月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #70 勇者との戦い

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 エステスト城塞を落としたのがグレンだと知って狼狽した健太郎。それが収まったところで、周囲の者たちから、すぐにエステスト城塞まで進軍すべきという進言を受けたのだが、健太郎がそれを聞き入れることはなかった。
 次の日になっても、改めて方策を検討する為の軍議を開くでもなく、部屋に籠ったまま、誰とも会おうとしなかった。
 ではその部屋で何をしているのかというと。

「……グレンがね。それはちょっとあれね」

「他人事みたいに言うなよ。グレンと戦うことになったんだからな」

 結衣にグレンのことを相談していた。これは戦うという意思が健太郎にないことの表れだ。

「……戦うしかないじゃない。敵味方に分かれてしまったのだから」

 結衣は健太郎の気持ちなど分からずに、こんな意見を返してしまう。

「それが他人事だって言うんだ。グレンと戦うんだぞ?」

「だから何よ? 健太郎は勇者で兵の数も十倍よね? 楽勝でしょ?」

「……グレンは友達だ」

 グレンはそうは思っていない。この場合はどうでも良いことだ。健太郎にとっても口実に過ぎないのだから。

「そうだったとしても、敵味方に分かれてしまったのだから」

 やはり結衣は健太郎の望まない答えを返してしまう。

「凄い城塞にこもっている」

「それは大変かも。でも落ちない城はない、なんて言葉なかった?」

 ようやく健太郎も少し本音を見せたのだが、結衣は気付いていない。

「……誤解なんだ。フローラは自殺なのにグレンは誤解していて。いや、誰かに騙されたのかもしれない。だから裏切ってゼクソンに付いたのさ」

「だから?」

「本当のことを教えて誤解を解けば戦わなくて済む」

「……なるほどね。分かった」

 ようやく結衣にも健太郎が何を考えているか分かった。その表情には笑みが浮かんでいる。向けられて気分の良い笑みではない。馬鹿にされている感じの笑みだ。

「……何が?」

「グレンと戦うのが怖いのよね?」

「……そんなことはない」

「嘘。怖いのよ。軍事には素人の私でも分かるもの。素人の私が分かるくらいにグレンは優秀だと言っても良いわね。それに、健太郎が考えたことになっている幾つかの案。あれ、グレンのパクリじゃない」

「結衣!」

「何よ? 本当のことでしょ?」

「…………」

 健太郎は肯定も否定もしない。この話題を続けることが嫌なのだ。

「あっ、そういうこと。フローレンスに聞かれたのが恥ずかしいのね。ごめん、しばらく耳塞いでいて。これからもっと情けない話になるかもしれないから」

 結衣は同席しているフローレンスに話を向けた。

「あの……」

 それに戸惑うフローレンス。

「冗談よ。耳塞ぐくらいなら出て行って。邪魔よ」

「ちょっと結衣! そんな酷い言い方しなくても良いだろ?」

「酷いかな? 知らないの? フローレンスって最初の頃の控えめな態度が嘘みたいにエラそうなのよ。侍女の間では随分と評判悪いわね」

 評判が悪いのは結衣も同じなのだが、自分のことは分からないようだ。

「そんなことない。フローレンスはいつも優しく、僕の世話をしてくれて」

「それは相手が健太郎だからでしょ? いい加減に目を覚ましたら? 今回の件だって健太郎が悪いのよ。どうせ戦争が始まると、しばらく出来ないと思って、毎晩やりまくる為にここに留まっていたのよね? それで守らなければいけない城砦を奪われるなんて呆れるわね」

「下品な言い方するなよ」

「どうせ私は下品よ。怯えてないで戦いなさいよ。貴方、勇者よね? 負けることを恐れてどうするの?」

「負けることはない。でもグレンを殺すなんて出来ない」

「別に殺さなければ良いじゃない。捕まえれば良いだけでしょ?」

「……それはそうだ」

「はあ? こんなことも思いつかないの? 情けない、そこまでグレンにビビっていたのね」

「ビビッてなんていない。少し驚いて混乱していただけだ」

 恐らく今も健太郎は混乱している。もしくは自分で自分の気持ちを誤魔化している。

「じゃあ、冷静になった?」

「ああ、もう平気だ。そうだよ。捕虜にして、ちゃんと話をして誤解を解いて。そうだ。僕の力で自由の身にしてあげよう。それでまた僕の為に働いてもうおう」

 殺すよりも捕まえることのほうが大変だと分かっていない。そもそも勝つ自信がなかったのに、捕虜に出来ると考えられる思考がおかしい。

「頑張ってね。私も少し期待しているから」

「……何を?」

 結衣に期待される覚えは健太郎にはない。

「だって生きていたのよ? ちょっと期待するわよね。死に別れた二人が、まさかの再会なんて。ちょっとロマンチックじゃない?」

「……僕のほうが呆れるよ」

 自分がグレンとの戦いを考えて怯えている状況で、結衣は自分の恋愛イベントに期待して喜んでいる。さすがに健太郎も怒りを覚えた。

「何よ? 良いわよね、自分は毎晩毎晩」

「しつこいな」

「さてと、話はもう良いわよね? 私、自分の部屋に戻るから」

「どうせ暇なくせに」

「暇でも、この部屋にはいたくない。何だか変な匂いがするもの」

「…………」

 その匂いに心当たりがあってしまう健太郎だった。

「冗談よ。凄いわね。あんな動揺していてもやる事はやっていたのね。もうほとんど猿ね。発情した猿」

「うるさい!」

「まあ、頑張って。あっ、子供出来ないようにね。この世界に避妊具なんてないのよね?」

「……うるさい」

「じゃあねえ」

 結衣の言い方はどうであれ、それで健太郎の気持ちが落ち着いたのは間違いない。勇者直轄軍は翌日、駐屯地を出発してエステスト城砦に向かった。

◆◆◆

 ――そして二日後。健太郎の姿はエステスト城砦のふもとにあった。

「グレン! 話を聞いてくれ! フローラのことは誤解なんだ!」

 冷静になった健太郎は、結局、グレンと正面から戦うことを回避している。
 麓から城砦に向かって大声で叫ぶ健太郎。それへの答えはすぐに城砦から返ってきた。勇者軍への攻撃という行為によって。
 人の頭ほどもある石が騎士や兵の頭上に降り注いでいく。それの直撃を受けた者は、そのまま地面に崩れ落ちていった。

「下がれ! 下がれ!」

 慌てて号令の声がかかる。勇者軍は城砦から大きく距離を取る位置に下がっていった。

「……グレン! 頼むから僕の話を聞いてくれ!」

 その状況でも健太郎はその場に残って、グレンを呼び続けた。
 その執念が実ったわけではないのだが、城砦の門の上に銀髪を風になびかせてグレンが立った。

「グレン!」

「馴れ馴れしく人の名を呼ぶな!」

「……違う! 聞いてくれ! グレンは騙されているんだ!」

「俺は誰にも騙されてなどいない!」

「僕がフローラを殺したなんて嘘だ! フローラは自殺したんだ!」

 この程度の事実であればグレンはとっくに知っている。そして知っていることを健太郎は知らない。

「その自殺に追い込んだのは誰だ!?」

「……僕じゃない!」

「お前だ! お前がフローラを攫わなければフローラは死なずに済んだ!」

「攫うなんて! 僕はフローラを慰めようと思って!」

「慰めるとは部屋に閉じ込めて、毎晩口説くことか!」

「えっ……」

 知らないと思っていた事実をグレンは知っていた。それが分かった健太郎の胸に動揺が広がっていく。

「俺は自分で調べた上でお前を仇だと決めたのだ! 全て聞いた! お前がどうやってフローラを攫ったか! ローズに暴力を振るったことも!」

「それは! ……しまった。忘れていた」

 ローズに部下が暴力を振るったことを、健太郎は貧民街で聞いている。聞いていたが、忘れていたのだ。

「力づくで攫ったことを否定出来るのか!?」

「待ってくれ!」

「毎晩、侍女を遠ざけてフローラに何をしていた!?」

「…………」

 後ろめたいところがある健太郎は、これを言われると何も返せなくなる。 

「家族を失った悲しみで正気を失った女性にすり寄るのは慰めるとは言わない!」

「そんな気持ちは!」

「口説いていなかったとは言わせない!」

「…………」

「お前がフローラを追い詰めたのだ! お前がフローラを殺したのだ! お前はフローラの仇だ!」

「……じゃあ、じゃあ僕と勝負しろ! 僕は剣で僕の潔白を証明してみせる!」

 あまりに都合の良い健太郎の言葉に呆れたのは銀狼兵団の兵だけではなかった。勇者軍の騎士や兵まで呆れて、そして恥ずかしさで身じろぎを始めていた。
 だが、その無茶を言われたグレンの方は。

「なっ!?」

 城門の上から飛び降りて地面に降りた。そのまま道を無視して傾斜をポンポンと飛び降りて、瞬く間に健太郎の前に降り立つ。

「じゃあ、勝負をしよう。当然、真剣で、どちらかが死ぬまでだ」

「……よし、良いだろう。でも僕はグレンを殺さないよ。叩き伏せて、話を聞く気にさせてやるよ」

「勝手にしろ」

 それを言い切る前にグレンの体がゆらりと揺れる。
 次の瞬間には健太郎の体は大きく後ろに吹き飛んでいた。そこへ更に、グレンの剣が襲いかかる。縦横斜め、あらゆる方向から、途切れる間もなく降り注ぐ剣。
 健太郎は防戦一方。反撃の糸口を全く掴めないままに、じりじりと後ろに下がるばかりだ。
 やがて、それにも限界が来る。グレンの振り下ろした剣が健太郎の肩当てを吹き飛ばした。慌てて地面を転がるようにして、追撃から逃れる健太郎。

「……くだらない飾りも役に立つものだ」

 地面に這いつくばっている健太郎を見据えながら、グレンは冷えた声を吐きだした。

「……違うんだ。誤解だよ。グレン、もう戦うのは止めよう」

「お前、馬鹿か? 勝負をしようと言ったのはお前の方だろ?」

「僕はグレンとは戦いたくないんだ」

「俺はお前を殺したいんだ。さあ、死んでくれ」

「……た、助けて」

 健太郎の哀願の言葉を無視して、グレンは前に出る。健太郎に振り下ろされるはずの剣を止めたのは、頭上を飛び越えていく石の群れの影。目標は近づいてくる勇者軍の騎馬部隊だった。

「大将軍!」

 健太郎の反応は速かった。グレンが騎馬部隊に視線を向けた隙に、脱兎のごとく後ろに駆けだしていた。
 それと入れ替わる様にグレンに向かう騎馬部隊。
 だがそれは無謀な行為だ。グレンには騎馬を得意とするアシュラムの騎馬部隊の突進でさえ、一人で止める力があるのだ。
 グレンに向けられた槍は宙を切り、馬上の騎士たちは次々と地面に落ちて行った。
 わずか十騎の勇者軍の騎士たちは、一度すれ違っただけで全員が地面に転がっていた。
 乗り手を失った一頭の馬に飛び乗ると、グレンは背中を向けて逃げている健太郎を一瞥する。だが、勇者軍全体が前に出ようとしているのを見てとって、軽く舌打ちをして城塞に向かった。
 後を追おうとした勇者軍には城塞から雨のように矢が降り注いでいった。
 そのまま悠々と城砦への続く道を登っていくグレン。やがてその姿が城門の中に消えて行った。

「ケン様……」

 勇者軍の中に戻った健太郎に騎士の一人が声を掛ける。

「……大丈夫。やっぱりグレンとは戦えないよ。どうしても本気になれない」

「そうでしたか。しかし、ご自身の立場をお考えください」

「ごめん。一旦戻ろう。攻めるにしても交渉するにしても策を練った方が良いと思う」

「交渉ですか?」

「そういう方法もあるってことさ。さあ、戻ろう」

「はい……」

 健太郎の命令を受けて、出撃してきた勇者軍は、一度もまともに戦うことなく、引き上げることになった。

 

◆◆◆

 銀狼兵団がエステスト城塞を奪い取った事実は、ゼクソン王国に驚きと歓喜をもたらした。だが、事態はゼクソン王国にとって思わぬ方向に進んでいく。
 エステスト城塞に送った伝令が戻ってきて告げた言葉に、その場にいたほとんどの人たちが言葉を失うことになった。

「……すまんが、もう一度話してくれ」

 困惑した様子でシュナイダー将軍は伝令に再度の説明を求めた。

「はい。銀狼兵団のグレン殿から直接の伝言です。早く国境を越えて来い。エステスト城塞前面で勇者軍を殲滅すると」

「それはまだ分かる。その後だ」

「現時点での講和は認めない。認めるとしたら講和条件はただ一つ。勇者の首だと」

「その後だ」

「……もし、ゼクソン王国がこれに応えないのであれば、ウェヌス王国と直接交渉する。以上です」

「……何を考えているのだ!?」

「勇者への復讐。銀狼はそれしか考えていないのでは?」

 シュナイダー将軍の狼狽える声に、ランガー将軍が冷静に答えてきた。

「だからと言って、これでは我が国を脅しているようなものではありませんか?」

「脅しているね。本人もそのつもりだと思うけど?」

 ランガー将軍の言う通り、グレンは明確な意思を持って、ゼクソン王国を脅している。

「……そんなことが許されるとでも?」

「そんなことを気にする銀狼じゃない。勇者を討つ。その為には何でも使う。そういうことだね」

「…………」

 シュナイダー将軍は、グレンの口からそれを直接聞いている。グレンは宣言通りのことを行っているだけであるのだが、今回の行動は彼の想像を超えていた。

「何をうだうだと話し合っているのだ。坊が、いや、銀狼がエステスト城塞を奪ったのだ。ウェヌス軍を完膚なきまでに叩きのめす絶好の機会だろ?」

 黙り込むシュナイダー将軍に出撃を進言してきたのは銀鷹傭兵団のガルだ。

「ガル殿。これはゼクソン王国内の問題です。口出しはしないで頂きたい」

「何だと?」

「戦争は戦いが終われば、あとは外交の出番。こういう言い方は失礼ですが、傭兵団の出番はありません」

「戦いが終わった? 何を言っている!? 戦いはこれからが本番ではないか!?」

 戦況はガルの言う通り。エステスト城塞を得た以上は、決戦はこれからだ。

「我が国はウェヌスと講和を結びます! これは決定事項です!」

 シュナイダー将軍には、グレンの行動に困惑する理由があった。それがこれだ。

「……ゼクソンは銀狼を見捨てるつもりか?」

「そうではありません。今が絶好の機会なのです。エステスト城塞がこちらの手に落ちたとなれば、ウェヌスもこれ以上の戦争の継続を躊躇するでしょう。捕虜だって多くいる。捕虜の返還と引き換えに賠償金だって取れるかもしれない」

「……軍人の言葉じゃないな」
 
 戦況はゼクソン軍有利。ここで講和を考えるのは、約束されている戦果を自ら放棄する行為だとガルは思っている。

「私は文の責任者でもあります」

「講和を結んだからといって、それが永遠に続くはずもない」

「そのようなことは分かっております。今、ゼクソンは内政に専念すべき時なのです。その時間を稼ぐ為です。時間を掛けて、ウェヌスに負けない国を造るのです」

「……そういう話は俺には分からん。他の者はどうなのだ? ここが攻め時と思わないのか?」

 シュナイダー将軍では話にならないと考えたガルは、他の将軍たちに問いを向けた。それに応えたのはゲイラー将軍だった。

「前に出るべきだ。エステスト城塞の支援があれば間違いなく勝てる」

「ゲイラー将軍!」

 ゲイラー将軍の発言に慌ててシュナイダー将軍が声をあげる。

「勝てるのだぞ! これで勇者軍一万を屠ってみろ? ウェヌスの方から講和を乞うてくるわ!」

「そうならなかったらどうするのです!?」

「そうなるまで戦い続ければ良い!」

「国がもたない! 我が国はそんなに豊かな国ではありません!」

「それを何とかするのが、シュナイダー将軍の役目ではないか!」

「…………」

 出来るものならシュナイダー将軍も行っている。それが出来ないと思っているから、講和を支持しているのだ。

「グスタフ、少し落ち着け」

「ゼークト将軍……しかし、この機会をみすみす逃すなんて」

「先に聞くことがある。シュナイダー将軍。もしかして、すでに講和の使者を送ったのか?」

「……送りました」

 ゼークト将軍の問いに少し躊躇いながらも、シュナイダー将軍は事実を伝えた。

「我らに何の相談もなく?」

「ウェヌス先軍との戦いに勝った時点で速やかに講和交渉を進めることは始めから決まっていたのです」

「何故だ?」

「勇者軍との戦いが本格化する前にそれをしなければなりません。ウェヌスの騎士団と勇者軍は仲が悪く、意思統一が出来ておりません。また勇者は独善的で国の言うことさえ聞かないかもしれない」

 健太郎の性格をよく分析している。勝っていれば停戦など受け入れない、負けていても、それが惨敗という状況でなければ、負けと認めずに勝つまで戦い続けようとする。充分にあり得る話だ。

「……ちょっと分かりづらいな。騎士団に戦う気を失わせて、騎士団からウェヌス王国に停戦を働きかけさせようとした? こういうことか?」

「そうです」

「銀狼の策であるはずがないな。全く違う行動に出ている。陛下のお考えか?」

「はい」

 グレンが停戦など考えるはずがない。それはこの場にいる誰でも分かることだ。

「そのお考えは、まさか銀狼が、ここまでのことを仕出かすとは思っていなかったからではないか?」

「……エステスト城塞を落とすなんて思い付けるはずがありません」

「それはそうだな。だが実際に落として見せた。それを知った段階で何故、陛下に献策をしない? 少なくとも使者の派遣を止めるべきではなかったのか?」

「それは……そうかもしれません」

「責めても仕方がないか。それよりも考えることがある」

 ここで、いくらシュナイダー将軍を責めても、過ぎたことである以上は何も解決しない。こう考えて、ゼークト将軍はこの先どうするかを考えることにした。

「何でしょうか?」

「銀狼をどうするのだ? すでに使者が出て、講和交渉を開始しようとしていると知れば、銀狼もまた、ウェヌスと交渉に入るのではないか?」

「そう言っておりますが、グレン殿がウェヌス王国とどう交渉出来ると言うのですか?」

「動揺で頭が働いていないのか?」

「えっ?」

「誰だって分かる。銀狼は勇者の首と引き換えにエステスト城塞をウェヌスに返すつもりだ」

「そんな……」

 求めるものは勇者の首ひとつ。それとエステスト城塞との交換であれば、交渉が成り立つ可能性は充分にある。

「さっきランガーが言った通りだ。銀狼は我が国を脅しているのだ。戦わなければエステスト城塞はウェヌスに返す。そうなればウェヌスは戦う気を取り戻すかもしれんな。当然、ウェヌスが侵攻を開始した時、銀狼が我が国の為に戦うことはない」

「しかし、ウェヌスが勇者を差し出すでしょうか?」

「ウェヌス騎士団と勇者軍の仲が悪いと言ったのはシュナイダー自身ではないか。それに最悪は勇者の首は放棄することも考えているだろう。我が国の後詰めなしに、ずっと籠城を続けることは出来ん」

「……それでは勇者を討つことは出来ません」

「何らかの別の手を考えるのではないか? 次はアシュラムに行くという手もあるな。今回の戦いを知れば、アシュラムも大歓迎だろう」

「そうだとしたら勝手にも程があります。グレン殿は我が国に協力すると約束したのです。その約束があるから、我が国は兵団を任せ、物資を与えたのです。それを最後の最後で裏切るとは」

「……銀狼のことになると冷静になれないのか?」

 シュナイダー将軍の話を聞いたゼークト将軍の顔に、やや愁いが浮かんでいる。シュナイダー将軍は、ゼクソン王国軍の頂点に立たなければならない立場。後を任せるゼークト将軍としては、こんな調子では困るのだ。

「そのようなことはありません」

「そうかな? また頭が回っていないようだ。銀狼はこう約束したのだ。我が国にウェヌスと戦う気がある間は協力すると。つまり、約束を反故にしたのは我が国の方だ」

「…………」

 グレンが周囲の批判を気にすることなく、堂々と公言していたこと。一番擁護していたはずのシュナイダー将軍が、それを忘れていた。

「案外、最初から分かっていたのではないか? ウェヌスの先行軍に勝てば、我が国は講和を選ぶということが。だからエステスト城塞を落とす必要があった。そうだとしても私は驚かん」

「……隠すしかありません」

「本気で言っているのか?」

「そうしなければ講和の邪魔をされます。それどころか再度の侵攻を招くことになります」

「それこそ、本当の裏切りだ。我が国とウェヌスが講和を結べば、銀狼はどうなる?」

「…………」

「ちなみに講和条件としてウェヌスがエステスト城砦の返還を求めてきたらどうするのだ?」

「それで講和が結べるなら」

「エステスト城塞を返還する為に、銀狼と戦うのか?」

「それは……」

 それを行って喜ぶのはウェヌス王国だ。戦いの状況によっては講和もないものにしてくる可能性がある。

「悪いがそれに我が兵団が出ることはない。一人の騎士として、男として、そんな真似は出来ん」

「陛下の命令があれば、それに従うのが臣の責任です」

「では、将軍位を返上しよう」

「なっ!?」

 シュナイダー将軍は、ゼークト将軍がここまでの覚悟だとは考えていなかった。

「銀狼のおかげで勝ったのだ。我が軍の兵たちも精一杯戦ってくれた。それは分かっていても、やはり銀狼のおかげだと私は言い切らせてもらう」

 ゼークト将軍の発言に明らかに何人かの将軍たちも同意の色を見せている。こうなるともうシュナイダー将軍は、この場で意見を纏めることは無理だと判断せざるを得ない。
 そして意見を纏める方法は。

「陛下にご判断を仰ぎます。まずは急ぎ、こちらに来て頂きましょう」

「それが良いだろうな」

「では、すぐに手配致します」