月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #77 復興への歩み

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 しばらくは戦争の疲れを癒す為に体を休めて。ハーバードにこう言われたグレンだったが、そもそも彼にそういう習慣はない。時間があれば鍛錬や勉強に費やし、寝る時間以外は何もしないという時を持つことなど出来ないのだ。
 それでも何もすることなく一晩だけを過ごしたグレンは、翌日から精力的に動き出した。

「ほら、外壁の中に入っていく水路があるでしょ。これが盆地の先まで伸びて、山から流れてくる小川に続くのよ」

 まずグレンが最初に行っているのは、ストーケンドの周辺に広がっているという水路の確認だ。ストーケンドの外に出て、ローズの説明を聞いている。

「……これが幾つもあるのか?」

「いくつかあるわね。でも、どれだけあるかは分からない」

「水脈から辿れば良いのかな?」

「そうね」

 この水路がどれほどの範囲に広がっているかで、耕作可能地の規模が分かる。増えた人数分の食料の確保を優先したいグレンは、真っ先にこれを調べようと思っていた。

「その場所は?」

「……知らない」

 まずは案内人の問題を解決する必要があったようだ。

「自分で案内すると言ったくせに……」

「だって、そう言わないと二人だけになれないもの。昨日の夜だって一人で寝ちゃうし」

「それは……あんな話を聞かされた後に何も考えないわけにはいかないから」

 エイトフォリウム帝国の再興。そして、グレンはその王になる。突拍子もない話だが、笑い話で終わらせられる状況でもない。ローズはその帝国の末裔なのだ。

「……結論は出たの?」

「出てない」

「そうよね。別に気にしないでね。君は君のやりたいことをやれば良いのよ」

「そのつもり。ただ、ここで出来ることがあるなら、やっておきたいとは思う」

「でも、それをすると」

 ストーケンドを復興させれば、それを為したグレンに人々の期待が集まる。ハーバードはこう言っていた。

「本当に言ったようになると思う? 国となっても千を超える程度、兵士を入れても二千に欠ける。そんな国とは言えないような国を人々が望むとは思えない」

「まあね」

 人口二千もいない国。そんな国はこの大陸のどこにもない。国というより、少し大きめの村だ。

「だから、とりあえず出来ることはやってみる。水路があって田畑を増やせるなら増やしたい。少なくとも兵の皆が食うものに困らないようにしないと」

「でも、すぐに収穫なんて出来ないわよ?」

 田畑を増やすというが、それに結構な期間がかかるのはローズにも分かる。

「ゼクソンから貰った物資がある。それと軍資金も。一年以上は軽く養えるな」

「へえ、太っ腹ね」

「ん? ああ、エステスト城塞の蓄えもかなり入っているから」

 グレンがストーケンドに運んできた物資は、ゼクソン国王から報酬として受け取ったものだけでなく、エステスト城塞に備蓄されていた物資も含まれている。かなり減ってはいたが、元々は二千の駐留軍が半年籠城出来るだけの物資だ。ゼクソン国王から貰った分を加えれば、グレンたち五百を養うのであれば一年以上は軽くもつ。

「……ねえ、それは盗んだと言わないかな?」

「奪い取った城塞の物資を手に入れた。何の問題もない」

 正確には問題はあるが、それを気にする必要はグレンにはない。

「君って、そういうところは本当に抜け目ないね?」

「持たざる者は工夫をしないと」

「工夫……ちょっと違う」

 普通は勝手に持ち出すことを、工夫とは言わない。

「ないよりはあった方がマシだろ? 細かいことは気にしない」

「はい、はい」

「所々、壊れていると言っていたけど?」

「ああ、それはすぐに見つかるわよ。水路は木材や石で作っているのだけど、それが崩れているの。だから水が地面に染みて遠くまで流れないのよ」

 水路は、ただ水を通せば良いという状態ではなかった。それはそうだ。わざわざ水を止める理由はストーケンドの人々にはない。勝手に止まっているのだ。

「……それを直せる職人は?」

「いたら直しているわよ。手に職を持った人は他の土地でも仕事を得られるでしょ? だから皆出て行ってしまったそうよ」

 つまり、ストーケンドに残った人々は、他の土地に移っても職を得られそうもない人々ということになる。

「それは厳しいな。力仕事は出来ても、そういう技能がないわけか」

「それが滅びた国というものよ。人材がいないの」

「国造りは人材確保からか」

「…………」

 グレンの口から国造りなんて言葉が出てきたことに、ローズは驚くよりも呆れている。

「あっ、違うから。その気になんてなっていないからな」

「君の場合はその気になっていなくても、知恵だけが先行しちゃうからね?」

 思考を飛躍させるのはグレンのくせだ。それが他の人では思いつけないことを思いつける理由でもある。

「……それは否定出来ない」

「まあ、あまり深く考えないで、やれることをやろうよ」

「分かった」

 外壁を一周して状況を確かめると、実際に水路の調査に入る。それは兵たちに指示を出した。何組かに別れた兵たちが、外壁に入り込んでいる水路を辿って、盆地に広がっていく。
 盆地に突き立っていく木の棒は、壊れている場所を示していた。
 それと同時に、騎馬も何組か出して盆地外周の探索も行う。山から流れだしてくる小川などの水脈を見つける為だ。まずは兵の食糧の確保。それをする為の耕作の準備をグレンは早速進めることにした。
 グレンの行動はそれだけでは終わらない。
 城内を探し、住民たちにもお願いして、樵道具をかき集めると、それを持たせて兵たちを山中に送り出す。建物などの補修に使う木材の調達の為だ。
 残った兵は都の中の清掃。清掃といっても、かなり荒っぽいものだ。建物の中に残っている家具で使えそうもないものは、全て外に運び出して壊すか燃やしていく。家具だけではない残骸と化しているような建物は建物ごと取り壊していった。
 慌ただしく兵士が動き回る都。
 やっていることは今のところ破壊行為なのだが、それでも活気があると言えないことはない。
 二日目にして住民たちは、何かが変わろうとしている、こんな思いを胸に抱くようになっていた。

 

◆◆◆

 城内の大会議室は銀狼兵団が占拠する形になった。
 そこに陣取ったグレンは、報告を聞いては次の指示を出していく。今は、水路探査の責任者をしているカイルの報告を聞いていた。

「確認された水脈は五か所です。山の奥から流れてくる小川と、麓に水が湧く場所があり、そこから水路が伸びております」

「結構あるな」

 いくつかの水脈では大本は同じである可能性はある。それでも複数あることに違いはない。

「恐らくそれだけではありません。盆地のどこかに水が湧いている場所があると思われます」

「どうしてそれが分かった?」

「街から逆に水路を辿った結果です。まだ、全てを辿り切れておりませんが、確認した水脈のいずれにも向かわない水路がありました」

 カイルは水脈から水路を辿るだけでなく、その逆も行っていた。こうした徹底さはグレンの好むところだ。

「なるほど。水脈から一番近くまで流れている水路は?」

「街から見て、南方にある水脈です。一番痛みが少ないようで、最も近くまで水が流れております。これは住民たちの証言でも確認しました。今現在、住民はその水路周辺で耕作をしているそうです」

「どれくらいの距離?」

「それでも半刻はかかります」

「……分かった。その水路の修復を最優先にしよう。まずはそれを街まで入れる」

 水路が周囲に広がっていることは良いことだ。だが、それだけ整備に労力が必要になるということでもある。限られた労働力では、優先度の高いものから、順々に行っていくしかない。

「では、街から見て手前を我らの耕作地に致しますか?」

「いや、その場所は住民に渡す。往復二刻じゃあ、効率が悪いだろ?」

 優先すべきは、民の暮らしを楽にすること。とまでグレンは考えているわけではない。余所者の自分たちが良い場所を取っては、住民たちと軋轢が生まれるかもしれないと心配しただけだ。

「では、東方にある水脈から伸びる水路を優先度の二番目に致します。そちらは住民たちもほとんど利用していないようですので」

「ああ、それを修復して、その周辺を兵団の耕作地にする。農業経験者は見つかったか?」

「はい。何人かはおりました。ただ、家の手伝い程度で、それ程の知識はないと申しております」

「職業兵士だからな。徴兵された人のようにはいかないか」

「はい」

 次男、三男など家を継げない男たちが職業軍人になっている。若くして軍人になった彼らは、実家が農家であっても、それほどの経験はなかった。

「……住人に指導を頼めるか聞いてみよう。まあ、先の話だな。まずは水路の修復だ」

「資材については水路を優先させてよろしいですか?」

「……兵には悪いが、住処よりは水路。それで行く」

 住居はかなり痛んでいるが、元から建物がある。我慢すれば良いだけで、優先度はそれほど高くはない。

「分かりました」

「ポールには俺からも話しておく」

「はい。では失礼いたします」

 カイルの報告が終わると、次はポールが現れる。ポールの担当は、ストーケンド内部の整備だ。

「不要な建物の撤去は順調に進んでおります。そろそろ建物の建築の方を考えなければいけませんので、ご判断をお願いいたします」

「優先順位だな」

「はい。優先すべき建物として兵舎、厩舎、倉庫、食堂にしようと思っております」

「……倉庫と食堂って」

 ポールの提案した優先順位はグレンには意外なものだった。

「兵舎と同じにするだけの空間の確保が出来そうもありません。元々の造りが軍の存在を想定していないようで」

「なるほど」

 軍の施設はかなり広大な敷地を必要とする。兵舎や倉庫、厩舎、それに演習用の施設まで作れば、軍の規模にもよるがストーケンドのかなりの部分を割かなければならなくなる。

「住民たちも痛んでいない建物を選んで住んでおりますので、住居が散在しております。まさか、住民の住居を取り壊すわけにもいかず」

「それは当然だ。じゃあ、それで良い」

 さすがに住民が住んでいるところを壊して、区画整理を行うわけにはいかない。ここは妥協が必要だった。

「又、石積みは資材の確保が難しいのでまずは木材でとなります」

「……仕方ないな。万一の火災に備えて水の備えを忘れない様に」

「はい。それとも関連して、次に優先する建物として大浴場の修復許可をお願いします」

「……そんなのあるの?」

 そもそも風呂に入るということが贅沢だ。大浴場は実はウェヌス王国の王都にもあるのだが、グレンが知る限り、気軽に行けるような場所ではなかった。

「ありました。さすがは帝国というところでしょうか? 住民にも風呂に入る習慣が嘗てはあったそうです」

 絶頂期の帝国の民がいかに贅沢な暮らしをしていたかが、少し分かる話だ。これを聞いても、グレンは贅沢を不快に思うだけだが。

「……まあ、そういう慣習があったのなら。優先とするのは、水の確保?」

「そうです。火災に備えた貯水場に大浴場はぴったりかと」

「良いだろう」

 ポールの提案は当たり前だが、贅沢の為ではない。グレンも納得だ。

「それと」

「何?」

「恐らくは建物を木材にしても、それ程心配ないのではないかと思います」

「どうしてそう思った?」

「この都は山の奥なのに、水の都と言っても良いほど、街中にも水路が張り巡らされております」

「ああ、確かに」

 街を歩いていれば、ポールの言っている様子はすぐに分かる。街には水路で区切られていて、いくつもの橋が架かっている。これが大きな建物を作れない原因にもなっているのだ。

「水路は火災を一角で止める役目を果たしているのではないかと」

「……ちゃんと考えられている?」

 街の整備には邪魔な水路だと思っていたが、意味があった作られた可能性が出てきた。

「あくまでも自分の想像ですが」

「いや、あり得る。長い歴史を持った帝国だ。そういった知識を持った人がいたとしてもおかしくない」

「そういった人が戻ってきてくれれば、もっとうまくやれるのですが」

 ポールは軍人だ。街の整備など専門外なのだ。これは他の者たちも同じだ。

「……それを望んでもな。今は自分達の知恵で何とかするしかない」

「はい。後は、建物の目途が立った時点で井戸の修復にも着手したいと思います」

「それは構わないけど……」

 このポールの提案には、少しグレンは戸惑った。水にはそれほど困っていない。カイルのほうの水路の整備が進めば、街中の水路にも水は満たされるはずだ。

「ここは場所が場所であれば、かなりの城砦になりそうです。少なくとも水の手を絶たれる心配はほとんどありません」

「水脈がそこら中にあるからな」

「街中の井戸は地下深く掘られております。しかも聞いただけで水源は三か所あるようです」

「……水の手を絶たれる心配はない。確かに」

 ポールの提案は軍人らしいものだった。水の手が地上を走る水路だけでは、それを埋められれば終わり。酷い場合は毒を流される可能性もある。井戸は確かに必要だ。

「交易が出来さえすれば、相当良い都になりそうです。楽しみです」

「ああ」

 このような報告を聞くたびに、大陸全土を治めていたというエイトフォリウム帝国の奥深さをグレンは感じてしまう。そして、それだけのものを持っていたエイトフォリウム帝国でさえ、滅びてしまうという現実の厳しさも。
 そして、そんな報告はまだ終わらない。

「木材の確保ですが、今のところは順調かと思います。この先はまだ予測が付きません」

 次に報告に現れたのはミルコだ。

「まだ本格的に使ってないからな」

「はい。カイルにもポールにも確認しましたが、まだどれくらい必要かの見積が出来る段階ではないと言っておりました」

「多分出来ないな。試し試しやってみて。そうなるはずだ」

 必要な資材を机上で見積もれるだけの知識は、グレンたちにはない。いくつか実際に作ってみてから、それを元に計算するしかない。

「はい。ですが、あまり伐り過ぎるのもどうかと思い」

「駄目なのか? それこそ周りに腐る程あるけど」

 ストーケンドの周囲は山に囲まれている。伐り過ぎを心配する理由がグレンには分からない。

「それが自分も教えてもらったのですが、山に生えている木々が水を蓄える役目を果たすそうです。木々がなくなると水源に影響する可能性があるとか」

「……それは知らなかった。よくそんなことを知っている兵がいたな」

 色々な本を読んできたグレンだが、軍事に偏っていて、このような知識は全くない。

「いえ、ハーバード殿に教えて頂きました」

「……ああ、元宰相ね」

「はい。さすがは宰相をやられていただけあって博識です」

「……それ役立てろよな」

 知識はそれを活かさなければ何の意味もない。ミルコの話を聞いて、グレンは呆れている。

「ご本人は言い訳をしておりました。知識と言っても上っ面な知識で、実務に活かせるものではないと。それと知識があっても、人を動かす力がないと役に立てることは出来ないと」

「宰相だろ?」

 文官の頂点が宰相だ。部下である文官を動かせない宰相など、これもまた意味はない。

「それについても王の威光あっての宰相だと。王がいない宰相の言うことなど誰も聞かないと」

「……俺に向けて言われているような?」

「そうだと思いますよ。とっとと覚悟を決めろ、そんなところでしょう」

「…………」

 結論は急がないと言いながら、ハーバードはこうして遠まわしに決断を催促してくる。グレンにとっては実に鬱陶しいことだ。

「ご決断は先ですか?」

「王になる決断なんて出来るか? しかも、滅んでしまった国の王になんて」

「却って気が楽ではないですか」

 ミルコも、そして他の者たちも、グレンが王になることには賛成だ。それが当然だと思っている面もある。

「そんなことはない。それだけ重い期待を背負うということだ。裏切るのが分かっていて、期待させるなんて俺には出来ない」

「……少なくとも我らの期待には見事に応えました」

「軍と国は違う」

「まあそうですけど。それについては、ゆっくりとお考えください。別の報告があります」

 あまりしつこくすることなく、ミルコは引き下がった。今どれだけ言っても、グレンが意固地になるだけだと分かっているのだ。

「何だ?」

「森の中を調べていたのですが、幾つもの道を見つけました。かなり荒れ果てていて獣道かと思うような道ですが、良く調べてみると元は結構な幅があります。人が通る為の道だったと思われます」

「……盗賊の道か」

 ウェヌス王国との戦いで利用していた、そして、ゼクソン王国からストーケンドにやってきた道も同じようなものだ。ゼクソン王国内の道は、盗賊や闇商人が結構利用しているようで、獣道と思うようなものではなかったが。

「今はそうだと思います。ただ元はどうだったのか」

「違うと?」

「この場所を中心に各地に道が広がっている可能性はありませんか? 帝都であった場所です。それがあってもおかしくないと思います」

「……帝国としての体裁を整えていた頃は、今のウェヌス王都が帝都だったはず。考えづらいな」

 ストーケンドはウェヌス王国に追いやられてきた場所。宗主国と周囲に崇められるような時代ではない。

「そうですか。ただ万一広がっていたら面白いですね。人知れず軍を動かせるかもしれません」

「……恐ろしいこと考えるな。要地も要地ってことじゃないか。しかし、その要地をウェヌスが放置しておくかな?」

「あっ、それがありましたか。そうですね。残念、そうであれば、行動の幅が相当に広がると思ったのですが」

「ああ……」

 その道が元は何であれ、行動の幅が広がるというミルコの言葉にはグレンは強く興味を持った。

「余裕がある時にもう少し調べてみます。探索に出ているセインと被りますか?」

「いや、今セインには採石場を探してもらっている。これだけの石材を使っているのだ。必ず近くにあるはずだからな」

「そうですね。では報告は以上です。現場に戻ります」

「ああ、頼む」

 こんな感じで、銀狼兵団での打ち合わせを終えると、次は旧エイトフォリウム帝国の旧臣たちの打ち合わせにグレンは参加する。
 グレンは下座となる場所に意識して座っているのだが、結局は話題の中心はその下座となる。

「兵団からの依頼事項がいくつかあります」

 グレンはあくまでも兵団の代表者として、この会議に参加している。

「お聞きしましょう」

「水路は南方と東方の水源を元にした水路を優先して修復します。そのうちの東方の水路周辺を兵団の耕作地としたいので、それの許可を」

「許可する者は誰もおりません。どうぞ、ご自由に」

 では、何故、この会議があるのだということになるのだが、この答えはグレンには分かっている。

「……はい。それが始まる時点で、農業指導をどなたかにお願いしたいと思っています。兵団の兵士は経験がある者でも手伝い程度ということで知識がありません」

「……探しておきましょう」

 つまり、すぐにハーバードが思い浮かぶ人材はいないのだ。

「お願いします。ついでというには大事ですが、他にも知識を必要としております」

「どのような知識でしょう?」

「水路作り、建築、要は大工です。馬丁、馬の世話が出来る人、理想を言えば、世話だけでなく育てることが出来る人。あとは武具関係の補修や作成。後は……」

「おりません」

 続くグレンの要請にはハーバードは考えることなく答えた。

「……やっぱり」

 グレンにとっても予想通りだ。大工がいれば、ストーケンドはこんなに荒れていない。馬はこれまで必要とされていなかった。まして武器は、ストーケンドに移った時から軍は存在していない。

「そういった人材は全員がここを出てしまっております」

「そうですか。では他の方法を考えます」

「呼び戻す手がないわけではありません」

「……故国復興を知らせてですか?」

「はい」

 ハーバードはどうしてもグレンに帝国を復活させたいのだ。熱の具合に波はあったとはいえ、ハーバードを筆頭にこの場にいる彼らにとって故国再興は悲願であったのだから、仕方ないところはある。

「それで今更戻りますか?」

「全員とはいかないでしょう。ですが、外に出て苦労している者は多いはずです。そういった者であれば」

「……まあ、それは良いです」

 少し考えて、ハーバードの提案をグレンは拒否した。

「まだ決心がつきませんか?」

「それもありますが、それ以前に目立ちたくありません。ここで何かをしていることをウェヌスが知れば、必ず調べにくるはずです。そして自分がいると知れば」

「……そうですね」

「外と接触するのは、この場所を守れる。それだけの自信が付いた後です。もっともその為にも人材、特に職人が必要なのですけどね」

 人材を求めるには、外に手を伸ばさなければならない。だがそれを行えば、ストーケンドで何かが行われていることを知られる可能性が高い。だが、外からの介入から守る為には人材が必要なのだ。これでは問題は何も解決しない。

「お役に立てずに申し訳ございません」

「別に謝らなくても良いです。質問もありますので、それに移ります」

「あっ、はい」

「この都を設計した人は、まだ生きているのですか?」

「いえ、亡くなりました」

「そうですか……弟子のような方はいないのですか?」

 大きく外に手を広げるわけにはいかない。グレンは今最も必要としている人材に絞ることにした。人材確保にも優先順位を付けたのだ。

「おりますが、出て行きました」

「今はどこに?」

「分かりません」

 もっとも重要な人材確保は、伝手も見つからなかった。

「……じゃあ、次です。部下が山中に人が通る道らしきものを見つけたと言ってきました。それに心当たりはありますか?」

「朝貢に使われていた道です」

 ハーバードは山中の道について知っていた。

「チョウコウとは?」

「簡単に申しますと帝国へ貢物を持って挨拶に来ることです」

「ここに?」

 何の力もなくなった帝国に、貢物を持ってくる理由がグレンには分からない。

「形式だけでしたが、そういった礼儀を欠かさない国はあったのです。当然、今はそのような国はありません」

「何故、ウェヌスはそれを放置したのでしょう? 各国へ繋がっているとしたら軍事的にかなり重要な要地となるはずです」

「知らなかったのではないでしょうか?」

「はい?」

「朝貢といっても形式だけ。そして、それは密やかに行われておりました。それぞれ他国にそれを行っていると伝えていないでしょうし、帝国もそれを他国にばらすことはしておりません」

「……何故?」

「競い合わせるだけの力を帝国は持っておりませんでした。朝貢した国にとっても、慣習程度で特別なにかを期待してのものではありません」

 帝国の全盛期であれば、他国が何を贈ったかを気にして、それを上回るものを贈って機嫌を取ろうとするだろうが、何の力もない帝国相手ではそんな必要はない。

「であれば隠す必要も」

「変な勘繰りをされたくない。そういった理由です。帝国の名を何かに利用しようとしているのではないかと疑われることは望ましくはないでしょう」

「……それは分かります。分かりますが」

 それでもウェヌス王国は迂闊過ぎるとグレンは思う。こう考えるのは、敵として見ていても、やはりウェヌス王国はグレンの生国で、それなりに認めていたからだ。

「ウェヌスの先々王であれば見逃さなかったでしょうが」

「ああ、だから愚王と呼ばれるのか」

 ウェヌス王国の現王の出来の悪さは有名だ。優秀かどうか以前に、全くやる気がないのだ。

「そういうことではないかと」

「そうやって考えると、先代の逝去とともに臣下一新って弊害が多いですね。先々王の重臣が残っていれば見逃さなかったでしょうに」

 人心一新という名目で、国王が変わると重臣もそのほとんどが入れ替わる。先王の臣下は、ほぼ全員が引退で、一部が顧問のような立場で国政に残るくらいだ。

「それは、王にとっては面倒なことです。先代の王の重臣に口出しされるのは煩わしいでしょうし、居座られたら太子時代からの側近に役を与えてあげられません」

「……そういう理由か」

「必ずしも間違いとは言えないと思います。何代も何代も続いてそういう慣習になったのですから、それなりの理由はあるのです」

「はい」

 王が面倒というだけでなく、臣下が必要以上に権力を持つことを防ぐ狙いもある。ただ、これは有力貴族家が固定された今の時代ではあまり効果はない。

「まあ、そのような理由です。それも今は盗賊たちに利用される抜け道です」

「もしかして、その道を辿って行けば盗賊のアジトに繋がったりして?」

「確かめたわけではありませんが、まず間違いなく」

「なるほど……」

 隠れていた道の使い道の一つが、グレンの頭に浮かんだ。

「それが何か?」

「いえ、今のところはまだ。次は物資の仕入です。何か買う時はどうされているのですか?」

「定期的に買い出しに出ております。滅多にあることではありません。売る物は少なく、金銭を手にすることはほとんどありませんから。買うというよりは物々交換が近いかと」

「でも、皆さんは外に出ていた。ウェヌス王都の拠点も商店でしたが?」

「形だけです」

「……それも必要か。外に全く接触しないわけにはいきませんね」

 自らで作る技術はない。そうであれば、他所から買うしかない。外と接触を完全に断つということは出来ないと分かった。

「何か必要な物がありますか?」

「あり過ぎる程あります。ただ買ってばかりではというのはありますね。特産品なんて」

「ありません」

「山中で珍しいものが取れるとかも?」

「……聞いたことがありません」

「国としてあった時の交易はどうしていたのですか?」

 これ以上ないほどの小国だったしても、他国との交易が全くなかったとは思えない。こう考えて、グレンはハーバードに聞いてみた。

「農産物、珍しくもない山で取れる獣、山菜などでしょうか。ああ、鉄鉱石が取れます。ただゼクソンとは比較にならない量で主要な交易品とまでは」

「……大儲けは出来なさそうですね」

 聞く限り、交易という規模ではなさそうだ。

「そういう物があれば、それこそウェヌスが放っておきません」

「良いような悪いような。それも考えないとか……」

「後は?」

「聞きたいことは以上です。そちらからは何かありますか?」

「いえ」

「では、自分はこれで。色々と考えなければいけないことが、また出てきました」

 問題山積み。簡潔にいうとこういうことだ。

「……はい」

 それはハーバードを初めとした全員も分かっている。
 席を立って会議室を出ていくグレン。何かを呟いているのは考え事に入った証拠だ。そのグレンを見て、ローズが楽しげに口を開いた。

「あれ止まらないわよ。大丈夫? 貴方たち、グレンに付いて行けるだけの才覚はあるのかしら?」

「「「…………」」」

 ローズの問いに答えられる者は誰もいなかった。