月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #78 魔王としての「初めてのおつかい」、ではない

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ブラオリーリエを攻め落とそうとした魔人軍は引いた。だからといってリリエンベルク公国での戦いが終わったわけではない。再侵攻してくることは間違いなく、他の地域でも魔人軍はいくつかの部隊に分かれて、公国領の制圧に動いている。
 その一つが獣王軍第二大隊、獣人族を中心とした部隊だ。もともとはブラオリーリエ攻略を行おうとしていた獣王軍の一部。獣王軍を率いていた大将軍であるテゥールが討たれたことで、ブラオリーリエ攻略は他軍に任されることになり、さらに将軍を失った獣王軍は分割され、リリエンベルク公国北部の小都市の攻略に回されることになったのだ。
 攻略に成功しても戦功として認められないような小規模な任務だ。今の魔人軍で重要な任務を与えられるのは軍の頂点にいる八大将軍だけ。その大将軍がいなくなった獣王軍には、魔王が新たな大将軍を指名するまで、さして重要でない任務しか回ってこない。魔王のお気に入りだけに戦功をあげさせる為だ。
 馬鹿な考えだと獣王軍第二大隊を率いるフレイは思う。守る軍もいない地方の小都市の制圧に獣王軍を回すなど無駄遣い以外の何物でもない。獣王軍の戦闘力は高い。制圧した都市の住民たちを大人しくさせるだけであれば、フレイ一人でも十分なのだ。あくまでも力づくで、それを行う場合に限っての話だが。

(……ブラオリーリエはどうなっているのかな?)

 突然現れた前魔王の忘れ形見。ヘルが生きていることは風の噂で知っていたが、息子の存在などフレイはまったく聞いていなかった。ましてその子が前魔王バルドルとの間に出来た子だなんてことは。二人がそういう関係であることさえ、気付いていなかったのだ。
 ジグルスの存在はこの先、この戦いにどう影響してくるのか。今のフレイには分からない。

(……冥夜の一族はどういう選択をしたのだ?)

 それを考える上で重要な要素は冥夜の一族がどう判断したか。彼等がジグルスに付くかどうかで事態が大きく変わる。変わらず魔王に従い続けるのであれば、ジグルスの存在は無視しても良い、とまでは言わないが、大きな影響は与えないとフレイは考える。それだけ重要な一族なのだ。

(……ただ冥夜の一族だけではな。戦争には勝てない)

 冥夜の一族の諜報能力は驚異だ。これまで魔人軍の戦略を支えていたのは冥夜の一族だと断言しても良いほど、もたらされる情報は重要だ。
 だが情報だけでは戦争には勝てない。戦争を行うには軍勢が必要なのだ。

(……従う者がどれだけ出るか……圧倒的に劣勢だからな)

 現魔王に背いてジグルスに付く種族がどれだけいるか。一気に流れるなんてことには決してならない。それだけ現魔王は強大だ。魔王に忠誠を誓う八大魔将の下にそれぞれ一軍がいて全体では、魔物も含めてだが、三十万の大軍がいるのだ。

(将軍がいなくなったのは唯一、俺たちか……いや、しかしな……)

 頭に浮かんだ思いを慌ててフレイは否定する。今の魔王、魔人軍には強い不満を持っている。だからといって安易に動くべきではない。フレイにも背負う一族があるのだ。

「長!」

「長じゃない! 指揮官と呼べ!」

 今率いている兵士たちがフレイに一族だ。

「面倒くせえな」

「なんだ、その口の効き方は?」

 フレイは一族の長であり、部隊の指揮官であるが、一緒にいる兵士の中には幼なじみも多くいる。子供の頃の口調そのままで話す兵士は少なくない。

「どこかの馬鹿大将軍みたいなこと言っていると早死にするぞ」

「うるさい。それで何だ?」

「ああ、敵……というのかな? 行く手を阻む奴がいる」

「どういう意味だ?」

 兵士の報告は内容が曖昧だ。敵が現れたにしてはのんびりしている上に、疑問形でもある。

「見れば分かる」

「……ちゃんと報告しろ」

 文句を言いながらも前に進み出ていくフレイ。兵士の言いたいことはすぐに分かった。
 行く手を阻んでいるのはたった一人。しかも見覚えのある人物だ。

「……おいおい。よりにもよってこのタイミングで俺のところに来るか?」

 現れたのはついさっきまで考えていた相手。ジグルスだった。何故、ジグルスが自分の前に現れたのか。頭に浮かんだ通りだろうとフレイは思う。
 にやけてしまいそうになるのを堪えて、フレイはさらに前に進み出る。ジグルスの顔がはっきりと見えるところまで近づいた。

「……何か用か?」

 千人の部隊を前にまったく怯む様子もなく、ふてぶてしい表情で立っているジグルス。ただの虚勢か、実際に恐れていないのか。フレイには見極めきれなかった。

「……魔王になることにした」

「……名乗るのは勝手だな」

 ジグルスの口から出てきたのは予想外の言葉。それに驚いたフレイだが、なんとか表情に出すことは堪えられた。

「従うか死ぬか。どちらかを選べ」

「……それが人にものを頼む態度か?」

 いきなり脅してきたジグルスに、フレイは不快さを感じた。こうした傲慢さは父親であるはずのバルドルより、現魔王に似たものがある。

「頼んではいない。断りたければ断れ」

「……本気で従わせようとしているのか?」

 ジグルスはわざと断らせようとしている。続く言葉でフレイはそう感じた。

「お前たちは両親のかたきだ。そんな奴等を仲間だなんて思えるか」

「……ははぁ、さてはお前、誰かに言われてここに来たな?」

 その誰かは冥夜の一族の誰かに決まっている。大魔将軍のいなくなった獣王軍の、それも自分のところを選ぶなど事情を知らないジグルスが考えつくはずがないのだ。

「仕方がない。彼等には返さなくてはならない恩がある」

「ほう」

 傲慢に思えたが、少なくとも冥夜の一族が自分に従うのを当たり前だと考えない謙虚さは持ち合わせている。フレイは少しジグルスを見直した。

「答えをもらおう」

「……俺たちを従わせて、お前は何をするつもりだ?」

「魔王を殺す」

「復讐か……」

 父親を殺された敵討ち。ジグルスの目的に驚きはない。これに関しては。

「それもある」

「……他に何がある?」

「何故、お前に説明する必要がある?」

 不機嫌そうにこれを言うジグルス。とにかく今の状況が気に入らないのだと思って、フレイは少しおかしくなってきた。

「いや、必要はあるだろ? 従えというからには、そうした場合に何をさせるつもりかをきちんと説明するべきだ」

「……それはそうだな。リリエンベルク公国の人たちを守る」

「それはつまり俺たちの戦いを邪魔するということだ。我々が何故、戦っているのかについては聞いていないのか?」

 リリエンベルク公国を守るということは魔人軍を追い払うということ。それではフレイたちの食料問題は解決しない。ジグルスに従っても何の利もない。

「それは今の戦いを言っているのか?」

「そうだ」

「自分たちが楽をする為」

「なんだと?」

 そんなつもりはフレイにはない。自分たち、子孫たちが安心して暮らせるようにする為のつもりだ。

「支配した人々を働かせて、自分たちを養わせようとしている。楽をする為じゃないか」

「……食料不足は我々にとって深刻な問題だ」

「リリエンベルク公国を支配すればそれが解決すると思っているのか? お前、馬鹿だな」

「なんだと!?」

「働かせようとしている人たちだって食料は必要だ。今すでに自分たちが食べる分を残すだけで精一杯の人たちがどうしてお前たちの分の食料まで作れる? それが出来たら皆、もっと楽に暮らしている」

 多くの民は貧しい。税金を納めたあとに残るのは家族が食べる分だけ。不作の年はそれさえ十分でなくなる。仮に魔人が支配することで税金がなくなるとしても、それ以上に食料を納めなくてならなくなるとジグルスは考えている。なんといっても魔人軍の数は、実際にどうかは知らないが、百万ということになっているのだ。

「……贅沢するつもりはない」

「それは嘘だ。人は楽を覚えればそこから抜け出せなくなる。さらに別の欲も出てくる。お前たちの為に働く人々の負担は増え、生きることも厳しくなれば数は減る。それが続けばまた食料は不足する」

「…………」

「そしてまた戦争だ。多くの犠牲者が出る。当然、お前たちの側にも」

 最終的には魔人の側により多くの犠牲が出ることになる。最後は主人公たちが、ローゼンガルテン王国が勝つのだ。ゲームシナリオでは。

「……それでも何もしないよりはましだ」

 何もしなければ食料はさらに不足するようになり、多くの人々が飢えるような時が来る。さらに進めば飢えで多くの人が死ぬことになる。動くしかないのだとフレイは考えている。

「ちょっと間違っているくらいならやり直すことも出来る。でも、お前たちが選んだ道は破滅への道だ」

「偉そうなことを言うな! ではお前には正しい道が分かるのか!? 我々を救うことが出来るのか!?」

「……今よりは少しはマシな方法はとれるかな?」

「……デタラメを言うな」

 ジグルスは自分たちを従わせる為に、騙そうとしている。フレイはこう考えた。考えたかった。

「前魔王は戦いではなく話し合いで食料を得ようとした」

「……お前の父親ではないのか?」

 前魔王という言い方にフレイは違和感を覚える。

「実感がない……とにかく、そのほうがまともな方法だ」

「だが失敗した」

「それはそうだ。信頼関係のない相手との交渉が簡単にまとまるはずがない。詳しい事情は知らないが、前魔王は急ぎすぎたのだと俺は思う」

 どれだけ辛抱強く前魔王、実の父親が交渉したのかまでジグルスは知らない。だが交渉を行うにしても話し合いの土台が整っていなければ、場も作れない。その土台を整える努力をしたのか疑問に思っている。

「……お前なら成功するのか?」

 フレイは口にしたくなかった問いを口にした。ジグルスに対する期待。安易にそれを持って、それが間違いであれば大変なことになると分かっていても聞かないではいられなかった。

「成功の約束はしない。でも俺は、リリエンベルク公国には心から信頼出来る人がいることを知っている。ローゼンガルテン王国にも同じように信頼出来る人がいる。その人たち一人一人の力は小さいかもしれない。でも同じ志を持って一つにまとまれば出来ないことはない。そう信じてやってきた」

 凡人であっても努力で足りない分を補える。それが無理でも他の人と協力することで補い合える。これがジグルスの考え方の基本だ。軍を鍛える為の思想だが、それ以外も同じだと考えている。そうであって欲しいのだ。

「……その人たちは本当に信じられるのか?」

「信じて裏切られても仕方がない。そう思える人たちだ」

「そうか……」

「お前たちは信用出来ないか。当たり前だな。その当たり前のことを前魔王は分からなかった。俺だってそういう人を得るのに何年もかかっている。その間、ほぼ毎日ずっと一緒にいて、ようやく得られた信頼出来る仲間たちだ」

「……そうだな」

 フレイも後ろに並ぶ仲間たちを信頼している。ジグルス以上に、子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた仲間なのだ。そういった関係になるには長い年月が必要なのだ。

「なんでこんな話になったんだ? まあ良い。それで結局、従うのか死を選ぶのか、どっちだ?」

「……信頼には長い年月が必要だと言っているお前が、どうしてそういう極端な選択を求める?」

 いきなり臣従か死かを選べというのは、これまでの話と矛盾する。フレイはそう思ったのが、それは間違いだ。ジグルスにはジグルスの理屈がある。

「今俺がお前に、俺を信じろといって信じるのか? 求めても無駄な答えを求めていないだけだ」

「……なるほど……仲間と相談する時間はもらえるのか?」

「……かまわない。じゃあ、その間に俺は少しだけでも信用してもらえる努力をする。ちょっと時間がかかる……やってみないと分からないな」

「……では……次はいつ?」

 ここで別れて、次にいつ会えるのか。それをフレイは疑問に思ったのだが。

「そちらの結論が出た時か、こちらの準備が出来た時。結論が拒絶ならなおさらいつなんて約束は出来ない」

「そうだった。冥夜の一族はお前に従っているのだったな」

 連絡をどうするかなんて心配する必要はない。冥夜の一族が勝手にこちらの結論を調べて、ジグルスに報告してくれる。

「ああ、何人か残していく」

「残して?」

 今も側にいる。ジグルスの言い方だとそうだ。

「どれだけの数がいるか教えるつもりはないけど、ここで奇襲をかけ、成功出来ると思えるくらいの人数は集めた」

「…………」

 従うか死ぬか。あとの死ぬは、はったりではなかった。自分の力に驕っているのでもなかった。それが出来る準備をジグルスはしていたのだ。
 ジグルスの態度も実はそれを隠すためのものではないかと、フレイは思えてきた。さらに最後にそれを伝えてきたことにも意味はあるのだろうと。父親のバルドルにはない狡猾さをジグルスは持っているのかもしれない。それはフレイにとって喜ぶべきことか、喜んで良いのか。まだ仲間と相談もしていないのだ。

 

◆◆◆

 軍の頂点に立つ八大魔将の一人が討たれた。これは魔人軍に衝撃を与えた。中には驚くことなく、そうなっても当然だと考える魔人もいる。実力が伴わない人物が上に立っている現体制に不満を持つ人たちだ。だが当然そういった声は表に出ない。公には誰もが驚きを示すことになる。
 ただその重要情報が魔王であるヨルムンガンドの耳に入るまでには日数を必要とした。臣下の責任ではない。ヨルムンガンドが所在を明らかにしないせいだ。

「……バルドルの息子かもしれない。それは事実なのですか?」

「確たる証拠はありません。しかし、黒き精霊の姿を見たという者は数え切れないほどおります」

 ヨルムンガンドに報告を行っているのは、討たれたテゥールと同じ大魔将軍の一人ヴァーリ。

「黒き精霊ですか……それが事実であればそうなのでしょう」

「……よろしいのですか?」

 ヨルムンガンドの反応はヴァーリが思っていたものではない。ここまで落ち着いていられる理由がヴァーリには分からない。

「よろしいとは何がですか?」

「バルドルの息子です。すぐに殺すべきだと思います」

「そうですね……所在は掴めているのですか?」

「……いえ」

「では見つけるのが先です。冥夜の一族は?」

「……連絡が取れません」

 諜報を一手に引き受けていた冥夜の一族が使えない。それではジグルスの所在を掴むのは簡単ではない。それどころか捜索の邪魔をしてくる可能性もあるのだ。

「冥夜の一族が抜けた穴……埋めるのは簡単ではありませんね。それについてはどう考えていますか?」

「……今はまだ良い案が出ておりません」

「至急考えて下さい。戦争全体にも影響することになります。良いですか?」

「はっ」

「バルドルの息子については目障りであれば処置を。ただ下手に刺激することはしないように。あくまでも冥夜の一族の代わりが務まる者たちが見つかるまでですが」

「承知しました」

 ヨルムンガンドは冥夜の一族を手放したくないのだ。出来れば手元に戻したいと思っている。場合によっては前魔王バルドルの息子の命を助けても。助けることと引き替えに臣従を誓わせようとしているのかもしれない。ヴァーリはそう考えた。
 間違ってはいないとヴァーリも思う。今となっては前魔王の息子というだけでジグルスに従うものなど、いても極わずかだ。そのリスクよりも冥夜の一族をとどめることのほうを優先すべき。魔王ヨルムンガンドの言う通り、冥夜の一族の諜報力を失っては、各地で行われている戦いをこれまでよりも不利な状態で行うことになってしまう。そのほうがジグルスを生かすよりも遙かにリスクなのだ。
 結果、事が動き出すまでジグルスに対する魔人軍の警戒心は薄れることになる。行動の自由を与えてしまうことになる。