月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第58話 激戦の始まり

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 前線は両軍が入り乱れての混戦となっている。どちらが優勢かは最前線で戦っている騎士や兵士には分からない。考える余裕もない。
 群がる魔物、それに混ざって現れる魔人。魔物に対抗させようと兵士を前に出せば魔人に、実際は力ある魔物である場合もあるが、蹴散らされてしまう。では騎士が対応しようと前に出れば、魔物の大軍に飲み込まれてしまう。
 統制の取れた対応など出来ない。それは結果、数で優る魔人軍に有利に働くことになる。全体としてはであり、混戦の中で力を発揮する者たちもいるが。

「ユリアーナ、左だ!」

「任せて!」

 風が舞い上がる。それは意思を持った生き物であるかのように動き、左側から近づいてくる魔物の群れに襲い掛かった。

「従卒たちを集めろ! 一度体勢を立て直す!」

 エカードたちの能力は高い。混戦の中でも、混戦だからこそ個の力を十分に発揮して、敵を蹴散らしている。だがそれに付いていく従卒たちは大変だ。群がる魔物の数も多く、強者である魔人も頻繁に近づいてくる。側にいて支援を行わなければならないのだが、近づくことも出来ないでいた。

「レオポルド! 何人かで支援を!」

「分かった!」

 エカードの指示を受けてレオポルドが二人を連れて、周囲に散らばっている従卒たちの支援に向かった。

「ウッドストック!」

「あっ、はい!」

 ウッドストックは背中に部隊の旗を背負っている。剣に薔薇が絡んでいる紋様の旗。特別にエカードたちに用意された部隊旗だ。ウッドストックはそれを高々と掲げることで、集合地点を示している。

「……従卒たちをもっと鍛えないと」

 学院からのメンバーはおよそ五十名。その五十人にそれぞれ従卒が三人付き部隊は二百人になっている。騎士団では標準的な編成だがエカードたちの場合、エカードを含めた上位の実力者だけだが、従卒との間に力の差があり過ぎて支援どころか足手まといになっている。

「そういうことは戦いが終わってから考えて下さい」

 文句を言いながら魔法を放つクラーラ。近づこうとする敵を倒し、味方が集まれる空間を作ろうとしているのだ。

「そうだった」

 今は激しい戦いの真最中。考え事をしている場合ではない。

「……飛竜ですね?」

 そういうクラーラも思わず空を見上げている。飛竜騎士隊が戦場に投入されたのだ。百頭ほどの部隊。大部隊とは言えないがそれだけの飛竜が固まって空を飛ぶ姿は圧巻だった。
 だからといって敵に対して有効というわけではないが。

「なっ!?」

 頭上を通過していった飛竜部隊。先頭の一頭が激しく燃え上がる。

「魔法か……」

 魔人側から放たれた魔法。火に強い飛竜は火傷程度で終わっても乗っていた騎士はそうはいかない。炎に包まれた人が空から落ちてくる。

「そんな……」

 魔人側の攻撃はそれだけでは終わらない。空を飛ぶ飛竜に向かって、次々と魔法が襲い掛かる。当然、飛竜騎士はそれを躱そうとするが、百頭がまとまっているところに集中砲火を受けては、全員が逃げ切れるものではない。次々と地に落ちていった。

「急ごう! 魔法で攻撃している敵を討つ!」

 飛竜への攻撃を止めなければならない。エカードたちはまとまって攻撃地点と思われる場所に向かって駆け出した。

 

◆◆◆

 ラヴェンデル公国西部の戦いは激しい攻防でありながらも膠着、それでいてローゼンガルテン王国軍が優勢といった状況になっている。一進一退を繰り返しながら、それでもローゼンガルテン王国軍が押しているということだ。
 だがそれを手放しで喜ぶ人は、ローゼンガルテン王国の上層部にはいない。ラヴェンデル公国軍そして投入した王国軍一万二千は完全に引き込まれたと考えられているのだ。それは魔人軍の思惑通りの展開であるはずだと。
 この状況になるとさすがに王国軍中央も動かないわけにはいかない。ラヴェンデル公国の東はほぼ空っぽの状況。そこを魔人軍に突かれては、一気に中心都市であるリラヒューゲルを落とされてしまうかもしれない。それどころかラヴェンデル公国の東部を突破して、王都に進軍してくる可能性もある。
 南部のキルシュバオム公国方面に配置していた六千とリリエンベルク公国方面の六千、計一万二千をラヴェンデル公国方面に移動。さらに東部のゾンネンブルーメ公国方面にいた六千を中央に引き戻した。

「……結局は各公国に独自で戦えということになったな」

 ローゼンガルテン王国軍はラヴェンデル公国領に偏った。他の三公国に魔人軍が現れても、即応は出来ない。これまで何をやっていたのか。そんな思いが国王の頭に浮かんでいる。

「臨時徴収の部隊を投入します。基礎となる調練は済んでおりますし、現地についてからも続ければ良いのです」

 常備軍三万。戦時体制に移行してからは更に臨時徴集をかけて三軍一万八千の予備軍を編成している。長い兵士であれば入隊から一年半くらいが経っている。一般兵士としては十分な調練期間だ。

「……それで足りるのか?」

「ご許可が得られれば、さらなる徴兵を行います。過去に徴兵経験のある民を集めますので、即戦力になるかと」

 こちらが本当の予備役。過去に軍での訓練を受けている民に再招集をかけるのだ。経験者であるので時間をかけて調練を行う必要はない、とされている。

「……国がかなり疲弊することになるな」

 労働力が一気に減少することになる。そうなることが分かっているから、ぎりぎりまで徴集を待っていたのだが、それでも国王はつい言葉にしてしまう。

「この場合は仕方がないかと。魔人に負ければ、民衆はもっと悲惨な目に遭います」

「そうだな。徴兵で増える数は?」

「二軍一万二千。それでまた中央に三万の軍を展開出来ます」

「六万か……」

 六万の軍勢を養うのは大変だ。当然それが出来るだけの用意は出来ているとしても、戦いが長期化すれば物資が不足する事態に陥ってしまう。

「国力の低下を心配されるのであれば速戦即決を考えられるべきかと」

 心配そうな国王に騎士団長は速戦即決を進言してきた。魔人の本拠地である大森林地帯に攻め込むという意味だ。

「……具体的な作戦計画はあるのか?」

 今回は国王も考える余地があることを示してきた。戦争が長期化することへの懸念が強まっている結果だ。

「速戦と申しましたが、実際の作戦は拠点を確保しながら奥に進むという慎重なものです。点と点を繋ぎ、面にして広大な大森林地帯を制圧していきます」

 成功に終わるとしても作戦完了までにはかなりの年月を必要とする。だからこそ騎士団長は作戦の開始を急ぎたいのだ。

「……慎重であることは悪いことではない。だがそれも勝てなければ意味はない」

「その通りです。必ず勝ってみせます」

「……計画の詳細を詰めて、提出してくれ。もっと中身を確認したい」

「承知しました」

 つまり、この場では決断出来ないということだ。それでも以前よりは前進。国王は検討する気にはなったのだ。あとは出来る限り、勝機があるような作戦計画とすること。そう思われる資料を作ることだ。

「……陛下。各公国の状況を確認する使者を送りたいと思うのですが、許可を頂けますか?」

 とりあえず作戦計画の提出までが決まったところで宰相が別件を切り出してきた。

「確認の使者とは?」

「公国の備えなど、現地の状況をもっと把握するべきだと考えます。公国の軍に頼る部分が多くなるのであれば尚更です」

「……どうしても必要か?」

 宰相の言っていることは分かる。だがそれほどの必要性を国王は感じていない。公国からは頻繁に使者が訪れて状況の報告を行ってくる。それで十分だと考えているのだ。

「公国には公国の都合があります。それが王国の利と合致していれば良いですが、そうでない場合は思わぬ事態を引き起こしかねません」

「ふむ……」

 つまり宰相は公国が嘘の報告を行ってくるではないかと疑っているのだ。国王も公国を信じて切っているわけではない。ただ今それを行う必要があるのかについては疑問に思う。

「使者を一人送るだけのこと。それで何も問題がなければそれで良いのです。この先、一つの判断の誤りも許されない状況になるかと思いますので、念のための配慮です」

「……そこまで言うのなら送れば良い。ただ決して、公国に不信感を抱かせるような対応はしないように」

 現地の視察、という名目であっても公国を探るということに変わりはない。王国がそれを行うのは疑っているから。そう受け取られる可能性は低くないのだ。

「もちろんです。今は内輪で揉めるわけにはいきません。使者の人選は慎重に行います」

「ああ」

◆◆◆

 軍が動けば物も動く。商家にとっては大もうけのチャンスだ。その機会を的確に捉えられる商家は、という条件がつくが。では機会を捉える為の条件は何かとなると、それは情報をいかに早く得られるか。軍の情報をいち早く知れる商家が利益を独占、実際は大商家同士で適度に利益を分け合うので寡占、することになる。これまでは。

「各公国方面に配置された部隊が移動します。具体的にはラヴェンデル、リリエンベルク、キルシュバオム近くの三カ所です」

 ローゼンガルテン王国軍の再配置の情報をローラントはアルウィンに伝えた。

「全軍が?」

「はい。一旦は全軍が移動。その上で新しい部隊が配置につくそうです」

「物資も移動。その上で減った分は再調達が必要になるというわけだ。必要な物資の情報は得られているのか?」

「はい。それも一緒に届いています」

 アルウィンたちの情報源は地方の王国軍の調達担当。今回でいえば各軍が配置されていた場所で、調達を行っている担当官だ。軍の移動には物資の移動が伴う。調達担当には早い段階で詳しい情報が届いている。

「調達出来そうなのか?」

「ほぼ全てが現地付近で調達出来るはずです。ただ正式に回答するとなると各商家に問い合わせる必要がありますが?」

「すぐに問い合わせろ」

 これを行った時点でこの情報は他の商家にも漏れる。だが伝えないことには調達出来ると軍の担当者に回答出来ないのだ。

「こちらの取り分はどれほどにしますか?」

「……中央からの運送費の……三分の一程度」

「おっと、安い」

 情報提供料としては安いとタバートは考えた。かなり早い段階で掴んだ貴重な情報であるはずなのだ。

「高く卸しては調達する側が困る。それに俺たちが大もうけしていると思われては、成り代わろうとする商家が出るかもしれない」

「まずは利を与えて信頼を得るですか。承知しました」

 アルウィンの商売は、リリエンベルク公爵家とのものは別にして、まだ始まったばかり。今は取引先の信用を得ることを大切に考えるべきだ。ローラントもこの考えには賛成だ。

「忙しくなるな」

「忙しくなるのは情報を運ぶ者たち。私たちは間違えないように指示するだけです」

「そうだけど……」

 それを考え、指示するのが大変なのだ。紙の上での情報だけで考え、物を動かすことにアルウィンはまだ慣れていなかった。

「心配はジグルス殿のところですか……緊急の用件がそろそろ入りそうですけど」

「どうしてそう思う?」

「軍に動きがあるということは戦況に大きな変化があるということです」

「戦況に変化があるとジグルスも動く?」

「違いますか?」

「……いや、違わない」

 戦況が厳しくなればジグルスも参戦を求められる。少なくともリリエンベルク公爵家は、戦場に出ている仲間たちは求めるはずだ。さらにリーゼロッテに何かありそうだとなれば、ジグルスは自ら動く。アルウィンはそう思う。

「確か残っている兵士は百ですか……初めての人の移動になりそうですね?」

「ああ。だが実験はもう十分というほど繰り返してきた。百人を運ぶくらいは何でもない……といっても準備はいるな」

 ただ飛竜を飛ばせば良いというものではない。目的地までの経路を調べ、休憩地や補給地を決めておく必要がある。必要に応じて人、荷馬車を配置しなければならないかもしれない。準備には結構な時間と労力が必要だ。

「動きましょう。顧客の要求に迅速に対応することが我が商会のモットーです」

「俺の商会だ」

「正確にはまだアルウィン様の商会はありませんけどね」

 アルウィンたちはあくまでも実家であるヨーステン商会の看板で商売を行っている。動きそのものはまったく独自のものであっても、無名のアルウィンには実家の名がまだ必要なのだ。

「今はまだ、だ。その為にも今回の商談は失敗出来ない。重要顧客の要求に応えることもだ」

 それも個人としての信用を得るまで。今回の商売はそれを得る絶好の機会だ。軍の担当者だけでなく、地方の中小の商家に、自分たちと付き合っていると利がある思わせることが出来る。逆に言えば、失敗すれば信用を得るどころか、付き合って貰えなくなる。失敗は許されないのだ。

「分かっております。必ず成功させましょう」

 戦争は成り上がりの絶好の機会。直接、戦争に関わる軍人だけでなく、アルウィンたち商売人にとってもそうだ。アルウィンたちの戦いも本格化することになる。