ゼクソン王国軍の集結地点として定められた猛牛兵団の駐屯地カウは、ゼクソン領ではもっとも西方、ウェヌス王国との国境に近い場所にある。
それ故に集結地点として決められたのだ。
そこに集結したのはゼクソン王国軍だけではない。銀鷹傭兵団を筆頭にいくつかの傭兵団も集まってきていた。
その駐屯地の大会議室。そこでは総大将であるゼクソン国王臨席の下、最初の軍議が行われていた。
「まずは傭兵団の方々の協力に感謝しよう。よく集まってくれた」
「礼を言われることではない。ウェヌスは我が傭兵団にとっても仇敵。戦うのが当然だ。そして、他の傭兵団は金を稼ぎたいだけだろ」
傭兵団を代表して返事をしたのは銀鷹傭兵団のガルだ。銀鷹傭兵団の勇名は数ある傭兵団の中でも随一。必然的に傭兵団のまとめ役となる。
「それでも感謝する。さて、現在の状況をまずは説明しよう。ハインツ」
ゼクソン国王の命を受けて、シュナイダー将軍が立ち上がった。
「はっ。ウェヌス軍の現状報告を致します。ウェヌスの侵攻軍は先軍一万二千、後軍三千で我が領内に侵入してきております。それ以外にも勇者直轄軍も向かっておりますが、国境への到着までには一月は掛かる模様」
「予想通りだな」
ウェヌス王国軍と勇者直轄軍の到着に一月もの差がある。それは両軍の間に連携がないことを示している。
「判明している先軍の編成です。ウェヌス王国騎士団第三、第四大隊。ウェヌス国軍第一軍第一から第五大隊。国軍第二軍から第一、第二、第六から第八となっております」
「……細かいな」
「それは大隊の編制という意味でしょうか?」
「それとそこまで細かく大隊が分かるのかも含めてだ」
「ああ。大隊旗で確認致しました。それと第二軍の大隊番号が分散しているのは、地方軍から補充した大隊とそうでない大隊を混ぜているからです」
さらりと答えているが、実際はこんな簡単に調べられたことではない。だが諜報に関わることは、たとえ味方であっても、他国の人がいる場で安易に話すわけにはいかないのだ。
「なるほど。分かった。続けてくれ」
「はっ。後軍はウェヌス東方辺境師団が出て参りました。これも予想通りです。ただ数は三千。予想よりは少ない数です」
「理由は?」
「アシュラムへの備え。アシュラムがウェヌス国境で動きを活発化させていることに気付いて一部を残したものと思われます」
「一応は役に立っているわけだ」
「それしか助力がないとも言えます」
「それは言うな。そう何度も、アシュラムに頼るわけにはいかない」
実際にはゼクソン王国のほうから積極的な助力を頼まなかったのだが、これをゼクソン国王はこの場で話すことをしなかった。
「前回、助力したのは我が国の方です」
「……この場で文句を言っても仕方がない。アシュラムは直接軍を出さない。それはもう決まったことだ」
「はっ。先軍との遭遇は予定では三日後となります。戦場は予定通り、セベス丘陵地帯と定め、そこに防衛線を張ります。各兵団の築陣予定地にも変更なし。すでに一部の兵を先行させております」
「ああ」
「傭兵団の方々は左翼に位置を用意致しました。そこに陣取って頂きたい」
シュナイダー将軍は、銀鷹傭兵団のガルに向かって陣の位置を伝えた。
「ああ。分かった」
「では早速進軍の用意を。カウに残るのは荒鷲兵団。荒鷲兵団には本陣と各兵団との伝令役にもなってもらう。ではよろしいか?」
「ちょっと待ってくれ」
会議を終わらせようとするシュナイダー将軍をガルが制止する。
「……ガル殿、何ですか?」
シュナイダー将軍はこう尋ねているが、ガルが何を気にしているのかなど聞くまでもない。
「分かっていて聞くな。坊、じゃない、銀狼はどうした? 銀狼の兵団である銀狼兵団とやらもいないようだが?」
「銀狼兵団であれば、すでに出陣しております」
「先行したのか?」
「そうです」
「そうか。仕方がないな。セベス丘陵でなんとか話をするか」
「……それは無理です」
止めておけば良いのにシュナイダー将軍は余計なことを口にする。馬鹿正直というものだ。
「何? どういうことだ?」
「銀狼兵団はセベス丘陵地帯には布陣致しません」
「……では、どこに出陣したのだ?」
「……言えません。いや、隠すことではないか」
「当たり前だ。我らは友軍だぞ」
ガルは勘違いをしている。それは続くシュナイダー将軍の言葉で分かる。
「そうではありません。知らないのです」
「はっ!?」
「銀狼兵団は遊撃軍として行動の自由が許されております。ですから、どこにいるのかは分かりません」
「そんな馬鹿な話があるか!?」
「実際にそうなのです。出陣する。その報告はありました。駐屯地を出たのも間違いありません。しかし、その後の行方は誰も知りません」
駐屯地を出た後、銀狼兵団は忽然とその姿を消した。ゼクソン王国でも掴めていない状況だ。
「……なんともまあ、やってくれる。まあ戦う気はあるのだ。どこからか戦場に現れるのだろう。それでは話は出来そうもないが……要は勝てば良いのだな」
「そうなります。勝った後であれば、いくらでも話す機会はあるでしょう」
話をする機会があるかは、かなり怪しいものだが、この場合は、シュナイダー将軍には珍しく良い説明だ。
「ではそうしよう。出陣だな」
取りあえずガルは納得して出陣が出来るのだから。
「ええ。では、全軍セベス丘陵地帯に向けて、進軍!」
「「「おおっ!!」」」
◇◇◇
ゼクソン軍および傭兵団がカウから出撃する二日前。
ウェヌスとゼクソンの国境付近の山中には身をひそめるようにして、夜明けを待つ軍勢がいた。グレンが率いる銀狼兵団だ。
「戻りました。辺境軍は予想地点で間違いなく野営を行っております」
斥候に言っていたジャスティンが戻ってきて、説明をしている。
「……斥候を出している気配は?」
「ゼクソン方面、それと後方へ駆ける騎馬は何度も確認しております」
「斥候というより伝令か」
「恐らくは」
周囲を探っている様子はない。それはグレンたちにとって有難いことだ。
「見張りの様子は?」
「普通かと。特別厳しいわけでもなく、緩いわけでもありません」
残念ながら敵に油断は見られない。
「さすがにそれは望み過ぎか……では行くか」
「はっ。兵に準備させます」
グレンの言葉を受けて、ジャスティンたちが辺りに散らばっていく。大隊長として部隊を率いる為だ。残ったグレンは、側にいる男に視線を向けて、口を開いた。
「さて、道案内ご苦労だった。さすがは蛇の道は蛇だな」
「何だ、それ?」
「知らないか? その道の専門家はその道をよく知っているという意味」
「……まあ、盗賊が使う道だからな。知っていて当然だ」
グレンたちが移動に使ったのは裏街道。盗賊もそうだが、それ以外にも非合法なことをしている人たちが使う一般には知られていない道だ。
「ちょっと違うような気もするけど、まあ良いか」
「そんなことより、仲間は間違いなく返してもらえるのだろうな?」
盗賊がただで裏街道を教えてくれるはずがない。捕らえた仲間を人質にして脅しているのだ。
「もう返している。俺達が駐屯地を出て数日後には解放しているはずだ」
「そうなのか?」
「いつまでも留めていても仕方がない。最初から殺すつもりはないからな」
「……裏切ったらどうするつもりだった?」
聞かなくても良いのに、盗賊の男はこんな質問をグレンにしてしまう。
「その時はその時。まあ、この戦いを生き延びたら改めてアジトを襲わせてもらったな。その時は一人も逃がすつもりはない。当然、人質も不要だ」
「…………」
答えを聞いても、ただ脅されて黙り込むだけだ。
「約束は守ったのだから、心配するな。後は、そうだな、俺達の勝利でも願っていろ」
「冗談じゃねえ。お前らなんざ、ウェヌス軍に殺されてしまえ」
「そんなこと言って良いのか?」
「な、なんだ?」
余計なことを言ってしまったと思ってビビる男。だが、グレンは脅そうとしているわけではない。
「俺達が襲うウェヌス軍は後備軍だ。その陣地には前線に送る輜重が結構置かれていると思うけどな」
「……それって?」
「俺達はほんの一部を手に入れられれば良い。後はそのまま放置だな」
「つまり、勝手に持って行けと?」
脅しどころか、盗賊にとって実に有り難い話だった。
「何と言っても二万近い兵の為の物資だ。その一部とはいえ、しばらくは盗賊稼業なんてしなくても食っていけるだけの量はあると思う」
「……そうだな」
「それも俺達が勝って、しかも相手が全員逃げ出せばの話だけど……」
「頑張れ。絶対に勝てよ」
盗賊は手の平を返して、グレンに声援を送ってきた。
「だろ? 早めに仲間を集めておけ、回収できる日数はせいぜい二日だ」
「平気だ。仲間はすぐ後ろに付いてきている」
「知っている」
「…………」
グレンの言葉に固まる盗賊の男。仲間に後を付けさせていたのが知られているとは思っていなかったのだ。このあたり所詮は盗賊。考えが浅はかだ。
「何を企んでいたのか知らないが良かったな。何もしないままで。全員が生き延びられて、ただで食い物まで手に入れられる」
「そ、そうだな」
「じゃあ、これで。もう会わないと思うが、一応は貸しにしておく」
「貸し?」
「どれだけの物資を提供すると思っている? 恩を感じてもらうには充分だと思うぞ」
何の見返りもなしに、物資を渡すグレンではない。仮に盗賊がいなければ放置していくものだとしても。盗賊に貸しを作って、何の役に立つかなど分からなくても。
「……お前相手だと、とんでもない貸しになりそうだ」
「それはない。俺は出来る事しか要求しないからな。さて、夜明け前には始めたいから、これで話は終わりだ。下がれ」
「あ、ああ」
その日の夜明けと同時に野営していたウェヌス東方辺境師団三千は、南方より現れた銀狼兵団の奇襲を受けて、師団長であるデリック・ウイリアムズ将軍まで討ち取られるという大敗を喫して、ウェヌス領に逃げ去っていた。
密やかにゼンソン王国の対ウェヌス王国戦役は幕を開けていた。
◆◆◆
ゼクソン軍がセベス丘陵地帯に布陣して早四日。
未だに戦端は開かれていない。戦う相手であるウェヌス軍が姿を見せないのだ。斥候を放って状況を確認してみれば、ウェヌス軍はセベス丘陵地帯から三日の位置に軍を留めたまま、一向に進軍する気配を見せない。
かかる事態において、シュナイダー将軍は各兵団長を集めて軍議を行っていた。
「今説明したように、ウェヌス軍はセベス丘陵地帯に進み出てくる気配を見せません。そこで今後の方針を討議したいと思い、集まってもらいました」
「……この地に来ることを嫌がっているのか?」
質問を返したのはゼークト将軍。彼もウェヌス王国軍がこの地にやってこない理由が分かっていない。
「それはあり得ます。こちらは迎え撃つ準備を万端整えているのですから。わざわざ不利な地に踏み込む事はないと判断するのも当然かと」
「そうだな。そうかと言って安易にこちらが進むのも。ウェヌス軍が留まっているのはどの辺だ?」
「丘陵地帯の手前。開けた平野部になります」
「……ウェヌスに有利と言えるか。難しいな。じっと待って、時が過ぎれば勇者軍もやってくる。そうなれば敵は二万二千。こちらの倍になる」
「攻めるしかありません。同数の間に勝利をおさめて勇者軍に備えるべきです」
せっかく敵が分散してきてくれたのに、その隙を見逃してしまっては、この先の戦いが厳しくなる。選択肢があるわけではないのだ。
「それは分かっている。だが、こちらの被害も抑えたいのだ。勝ったは良いが、その結果、大きく戦力を減らしたでは、勇者軍と戦うことが出来なくなる」
「ではどうしますか?」
「……悩んでも無駄か。選択肢は進むしかない。犠牲を抑える方法は……」
「どうにかなるのではないですか?」
思い悩んでいるシュナイダー将軍とゼークト将軍に、気楽な言葉を投げたのはランガー将軍だった。それを知ってゼークト将軍は驚いた顔をランガー将軍に向けた。
「……ランガーらしくないな。お前はもっと思慮深いと思っていた」
「一応は考えた結果です」
「どういうことだ?」
「銀狼兵団はどこで何をしているのだろうかと」
「……それで?」
銀狼兵団の行方は未だに掴めていない。下手な期待は無用と、ゼークト将軍はその存在をないものとして作戦を考えようとしたのだが、ランガー将軍は違っていた。
「思うのですが、この戦いをもっとも本気で勝ちにいっているのはグレン殿です。そのグレン殿が何も言ってこない。それはつまり、状況はこちらの不利にはなっていないのではないかと」
「……楽観的過ぎるだろう? どこで何をしているかも分からないのだ」
「はい。そうです。つまり、どこかで何かをしているのかもしれません」
「話にならん」
「そうでしょうか? 我が軍の斥候にもかからないのです。それはこの周辺にはいないということです。銀狼兵団がいない以上、ここは戦場ではないのでは? この考えは間違っていますか?」
グレンが何もしないでいるはずがない。ランガー将軍はこの前提で考えている。
「……完全には否定出来ない」
「では」
「前進だ。別に銀狼に期待してのことではない。それしか手がないだけだ」
「……では前進ということで。各兵団進軍をお願いします」
ゼークト将軍の、強がりが混じった、判断を聞いたシュナイダー将軍は軍に進軍の指示を出す。
そして決戦の舞台は移る。
◆◆◆
平野部と言っても全く平らなわけではない。戦場は起伏のある場所だった。
ゼクソン王国軍は東側で各兵団がそれぞれ陣を組み、全体としては鶴翼の形をしている。それに対してウェヌス王国軍は国軍を五千ずつの二つに分け。それぞれ方陣を組んでいる。その後方には二千の騎士団。騎馬部隊が控えていた。
戦機が熟し、まさに両軍の激突が始まろうというその時、その軍勢は現れた。
北方から駆けてきた千の騎馬、黒地に銀糸で駆ける狼の姿が刺繍された軍旗を翻すその軍勢は銀狼兵団だ。
北方より現れた銀狼兵団は、ウェヌス軍の万の軍勢を恐れることなく、他のゼクソン軍から孤立する形で側面の小高い丘に陣取った。
「……現れた」
その姿を見てシュナイダー将軍が小さく呟く。
反応したのはウェヌス軍が先だった。左翼から二千の兵が銀狼兵団に向かう。それだけではない。後方に控えていた騎士団の騎馬部隊千も駆けだした。
「……右翼! 猛牛に銀狼の支援を! 分離したウェヌス国軍の側面を突け!」
シュナイダー将軍の命を受けて、伝令の騎馬が駆けだしていく。
間に合う距離ではない。シュナイダー将軍の思いは猛牛のゲイラー将軍が独自の判断でそれを行って欲しいというものだ。
その間にもウェヌス軍の歩兵二千が銀狼兵団に向かって行く。
その兵士に向かって、銀狼兵団から一斉に矢が放たれた。不意を突かれて隊列を乱すウェヌス軍。そこに更に矢の斉射。ウェヌス歩兵はそれを防ぐ為に前進の足を止めた。
それと入れ替わる様にウェヌス騎士団の騎馬が前に出る。
その騎馬隊に対しても放たれる矢。さすがに急いだのか、ウェヌス騎士団にはそれ程被害を与えた様子はない。
ウェヌス騎士団は一気に距離を詰めて、駆けあがっていく。大きな盾に身を隠し、長い槍を突き出した形で密集陣形を組んだ銀狼兵団に。
前方の騎馬が槍で馬を突かれて、次々と倒れていく。それに巻き込まれる形で後続の騎馬も。ウェヌス騎士団はあっという間に混乱に陥った。
そこに容赦なく、銀狼兵団の槍が突き出される。何度も何度も。ただひたすらに動いている馬に向かって。
やがて盾が割れて、漆黒の鎧装束に身を固めた男が飛び出してきた。ウェヌス騎士の鎧など何の意味も持たない。黒光りする剣は、次々と騎士たちを切り裂いていった。
それと並行して、猛牛兵団は足を止めてしまったウェヌス国軍兵士に側面から襲いかかっていた。北方の戦況はゼクソン側が圧倒している。
それを見てか、他の兵団、ゼクソン軍右翼の兵団が、二千の兵が抜けて手薄になったウェヌス左翼に向かって襲いかかっていった。
北方の戦況はさらに熱を帯びていく。
やがて銀狼兵団に向かっていった騎士団が後退を始める。その背後から矢が飛ぶ。その矢によって、更に犠牲者を増やしたウェヌス騎士団は自陣の後方に下がっていった。
猛牛兵団もウェヌス国軍の混乱が収まったとみて、後退していった。倍の兵士を相手にしていたのだ。ゲイラー将軍は性格に似合わず、冷静な判断を見せた。
他のゼクソン兵団も無理はしない。ウェヌス軍が陣を固め直したのを見て、緩やかに軍を後退させていった。
その後は両軍にらみ合いのまま、本格的な戦闘が行われることなく、その日の戦闘は終了した。
◆◆◆
ウェヌス軍から半日ほどの距離を取って、ゼクソン軍は夜営に入った。本営となる金獅子師団の天幕には、各兵団長が集まっている。
「まだ確たる数字ではありませんが、我が軍の損傷は、猛牛兵団で死者、重傷者が五十。その他の兵団は軽傷のみ。ウェヌス軍は騎士団が二百程、国軍兵士で百といったところではないかと」
「まずは勝ちか」
「そう言える状況です」
気が緩まぬように控えめな表現を使っただけで、完勝といえる状況だ。
「……銀狼は?」
「分かりません。北方に下がったところは見ましたが、その後については追っておりません」
銀狼兵団は戦いがないと判断したところで戦場を去って行っていた。
「そうか……演習の比ではない凄まじさだな。あれは」
「はい。銀狼だけで二百を討ち取ったわけです」
「そういう問題ではない。何故、あんな場所に陣取れる?」
銀狼兵団が陣取ったのは味方から完全に孤立した位置。敵の集中攻撃を受けてもおかしくない場所だ。実際に三倍の兵力が銀狼兵団に向かっている。
「しかし、有効でした。ウェヌス軍が攻勢に出られずに引き下がったのは側面に銀狼兵団がいたからだと思います」
「それは分かっている。囮を買って出たのだな」
「囮だけではないと思います」
例によってランガー将軍が口を挟んできた。
「囮だけではないと言うのは?」
「ウェヌスの騎士団を引き出したかったのでしょう。討ち取った数は二百かもしれませんが、ウェヌス騎士団が失った馬の数はもっと多いと思います」
銀狼兵団の攻撃は馬を狙っていた。それをランガー将軍は見抜いていた。
「……騎馬部隊を潰す。そういう意図か」
「ウェヌス軍から騎馬部隊がいなくなれば、こちらはかなり有利になります。それが狙いだと考えます」
「だが、まだ千八百も残っている」
「馬はそんなにいません」
「数日中には補充するだろう」
「出来ますでしょうか?」
「……どういう意味だ?」
「銀狼兵団は全兵士が騎乗していました。離れた場所からですので、はっきりとは見えませんでしたが、予備の馬もいたような。予備というか荷を運ぶ馬かもしれません」
「それが?」
「銀狼兵団はいつの間にそんなに馬を? 私の記憶では支給されたのは二百頭ではありませんでしたか?」
「……ウェヌスから奪ったというのか?」
自軍が用意したのでなければ、他からの調達だ。それがどこかとなればウェヌス王国軍となる。
「それ以外にどんな方法があるでしょうか?」
「つまり、ウェヌスの後軍と単独で戦ったというのだな?」
「はい」
「敵は三千だ」
「今日と同じです。それに正面から攻めたとも思えません」
「……何故、それを伝えてこないのだ? それが事実であれば、引いたのは失敗ではないか!」
ランガー将軍の推測を聞いたゼークト将軍は怒気を発した。グレンのせいで判断ミスを招いたと考えたのだ。
「ウェヌス軍は物資補給が当面出来ないからですか?」
「そうだ! 消耗戦を仕掛けることが出来た! 物資が尽きれば、ウェヌス軍は引くのだ!」
「それを銀狼が許しますか? 銀狼は恐らくウェヌス先軍を殲滅するつもりです。ただ引かせたのでは、勇者軍と合流してまた攻めてくるだけですから」
「……なるほど。しかし、よく分かるな」
ランガー将軍の説明を聞いて、ゼークト将軍は落ち着きを取り戻した。ゼクソン王国としても軍を引かせるだけでは、一時的な勝利でしかないのだ。
「誰にでも分かります。ゼークト将軍は銀狼の目的を忘れているのです」
「目的?」
「銀狼の目的は勇者の抹殺です。勇者を討つ為の戦況を作り出そうとしています。もっと言えば、勇者を戦場に引き込むまでは戦争を止めるつもりもないはずです。これを基に考えれば」
「先軍を殲滅と言えるまで減らし、それを勇者軍にも知らせない。それを実現しようと思えば」
「今頃はウェヌス軍の後方、国境への道を塞ぐ位置にいるでしょう」
「伝令を送らせない為だな」
「まあ。それだけかは分かりませんが」
「他に何がある?」
「ゼークト将軍。それが分かれば私は自分の兵団を金狼兵団とでも改めます。それが分からないから私の兵団は牙だけなのです」
「……笑えない冗談だ」
「そうですね。冗談でも遠く及ばないようです」
そして、その頃――ランガー将軍の予想通り、銀狼兵団は夜の闇の中で戦っていた。敵はウェヌス先軍から出た国軍一大隊。千の軍勢だ。
「甘いな。補給部隊を出すなら、ケチらないでもっと数を出さないと」
初撃で放った多くの火矢がウェヌス軍の兵士たちを照らしている。その兵士たちに街道の左右から容赦なく何度も何度も矢が放たれていく。それを振り切って先へ進む兵は、待ち伏せの為に別行動している部隊に討たれる運命だ。
その夜、ウェヌス先軍は更に一大隊を失うことになった。