラヴォドだけだった。

「身内か。一応、庇っておくと魔法を使える者の近くには安易に近寄らない方が良い。余程、気配を消せないと気づかれてしまう」

 精霊にとはリオンは口にしない。それを言うと、精霊を説明しなければならなくなる。説明が難しい上に、下手に異世界の知識を口走ってしまって、素性を疑われたくないからだ。

「それが未熟」

「消せるのか……なるほどな、盗賊とはさすがに違うか」

 精霊から気配が隠せる。この事実にリオンはかなり興味を引かれているのだが、細かな事を尋ねるのは止めておいた。少なくとも、この場で話すような内容ではないと分かっているからだ。

「元は同じ」

「……元は盗賊だったという事か?」

「諾」

「……無口なんだな。つまり、元は盗賊だった集団がその技量を磨いて、間者集団に変わったと」

「諾」

 リオンの推測通り、黒の党はかつて盗賊集団だった。だが、ある時、彼らは気付いた。金品を奪うよりも、情報を盗んで売るほうが、金になるという事を。それを知った彼らは、盗賊稼業を止めて、金をもらって情報を盗む集団に生まれ変わった。
 白の党も似ている。白の党は、定住地を持たない、流浪の民だった。そんな彼ら、彼女たちは生活の糧を、芸と色を売ることで得ていた。そして黒の党と同様に気が付いた。各地で得た情報に価値があるという事を。色事で枕話に聞いた話が、驚くような価値を持つ情報であったりする事を。
 そして、二つの集団は、それぞれ間者集団となり、同業者としてお互いにお互いを知り、自然と協力し合うようになった。敵対して潰し合うよりも、得意分野が違う事を利用して、協力する事を選んだのだ。
 黒と白の二党は、バンドゥに祖を持っている訳ではなく、この地に特定の支配者がいなかったことを良しとして本拠地に定めただけだった。

「話が脱線したな。身内というなら、気にしないで話を始めよう」

 無表情を装っているが、このリオンの言葉に、ブラヴォドは内心でかなり驚いている。ただ無頓着なだけとも思えるリオンの言葉をブラヴォドは信用の証と受け取ったのだ。情報が活かされるには、相手に信用されていなければならない。だが、間者という存在を信用する者は少ない。リオンはその貴重な一人かもしれないと思った。
 
「ジャン」

 ブラヴォドの内心の驚きなどリオンが気づくはずはなく、会議を普通に始めた。

「ああ。街道の整備は、国境近辺の山中を除いて、ほぼ完了だ。山中についても、下準備は終わった」

「結局、駐屯所の数はいくつに?」

「有人の駐屯所が四カ所。無人の避難所も同じく四ヶ所だ」

「それだけの数をもう? 早いな」

「避難所はとにかく頑丈な柵で囲んだだけ。ただ逃げこむ場所を用意しただけだ。後は、定期的に駐屯所から見回りを出す。駐屯所と駐屯所の間、中間地点にあるので、両方から同じ時間に出て、避難所で落ち合う。もし片方から見回りがこなければ、何かあったという事だ」

「……良いな。ちゃんと考えられている」

「当たり前だ。後は山中の街道の整備を残すのみ。駐屯兵の編成と派遣の準備は?」

「部隊編成はどこまで進んでいる?」

 リオンの問いはカシスに向いた。領地軍全体の責任者はカシスだ。一応は。

「第三陣までの編成を進めております。もうすぐ完了する予定です」

「では、第一陣をすぐに派遣する。今日中に準備、明日には出立させろ」

「明日?」

「駐屯所に持ち込む糧食の準備は出来ている。武具も揃えた。後はただ部隊と共に送るだけだ」

「……はっ」

 部隊を率いる事は出来ても、軍政は苦手。これがバンドゥ党の弱点だ。武人は居ても文官が居ないからだ。

「隣国のオクス王国、ハシウ王国との調整はどうだ?」

「国境警備の協力については、快諾を得た。魔物を実際に見せたのが大きかったようだ。それと、こちらがすぐに危険を伝えたのも好印象だったな」

 リオンの問いに答えたのはセプト。彼も又、王国学院の卒業生だ。

「具体的にはどういう警備体制を取るって?」

「こちらと同じ。駐屯所と避難所を置く。責任分担は当たり前だが国境地点。双方から見回りを出すというのも、同じだ」

「こちらのやり方を説明したのか?」

「不味かったか? 今は、とにかく相手の信用を得るのが優先だと思ったのだが」

「いや、問題ない。隠すような事ではないし、それで信用されるのなら、大助かりだ」

 隣国との関係は全くなかったと言って良い状況ではあるが、王国に心からの好意を向けている相手ではなく、バンドゥのこれまでの悪評も届いていたようで、印象はあまり良いものではない。リオンとしては、これを、なんとか好意的なものに変えたい。交易など、協力してもらいたい事は沢山あるのだ。

「領内の警備は、部隊編成も終わって、稼働するだけ。魔物対策については、まずは整備完了かな?」

「大体は。あとは運用していく中で出てくる問題に対応するだけだ」

「分かった。じゃあ、本来の施策について」

「開墾地の選定は完了。すでに作業に入っている。元々耕作に適した場所は開墾をしていたようで、考えていたよりも早く収穫が見込めそうだ。ただ水路の整備はまだまだ必要だな。それと並行して耕作地の拡張も」

 廃棄されていた砦周辺を耕作地に。この変更はリオンたちが想定したよりも、遥かに順調に進んでいる。盗賊として砦に住んでいた者たちは、耕作もきちんと行っていたのだ。それを領政として、人出と資金を投入して、本格化させるのが、リオンたちの役目となった。

「下水道とゴミ処理場の整備は?」

「それはもう少し待ってくれ。必要性は分かったが、どうすれば良いかが、まだ見えない。汚れた水を全て近くの川に流す訳にもいかないだろ?」

「もちろん。それじゃあ、領内全体が汚染される」

「何箇所か集積する場所を作って、そこを管理する。その場所をどこにするか。後は人だな」

「人は重罪人を使えば良い。重労働とはいえないだろうが、誰もやりたがらない仕事だ。十分に重い罰になる」

「分かった。そうさせてもらう」

 下水道の整備は疫病などの発生を防ぐ為。それが必要である事は分かっても、具体的な方法まではリオンの知識にはない。
 それでもリオンはやりたいと思った。汚水やゴミの処理は、亮であった意思が強く求める事だからだ。現代人の亮には、汚物が普通に道に転がっているような環境は耐えられないというだけの事だが。
 荒廃していたバンドゥの地は、魔物の出現という躓きはあったものの、着実に復興への道を進んでいた。

 

◆◆◆

 忙しい一日を終えたリオンの心休まる時間は、エアリエルと二人の時間だ。睦み合う時を終えた後の一時、特に何と決める事もなく、思いつくままに語りあうのが、リオンの心のリフレッシュになっている、のだが、今日のリオンは、語らう必要もなく、頭が真っ白になっていた。

「気持ち良かったかしら?」

 ベッドの上で宙をぼんやりと眺めているリオンにエアリエルが、嬉しそうに問いかけた。

「……エアリエルの口から、そんな言葉が出ると俺の方が照れる」

「そう。でも、どうだった?」

 どうしても、エアリエルはリオンの感想を聞きたいようだ。

「それは……凄く良かったかな」

「本当? それは良かったわ」

「でも、どうして急に?」

 エアリエルとの夜の営みが充実するのは大歓迎だが、侯爵家の令嬢とは思えないような振る舞いを、いきなりしてきた事にリオンは戸惑っている。

「私にも師匠が出来たわ」

「師匠って?」

「ルジェ・ヴァイスよ」

「……それは何の?」

 全く知らない所で話が進んでいた事に、リオンは不安を感じてしまう。

「あら、決っているわ。リオンを喜ばせる技術を学ぶのよ」

「それって……」

 時々、エアリエルの考えている事が分からなくなるリオンだった。

「頬を叩いていた時よりも、悶えるリオンを見る方がよっぽど楽しかったわ」

 これは相手を喜ばせるのではなく、嬲っているという言い方が正しい。結局、エアリエルはリオンを虐めるのが好きなのだ。それは自分だけの特権だと思っている。

「エアリエル、それは普通の人が学ぶ技じゃない」

「でもリオンは気持ちが良いって言ったわ。それに学んだのは、技だけではないわ」

「他にも?」

「子供が出来ないようにする方法」

「あっ……」

 リオンの口から驚きの声が漏れる。まさか、出来る限りではあるが、避妊に気を使っている事がエアリエルに気づかれているとは思っていなかった。

「完全ではないけど、可能性は低く出来るらしいわ」

「……エアリエル。俺は別にエアリエルとの子供が欲しくない訳じゃなくて」

「分かっているわ。事が終わるまで。それは私も同じ気持だわ」

「そうか……」

 いつ命を失うか分からない状況で、しかも弱点にも成りかねない子供を、生み育てる事は出来ないとリオンは考えていた。この考えもエアリエルには、バレていた。
 女の武器を使って情報を得る白の党には、避妊に関する知識があった。もちろん完全なものではないが、それでも何もしないよりはマシ。そう思ってエアリエルは、リジュを師匠という立場に置くことにした。
 これを提案してきたリジュは、リオンたちが何らかの野心、それも子供など持てないような困難な野心を持っている事を見抜いているという事だ。
 辺境と思って油断していた。リオンはそう考えて、気を引き締める事にした。だが辺境であろうと、どれほど気を引き締めていようと、リオンの行動の異質さを見抜くものがいる。
 この世界だ。世界はゆるりと動き出す。物語の結末を華やかなものにする為に。

 

◆◆◆

 魔物の出現を知って、対策を練っているのはリオンたちだけではない。当然、王国も魔物出現の情報を知り、それにどう対処しようかと頭を悩ませていた。

「魔物の目撃情報は王国の各地、かなり広い範囲に広がっております」

 王国内部の情報収集、分析を担当する、内務省情報局の担当官が、国王に対して魔物に関する報告を始めた。

「被害は?」

「今のところはそれほどでもありません。出没場所は、国境付近の山中や森の中が多く、接触した者は限られております」

「国境付近か。何処との国境だ」

「東西南北。ほぼ全てとなっております」

「……つまり、どこかの国の陰謀という可能性は低いのか?」

 これを情報局の者に聞く国王は他国の陰謀の可能性を考えていたという事だ。それがどうやらそうではないと分かった事で、却って、この事態をどう捉えれば良いのか分からなくさせている。

「はい。仮に周囲の国全てが連合を組んだのでしたら、魔物など使う事なく、一斉に軍を動かすはずです」

「ああ。そうだな」

 これくらいの事は国王も分かっている。だが、他国が黒幕という構図の方が、事態を受け入れ易いだけだ。魔物などとい未知の存在が、いきなり王国を襲ってきたでは、何が何だか訳が分からない。

「人的被害は今のところはありませんが、今後、交易面で影響が出る可能性があります」

「何?」

「魔物が出没する国境に近づこうなんて商人はおりません。国内の流通に影響はありませんが、他国との交易は、間違いなく止まる事になります」

「至急、損害額を算出しろ。不足する税の補填をどうするかもだ」

 商人から取れなければ、別の所から取るだけだ。国民の負担が、この国王の発言で、また重くなった、

「しかし、一体どこから現れたのだ?」

「それについては興味深い報告をあげてきた地方領主がおります」

「興味深い?」

「魔物は転移魔法で送られてきている。背後には魔物を操る存在が居るはずだと」

「転移魔法、そんなものがあるのか?」

 転移魔法は国王の知識にもない。そんな魔法が存在すれば、戦争の在り方は大きく変わっているはずだ。

「魔物が出没した場所にあったとされる魔法陣も送られてきました。所々欠けておりますが、論理的には合っていると魔道士団は分析しております」

「完全な解析は?」

 国王としては魔物の心配と同等か、それ以上に、転移魔法が気になる所だ。

「それは難しいとも。現在、完全に残っている魔法陣がないか、魔物の目撃場所を捜索させております」

「そうか。興味深いというよりも、実に貴重な情報ではないか。どこの地方領主だ?」

「バンドゥのフレイ男爵です」

「何だと?」

「そして、バンドゥの地が魔物の初めての出現場所だと今は考えられております」

「魔物に襲われたバンドゥの様子は?」

 バンドゥの貧しさは、すでに国王も認識している。そこに魔物では、どうなっているのか、さすがに不安になった。

「被害はありません。山中で遭遇して、その場で殲滅したと報告にありました。それ以降、目撃情報も送られてきておりません」

「そうか……殲滅、そして情報を集めて報告を。それで終わりとは思えないな」

「それは?」

「いや、今のは独り言だ。報告を続けてくれ」

 リオンは報告をして、ただ王国からの指示を待つような人間ではない。国王はそう考えている。機会を見つけて、王都に呼んで話を聞こう。国王は心の中で、こう決めた。
 舞台の終わりを待っているつもりだったリオンは、こうして無理やり、壇上に引きずり出される事になる。世界はリオンを物語に必要な、重要な登場人物と認識してしまったのだ。