月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #63 主人公しか知らない物語

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 戦いの頻度が少なくなっている。魔人軍からの攻撃が減っているのだ。いよいよ撤退したのか、と喜んだローゼンガルテン王国軍であったが、さすがにそれは甘い考えだった。偵察で飛ばした飛竜は魔人軍の存在を、それも依然として大軍であることを確認して帰ってきた。
 落胆するローゼンガルテン王国軍、といってもジグルスたちはそれを当然だと思っている。森にこもっている魔人軍の目的はローゼンガルテン王国軍を引き止めることであるはずなのだ。ここで撤退してはこれまでの戦いの意味がなくなってしまう
 ラヴェンデル公国軍はこの機会に軍を後方に下げようと総指揮官であるラードルフに訴えているが、なかなかそれは受け入れられない。ラヴェンデル公国軍六千までであればまだ受け入れる可能性はあるが、リリエンベルク公国軍にまでこの戦場を去られるわけにはいかないのだ。
 なんといってもローゼンガルテン王国軍はまだ、何故リリエンベルク公国軍が魔人軍と互角、は勘違いだが、に戦えるか分かっていない。ただ鍛えられているというだけでは森に潜む魔人軍を奇襲出来る理由にはならないのだ。
 もっともそれが分かったからといってローゼンガルテン王国軍にはどうにも出来ない。リリエンベルク公国軍には魔人軍と同じくらい、相手によってはそれ以上に森をホームとする存在がいる。その存在、エルフの血を引くジグルスの真似など出来るはずがないのだから。
 そんなことで戦況は、ローゼンガルテン王国軍が決断しないだけだが、膠着状態に陥っている。だからといって暇を持て余すジグルスたちではないが。

「……化け物だな」

「女性に対して化け物呼ばわりはひどくない?」

「いや、自覚したほうが良いと思う」

「ひど~い」

 なんて甘い声をユリアーナは出しているが、状況は甘いものではない。かなり本気で剣を振るっているユリアーナ。それをなんとかジグルスは躱し続けているのだ。

「……前よりも強くなっている」

「逃げるのが上手くなっただけだ」

「そうだとしても!」

 話をしながらもユリアーナは容赦のない剣を振る。だがそれもまたジグルスに躱された。
 本気で振るう剣がここまで避けられた覚えがユリアーナにはない。たしかにジグルスは剣を避けているだけだが、守りという点ではこれまで立ち合った誰よりも上だということだ。

「……まったく、どうすればこんな剣が使える?」

「私はどうすればここまで避けられるのか教えて欲しいわ!」

 ユリアーナは特別な努力などしてきていない。とはいえ学院での仲間たちとの鍛錬、王国騎士団での鍛錬は決して楽なものではなかった。一流の人たちが行っている鍛錬なのだ。
 だがその鍛錬を経てきた自分よりも、ジグルスは成長している。それがユリアーナには驚きだった。

「さあ? 伸びしろの問題じゃないか?」

「そういう問題じゃないから!」

 ユリアーナの言う通り、そういう問題ではない。確かに伸びしろの差はあるかもしれない。だが多くはジグルスが行ってきた鍛錬がユリアーナのそれを超えているという事実だ。

「それまで!」

「ええっ!?」

 立ち合いを制止する声はリーゼロッテのもの。それに不満そうな声をあげるユリアーナ。

「……別にあれじゃないから」

「……あれって何?」

「…………」

 頬を赤くして黙ってしまうリーゼロッテ。ヤキモチという言葉を発せられなくて黙ってしまったのだ。

「冗談……確かにこのままでは決着つかないわね」

 ジグルスに付け入る隙はない。付け入られる隙も与えていない。このまま続けても、ただ体力が尽きるのを待つだけだ。

「これは難題だな……三人がかりでも隙を突くのは難しいか……」

 ジグルスがユリアーナと立ち合ったのは兵士たちの訓練の為。ユリアーナに兵士たちの相手をしてもらっているが、まったく刃が立たない。そこでジグルスが戦術を考えることになったのだ。

「悪いけど彼等相手なら十人、二十人だって勝つわよ」

「それは言い過ぎですね。戦い方次第ではそんな数がいなくても勝てます」

「……本気で言っているの?」

 リリエンベルク公国軍は強い。だがそれは集団の力。部隊としての力だ。個人の能力では到底自分には敵わないとユリアーナは思っている。間違ってはいない。ただジグルスの考えを理解していないだけだ。

「本気です。幸いにも貴方の目は二つで正面にしか付いていない。死角があれば、工夫次第でそこは突けます。もしかして背中にも目が?」

「あるわけないでしょ!?」

「ですよね」

「背中に目がなくても、それを許さない力があるつもりだけど?」

 二つの目だけで充分に兵士たちに対応出来る。それだけの力が自分にはあるとユリアーナは自負しているのだ。

「簡単ではないのは分かっています。でも、まあ、あれなので」

「あれって何よ?」

「……父親にはなんとか勝てたので」

 兵士たちはジグルスの父親、クロニクス男爵相手には何本かに一本は取れるようになっていた。初めは今と同じ。まったく刃が立たなかったというのに。それがジグルスの自信になっているのだ。

「父親って……強いの?」

「まあ……でもどうでしょう? きっと今の貴女なら上でしょうね」

 ユリアーナも成長している。王国騎士団での訓練は、さぼっていた部分はあっても無駄にはなっていない。実戦経験を得たのも大きい。

「前の私では下みたいな言い方ね」

「…………」

「……下だったの?」

 ジグルスはこういうことでは人を騙そうとしない。というだけでなくジグルスの言うことを信じられるようにユリアーナはなっている。

「……学院で立ち合った時は、そう思いました」

「貴方の父親って……あっ。思い出した!」

「えっ?」

 まさか自分の記憶を思い出したのかと、ジグルスは驚いたのだが、これは勘違いだ。

「騎士団で噂に聞いたわ。前回の魔人との戦いで活躍した人がいて、その人がリリエンベルク公爵家にいるって。さてはその人ね?」

 王国騎士団でずっと訓練を行っていれば、自然と耳に入る。これから魔人との戦いが始まるという時であれば、前回の戦いについての話が出ないはずがない。

「……はい、そうですとは言えない質問です」

「……ああ、そうだった。王様の呼び出しまでガン無視だものね?」

「ですからノーコメントで」

「ふうん。でも、まあ、その人は超えられたわけね。一応、喜んでおくわ」

 ジグルスの父親の噂はユリアーナにとって気分の良いものではなかった。自分と比較しているのが見え見えなのだ。しかもユリアーナを下に見ている騎士も少なくなかった。

「そこで満足されても困りますけど」

「魔人はもっと強いってこと?」

「では一対一で確実に勝てると言い切れますか?」

「それは……」

 言い切れない。魔人は仲間たちと共に戦い、倒すもの。ゲームではそうなのだ。ジグルスもそれが分かっていて聞いている。魔人との戦いに勝つにはユリアーナに思い上がられては困るのだ。

「……剣を持っていない側の守りをもっと訓練したほうが良いですね」

「えっ?」

「盾、は今から使いこなすのは大変ですか……とにかく何らかの方法で直した方が良いと思います」

「……どうして?」

 ジグルスが伝えてきたのは自分の弱点。何故、そんな助言をしてくるのかユリアーナには分からない。

「個人の弱点を利用して勝てる戦術を考えても意味ありませんから。誰にでも通用する戦法でないと」

「そうじゃなくて、どうして教えてくれるの?」

「今、説明しましたけど……ああ、分かった。何故、貴女を助けるような真似をするのかって意味ですね?」

「そうよ」

 ジグルスに嫌われている自覚がユリアーナにはある。嫌われて当然な行いをしているのだ。

「貴女への善意ではありません。貴女が強くなれば結果として俺が助かる。自分の為です」

「…………」

「……なんですか?」

 このところユリアーナと話す機会が増えているが、たまにおかしな反応を見せられる。それがジグルスには不思議だった。

「……勘違いしないで。好きになったわけじゃないから」

「大丈夫です。まったく勘違いしていません」

「……少しはしなさいよ」

「するはずがないでしょ?」

 勘違いなどするはずがない。ジグルスはユリアーナの男を狂わす危険な能力を知っている。普通に話をしていても、そういう面で気を緩めることは絶対にない。

「……忠告はありがたく受け取っておくわ」

 ジグルスに一線引かれている。今に始まったことではない。ずっと前からだ。平民の自分に対する敬語は、リーゼロッテに対するそれとは違う。敬意ではなく距離を示すものなのだとユリアーナには分かる。

「受け取るだけでなく直して下さい」

「分かっているわよ。今日はもう帰るわ」

「今日は?」

「うるさい!」

 不機嫌になったので帰ろうとしたはずが、無意識に「今日は」なんて言葉を使っていた。戦いがなければまた来る気なのだ。それをジグルスに指摘されて、ユリアーナの心は苛立ってしまう。
 ジグルスは最後に、立ち合いの相手をしたことへの御礼を告げ、ユリアーナの目の前から離れていった。彼が歩く先には、少しふくれ面のリーゼロッテ。そのリーゼロッテに向けられた笑顔は、決してユリアーナには見せないものだ。
 ゲームには描かれていなかった二人の関係。普通、というには二人の間には色々と問題があるが、だからこそ想いは純粋だとユリアーナは思う。それは彼女が得られないもの。

 

◆◆◆

 陣営の周囲には、魔人軍の奇襲を警戒して、一晩中、赤々と篝火が焚かれている。監視も二十四時間体制だ。一晩中、交替で怪しいものが接近していないか周囲に目を光らせている。実際には接近を許していたりしているのだが、それはローゼンガルテン王国軍には分からない。攻撃を受けるわけではないので、大きな問題にもならない。
 夜も更け、見張り役以外の騎士や兵士は天幕の中で睡眠中。中には眠りを妨げられないように、天幕の周りにさらに布を張るなどして篝火の明かりを遮るようにしている人もいる。
 ユリアーナもその一人だ。ただユリアーナの場合は明かりを感じると眠れない、なんて繊細さが理由ではない。中の音が少しでも外に漏れないようにと考えてのことだ。
 暗闇の中、ユリアーナのすらりと伸びた足が宙に浮かんでいる。口から漏れるあえぎ声。外に漏れるほどの声ではない。それよりも激しく腰を動かしているレオポルドの荒い息のほうが大きい。最後の時は近いのだ。
 突然、動きを止めるレオポルド。そのままユリアーナの上に、重さを感じさせないように気を使いながら、倒れていく。

「……とても良かったよ」

「私もよ」

「でも……ちょっと背徳感を感じるね」

 ユリアーナとの行為は毎晩のことではない。戦場であるということで、レオポルドはずっと慎んでいたのだ。

「ごめんなさい。今日はなんだか寂しくて。貴方の温もりを感じたかったの」

 レオポルドを誘ったのはユリアーナ。今夜はレオポルドでなければならなかったのだ。

「……ずっとこうしていたいけど」

「そうね。朝まで一緒というわけにはいかないわ」

 天幕は全員が一人一つではない。レオポルドは他の騎士と一つの天幕で寝ているのだ。朝帰りなんてことを行えば、すぐにバレる。

「……じゃあ、また明日」

「ええ。また、明日」

 また明日の夜、という意味ではない。普通の挨拶だ。ゆっくりと、一度外の様子を確かめてから、外に出て行くレオポルド。

(……やっぱり、レオポルドはおかしくならないわね)

 相手によっては正気を失ったような状態になることがある。そんな相手に抱かれても気持ち悪いだけ。だからユリアーナは今夜の相手にレオポルドを選んだのだ。

(……きっと何かの強さが影響しているのよね)

 エカードもウッドストックも正気は失っていたかもしれないが、表情などは変わらないままだった。それに比べて宰相や、騎士でもあまり強くない相手は、狂ってしまったのではないかと思うような表情を見せることが多い。強さと関係していることは容易に推測出来る。

(でも……本当に正気じゃない。私のことが好きで抱いているわけじゃない)

 普段と様子が変わらないだけ。レオポルドは自分を本当に好きなわけではない。ユリアーナ自身もよく分からない力で、好きだと錯覚しているだけだ。
 もしかすると今となっては錯覚もしていないのかもしれない。ただやりたいだけ。性欲を発散させたくて誘いに乗っただけではないかとまでユリアーナは思っている。

(……別に私だって好きでもなんでもないけど)

 レオポルドに愛情など求めていない。ただ事が終わるとすぐに、「寂しくて」と言っている女性を一人残して、さっさと帰ってしまうレオポルドが信じられないだけだ。

(分かっているわよ。これは罰。この世界は地獄なの)

 好きでもない男に、それも何人もの男に抱かれなければならない。この世界でユリアーナはそういう役割を与えられている。犯した罪に相応しい罰を与えられているのだとユリアーナは考えている。
 どうでも良かった。好きでもない男に抱かれることなど気にならない。気にならなければ。地獄を天国に変えられる。この世界で主人公として得られる最高の地位と名誉と金を、快楽まで手に入れることを考えた。その実現の為に動いていた。

(まだまだこれからよ)

 魔人戦争は始まったばかり。戦功をあげて地位を得て、さらに他者が並ぶことが出来ない戦功をあげて名誉と金を手にする。さらに上を、もっと上をユリアーナは目指すつもりだ。その道はまだ歩み始めたばかり。まだ初戦なのだ。

(……それなのに……どうして……)

 何故、迷いが生まれるのか。レオポルドはもしかすると本当に自分を好きでいてくれるのではないかなんて期待をして、それを確かめようなんて愚かな真似をしたのか。

「……全部あの男のせいよ!」

 ジグルスのせいだ。

「なんなのよ、あの男。どこかで聞いたようなふざけた台詞ばかり。しかもあれで私を口説いていないのだから、なおさらふざけているわ」

 ジグルスは自分を嫌っている。そうであるのに仲間たちの誰よりも自分に優しい。そんなことはあってはならないのだ。

「……やっぱり、あの女をメチャクチャにしないと気が済まないわ。婚約者がいるのに、別の男を誘うなんてあり得ないから」

 ジグルスへの苛立ちは、リーゼロッテへと向け先を変える。どちらでも良いのだ。ユリアーナはジグルスとリーゼロッテの関係を羨んでいるのだから。どちらも自分が持たないものを持つ許せない相手なのだから。

「……これも罰? どうして、あんな男が目の前に現れるのよ。神様はどこまで私を苦しめようとするのよ……」

 純愛なんて求めても辛くなるだけ。それを得ることはユリアーナには出来ない。ユリアーナの周りにはそんな相手はいない。そんな気持ちになれる相手など、決して現れるはずがないのだ。

「もう終わって……目が覚めたら、全てが終わってて……それが無理なら……忘れさせて……」

 叶わない願い。まだまだ物語は終わらない。自分の身をどれだけ危険に晒しても、ユリアーナが命を失うことはない。定められた時が来るまでは。この世界はそういう地獄なのだ。