月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第82話 新しい物語は過去の想いを受け継いでいた

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 撤退した獣王軍に代わってブラオリーリエ攻めを担当しているのは大魔将軍オグルが率いる鬼人系魔人で編成された鬼王軍。獣王軍に比べると五千と少ないが一人一人の力は上だ。あくまでも平均としてであって個々の力比べとなるとどちらが上とは言い切れないが。
 さらに鬼王軍はオークやゴブリンなどの魔物を加えて、総勢は一万五千となっている。城塞攻略で魔物を使うのは魔人軍の常套手段となっている。犠牲を無視して魔物に攻めさせ、籠城側が疲弊するのを待つという手堅い、魔物の犠牲は無視してだが、作戦だ。
 ブラオリーリエを囲む防壁に向かって魔物の群れが近づいていく。前進しているのは魔物だけではない。指揮官として魔人であるオーガ族も攻撃部隊に加わっているのだ。
 ある程度、近づいたところで魔人軍は前進の勢いを強める。投石器や弩砲による攻撃を避ける為だ。攻撃を繰り返したことで在庫が尽きてきたのか、ブラオリーリエから放たれる投石や弩はそれほどの数ではないが、それでもわざわざ犠牲を増やす必要はない。攻撃の勢いがここまで弱まれば、あとは門に取り付き、それを強引に壊す為の犠牲となるべきなのだ。

「突き進めぇえええ!」

「突撃だ!」

 前進する部隊のあちこちから指揮官の命令が飛ぶ。それに応えて魔物たちは駆ける足を速めていった。

「行けぇえええ! 進め……えっ……あっ……」

 号令の声が途中で途切れる。それも一人二人ではない。何人もの指揮官が地に倒れていった。

「何がおきた!?」

 事情が分からない別の指揮官が大声で何が起きたのか問い掛ける。だがその答えは味方の声ではなく、別のことで得ることになった。自分の身を貫く魔力によってだ。

「ば……馬鹿な……」

 答えを得た魔人は、それを他者に伝える間を与えられることなく、ゆっくりと地面に仰向けに倒れていく。
 ただここまで犠牲者が出ると、味方も何が起きているのか分かる。ブラオリーリエの防壁の上から放たれた魔法が目に入ったのだ。

「……ま、まさか」

「そんな馬鹿な。彼女は死んだはずだ」

 魔人の体を、ずっと先のブラオリーリエの防壁の上から放った魔法で貫く。普通の魔法であるはずがない上に、何人かの魔人はそれに心当たりがあった。
 ただその魔法の使い手は死んでいるはずなのだ。味方の魔人軍の手によって張りつけにされ、殺されたはずなのだ。
 動揺している魔人の指揮官たち。だが彼等にはその時間も許されなかった。次々と放たれる魔法の矢が味方の体を貫いていくのだ。

「……ひ、引け! 一旦引くのだ!」

 こんな攻撃は想定していない。しかも相手は明らかに指揮官を狙い撃ちしている。何の策もないままにこのまま突き進んでは自分が次の犠牲者になるかもしれない。それを恐れた指揮官が後退の命令を発した。
 従う魔物たちに否応はない。引けと言われれば、その通り、後退するだけだ。だが従順である魔物たちも、今回はそれをすぐに後悔することになる。大量に降り注いできた投石をその身に受けたことで。

「こ、こんな……謀られた! 下がれ! 急ぎ、後退しろ!」

 敵は投石を温存していた。そうであるのに、ここ数日、それが尽きそうな振りをしていたのだ。ここぞという場面で使う為に。そのここぞという場面をまんまと魔人軍は与えてしまったのだ。
 撤退の命令がさらにあちこちから聞こえてくる。そんな命令がなくても魔物たちは全力で後退している。率いる魔人にとっては捨て石同然の彼等だって、本人たちは死にたくないのだ。
 だが後退出来る位置にいる魔物たちはまだ幸運だ。投石器の攻撃が降り注ぐ場所の内側、よりブラオリーリエに近い位置にいる魔物たちは後退することも出来ない。
 それでも、左右に回り込んで降り注ぐ石を避けて逃げようとする魔物たち。その彼等を襲ったのはブラオリーリエから出撃してきたリリエンベルク公国軍の刃だった。

「……出撃してきた……舐めやがって……」

 それを離れた場所からただ眺めているしか出来ない魔人の指揮官。ずっと防壁の内側にこもって守りに徹していたリリエンベルク公国軍が外に出て戦いを挑んできた。それは自軍を甘く見ている証と捉えたのだ。
 この魔人は分かっていない。ブラオリーリエに新手が加わったことを。その新手は魔人軍と何度も接近戦を行っている精鋭部隊であることを。

 ――その精鋭部隊の指揮官であるリーゼロッテは防壁の上から戦いの様子を眺めている。

「……凄いわね」

「魔物相手ですから」

 リーゼロッテの感嘆の言葉にフェリクスは謙遜で答えたのだが。

「あっ、ごめんなさい。私が驚いたのはこの魔道具よ」

「ああ……そうですね」

 自分の勘違いに顔を赤く染めるフェリクス。これは勘違いするフェリクスのほうが悪い。リーゼロッテはずっと一緒に戦ってきたのだ。今更、オークやゴブリンを圧倒する味方を見ても驚くはずがない。

「魔力を極限まで凝縮すれば魔人でも一撃で射抜けるのね?」

「……結局、魔人もそういう存在なのではないですか?」

「どういうことかしら?」

「我々のような普通の人に比べれば遙かに多い魔力を体の中に蓄えている。それも凝縮なのではないかと考えました」

「……そうね。そうかもしれないわね」

 もともとリーゼロッテたちも強力な魔法に対抗する為に、魔力を凝縮して威力を高めることを考えたのだ。体内に凝縮された魔力を蓄えていれば、並の魔法など跳ね返せてしまうという考えは間違いではないように思える。

「同じ物がもっとあればと思うのは贅沢な願いですか……」

 同じ魔道具が魔法士全員に行き渡れば、もっと戦いは楽になるだろう。フェリクスはそう考えてしまう。

「どうかしら? 特別なものだとは思うけど……」

 ジグルスの母親が使っていた武器。そういう点でリーゼロッテにとっては特別な物だ。ただ魔道具としてどうなのかまでは分からない。
 ただ、逆に同じような魔道具を魔人軍が大量に保有しているとすれば戦いは絶望的な状況になるので、特別な物であって欲しいとは思う。

「……まずは退けることが出来ました」

「そうね。でも倒したのは魔物ばかり、魔人の数はほとんど減っていないわ」

 魔物を犠牲にして相手の消耗を図るのが魔人軍の戦術。そういう意味では魔人軍も失敗したわけではない。リリエンベルク公国軍は投石を消費し、あって欲しくないが犠牲者も出ているかもしれないのだ。

「まだ始まったばかり。嘆くには早いですか」

「ええ。私たちは勝ち続けるわ。百回でも千回でも。リリエンベルク公国を取り戻すまでは」

「はい」

 リーゼロッテたちの戦いは始まったばかりだ。先に不安を感じるには早すぎる。不安を感じたとしても、その不安を払拭する為に何をすべきかを考え、それを実行すれば良いのだ。
 これから先の長い戦いの為に。その戦いに勝ち続ける為に。

◆◆◆

 ブラオリーリエの戦いは魔人側にとって思わぬ事態となっている。前魔王バルドルの息子であるジグルスに対する警戒は行っていた。だがジグルスが姿を現すことはなく、それでいてリリエンベルク公国にまんまとしてやられたのだ。あってはならない事態だった。

「……ブラオリーリエは一旦置いておいて、南部の他の街を制圧すべきではないか?」

 ブラオリーリエの戦いを後回しにすることを提案してきたのは大魔将軍アンナル。

「逃げろというのか?」

 それに反応したのは大魔将軍のヘズだ。まさかの苦戦を受けた魔人軍は、全員ではないが、大魔将軍を集めての軍議を行っていた。

「そうではない。ブラオリーリエに引っかかっていることでリリエンベルク公国全体の制圧に遅れが生じている。それは問題だと言っているのだ」

「そうだとしても南部の最大拠点であるブラオリーリエを残していて、制圧が進んだと言えるのか?」

 小さな街や村を制圧してもそれにはあまり意味はない。魔人軍は多くの労働力を必要としているのだ。

「ブラオリーリエに残っているのは軍人ばかりだ。多くの民は南に逃げている」

「……それを狙うのか。そうであればなくはないが」

「急がなければリリエンベルク公国から出てしまう。それでは目標の半分も達成出来なくなる」

 確保した労働力は北部の領民たちだけ。それも逃げ遅れた領民たちだけだ。元々のリリエンベルク公国の人口から考えると半分どころか四分の一にも満たない。

「……もう手遅れではないのですか? 今から軍を発しても追いつけるとは思えません」

 更に別の大将軍、エイルが割って入ってきた。

「作戦の失敗を受け入れろというのか?」

 そんなことが出来るはずがない。魔王ヨルムンガンドの怒りに触れて、大魔将軍の地位は剥奪、下手をすれば死罪だ。

「そうは言っていません。南部に侵攻することについては賛成です。ただ目的はブラオリーリエにこもる軍の後方を塞ぐこと」

「逃げ道を塞ぐのか……」

「それだけではなく補給路も遮断するのです。敵は飛竜を使って補給を行っています。それを許していては消耗させるのにどれだけ時間がかかることか。まず補給を絶つこと。そうすればブラオリーリエは落ちます」

 飛竜を使った物資の大量輸送。これも魔人軍には誤算だった。もっとも冥夜の一族という優秀な諜報組織を失った今は陸上輸送を行われても、その動きはブラオリーリエに近づくまでは簡単には掴めない。だからこそブラオリーリエの南を制圧し、見張りも兼ねた部隊を配置する必要があるのだ。

「……確かに。では誰が行く?」

「私、でも良いですがここはナーナ殿にお任せするべきだと思います」

「私?」

 大魔将軍ナーナが率いているのは鳥人族、有翼族を中心とした空王軍。地上戦は得意とは言えない部隊なので、拠点制圧には向かない軍だ。そうであるのに自分が指名されたことにナーナは驚いている。

「敵軍は、それほど数はいないはずです。それになんといっても目的は飛竜を使った補給を許さないこと。ナーナ殿にしか任せられないと思いますが?」

「……分かった」

 確かに飛竜を相手にするとなれば空を飛べる空王軍が適任だ。魔法で攻撃するという方法もあるので、空王軍でなければならないということでもないが。

「作戦が決まったところで、将軍を失った獣王軍をどうするか決めませんか?」

「決めるとは?」

 エイルの提案の意味がヘズには分からない。

「魔王様が率いる大将軍をお決めになるまで遊ばせておくつもりですか? それでは貴重な戦力が勿体ない。一時的に白軍に配分するべきだと私は思います」

「なるほど……確かにそうだな」

 大魔将軍の一人テゥールが死んだ。それを深く悲しんでいる者などこの場にはいない。八大魔将軍の一人などと呼ばれても、ほとんどの者は嬉しくない。その中から抜きん出て魔王、を目指すと公言すれば死を選ぶも同様であるので、その次席の座を狙っているのだ。

「では……くじ引きにしますか?」

「そうだな。それが公平だ」

 獣王軍はいくつもの獣人系種族で構成された軍。大隊毎に特色はある。だが彼等にはそんなことは関係ない。自分の力を少しでも増やし、それでいて他の大魔将軍と目立った対立がないようにということだけを考えている。そういう人物たちだから八大、今は七大だが、魔将軍の地位にいるのだ。
 魔王が求めるのは小さな野心。刺激すれば思い通りに踊る程度の野心は持ちながら、自分に成り代わろうなんて大それたことまでは考えない臣下。八大魔将軍のほとんどはそういう人物なのだ。

 

◆◆◆

 リリエンベルク公国南部。南に真っ直ぐに伸び、ローゼンガルテン王国の都まで続く街道沿いにある小さな森の中に魔人軍八大魔将軍の一人ナーナが率いる空王軍がいた。数は千名ほど。鳥人族と有翼族は種族としても数が少なく、もともと空王軍全体でも二千名程度であるのだが、密やかに南部に侵攻する為にさらに数を半分に減らしてきたのだ。
 戦う相手は飛竜。空を飛べるというだけで飛竜そのものの戦闘力はまったく脅威ではない。野生の飛竜であれば獰猛さが残っている上に、騎士を乗せていないので自由に動き回ることが出来る。魔人側も油断は出来ないのだが、飼い慣らされた飛竜となれば敵ではない。数を揃える必要はないのだ。
 それでも千名を連れてきたのはナーナの慎重さ。無理な戦いはしたくないのだ。

「……来ました」

 目標の到来を告げる部下の声。その報告通り、南のほうから空を飛ぶいくつもの黒い影が近づいてくる。 

「……二十体ほどですか……思っていたより少ないですが、まあ良いでしょう」

 飛竜の数は二十体ほど。予想していたよりも数は少ない。ブラオリーリエにこもる一万の軍勢への補給となればもっと大規模な輸送を行ってくると考えていたのだ。
 彼等は知らないのだ。輸送に魔道具が使われていることを。飛竜が運んでいるコンテナの中には彼等が考える以上の大量の物資が入っていることを。

「……速い、ですね」

 さらに飛竜が魔道着を纏っていることも。

「……そうですね。でも追いつけないほどではありません。行きますよ」

 ここまで近づけば逃がすことはない。そう判断してナーナは出撃を決断した。
 次々と宙に浮かぶ空王軍の兵士たち。森を抜け出したところで、一気に速度をあげて、飛竜の輸送隊に近づいていく。
 輸送隊の側もそれに気づき、方向を変えて逃走を図ろうとする。だが空を飛ぶ速さは空王軍のほうが上。少しずつ距離は縮まり、いよいよ最後尾の飛竜に襲い掛かろうとした時。

「止まって!」

 ナーナが突然大声で静止を命じた。
 それに反応出来た空王軍の兵士たちは幸運だ。彼等の目の前を巨大な黒い影が風を切り裂きながら通り過ぎていく。

「……あれ? 気付かれた」

 攻撃を躱されたことに驚いているのは。

「……黒き精霊……本当に貴方なのですね?」

 黒き精霊と呼ばれる存在、ルーだった。

「君は……誰?」

「……私を忘れた……いえ、違う。貴方はバルドルの影ではない」

 ナーナはバルドルを、黒き精霊と呼ばれたバルドルの影を知っていた。相手にも認識されるくらいに。だが目の前のルー、という名をナーナは知らないが、は彼女が分からない。異なる存在なのだと彼女は理解した。

「それはそうだ。ルーは俺の友達だからな」

 割り込んできた声。最後尾にいた飛竜に乗っていた騎士、の振りをしたジグルスが発した声だ。

「……貴方がバルドルの息子?」

「その呼ばれ方は好きじゃない。顔も知らない相手の息子だと言われてもな」

「そう……」

「……なんか、魔人というより天使だな」

 ナーナは有翼族。背中から白い翼が生えている以外は、普通の人間とそれほど変わらない、といっても目、鼻、口、両手、両足があって数も同じということで、かなり華奢な体であるし、普通の人と言うのを躊躇う美形である。
 ジグルスの知識で言えば魔人というより天使だ。

「テンシ……」

 ただこの世界には天使はいない。ナーナはあくまでも有翼族だ。

「ルーのほうが悪魔みたいだ。あっ、性格がもの凄く悪いのか。外見はそんなだけど鬼のような性格なんだな」

「違います……性格が悪いのは貴方の母親のほうです」

「それはそうかも……だからといってお前の性格が良いと決まったわけじゃない」

「貴方の性格はきっと母親似ね…………性格の話はどうでも良いわ」

 今は戦いの最中、のはずなのだ。性格の良い悪いを議論している場合ではない。

「確かに。じゃあ、本題だ。俺に従って未来に希望を求めるか、今この場で絶望を抱きながら死ぬかを選べ」

「……希望を求めて貴方と戦うわ」

「それは無理。お前たちではルーには勝てない」

「仮にそうであっても貴方には勝てる。空を飛べない貴方相手であれば」

 ルー相手では分が悪いことはナーナも認めるところだ。鳥人族も有翼族も羽根を失えば空から落ちる。だがルーは、背中から羽根は生えているがそれによって飛んでいるわけではないのだ。翼を傷つけられただけで地に落ちる味方と、空中で致命傷を与えなければ倒せないルー。倒そうと思えばかなりの犠牲を覚悟する必要がある。

「……じゃあ、試してみれば良い」

 だがジグルスは強気だ。飛竜の上に器用に立ち上がり、剣を抜いて構えを取った。

「その剣……」

「これを知ってる? さては見たこともない父親の物か」

 ナーナはジグルスの剣を知っている。両親から貰った剣だが、元は実の父親の物だったのだとジグルスは知った。

「その剣を私に向けるというの? あの人の息子が、あの女のガキが」

「……なんか聞いていない因縁があるような?」

 ナーナの父バルドスへの想いと母ヘルへのそれには大きな違いがある。真逆の感情であることが言葉だけで分かる。丁寧な口調で話していたナーナがいきなり「あの女のガキ」なんて言葉を使うのだから。

「貴方が知る必要のないことです」

「確かにあまり聞きたくない話のようだ。さて、やるか」

「……本気で戦うのですか?」

 いざ戦うとなるとナーナは躊躇してきた。父親への感情が邪魔をしていることはジグルスにも分かる。

「嫌なら、俺に従え」

「それは出来ません。私には貴方の父親が目指した夢を実現する責任があります。貴方こそ父親の想いを引き継いで魔王様に従うべきです」

「……お前、馬鹿か? そんなのに騙されるわけないだろ? 魔王がその夢を奪った張本人だって俺は知っている。魔王のところに行けば、父親と同じように殺されるに決まっている」

「えっ……?」

「……あれ?」

 ナーナの反応はジグルスが思っていたものではなかった。騙そうとしていたのではない。真実を知らなかったのだ。

「……嘘です」

「こんな嘘をつく理由が俺にあるか?」

「私を騙して、従わせようとしている」

「あるか……面倒だな。こういう人だから俺に説得を勧めたのだろうけど、だったら説得材料も用意しておいてくれれば良いのに」

 ナーナ率いる空王軍を殲滅ではなく従わせようと考えたのは冥夜の一族からの進言があったから。父親との関係を知っており、恐らくは魔王に騙されていることも分かっていて、それを勧めたのだとジグルスは考えた。ヴエアヴォルフ族のフレイの時も説得出来る可能性が高いとあらかじめ教えられていたのだ。
 だが可能性は高くても説得材料がなければ成功はしない。

「……分かりました。ここは停戦で。戻って自分で確かめます」

「やっぱり馬鹿なのか? そんなことを調べていることが魔王にバレたらどうなる?」

「それは……」

「一族はどうなる?」

「それは……そうですけど……」

 リスクがあるのは分かった。だが、だとすればどうすれば良いかがナーナは分からない。

「……俺を信じろ。父親の死についてだけじゃない。俺は父親のように失敗はしない。必ず、魔人が安心して暮らせる世界を作る。その為に出来る全てのことをする。だから、信じろ」

「…………」

 大きく目を見開いてジグルスを見つめているナーナ。だが視線を向けているだけで、ジグルスを見ているわけではない。彼に今は亡き人を重ねているだけだ。
 それはジグルスにもなんとなく感じられた。

「……父親の想いは引き継いでやる、だからお前も協力しろ」

 会ったこともない父親。その影に操られているようで不満だが、利用出来るものは利用するべきだ。ジグルスはそう割り切ることにした。フレイの時も結局、息子だからというのが、判断に影響したはずなのだ。

「……分かりました。私は貴方を信じます。貴方に私の夢を預けます」

 空王軍を率いていたナーナがジグルスへの臣従を誓った。彼女は有翼族の長でもあるので、一族も皆、ナーナに従いジグルスに仕えることを選んだ。そして鳥人族も、殺されたくないからという消極的な理由で従う人も中にはいるが、大半がジグルスに仕えることになる。
 ここまでくるともう魔王ヨルムンガンド側も無視出来ない勢力になる。リリエンベルク公国内の戦いはその形を複雑なものに変えることになった。