月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第84話 ストーリー通りといっても現実のその形は様々だ

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ブラオリーリエの戦いはやや停滞している。停滞は魔人軍からみた場合の表現であって、リリエンベルク公国側としては南部への侵攻を食い止めているのだから善戦だ。だからといって喜ぶ気にはなれないが。
 リリエンベルク公国にとっての勝利は、侵攻を止めることではなく領内から魔人軍を追い払うことと、奪われた北部を奪回することだが、それが実現する可能性は極めて低い。
 ブラオリーリエという防衛拠点と安定した物資の補給があって、リリエンベルク公国はかろうじて侵攻を止めていられるのだ。出撃して魔人軍を押し返すほどの力はない。現状は敗北を食い止めているだけだ。
 では今の状況を打開する為にはどうするか。それは前線の仕事ではない。

「父上からは何と?」

 後方にいる父マクシミリアンからの使者を広間に迎えて、報告を聞いているリーゼロッテ。

「良い報告はございません。まずローゼンガルテン王国への援軍要請の件ですが、今のところ送られてくる様子はまったくありません」

 後方のマクシミリアンはローゼンガルテン王国との交渉をずっと行っている。魔人軍を押し返すには今の軍勢では足りない。ローゼンガルテン王国の援軍が必要なのだ。

「……理由は分かっているのですか?」

「王国からは送れる軍がいないという答えが返ってきておりますが、はたして本当のところはどうなのか?」

「嘘をついていると言うの?」

 リリエンベルク公国の半分近くが制圧されているのだ。もっとも優先すべき戦場だと考えるべきだとリーゼロッテは思っている。

「実際に余裕はないのだと思います。ですが、その余裕を作る気もないように思えます」

「どういうことかしら?」

「ローゼンガルテン王国は領境の守りを固めようとしており、それに全力を傾けていると思われます」

 これはやや大袈裟な言い方だ。他三公国での戦いはまだ継続しており、ローゼンガルテン王国軍はそれぞれの戦いにも力は振り向けている。ただリリエンベルク公国の戦いには何もしようとしないだけだ。

「……公国は完全に制圧されても仕方がないと諦めているのね?」

「恐らくは。もっとも守りやすい場所、つまり領境ですが、そこで魔人軍を迎え撃とうと考えているのでしょう」

「最初からそう考えていたのかしら?」

 あり得ないことではない。リーゼロッテもリリエンベルク公国の人間ではなく、領内に一人も領民がいなくなっているのであれば、そういう戦い方も考えたであろう。もちろん、反撃の準備が整うまでという前提条件付きだが。

「そういう噂は流れているようです。ですが王国騎士団はずっと積極攻勢を訴えておりましたので、方針転換したのではないかと考えています」

「そう……」

 使者の考えを聞いて、わずかに眉を寄せるリーゼロッテ。なんとなく腑に落ちない。だがそれが何かは分からないのだ。

「お父上は後方に下がることも選択肢の一つではないかと仰っております」

「まだ北部にいる人々を置いて下がれと言うの?」

 魔人軍に制圧された北部に暮らしていた人々。ブラオリーリエまで逃れてきた数はまだわずかだ。

「あくまでも選択肢です。ただ、戦っている兵士たちも領民の一人であることを忘れないように、とも仰っておりました」

「……そうね」

 ブラオリーリエにこもるリリエンベルク公国軍はおよそ一万。それは全てリリエンベルク公国の領民だ。北部に残る人々を、どれだけの数が生き残っているか分からない人々の為に犠牲にしてよいのか。父親の言っていることもリーゼロッテには理解出来てしまう。
 反撃体勢が整う見込みがまったくない今の状況では、リーゼロッテにも強気な判断は出来ないのだ。

「リーゼロッテ様!」

 思い悩むリーゼロッテの思考を中断させた声はフェリクスのもの。

「何かあったの!?」

「敵陣、魔人の陣地と思われるところで火が上がっております!」

「火……分かったわ。直接確かめます」

「では急いで」

 広間に駆け込んできたフェリクスはその勢いのままに、今度は外に向かって走り出す。リーゼロッテを置き去りにしているが、それは準備があるからだ。それが分かっているリーゼロッテは気にすることなく、自分が出来る精一杯で出口に向かって駆けている。

 ――フェリクスに追いついたのは建物の出口。フェリクスが飛竜と共に待っていたからだ。
 そのフェリクスと共にその飛竜に乗り、防壁の上に向かうリーゼロッテ。壁に近づいたところでもう、夜の闇が広がる大地の上に一カ所だけ赤い炎が立ち上っているのが見えた。

「……大きいわね」

「はい。最初は小さな光だったのですが、見る見る大きくなっていったようです」

「そう……」

「夜襲でしょうか?」

 この辺りにいるリリエンベルク公国軍はブラオリーリエにこもる軍勢が全てであり、その軍勢にそんな命令など発せられていないことをフェリクスは分かっている。
 そうであるのに夜襲の可能性を口にした。

「……魔人軍に夜襲を?」

 夜の闇は魔人の側に有利に働くのが一般的。その状況で夜襲を行える存在とは何者なのか。

「一人だけですが、そんなふざけた真似が出来そうな人物を私は知っております」

「そう……奇遇ね。私も一人だけ知っているわ」

「そうですか……ではきっとその人物なのでしょう」

 笑いが含まれているように感じるリーゼロッテの返しで、フェリクスはジグルスの生存を確信した。魔人軍の陣を燃やす炎はジグルスによるもの。この考えに間違いはないと。

「……ここでもう少し頑張るわ」

 後方に下がるという父親からの提案を、リーゼロッテは受け入れないことに決めた。

「我々は初めからそのつもりです。リリエンベルク公国を取り戻す為に戦っているのですから」

「そうね。その為に戻ってきたのですものね」

 ここで引き下がるのであれば何故、ブラオリーリエまで来たのか。まだ戦えるのに諦めて下がることなど出来るはずがない。
 同じように、勝つ為に戦っている人がいるというのに。その人は諦めるどころか、反撃に出ようとしているのに。

 

◆◆◆

 リリエンベルク公国を魔人から取り戻す。同じ目的を持って戦っている人は、リリエンベルク公国の外にもいる。テーリング家の血を途絶えさせてはならない。その為にリリエンベルク公国を出て、ラヴェンデル公国に行くことになったヨアヒムではあるが、だからといって何もしないではいられない。戦闘だけが戦いではないのだ。

「……それは同盟という意味ですか?」

 ヨアヒムの話を聞いて、怪訝そうな顔を見せているのはローゼンガルテン王国の北と国境を接しているスヴェーア王国の文官だ。

「同盟として頂けるのであれば、それでも良いのですが、さすがにそれは無理でしょう?」

「それは……」

「遠慮は無用です。私はローゼンガルテン王国の臣としてではなく、リリエンベルク公国の人間として話しているのです。恐れる必要はありません」

「……そこが分からないのです。どういうことなのでしょうか?」

 リリエンベルク公国はローゼンガルテン王国の一部。王国とは関係のないリリエンベルク公国独自の動きだと説明されても良く分からない。

「ローゼンガルテン王国はリリエンベルク公国を放棄しました。我々が頼るべき相手ではなくなったのです」

「……それは、つまり?」

「独立なんて物騒なことは口にしません。ただローゼンガルテン王国が頼りにならないのであれば、自力で何とかするしかないのです」

「そうですか……しかし我が国を頼られても」

 リリエンベルク公国は独立を画策している、なんていう物騒な話ではないと聞いて、スヴェーア王国の文官は少しホッとした顔をしている。そんなことに巻き込まれるわけにはいかないのだ。

「軍を出して欲しいなんてことは言いません。魔人は必ずしも南に向かうとは限りませんから」

「……と言いますと?」

「お分かりでしょう? 北上、つまり貴国に侵攻する可能性だってあります。支配地域を広げたいということであれば、失礼ですがその選択のほうが正しいのではありませんか?」

「…………」

 ローゼンガルテン王国とスヴェーア王国。どちらが攻略し易いかを考えれば答えは明らかだ。スヴェーア王国に決まっている。ただ北の小国であるスヴェーア王国と豊かな大国であるローゼンガルテン王国のどちらを手に入れたほうが将来の為になるかとなると、答えは逆になる。あえてそれを説明するつもりはヨアヒムにはないが。

「さらに失礼なことを言わせていただきますが、魔人の侵攻を止める力は貴国にはありません。では貴国を魔人軍から守るにはどうするべきか」

「どうするべきだと?」

「今現在、戦っている我々を後方から支援することです」

「……それがどうして我が国を守ることになるのですか?」

 結局はリリエンベルク公国を助けるだけの話。スヴェーア王国の文官はそう考えた。

「直接、軍を出してしまいますと魔人軍との戦いになります。わざわざ魔人軍を刺激し、自国に引き込む必要はありません」

「当然です」

「では何もしなければ魔人軍は見逃してくれるか。それもないでしょう。魔人軍は大軍です。ローゼンガルテン王国での戦争が少し落ち着けば、貴国に侵攻する余裕はすぐに出来ます」

「……ですから、それを防ぐ為に何をするべきだと?」

「魔人軍に他国に侵攻する余裕を与えなければ良いのです。それだけの戦いを我々が行い続ければ良いのです」

 苦戦が続けば魔人軍は戦力を集中させることになる。他国への侵攻など二の次だ。あくまでもローゼンガルテン王国、そしてリリエンベルク公国が善戦し続ければだが。

「……出来るのですか?」

「実際に今行っています。初期段階で北部への侵攻は許しましたが、体勢を立て直したあとは、魔人軍の前進を許していません」

「それが事実であるとどう証明するのですか?」

 口だけであれば何とでも言える。その通りだ。ヨアヒムの情報は少し古い。今この瞬間にブラオリーリエは魔人軍に落とされている可能性もある。現実にはそうはなっていないが。

「ご自分の目で確かめられれば良い。最前線のブラオリーリエにもお連れすることが可能性です」

「最前線ですか……」

 そんなところには行きたくない、が本音だが、それは口に出来ない。

「我々が求める後方支援とはその最前線で戦う軍勢への物資の供給です。ブラオリーリエが落ちればその必要はなくなります。その代わり、貴国は自らの力だけで魔人の侵攻を止めなくてはならなくなります」

「…………」

「ああ、そうでした。こちらも一方的な支援を求めているわけではありません。軍を割くことは出来ませんが、貴国の防衛を設備面で支援することは出来ます」

「……設備面の支援とはどういったものですか?」

「たとえば最新の魔道具。それなりに値は張りますが、大規模な魔法防御の魔道具なども提供が可能性です」

「最新の魔道具……」

 魔道開発においても当然、小国であるスヴェーア王国はローゼンガルテン王国に大きく遅れている。最新の魔道具は魅力的ではある。

「いかがですか、といっても、すぐに結論を出すのは難しいでしょう?」

「ま、まあ」

 文官の一人である彼にはこのような大事を決められる権限などない。内容は、国王にも諮らなければならない重要案件なのだ。

「私は他国も回る予定ですので、その帰りにでもご返答を頂ければと思います」

「他国、ですか?」

「はい。貴国に断られたとしても、それで諦めるわけにはいきません。他に協力し合える国を見つけなければ我々に未来はありませんから。スオミ王国とニーノシュク王国にも向かう予定です」

 二国はいずれも北の小国。スヴェーア王国と隣接する国だ。

「……協力国は一国に限る必要はありませんよね?」

 一国限定で他国に決められてしまっては、最新の魔道具を手に入れる機会を失ってしまう。そうなっては文官も困るのだ。

「もちろん、魔人軍に対しては貴国とそれ以外の国で協力して事に当たるべきだと思っています。ただ、魔道具の提供については数も限られておりますので……」

「……方向性だけでもすぐに確認しますので、他国に発つのは少しだけ待って頂きたい」

 駆け引きだと分かっていても文官はそれに乗るしかない。あとからリリエンベルク公国の支援を行うことが決まり、それなのに魔道具が手に入らない状況になっては自分の責任が問われてしまう。とにかく急いで上にあげて自分の手から離すべきなのだ。

「それはどれほどの日数ですか?」

「今からすぐに上に話します。そこからたとえ陛下に諮ることになったとしても二日、三日だと思います」

「そうですか……分かりました。では二日待たせて頂きます」

 きっちりと期限を切ることをヨアヒムは忘れない。だらだらと話し合いを続けられて、ここに引き止められるわけにはいかないのだ。

「二日……分かりました。では私はこのまま報告してきます」

 ヨアヒムと同じように事を急ぎたい文官は、急いで上司に報告に向かった。とにかく彼の責任は遅滞なく上に報告すること。二日で決断出来るかどうかは上の責任なのだ。
 急ぎ足で部屋を出て行く文官。

「……良い人過ぎると聞いておりました」

 スヴェーア王国の人間が部屋からいなくなったところで、後ろに控えていたローラントが口を開いた。ここまでの移動を助ける為、そして交渉事ということで助力が必要かと考えて同席したのだが、出番はないままだった。

「それは私のことかな?」

「はい。失礼ですが、人が良すぎるので軍事には向かないというお噂を聞いております」

 だがスヴェーア王国の文官との交渉では人の良さは見られなかった。それどころか、うまく相手を嵌めた形だ。

「善人顔はどこから見てもそう見えるわけではないよ。見る側の立場が変われば、表情も変わるものだ」

「……なるほど。ヨアヒム様はリリエンベルク公国を治める方でした」

 大事なのはリリエンベルク公国、そこに暮らす人々だ。

「ただ今回については胸が痛むことはない。スヴェーア王国にも脅威が迫っていることは事実だ。まだ先の話だというだけで」

「……確かに。正直に話された結果ですか」

 スヴェーア王国を騙すつもりはヨアヒムにはない。本当に魔人軍が北に向く可能性は、低いといっても、あるのだ。脅威が現実になるのはまだ先の話だとしても、準備は早く始めたほうが良い。

「北部の三国同盟か……出来ると思うか?」

 話の流れで口にしたこと。それをヨアヒムは具体的に考えてみることにした。

「仲は良くないと聞いておりますが、今は魔人軍という共通の脅威があります。あとは仲介者……そこまで試みますか?」

「やってみる価値はある」

「……王国は激怒するでしょう」

「今更だよ。それに……見捨てたのは王国だ。彼等に責める資格はない」

 物資提供、商売に近い話であるがこれも外交だ。リリエンベルク公国はローゼンガルテン王国に無断で外交を行っていることになる。平時であれば決して許されない行為。独立を画していると思われても仕方のない行動だ。
 ただヨアヒムはそれを分かった上で、さらなる一歩を踏み出そうとしている。人が良いと言われてきた彼ではあるが、さすがに今回のローゼンガルテン王国の仕打ちには強い憤りを感じている。魔人戦争が勝利に終わったとしても、その後にローゼンガルテン王国に従順でいられる自信を失うくらいに。
 リリエンベルク公爵家は滅亡する。だが、その形はゲームとは異なるものになるのかもしれない。