月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第83話 少しだけ主人公の気持ちが分かった気がした

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 いくつかの種族、部族を味方につけたジグルス。そのジグルスの拠点はリリエンベルク公国東部、大森林地帯に近いところにある。
 魔人の本拠地の一つである大森林地帯の近くにあえて拠点を構えたのは、エルフ族の一部が味方してくれることが決まったから。そのエルフ族たちに大森林地帯内、といっても外れの平地に近い場所だが、に新たな結界を張ってもらい、その中に味方になった種族、部族の非戦闘たちを住まわせようと考えているからだ。
 実際にその作業は進んでいる。しかもジグルスが想像していた以上のスピードで。

「……結界ってそんなに早く張れるものなのですか?」

 作業を進めているエルフの一人、ガンドからの報告にジグルスは驚いている。

「普通はもっとかかります。作業に携わっている数も少ないですし」

「じゃあ、どうして?」

「それを貴方が聞きますか? 作業が順調なのは貴方の、いえ、正確にはヘル殿に味方していた精霊たちが協力してくれているからです……貴方に協力しているのですから、やはり貴方の精霊ですか」

 エルフとしてかなり力のある存在だったジグルスの母親。それだけ味方する精霊の数も多かったのだ。その精霊たちが結界の構築に協力していることが、作業が普通よりも順調に進んでいる理由だった。

「それって……なんかチートだな……」

 なんとも都合の良い話。主人公に与えられるべき都合の良い展開が、自分に起きていることにジグルスは戸惑ってしまう。

「……チート?」

「なんでもないです。精霊か……なんか色々なことがあって自分にもエルフの血が流れていることを忘れていた」

 自分が何者か。その答えがあまりに衝撃的過ぎて、頭では分かっているのに意識は逆に混乱して訳が分からなくなっていた。ハーフエルフであるという元々の意識が飛んでしまっていたのだ。父親が魔人であってもハーフエルフであることに変わりないのに。

「そんな大切なこと忘れないでください……というか何故、敬語?」

「えっ? 前から敬語を使っていたつもりですけど?」

「いや、だって獣人たちや有翼族、鳥人族には使っていないではないですか?」

「ああ、それは元々敵として見ていたか、そうでないかの違いです」

 エルフは母親の知り合い。アルウィンの商売に協力してくれていたこともあって、敵という意識はまったくなかった。それが理由だ。

「理由は分かりましたけど、もう直して下さい。かえって余所余所しく感じます」

「そういうものですか?」

「そういうものです。それに魔人たちも気分が悪いでしょう? 我々エルフを贔屓しているように思われますよ?」

「……そうか……分かり、いや、分かった。気をつける」

 色々な種族が集まっている。どこかひとつを優遇しているように思われては、全体の輪が乱れてしまうかもしれない。態度に気をつけなければいけないことをジグルスは知らされた。

「あと……何か言ってきましたか?」

「エルフの部族から?」

「そうです」

 ジグルスの下に集まったエルフたちは皆、自分の部族を抜けてきている。それに怒りを覚えている人もいるはずだ。

「来てない。こちらから……は怒らせるだけか。そもそも結界内に入れない」

「結界内に入れないかは微妙ですけど、怒らせる可能性はあります」

 母親だけがエルフであってもジグルスの力は強い。純血かどうかに関係なく精霊が集まっているのだ。ガンドたちがシグルスの下に来ることを選んだ理由にはそれもある。精霊に好かれているということはエルフにとってとても重要なことなのだ。

「……しばらく様子見か。他にやることが沢山あるからな」

 エルフ族との交渉に積極的に取り組む余裕は今のジグルスにはない。優先すべきことは沢山あるのだ。

「そうですね。魔人たちとの交流も必要です」

「はい?」

「貴方に敵意を向けているような者は、結界の中に入れません。そうであるから結界なのです」

「……そういうことか……じゃあ、何か考える」

 結界内で住まわせるのは年寄りと子供がほとんど。それに女性が少し加わるくらいだ。その人たちに向けたイベントを何か考えることにした。

「あとは何かありますか?」

「ああ、聞きたいことがある」

「何でしょうか?」

「精霊の加護って田畑にも与えられるもの? 森の外でも影響するのかな?」

 魔人たちに約束したのは安定した食料供給。それを全て商いに頼るのは不可能だ。限られた土地で、最大の収穫を得る方法がないかジグルスは悩んでいた。

「精霊の力はどこであっても及びます。ただ森のように自然豊かな土地であれば精霊も逆に力を得られ、それによってさらに自然豊かになるという好循環があるのです」

「そうか……じゃあ、森の外まで結界を広げて、そこに農地を作るのは有りだな」

「……ああ、そういうことですか。よく考えつきますね?」

「人間として生きてきたから。特別な力がない人はそれを補う工夫を考えるしかない」

 凡人である自分は考えるしかない。ずっとこういう考えを持っていたわけではない。学院に入学して、リーゼロッテの為に何かしようと考えるようになってからだ。

「なるほど……義理の父親に育てられたことにも意味はあったということですか」

「そうであって欲しい」

「結界を森の外までとおっしゃいましたが、どの程度を考えていますか?」

「森から近い場所に拠点を作っている。そこまで」

 ジグルスの拠点は結界の中ではない。戦闘員と共に結界の外に拠点を持つつもりで、それも今、構築している。

「結界のすぐ側に拠点を?」

「先に結界が見つからなければそれで良い。幸いにも偵察能力はかなり高い。敵が近づいてくれば、非戦闘員は逃がす」

「……そうであれば森の奥にも拠点を作ったらいかがですか?」

 森の外で戦闘が行われている間の避難場所。それを森の奥に作ることをガンドは提案してきた。

「そんなにいくつも作って大丈夫なのか?」

「そんなに混み合っていません。エルフが排他的なのは同じエルフの他部族に対してもですから」

 結界と結界の間はかなり離れている。排他的というだけが理由ではない。精霊同士が干渉し合わないようにという理由もある。滅多にあることではないが、精霊から圧倒的な人気を得る存在が他部族に現れた場合に、味方の精霊が流れてしまうことを恐れているのだ。

「じゃあ、頼もう。避難所が出来るのは良いな。拠点はかなり見えてきた。あとは、戦争は置いておいて農業か。これが難題だな」

「どうされるおつもりですか?」

「農業知識のある人を連れてくるしかない。ただ、来てくれるかが」

 農業知識のある人。それは人間だ。魔人の拠点に喜んで来てくれる人などまずいない。だからといって攫ってくるわけにもいかない。

「交渉してみるしかありません」

「分かってる。ただ出来れば、村の一つや二つ移ってきてくれると助かるなと欲張っているだけだ」

「それは……確かに欲張りです」

「でもやってみるしかない。可能性がないわけではない」

 リリエンベルク公国内は戦争状態。しかも北部の大部分は魔人が支配している。そういった場所に取り残されている人は少なくないはずだ。ジグルスはそういった人々を当てにしていた。

「……いっそのこと、貴方がリリエンベルク公国を手に入れたらどうですか?」

「それはない。出来る出来ないじゃなくて、それを行えばローゼンガルテン王国、他の公国との争いになる。俺たちが安心して暮らす場所を作るには盾となってくれる、隠れ蓑が正しい表現かな、とにかく隠してくれる存在が必要だ」

「……それはきっと貴方しか実現出来ない」

 リリエンベルク公国との交渉。それを成功出来るとすればジグルスしかいない。その前に敵対する魔人軍を追い払うことが必要だが、それが出来るのもまたジグルスではないかと思う。
 やはりジグルスはなるべくして自分たちの王になったのだ。ガンドは強くそう思った。

 

◆◆◆

 拠点構築に農業について。ジグルスが考えるべきことはそれだけではない。もっとも喫緊の課題は軍事だ。自分の下に集まった魔人やエルフとの約束を守るためには敵対する勢力をリリエンベルク公国内から、場合によっては大森林地帯からも駆逐しなければならない。
 それを実現しなければその先はないのだ。急がなければならない。だがいくら急いでも数ヶ月で解決する問題ではない。これが難しいのだ。

「魔王よ」

「その呼び方……いや、百歩譲って王は良いとして魔はいらない」

 フレイの呼びかけに文句を言うジグルス。魔王と呼ばれるのが嫌なのだが、それだけが文句を言った理由ではない。

「ただの王と呼べと?」

「そう。魔王だと紛らわしい、ということじゃなくて国を造る」

「国!?」

「えっ? 驚くところか? いくつもの種族が集まって暮らしの場を造るのだから、国だろ?」

 共に暮らすのは魔人だけではない。エルフ族もいる。それに出来れば人間もいて欲しいとジグルスは考えている。その人々をまとめようとすれば国が必要だ。国が彼等の共有物となるのだ。

「……分からないではないが、小さな国になるな」

「分かった」

「えっ?」

「俺が敬語にならないのはそっちが使わないことにも原因はある」

 元敵だからだけが理由ではなく、相手の言葉遣いに合わせているところもある。それにジグルスは気付いた。

「何の話だ?」

「さっき、エルフのガンドに言われた。何故、自分たちにはいつまでも敬語で、魔人たちには違うのかって」

「そんなことを気にしているのか?」

「お前たちが気にしないかを気にしているんだ。自分たちが特別扱いをされていると誤解しないかって」

「するはずがない。敬語なんて使われたほうが気になる」

 フレイは、獣人系の多くは敬語のほうが余所余所しく感じて嫌なのだ。これはエルフ族と同じ思い。ただ自分たちも敬語を使おうとしないことだけが違っている。

「……有翼族や鳥人族は?」

「他種族のことなんて知らん」

「そういう考えは止めろ。同じ国の民になるのだからな」

「あっ、ああ……なるほどな、その為の国か」

 やや遅れたがフレイにもようやくジグルスが国を造ろうと考えた理由が分かった。外見だけでなく風俗風習、考え方も異なる人たちをまとめる為だと。
 ただフレイはジグルスの存在だけで十分だと思っている。だから国と言われても、すぐにピンとこなかったのだ。

「まあ、徐々にだな。いきなり全てを変えろと言われても出来るはずがない。無理に変えても上手くいかない。お互いを尊重し、それでいて共通の考えを持てるようにする」

「……王なのだな」

「はい?」

「いや、若いのに色々考えているなと思って」

 子供と同じくらいの年齢のジグルスが、自分以上に物事を考えている。それにフレイは感心している。

「……考えないと事が動かない。感心している暇があれば、お前も考えろ」

「ああ、そうだ。ちゃんと考えている。さっきそれを言おうとしたのだ。それなのに呼び方の話になるから」

「それは悪かった。それで何の話だ?」

「いつ戦いに出られる? というか何故、我々を戦わせない?」

 フレイたちだけでなく味方になった魔人の誰一人として戦場に出ていない。それがフレイは不満であり、不思議でもあった。戦力として自分たちを従わせはずなのだ。

「訓練が出来ていない」

「訓練?」

「やっと今の戦力でどう戦うかを考え終わった。まだ修正点は残っていると思うけど、それは訓練を行いながらだ」

 魔人たちは種族によって大きくその性質が異なる。これまで考えてきた戦術では当てはまらないのだ。彼等にあった戦い方はどういうものかをジグルスはずっと考えていた。それがようやく形になったのだ。

「……訓練というのは戦う為の訓練か?」

「当たり前だ」

「そんなものは必要ない。我々はすぐに戦える」

 訓練などフレイは行ったことがない。フレイだけでなく他の魔人たちも同じだ。生まれ持った強さと実戦経験が全て。それが魔人の考え方なのだ。

「戦えると、死傷者を出さないで戦えるは違う。俺が求めるのは後者だ」

「戦いだ。死傷者が出ないなんてことはない」

「そんなことは分かっている。だがその数は最小限に抑えるべきで、その為の努力を怠るわけにはいかない」

 ジグルスの戦いの基本は守ることを重視している。人を死なせない為の戦い方。それをずっとジグルスは考えてきたのだ。それは魔人相手でも変わることはない。

「……何故?」

「それを聞くお前が何故、だ。味方が死んでもお前は何とも思わないのか? 他人のお前は思わないかもしれない。だが家族もなんとも思わないなんて考えていないだろ?」

「それは……」

「もし考えているのなら今すぐここを出て行け。味方の犠牲に心を動かさない奴なんて必要ない。そんな奴がいたら俺たちは強くなれない」

「……俺たちは強くなる、か」

 フレイは生まれた時から強い。もちろん子供の頃は自分よりも強い人は大勢いた。だだ成長するにつれて、その数は少なくなり、大人になったあとは自分に敵う者は数えるほどしかいなくなった。
 そこに努力はない。人間の真似をしたことなどないのだ。

「人間は弱い。その人間は強者に勝つ為に努力し、様々な工夫をして、今がある。それを否定している限り、魔人に未来はない」

「……分かった。訓練を行う」

「分からなくても行うのは決まっている。今は戦争の真っ最中だ。時間がないんだ。この数で魔王の軍を倒せるくらいに強くならなければならないからな」

「……はっ?」

 強くなるのレベルが、フレイが考えていたのと違っていた。そもそも他の魔人との比較で考えていないのだ。敵は魔王が率いる魔人軍だと分かっているくせに。

「まずは戦術を頭に叩き込んでもらう。順番に説明するからまずは百人を選べ」

「あ、ああ」

「それと言っておく。個人の武と部隊を動かす才能は別だ。指揮官は戦術の理解度で選ぶからそのつもりで説明を聞くように」

「……それで俺たちから指揮官が出るのか?」

 獣人系は考えることが苦手。頭の良し悪しではなく性格の問題だ。個人差は当然あるがそういうことになっている。

「出るに決まっている。それぞれ戦い方は違う。ヴェアヴォルフ族にはヴェアヴォルフ族の戦い方があり、それを指揮するのはヴェアヴォルフ族でなくてはならない。指揮官もまた戦士だからな」

 ジグルスはかなり細かく、現状と比較してだが、部隊を分けようと考えている。いくつもの種族で連携して戦うことになるので、その必要があるのだ。

「……良く分からないが、やるしかないのだな?」

「ああ、やるしかない。そしてやりきる。勝つ為に、そしてその先の未来の為に。俺たちが魔人の、エルフ族の、いや、この世界の未来を作るんだ」

「……俺たちの手で世界の未来を」

 ジグルスの言葉に心が震える。前魔王バルドルの息子だから。そんなことは関係ないのは明らかだ。バルドルの血を引いているから、今のジグルスがあるのでもない。これまでの生き方がジグルスを作っているのだ。そうフレイは感じ、自分の選択は間違いではないと思えた。

「アイネマンシャフトってどう思う? ちょっと長いか?」

「……アイネマンシャフト」

「国の名前。『ONE TEAM』って意味」

「ワンチーム?」

「……分からなければ良い。他に何か候補あるか?」

 分かるはずがない。

「……貴方の国だ。貴方が決めれば良い」

「いきなり敬語?」

「王よ。改めて貴方に忠誠を誓う。我は、我の未来を貴方に託す。王の下に集う人々の未来を明るいものにする為に、命を捧げて貴方に尽くそう」

 膝を折り、真剣な表情でジグルスに向かって誓いの言葉を語るフレイ。フレイだけではない。周りにいたヴェアヴォルフ族、それ以外の獣人系魔人たちも同じように血に膝をついたジグルスを見つめていた。

「……お前たちの想いは受け取った。俺は王として、忠誠を捧げてくれた人たちの為に、自らの全てを捧げて国に尽くそう。この国の、この世界の未来を明るいものにする為に」

 フレイの、人々の想いに応える言葉を返すジグルス。

「王よ……貴方こそ我等が王! ジグルス王、万歳! 我等が国に栄光あれ!」

『ジグルス王 万歳! 我等が国に栄光あれ!』 

 それを聞いた人々が歓喜の声をあげた。
 一斉に立ち上がって声をあげる人々。その様子を見てジグルスの心も奮い立つ、ことはなかった。何故こんなことを言ってしまったのか。人々の気持ちを一つにまとめる為に言わないではいられなかった。それは分かっているが、悔やむ気持ちが湧いてきてしまう。
 ジグルスが本当に全てを捧げたい人はたった一人。その人との距離が遠ざかったように感じてしまうのだ。