月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #77 主人公の物語が狂い始める

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 リリエンベルク公国が魔人の手に落ちた。この情報を得たあともブルーメンリッター、花の騎士団はキルシュバオム公国を離れていない。これまで同様、目の前の戦いに追われていた。
 同様といっても戦況に関しては以前よりも厳しい。花の騎士団の主力の一人、ユリアーナが戦いに参加していないのが一番の原因だ。エカードたちがいてもユリアーナたった一人がいなくなっただけで戦いは不利になった。個としての実力の問題ではない。エカードたちにはユリアーナのように兵を鼓舞し、普段以上の力を出させる能力はないのだ。

「……明日には拠点は落ちるよ。城門の守りはかなり弱くなっている」

 相変わらずの拠点攻略。戦況は厳しくはあるが花の騎士団はこれまで通り、勝利を重ねている。まず間違いなくローゼンガルテン王国軍の中で、もっとも勝利を得ている部隊だ。

「ここが終わると次はどこだ?」

「今のところは西だね。攻略に手間取っているらしい」

 エカードの問いにすぐにレオポルドは次の戦場を説明した。この場所での戦いが終わってもすぐ次が待っている。エカードたちに気の休まる時間は与えられない。魔人軍との戦いだけが理由ではない。花の騎士団内部でも揉めているのだ。

「……レオポルドはどう思っている?」

「それは何についてかな? 考えなければならないことが多すぎて、どれか分からないよ」

「南部での戦いについてだ」

「……それでもまだ分からない、と惚けさせてもらっても良いかな?」

 エカードが何を聞きたいのかレオポルドには分かっている。だがレオポルドにとっては、かなり答えづらい内容なのだ。

「このメンバーであれば問題ない、はずだ」

 今この場にいるのはエカードとレオポルド、そしてマリアンネ等、キルシュバオム公爵家の従属貴族の子弟たちだ。平民出身の騎士はいない。平民出身の騎士たちがいる場では話せないということだ。

「……正直怪しいところはかなりあると思うよ。そもそも僕たちが王国騎士団に入団した時点でおかしい」

 今の戦いにキルシュバオム公爵家が深く関わっている可能性。キルシュバオム公国で戦っているのであるから関わりがあるのは当然だが、自分たちがわざわざラヴェンデル公国から転戦することになったのにもキルシュバオム公爵家の意向が働いている可能性をレオポルドは疑っている。

「公国内で戦う分には王国騎士団である必要はない。そうでないほうが良いはずだ」

「分かっているくせに。ジグルスが考えた通りだ。僕たちを英雄にしようとしている」

 レオポルドも記憶が戻っている。そうでなくてもジグルスの考えを肯定するだろうが。

「比較的楽な戦いで功をあげさせて、英雄に祭り上げる。つまりこの戦場はそういう戦場だということだ」

「さすがに戦場そのものを用意することは出来ないと思うよ? それが出来るとしたらそれは……ないよね?」

 魔人軍も協力しているということになる。さすがにそれはあり得ないとレオポルドは思う。

「魔人軍の侵攻は偶然だと?」

「エカード、大丈夫かい? 魔人軍の侵攻は意図して作られたものではないけど、予定通りのことだよ。ローゼンガルテン王国内のどこにでも魔人軍は現れる可能性はあった」

 少し考えれば、考えなくても分かることだ。さらにキルシュバオム公国の戦いで、それは確信に変わっていたはずなのだ。

「すまない。考えていないわけではないのだ」

「考えを整理する為だね。分かっているよ」

 こうして質問のやり取りで頭の中を整理していく。エカードには良くあることだ。それに付き合うことが多いレオポルドは良く知っている。ただ、質問の内容は少し意外だった。

「わざと数を多く報告したのは事実だろうな」

「……だろうね。でもそうしなければキルシュバオム公国はリリエンベルクと同じようになったかもしれない」

 正直に五万と報告していればどうなったか。リリエンベルク公国は三万という数字によって援軍を得られなかったのだ。同じように魔人軍の手に落ちた可能性をレオポルドは口にした。
 ただこれは虚偽の報告を正当化しようという意図もある。リリエンベルク公国に侵攻した魔人軍とキルシュバオム公国のそれでは質が違うのだ。

「……正直者が馬鹿を見るで良いのか?」

 エカードは実家を庇うつもりはない。実家であるからこそ厳しい目を向けようとしている。

「そうは言っていない」

 結果として自領が守られることになったとしても、虚偽の報告はキルシュバオム公爵家の狡さ。それが正義だとまではレオポルドだって思っていない。

「報告が嘘か本当かなんでどうでも良いわ。それよりもどうしてリリエンベルク公国に行けないの?」

 マリアンネが口を挟んできた。キルシュバオム公爵家が何を企んだかなどマリアンネはどうでも良い。それよりも自分たちが、リーゼロッテが戦っている、実際はまだだが、リリエンベルク公国に向かわないことが不満だった。

「……命令が出ない」

「命令なんて……」

「軍人が勝手な行動を取るわけにはいかないだろ?」

 エカードたちは王国騎士団所属だ。騎士団の上層部、もしくは王国から直接の命令がなければ動けない。勝手な行動をとれば軍規違反で罰せられることになる。

「……本当に大変な場所で戦わなくて、英雄なんて言えるの? 英雄を作るつもりであれば、もっとちゃんとしてもらいたいわ」

「マリアンネ、君までそんなことを言ってどうする?」

 レオポルドがマリアンネの発言をたしなめる。この件で今、花の騎士団は割れているのだ。

「言わないでどうするの? 下手をすれば何人かは飛び出していってしまうかもしれないわよ?」

 平民出身の騎士たちはリリエンベルク公国に向かうことを主張している。普段はもっとも大人しいウッドストックが急先鋒となっているのだ。そのウッドストックをクラーラがなんとか宥めているが、それもいずれ限界が来るとマリアンネは考えている。
 クラーラの説得は正式な命令を待とう、なのだ。クラーラ自身もリリエンベルク公国に向かうことを当然だと考えているのだ。

「深刻な状況なのは僕だって分かっているよ」

 状況は深刻だ。リリエンベルク公国に向かうことを主張する平民出身の騎士の中には、ユリアーナも含まれているのだ。今はまだユリアーナはジグルスが行方不明になったショック、と皆は考えている、で静かにしているが、いずれいつものように強く主張してくるようになる。そうなった時にどうなるのか。
 ユリアーナを説得出来れば良いがそれに失敗した場合、主張はもっと広く、兵士たちにまで波及していくかもしれないのだ。

「エカード、なんとかならないの?」

 王国騎士団と交渉出来るのは花の騎士団の総指揮官であるエカードだけ。エカードがなんとかして命令を取り付けるしかないのだ。

「交渉は続けている。だがまったく取り合ってもらえない」

「交渉を口実にしてまずは王都に戻るのは?」

「無理だ。それを行うにも許可がいる」

 勝手に戦場を離れるわけにはいかない。部隊全体ではなく、エカード一人でも。総指揮官が部隊を離れることなど出来ないのだ。

「……僕が……いや、僕の立場では無理か」

 レオポルドは大隊指揮官に過ぎない。直接交渉に向かっても、レオポルド個人の発言力はない。総指揮官であるエカードどころか、その代理という立場の使者よりも下に見られることになる。

「王女殿下は?」

 花の騎士団においてもっとも個人としての発言力を持っている人物。それはカロリーネ王女だ。その彼女を使者にすれば良いとマリアンネは考えた。

「先手を打たれた」

「先手?」

「王女殿下には、陛下から軽々しい行動は取らないようにという言葉が伝えられたらしい」

「それって……駄目じゃない」

 カロリーネ王女への伝言は、国王には花の騎士団をリリエンベルク公国に送る意思がないという証。マリアンネはそう考えた。それではいくらエカードが交渉しても無駄だ。

「王女殿下個人を心配されてのお言葉である可能性もある」

 国王ではなく父親として、娘に危険な戦場に向かって欲しくないという気持ちを伝えただけかもしれない。エカードはそれに期待しているのだ。

「……何であっても今は動けない。これは変わらないね」

 エカードたちには何も出来ない。今はただ命じられるままに、魔人軍に落とされた拠点の奪回を行うしかないのだ。それよりももっと広大な領土が魔人に奪われているというのに。

 

◆◆◆

 戦いに参加していないユリアーナ。サボっているわけではない。リリエンベルク公国に向かおうとしないことに抗議しているわけでもない。今のところは。
 ユリアーナが戦いに出ない理由は精神的なショックからの体調不良。寝込むほどではないが、戦場に出られる状態ではないのだ。
 戦場に出ない分、ユリアーナはカロリーネ王女の手伝いを行っている。そうすることで気を紛らわせているのだ。

「しかし……お主がこんなことになるとは。正直かなり驚いた」

 ジグルスが行方不明になったことが、ここまでユリアーナに衝撃を与えるとはカロリーネ王女は思っていなかった。

「……彼を好きとか、いえ、好きは好きだけど、恋愛感情ではないわ」

「友情から……妾のほうがジークとの距離は近いつもりだったのだがな」

 カロリーネ王女も話を聞いた時は、かなり動揺し、今も心を痛めている。だがユリアーナのように体調を壊すまでではない。それがカロリーネ王女には少し悔しい。

「……私なりに責任感があったから。魔人との戦いは私の活躍で勝利すると考えていたのに」

 この説明は少し誤魔化している。責任を感じているのは事実だが、それはリリエンベルク公爵家の滅亡を知りながら、何もしなかったことに対してだ。

「お主の体は一つ。出来ることには限りがある」

 ユリアーナを慰めるカロリーネ王女。好意からの行動ではあるが、こうすることで自分自身の悲しみを癒している部分もある。

「……どうしてリリエンベルク公国に向かわないのかしら?」

「……それは期待しないほうが良い」

「どうして?」

 カロリーネ王女の言葉に驚きで目を見張るユリアーナ。リリエンベルク公国は魔人の手に落ちた。そうであれば主力である自分たちを向かわせるのが当然だと考えているのだ。

「おそらく王国はしばらく様子見をするつもりだ」

「リリエンベルク公国を見捨てるというの?」

「奪回の機会をうかがう……言葉を取り繕っても意味はないな。その通りだ」

「……信じられない」

 何故、そんな決断が出来るのか。ユリアーナには理解出来ない。奪われたなら奪い返す。単純に考えているのだ。

「リリエンベルク公国奪回の為に軍をリリエンベルク公国に向ける。その結果、他の地域が手薄になり、そこを狙われるかもしれない」

「……そうかもしれないけど」

 そんなことを考えていては何も出来なくなる。ユリアーナはそう感じた。

「動かない口実だ。リリエンベルク公国を見捨てるにしても、出来るだけその決断もやむを得ないと人々に思わせなければならない。それが政治なのだ」

「……私は政治家じゃないわ」

「国を動かすのは政治だ」

「……納得出来ない」

 この件については理屈よりも感情が優先する。ユリアーナの場合は普段から感情を優先することが多いが、それとは事情が違う。

「それは妾も同じだ。父上に文句を言いたいが、これは言い訳に聞こえるかもしれんが、それをしても何もならん」

「どうして? 国王でしょ?」

「我が国の王権はそれほど強くない。公国に有無を言わさない。そんな政治が出来るのであればとっくに公国はなくなっている。公国という広大な半独立国を抱えなければならないのには理由があるのだ」

「……反対しているのは他の公国ってこと?」

「自領にも魔人軍がいるのだ。軍に去られるわけにはいかんだろ?」

「…………」

 その結果、他の公国もリリエンベルク公国のように魔人に落とされるかもしれない。それを考えると反論が思い付かない。

「……黙るな。お主に反論してもらわなければ気持ちが収まらん」

 ユリアーナの主張はカロリーネ王女も共感するもの。自分の気持ちをユリアーナに言ってもらっているようなものなのだ。そのユリアーナに黙られるとカロリーネ王女は、自分の口で文句を言いたくなってしまう。

「……彼は生きていると思う?」

 ローゼンガルテン王国の批判をしても仕方がない。これについては王女であるカロリーネのほうが苦しんでいることにユリアーナは気が付いた。

「……生きている。これは願望ではない。確信だ」

「どうして?」

「詳しい事情を少し知れた。父上にも引け目があるのだろう。個人的に軍事情報を伝えてきた」

 これはカロリーネ王女だけに伝えてきたもの。リリエンベルク公国内の情報は現在、トップシークレットとなっている。悲惨な状況が世の中に知られて、救援に向かわないことに対する批判が巻き起こっては困るのだ。それを避ける為だ。

「どんな情報?」

「ジークが一人で突入してしばらくして魔人軍は引いたそうだ。一万の魔人軍をたった一人で撤退に追い込んだのだ」

「……彼らしい、は表現としてはおかしいか」

「いやなんとなく合っている。そういう常識外れのことを平気で行う奴だからな。だからきっと生きている。これで死んでいたでは普通だからな」

 カロリーネ王女の顔に少しだけ笑みが浮かんだ。それは希望の証。ジグルスは生きていると信じている証。

「そうね。彼、普通ではないから」

 そしてユリアーナの表情にも、こちらは形ばかりの笑みが浮かぶ。確かにジグルスは普通ではない。それを誰よりもユリアーナは知っている。転生者であることを知っているのはユリアーナだけなのだ。
 だが、だからといってジグルスが生きているという確信は持てない。カロリーネ王女の話も自分を励ます為のものだと分かっているのだ。生きているのであれば何故、姿を現さないのか。これを説明出来るものはない。
 それでも諦められない。ユリアーナにはどうしても、もう一度ジグルスに会いたい理由がある。会って確かめたいことがある。その為には何でも行うつもりだ。たとえ、さらに罪を重ねることになったとしても。