謁見の間から場所を移して会議を始めることになった。参加者は謁見の場にいた全員だ。そうであれば、その場で行えば良かったのにと思ったグレンだが、その疑問はゼクソン国王の第一声で解けることになる。何故、自分が呼ばれたのかの疑問も同時に。
「ウェヌスから間者が戻った。その報告を聞くために集まってもらったのだ」
機密情報に類する内容が話し合われることになる。広い謁見の間で話すようなことではない。さらにそれがウェヌスに関することとなれば、ついこの間までウェヌスにいたグレンが呼ばれるのも当然だ。
ただ新たな疑問も湧いてくる。
その思いを隠すことなく首を傾げているグレンに、呆れた様子でゼクソン国王が声を掛けてきた。
「聞きたいことがあるなら、遠慮なく聞け」
「よろしいのですか?」
「構わん」
「では。文官の方は同席されないのですか?」
この場にいるのは、どう見ても全員が軍人だ。ウェヌス王国の情報を共有するのに文官がいないのがグレンには不思議だった。
「ああ、それか。ゼクソン王国の文官に高官と呼ばれる者はいない」
ゼクソン国王の説明はグレンには驚きだった。
「宰相も?」
「いない」
「それで国政は回るのですか?」
国政を動かすのは文官。これがグレンの認識だ。
「大国であるウェヌスと同じに考えるな。ゼクソンは国王が全ての権限を握っている。余計な権限の分散はされていないのだ」
ウェヌス王国でも本来は同じだ。だが、実際には国王が全ての政務を見ているわけではない。一部の決裁権限は宰相や、更に下の組織長に委譲されている。
「……万が一ですが、国王陛下が病に倒れるようなことがあった場合は?」
「今であればハインツが代行となる」
「将軍位が、ですか?」
「ゼクソン王国は武の国だ。武に全てを集中させている」
「……ずっとそうなのですか?」
軍部が国政まで担っているという事実に、グレンはいびつな印象を感じている。
「いや、先代の王。つまり俺の父の代からだ。望んでのことではない。いわば非常事態だな。ウェヌスが露骨に他国への野心を見せるようになった。小国である我が国がそれを防ぐには全てを武に集中しなければ、追いつけないということだ」
軍事に国政の全てを集中させる、というだけではない。ゼクソン国王は口にしなかったが文の高官を働かせることで発生する経費を節約するという理由もある。財政もその多くを軍事に回すという意味では説明されている通りではある。
「……そうですか」
こんな無理を感じる体制で国が保てるのか。さすがにこの疑問はグレンも口にしなかった。
「最初に紹介しておくか。ハインツ・シュナイダーは良いな。金獅子師団。国王直率軍の師団長であり、さきほど言った通り、文の方の高官でもある」
「大変そうですね?」
グレンが思っていた通り、シュナイダー将軍はゼクソン国王にもっとも近い立場にいた。
「どういう意味だ?」
グレンの言葉にゼクソン国王が反応を示す。
「軍務と政務の両方を見るのは大変ではないかと」
「……そういう意味か」
「陛下のお世話が大変だとは言っておりません」
「それは余計だ」
「あっ、はい」
一応はゼクソン国王にも大変にさせている自覚はあるようだ。
「左に座っているのがアルノルト・ゼークト将軍。猛虎兵団の団長であり、将軍筆頭の地位にある。軍務全般の責任者でもある」
「よろしく頼む」
灰色がかった金髪を後ろに撫で付けるように流した壮年の男がグレンに向って、声を掛けてきた。
「こちらこそ、よろしく御願いします」
「その隣がグスタフ・ゲイラー将軍。猛牛兵団の団長だ。先ほど紹介したな」
「……よろしく」
不満そうな顔でゲイラー将軍は、簡素な挨拶を口にした。謁見の間での不機嫌さをそのまま引き摺っている様子だ。
「出来れば」
「どういう意味だ!?」
たった一言で、グレンはゲイラー将軍に点火してみせた。これはこれで、相性が良いのかもしれない。
「……よろしく御願いします」
「全く。その隣はアルフォンス・ギンガー将軍。猛熊兵団だ」
「ギンガーだ。よろしく頼む」
そして、次々とゼクソン国王は将軍たちを紹介していく。
ゼクソン軍には全部で十の軍団がある。金獅子、猛虎、猛牛、猛熊、飛燕、飛隼、荒鷹、狼牙、鹿角、そして荒鷲だ。
飛燕兵団の団長はオットー・ジルベール、飛隼兵団がカール・イェーガー、荒鷹がリュック・ハンマー、狼牙がニコラス・ランガー、鹿角がホルスト・ハスラー。荒鷲兵団の団長は空席となっている。
その一人一人の顔と名前を懸命にグレンは頭に刻みつけた。
グレンが苦手な部類だ。記憶力が悪いわけではない。必要性を感じないと頭が回らないのだ。将軍の名を覚えることは礼儀として行っていること。それに苦労するということはグレンが礼儀に必要性を感じていない証拠だ。
「紹介は以上だ。いずれ、ここに荒鷲兵団の団長が加わることになる。だが、それはまだ決まっていない」
「はい。なんとか覚えました」
「……どうしてお前は一言余計なのだ?」
「そうでしたか? でも、たまに言われます」
「気を付けろ。さて、本題に入ろう。報告を始めろ」
ゼクソン国王の命で、ずっと立ったまま待っていた男が口を開いた。
「では報告を始めます。敗戦後のウェヌス軍の状況です。トルーマン元帥は敗戦の責任を取って退役。またゴードン大将軍も同じく退役になりました。トルーマン元帥の後任にはスタンレー大将軍。そして大将軍には勇者が就いております」
「抜擢にも程があるのではないか。何故、そのような人事になった?」
質問をしてきたのはゼークト将軍だ。
「王太子の推挙のようです」
「王太子が? 王太子はそれ程、軍に影響力があるのか?」
「それは分かりません。ですが、ゴードン大将軍への引退勧告も王太子が行ったようです」
「スタンレー大将軍が王太子の信頼が厚いということだな」
「恐らくは」
「少し意外だな。ここで王太子が出てくるとはな」
ジョシュア王太子に関する情報は、これまでゼクソン王国にはほとんど伝わっていなかった。あえて挙げれば愚者という評判くらいだ。
「はい。王太子はこれまで表に出ることはあまりなかったと聞いております。ここで出てきたのは意外でした」
「……知っていることがあるなら、口に出せ」
またゼクソン国王がグレンに向って話し掛けてきた。
「何故、言いたいことがあると?」
「さっきから体をふらふらと揺すっているではないか?」
「よく見てましたね。それにそれでよく……まあ正解です。割り込んでもよろしいですか?」
グレンが問いを投げたのは報告していた男に対してだ。グレンなりに気を使ったのだ。
「どうぞ。間違いがあれば遠慮なく」
「では。まず敗戦前の状況から話します。ウェヌス軍にはゴードン大将軍派とトルーマン元帥派があった、ということになっておりますが、実際には派閥と言えるのはゴードン大将軍派だけで、トルーマン元帥は派閥など持っておりませんでした。派閥のように見えたのは、あくまでも閣下の人柄を慕い、やろうとしていることに賛同した者たちが、勝手に同調していたに過ぎません。ここまではご存知でしたか?」
「いえ……二つの派閥があるものと思っておりました」
ウェヌス王国内でもトルーマン元帥の派閥はあるものと思われていたのだ。ゼクソン王国がこう思っていても仕方がない。
「それは別に問題ではありません。問題は二人のまとめ役が同時に追い払われたということです。もっと言えば、ゴードン派であったハドスン将軍も地方軍に追いやられました。またアシュラム侵攻軍の一軍の将であったハーリー千人将もまたゴードン派です。ハーリー千人将は戦死、したのですよね?」
「先軍の将だな。アシュラムに討ち取られたと報告を受けている」
「そうですか……そうであれば、ゴードン派の有力者は全ていなくなったことになります。そしてトルーマン元帥という求心力を失った閣下に同調していた将たちも、向かう方向を見失っていると考えられます」
「大混乱ではないか?」
「その通りです。まだ続けても?」
「話すことがあるなら全て話せ」
「はい。元帥になったスタンレー大将軍ですが、これはもう飾り物です。実権はありません。元々、それ程求心力のある大将軍ではなかった上に、恐らくゴードン大将軍、もしかしたら元帥閣下も裏切ったかもしれません。それでは他の将に完全にそっぽを向かれているでしょう」
「つまり軍の実権を握ったのは勇者か?」
元帥が飾り物となれば、次席の大将軍が権力を握ったということになる。こう考えるのが普通だ。だが、健太郎を知っているグレンはこうは考えない。
「地位の上では大将軍となった勇者ですが、勇者にそんな力はありません。恐らくは誰かに祭り上げられたのだと思います」
「それが王太子なのか?」
「それも考えづらいです。勇者と王太子の接点はそれほどなかったはずです。勇者の相手をしていたのはもっぱらメアリー王女殿下でしたから」
「では誰だ?」
「それが分かりません。ですので、ここでお返しします。何かあれば、また話をさせて頂きます」
可能性が高いのは勇者親衛隊の騎士たちだとグレンは考えているが、これは話さなかった。彼らに軍部を牛耳るような力があるとは思えないからだ。
「……では、報告を続けろ」
「はい。では……そうですね。勇者の動向をご報告致します。これはウェヌス軍全体に関わることでもあります。勇者の指示の下、国軍の再編成が行われました。まず第一軍に変更はありません。無傷でありましたので再編をするまでもないという判断でしょう。その上で、第三軍は解体され、新たに勇者直轄軍となりました。第三軍の残存五大隊がそのまま勇者直属軍となり、更に五大隊を補充。これは地方軍から引き抜かれるようです」
「第三軍か……」
男の報告を聞いて、グレンが思わず呟いた。
「何かありますか?」
「いえ、たいしたことではありません。元々、自分は第三軍にいたので顔見知りが多いというだけです」
口ではこう言ったが、第三軍の兵士と戦うのはあまり気分の良いものではない。勇者に率いられるということであれば尚更だ。勇者との戦いではグレンは手段を選ばないつもりなのだ。
「そうですか。続けます。第二軍も同様に地方軍からの補充を受けて、それで国軍が二軍、そして勇者直轄軍の各一万、数としては元に戻ります」
「それを鍛え直すのに、どれほどかかるのだ?」
ゼークト将軍が男に尋ねた。
「それについて今は分かりません。グレン殿?」
「申し訳ありません。地方軍の練度については自分も知りません。これが辺境軍となれば、鍛え直す必要もないとお答えします」
「そうですか。では不明ということになります。ただ勇者軍については一つおかしな情報があります」
男はゼークト将軍に追加情報の存在を話した。
「何だ?」
「勇者直轄軍がウェヌス王都ではなく、別の場所に駐屯地を持つという情報です。場所も間違いない情報として分かっております。センテスト、ウェヌス王都に、ほど近い場所にある都市です」
「我らの真似のようではないか。そこで徹底的に軍を鍛えあげるということか。それは油断ならないな」
ゼクソン王国の軍は兵団毎に駐屯地を持っている。確かに同じ形だ。
「はい。軍について今分かっている情報はこれくらいです。何か補足はありますか?」
男はまたグレンに問いを向けた。
「補足というよりも聞きたいことが」
「何でしょうか?」
「センテストは自分の記憶では貴族領であったはずです。それを駐屯地にですか?」
「そういう情報を得ております」
「……そこに住む人達は?」
一万の軍勢を駐屯させようというくらいだ。センテストはそれなりに大きな街で、住民も多くいる。
「移住させるようです。実際にそれは進められております。街自体も駐屯地に造り替えているようで、工事が行われているのを確認出来ております」
「それはかなりの期間が掛かるものですよね?」
なぜ軍の再編を急がなければならない時に、そんな大工事をしようとするのかグレンには理解出来ない。
「それが、とてつもない早さで工事が進んでいるようです」
「何故?」
「これは勇者の指示らしいのですが、工事を行う者たちに手当を払っているようです。その手当目当てに多くの者が集まり、それで工事の進捗が常識では考えられないような早さになっている理由かと」
「……異世界の知識か。なるほどね」
健太郎絡みで常識とは違う方法を採っているとなれば、異世界の知識を活用しているに決まっている。ただ、その健太郎の知識が採用されたことにはグレンは少し驚いている。
「勇者が大将軍になってウェヌス国軍は大きく変わろうとしているようです。その詳細は掴めておりませんが、異世界の知識を使って、様々な試みを行うとしているようです」
「異世界の知識か……これは不味いかもしれんな」
ゼークト将軍は異世界の知識にかなり脅威を感じている様子だ。
「はい。我らの知らない優れた知識ですので、どのような軍が出来上がることか」
「しかし、ウェヌス内のことであれば手の打ちようがない。ただ黙ってウェヌスが強くなるのを見ているだけとは」
「……そうでもないかも?」
グレンはゼークト将軍や他の者たちとは違う。健太郎を知っているのだ。
「何だと?」
「異世界の知識について、あまり過大評価をする必要はありません。自分が知っている限りは勇者が持つ知識など、たかが知れています」
「何故、そう言えるのだ?」
「自分は勇者の騎士であったことがあります。その時に色々と話を聞きました」
「勇者の騎士?」
「奴隷みたいな騎士です。詳細は言いたくありません。今、思い出しても気分が悪くなります」
実態はそうでもなかったのだが、グレンは個人付きの騎士について説明するのが嫌なのだ。変に伝わって誤解されては困る。
「……では異世界の知識がたいしたことないとは?」
「聞く話の全てがとてつもなく金の掛かる内容なのです。例えば、先ほどの工事作業に手当を払うというもの。それだって相当の出費をしているはずです」
「しかし、工事が速やかに進むのであれば、それで良いのではないか?」
「そうでしょうか? 自分は害の方が多いと思います」
「何故だ?」
「一度、手当を貰うことを覚えた人々が、次も、税の代わりとはいえ、無償で働くでしょうか?」
国の命令であれば働かざるを得ない。だが、その労働意欲は手当を貰うことを知る前よりは、著しく落ちるはずだ。
「……そうなるか」
「この話をウェヌス国中に広めてやれば良いのです。駐屯地の工事は良いかもしれないですが、国で行われる強制労働はそれだけではありません。それに民が応じなくなれば、ウェヌス全体としては、かなりの不利益となるはずです」
「……確かに」
「そういった仕事は?」
グレンの仕事は報告をしていた男に向いた。男の仕事が諜報関係であることは何となく分かっている。
「出来ます。すぐに手配を」
「あっ、それは自分の権限で指示することではありません。国王陛下のご裁可が必要ではないですか?」
「……申し訳ございません!」
グレンの指摘に男は、動揺した様子でゼクソン国王に向かって謝罪を口にした。グレンの言う通り、諜報部門への命令権は国王だけが持っている。他の者の命令通りに動いてはならないのだ。
「構わん。それとグレンの言ったことの実行を許可する。それでわずかでもウェヌス王国に不利益を被らせることが出来れるのであれば、行うべきだ」
「承知いたしました。すぐに手の者に伝えます」
「もう一つお願いが。これも国王陛下にお聞きしてからですね」
諜報部門を動かすのであれば、グレンにはもう一つやってもらいたいことがある。
「……言ってみろ」
「センテスト。この街を所有していた貴族を調べて下さい。そして、どうゆう経緯で駐屯地として譲ることになったのかの情報もです」
「……その情報が何の役に立つ?」
王都の近くの軍駐屯地の情報が、来るべきウェヌス王国との戦いに役に立つとは思えない。これはゼクソン国王だけでなく、会議に参加している全員の思いだ。誰もが怪訝な顔をしている。
「勇者を祭り上げた者が分かるかもしれません。ウェヌス王都に近い街です。しかも一万の軍を駐屯させられる街。それなりの大きな街で、そこから上がる税は馬鹿にならないはずです。それを貴族が勇者の依頼で手放す? そんなことは自分には信じられません」
それなりの大きさの街を手放したのだ。その見返りは大きいはず。その見返りが何なのかが公になっていて。納得出来るものであればまだ分かる。だが、そうでなければ。何か裏があると考えるべきだ。
「なるほど。しかし、それを知ったからと言って、戦争の役に立つのか?」
「さらに言えば、駐屯地に勇者直轄軍を? 王都から離れた勇者だけの軍。それはどんな軍になるのですか?」
「……どういう意味だ?」
「これは……いえ、止めておきます。無用な憶測で話をしては皆さんを混乱させるだけです」
グレンは説明を途中で止めた。話すべきでないと気付いたからだ。
「俺が聞いているのだ。問題はない」
だが、それでゼクソン国王が納得するはずがない。
「そうですか……では陛下だけにお話し致します」
「……何故だ?」
「根拠もない推測を披露して笑われては困ります。自分はまだ新参ですので」
グレンが口に出した理由は本当の理由ではない。これくらいはゼクソン国王にも察することは出来る。
「……良いだろう。ハインツを残して全員席を外してくれ」
「ん?」
会議はまだ始まったばかり。それを打ち切ろうというゼクソン国王に少し驚いたグレンだったが。
「ハインツは俺の側近だ。俺の知っていることは知っていなければならない」
ゼクソン国王はグレンの驚きを誤解した。会議を打ち切ることに関しては、全く気にしていないのだ。
「……では、恐らく諜報部門の人と思われるその方も」
グレンは会議の打ち切りについて指摘するのは止めておいた。
「何故だ?」
「情報を集める方なのですから、何でも知っておくべきでしょう。たまたま手に入れた情報が関連しているかもしれません」
手に入れた情報の価値を見誤る可能性をグレンは恐れている。
「良いだろう。では残れ」
「はい」
結局、会議室に残ったのは四人になった。他の将軍たちは特に文句も言わずに会議室を出て行く。それを見届けるとすぐにゼクソン国王はグレンに聞いてきた。
「それで?」
「駐屯地に置く意味ですね。かなり悪意にとらえての話ですが、ただ鍛える為ではなく、勇者の言うことだけを聞く軍にしようとしているとしたら?」
「まさか反乱?」
「考え過ぎかもしれません。ですが王都には十分に鍛錬出来る場所があります。そこを離れる理由が分かりません。勇者の我儘にしても規模が大きすぎて、常識的には、受け入れられると思えません」
「すぐに調べます!」
グレンの説明にすかさず諜報部門の男が反応した。それにわずかに苦笑いを浮かべながら、グレンはまた口を開いた。
「それと元帥閣下とゴードン元大将軍の動向も。この状況を放置しておくとは思えません。退役した今は大きな動きは出来ないでしょう。それでも軍に残っている将を使って何かをしようとするはずです」
「それを知ることで何が分かるのですか?」
「国軍と勇者直轄軍の軋轢がどの程度か知ることが出来ます。侵攻軍の内部がバラバラであれば、こちらにとって有利です。そうでなくても、閣下とゴードン大将軍は退役した身。情報を仕入れるには隙が多いのではないですか?」
「確かに。分かりました。それも調べます」
また男はゼクソン国王への了解を得ることを忘れてしまっている。
「宜しいのですか?」
さすがに今回は、グレンの方からゼクソン国王に承諾を求めた。
「……構わん。いちいち指示をするのも面倒だ」
「では遠慮なく」
「まだあるのか?」
「その軋轢を助長させることも考えるべきかと」
「……その方法は?」
「それほど難しくはありません。それぞれに適当なことを吹き込めば良い。これについては駐屯地が分かれることは好都合です。お互いに真意を確かめることは難しくなる。まして勇者の側近は、勇者親衛隊の騎士たちでしょう。はなから騎士団の嫌われ者です」
グレンの言う通り、これは恐らくは簡単だ。既に上層部は反目しあっている。それをもう少し助長するだけで亀裂は決定的なものになる。
「えげつない真似を」
「相手を少しでも弱める為です。やれる手は全て打つべきです。風説の要点は、そうですね……勇者側は思い上がり、騎士団側は出来損ないの騎士たちへの蔑視というところでしょう。お互いにすでに気にしていることです。人手は足りますか?」
グレンは諜報部門の男に尋ねる。ゼクソン王国の諜報部門がどれだけの規模かグレンは知らない。ウェヌス王国のそれであっても分からないが。
「問題ありません。其の程度であればさして労力を必要とする工作ではありませんので」
「では御願いします。後は出来ればですが、勇者軍の編成を調べて下さい。それと調練の様子も」
「それの意味は?」
「自慢のようであれですが、第三軍の第十中隊はそれなりに鍛え上げたつもりです。そして、第三軍の第十大隊長であるバレル千人将の理解もあって、それは第十大隊全体に広がっている可能性があります」
「……ウェヌス国軍は番号の若い方が精鋭なのでは?」
この程度の情報は当たり前だが、ゼクソン王国は持っている。だが、情報としては少し古い。
「比較したわけではありませんが、末尾大隊と馬鹿にされるような大隊ではない。そう思っております。もし、今も厳しい鍛錬を続けていれば、第一軍にも引けをとらない部隊になっている可能性があるとも」
実はグレンのこの情報も古い。第三軍の第十大隊はすでにグレンの知る三一○大隊ではない。
「余計な真似をしてくれたな」
ゼクソン国王が横から文句を言って来た。
「当時の自分はウェヌス国軍兵士ですので」
「それもそうか」
「今はこれくらいですね」
「……充分だ。よくもまあ、着いて直ぐにそこまでのことを考えられるな」
「着いてすぐ考えたのではなく、ずっと考えていたのです。ウェヌスに勝つ方法を」
ゼクソン王国にたどり着くまでの時間を無駄にするグレンではない。それどころか勇者を殺す、ウェヌス王国を滅ぼすと決めた時からずっと、その方法を考え続けていた。
「そうか……」
「陛下の方から何もなければ。ああ、後一つだけ」
「何だ?」
「アシュラムは信用出来ますか?」
「それは……荒鷲のことを疑っているのか?」
謁見の間でのグレンの話を聞いて、ゼクソン国王の気持ちの中にもアシュラムへの疑いが芽生えていた。
「はい。ウェヌス軍がやったのでなければ、他に出来る軍はアシュラムしかいません」
「……他国だ。完全に信用出来るかと言えば、答えは否だ」
「完全に疑うことも出来ないわけですか?」
「長く協力を約束してきた。お互いの軍の兵種を調整してまでな」
「そうですか……それでも完全に信用出来ないのであれば、ウェヌスとの戦いに積極的な協力を求めることは危険ではありませんか?」
これを告げるグレンは完全にアシュラムを疑っている。グレンにはウェヌスは荒鷲兵団を殲滅していないという確信がある。その場にいたのだから当然だ。
「単独で戦えと?」
「牽制くらいはしてもらいましょう。アシュラムがウェヌスの国境をうかがえば、兵力を分散してくれるかもしれません」
「……即答は出来ない」
「それを求めてはいません。自分はアシュラムについては何も知りませんから」
「預からせてもらおう。色々と検討した上で結論を出す」
「お任せ致します。ではこれで本当に何もありません」
「……俺から一つだけ」
少し考えてゼクソン国王はこれを告げてきた。
「何ですか?」
「お前の兵装は返す。剣もな」
「あっ、残っていたのですか?」
グレンが身に着けていた鎧や剣は、捕らえられてすぐに没収された。それがゼクソン国王の手元にあると知って、グレンは驚いている。
「どういう意味だ?」
「いや、かなり高価な物だと聞いたので、売られたかなと」
「お前は我が国を何だと思っている? そこまで金には困っていない。まあ、誰かに譲ろうとしたのはあるがな」
「……それ売るのと同じことですね。それをしなかったのは?」
「お前が言う通り、高価だからだ。金額だけのことではなく、かなり見事な出来栄えのようだな。軽々しく与えて良いものではないと言われた」
「ウェヌス王国一と言われる職人の方が作ってくれましたから」
「……客将とはそれほど待遇が良いものなのか?」
グレンの武具はゼクソン国王のそれにも優るほどのもの。それだけの武具を持てる待遇をゼクソン国王はグレンに与えられない。
「個人的な贈り物です」
「個人的? それは誰からだ?」
「それ必要ですか?」
「聞くのは自由であろう?」
「……メアリー王女殿下です」
無理に隠すのも変なので、グレンは少し躊躇いながらも事実を話した。
「王族から個人的に?」
「王族には王族の悩みがあるようで。ああ、思い出しました。婚約なしですね? 勿体無い」
「……こちらにはこちらの都合がある」
メアリー王女との婚約の話になって、途端にゼクソン国王の顔が不機嫌になる。
「別に構いません。この国でメアリー王女殿下にお会いしたら、困りますから」
「何故だ?」
「メアリー王女とは何度もお話をする機会があって、それなりに親しくして頂きました。そのメアリー王女にウェヌス王国と戦おうとしていると知れたら気まずいですよね? そういうことです。以上、終わり。会議は閉会」
「それを宣言するのは俺だ」
「では宣言して下さい」
「……終わりだ」
最後はなんだかグダグダになって終わったが、この会議でグレンはその能力の一端を、ゼクソン国王に示すことになった。
勇者との、ウェヌス王国との戦いを思うように進めるには、ゼクソン国王の信頼は得ておく必要がある。こう考えているグレンに、ウェヌス王国にいた頃のような遠慮はない。
出来ることは全てやり尽くすつもりだった。