月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第80話 舞台に引き出される人々

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 リリエンベルク公国領北部にある街リム。これといった地場産業はないが、さらに北、ローゼンガルテン王国の北の国境と接しているいくつかの小国との交易窓口としての役割を持っていることから、北部では中堅くらいの規模となっている街だ。そうはいってもリリエンベルク公国よりも規模の小さい他国との交易などその規模はたかが知れている。行き交う商人の数は少なく、賑わいと言えるようなものはない。
 まして今は魔人軍に占領されている状況だ。外を出歩いている人などいない。住民たちは家の中で息を潜めて暮らしているのだ。
 占拠している魔人軍も静かなものだ。住民たちは大切な労働力となる存在。無駄に危害を加えることはない。それに、今の彼等は住民たちのことを考えている余裕などないのだ。

「……結局、どれくらいの量になった?」

 リムの街を占領している部隊の指揮官はフレイ。そのフレイは接収した領主館の部屋で部下の報告を聞いていた。

「驚くほどの量じゃない。それでも残してきた者たちが一冬を越せるくらいの量はある」

「……計算した上だと思うか?」

「可能性はある。なんといっても彼には冥夜の一族が付いている。我等一族の情報を持っていてもおかしくない」

 リムの街を占領したフレイに、ジグルスから物資が届いた。戦場に連れてこなかった一族の者たちが冬を越せるだけの食料だ。
 何故ジグルスがそんなものを送ってきたのかはすぐに分かった。別れ際にジグルスは「少しだけでも信用してもらえる努力をする」と言っていた。送られた物資はそのことだ。リリエンベルク公国を支配しなくても食料は得られるということを示したのだとフレイは考えている。

「……どう思う?」

「一時凌ぎ程度の量だ。これだけで彼の言うことを全面的に信用するわけにはいかない」

「そうだな……」

 魔人全体の食糧不足を解消するには、この何十倍、何百倍もの膨大な食料が必要になる。戦争は不要だと言い切ることは、これだけでは出来ない。

「だが……これを運んできたのは商人だ。我等が魔人だと分かっているのに、物資を置いていった」

 量だけで判断すれば不十分だが、少なくとも交易は可能。それを証明したことにはなる。

「……商人とはああいうものなのか」

「それは良い意味で言ってるのか、それとも悪い意味でか?」

 利になるのであれば誰にでも物を売る。これは悪い意味だ。一方で、魔人軍が占拠する街に物資を運んでくるなんて真似が、利だけで出来るものかとも思う。

「……良い意味でだ。あの勇気は称えられるべきだろう」

 ジグルスの要請に応える為に商人、ローラントは命懸けで物資を運んできた。注文された商品を届けるのは当たり前。この言葉はフレイには強がりには聞こえなかった。信念のようなものを感じたのだ。

「彼の頼みだからこその勇気だと思う。そのようなことを口にしていただろ?」

「そうだな……」

「とにかく可能性は示された。彼は約束を守ったのだ」

「分かっている。だが……それでもやはり躊躇ってしまう」

 ジグルスに味方する。気持ちとしてはそうしたい。だがその選択は一族の為になるかと考えると、フレイは自信を持って「そうだ」とは言えない。

「戦士である我々は死の覚悟は出来ている」

「それは俺だってそうだ。だが、一族全てを巻き込んで良いのか?」

「……それへの答えは持っていない」

 魔王ヨルムンガンドに反旗を翻せば、大森林地帯に残してきた人たちはどうなるのか。戦場に出てきた人たちは今更死を恐れることなどないが、家族に危害が加えられるとなれば、躊躇わずにはいられない。

「……そういえば他の部隊はどうだった?」

 北部に展開している魔人軍は他にもいる。元獣王軍、獣人を中心とした部隊がいくつも活動しているのだ。ジグルスはその他の部隊にも接触したのか。フレイはそれを確認させていた。

「接触はしていた」

「それで?」

「熊人=ヴエアベーアのバーは殺されたようだ」

「なんだって……?」

 部隊は、一族では数が少なくて大隊を編成出来ない場合は混成となるが、基本は単一種族で編成させる。フレイたちは狼人=ヴエアヴォルフ族。彼等とは別の大隊であるヴエアベーア族の部隊の指揮官が殺されていた。

「彼は言っていただろ? 従うか、死か。バーは死を選んだということだ」

「……大隊はどうなった?」

「殺されたのはバーだけだ。他の者たちは占拠した村にこもっている」

「村にこもって……様子見をしているということか?」

 村を占拠してどうするのか、とフレイは思ったが、ヴェアベーア族が村にこもっているのは占拠が目的ではなく、状況を見極める時間を作る為だと途中で気付いた。

「恐らくは。最初に接触したと言ったが、確認が取れたのはヴェアベーア族だけだ。他は口では否定した」

「微妙な言い方だな?」

「我々に接触があったのは相手には知られたからな。どいつもこいつも、どうするつもりなのかをしつこく聞いてきた。その態度で接触があったことは分かる」

「他も様子見。しかも口止めをされてか……分からん」

 何故、対応が異なるのか。その理由がフレイは思い付かない。

「……これはまったくの想像だが、信用度ではないかな?」

「信用度?」

「バーは、魔王様にごまをすって大将軍になったテゥールに取り入って指揮官の地位を得た。彼に従うことはまずない」

「可能性はないから問答無用で殺した。俺は?」

「一番信用されているのだろ? 今の体制では冷や飯食いのお前だ」

 フレイは魔王ヨルムンガンドから信用されていない。実力ではテゥールを超える実力を持っているのに下に置かれたのだ。

「それは喜んで良いことか?」

「さあな? だが獣王軍の中でお前が一番バルドル様に近かったのは事実だ」

 魔王ヨルムンガンドに信用されない理由がこれ。フレイはバルドルの信頼厚い将だった。それを理由に、公には別の理由になっているが、降格させられたのだ。

「……他の奴等に口止めしたのは?」

「約束を守るかを試している……思い付いたのはこれだが自信はない。ただ何らかを調べられているのは間違いないだろうな」

 どの部隊も疑心暗鬼になっている。その状況でそれぞれどういった行動に出るのか。少なくとも魔王に知らせようと行動を起こした部隊が信用されないのは間違いない。

「……おそらく試されているのは俺もだな」

「何故そう思った?」

「他がどうするかを確かめることが出来ない。その状況で決断しなければならない」

「試されているのは覚悟か……」

「バルドル様よりも明らかにヘル殿に似たな。育てたのが彼女なのだから当然そうなるか」

 バルドルの性質は陽だ。その明るさに多くの人々が惹かれた。一方でヘルは真逆の陰。バルドルという光があったからこそ、三大魔将という立場になれたのだ。

「一方で彼の為に死地に飛び込む仲間がいる。あの商人はただの取引相手ではなく仲間なのだ」

「……両方の血を引いている……当たり前か。二人の息子なのだ」

 陽と陰。ジグルスは両親からそれぞれの性質を受け継いでいる。相反する性質が同居しているのだ。フレイはそう考えた。

「時が経てば経つだけ、信用は低下する。追い詰めるつもりはないが、そういうことだと思う」

「分かっている……しかし……」

 一族の命運を託すに値するのか。たった一度話しただけの相手、まったく人物像が描けない相手に賭けて良いのか。決断は容易ではない。

「そういう場合はどうすれば良いのか尋ねてみれば良いのです」

「なっ!?」

 いきなり割り込んできた声は仲間のものではない。何者かと慌てて周囲を探ったフレイたちが見つけたのは。

「主は多忙ですので、私が代わりにご意向を伺いに参りました」

 黒装束に身を固め、顔まで完全に隠しているその姿は冥夜の一族の者だ。

「……尋ねてみろというのは?」

「言葉通りの意味です。残してきた一族の者たちが心配なので何とか出来ないかと、お願いしてみれば良いのです」

「……何とかなるのか?」

「私には答えられません。ですが、主は何としてでも出来る方法を見つけようとするでしょう。そういう御方なのです」

「それを信じろと?」

 自分に決断させる為の方便ではないか。フレイは相手の言葉をそう受け取った。

「……我等がただ血だけで当主に担いだと思われますか? 我等だって一族の命運を託せる御方かを判断するまでに、かなり悩んでおります。その結果、今なのです」

「……こういうことを聞くのはあれかと思うが、決め手は何だ?」

 冥夜の一族はきっと長くジグルスを観察し続けていた。その上で判断したのであれば、ジグルスの何を見て決めたのかは是非知りたいところだ。

「いくつかありますが、一番は憐れみの心でしょうか?」

「憐れみの心とは?」

「あの御方は弱い立場の人を放っておけないのです。お母上に自らの力を封じられていたおかげで弱者の気持ちが分かるというのもあるのかもしれませんが、それ以前に弱者を救うために強者に抗う勇気を持っております」

「弱者……我等は弱者か?」

 魔人は強い。その自分たちは弱者と言えるのかとフレイは思う。

「我々は弱者だと思っています。もし、そう認められないのであれば……残念ですがお仕えすることは諦めて下さい。おそらく主の信頼は得られません」

「弱者だからこそ信頼すると?」

「それは少し違います。自分の弱さを認めない者は、主が求める努力に耐えられません。現状に満足している者が変革者である主に仕えられるはずがないのです」

「……変革者か」

 魔人たちが求めるのは変化。この戦いはその変化を実現する為の戦いだ。だが本当にそう思っている人たちはどれほどいるのか。戦いの先に、具体的な変化した世界を見ている人は果たしているのか。
 それを示してくれたと思っていた前魔王バルドルでも具体性という点では怪しいとフレイは思い始めた。

「正直申し上げて、主がどこまで辿り着けるかは私たちにも分かりません。分かっているのは時間がないということ。主の代で多くを変えようと思えば、今すぐ初めても十分とは言えないのです」

 変えるのは魔人たちだけではない。それと敵対するローゼンガルテン王国、他の国も含めたこの世界に生きる全ての人々を変えなければならないかもしれない。一代で実現することは普通に考えれば不可能だ。

「……乗せるのが上手いな。冥夜の一族をただの間者にしておいたのは失敗だ」

「ただの間者にしておいたのが失敗なのではありません。間者としてその力を十分に発揮させてもらえなかったのです」

「我々の力も発揮させてもらえるのかな?」

「これ以上ないほどに。ただし、皆さんが主に付いて行ければという条件をつけさせて頂きます」

「……分かった。我が一族は彼に従う。彼を我等の魔王として戴こう」

「懸命なご判断です。ではすぐに主に伝えません。残っている一族の方々の件も」

 フレイは決断した。もともと気持ちはジグルスに従うことに傾いていた。ジグルスの父であるバルドルの理想に心を動かされたフレイだ。それ以上の未来を見せようとしているジグルスに心が動かないはずがない。
 さらにフレイ、ヴエアヴォルフ族の決断は他の種族にも影響を与えるのだが、それはまた別の話。
 ジグルスは派手に動いているようで、その動きは直接接触した人たち以外には見えていない。冥夜の一族がそれを可能にしていた。
 その手はあくまでも密やかに、まるで岩に水が染みこむようにじわじわと広がっていくのだ。

 

◆◆◆

 リリエンベルク公国東部の大森林地帯への入り口。ジグルスの姿はその地にあった。彼が手を伸ばしているのは魔人だけではない。大森林地帯に住まう他の種族、エルフとも接触を行おうとしているのだ。
 実際には接触は出来ている。以前からあった伝手だ。

「…………」

 ジグルスの顔を無言のまま、じっと見つめているエルフ。

「……あの、そんなに見つめられると恥ずかしいのですけど?」

「あ、ああ……あの方の息子なのだと思うと、なんとも不思議な気分で」

「あの方というのはどっちですか?」

 母親か父親か。魔人であればまず間違いなく父親のことだが、エルフ相手だと判断が難しい。

「両方だ。ご両親は太陽と月、いやこの表現は正しくないな。光と影、いやこれも合っているようで違うか」

「……水と油?」

 ただの正反対ではないようだと考えて、ジグルスはこの例えを口にした。

「それはなんだ?」

「水と油は混ざらない。混ざったように見えてもすぐに分離する」

「ああ、それだ。性格は真逆で絶対に合わないと思っていたのに」

「……それでも一緒に行動をしていたのではないですか?」

 父親の性格はジグルスには分からない。だが一緒に行動していたとなれば、エルフが言うほど強く反発していたわけではないだろうと思う。

「……それはそうか。反発しているようで惹かれ合っていたのかな? そうなると意外と一目惚れだったということに……」

「あの、両親の馴れそめを聞くのは息子としてちょっと抵抗があります」

「そうなのか?」

「なんとなく恥ずかしいので」

 実際はただ恥ずかしいのではない。ジグルスにとっての父親は、育ての親であるハワードだ。それ以外の男性、それがたとえ本当の父親であっても、と母親の恋愛話を聞かされても複雑な気持ちになってしまう。

「そういうものか……」

「そういうものです。それにそういう話をしに来たわけではありません」

「ああ、そうだな。それで用件は?」

「聞きたいことがあって来ました。エルフ族についてなのですけど、食料問題はどうしているのですか?」

 エルフ族はわずかな数しか戦争に参加していない。これは前魔王の時からだ。その理由をジグルスは聞きにきたのだ。冥夜の一族に任せることなく、自ら足を運んだのは顔見せのつもりだ。

「食料問題……ああ、魔人たちのか。それは我々には関係ない」

「どうしてですか?」

「我等には精霊の加護がある。精霊を守る為に我等は許しのない者が立ち入ることが出来ない結果を築いているのだが、その中では精霊は活発になる。それが結果として豊かな恵みを育むことになるのだ」

 エルフ族には食糧問題はない。エルフの結界内では自然を育む精霊の力が強くなり、それ以外の場所に比べて遙かに実りが豊かになるのだ。

「……困っていないのであれば、魔人に回そうとは考えないのですか?」

「食料を回す……勘違いをしているな」

「勘違いですか?」

「大森林に暮らしているからといって共存共栄を望んでいるわけではない。本当は大森林地帯全体が我々の物であるべきなのだ」

 エルフ族にとって魔人は自分たちのテリトリーを侵している存在。積極的な敵対行為を見せているわけではないが、決して味方とはいえない相手だ。

「……交易を行うという考えは?」

「どうだろう? 誰も考えたことはないのではないか? もともと我々は他種族との接触は好まない」

「でも、我々とは取引をした」

 ウィン・ラント商会はエルフと取引を行っている。ウィン・ラント商会にとってかなり有利な取引だ。

「それはあの方の頼みだからだ。それに手に入れられない物が手に入る良い取引だからな」

「魔人とはそういう取引は出来ないのですか?」

「交換する物がない」

 広大な土地ではあるが同じ大森林地帯。そこで得られる物は限られている。エルフ族にとっては取引する必要がそもそもないのだ。

「……そうか。じゃあ、結界の中に魔人を住まわすというのは?」

 結界の中では自然の恵みが豊かになる。食料問題が少しは改善するのではないかとジグルスは考えた。

「さっき言った通りだ。それは魔人が大森林地帯に住むことを許すことになる。我々には受け入れられない」

 出来れば魔人には大森林地帯から出ていって欲しい。この戦争で魔人軍が平地を占拠し、そこに移住することになればエルフ族にとってもありがたい。

「一時的に保護することも?」

「保護? 魔人を保護する必要などあるのか?」

「あるから聞いているのです。どうですか?」

 ジグルスが考えているのは自分に従うことを選んだ種族の非戦闘員を保護すること。魔王ヨルムンガンドに従っている魔人たちから隠すことだ。

「……それは私が判断出来ることではない。そうだな……可能性はある、いや、ないか」

「どちらなのですか?」

「結界は全エルフで一つではない。部族ごとに結界を張り、暮らしているのだ」

 魔人との共存どころかエルフ族もひとつに纏まっていないのだ。そういった排他的な性質が過去エルフ族を追い込んできたのだが、そうであっても直らないのだ。

「だから?」

「お母上の出身である闇のエルフ族に相談するべきだと考えた。ただ、出身であることがかえって邪魔する可能性もある」

「……母は何かやらかしたのですか?」

「部族を捨てて魔人と共に戦うことを選んだ。それを許さない者は少なくないだろう」

 排他的な性質であるからこそ同族内の繋がりは強い。実際にどうかは別にして、そうでないとならないとされている。そこから飛び出す者は裏切り者なのだ。

「……何故、母は同族を捨てて、戦うことを選んだのでしょう?」

「……食料問題がなければ、それで未来永劫安泰というものではない。今のままでは我々に未来はない。ただ多くのエルフは行動を起こせないでいる」

 もともとエルフ族も大森林地帯だけに住んでいたわけではない。人間たちに追い込まれてこの場所以外で暮らせなくなったのだ。
だが逃げ込んできた大森林地帯も安住の地とは言い切れない。それは多くのエルフが分かっている。

「どうして?」

「……リスクを恐れる長老たちがそれを許さない。事を起こせばかえってエルフの未来を閉ざすことになると言ってな」

「……問題の先送りです」

「その通り。長老たちは先送りしたいのだ。自分たちでエルフ族の運命を決めるような判断は行いたくないのだ」

 これを言う彼も現状に不満を持っていながら、行動を起こさない一人だ。

「……エルフの王ってどう呼ばれるのですか?」

「……そのような存在はいない」

 エルフに王はいない。部族が組織として最大で、それ以上のものはないのだ。

「じゃあ、自称するしかないか。あっ、部族長でも良いのか。とにかくまとまる組織があって拠点を作れればそれで良い」

「何を考えている?」

「決断がされなくて動けないのであれば、決断出来る人だけで部族を作って動けば良い」

 決断出来ない、未来の危機を分かっていながら何もしようとしない人たちに用はない。小数でも良い。やる気のある、覚悟を定めた人たちだけで事を起こそうとジグルスは考えた。
 完全な思いつきだ。だがジグルスの考えの基本はいつもこう。やる気のある人でやれば良い、だ。

「……本気か?」

「本気です。ただ方法はもっと考えないとですね。もっと情報が必要か……とりあえずコンテナを五つ追加したいのですけど?」

「はっ?」

「注文です。今日の用件はきちんと終わらせておかないと」

 ジグルスが今日ここに来たのは情報収集だけが目的ではない。商談もあった。活動を広げていく上で、ジグルス個人の活動に限った話ではなく、飛竜関連の魔道具が必要なのだ。

「……あの箱を五つか」

「あと飛竜の魔道着も。これは……箱と同じタイミングで作れるだけ」

 出来るだけ多くということだ。ウィン・ラント商会が借用している飛竜だけでなく、リリエンベルク公国が所有する全ての飛竜をジグルスは活用しようと考えている。それはエルフが作る飛竜の飛行を助ける魔道着があってこそなのだ。

「……それは良いが」

「代金はお菓子だけで良いのですか? 紙とか本とか、あとは……武具とかも必要ないですか?」

「……どうだろう? 聞いてみないと分からない」

「では聞いてください。後ほど、こちらから使者を送ります」

「あ、ああ」

「ではまた」

 いきなり話を終わらせて、この場から離れていくジグルス。いきなりの慌ただしさにエルフは呆気にとられて、止める間を得られなかった。

「……父親似なのか……いや、短気なところは母親か……どちらにも似ているということだな。そういう存在が現れたということだ」

 それが何を意味するのか。考えたところで正解など得られない。正解はそれぞれが持つものなのだ。彼には彼の答えがある。ジグルスの母親と共に行動しなかったことをずっと後悔していた彼は、次はどのような決断を下すのか。
 彼だけではない。他のエルフたちも問い掛けられることになる。