月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #51 モブキャラ増員

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 寒さも緩み、春の訪れを感じられるようになったリリエンベルク公国北部。雪の消えた、決して広いとはいえない街道に何台もの馬車が連なっている。その中でも一際豪華な馬車。鎧姿の騎士が乗る馬に周囲を囲まれて進んでくるそれは、リリエンベルク公爵が乗る馬車だ。
 リリエンベルク公爵を迎えるのはクロニクス男爵。リリエンベルク公爵はジグルスに預けている新設部隊の鍛錬の視察に来たのだ。
 ただ視察にしては同行者の数が多い。そう思うのはクロニクス男爵くらいで、リリエンベルク公国の民にとって王のような存在である公爵の移動であれば、こんなものかと他の人は思っている。
 護衛の騎士たちが馬から降りて、馬車の前に整列する。馬車の出入り口から降りてきたリリエンベルク公爵は、左右に並ぶ騎士の間を進んできた。

「クロニクス男爵、久しぶりだな」

 前に進み出てきたクロニクス男爵に挨拶の言葉をかけるリリエンベルク公爵。

「はい。ご無沙汰しております。御自らこのような場所まで足を運ばれるとは、正直驚きました。お疲れではありませんか?」

「お主までそのようなことを言うか」

「何かございましたか?」

 当たり前の言葉をかけたつもりのクロニクス男爵には、リリエンベルク公爵の答えは意外だった。

「道中、野営を許されなかったせいで思っていたより日数がかかった。戦いから長く離れていると、周りが勝手に体が鈍っていると判断してしまうのだ」

「それは戦いから長く離れていたからではなく、お年のせいではありませんか?」

「もっと悪いわ。そういうわけで日が暮れる前に昨夜の宿に戻らなければならない。残念だが長居は出来ない」

 クロニクス男爵領にはリリエンベルク公爵一行が止まれるような宿はない。一番近くにある大きな街まで戻ることになるのだ。

「そうですか。では早速、訓練をご覧になられますか?」

「ああ。ただ普通の訓練ではなく、模擬戦を見たい」

「模擬戦ですか……それは……かまわないと思いますが」

 煮え切らない返事。クロニクス男爵は教官であるジグルスに視線を送って確認したのだが、そのジグルスの反応が曖昧だったのだ。

「相手をする部隊も連れてきている」

「……なるほど。そういうことですか」

 リリエンベルク公爵は新設部隊の実力を分かりやすく確かめようとしているのだ。それがクロニクス男爵にも分かった。

「すぐに始められるか?」

「ジグルス」

 リリエンベルク公爵の問いをクロニクス男爵はジグルスに振った。

「問題ありません」

「では始めよう。場所はどこだ?」

「目の前で。ご希望の設定があれば、それに合いそうな場所を考えますが、何かございますか?」

「いや、ない」

「では準備に入ります」

 その場を離れて、後ろに控えていた部隊の下に向かうジグルス。一言二言、話をしたところで、部隊はすぐに動き出した。
 それを見て、リリエンベルク公爵に同行してきた騎士が、別の馬車に乗ってきた兵士たちも移動を始める。

「……指揮は彼が行うのか?」

 クロニクス男爵が動こうとしないのを見て、リリエンベルク公爵は自分の考えの誤りを知った。

「教官は息子ですので」

「そうか。クロニクス男爵から見て、新設部隊の実力はどうだ?」

「正直申し上げて、今の彼等の実力はよく分かりません」

「訓練をみていなかったのか?」

 リリエンベルク公爵は新設部隊の指導にはクロニクス男爵も関わっていると思っていた。もともとクロニクス男爵側からそういう話を伝えてきていたのだ。

「私の出る幕はありませんでした」

「それほどなのか?」

「親馬鹿と思われるかもしれませんが、教官としての手腕は中々のものです。ただ今回はあまり期待されませんように」

「何故だ?」

「これまで体作りと行動訓練だけを行っていて、剣も槍も握っていません。棒を使った素振りは行っていましたが、それもどちらかといえば体作りと言ったほうが良いものです」

「四ヶ月間、ずっとか……」

 ジグルスの訓練方法が体力作りを重視していることは知っていた。だがいつ魔人との戦いが始まるか分からない状況で、それだけの期間を基礎だけに費やしていることには少し驚いてしまう。
 それはリリエンベルク公爵にも魔人戦争に対して焦りがあるということだ。

「その状況でどこまで戦えるか。連れてこられたのは、若くはありますが新兵ではありませんな」

 対戦相手となる部隊の動きを見て、クロニクス男爵はそれなりに鍛えられた兵士たちだと判断した。

「二年目以上、三年以下だと聞いている。その中で若い兵士を集めた」

「一回生ですか」

 基本、兵士は全て徴兵だ。平時であれば二年から三年で元の生活に戻ることになり、そして何年か経過した後にまた徴兵されることになる。目の前にいる対戦相手の生徒たちは初めての徴兵で、まもなく任期を終えるはずの兵士たちだ。もっとも、今は平時ではないので任期は間違いなく延長されるが。

「一回生、そんな風に呼ぶものなのか?」

「ああ、正式なものではありません。もっとも死に近い兵士たちですので、区別されて呼ばれていました」

 若くて血気盛ん。それでいて未熟、であることを自覚していればまだ良いが、二年目以上となれば新兵の後輩も出来て、自分が一人前だと勘違いする兵士も多い。戦場で命を落とすのはそういう兵士だと言われているのだ。

「そうだな。そうならない為の訓練が必要だ」

「息子に期待したのは、それが理由ですか?」

 ジグルスの戦術の基本は守り。弱者が負けない為にはどうするかを考えている。

「それもあるが、それだけではない。さすがにもう分かっているのだろ? いや、分かっていて惚けているのか」

「……始まるようです」

 ジグルスの才能。それは守りに強いとか、そういう細かいところではない。もっと大きなもので、それは両親が受け入れたくないものだ。リリエンベルク公爵の問いに答えることをクロニクス男爵は避けた。

 模擬戦が開始された。先に動いたのはリリエンベルク公爵が連れてきた部隊。楔形の陣形で突撃をかけていく。
 それに対してジグルスたちは方陣。全体を一つにまとめて密集隊形を取っている。守りを重視するジグルスらしい戦い方だ。始まりは。
 ジグルスの部隊の前衛を突き崩そうと勢い良く突き進む対戦相手。

「あのまま突撃をかけるつもりでしょうか?」

 守りを固めている相手に正面から突撃をかけるのは戦術としてどうかと、クロニクス男爵は思う。

「さすがにそれはないな。指揮官には何か考えがあるのだろう」

 部隊の指揮を執っているのは公国軍の騎士だ。何も考えずに突撃するだけの将を選んだつもりはリリエンベルク公爵にはない。
 実際に突撃をかけると思われた対戦相手の部隊は動きを見せた。楔形の底辺、その両方の角が長く伸びて、左右に広がっていく。方陣の左右から攻撃をかけようとしているのだ。

「あれは……ない」

「なに?」

 クロニクス男爵の呟きに驚くリリエンベルク公爵。何が「ない」なのかはジグルスの部隊の動きが教えてくれた。ジグルスの側は中央の部隊が左右斜めに前進。左右に伸びた敵の隊列の横から突撃をかけた。
 ジグルスの部隊の突撃により三つに分断された対戦相手。それに構わずに中央、左右の三方から攻撃を仕掛けようとするが、中央と右は突撃をかけて後方に突破したジグルス側の部隊に後方から攻勢をかけられて勢いを失い、左は左でがっちりと組まれた陣形に突撃を跳ね返されてしまう。

「動きの速さが違いますな」

 先手を取るつもりで動いている対戦相手だが、素早く反応してくるジグルスの部隊に逆に先手を取られている。部隊の動きに差があり過ぎて、個々の技量で挽回出来る状況ではない。

「……そのようだ。何が違うのだろうな?」

「おそらくは指揮官でしょう」

「ほう」

「勘違いをなさらないでください。私が申し上げている指揮官は小隊の指揮官、小隊長のことです。良く連携出来ています。息子と彼等は全員、同級生。戦術の理解だけではない何かがあるのかもしれません」

 戦術の理解度が深い為に自分がどう動けば良いか分かる。だけではなく相手がどう動くかも予想出来ているのだろうとクロニクス男爵は考えた。そう思えるくらいに動きには隙がないように見えるのだ。

「親馬鹿ならぬ爺馬鹿を発揮して良いか?」

「何ですか、それは?」

「彼等をここに送り込んだのは私の孫娘だ。彼等の力が必要だと考えたのだろうな」

「リーゼロッテ様ですか……才能ある孫娘で喜ばしいことですな」

 もしジグルスの戦術を理解して、彼等が必要だと考えたのであれば、リーゼロッテにも軍事の才能があるのだろうとクロニクス男爵は思う。

「困ったものだ。その才能については兄と入れ替わって欲しかった」

「軍事だけでは国は治められません。私が言うまでもなく、ご理解されていることでしょう?」

 リーゼロッテの兄は無能ではない。軍事に関して特別な才能がなく、大人しすぎて威厳に欠けるだけだ。

「可愛い孫娘を戦場に立たせるか……祖父としては受け入れがたいが……」

「公爵というお立場がそれを受け入れさせますか?」

「必要があれば、覚悟を決めなければならない……ああ、これはあくまでも私の話だ。クロニクス男爵、いや、奥方に強制するつもりはまったくない」

 ジグルスを戦場に立たせろ、と言うつもりはリリエンベルク公爵にはない。たとえ心の中ではそれを望んでいても、口に出してはいけないことなのだ。

「どうやら、終わったようです」

 模擬戦は終わり。ジグルスと相手方の指揮官だった騎士が近づいてきている。

「……最後に聞きたいのだが、この部隊はどこまで大きく出来ると思う?」

「どうでしょう? 私がお伝えできるのは、息子は兵士たち全員に戦術を理解させようとしています。全員を、最低でも小隊長は務まるようにするつもりだと思います」

「最低でも小隊長か……分かった」

 ジグルスの部隊は騎士を必要としない。だからといって将を必要としないわけではない。兵士を将に育てる。本気でそれを行っているのだとリリエンベルク公爵は知った。

「……申し訳ございません」

 目の前にやってきた騎士の第一声は謝罪。まさか負けるとは思っていなかったのだ。指揮官を務めた騎士だけでなく全員が。なんといっても対戦相手は落ちこぼれの寄せ集めなのだから。

「兵士を全員残していく。彼等は今この瞬間から新設部隊の新兵だ。良いな」

「……はっ」

 リリエンベルク公爵はあえて新兵と言った。その意味を騎士は正しく理解している。元落ちこぼれだからといって、決して侮るような真似は許さないということ。それを残す兵士たちに徹底させろということだと。
 ただ、これは余計な心配だ。訓練が始まればすぐに思い知る。今は自分たちのほうが落ちこぼれなのだと。

 

◆◆◆

 ローゼンガルテン王国の北東部。まだ雪が残る大森林地帯の外縁にある小さな村でアルウィンは、飛竜を使った輸送にかかる実験を行っていた。現時点で最大の課題であるコンテナ軽量化の実験だ。
 何故、わざわざ辺境といえるこの場所で実験を行っているのか。それは協力者の住居が大森林内にあるから。森林地帯の資源を生活の糧としている小数の人々以外は足を踏み入れることのない大森林に住んでいる人物。当然、普通の人ではない。アルウィンにとってジグルスの母親に次ぐ、二番目に会ったエルフだ。

「……これをロバで引いてきたのですか?」

 目の前にあるコンテナを見つめながら、アルウィンはエルフに尋ねた。

「それ以外に何がある?」

「……実験、必要なのかな?」

 飛竜四頭で運ぶ大きなコンテナをロバ一頭に引かせて運んできた。ロバだってそれなりに力はある。それは分かっていても、小さなロバとその何倍もの大きさのコンテナを見比べると、驚かないではいられない。

「実験? そんなものは必要ない。我々は言われた通りに軽い箱を用意した」

「あっ、いえ、それは分かっています。ただ中身を入れても軽いのかという――」

「当たり前だろ!」

 アルウィンの言葉に怒気を露わにするエルフ。要求された物は作った。それを疑われるのが我慢ならないのだ。

「申し訳ございません。しかしながら仕入れた品物が本当に要求通りの物かと確かめることは、提供するお客様に対する義務。間違いない品物をお客様に提供することが商人である我等の誇りなのです」

 怒りを露わにしたエルフに向かってローラントが謝罪、だけでなく自分たちの事情も説明する。

「……だったら、さっさと確かめろ」

 エルフが怒ったのは制作者としての誇りを傷つけられたから。商人としての誇り、なんて言葉を使われては強く文句は言えなくなる。ローラントの狙い通りだ。

「では……きっと二人で運べるのでしょうね?」

「ああ、運んでみるか」

 ローラントとアルウィンは、飛竜と乗り手が待機している場所まで、コンテナを二人で運ぶことにした。ロバが引いてきた荷馬車の上に乗っているコンテナを二方向から持ち上げる二人。

「これは……」「……軽い」

 見た目に惑わされて力を入れた二人だが、コンテナはほとんど重さを感じさせることはなかった。

「お前たちには見えないだろうが、風によって支えられているのだ」

 驚いている二人を見て、満足げなエルフ。エルフがコンテナに施した魔道は精霊魔法。エルフ独自の魔法だ。

「……この魔道はどれくらい効力を発揮するものなのですか?」

 魔道具には寿命がある。人と同じで魔力切れを起こすのだ。一般的な魔道具は魔力が込められている魔法石を交換するか、魔法石に直接魔力を補充することで再使用が出来るようになる。だが、これだけ大きなコンテナ、魔道具であるとどれだけの魔法石が必要になるのか、とローラントは不安に思う。
 一度だけの使い切り、それも短期間しか使えないのでは実用性に欠けてしまう。

「どれくらい……その答えは難しいな。気分次第だ」

「はい?」

「精霊の気分次第だな」

「……それだと使えないのですが?」

 いつ魔法が切れるか分からない。そんな魔道具を使えるはずがない。

「心配するな。これがあの方の要求した物であることは精霊たちも分かっている。仕事を放棄するような真似は恐ろしくて出来ない」

「恐ろしくて?」

「……信頼は裏切れないということだ」

 信頼と恐ろしさは同じ理由から生まれるものなのか。そんな疑問がローラントとアルウィンの頭に浮かんだが、ここで深く突っ込むような愚かな真似をする二人ではない。
 世の中には知らないほうが良いこともある。これを二人は知っている。

「……働いている精霊たちには何かしてあげなくて良いのですか?」

 とりあえずアルウィンは話を変えることにした。

「ほう。良い考えだな。だがそういった思いやりの気持ちを持ち続けるだけで十分。何かをしたくてもお前たちには何も出来ない」

「そうですか……」

「あの飛竜でこの箱を運ぶのだな……飛竜の衣は必要か?」

「飛竜の衣……ですか?」

 いきなり飛竜の衣と言われても、それが何か分からない。ただの衣であるはずがないのだ。

「飛竜の負担も軽くしたほうが良いだろ? 人が魔道着を身に纏うのと同じだ。負担が減れば、その分速く長く飛べる。あった方が良いだろ?」

「……それを作って頂ける?」

「報酬次第だな」

「どれほどの額でしょうか?」

 コンテナが軽くなった上に、さらに飛竜の負担まで軽減出来る。アルウィンたちにとっては是非、手に入れたい魔道具だ。だが、どれだけの報酬が必要なのか。コンテナの代金はかなりのものだった。リリエンベルク公爵家から無尽蔵に金が出てくるわけではないのだ。

「金はいらん。もらっても使えないからな」

「では何を?」

 金でなければ宝石か、高価な布か。いずれにしても物で用意するのは簡単ではない。

「そうだな……これが良いな」

「……はっ?」

 エルフが要求したのは、初対面だからと用意した手土産の菓子だった。

「これはかなり美味いな。我等にはこういった甘いものを自分たちで作る習慣がない。甘いものといえば蜂蜜か果物くらいだ」

「……はい。そういったもので良ければ、いくらでも……いえ、コンテナのお代だけ購入しても一生分を用意出来ると思います」

「そうなのか? まあ、仲間たちも喜ぶだろうからな。皆で分ければ、さすがに一生は持たないだろう」

「しかし……価値に見合う量となるとどれだけのものになるのか……」

 菓子は贅沢品。荘民にとっては安いと言えるものではないが、高価な魔道具に見合う量となると、どれだけのものになるのかアルウィンには想像出来ない。コンテナも実用性が確認出来たら、もう出来ているも同然だが、さらに追加をお願いする予定なのだ。

「物の価値はそれを求める者が決めること。我々にとってこの食べ物は手に入れられない貴重なものだ。自分たちで作れる魔道具よりも遙かに」

「……そう言って頂けると気持ちが楽になります」

 需要と供給のバランスが物の価値を決める。商売人としての当たり前の考えを、エルフが言ってくれた。顧客を騙すわけではないと分かって、アルウィンは安堵している。

「……商人なんて嘘つきな悪党ばかりだと思っていたが、お前たちはそうではないようだ」

「悪人のつもりはありませんが、正直に話しているのはそれだけではありません。友を、友の母親の知り合いを騙すわけにはいきませんので」

「友? いや、友の母親だと?」

「……ジグルス。知りませんでしたか?」

 エルフの驚愕した顔。何故、そのような反応を見せるのかアルウィンには分からない。

「……あの方に息子が……何故それが伝わってこない……?」

 エルフはジグルスの存在を知らなかった。知らなかったことより、自分にその事実が伝わっていないことを驚いている。

「えっと……」

「……子供のことは口止めされなかったのか?」

「貴方に対してですか? 特には」

「そうか……」

 アルウィンの答えを聞いて、考え込んでしまうエルフ。その様子を見てアルウィンは、自分の友はまだまだ奥が深そうだと思った。ただそれに驚きはない。以前から、なんとなく予感していたことなのだ。